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韓国のこと (10) 東アジア情勢をめぐって

 10月1日付の聯合ニュースによれば、日本が半導体・ディスプレー材料3品目の韓国への輸出規制強化に踏み切って約3か月が過ぎたが、主に半導体の製造工程で使われる液体のフッ化水素の輸出許可が1件も出ていないことが分かったとのことだ。
 これまでフォトレジスト(感光材)3件、フッ化水素1件、フッ化ポリイミド1件について個別に輸出を承認されたが、輸出許可が出たフッ化水素は気体(エッチングガス)で、液体のフッ化水素(フッ酸液)はまだ1回も輸入できていないという。
 韓国の産業通商資源部は、日本は半導体用フッ酸液について国連武器禁輸国と同じ9種類の書類の提出を求めているが、複数回にわたる書類の補完を理由に申請から90日が過ぎても1件も許可されていないともしているという。
 やはり「普通の国と同じ扱いに戻しただけ」というのは表面のことで制裁的な意味合いが明らかだという印象だ。備蓄のきかない製品もあるとのことで、日本による輸出規制の影響がこれからじわじわと出てくるのかも知れない。
 しかし、一方で8月末から9月初めの中央日報や聯合ニュースでは次々と半導体素材の国産化に成功したというニュースを流している。

「国家核融合研究所(核融合研)は8月29日、国内の中小企業との協力を通じ、日本への輸入依存度が100%だった半導体コーティング素材を国産化したと発表した。国内の中小企業、セウォンハードフェイシングが2017年に核融合研から移転されたプラズマ技術を利用し『酸化イットリウム』を開発したのだ」
「韓国のパネルメーカー大手LGディスプレーが、日本から輸入してきた『高純度フッ化水素』の国産品代替に成功した。LGディスプレーは国内のある企業が供給したフッ化水素安定性テスト過程を終えて今月(9月)中に生産工程に適用する予定だ」
「サムスン電子用の国産フッ化水素の試作品が、今月(9月)内に登場する。韓国企業ソルブレインは今月内にDRAM・NAND型フラッシュメモリー工程に使われる高純度フッ化水素の試作品を量産する計画だ。日本企業に劣らない『ファイブナイン』(99.999%)の高純度のフッ化水素液状形態製品だ。中国産の原料(無水フッ酸)を使って生産した。今月内に工場増設を終えると同時に量産に入る」

 こうした半導体素材の国産化は文在寅政権の方針のもとにすすめられている。今度のことで財閥系企業としても日本に生殺与奪を握られることには警戒心を強めだろうし、相当規模の予算も投じられていることから、たとえ文政権に批判的であっても国産化の推進は歓迎していることだろう。
 とはいえ韓国の経済悪化はかなり深刻な様子で、もっとも根本にある問題は米中貿易摩擦であることは誰しもが分かっていることだが、文政権の経済政策に対する批判がことあるごとに強まっているのも確かなことだ。文政権が掲げた政策を実現できるか否かはこの難局を乗り越えることが出来るかどうかにかかっている。
  ※
 GSOMIA破棄は日本の輸出規制・ホワイト国除外に対する対抗措置だというのは通りやすい。その上で、どちらも実質的な支障はないとか、韓国は少ない対日カードを早く切りすぎたとか、侃々諤々の議論が飛び交っている。
 実のところ、韓国政府は日本が対韓輸出規制の強化を撤回すればGSOMIAの終了決定を再検討するというような発言があったり、9月26、27日にソウルで開催された統合国防対話の席上で米国側はGSOMIAの終了を決めたことについて改めて懸念を表明したというようなことが進行中である。
 そのことに関連してアメリカが仲裁に入るかどうかは不明だが、9月23-26日にアフリカ・ソマリア近隣のアデン湾で韓国・日本・イタリア3カ国の合同訓練が実施されたり、10月1日には北朝鮮による潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられるミサイル発射に関連してGSOMIAに基づく情報共有を日本側に要請したとというような事態が起こっている。
 したがって本当にこれから述べるような方向に向かっていくかどうかは分からない。だが、GSOMIA破棄の決断を聞いたとき、東アジア情勢の流動化、そして再編のはじまりの予感があったのだ。
  ※
 もともと韓国内では日本とのGSOMIA締結には反対の世論が大きかった。2009年、北朝鮮による長距離ロケット発射と核実験の強行を契機にして日本から提案された。李明博政権時代のことである。
 2012年6月、李明博政権は国務会議で非公開案件としてGSOMIAを上程し議決した。しかし、この事実が伝えられると野党や市民団体、世論が強く反発し、署名の前に協定は取り止めになった。その後、2016年に朴槿恵政権は再びGSOMIA締結を推進し、11月22日の国務会議で議決するや一日で署名式まで終えたという。
 協定締結の必要性をもちかけたのはアメリカである。日米韓三国による軍事同盟をアジア政策の基盤として中国・北朝鮮、さらにはロシアをも押さえ込む戦略である。GSOMIA破棄が伝えられたとき、日韓両国とも実質的は困らない宣伝したのはあながち強がりではないように思う。GSOMIAは単なる象徴でしかなく、肝心なのは三国の共同体制なのであり、アメリカの懸念もそこにあるのである。
 とすれば、GSOMIA破棄が投げかけるものは共同体制の解体であり、東アジア情勢の再編である。実際には韓国政府は米韓同盟を堅持していくことを強調しているから、一気にそこへすすんでいくことはないだろう。しかし、韓国の身になってみれば、将来的にでもそうした方向をめざしていく可能性を否定できないのではないかと私は思っている。なぜなら三国共同体制といっても、地勢的にも、国家間の力関係からいっても、最前線に立たされるのは韓国であり、日米が後方支援あるいは有事来援ということになるのは目に見えているからである。
  ※
 アジア世界における冷戦構造とその延長としての日米韓軍事協力体制という戦後的枠組みに対する変更の要求が起こっているとしているのは内山節氏である。

 韓国の文政権は、この構造に挑戦する意志をもっているようにみえる。(中略)(日韓条約を)締結したのは、軍事独裁政権であった李承晩や朴正煕政権である。現在の文在寅大統領からみれば、このふたつの政権自体が、正統な政権ではなかったということだろう。それは朝鮮戦争を背景にしてアメリカがつくりだした傀儡政権にすぎない、ということである。だからこの政権が結んだ日韓条約も、みなおす必要があるというのが、現政権の本音であるように思える。(「新しい激動のはじまり」/『東京新聞』「時代を読む」2019.9.8)

 そして、

 このような動きが生まれた大きな原因は、アメリカの力の低下と中国の台頭だろう。力を低下させたからこそアメリカは、外交を国家間商取引としか考えない大統領を生み、中郷は自国を柱とした新しい世界秩序の創造を要求している。(同前)

 として「戦後の終わりと新しい激動のはじまり」を予言し、「戦後的安定とは異なる」世界をつくるための構想力が求められるとしている。
 前回に紹介した浅井基文氏も次のように書いている。

 (戦後冷戦構造の)呪縛から自らを解放し、パワー・ポリティックスにしがみつくアメリカとの関係を批判的に総括するとともに、脱パワー・ポリティックスの新しい国際秩序を提唱する中国を直視し、その中国との協力の可能性を視野に入れる真新しいパラダイムを我がものにしない限り、私たちが「脱冷戦の新たな北東アジアの秩序」形成の主体的担い手になることは難しいと思います。

 個人的には、今日の香港情勢などを直視すると、「中国との協力」にはまだまだいくつもの障壁があるように思われる。しかし、無視し得ない巨大な力を蓄え、一帯一路構想やアジアインフラ銀行を実行しつつある中国に対して、たとえば中国の海洋ルート確保に敵対し続けるような防衛構想を持ち続けることが真に国益にかなっているのか、日本も再検証のときが来ているように考えるのである。
  ※
パワーバランスの変化は中国とアメリカの間だけではなく、日韓間にも起こっているという論も多数存在する。中島岳志氏は『東京新聞』「論壇時評」(2019.9.25)で、国力をつけた韓国が「日本による植民地時代の過去を遅ればせながら『正す』力がついたと自負している」とする、浅羽祐樹氏の次のような文章を紹介している。

 日韓基本条約と日韓請求権協定が結ばれたのは1965年。(中略)当時は日韓の間に明確なパワーバランスの差があった。しかし、韓国の国力の飛躍的高まりにより、両国の関係性が変化した。「朝鮮戦争後、『外勢』に押し付けられた休戦協定体制から、『朝鮮半島における平和体制』を自ら創っていこうとしている。」(「韓国と『友人』であることは諦めた方がいい」文春オンライン、2019.8.7)

 ジョージメイソン大学博士課程にあってメッセージを送り続けている古谷有希子氏も「60年代から70年代の韓国にとって、日本は貿易対象国としても、また国家の発展モデルとしても重要な存在」であったが、その重要性は時を経て「徐々に下がっていく」として、次のようなデータをあげている。

 1960年の貿易対象国の中では、日本は輸出の6割を占めていたが、1975年には25%、1985年には15%、そして2005年には5%まで下がっている。
 また、輸入においても日本は1960年には21%、その後70年代は30%を維持するも、80年代から90年代までに20%台に下がり、2005年には19%を切っている。(出典:吉岡英美「日韓経済関係の新展開-200年代の構造変化を中心に」韓国語)」(「日韓関係の悪化は長期的には日本の敗北で終わる」192019.8.17)


