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大阪・神戸の旅③

 三日目の朝となった。昨夜はとくに何も予定がなかったので、早々に床についた。7:00には1階のラウンジで朝食をとり、朝の散歩としゃれこんだ。
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 旧居留地街を歩いてみようということである。すれ違う人は職場に向かうビジネスマンらしく、少々気が引ける。旧居留地38番館などとプレートが貼ってある。朝日の中のビル街ということで、写真としてはあまりよい条件ではない。
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 神戸市立博物館。旧居留地13番地跡に建てられた横浜正金銀行の外観を残して博物館として開館したとの説明書きがある。改装のため閉館中だった。
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 新旧の建築が混在しているのだろうが、統一感があって気持ちがいい。
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 こんな電話BOXがあっても何となく似合ってしまう。つまり異国情緒ということか。同じ港町でも博多のようなアジアのにおいがぷんぷんするのとは違う。(博多は博多でエネルギッシュな良さがあるが。)
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 9番館とあった。
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 商船三井ビル。1922年建築。
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 この朝もメリケン波止場前交差点まで来てしまう。対角線にあるのは神戸郵船ビル。厳密には旧居留地の外なのだそうだ。
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 メリケンパークに入る。フイッシュダンス、何度見ても非日常感がある。
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 今日は順光なのでよく写る。ポートタワーの右の建物は海洋博物館。
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 この客船は昨日は停泊していなかった。昨夜のうちに接岸したのだろうか。
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 少し絵づくりらしいことをしてみる。
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 ホテルに帰り、一息ついてから身支度を調えた。受付の人からは元町で乗車し、三宮で乗り換えをすすめられたのだが、それほどの距離でもなさそうだったので地下鉄県庁前駅まで歩くことにした。この兵庫県公館を見ておきたかったからでもある。もともとは1902年に4代目の県庁として建てられ、戦後2度の修復をへて現在にいたるとあった。
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 敷地の中を通過させてもらう。正面の教会のすぐ左に地下鉄の入り口があった。線名は西神・山手線。その名にウソ偽りのないことを後で思い知ることになる。
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 新神戸駅まではものの5分ほどだっただろうか。新幹線乗り場になるべく近いコインロッカーを探し着替えや旅行グッズなどの荷物を預ける。持ち歩きの荷物をどの程度に収めるかに悩んだのは、行路が坂道だらけだということが分かっているからだ。結局、折りたたみ傘を抜いただけで、リュックの中味はあまり変わらない。
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 史跡三本松の見えたあたりからが北野異人館街である。坂道のレベルが一段か二段上がる。朝霞に膝折という地名があるが、本当に膝が曲がるかと思った。
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 詳しい区別が分からないのだが、異人館と伝統的建造物とがあり、それぞれ公開・非公開の別がある。
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 ガイドマップにはプラトン装飾美術館(イタリア館)とある。
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 さらに上っていくと坂の上異人館・北野外国人倶楽部が並んでいる。北野外国人倶楽部の鉄門に掲げられた掲示板を読むと、「北側斜面が崩れ、安全を保つことが難しいため、一部の異人館を休館させていただきます」とある。掲示板の新しさからみて先に西日本を襲った集中豪雨のためなのだろう。中国地方の山々は花崗岩で出来ているので崩れやすいのだと、つい先日教えてくれる人がいた。
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 しばらくは水平方向の移動なので楽ちんである。山手八番館。
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 うろこの家。一番見たかった建物。期待は裏切られなかった。右の塔のある建物が本来のうろこの家。左の塔は後から建てられたうろこ美術館である。
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 したがって、こう見るのが正しいようだ。
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 二階からはるかに神戸港を望む。
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 隣の美術館から塔の尖端を写す。なかなか絵になるではないか。

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 風見鶏の館。隣が北野天満神社で、境内の坂を登っていくと、風見鶏の館を見下ろしながら神戸港を望む絶景スポットがあると後で教えてくれる人がいた。実は自分でもねらってみたい構図だったが、天満宮にそのスポットがあるとは気づかなかった。
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 萌黄の館。
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 庭へ回ると阪神・淡路大震災で崩れ落ちた煙突が残されていた。
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 トーマス坂を下りる。途中でソフトクリーム(最近はジェラートとかいうらしい)を食べたり、コーラを飲んだりした。もう一度上れといわれてもその勇気は生まれてこない。
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 異人館通りに出て三本松方向へもどる。洋館長屋等をみながら余韻を楽しむ。
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 昼食と涼を求めて入店したのが1階のカフェ。なかなかしゃれたお店で、美人で活発そうなお姉さんが出迎えてくれた。汗にまみれた私をみてクーラーの効く席に案内してくれたり、扇風機をそばに置いてくれたり、どうぞ涼んでいって下さいと、気さくに話しかけてくれる。カレーとコーヒーを注文したが、私もコーヒーを飲み終わったらすぐに店の外へ出るという気力はなかっただろう。件の風見鶏の館の絶景スポットを教えてくれたのも、このお姉さんである。
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 店を出るときに「これからどちらへ」と尋ねるので、ついことばを濁してしまったが、もう1カ所教えてもらった布引の滝へは行ってみることにした。時間がまだあるのと、新神戸駅から近いことが理由だが、住宅地を離れてほどなく出現したのはこの坂道だった。
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 15分から20分ほど歩いただろうか、新幹線の駅からほど近いというのに、このような滝が見られるというのはさすがに六甲おろしの土地柄である。
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 滝の全景。
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 山道を下っていくと、先の雄滝に対して雌滝へといざなう立て札があった。せっかくだから寄ってみる。手前の堰は人工のものだが、こちらもなかなか壮観である。
    ※
 新幹線は16:26発のチケットを確保していた。16:00には駅にもどり、汗が引くのを待ってTシャツだけ着替える。昔、夏の京都を歩いた後で新幹線に乗って以来、そうしている。こうして大阪・神戸の旅を終えた。山陽新幹線で尾道まで足を伸ばそうかとも考えた。広島は西日本の豪雨の被害がもっとも激しかった県である。尾道がどうかは不明だが、観光気分にはならなかった。なぜ有馬温泉へ立ち寄らなかったのだ、といわれるかも知れない。まあ、今回はこんなところで。(次回はないかも知れないが。)