 そして日本の政府要人が繰り返す歴史修正主義的発言の裏にあるのは、「韓国ごとき」「日本より格下」といった植民地的差別心であり、「馬鹿にしていい相手」「何をしてもやり返せない相手」といった認識を改めない限り、いつまでも韓国を相手に歴史問題を先に進めることはできないとしている。
  ※
 私も最近になって知ったのだが、昨年9月末の在韓米軍の人員は陸軍1万7200人、空軍8100人など計2万5800人。これに対し、韓国軍の総人員は62万5千人。うち陸軍が49万人、空軍が6万5千人、海軍が7万人となっている。装備的にも西欧諸国とは遜色ないレベルに達しているという。(田岡俊次「在韓米軍の撤退はもはや既定路線」AERA、2019.9.11)
 ちなみに在日米軍は4万4800人、軍属・家族を合計すると 9万4200人で在韓米軍の2倍近い。自衛官は陸上自衛隊 135,713人、海上自衛隊42,136人、航空自衛隊42,939人、幕僚等3,634人、合計224,422人 (『防衛白書』H29)である。
 もうアジアで血を流すことを望まないアメリカは在韓米軍兵力を削減したいと考えているし、それは財政的な要請でもある。2006年、盧武鉉大統領は戦時作戦統制権の返還を求め、2007年の米韓国防相会談で2012年4月に統制権を韓国に移すことで合意した。だが、北朝鮮の核・ミサイル開発への対処といった問題もあり、李明博大統領は統制権移管を15年12月まで延期、朴槿恵大統領も「20年代中ごろまでに」と再度延期した。文在寅大統領は在任期限の22年5月までに移管の実現を目指しているとされる。(日米安保の場合は「指揮権密約」により緊急事態のときはいちおうの協議の後、自衛隊はアメリカの指揮下に入ることが決まっている。)
 対北朝鮮ということであれば、韓国は通常兵器による戦闘ではこれを撃退する自信を持っているだろう。韓国軍創設を祝う「国軍の日」の10月1日、文在寅大統領は祝辞で「わが国軍は独立運動をルーツとする愛国の軍隊であり、南北の和解と協力を導く平和の軍隊、国民が苦しい時に先頭に立つ国民の軍隊だ」と述べた。その意味するところは強力な軍事力が背景にあるからこそ抑止力がはたらき、南北の和平交渉をすすめることが出来るということである。
 その点では、文在寅は単純な軍縮論者ではない。「より強力かつ正確なミサイル防衛システム、新型潜水艦と軽空母級揚陸艦、軍事衛星をはじめとする最先端の防衛システムにより、わが軍はいかなる潜在的な安全保障脅威にも主導的に対応することになるだろう」とも語ったように、むしろ軍備の拡充には力を注いでいるようである。
 軍事力による抑止によって本当に平和がもたらされるのかについては疑問も残るが、休戦状態にある朝鮮半島においては現実的な対応というしかないのだろう。
  ※
 南北統一問題については考察の途中である。「社会主義強国」論(2016.5第7回党大会)以来、北朝鮮も「経済発展に向けた周辺環境の整備」「東アジア冷戦の解体」を掲げるようになった。しかし、統一問題に対する南北の方向性にはまだまだ大きな隔たりがあるように思われる。
 10月24日、文在寅大統領は国連総会の一般討論演説で、北朝鮮との軍事境界線がある非武装地帯(DMZ)を「国際平和地帯」に変える構想を打ち出し、北朝鮮と共同でユネスコ世界遺産への登録を目指す考えを訴えた。そして「韓国は北朝鮮の安全を保証し、北朝鮮も韓国の安全を保証することを望む」と述べ、南北共同の「平和経済は朝鮮半島の平和を強固にし、東アジアと世界経済の発展に寄与する」と展望している。
 確かにDMZの平和地帯化がただちに「北朝鮮の安全を制度的にも現実的にも保証することになる」とは言えないから、「再び対座しない」として韓国との対話を拒否する北朝鮮が共鳴する可能性は高くないだろう。
 しかし、休戦状態が解消され、相互不可侵という約定が信頼関係にまで高められるなら、東アジア情勢は劇的に変化していくことだろう。「制裁」の強化によって北朝鮮を孤立化させるという方策は失敗だった。北朝鮮の暴走や暴発を食い止め、国際社会との協調をうながすためにはどうしたらよいか、再検討が迫られているのではないか。
 文在寅国連演説はその選択肢のひとつであると思われる。世界がその実現に協力し、各国共がそこからはみ出ようとすることを厳しく監視する。各国というのは韓国・北朝鮮だけでなく、中国・アメリカ・日本他を含める。そして「平和地帯」を朝鮮半島さらにアジアへと広げて行く。それしかないではないかと今は考えている。
 いかに軍事力を高めても、ひとたび戦争が開始されれば双方が壊滅的な打撃を受けるのは目に見えている。やはり平和をめざすしかないのだ。


by yassall | 2019-10-11 13:23 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (9) 「徴用工」問題⑤ 「損害賠償請求権」の正否(下)

(承前)
 以下に私見を述べる。
 過去の植民地支配という歴史問題を棚上げして日韓条約および請求権協定を締結してしまったことに問題のすべてがあったと考える。
 「韓国のこと」(6)日韓条約締結の背景の補足になるが、朴正煕はクーデター翌年の1962年にアメリカの支持を取り付けるために訪米し、ケネディ大統領と会談している。その往路には日本に立ち寄り、池田勇人首相と会談している。逆にいうと訪米・訪日を受け入れたアメリカと日本は前年のクーデターによる政権奪取を認めていたことになる。1951年以来滞ってきた日韓条約締結に向けての動きが一気に早まったのはなぜなのか? まだまだ歴史の暗闇に隠されたことがらあるのではないかと私は疑っている。いずれにしても日本側が過去の植民地支配の不当性を認め、謝罪し、必要な補償や賠償をすすんでするように態度を急変させたとは思われない。
 1987年以降の民主化の過程で、韓国側では日韓条約・請求権協定の見直しがすすんだが、日本側ではむしろ歴史修正主義の台頭によって態度を硬化させている。1993年に「河野談話」が出されたりするが、その直後から否定的な言動が政権の中枢から発せられたりした。
 経済成長をとげた韓国はすでに安定期にあるようにみえる。かつて世界第2位の経済力といわれた日本は停滞期にさしかかっているようだ。平穏で良好にみえる日韓関係の中で、物的な貿易だけでなく、人的・文化的な交流も盛んである。しかし、ひとたび歴史問題に火がつくと、ここまで収拾のつかないことになる理由について、私たちは思いを回らさなければならない。
 2009年9月、ドイツのメルケル首相はポーランドで開催された第2次世界大戦開戦70周年式典に招かれ、「ドイツの首相として、ドイツ占領軍の犯罪の下で言い尽くせない苦しみを味わったすべてのポーランド国民のことを忘れません。」とのスピーチを述べた。今年2019年9月1日にもポーランドでは80周年式典が開かれ、シュタインマイヤー独大統領がポーランド語で「過去の罪の許しを請う。われわれドイツ人がポーランドに与えた傷は忘れない」と述べて謝罪したという。
 今年、ポーランド議会特別委員会はドイツによる侵略でポーランド経済は8500億ドル(約90兆円)余りの損失を被ったとの暫定調査報告を公表した。モラウィエツキ首相は式典で、「われわれは犠牲者を忘れてはならないし、補償を要求しなければならない」と明言したともいう。
 ドイツは全ての賠償請求権は過去に解決済みだと主張しているというが、今後どのように進展していくことだろうか。ポーランド人の心の中で、被害者は自分たちで、加害者はドイツ人だという思いは残り続けているという。賠償請求権は解決済みだとするドイツはそうした中でも謝罪を続けている。
 韓国人・朝鮮人の心の中でも同じような思いは残り続けきたし、これからも残り続けていくのではないだろうか。そのことを忘れて、あるいは理解しようとしないで、いくら「未来志向」を訴えたところで同じことが繰り返されるばかりだろう。
 日本政府の中枢にある人や、TVに登場するコメンテーターの中には「静観(韓)していればいい」とか「冷静な無私」とかを称える人々がいる。おそらくは韓国で政権が変われば風向きも変わってくると高をくくっているのだろう。貿易問題で締め上げていけば、いずれ韓国内で政権が崩壊してしまうだろうと狙いを定めているのかも知れない。
 だが、少なくとも国民の間でこうした歴史問題に対する認識が消滅してしまうことはないだろうと私は考えている。むしろ、今回の「徴用工」判決を機会として、これに向き合い、対話を重ねていこうとする姿勢を持つことこそ、問題の根本的解決になると考える。それも、文在寅大統領の在任期間中こそが逃してはならない好機であると思うのである。それは、次のように語る文大統領には、そして自国の経済成長に一定の自信を深めた韓国には、かつてのような裏に回っての駆け引きがないと見られるからだ。

 「朝鮮半島平和のために日本との協力も強化します。「己未独立宣言書」は三・一独立運動が排他的感情ではなく全人類の共存共生のためのものであり、東洋平和と世界平和に向かう道であることを明確に宣言しました。「果敢に長年の過ちを正し、真の理解と共感を基に仲の良い新たな世界を開くことが互いに災いを避け、幸福になる近道である」ことを明らかにしました。今日も有効なわれわれの精神です。
 過去は変えられませんが、未来は変えることができます。歴史を鑑として韓国と日本が固く手を握る時、平和の時代がわれわれに近付くでしょう。力を合わせて被害者の苦痛を実質的に癒やす時、韓国と日本は心が通じ合う真の友人になるでしょう。」 (2019年「3.1独立運動100周年記念式典」における文大統領の演説から)


 個人請求権については、大法院判決の反対意見にあった「日本政府が自国の国民に対する補償義務を回避するため」と見透かされたように、当面の責任を回避するための姑息な言い逃れだったのかも知れない。だが、真に個人の人権を保護しようという、新たな理念として捉え直したとすれば人類にとっての偉大な前進といえる。
 このままでは日本側も韓国側も引くに引けないガマン比べが続くだけだ。実のところ、「徴用工」訴訟が日本国内で行われているうちに、せめて西松建設と同様の和解がなされればよかったのにと思う。このときも軍事的に侵略した中国で起こった強制連行と、「併合」下の韓国で起こった「徴用」とは異なるというような理屈でせっかくの機会を失ってしまった。
 20世紀後半は植民地支配を受けていた国や地域が解放されていく時代であった。しかし、政治的経済的基盤が乏しいため、その後の歩みは必ずしも順調ではない国々も多い。21世紀は前世紀までの植民地支配の代償が突きつけられている時代であるように思う。しかも、どこに矛盾が吹き出してくるか分からない複雑さである。泥沼から抜け出せないかの紛争地と比較すれば解決の糸口は必ず見つかるのではないか。
 決して容易ではないだろうが、まずは「徴用工」判決が投げかけるもの、損害賠償請求が問いかけるものを真摯に受け止めること、相手側から指摘されるのを待つのではなく、自ら過去の歴史を捉え直していくことが必要なのではないか。

[補足1]
 元外交官の浅井基文氏(大阪経法大学客員教授)のブログ『21世紀の日本と国際社会』に掲載された「日韓関係を中心とした朝鮮半島情勢」(2019.8.25)はたいへん興味深いものであった。内容は次回に紹介したいと思うが、「徴用工」問題に関連した箇所だけを下記に引用させてもらう。

 日本政府の主張は1965年当時国際的に広く共有され、通用していた、しかしその後、国連憲章(人権関連条項)、世界人権宣言(正確に言えば法的効力はない)、国際人権規約をはじめとする国際人道法が国際的に承認されるに至って、日本政府の主張はもはや法的正当性を主張できなくなった、ということであります。
 すなわち、1960年代までの状況と21世紀の今日の状況を法的に根本的に分かつものは、第二次大戦後に普遍的価値として確立した個人の尊厳・基本的人権が、国際法上の法的権利としても確立したことです。特に、1967年に発効した国際人権規約(日本加盟:1978年。韓国加盟:1990年)は、国家による人権侵害に対して「効果的な救済措置を受けることを確保」することを定めました。

 植民地支配の責任を認め、補償を行ったケースとしては、2008年8月31日にイタリア(ベルルスコーニ首相)とリビア(カダフィ最高指導者)との間で締結された友好協力条約、いわゆる「ベンガジ条約」が重要です。イタリアはこの条約で、過去の植民地支配について謝罪するとともに、補償としてリビアのインフラ整備に50億ドルを投資することを約束しました。カダフィ政権が崩壊したために条約は中断されましたが、2008年7月8日に、国連が支援するリビア暫定政府のシアラ外相とイタリアのミラネシ外相との間で条約を復活することが合意されました。

 そして、宇都宮賢健児氏も紹介していたドイツ政府と企業による「記憶・責任・未来」基金を事例にあげながら次のように指摘している。

 安倍政権は徴用工、「従軍慰安婦」などの「請求権問題は日韓請求権協定ですべて解決済み」という主張にしがみついています。しかし、以上の国際的事例が明らかにしているのは、人権問題に関しては法律上の「不遡及原則」の適用は認められないということです。

[補足2]
知人のFacebookで紹介されていたり、自分でも検索したりしているうちに、参考になりそうな何冊かの本が見つかった。早速注文した。これから発売される本が含まれているためか、届くのは10月下旬になってしまうようだ。本が届いて、これまで書いてきたことに間違いが発見されたり、新たな見地があったときはまた紹介する。

山本晴太『徴用工裁判と日韓請求権協定: 韓国大法院判決を読み解く』現代人文社
『週刊金曜日』 2019年9/6号
吉岡吉典『日韓基本条約が置き去りにしたもの: 植民地責任と真の友好』大月書店
戸塚悦朗『「徴用工問題」とは何か――韓国大法院判決が問うもの』明石書店

[蛇足的な補足]
 いまだに「徴用工」らは厚遇されていた、決して奴隷的に扱われたりはしていなかった、などとする言説が流布されている。現代の日本で外国人労働者とりわけ技能実習生がどのように扱われているかをみれば、それらがまったくの妄言であることが知れるというものである。戦前社会では日本人でさえ、いわゆるタコ部屋に入れられるような労務者の労働環境は劣悪だった。募集によるものか、斡旋によるものか、徴用によるものかを問わず、劣悪な労働環境で、貯金等の名目で賃金も支払われず、「半島出身者」として差別的な扱いを受けたことは、残された多くの証言を挙げるまでもなく明らかだといわざるを得ない。
 韓国で出版された『反種族主義』という書物の著者がTVのインタビューで2種類の写真を示しながら、これまで教科書に掲載されてきた韓国人労働者の写真は実は日本人で、こちらが本当に韓国人労働者を写した写真だと得意げに説明していた。前半の日本人の写真が韓国人だと誤って掲載されてきた、というのはあり得ないことではないと思う。だが、それらに比較して体格も立派で、きちんとした装備を身につけ、笑顔で写っている写真の方が、日本に渡ってきた韓国人の真実の姿だというのには疑念をいだかざるを得ない。『反種族主義』は日本での出版がすすめられているというから、書店に並ぶことがあったら出典だけでも確かめようと思っているが、せいぜいが新聞募集か官斡旋のためのモデル写真というところではないのか。


by yassall | 2019-10-02 16:32 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (8) 「徴用工」問題⑤ 「損害賠償請求権」の正否(中)

(承前)
 以下に「多数意見に対する補充意見」の内容を検証してみる。
(1)補充意見の立場:
①本件の主な争点は、請求権協定の前文と第2条に現れる「請求権」の意味をどのように解釈するかである。具体的には上記「請求権」に「日本政府の韓半島に対する不法な植民支配・侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する精神的損害賠償請求権」、すなわち「強制動員慰謝料請求権」が含まれるか否かが問題になる。
②請求権協定では、「請求権」が何を意味するかを特に定めていない。この用語に不法行為に基づく損害賠償請求権、特に本件で問題となる強制動員慰謝料請求権まで一般的に含まれると断定することはできない。
(2)請求権協定の目的:
①請求権協定第2条でサンフランシスコ条約第4条(a)に明示的に言及していることから、サンフランシスコ条約第4条が請求権協定の基礎になったことには特に疑問がない。
②請求権協定は基本的にサンフランシスコ条約第4条(a)にいう「日本の統治から離脱した地域(大韓民国もこれに該当)の施政当局・国民と日本・日本国民の間の財産上の債権・債務関係」を解決するためのものである。
③このような「債権・債務関係」は日本の植民支配の不法性を前提とするものではなく、そのような不法行為に関する損害賠償請求権が含まれたものでもない。
④サンフランシスコ条約第4条(a)では「財産上の債権債務関係」について定めているので、精神的損害賠償請求権が含まれる余地はないと見るべきである。
⑤請求権協定の直前に大韓民国政府が発行した「韓日会談白書」も「賠償請求は請求権問題に含まれない」とした。詳しくは、大韓民国はサンフランシスコ条約の調印国ではないため第14条の規定による戦勝国が享有する「損害と苦痛」に対する賠償請求権は認められなかった。このような韓・日間の請求権問題には賠償請求を含めることができないと説明している。
⑥またサンフランシスコ条約第14条が日本によって発生した「損害と苦痛」に対する「賠償請求権」とその「放棄」を明確に定めているのとは異なり、請求権協定は「財産上の債権.債務関係」のみに言及しているだけであり、請求権協定の対象に不法行為による「損害と苦痛」に対する「賠償請求権」が含まれるとか、その賠償請求権の「放棄」を明確に定めてはいない。
(3) 対日要求8項目による補償金:
①対日要求8項目に明示的に列挙されたものはすべて財産に関するものである。第5項も、徴用による労働の対価として支払われる賃金などの財産上の請求権に限定されたものであり、不法な強制徴用による慰謝料請求権まで含まれると解することはできない。
②また第5項は「補償金」という用語を使用しているが、これは徴用が適法であるという前提で使用した用語であり、不法性を前提とした慰謝料が含まれないことが明らかである。当時の大韓民国と日本の法制では「補償」は適法な行為に起因する損失を填補するものであり、「賠償」は不法行為による損害を填補するものとして明確に区別して使用していた。
(4)日本の植民地支配の不法性に対する認識:
①請求権協定締結当時の両国の意思がどのようなものであったのかを検討する必要がある。仮に請求権協定当時、両国とも強制動員慰謝料請求権のような日本の植民支配の不法性を前提とする請求権も含めることに意思が一致していたと見ることができるなら、請求権協定に言う「請求権」に強制動員慰謝料請求権も含まれると解することができる。
②しかし、日本政府が請求権協定当時はもちろん現在に至るまで、強制動員の過程で反人道的な不法行為が犯されたことはもとより、植民支配の不法性さえも認めていないことは周知の事実である。
③当時強制動員慰謝料請求権の存在自体も認めていなかった日本政府が請求権協定にこれを含めるという内心の意思を持っていたと解することはできない。
(5)大韓民国による慰労金や支援金:
①請求権協定以後、大韓民国は請求権資金法、請求権申告法、請求補償法を通じて1977年6月30日までに被徴用死亡者8552人に1人当り30万ウォンずつ合計25億6,560万ウォンを支給した。
②これは上記8項目のうち、第5項の「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求」が請求権協定の対象に含まれるによる後続措置に過ぎないと見ることができるから、強制動員慰謝料請求権に対する弁済とは言いがたい。
③また、その後大韓民国は2007年の犠牲者支援法などによりいわゆる「強制動員犠牲者」に慰労金や支援金を支給したが、当該法律では名目は「人道的次元」のものであることを明示した。
④このような大韓民国の措置は、請求権協定に強制動員慰謝料請求権は含まれておらず、大韓民国が請求権協定資金により強制動員慰謝料請求権者に対して法的支払い義務を負うものではないことを前提としているものと言わざるを得ない。
  ※
 若干の補足をする。
①「請求権協定の合意議事録(Ⅰ)」には請求権協定第2条に関して次のとおり定めたとある。

a)『財産、権利及び利益』とは法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利をいうことで了解された。

 ここでいう「法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利」という表記で思い出されるのは、1991年の柳井答弁で「慰謝料は実体的な財産権に該当しない」とされたことである。「対日要求項目」5項の「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権」と「強制動員慰謝料請求権」とは区別されるべきではないか?
②1961年5月10日、第5次日韓会談予備会談の過程で、韓国側が「他国民を強制的に動員することによって負わせた被徴用者の精神的、肉体的苦痛に対する補償」に言及したことは事実であるが、第5次会談は朴正煕の軍事クーデターで中断し、合意を得ていないことは前記した。
③1961年12月15日、第6次韓日会談予備会談の過程で、韓国側は「8項目に対する補償として総額12億2000万ドルを要求したが、そのうちの3億6400万ドル(約30%)を強制動員被害補償に対するものとして算定している。(生存者1人当り200ドル、死亡者1人当たり1650ドル、負傷者1人当り2000ドル基準)
 上記は2018年に大法院が支払いを命じた額と比較して、物価変動を考慮しても大きすぎる金額とは思われない。実際には請求権協定は3億ドル(無償)で妥結した。判決は、このように要求額にはるかに及ばない3億ドルのみを受けとった状況で、強制動員慰謝料請求権も請求権協定の適用対象に含まれていたものとは、とうてい考えにくいとしている。
   ※
 元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏は、「徴用工問題の解決に向けて」とするハンギョレ新聞への寄稿(2019.7.22)で以下のように述べている。日本人側でなされている議論として紹介しておきたい。

 新日鉄住金を訴えた元徴用工は、賃金が支払われずに、感電死する危険があるなかで溶鉱炉にコークスを投入するなどの過酷で危険な労働を強いられてきた。提供される食料もわずかで粗末なものであり、外出も許されず、逃亡を企てたとして体罰をかせられるなど、極めて劣悪な環境に置かれていた。これは強制労働(ILO第29号条約)や奴隷制(1926年奴隷条約)に当たるものであり、重大な人権侵害である。

 徴用工問題に関しては、劣悪な環境に置いた日本企業に賠償責任が発生するのは当然のことであるが、日本政府・日本国の責任も問題となる。なぜなら、徴用工問題は、1910年の日韓併合後朝鮮半島を日本の植民地とし、その下で戦時体制下における労働力確保のため1942年に日本政府が制定した「朝鮮人内地移入斡旋要綱」による官斡旋方式による斡旋や、1944年に日本政府が植民地朝鮮に全面的に発動した「国民徴用令」による徴用が実施される中で発生した問題であるからである。
 このようなことを考えれば、日本政府は新日鉄住金をはじめとする日本企業の任意かつ自発的な解決に向けての取り組みに対して、日韓請求権協定を持ち出してそれを抑制するのではなく、むしろ自らの責任をも自覚した上で、徴用工問題の真の解決に向けた取り組みを支援すべきである。

 そして、中国人強制連行事件である花岡事件、西松建設事件、三菱マテリアル事件などでは、日本企業が事実と責任を認めて謝罪し、基金を設立して被害者全員の救済を図ったばかりか、受難の碑ないし慰霊碑を建立し、中国人被害者等を招いて慰霊祭等を催すなどしている例を引いて以下のように述べている。

 ナチス・ドイツによる強制労働被害に関しては、2000年8月、ドイツ政府と約6400社のドイツ企業が「記憶・責任・未来」基金を創設し、これまでに約100カ国の166万人以上に対し約44億ユーロ(約7200億円)の賠償金を支払ってきている。このようなドイツ政府とドイツ企業の取り組みこそ、日本政府や日本企業は見習うべきである。