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 ※おっ、今日は比較的すんなりとアップ出来た。やはり有料版にしたことで1Gの限度枠をクリアできたということだろう。1日目、かつて日高教・学校図書館政策委員会でまとめた『中間報告』をアップしておこうかと思っている、というような話をOさんとした。試してみたのだが、あまり上手く行きそうもない。伝をたどっていただければ、ファイルでならいつでも提供できる。また改めて投稿する。




by yassall | 2018-08-11 17:47 | 風景 | Comments(0)

大阪・神戸の旅②

 前夜は宿近くのお好み焼き屋で二次会となった。大阪のYさんが同行してくれて、「二枚でも三枚でも焼きますよ」と大阪男子らしく言ってくれたのだが、皆さんお腹の方は一杯らしく、もっぱら会話がつまみ代わりになった。お好み焼きも、タコ焼きも、串揚げも、大阪名物といわれているものはいずれも口にしなかったことになる。
 ここでは主役はあくまで学校司書の皆さんであるから、もっぱら皆さんの会話に耳を傾けようとした。長野や兵庫、各県からの参加者には昔からの顔見知りもいて、健在な様子に頼もしい思いがした。
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 参加者の皆さんは翌日が本番であることから二次会も早めの解散となった。私もそれほど度を過ごしたつもりではないのだが、朝食の買い出しに寄ったコンビニで風呂上がりにと買ったトリスハイボール缶が意外と利いたのか、朝起きるとなんだかぼんやりして活動開始が遅くなってしまった。言い訳をすれば朝の通勤ラッシュを避けようとしたためでもある。
 とはいえ、ホテルの狭い部屋でいつまでグズグズしていても仕方がない。御堂筋線で大阪駅まで出て、荷物をコインロッカーに預ける。関西でもSuicaが使えるというので携行していったのだがこれは便利だった。コインロッカーもSuicaで出し入れができる(Suicaで出し入れしてもコインロッカーという名称は変わらないのだろうか?)
 さて、心斎橋から難波にかけてをミナミというのに対し、大阪駅や梅田周辺をキタというのだそうである。大阪の一方の中心地には違いがないのだろうが、2階のデッキに上り、あたりのビル群をながめるだけで満足することにした(夜景は昨夜フェニックスタワーで楽しんだことだし)。ヨドバシカメラが一等地に大きなビルをかまえている。あれ、ヨドバシカメラの本店って? と一瞬混乱したが、コマーシャルソングにある通り、新宿は淀橋が創業の地である。淀屋橋とは関係がない。
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 再び地下にもぐり、御堂筋線で動物園前駅に向かう。地上に出て、環状線のガードをくぐるとジャンジャン横町である。
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 ジャンジャン横町。朝の10:00ということで、さすがに酒場は店を閉じていたが、串揚げ屋や遊技場はすでに開店している。二軒ならんだ射的場にはここを訪れたタレントや芸人の記念写真が貼りだしてあった。
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 ジャンジャン横町を抜けた一帯にも食べ物店や土産物店が密集している。新世界には昨日の千日前にも増して庶民的な空気が流れているように感じた。
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 ここへ来た目的はもちろん通天閣である。大阪初心者としては、ともかくも見るべきものをみてやろう、という意気込みだけで炎天下に耐えているである。
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 通天閣展望台からの眺望(東側)。右端にそびえるビルはあべのハルカス、眼下に広がる緑地帯が天王寺公園、左端奥にみえる工事中の伽藍は一心寺、次の目的地である四天王寺はさらにその奥あたりらしい。
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 もちろんビリケンさん(3代目らしい)の足の裏もさすってきた。
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 通天閣を下りてから駅側とは反対方向にすすみ、天王寺動物園の脇をさらに東へと進む。四天王寺の西門。たどりつくまでけっこう歩くことになった。
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 北側へ回り、石舞台から楽舎、講堂、北鐘楼を望む。
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 五重塔を写真に収めようと拝観料を払って中心伽藍に入る。いくたびも戦火に遭ったのだろう。8代目だそうである。
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 五重塔の内部。この人形は仏教より道教を連想させる。これも仏教美術の範疇だとすれば、仏教が中国から伝わってきたのだということを実感させられる(間違っているかも知れないが)。
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 何枚も写真を撮ったが、キリがないのでもう一枚だけ。講堂、金堂、五重塔の並びがよく分かると思ったので。
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 仁王門(中門)。さっきは亀池があるので北側から回ったが、どう考えてもこちら側(南側)が正門だな。
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  太子殿(精霊院)。こちらが前院で奥院は立入禁止になっていた。こっそりのぞきに行こうとしたら係の人に見咎められ、止められてしまった(失敗、失敗)。
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 茶臼山。大阪冬の陣では家康の、夏の陣では真田幸村の本陣となったことで名高い。茶臼山古墳というのは固有名詞ではなく、前方後円墳が茶臼に似ていることから来る一般名詞らしい。
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 天王寺駅まではあべのハルカスが目印になる。日本一の高さを誇るビルにはさまざまな近代的設備が施されたというこだが見学は遠慮する。
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 大阪城公園駅を降りるとまずは太陽の広場と名付けられたエリアが大阪城ホールまで続いている。ここだけも広大である。大阪城に向かう前に左側にみえる(かげになってしまっているが)キャッスルガーデンで遅めの昼食をとる。私にしてはおしゃれなランチタイムとなる。
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 大阪城ホールにつきあたって左折し、さらに歩いて行くとようやく大阪城のエリアに入ってくる。青屋門をくぐると外堀の内側になる。
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 こちらが内堀である。
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 極楽門を渡ると本丸。天守閣がそびえる。大阪城の歴史については繰り返さないが最上階の楼閣だけが黒作りになっている。いつの時代かに再建されたとき、ここだけ秀吉の時代の雰囲気を残したのだろう。
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 桜門から本丸を抜けると空堀になっている箇所があった。西の丸庭園をみてもよいと思っていたが、通り抜けは出来ないということだったので、反時計回りに梅林を通過して帰路についた。途中で蓮如ゆかりの碑があったりして、こちらはこちらで興味深かった。そのまま大阪城公園駅から大阪駅に向かう。
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 大阪駅からは神戸線で元町駅まで。神戸もまったく不案内であったが、三宮・元町あたりがさしあたっての観光スポットらしいということで元町に宿をとった。
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 宿はスマイルホテル神戸元町。ネットで探したら格安ということでヒットした。朝食付きで4200円は40年は前の価格である。駅からは徒歩5分、玄関を出てすぐが中華街南京町の入り口である。部屋は極狭だったが、どうせ寝るだけだから、少しばかり広いだけなら他を探す必要もない。
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 到着は17:00過ぎ。西日が強く、1枚目の西安門も門をくぐった側から撮ったものだし、下の街路の様子も西日が強く当たったところは補正してアップした。
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 南京町を通り抜け、右折して神戸港に向かう。メリケン波止場前の交差点を渡るとメリケンパークになっている。
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 パーク内にさまざまなオブジェが設置されているのはガイドブックで知っていたが、いきなり現れたフイッシュダンスには驚かされた。まずその大きさ、つぎに海辺なのになぜ鯉なのか? あとで案内板をみると、鯉川の川尻に位置するところからで、メリケンパークの竣工にあわせ、アメリカのフランク.O.ゲーリーがデザインし、安藤忠雄監修のもとにチェーンリンクメッシュで制作されたとある。安藤忠雄は好かないが、この人を食った造形には感心した。
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 神戸港震災メモリアルパークとある。入り口付近の一角を阪神淡路大震災の被災時のまま残したものとのことだ。
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 広々とした公園は市民たちにもさまざまに活用されているらしい。近々、花火大会も開催されるとあった。
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 神戸オリエンタルホテルは今やランドマーク的な存在となっているのだろうか? ガイドブックで神戸港が紹介されている写真には必ず写っている。右奥に見える大観覧車は対岸の埠頭になる。そこまで歩いていくつもりだったが、あまりに暑さが衰えないので遠望して満足することにした。