 最後に、日本弁護士連合会(日弁連)と大韓弁護士協会(大韓弁協)が、2010年12月11日に日本国による植民地支配下での韓国民に対する人権侵害、特にアジア太平洋戦争時の人権侵害による被害と被害回復に関する共同シンポジウムを開催し、「慰安婦」問題や強制動員被害の救済のために「共同宣言」を発表したことを紹介している。参考として、その骨子を掲載しておく。

[参考]
1.われわれは、韓国併合条約締結から100年を経たにもかかわらず、日韓両国及び両国民が、韓国併合の過程や韓国併合条約の効力について認識を共有していない状況の下で、過去の歴史的事実の認識の共有に向けた努力を通じて、日韓両国及び両国民の相互理解と相互信頼が深まることが、未来に向けて良好な関係を築くための礎であることを確認する。
2.われわれは、日本軍「慰安婦」問題の解決のための立法が、日本政府及び国会により速やかになされるべきであることを確認する。この立法には、日本軍が直接的あるいは間接的な関与のもとに設置運営した「慰安所」等における女性に対する組織的かつ継続的な性的行為の強制が、当時の国際法・国内法に違反する重大な人権侵害であり、女性に対する名誉と尊厳を深く傷つけるものであったことを日本国が認め、被害者に対して謝罪し、その責任を明らかにし、被害者の名誉と尊厳回復のための金銭の補償を含む措置をとること、その事業実施にあたっては、内閣総理大臣及び関係閣僚を含む実施委員会を設置し、被害者及び被害者を代理する者の意見を聴取することなどが含まれなければならない。また、日本政府は、日本軍「慰安婦」問題を歴史的教訓とするために、徹底した真相究明と、教育・広報のための方策を採用しなければならない。
3.われわれは、1965年の日韓請求権協定の完全最終解決条項の内容と範囲に関する両国政府の一貫性がない解釈・対応が、被害者らへの正当な権利救済を妨げ、被害者の不信感を助長してきたことを確認する。このような事態を解消するために、日韓基本条約等の締結過程に関する関係文書を完全に公開して認識を共有し、実現可能な解決案の策定をめざすべきであり、韓国政府と同様に、日本政府も自発的に関係文書を全面的に公開すべきことが重要であるという認識に達した。
4.韓国においては、強制動員による被害の救済のために、強制動員被害の真相究明及び支援のための法律が制定されたが、日本政府においても真相究明と謝罪と賠償を目的とした措置をとるべきである。さらにわれわれは、2007年4月27日に日本の最高裁判所が、強制動員に関わった企業及びその関係者に対し、強制動員の被害者らに対する自発的な補償のための努力を促したことに留意しつつ、既に自発的な努力を行っている企業を評価するとともに、他の企業に対しても同様の努力を行うよう訴える。この際、想起されるべきは、ドイツにおいて、同様の強制労働被害に関し、ドイツ政府とドイツ企業が共同で「記憶・責任・未来」基金を設立し、被害者の被害回復を図ったことである。韓国では、真相究明委員会が被害者からの被害申告を受け被害事実を審査していることから、同委員会とも連携し、日韓両国政府の共同作業により強制動員被害者の被害回復を進めることも検討すべきである。


 次回に私見を述べる。


by yassall | 2019-10-01 16:00 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (7) 「徴用工」問題⑤ 「損害賠償請求権」の正否(上)

 今回は「損害賠償請求権」の正否について考える。これをもってひとまず「徴用工」問題についてのまとめとしたい。
 最初に関連する条文と文書を引用しておく。必要によってそのつど参照したい。

「日韓請求権協定」第二条
(「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」)

1.両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
3.2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。

「韓国の対日請求要綱」(8項目)
①1909年から1945年までの間に日本が朝鮮銀行を通じて大韓民国から搬出した地金及び地銀の返還請求
②1945年8月9日現在及びその後の日本の対朝鮮総督府債務の返済請求
③1945年8月9日以降に大韓民国にから振替または送金された金員の返還請求
④1945年8月9日現在大韓民国に本店、本社または主たる事務所がある法人の在日財産の返還請求
⑤大韓民国法人または大韓民国自然人の日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求
⑥韓国人の日本国または日本人に対する請求であって上記①ないし⑤に含まれていないものは韓日会談の成立後、個別に行使することができることを認めること
⑦前記の各財産または請求権から発生した各果実の返還請求
⑧前記返還と決済は協定成立後直ちに開始し遅くとも6ヶ月以内に完了すること


 「日韓請求権協定」第2条第1・3項には、両国及び国民の間の「請求権に関する問題が(中略)完全かつ最終的に解決された」ことが明記されており、協約の締結以降は「いかなる主張もすることができない」とあるのだから元「徴用工」らは賠償請求をすることが出来ないとする意見は韓国内にも存在する。
 大法院判決にたずさわった13名の大法官のうち4名の大法官が2通りの個別意見を提出している。1つは差戻判決の拘束力についての意見であり、上告を棄却すべきであるという結論は支持するとしている。3名連名によるもう1つの個別意見は「個人の請求権自体」は請求権協定によって消滅するということは出来ず、上告棄却という結論には変わりないが、「原告の損害賠償権」については請求権協定に含まれると解釈すべきだとするものである。
 これらの個別意見とは別に2名連名による反対意見がある。その骨子は①原告の損害賠償権については請求権協定の対象に含まれる、②請求権協定を個人の請求権と関係なく外交的保護権を放棄するだけの条約とは解しがたい、という2点である。
 以下、反対意見に沿って内容を検証してみる。
  ※
(1)反対意見の立場:
①請求権協定の「完全かつ最終的に解決」とは、外交保護権だけを放棄したことを意味するのか、請求権自体が消滅するという意味なのか、もはや訴訟によって請求権を行使することができないことを意味するのかは、基本的に請求権協定の解釈に関する問題である。
②法令の解釈・適用権限は司法権の本質的内容をなすものであり、これは大法院を最高法院とする裁判所に専属する。
③1969年に締結された「条約法に関するウィーン条約」第31条(解釈の一般規則)によれば、条約は全文及び附属書を含む条約文の文脈及び条約の対象と目的に照らしてその条約の文言に付与される通常の意味に従って誠実に解釈しなければならない。
(2)「請求権協定」第2条の解釈:
①外交的保護権の行使主体は被害者個人ではなくその国籍国であり、外交的保護権は国家間の権利義務に関する問題に過ぎず国民の個人の請求権の有無に直接影響を及ぼすことはない。
②ところが請求権協定第2条は大韓民国の国民と日本の国民の相手方の国とその国民に対する請求権まで対象としていることが明らかであるから、請求権協定を国民個人の請求権とは関係なく両締約国が相互に外交的保護権を放棄するだけの内容の条約であるとは解しがたい。
(3)個人請求権:
①日本は請求権協定締結後、両締約国の国民の個人請求権が消滅するのではなく、外交的保護権のみを放棄したものであるという立場をとってきた。これは日本政府が自国の国民に対する補償義務を回避するために「在韓請求権について外交的保護権を放棄した」という立場をとったことから始まったものである。
②しかし、大韓民国は最初から対日請求要綱8項目を提示し、強制徴用被害者に対する補償を要求し、請求権資金の分配は全的に国内法上の問題であるという立場をとり、このような立場は請求権協定締結当時まで維持された。
③請求権協定締結後、大韓民国は請求権資金法、請求権申告法、請求権補償法、犠牲者支援法などを制定して強制徴用被害者に対する補償金を支給した。このような事実を総合してみると、請求権協定当時、大韓民国は請求権協定により強制徴用被害者の個人請求権も消滅するか、少なくともその行使が制限されるという立場をとっていたことが分かる。
(4)賠償請求権:
①「請求権協定の合意議事録(Ⅰ)」(※)は請求権協定第2条について「同条1にいう完全かつ最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがつて、同対日請求要綱に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された。」と規定している。
 ※「請求権協定の合意議事録(Ⅰ)」(正式名称「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定に対する合意議事録(Ⅰ)」)は請求権協定の同日に締結され1965.12.18に発効した。
②対日請求要綱8項目の中には「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権の弁済請求」が含まれている。(冒頭の引用の⑤)
  ※
 この反対意見のみならず、判決文全体が国際法も参照した精緻な論理で成り立っている。巷間いわれるような情緒法の割り入る隙はない。この反対意見も十分な説得力を有している。実際、盧武鉉政権も、李明博政権も日本に動員された徴用工の未払い賃金の供託金は請求権協定を通じて韓国政府が受領した無償支援3億ドルに含まれており、「日本政府に請求するのは困難」とした。
 次に大法官2名連名による「多数意見に対する補充意見」を見ていくのだが、その前に筆者としての補足をしておきたい。
①韓国のこと(4)で引用した1991年の柳井答弁をみる限り、韓国側のみ個人請求権が消滅しているとは読み取れない。

 「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。(中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

②韓国のこと(5)ですでに触れた第5次日韓会談時に韓国側が『苦痛を受けた歴史的被害事実』に基づく政治的補償を求めた事実があったこと、対日要求8項目の5との関連については最後にもう一度述べる。
 第6次会談以降、朴正煕の政権奪取によって日韓条約締結の動きが加速化し、「経済協力」「独立祝賀金」等に「補償」問題も含めた総額決定方式で妥結へすすんだことも、金額的な検証も含めて最後に最後にもう一度述べる。


by yassall | 2019-09-30 15:15 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (6) 「徴用工」問題④ 日韓条約締結の背景

 ポツダム宣言第8項は「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州、四国及吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」としている。1945年8月14日、日本のポツダム宣言の受託によって朝鮮は日本の統治から離れた。
 しかし、それはただちに朝鮮の独立を意味することにならなかった。朝鮮独立運動家の呂運亨は1945年8月15日、日本の降伏と同時に朝鮮建国準備委員会を結成し、9月6日に朝鮮人民共和国を設立した。南朝鮮を占領した米軍は9月7日に軍政を宣言し、呂運亨が樹立した朝鮮人民共和国および大韓民国臨時政府の承認を否定した。(朝鮮人民共和国の地方組織である人民委員会は、ソ連軍が占領した北朝鮮で存続し続け、後の北朝鮮人民委員会、更には朝鮮民主主義人民共和国の礎となっていった。)
 連合国は、1943年のカイロ宣言では大戦後に朝鮮を「自由且独立ノモノタラシムル」と宣言していたが、1945年2月のヤルタ協定では戦後朝鮮を米・英・中・ソ4国による信託統治下に置くとしたのである。連合国はその既定路線を進もうとしたのである。
 その後、1945年12月にモスクワ三国外相会議が開催され、信託統治実施に向けた米ソ共同委員会が開かれた。だが、南朝鮮内の左派・右派の対立があり、また米ソ対立から1947年7月に共同委員会は決裂した。アメリカは朝鮮問題を国際連合に持ち込み、国連は1947年11月に国連監視下で南北朝鮮総選挙と統一政府樹立を行うことを決定した。翌1948年1月、国連朝鮮委員団(UNTCOK)は総選挙実施の可能性調査を行ない、2月26日にUNTCOKが「活動可能な」南朝鮮単独での総選挙の実施を決定した。これには北朝鮮人民委員会はもとより、南朝鮮でも大韓民国臨時政府の有力者による反対があったが、それらを押し切って5月10日に南部単独総選挙を実施した。
 1948年8月15日、李承晩が大韓民国政府樹立を宣言し、実効支配地域を北緯38度線以南の朝鮮半島のみとしたまま大韓民国が独立国家となった。9月9日、大韓民国の実効支配が及ばなかった朝鮮半島北部は金日成首相の下で朝鮮民主主義人民共和国として独立した。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国とが国際連合に同日加盟した1991年のことである。
  ※
 1951年9月のサンフランシスコ講和条約(発効は1952年4月28日)によって、沖縄および小笠原諸島等の施政権がアメリカに残されたままながら、日本は戦後占領期を終え「独立」した。日韓条約締結に向けてアメリカの仲介で予備会談が始まったのは1951年10月のことである。
 私が子どものころ、李承晩ラインを越えた日本の漁船が韓国に拿捕されたというニュースがよくラジオから流れてきた。李承晩ラインは韓国側が、まず日本が「過去の過ちに対する悔恨」を誠実に表明することが必要であり、そうすることで韓国の主張する請求権問題の解決に移ることができるとしたのに対し、日本側は逆に日本も韓国に対して請求権を要求できると述べたことに反発した李承晩が宣言したものであるという。
 日韓会談は7次まで開催されたが、このように当初から波乱含みであった。問題の焦点は日本の植民地支配の不当性を認めるか否かであった。象徴的な二つのことがらをあげる。
 久保田発言は第3次会談開催中の1953年10月15日に起こった。韓国側が日本の支配下における独立運動弾圧による虐殺、基本的人権の剥奪、食料の強制供出、労働力の搾取などへの賠償を請求する権利を持っていると述べたところ、日本側の 久保田貫一郎外交官は日本は植林し、鉄道を敷設し、水田を増やし、韓国人に多くの利益を与えた、また日本が進出しなければロシアか中国に占領されていただろうと反論した。韓国側はこれに猛反発し、会談はそのまま中止となった。ようやく第4次会談が開かれたのは1958年になってからである。
 なお、終戦時に日本が韓国に残してきた財産については次のような経過がある。1945年12月の米軍政法令第33条帰属財産管理法によって、米軍政府管轄地域における全ての日本の国有・私有財産を米軍政府に帰属させることが決定された。またサンフランシスコ講和条約(「日本国との平和条約])第二条(a) には「日本国は、朝鮮の独立を承認して、済洲島、巨文島及び鬱陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」とある。
 1958年4月からの第4次会談は1960年4月15日に中断した。韓国では1960年4月19日に四月革命が起こり、26日には李承晩が大統領を辞任した。
 1960年10月からの第5次会談は、1961年5月16日、朴正煕らが軍事クーデターを起こしたことで中断した。
 政権を奪取した後、朴正煕は日韓国交正常化に意欲を見せ、日韓条約締結に向けての動きが加速化した。1961年10月からの大平正芳外務大臣と金鍾泌大韓民国中央情報部(KCIA)長官の交渉は難航の結果、日本による植民地支配への賠償請求権を「無償3億ドル、有償2億ドル、民間協力資金1億ドル以上」(「金・大平メモ」)の内容で合意がなされた。1965年の請求権協定の大枠はこの時点で定まっていたことになる。
  ※
 日韓条約の締結にいたる道がいかに困難であったかを象徴するもう一つのことがらとは第2条の「旧条約及び協定の効力」に関わる。
 「1910年9月22日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認された。」(第2条)
 問題とされたのは1910年の「日韓併合条約」に至る条約および協定である。この「もはや無効」という不自然な表現は韓国側と日本側とで異なった解釈を可能にするためだったのである。韓国側は、「過去の条約や協定は、(当時から)既に無効であることが確認される」と解釈し、日本側は「過去の条約や協定は、(現時点から)無効になると確認される」と解釈しているのである。
 これは今日の「徴用工」問題にまで波及している。大法院判決は戦時中の強制徴用を植民地支配による「反人道的不法行為」であり慰謝料の請求を正当としたのに対し、日本政府はこれを認めず、「補償」問題を含めて、請求権協定によって解決済みとしているのである。
  ※
 このように歴史問題を棚上げして日韓条約の締結が急がれたのはアメリカの要請があったといわれている。
 冷戦下にあって、アメリカとしては韓国を対共産圏の前線基地として強化したいという思いがあっただろうし、直接的にはベトナム戦争の激化にあって韓国を戦争に参加させたいという思惑があったのである。その韓国を日本に「経済協力」というかたちで財政的に支援させるためだったのである。
 アメリカの中央情報部(CIA)は朴正煕の軍事クーデターをいち早く支持し、ついでケネディは朴政権を承認した。1961年に大平正芳外務大臣と会談した金鍾泌が発足したばかりの大韓民国中央情報部(KCIA)長官であったというのも不可思議といえば不可思議である。
 また、朴正煕はもともと日本国籍であったとき、満州国軍軍官学校、日本の陸軍士官学校を卒業し、関東軍工兵下士官候補者隊、第120師団工兵隊見習士官を経て、満州国軍少尉に任官したという経歴を有している。旧満州国に広い人脈をもつ岸信介ら日本の保守勢力とのパイプもあった。
 朴正煕としては日韓請求権協定による「経済協力」資金によって、朝鮮戦争以来疲弊していた大韓民国経済を立て直そうと考えていたのだろう。日韓条約には日本でも反対運動が起こったが、韓国でも反対の声は大きかった。「賠償」か「経済協力」かで、朴正煕が苦しい言い訳を強いられたという記録もある。背に腹は代えられないというところだったのだろうか?
 ことの是非はともかく、日韓請求権協定による「経済協力」と折からの「ベトナム特需」によって韓国経済は急成長していった。ただし独裁政権に対する批判も大きく、KCIAも動かしながら、その押さえ込みをはかって国民抑圧、民主主義の弾圧を引き替えにしながらだった。
  ※
 今日の日韓問題を考えようとするとき、こうした日韓条約(日韓基本条約)締結の背景を見ておくことが重要だと考えるのである。


[補足]
 先日、「朝鮮半島と日本に非核・平和の確立を!9.17集会」に参加して、改めて『日朝平壌宣言』(2002年)を読んでみた。
 「国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道的支援等の経済協力を実施」とあるのは日韓請求権協定を踏襲しているようである。ただ、その前段で「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。」とある。その上で、「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民の請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議する」こととしたとある。
 日韓会談においてこのような合意文書が交わされたのかについては知らない(おそらくない)。だが、「過去の植民地支配」による「多大の損害と苦痛」を認め、請求権についても「具体的に協議」をすすめたら、今日あるすがたとはずいぶん異なっていたのではないだろうか。また、もし『日朝平壌宣言』にそって新しい日朝関係が築かれたなら、日韓関係もまた見直されることになるのではないかと考えたのである。
 それとも閣僚の大半が日本会議メンバーという安倍政権ではそれは無理というものか。『日朝平壌宣言』以来、日朝関係は少しも進展していない。「制裁」を強めている間に核兵器の製造を実現させてしまった。安倍首相は「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」としているが、解決に向けた努力がなされているようには見えない。このまま朝鮮半島における南北対立の構図が変わらないで欲しいと思っているのではないかとすら疑ってしまう。
  ※
 『日朝平壌宣言』はまた、「朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」ともある。拉致問題について触れた箇所である。北朝鮮はこれをもって拉致問題は解決済みとしているのであろう。請求権協定によって「徴用工」問題は解決済みとしているのと同じようにも見える。


by yassall | 2019-09-27 18:38 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (5) 「徴用工」問題③ 請求権協定後の韓国の措置

 大法院判決以降、韓国に対する非難として次のようなことが盛んに言われる。1965年の請求権協定で受け取ることになった5億ドルのうち、無償3億ドルは元「徴用工」らに対する補償も含まれていた。それなのに韓国はすべて経済復興に充ててしまった。(なのに今になって補償金を請求するのはけしからん。)

 それは二重の意味で誤りであると考える。(未払い賃金といった供託金に関する「補償」と精神的・肉体的被害に対する「賠償」の違いについては後に取り上げる。)
 まず、前回触れたように日韓請求権協定の第1条には「日本国が大韓民国に経済協力(無償供与及び低利貸付け)する。」とあり、第1項には「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。」とあることに注意を払いたい。日韓条約・日韓請求権協定の目的は「経済協力」にあるのであり、「経済の発展」のためというのが第一義なのである。韓国側としては、朝鮮戦争後の荒廃から立ち直るために最優先の課題であったことも大きい。
 なお、ここで述べておけば3億ドルは一度に現金で支払われたのではなく、「日本国の生産物」および「日本人の役務」(第1条「三億合衆国ドル(300,000,000ドル)に等しい円の価値を有する日本国の生産物及び日本人の役務」)によって10年をかけて支払うとされた。具体的には日本車が各部署に配分されたり、年次計画で発電所や製鉄所が日本からの資材や技術者によって作られたりしたのである。
 つぎに、韓国政府は元「徴用工」らにまったく補償の手を差しのべようとしなかったのかといえば、そうではなかったのである。
 その間の経過は大法院判決に詳しいので、以下に引用する。(日本語訳は(3)で紹介した「澤藤統一郎の憲法日記」による。)

1. 基本的事実関係のオ.請求権協定締結による両国の措置
(1)請求権協定は、1965.8.14.大韓民国国会で批准同意され、1965.11.12.日本衆議院及び1965.12.11.日本参議院で批准同意された後、まもなく両国で公布され、両国が 1965.12.18.批准書を交換することで発效した。
(2)大韓民国は、請求権協定によって支給される資金を使うための基本的事項を定めるために1966.2.19.「請求権資金の運用及び管理に関する法律」(以下「請求権資金法」という)を制定し、続いて補償対象になる対日民間請求権の正確な証拠と資料を収集するために必要な事項を規定するため、1971.1.19.「対日民間請求権申告に関する法律」(以下「請求権申告法」という)を制定した。ところで請求権申告法で強制動員関連被害者の請求権に関しては「日本国によって軍人・軍属または労務者として召集または徴用され、1945.8.15.以前に死亡した者」のみを申告対象として限定した。以後、大韓民国は請求権申告法によって国民から対日請求権申告を受け付けた後、実際補償を執行するために1974.12.21.「対日民間請求権補償に関する法律」(以下「請求権補償法」という)を制定し、1977.6.30.まで総83、519件に対して総 91億 8、769万3、000ウォンの補償金(無償提供された請求権資金3億ドルの約 9.7%にあたる)を支給したが、そのうち被徴用死亡者に対する請求権補償金として総8、552件に対して1人当り30万ウォンずつ総25億6、560万ウォンを支給した。