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 ランドマークといえばやはり今でもポートタワーの方か? 逆光気味なので翌朝取り直すことになる。

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 パークを出るときにもう一度フィッシュダンスを反対側から。やはり人を食った、としかいいようがない。見えにくいが脇を通り過ぎようとする人と比べてみるとその巨大さが知れる。この日はそのまま南京町で夕食をとり宿に帰った。
   ※
 さて、大阪・神戸の旅②のアップが遅れたのは、画像をアップロードするとエラーが出てしまうようになったからだ。「アクセスが集中しているかページに不具合があるため」というメッセージは何回か目にしたことがあるのだが、少々思い当たることがあった。エキサイトブログを始めて5年半、フリーのまま使ってきたが、いよいよ限度の1Gを超えたことが原因ではないか? そこで過去の何枚かの写真を削除してみるとアップロードできる。「1Gを超えました」というメッセージが出たわけではないが、間違いなかろうということで昨夜のうちに有料版にコース変更した。
 ところが、時間をおいてみても、ログインのし直しをしてみても、なかなかコース変更が反映されない。つい先ほど、②に予定していた最後の数枚がロード出来たので投稿にこぎつけたのだが、ここでも何回か失敗している(今度はうまくいったのか?)。
 コース変更の反映まで最大24時間とあったから、もう8時間ほど待ってみるしかないが、こうなると本当の原因は何だったのかということになる。有料といっても月額240円程度のことだが、歳をとってくると私に何かあったときに中止できる者がいるのか、とか、最近訪問者も減ってしまったしなあ、とか、ついくよくよと考えてしまいがちなのである。(ブツブツと見苦しいかぎりだったが翌日には解決をみた。)

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by yassall | 2018-08-11 01:12 | 風景 | Comments(0)