カ.大韓民国の追加措置
(1) 大韓民国は2004.3.5.日帝強占下強制動員被害の真相を糾明し、歴史の真実を明らかにすることを目的に「日帝強占下強制動員被害真相究明などに関する特別法」(以下「真相究明法」という)を制定した。上記法律とその施行令により「日帝強占下強制動員被害」に対する調査が全面的に実施された。
(2) 大韓民国は、2005年1月頃、請求権協定と関連した一部文書を公開した。その後構成された「韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会」(以下「民官共同委員会」という)では、2005.8.26.「請求権協定は日本の植民支配賠償を請求するための交渉ではなく、サンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を解決するためのものであり、日本軍慰安婦問題等、日本政府と軍隊等日本国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては、請求権協定で解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任が残っており、サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれなかった」という趣旨の公式意見を表明したが、上記公式意見には下記の内容が含まれている。
〇韓日交渉当時、韓国政府は日本政府が強制動員の法的賠償、補償を認定しなかったことにより、『苦痛を受けた歴史的被害事実』に基づき政治的補償を求め、このような要求が両国間無償資金算定に反映されたと見なければならない。
〇請求権協定を通して日本から受けた無償3億ドルは、個人財産権(保険、預金等)、朝鮮総督府の対日債権等、韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されたと見なければならない。
〇請求権協定は、請求権の各項目別金額決定ではなく、政治交渉を通じて総額決定方式で妥結されたため、各項目別受領金額を推定するのは難しいが、政府は受領した無償資金のうち相当金額を強制動員被害者の救済に使用しなければならない道義的責任があると判断できる。
〇しかし、75年、我が政府の補償当時、強制動員負傷者を保護対象から除外する等、道義的次元から見た時、被害者補償が不十分であったと見る側面がある。
(3) 大韓民国は2006.3.9.請求権補償法に基づいた強制動員被害者に対する補償が不十分であることを認めて追加補償方針を明らかにした後、2007.12.10.「太平洋戦争戦後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律」(以下「2007年犠牲者支援法」という)を制定した。上記法律とその施行令は、①1938.4.1.から1945.8.15.間に日帝によって軍人・軍務員・労務者などで国外に強制動員され、その期間中または国内に帰って来る過程で死亡したり行方不明となった「強制動員犠牲者」の場合、1人当り2、000万ウォンの慰労金を遺族に支給し、②国外に強制動員されて負傷により障害を負った「強制動員犠牲者」の場合、1人当り 2、000万ウォン以下の範囲内で障害の程度を考慮して大統領令で定める金額を慰労金として支給し、③強制動員犠牲者のうち生存者または上記期間中国外で強制動員されてから国内に帰って来た者の中で強制動員犠牲者にあたらない「強制動員生還者」のうち生存者が治療や補助装具使用が必要な場合に、その費用の一部として年間医療支援金80万ウォンを支給し、④上記期間中で国外に強制動員され労務提供などをした対価として日本国または日本企業などから支給を受けることができたであろう給料などを支払ってもらえなかった「未収金被害者」またはその遺族に未収金被害者が支給を受けることができたであろう未収金を当時の日本通貨1円に対して大韓民国通貨 2、000ウォンに換算して未収金支援金を支給するよう規定した。
(4) 一方、真相糾明法と2007年犠牲者支援法が廃止される代わりに2010.3.22.から制定され施行されている「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援に関する特別法」(以下「2010年犠牲者支援法」という)はサハリン地域強制動員被害者等を補償対象に追加して規定している。

 上記から、実際の支給は1974年の請求権補償法の制定以降であり、当初、対象者は被徴用死亡者に限定されるという不十分なものであったが、1977年までに83、519件に対して 91億 8769万3000ウォンの補償金が支給されている。それは無償3億ドルの約9.7%にあたる。約10%という割合の評価はともかく、すべてを経済インフラに流用してしまったという非難はあたらない。
 さらに追加措置として、2007年には犠牲者支援法を制定し、「強制動員犠牲者」には2000万ウォンの慰労金を遺族に、強制動員により障害を負った「強制動員犠牲者」には2000万ウォン以下の慰労金を、生存者のうち強制動員犠牲者にあたらない「強制動員生還者」には年間医療支援金80万ウォンを支給した。そして強制動員されながら給料などが支払われなかった「未収金被害者」またはその遺族に、未収金を当時の日本通貨1円に対して2000ウォンに換算して未収金支援金を支給するとした。

 これらの「慰労金」「支援金」が韓国政府によって支払われたということは、韓国政府が無償3億ドルの中に強制動員犠牲者(元「徴用工」)に対する補償が含まれていたこと、追加的な措置についても韓国政府が責任を負うという認識であったことを示しているといってよいだろう。
 この間のことについて、判決文では次のように説明している。

〇韓日交渉当時、韓国政府は日本政府が強制動員の法的賠償、補償を認定しなかったことにより、『苦痛を受けた歴史的被害事実』に基づき政治的補償を求め、このような要求が両国間無償資金算定に反映されたと見なければならない。
〇請求権協定を通して日本から受けた無償3億ドルは、個人財産権(保険、預金等)、朝鮮総督府の対日債権等、韓国政府が国家として有する請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されたと見なければならない。

 日韓条約締結にいたる日韓会談で、韓国政府は「『苦痛を受けた歴史的被害事実』に基づき政治的補償」を求めたが、日本政府は「法的賠償、補償」を認定しなかったというのは、具体的には1960-1年の第5次日韓会談をみていかなくてはならない。韓国側は「強制徴用で被害を受けた個人に対する補償」を要求したのに対し、日本側は具体的な徴用・徴兵の人数や証拠資料を要求したり、国交の回復後に個別的に解決する方法を提示するなど、要求にそのまま応じることができないという立場を表明した。会談は1961年5月16日の.軍事クーデターによって協議が中断され、実質的な妥協を行うことはできなかった。
 1961年10月から開始された第6次会談で、請求権の細部をつめていくと時間がかかり、解決が長引くとの判断から政治的な妥協がはかられ、有償と無償の経済協力の形式をとり、その代わりに請求権を放棄しようという提案が日本側からなされた。韓国側は数回の譲歩の結果、純弁済と無相照支払いの名目としつつ、金額を区分せず、総額を表示するという方法を提案し、後に合意された。
 これらの経過から、強制徴用被害に対する交渉があったという事実により、「両国間無償資金算定に反映されたと見なければならない」としたのである。

 日韓請求権協定によって元「徴用工」被害者個人の請求権は消滅したとの見解に変化が生じてきたのは、日本政府が外交保護権放棄説に立っていることが知られるようになって来たことによる。既出の柳井答弁が1991年、元徴用工4人が大阪地裁に新日鉄住金に対する訴訟を起こしたのが1997年である。2000年には、請求権協定で放棄されたのは外交保護権であり、個人の請求権は消滅していないとの趣旨の外交通商部長官答弁が行われた。韓国政府の公式見解となったわけである。

 さらに2005年、日韓請求権協定と関連した一部文書が公開され、その後構成された「韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会」(「民官共同委員会」)は、「請求権協定は日本の植民支配賠償を請求するための交渉ではなく、サンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を解決するためのものであり、日本軍慰安婦問題等、日本政府と軍隊等日本国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては、請求権協定で解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任が残っており、サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれなかった」とした。
 そして2012年、大法院判決は「反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為による損害賠償請求権」は日韓請求権協定の適用対象ではなく、強制動員労働者の問題も日韓請求権協定で解決していないとしたのである。

 要約すると、外交的保護権に対する「個人請求権」と「反人道的不法行為」に対する「損害賠償請求権」の有無と正当性が問題の焦点となる。



by yassall | 2019-09-22 01:00 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

日朝ピョンヤン宣言17周年 朝鮮半島と日本に非核・平和の確立を!9.17集会

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 17日、「日朝ピョンヤン宣言17周年 朝鮮半島と日本に非核・平和の確立を!日朝国交正常化交渉の再開を!9.17集会」に参加してきた。会場は文京区民センター、ずいぶん以前に金元重救援会でよく集会に利用した。老朽化したのか、同じ場所で新しい建物に建て替えられている。
 「朝鮮半島と日本に非核・平和の確立を!市民連帯行動」実行委員会の名はこの集会で初めて知った。「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」と「2019 3・1独立運動100周年キャンペーン」の呼びかけで3月11日に結成され、6月にも集会とシンポジウムを開催したとのことだ。
 昨年来の日韓関係の悪化、韓国内の進歩派と保守派の対立は日韓という小状況の中で起こっていることであるが、視野を広げてみると東アジアが大きく動き始めていることがわかる。現時点では流動化というのに近いが、いったいこれからどの方向に向かっていくのか、行かなければならないのか考えなくてはならないと思う。しかし、日本のマスコミは韓国バッシングを過激化させるばかりで、むしろ見えるものも見えなくさせているようで苦々しい思いでいる。このところブログで「韓国のこと」を連続で書いているのもそのためだ。集会のことを知ったとき、選ばれたスピーカーから生の話を聞けるように思ったのだ。
 和田春樹氏(日朝国交正常化連絡会顧問)からは「安倍首相と韓国・朝鮮」と題してスピーチがあった。1997年、安倍晋三は中川昭一と立ち上げた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長となって以降、韓国・朝鮮に対する強硬姿勢をとり続けている。河野談話に反対し、教科書から慰安婦記述を除かせた。2006年、総理に就任すると、北朝鮮に対しては拉致三原則を掲げ「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」とした。
 拉致問題の根本的解決が必要であると私も思っている。北は13人拉致し、8人死亡、生存者は日本に返された5人としている。死亡とされた8人の死因について説明されたが、その当時からまるごと信じられるものとは思えなかった。日本側が認定した17人との差も埋まっていない。しかし、数百人とされる特定失踪者のすべてが拉致被害者で、全員が生きていて、全員が即時帰国されなければ国交正常化はあり得ないとすることは正しいのか? 真実を明らかにするには合同調査委員会のようなものを設置する必要があると思うが、それも国交が回復してのことではないのか?
 2002年の「日朝平壌宣言」は国交正常化の糸口となったかも知れない。トランプ政権になってからの米朝会談で日本はすっかりカヤの外に置かれてしまった。もしかすると安倍首相は戦後の東アジア世界の枠組みの変化を望んでいないのではないのか、その永続化を願っているのではないかという和田氏の指摘には説得力があった。
 リ・ビョンフィ氏(朝鮮大学校教員)のスピーチは「朝鮮民主主義人民共和国側から見た朝鮮半島情勢」だった。第2次世界大戦後、二つの朝鮮に分断されてしまった後、南側だけの単独選挙に踏み切ろうとした李承晩に対し、南北総選挙を提案したのは確かに金日成である。しかし、北朝鮮が終始平和統一路線を堅持していたというのは、にわかには信じがたい。朝鮮戦争は国民党軍との内戦に勝利して中華人民共和国を樹立した中国共産党の影響の下に始められたというのが正しいと思う。(南側の韓国でも国内の労働党員らが李承晩政権によって激しく弾圧された歴史も見なくてはならない。)
 ただ、北朝鮮(共和国)側の人の話を直接聞く機会はめったにない。国際・国内情勢に対応しながら、どのような論理で政策が展開されているのか、興味深く聞くことが出来た。金正恩は金正日を継承しているようで微妙な違いがあるなと感じていた。リ氏が紹介した「社会主義強国」論(2016.5第7回党大会)でいう①経済発展に向けてた周辺環境の整備、②東アジア冷戦の解体をめざすという道が正しく進められたらよいだろうと思った。
 休憩のあと、「8.14~15ソウル行動」の映像が紹介された。光化門広場に数万人で開かれた「自主・平和・統一大会」の様子は光復節の祝賀ムードもただよう明るい催しだった。夜になってから同じ光化門広場で10万人が参加した安倍糾弾キャンドル集会も決して殺伐としたものではなかった。
 スピーチの最後は韓国からゲストとして招かれたカン・ヘジョン氏(アジアの平和と歴史教育連帯国際協力委員長/正義記憶連帯運営委員)だった。強調されたのは日韓の現状認識のへだたりである。法務部長官に就任したチョ・グク氏が「たまねぎ男」と呼ばれているというのを日本に来て初めて知った、という話からはじまった。(「たまねぎ男」というような呼ばれ方はされていないというのは韓国在住者のブログ「コリ92」にもあった。ネット等ではどうか分からないが、少なくとも一般社会に普及した呼び方ではないようだ)2015年の日韓政府による「慰安婦合意」でも日韓社会の反応には大きなギャップがあったという。
 この20~30年で日本に対する意識は大きく変わりつつあるという。かつては金浦空港を渡日者はいちように日本製の電気釜を持ち帰ったというようなことがあったが、今や韓国製品に対する信頼は絶大であるとのことだ。自国に対する信頼を深めているし、日本と対等な社会であるという認識が広まっている。そうした中で市民、とくに若者層の意識は大きく変化してきている。不買運動も政府に煽られてのことではなく、自分たちが政府の対応を牽引するのだという意志がみられるという。ソウル市中区で自治体がかかげた「NOJAPAN」の幟を即座に撤収させたのも官主導の運動を嫌ったからだという。集団知性ともいうべきものが働いていて、ただ感情を爆発させているというのではなく、その主張や行動は戦略的である。それはキャンドル革命の経験から続いていることで、ソウル市街を埋め尽くしたデモの際にも「ガラス一枚割れなかった」のが自慢であるという。
 集会参加は380人と紹介された。短い時間だったので、もっと聞きたかったという物足りなさは残るが、意義ある集会だったと思う。