大阪・神戸の旅①

 7月30、31日の日程で全教・学校図書館学習交流集会が開かれた。私と同交流集会との関わりについては2014年8月に群馬で開かれた集会に参加したときの報告に書いた。Kさんから誘われたのは7月1日の9条の会の総会・学習会のときだった。群馬集会のときからでさえ4年も経っているし、Kさんとは違ってそもそも私は学校図書館職員が本業だったわけではない。新しい参加者も増えていることだろうし、私のようなものが同席することで違和感を感じさせることにもなりかねない。
 ただ、今年は大阪が会場で夜の交流会には日高教時代に面識を得たOBOGの人たちも参加するという。「それなら夜の交流会だけ参加するよ」ということで手配してもらうことにした。最初は宿も別にとるつもりだったのだが、要項には30室ほどシングルルームを押さえたとあったので、「もし余裕があったら」ということで参加状況を確認してもらった。最終締め切りを待ってから空き部屋があるとの連絡をいただき大阪での宿を確保した。
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 大阪行きを決心したもうひとつの理由は、これを機会に大阪・神戸を回ってみよう、ということであった。実は大阪は初めてなのである。であるので、当日の参加受付もOさんに任せ、最初から気分は観光である。(現役であるOさんは過去の経緯から私にも学校図書館の現状を把握させたがっていたようで、分散会名簿にも私の名前が入っていた。なのにハナから観光気分というのもいい加減なものだと自覚はしている。ごっそりいただいた資料やレポートはきちんと持ち帰ったし、読み込んでいる最中なので勘弁して欲しい。)
 さて、写真は地下鉄の淀屋橋駅から地上に上がったところ。正面の淀屋橋を渡ったところが中之島で、右手のビルは大阪市役所である。御堂筋線一本で、新大阪からものの10分もかからず到着する。宿はここからほど近いセンターホテル大阪、大きい荷物だけあずかってもらい、さっそく街歩きに入ろうという算段である。
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 宿のすぐそばに緒方洪庵の適塾跡があるという。月曜休館ということだったが、ここにあったのだなということと雰囲気だけ知れればいいので、外観だけ写真におさめた。
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 心斎橋は淀屋橋から2駅である。道頓堀界隈が最初の目的地だが、御堂筋を南下していく途中にアメリカ村があるというので横道に入ってみる。昔はどうだったのか分からないが、今は近代的な商業ビルが並ぶ一角で、地元の人やら観光客やらでたいへんな人出だった。
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 こんなペインティングがされたビルもあった。
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 御堂筋から一本東に入った心斎橋商店街を歩いて行くと道頓堀川の戎橋に到着する。見覚えのある景色が広がる。
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 大阪では南北に走る道路を筋、東西に走る道路を道と呼ぶとのことである。グリコの看板が見える写真が戎橋の南側、こちらが今まで歩いてきた北側である。ともかく賑わいが一通りでない。
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 これが道頓堀川。宮本輝の小説を読んだときから一度来てみたかったのである。
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 道頓堀界隈にいる間にも何隻も水上バスが行き交った。
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 グリコの看板は対岸のデッキから撮るべし、とガイドブックにあったので、その通りにする。
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 ドンキ・ホーテのある大観覧車。乗ってみたら見晴らしがよさそうだったが、日差しが強く、中は蒸し風呂状態だろうと止めておいた。
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 さて、道頓堀ではグリコの看板ともうひとつ見なければならないものがある。くいだおれ太郎である。川筋から一本南側の道に入るがなかなか見つからない。
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 くいだおれビルは見つかるのだが、ポスターが貼ってあるばかりだった。
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 やはりあきらめない心が大切なのである(?)。先に発見したビルからさらに数軒先に中座くいだおれビルがあり、ようやくご対面となった。それにしても、肖像権侵害の心配はあるが、記念撮影のために人形の前に立つこの少年、どこかくいだおれ太郎Jr.の面影が……。
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 続いて法善寺横町を探す。ごらんのような細い路地であるが、昔の流行歌(「月の法善寺横町」)にあった板前修業の歌詞のせいか、両側にならぶ割烹料理店はどこかあか抜けて高級そうにみえる。
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 路地を入ったところには織田作之助の文学碑もあったりした。
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 これが法善寺。小さな境内であるが寄進者の氏名を刻んだ石柱には私も知るような著名人の名も連ねられており、大阪人の信仰を集めている様子が知れる。
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 法善寺は浄土宗のお寺であるから阿弥陀如来が本尊であるが、こちらの水掛不動尊の方で有名かも知れない。
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 阪神なんば線が地下を通る大通りを渡ると千日前の入り口がある。
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 こちらもたいへんな賑わいである。
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 千日前通をすすみ、なんば南海通と交差する先にあるのがなんばグランド花月である。
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 西川きよしに似せた着ぐるみが呼び込みの真っ最中である。この暑さの中、熱中症は大丈夫だろうか?
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 なんば南海通りを抜けたところにあるのが高島屋本店。心斎橋からなんばあたりを総称してミナミということになるらしい。
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 御堂筋線なんば駅の入り口。1駅分歩いたことになる。
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 淀屋橋駅までもどる。まだ時間があるので栴檀木橋から中央公会堂を望む。
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 中央公会堂も見ておきたかった建物だ。学習交流集会の会場にもなったらしい。宿からも近く交通の便も良い。
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 大江橋を渡りながら中之島を抜ける。遠方にかかる橋は水晶橋である。
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 さらに北上するとフェニックスタワーが見えてくる。交流会の会場はこのビルの27階にある燦というkitchen&Barである。階上からの眺望がすばらしく良かった。
   ※
 開会は18:30と聞いたが、汗まみれになったTシャツだけでも着替えたかったので、18:00には会場に入った。交流会担当の大阪の役員の方が先行して会場入りしていた。何人かは見知った人であった。1日目は何コースかに別れて各地で活動していたようである。三々五々、参加者が集まってくる。結局、開会は19:00ということのようだった。
 学校図書館職員部会では大阪が部長、埼玉が事務局長という組み合わせになることが多かった。歴代の部長であるMさん、Iさんの顔が見える。一番お会いしたかったのは政策検討委員会でご一緒したHさんである。最初お顔が見えなかったが、参加者の紹介コーナーで名前が呼ばれ、いらしていることが分かった。お元気そうな様子で安心した。大阪まで行ってよかったと思った瞬間だが、考えてみれば委員会が開かれている間、Hさんは毎回東京・麹町まで通って来られたのである。改めて頭の下がる思いがした。