by yassall | 2019-09-18 18:53 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (4) 「徴用工」問題② 「外交的保護権」と「個人請求権」


 日韓請求権協定第2条1項は「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が…完全かつ最終的に解決されたことになることを確認する」と規定している。
 この最終条項にかかわらず、失われたのは「外交的保護権」のみであり、「個人請求権」は失われていないという論が存在する。「外交的保護権」とは自国民の損害について政府が相手国に追求する権利であり、「個人請求権」とは個人が直接賠償を求める権利である。
 「個人請求権」が国際的な法概念に存在しているのかどうかは私は知らない。人権意識の高まりの程度にも関係するものであるだろうから、むしろ断るまでもなく当然という解釈もあるだろう。確かに言えることは「個人請求権」は日本政府によってその存在が言明されて来たことだ。
   ※
 経過としては、①サンフランシスコ平和条約(1951)、日ソ共同宣言(1956)にも類似の請求権放棄条項があり、これらの条約により相手国(アメリカ、ソ連)に対する損害賠償請求権が失われたとして、原爆被爆者とシベリア抑留被害者が日本国に補償を求める訴訟を提起したことを発端とする。
 これに対し被告の日本国は、「条約によって放棄されたのは日本政府の外交保護権であり、個人(被爆者、抑留被害者)の損害賠償請求権は失われていないから、日本国は補償責任を負わない」と主張したのである。(つまり、国としては個人に代わって請求は出来なくなったから、あとは個人として勝手に請求してね、ということなのだろう。)

 ②これは日韓請求権協定にも適用され、外務省は「完全かつ最終的に解決」とは外交保護権の放棄を意味するに過ぎず、個人の請求権は失なわれないから、朝鮮半島に資産を残してきた日本国民に対して日本国が補償する責任は負わないと説明していたとされる。

 ③さて、上記はいずれも日本の国民向けになされた説明であるが、1990年代に国会で追及を受けた結果、日本政府は韓国人被害者についても日韓請求権協定で放棄がされたのは「外交保護権」にすぎず、「個の請求権」は消滅していないことを認めた。
 柳井俊二外務省条約局長は1991年8月の参院予算委員会で、日韓請求権協定と「個人請求権」の関係について明確に表明している。

 「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。(中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

 (これは後の問題に関連することだが、「個人請求権」とは別に、1991年の柳井答弁では「慰謝料は実体的な財産権に該当しない」とされたことも、2018年11月14日の外務委員会で穀田恵二(共産党)委員によって再確認されている。)

 ④2000年になると日本政府は態度を変え、戦後補償問題は条約の請求権放棄条項で解決済みと主張するようになった。日本人被害者から補償請求を受けた時と、外国人被害者から賠償請求を受けた時に正反対の解釈をすることになった。

 ⑤このあたりの論理がどうなっているのか、よく分からないのであるが、一つには「サンフランシスコ平和条約の枠組み」論が称えられている。「実体的権利」は失われていないが、訴訟によって平和条約締結後に混乱を生じさせる恐れがあり、条約の目的達成の妨げとなるので、「個人請求権」は民事裁判上の権利を行使できないとするというものである。
 2007年、中国人・「元華人労務者」らが西松建設を相手に起こした損害賠償請求裁判では、1972年の日中共同声明に「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とあることから、この「枠組み」論が適用された。ただし、このときの最高裁判決では「請求権放棄条項で失われたのは被害者が訴訟によって請求する権能であり、被害者個人の実体的権利は失われていない」として「個人の実体的権利」の存在は認めていた。また、強制連行の事実を認め「被害者の苦痛は極めて大きい。関係者の被害救済に向けた努力が期待される」として自主的な救済を求めた。その後、西松建設は和解に応じている。

 ⑥また日本政府はその後、個人の請求権は消滅していないが、相手国・国民がこれに応じる法的義務は消滅しているので「救済されない権利」であると説明することもあったようである。

 ⑦韓国人「徴用工」問題では、1965年の請求権協定によって日本から韓国に渡った合計5億米ドルのうち、無償3億米ドルの中に元「徴用工」に対する補償金も含まれているとし、元「徴用工」らが有する「個人請求権」は韓国政府に対して行使されるべきであるという論がある。「個人請求権」は消滅していないが韓国側に移動したという説明である。
  ※
 今後、特に焦点となるのは⑦である。(5)(6)でこれらを検証していこうと考えているが、以下のようなことがポイントとなることを予告しておきたい。

・日韓請求権協定の第1条は「日本国が大韓民国に経済協力(無償供与及び低利貸付け)する。」とあり、第1項には「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。」とある。補償のために支払うとはどこにも書かれていないばかりか、「経済の発展」に役立つことが条件とされているのである。
・1965年日韓条約締結以降、不十分ながら元「徴用工」らに対する補償を始めている。すると韓国政府は「経済協力」資金の中に補償金が含まれていることを認めたことになる。それは条約締結にいたるまでの交渉過程に根拠がある。それではどのような交渉がなされたのであるか、相互の主張、金額を含めた妥結点を確かめたい。
・未払い賃金といった供託金等の補償に対して2018年大法院判決が認めたのは「精神的苦痛に対する慰謝料」という賠償である。その正当性を検証したい。


[参考]
以下は茂木外務大臣の会見記録である。内閣改造によって新たに就任したが「徴用工」問題に対する姿勢は従来と変わるところがない。ただ、何とも歯切れが悪いように思える。

令和元年9月13日(金曜日)13時49分 
於:本省会見室
旧朝鮮半島出身労働者問題(大法院判決)
【共同通信 斎藤記者】今日,最初の定例会見ですので,日韓摩擦のきっかけになった元徴用工の大法院判決,これについての茂木大臣の基本的な認識をお伺いしたいと思います。2点あります。1点目ですけれども,大臣は11日の就任後の会見で,この判決について,国際法に違反し日韓関係の基礎を覆していると,このようにおっしゃられました。これは原告の個人請求権は日韓請求権協定に基づいて消滅したという考えに基づく見解なのかどうか,この点をまず確認させていただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定の第2条の1で,財産請求権の問題は完全かつ最終的に解決されたものであることを明示的に確認して,さらに第2条の3で,一方の締約国およびその国民の他方の締約国およびその国民に対する,すべての請求権に関していかなる主張もすることができないとしております。したがって,一切の個人の請求権は,消滅していないとしても救済されない。また国としては救済できない。このような法的な規定になっております。
【共同通信 斎藤記者】2点目ですが,その関連になりますが,大法院判決では,例の日韓請求権協定に基づく5億ドル,有償無償の5億ドルの経済協力金の供与について,判決はその損害賠償,慰謝料請求権,損害賠償の性格までは有しているとは認めがたいと,こう判断していると理解しております。同時に非人道的な扱いを受けた原告の慰謝料請求権については,今,大臣からお話がありましたけれども,第2条の対象には入らないと。つまり趣旨としてはもともとこれは一般的な。
【茂木外務大臣】分かっていると思います。よく理解しています。
【共同通信 斎藤記者】分かりますか。これについて,ではそうなってくるとこちらのほうとして,いやいや,慰謝料の分も全部含まれていると,だから払ったんだからチャラだと,という立場をとるのか。そうなってくるとその根拠はどこにあるのか,あるいはそうとらないのか。その点についてご説明いただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定に基づいて,我が国はご案内のとおり,韓国に対しまして,無償3億ドル,そして有償2億ドルの経済協力を行ったわけであります。それと同時に同協定によりまして,日韓両国および国民の財産請求権の問題は,完全かつ最終的に解決済みである,こういったことを確認したわけです。
 したがいまして,日本企業に対して慰謝料の支払いを命じた韓国大法院判決,これは同協定に明確に違反をいたしております。      (外務省HPより)


by yassall | 2019-09-17 16:01 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (3) 「徴用工」問題① 問題の所在

 2018年10月30日、韓国大法院は被告である新日鉄住金によって上告中であった「徴用工訴訟」について、原告(元徴用工)らの「強制動員慰謝料請求」を認める判決を下した。
 今日の日韓関係の悪化はここからはじまったといえるだろう。現在直面しているような事態を1年前には誰も予想しえなかった。(日本政府は文在寅大統領が12017年9月金命洙を大法院長に任命したことに懸念を示していたともいうからあるいは政府内部では予想があったかも知れない。)
 日韓関係の改善の糸口は見えてきそうにないし、「徴用工」問題の出口も見つけ出せそうにない。まず、今回は問題の所在がどこにあるかを考えてみたい。
   ※
 日本政府は大法院判決を国際法違反であるとし、新たに就任した茂木外相の第一声も「一刻も早く是正を」であった。国際法違反というのは具体的には1965年に締結された日韓条約(「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)と同時締結された日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)に違反しているという意味である。
 日韓請求権協定第2条には「両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」とあるからである。
   ※
 韓国大法院も日韓請求権協定を知らずに判決を下したわけではない。それでは判決を成立させている論理は何であるのか?
 すると、日韓請求権協定にいうところの「完全かつ最終的に解決」に以下が含まれていると考えられるのか否かが争点として浮かび上がって来るのである。

 ① 日韓請求権協定によって政府間の「外交的保護権」は放棄されたが「個人請求権」は失われていないのではないか?
 ②大法院判決が認めたのは「強制動員慰謝料」である。日韓請求権協定でいう「経済協力」供与に「慰謝料」は含まれているのか?
 ③「慰謝料」の請求には日本による戦前の韓国の植民地支配が不当であったということが前提となる。植民地支配は不当であったのか、「徴用」は非人道的であったのか?
 これに付随して、次のようなことが問題となる。
 ④1910年の日韓併合条約(「韓国併合ニ関スル条約」)はどのように結ばれたのか、「徴用」はどのようになされたのか、またその実態はどのようであったのか?
 ⑤日韓条約、日韓請求権協定はどのような過程で締結されたのか?
 ⑥日韓条約の締結後、韓国では「徴用工」に対する補償・賠償はどのように考えられ、また為されてきたのか? その捉え方はどのように変化してきたのか?