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by yassall | 2018-08-09 00:17 | 風景 | Comments(2)

木下通子『読みたい心に火をつけろ! 学校図書館大活用術』岩波ジュニア新書

 木下通子さんは埼玉県の高校図書館の司書である。この6月、岩波ジュニア新書から本を出された。これまでも共著では何冊か学校図書館に関する本を世に出しているが、今回は岩波の編集部から「今までの実践を、まとめてみませんか?」と声がかかり、上梓にいたったとのことである。
 木下さんとは新任司書として岩槻商業高校へ赴任したころからの知り合いである。以来、何校かを異動して現在は春日部女子高校で主任司書をつとめている。新任のころからエネルギッシュで、学校ばかりでなく、各種の研究会や地域にも飛び込んで精力的に活動してきた。私とはいっしょに高校図書館研究会の副会長をつとめたこともある。いまや高校図書館研究会でも、学校図書館問題研究会でもリーダー的な存在である。
 そんなご縁で、本書でも紹介されている埼玉県高校図書館フェスティバルの企画にさそわれ、お手伝いしたことなどは記憶に新しい。私の定年退職後はめったにお会いすることもなくなったが、facebookではつながっているので、近況についてはよく存じ上げていた。
 この本の出版にいたるヒストリーも承知していたので、書店に出たらすぐにでも駆けつけようと思っていたのだが、昨日、岩波の封筒に入った本書が送られてきた。さっそく御礼のメールを差し上げたところ、「埼玉から全国に、学校図書館の輪を広げていきたいです!」という返信が返ってきた。その返信の素早さもなのだが、いかにも木下さんらしい文面だな、と感じた。
 埼玉県の司書採用試験の再開のために高校図書館フェスティバルを企画し、各方面に働きかけ、国会議員へのロビー活動もおこない、実現にこぎつけた。この本の執筆を引き受けたのも自分の司書としての生き方をふりかえるためだけではなく、全国的にはまだまだ司書も不在の学校図書館の現状を打開したいとの願いからだろう。
 そんなわけで、私も私のためだけに贈られた本だと思わず、一人でも多くの人たちに手にとってもらいたい、読んでもらいたいとの願いをこめて紹介する。

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by yassall | 2017-06-24 18:54 | | Comments(0)

『ぱっちわーく』終刊号

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 『ぱっちわーく』は「全国の学校図書館に人を!の夢と運動をつなぐ情報交流誌」というサブタイトルをもつ。創刊は1993年5月、以来20余年にわたって刊行されてきた。1年前に予告があったが、その終刊号が届いた。
 発行同人に名をつらねているのは北海道から沖縄まで、現職の学校司書や地域で学校図書館運動にたずさわっている人、文庫の会の方々など20数名をかぞえるが、実務は全国でもいち早く全校配置がすすんだ岡山の学校司書の方々が中心になっていた。
 どなただったか、一度事務局を担当なさっている方のお話を聞く機会があった。「この全校配置のとりくみが全国に広がらなくては、岡山市の成果も維持できない。その信念から続けている」というようなお話だった。毎月、いかにも手作り感がただよう冊子が送られてくるたび、その努力には頭の下がる思いでいた。今回の終刊も実務を担当するための個人的な条件にどうしても困難な状況が生じたためだという。惜しまれる気持ちはつのるが、さまざまな運動にあたって、その大事なところを一人一人の決意が支えていたことを実感する。
 1997年の学校図書館法「改正」があったとき、『ぱっちわーく』は他に先がけて『資料集』を発行した。法改正をどう受けとめ、考え、次の方針をどう立てるか、という課題に直面したとき、どれほど力になってくれたか分からない。皆で集まって学習会や会議を開くと、参加者の誰もがその『資料集』を携えていたことは今も記憶に鮮明である。
 一度だけ、私も埼玉の学校図書館法改正運動のとりくみについて原稿を書かせてもらったことがある。そのとき、原稿料代わりにいただいたテレフォンカードは記念にとっておいたから、探せばどこかにあるはずだ。
 編集後記には「『ぱっちわーく』は終刊しますが、事務局のメンバーはこれからも学校図書館の充実にむけ、各々ができるかたちで関わっていきます。」とある。『ぱっちわーく』が全国に発信し、種をまき、育てた芽はこれからもあちこちで根をはり、枝葉を伸ばし続けていくことだろう。

by yassall | 2017-03-19 15:16 | 学校図書館 | Comments(0)