 いずれも答にせまるにはどうしてもくぐり抜けなくてはならない門である。さまざまな見解、思惑、解釈の変遷を歴史的な事実に照らしながら整理していくのは容易ではない。これからそれを始めていくわけだが、せめて問題の焦点が浮き彫りにされればいいと思う。
   ※
 今回は「徴用工訴訟」の大法院判決にいたるまでの経過を確かめておきたい。大まかに3つのラウンドに分けてみると分かりやすいと思われる。

 ①日本での訴訟
  1997年、元徴用工4人が大阪地裁に新日鉄住金を訴える
  2003年10月、最高裁で敗訴が確定する。
 ②韓国での訴訟
  2005年2月、ソウル中央地裁に提訴。
  2008年4月、敗訴。
  2009年7月、ソウル高裁での敗訴。
  2012年5月、韓国大法院が「反人道的不法行為や植民地支配と直結する不法行為による損害賠償は、日韓請求権協定の適用対象に含まれると見るのは難しい」として控訴審の破棄と審理差し戻しを命じる。
  2013年7月、ソウル高裁が元徴用工1人あたり1億ウォンの賠償を認める。新日鉄住金は再上告。
 ③大法院判決
  2018年10月、大法院判決。新日鉄住金の上告を棄却した。

  「徴用工訴訟」判決は支持率が低下してきた文在寅大統領が切った「反日カード」であり、そのために革新系判事であった金命洙を大法院長に大抜擢した、というようなことがいわれる。そのような論は時系列的にも成り立たず賛同しがたい。
 文大統領が春川地方法院法院長であった金命洙を大法院長に任命したのは2017年9月である。しかし、2017年5月に大統領に就任したばかりの文在寅に対する支持は圧倒的で、翌年をみこして大法院長を任命しておいたというのは、いささか陰謀史観に過ぎるだろう。
 むしろ司法壟断を改めようということであり、「積弊清算」の一環であると考えるのが正しいと思う。2019年1月、徴用工訴訟の遅延には朴槿恵前大統領による司法介入があったとして、梁承泰前大法院長が職権乱用などの疑いで逮捕された(本人は容疑を否認)のもその流れの中にあると思われる。(2)の[補足]で引用した「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」」(日刊ゲンダイ2019.9.9)にも以下のようにあった。
 「元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。」

[補足]
※2018年10月30日韓国大法院による判決文の日本語訳に下記がある。
  澤藤統一郎の憲法日記

   http://article9.jp/wordpress/?p=11400
※梁承泰前大法院長の逮捕については朝日新聞の下記の報道がある。
   https://www.asahi.com/articles/ASM1R6QGYM1RUHBI037.html
 朴槿恵前大統領による司法介入については共同通信の下記の報道がある。
   共同通信:https://www.msn.com/ja-jp/news/national/朴槿恵氏の関与、証言次々と-徴用工訴訟遅延事件で側近/ar-AABo5Le?ocid=se


by yassall | 2019-09-16 16:48 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (2)  韓国の「反日」

 最初に本を一冊紹介しておきたい。

  池畑修平『韓国 内なる分断』平凡社新書(2019)

 著者の池畑修平は1969年生まれのNHK職員。ジュネーブ支局長、中国総局、ソウル支局長を経て、現在BS1「国際報道2019」のキャスターを務めている。題名にある「内なる分断」とは、朝鮮半島が南北に分断されているだけでなく、韓国内に保守派と進歩派という「南南葛藤」が存在していることを指しており、その対立がいかに深刻であるかを解明している。
 文在寅政権の発足以来、「積弊清算」がスローガンになっているが、それは国家情報院(旧KCIA)が国内政治に介入できないようにするなど、保守派が作り上げてきた抑圧体制の変革をめざしたものである。「親日残滓の清算」というような言葉が飛び出してくると、我々日本人はびっくりさせられるが、もともとは戦前にあって日本の植民地支配に協力し、戦後も権力の座にあり続けた勢力に対する批判であり、直接日本に敵対しようということではない。
 「南南葛藤」には朝鮮戦争、李承晩政権を倒した4月革命、その4月革命を挫折させた朴正煕軍事独裁政権、朴正煕暗殺後のつかの間の「ソウルの春」、全斗煥による軍事クーデターと光州事件、全斗煥に大統領の直接選挙制を迫り、これを実現させた民主化闘争などの歴史的背景がある。その間には多くの血も流された。解きほぐしていくのは容易ではない。
 1987年の憲法改正によって韓国の大統領は1期5年で再選を禁じられている。再選を禁じたのは李承晩、朴正煕、全斗煥らのような独裁政権化を防ぐためである。池畑は「帝王的大統領」ともいうべき権限の強大さとその儚さという問題にもふれている。
 保守派、民主派のどちらかに肩入れするというのではなく、それぞれの問題点を比較的公平に解説している。いわゆる嫌韓本ばかりが書店に並べられている現状では現代韓国の実情を知る上で良書であると思われる。私個人は民主派支持であることに変わることはないが、バイアスがかかりすぎるのをたしなめてくれるように思う。報道機関の人らしく、その時々に起こった事件なども的確にフォローされている。これからものを考えて行くにあたってのベースにしてよさそうである。
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 さて、今回書こうと思っているのは「反日」ということである。たとえば「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で問題となった「平和の少女像」は「反日」的であるとされた。その「反日」とはどういうことなのか?
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 記憶に残る中で「反日」という言葉が使われた事例には、1970年代にさかんに爆弾闘争を行った「東アジア反日武装戦線」と、1987年に朝日新聞阪神支局襲撃事件から始まる一連のテロ事件を引き起こした「赤報隊」とがある。「赤報隊」はその犯行声明で自分は「日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊」であるとした。
 両者の思想的傾向は真逆ともいうべきで、攻撃の対象も「東アジア反日武装戦線」は高度経済成長期を迎え、再びアジアに対する経済進出を始めようとしていた「日本」に、「赤報隊」は日本国内にあって政権に批判的なマスコミや革新勢力に対して向けられた。「赤報隊」のいう「反日」は戦前の「非国民」やら「国賊」というのに近いようである。いずれもきわめて暴力的で、殺人をも抵抗なく実行する、問答無用ともいうべき行動主義に染められている。「反日」とは本来それほどに強烈な言葉であった。(「反米」や「反共」といった言い方も全否定というニュアンスが強いようである。)
 韓国=「反日」というとき、それは韓国が日本に敵対しようとしているという意味であるのか、そしてそれは「反日」という言葉で呼ぶことは適切であるのか? それとも自国に対する一切の批判を許さず、「反日」というレッテルを貼り付けることで、暴力をもってしても排撃しようという意志の現れであるのか?
 後者についていえることは「表現の不自由展・その後」を中止に追い込んだ電話やメール、街宣車を持ち込んだ右翼の言動、会場に入り込んで少女像の頭に袋をかぶせ、大声で騒ぎ出した男たちは一般市民たちにも恐怖感を与えるような暴力性があからさまであることだ。
 では、前者はどうか? ことあるごとに韓国では「反日教育」が行われているとの批判がなされる。私は韓国でどのような教科書が使われているかは知らない。しかし、韓国で自国の歴史を教えようとするとき、日本の植民地支配や独立運動のあったこと、その独立運動が激しく弾圧されたことを必須とするのは当然ではないだろうか? それとも日本はロシアの侵略から国を守ってくれたとか、近代化を進めてくれたとか(※)、「創氏改名」によって日本の名前まで名乗らせてくれたとか、日本の神社を作り参拝することを許してくれた、とでも教えて欲しいのか? 「独立運動」などというのは非国民の行いで弾圧されて当然だったとでも教科書に書いてもらいたいのか?
 (※「日本は朝鮮の近代化に貢献した」というのは保守・右派の常套語である。では日本の敗北によって植民地支配から解放されたとき、朝鮮の人々は悲しんだり、感謝を述べたりしたのだろうか? 8.15を韓国では光復節と呼んで祝うのである。)
 以前、日中関係が極端に悪化した一時期があった。そのとき、インタビューに答えた中国の国民が「日本はもう一度中国に攻めてくるのか?」と真顔で不安がっていたいうことがあった。侵略を受けた国民の記憶とはそういうものであると思い知ったことがある。
 過去は変えることも出来なければ、なかったことにすることも出来ない。植民地支配を受けた朝鮮半島の人々の間には、今も消え去ることのない記憶の傷跡が残されていることを忘れてはならないし、「親日」であって欲しいとか、友好関係を結ぼうというならそのことの理解に立たなければならないと思うのである。
 ましてや韓国では解放後も朝鮮戦争やその後長く続いた軍事独裁政権による苦難の歴史、そしてそれを乗り越えてきた歴史を持つのである。韓国で起こっている出来事、議論されていることがらを、そのこと抜きに断定してはならないと思うのである。

[補足]
「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」日刊ゲンダイ2019.9.9より

元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。

――韓国では日本製品の不買運動や「ノー安倍デモ」が展開されています。

「サンキュー安倍」というフレーズもはやっています。韓国と敵対してくれてありがとう、経済的にも技術的にも日本に従属している現実に気づかせてくれてありがとう、日本の本音を教えてくれてありがとう、といったニュアンスです。本音というのは、日本は歴史問題を直視せず、植民地支配を反省せず、韓国に対しては上から目線だということですね。

 ――「ノー安倍」より強烈です。

「サンキュー安倍」には日韓対立によって、親日派が浮き彫りになったという意味も込められています。いま広がっているのは「反日」というより、「反親日派」なんです。韓国における「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前の日本統治に協力し、民族の独立を妨害して私腹を肥やした人を指します。解放後も権力層を形成し、政界、軍部、財界、学会、メディアなどを牛耳り、親米反共国家をつくって分断体制と開発独裁を支えてきた。彼らは日本と妥協し、今なお既得権益層を形成しているとみられています。文大統領が掲げる「積弊清算」は「親日派」による支配構造を変えようとするもので、「反日」ではありません。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/261400


by yassall | 2019-09-13 15:34 | 雑感 | Trackback | Comments(0)