学校図書館・公共図書館の充実を求めるつどいin東京

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 1月12日、今年も「子どもに豊かな育ちと読書のよろこびを学校図書館・公共図書館の充実を求めるつどい」に参加してきた。現役を退いてからも、声をかけてくれる人がいるのはありがたいことである。
 午前中は親地連事務局・学校図書館を考える全国連絡会代表の水越さんによる「学校図書館法の一部「改正」について」、全教・埼高教司書部による「学校司書の一日・高校編」、自治労連岡山による「学校司書の一日・小学校編」の3本の報告があった。議員要請活動や国会傍聴活動に裏打ちされた水越さんの報告(写真)は、昨年の学図法改正がこれまでの学校図書館運動によってもたらされたものであることを鮮明にし、今後の課題が何かを明らかにするものであった。
 午後は「今、公共図書館に求めるものとは? ~直営と指定管理者制度導入の動き~」、「「改正」学校図書館法が4月施行 ~求める学校図書館像と専任・専門・正規の学校司書配置の前進を~」、「教育の自由と図書館の自由 ~「図書館の自由に関する」宣言、教育委員会制度「改正」やそのもとでの高校特定教科書採択排除問題など~」の3つの分科会に別れて、レポート発表と討議が行われた。
 近年の「はだしのゲン」問題や高校日本史教科書採択の問題のこともあり、「図書館の自由」の分科会にも心ひかれたが、やはり昨年の学図法改正後の動向を知りたかったので「「改正」学校図書館法」の分科会に参加した。自分もずっと関わり続けて来たという思いがあるので、つい討論に参加させていただいた。なるべく現役世代を尊重する意味で控えめにしたつもりではあるが、そう思っていたのは自分だけだったら失礼した。
 会場は昨年に引き続いて全国教育文化会館。参加者数は99名と発表された。心なしか参加者が減ったように感じられたのは残念だった。
 今年で15回を数えるということで、毎回意気込みを新たにして開催していくのはそれなりの困難さもあるのだろうということは察することができる。それぞれの立場の違いもあり、なかなか議論がかみ合わなかったり、深まらない歯がゆさもあるのだろう。
 だが、だからこそ全教・自治労連といった現職者を組織した労組だけでなく、親子読書運動や学校図書館をめぐるさまざまな市民運動にたずさわっている人たちが一同に会する意義は小さくはないはずだ。
 ましてや、4月の改正学図法の施行をひかえ、内実を作っていくためにも、それぞれの団体・個人がバラバラに主張したり、運動したりしている段階から、統一をめざして一致点を広げていく努力が求められているのだから。
 
 


by yassall | 2015-01-13 14:17 | 日誌 | Comments(2)

2014年度全国学校図書館学習交流集会に参加してきた

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 8月2・3日、2014年度全国学校図書館学習交流集会に参加してきた。主催は全教学校司書部、全体集会での記念講演は「原発出前授業」で注目されている川原茂雄氏(北海道高校教師)による「原発と教育」だった。
 全国各地で持ち回りで開催されてきた学習交流集会であるが、今年は日高教と全教が統合されて初めての年、さらに先の国会で学校図書館法が「改正」された直後の集会ということで、これまでとは異なった緊張感が感じられた。
 私は現役を退いた後、4年ぶりの参加となった。きっかけは7月に「九条の会」があり、閉会後にご苦労さん会をかねて親しい仲間内で酒宴を囲むことになった折のことである。その帰り道、Kさんから「今度、群馬で学習交流集会がある。群馬が手薄らしいので埼玉も応援に入ることになった。先生も来ませんか?」と誘われ、ほろ酔いの私は「それはいいね」と返事をしてしまったのだ。
 学校図書館職員ではない私が集会に参加するようになったのは、10数年前に日高教の学校図書館政策検討委員会にかかわることがあったからだ。同委員会は2002年に『中間報告』を出して解散してしまったのだが、いきがかりからその後も集会への参加を続けることになった。
 現役最後の年の開催地は福島であった。翌年の3月に福島は3.11を迎えることになる。たくさんのことが気がかりなまま、その3月末日に私は退職となった。
 現職でない私が、いくら誘いの声をかけてもらったからといって、のこのこ出かけていっていいものか、実は多少気が引けていないでもなかったのだが、懐かしい顔ぶれと再会できるではないかとの思いがまずあり、出かけて行った。
 考えてみると、4年も経ってしまえばずいぶんと顔ぶれも入れ替わってしまっている。それでも、私が参加し始めたころには新任早々であった方がすっかりベテランとなってレポート発表をしていたり、「私も今年で最後です」という方とお目にかかれたりした。かつてと比較すると、県によって組織的にはずいぶん苦しくなってしまったという実情もあるようだが、参加者の表情は生き生きとしていたし、若い人を引き連れてきていたりしている様子は頼もしかった。
 学校図書館法「改正」の内実を作れるかどうかは、学校図書館運動・図書館教育運動がどのくらい拡がりをもって前進することが出来るかにかかっている。これからも応援していきたいし、微力ながらも手助けできることはしていきたい。
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 会場は舌切り雀のお宿「磯部ガーデン」。温泉街そのものはかつての賑わいを失っているようだが、碓氷川のほとりに立つホテルはなかなか豪華なかまえだった。(写真はホテルを降りた付近の碓氷川の流れ。地学の先生が喜びそうな地層がむき出しになっている。)
 
 

by yassall | 2014-08-04 01:31 | 日誌 | Comments(0)

速報! 学校図書館法改正案が可決

 6月20日午後7時55分、学校図書館法改正案が参議院本会議において審議され、可決されました。賛成239票反対0票でした。きわめて不十分かつ不完全ではありますが、これにより学校司書がはじめて法律上に位置づけられることになりました。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/186/meisai/m18605186033.htm

(上のURLをクリックすると法案がみられるようにしました。)

別稿、「学校図書館法「改正」後の課題について」もお読み下さい。


by yassall | 2014-06-21 09:59 | 学校図書館 | Comments(0)

学校図書館法「改正」後の課題について

 6月13日、「学校図書館法の一部を改正する法律案」が衆議院本会議でも可決された。この後、参議院で審議が行われる。
 本来なら参議院も通過し、法律として成立してから話題にした方がいいのだろうが、このところ学校図書館に関する記事にアクセスしてくれる人がけっこうおいでなので、法案成立後の課題として私が考えているところを書いてみたい。ささやかな問題提起になればと思う。

 その前に、前回1997年の学図法「改正」の附帯決議との比較をおこなったが、もういちど要点を整理しておきたい。
 ①いうまでなく「附帯決議」には法的拘束力はない。実際、早々と「司書教諭」との一本化と決めた自治体もあった。しかし、今回は法律として制定されようとしている。
 ②「附帯決議」には「現に勤務するいわゆる学校司書がその職を失う結果にならないように配慮」することとあった。
 「附帯決議」は「現に勤務する」学校司書の身分の保護にふれたものであって、将来にわたって「置くよう努めなければならない」とする法案とはその職務の重要性に対する認識においても、普及および継続を示唆している点においても大きな違いがある。
 ③これまで文科省は「学校司書」という呼称に慎重な姿勢を崩そうとして来なかった。「学校図書館を担当する事務職員」といういい方を続けてきたし、ときおり「いわゆる学校司書」といういい方をすることがあったに過ぎない。今回、かなりためらいがちではあるが、「学校司書」という呼称を用いている。(※この問題についての私見はあとに述べる。)
  ④さらに附則では、その「職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするもの」であることを明記している。
 ※「職務の内容」がどのようなものであるかについては、3月に出された「これからの学校図書館担当職員に求められる役割・職務及びその資質能力の向上方策等について(報告)」が参考になる。(「案」の段階での私見については以前に書いた。)

 さて、法案成立後の課題として私が提案しようと思うのは次の4点である。国および各自治体において、法律をどのように運用していくかの問題である。

 ①「学校司書」という職名を一般化すること。各自治体にあっては学校管理規則に職名を明記させること。
 固有の職名をもつということは固有の職務の存在を認めることである。これまで、学校司書を置いて来た自治体にあっても「学校事務一般」との区別されることを避けて職名を定めなかったり、カッコ付きにしていたりした。今回は法律で「「学校司書」という」としているのである。
 また、図書補助員とか整理員といった呼称の不統一についても「学校司書」と改めるようにしていきたい。もちろん、そのためにはその専門性の内実を作っていくことが大切なことはいうまでもない。

 ②独自の採用試験を実施させること。
 法案に、「職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであること」とあるのが根拠になるだろう。
 「学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について」は検討課題となっている。そこで、募集にあたっての資格要件や、独自の採用試験を実施しようとする場合に試験内容をどうするかについて、現時点での決定項を欠くことになる。
 だが、方向性として、図書館に関する科目、学校図書館に関する科目、教育学・教育法規等に関する科目が基礎になることは疑いないと思われる。現在でも、多くの自治体が「司書講習ないしは司書教諭講習の単位を履修していること」といった基準をもうけている。将来、独自の資格あるいは免許が確定した段階においても、現職者が基礎的な科目を履修していれば一定の読み替えは可能であるだろうし、残りの単位修得も比較的容易になるだろう。

③専任の職員とすること。
 法案にいう「専ら学校図書館の職務に従事する職員」が根拠となるだろう。

 ④これまでの蓄積を活かした研修体制を作り上げること。
 法案が「国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」(6条2)としているのは、専門性に立った「学校司書」の資格を定め得なかった限界を示している。
 しかしながら、「研修」の義務化はまた研修権の認知でもある。「国及び地方公共団体」によって組織的に行われなければならないとしたところにも、運用によっては可能性を大きく広げることができる。
 めざすところは「学校司書」の全校配置であるが、逆にいえば「学校司書」は各校では一人職種であることが大多数であろう。「学校司書」を各学校で孤立させないためにも研修会等の実施は必須である。
 その際、これまでの蓄積を活かす観点から、再任用者による支援員制度をもうけたり、各自治体・地域ごとに支援センターを設立したり、既存の研究団体と協力したりすることが検討される必要がある。

 このように並べてみると、どれも実現には多くの困難が予想される。法案が成立すれば、実施は来年度当初からということになる。この一年間で出来ること、来年度以降の運動への布石として打てること、すぐにでも行動を開始して欲しいと思うのである。

 最後に、「専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)」という条文の煮え切らなさについて一言する。
 私個人としては、「学校司書」という職名を確固とするためにも、学図法のみならず学校教育法に職名が明記されるべきだと考えている。「司書教諭」と比較してみれば分かりやすい。学図法では「司書教諭」は教諭をもって充てるとしている。学校教育法に明記されている職名は「教諭」なのであり、「司書教諭」はいわゆる「充て職」なのである。(つまり、厳密にいえば「司書教諭」という職は存在していないのである。)
 その意味では「「学校司書」という」といういい方はいかにも煮え切らない。ただ、これは新たな職をもうけることによる予算措置に慎重な行政側の思惑ばかりではなく、学校図書館職員をめぐる全国的な現状を反映してもいるのだということは認めなければならない。
 各自治体、各校種によって、資格も採用形態もばらばらであるという状況があり、しかもそれぞれに一定の歴史的蓄積が存在している。それらを統一してからでなければ先へ進めない、あるいは一気に基準を定めて基準にあてはまらないものは切り捨てる、というのも乱暴な議論である。
 それらを踏まえながら、上記の①~④を提起したつもりである。各学校に配置されていく「学校司書」が有する基礎的な資格や身分が安定的になっていくことで、次の段階へとすすんでいくための条件も整っていくのだと考えるのである。


 《参考1》 学校図書館法の一部を改正する法律案

 学校図書館法(昭和二十八年法律第百八十五号)の一部を次のように改正する。

 第七条中「国は」の下に「、第六条第二項に規定するもののほか」を加え、「左の」を「次の」に改め、同条第三号中「前各号」を「前二号」に、「外」を「ほか」に改め、同条を第八条とする。

 第六条を第七条とし、第五条の次に次の一条を加える。

 (学校司書)

第六条 学校には、前条第一項の司書教諭のほか、学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならない。

2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

   附 則
(施行期日)
1 この法律は、平成二十七年四月一日から施行する。
 (検討)
2 国は、学校司書(この法律による改正後の学校図書館法(以下この項において「新法」という。)第六条第一項に規定する学校司書をいう。以下この項において同じ。)の職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであることに鑑み、この法律の施行後速やかに、新法の施行の状況等を勘案し、学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について検討を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。  

 理 由
 学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、学校司書を置くよう努めるとともに、国及び地方公共団体は学校司書の資質の向上を図るための研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努める等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。


 《参考2》 「学校司書」に対する文科省の態度の変遷

○「学校図書館法の一部を改正する法律等の施行について(通知)」(1997/6/11)
「学校図書館担当の事務職員は、図書館サービスの提供及び学校図書館の庶務・会計の職務に従事しているもの」
○「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」(2002/8)
「学校図書館を担当する事務職員は、司書教諭と連携・協力して、学校図書館に関する諸事務の処 理に当たっている。今後、学校図書館の活用を更に充実するため、各地方公共団体における事務職員の配置の取組を紹介して、学校図書館の諸事務に当たる職員の配置を促していく。」
(旧案『学校図書館を担当する事務職員は、司書教諭を補佐し、学校図書館に関する諸事務の処理
に当たっている。』)
○「文字・活字文化振興法」(2005)
 2 国及び地方公共団体は、学校教育における言語力の涵養に資する環境の整備充実を図るため、 司書教諭及び学校図書館に関する業務を担当するその他の職員の充実等の人的体制の整備、学校図書 館の図書館資料の充実及び情報化の推進等の物的条件の整備等に関し必要な施策を講ずるものとす る。(8条)
○「学校図書館のチカラを子どもたちのチカラに」(2008/6)
 「学校図書館活動の充実を図る上では、例えば高校だけでなく、小中学校にも「学校司書」を配置して、司書教諭等と連携しながら、多様な読書活動を企画・実施したり、図書サービスの改善を図ったりしていくことなども有効です。」(学校図書館の諸事務に当たるいわゆる「学校司書」は、各地方公共団体・学校の実情に応じて、その配置が勧められてきています。)
○「これからの学校図書館の活用の在り方等について(報告)」(2009/3)
 「学校図書館の業務の専門性を考え合わせると、専門的な知識・技能を有する担当職員である、いわゆる「学校司書」の役割が重要となる。学校図書館担当職員については、現在、その職務内容の実態等は様々となっているが、「学校司書」として、図書の貸出、返却、目録の作成等の実務のほか、資料の選択・収集や、図書の紹介、レファレンスへの対応、図書館利用のガイダンスなど、専門性を求められる業務において大きな役割を担っている例が少なくない。」
○中教審「今後の学級編制及び教職員定数の改善について」答申(2010/7)
 「学校教育の中で学校図書館が十分に活用され読書活動が推進されるよう、学校図書館業務の充実に向けた教職員定数の改善が必要」


by yassall | 2014-06-17 12:57 | 学校図書館 | Comments(0)

続報! 学校図書館法「改正」

 既報の方が多いと思うが、6月11日「学校図書館法の一部を改正する法律案」が衆議院文部科学委員会で採択された。
 「専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くように努めなければならない」という内容については、職名のあいまいさにはじまって、いかにも不完全の感がぬぐえない。
 それでも、先の1997年の学図法「改正」の際の付帯決議「司書教諭の設置及びその職務の検討に当たっては、現に勤務するいわゆる学校司書がその職を失う結果にならないように配慮」からすれば、「いわゆる」ではない、「専ら」学校図書館の職務にあたる職員として位置づけ、「職を失う結果にならないように配慮」するから「置くように努めなければならない」とした意義は小さくはない。
 国および地方自治体がこれをどう運用していくかに任されていく部分が多いし、おそらくはこれまで学校図書館運動を支えてきた人々の努力がここまでの到達を果たしたとの同じように、これからも内外からの運動の強弱が学校図書館の未来を決定づけていくことになるだろう。
 審議にあたっては修正案も出されたという。学校司書の法制化にあたっては学図法のみならず、学校教育法の改正も必要であると考えて来た。修正案は同様の趣旨であったようだが否決された模様だ。
 細かな評価は後日として、傍聴においでの方から気になることをうかがったので最後に一言する。
 それは、維新の会の質問である。「地方交付税はひも付き予算ではない。各自治体の裁量に任せるべきだ。」などというのは持ち前の地方自治の強化の主張に立ったものであろうが(それにしてもトンチンカンだが)、「無駄な図書購入・偏向図書購入を減らすべき。文科省は指針を作れ。」との発言もあったという。 
 「偏向図書」とはずいぶんと大時代な言い方だが、どうしても「はだしのゲン」問題などが連想されてしまう。教育への政治介入を当然視する体質がみえて危険である。

  《追録》   学校図書館法の一部を改正する法律案


 学校図書館法(昭和二十八年法律第百八十五号)の一部を次のように改正する。

 第七条中「国は」の下に「、第六条第二項に規定するもののほか」を加え、「左の」を「次の」に改め、同条第三号中「前各号」を「前二号」に、「外」を「ほか」に改め、同条を第八条とする。

 第六条を第七条とし、第五条の次に次の一条を加える。

 (学校司書)

第六条 学校には、前条第一項の司書教諭のほか、学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならない。

2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

   附 則

(施行期日)

1 この法律は、平成二十七年四月一日から施行する。

 (検討)

2 国は、学校司書(この法律による改正後の学校図書館法(以下この項において「新法」という。)第六条第一項に規定する学校司書をいう。以下この項において同じ。)の職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであることに鑑み、この法律の施行後速やかに、新法の施行の状況等を勘案し、学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について検討を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。  

 理 由

 学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、学校司書を置くよう努めるとともに、国及び地方公共団体は学校司書の資質の向上を図るための研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努める等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

 



by yassall | 2014-06-12 01:36 | 学校図書館 | Comments(0)