中村彝アトリエ記念館

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 20日、天気がよかったら久しぶりに外出しようと思っていた。目白に中村彝のアトリエが復元されているというので、以前から一度行ってみようと思っていた。目白にはそれ以外には何があるとも思いあたるところがなかったので、ずっと後回しになっていたのだ。半日程度の散歩にはちょうどよいだろうと出かけることにした。
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 詳しい地図が入手できなかったので、下落合3丁目という番地だけを頼りに歩き始めたのだが、目白通りを西へ進んでいくとほどなく案内表示を発見できた。これで迷いようもなさそうなのに、間近になってからあちこち彷徨き回っては訪ね歩くことになった。それも初めての土地では楽しみなのである(と強がりをいう)。
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 庭側から全景をながめる。復元といっても、中村彝の後の所有者である画家の鈴木誠によって増改築された部分を除いていったということで、当時の部材も数多く活かされているということだった。
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 庭の風景。今はすっかり住宅街になってしまっているが、当時はいかにも東京郊外といった風情で田園風景がひろがっていたそうだ。隣の池袋に住んでいたことのある父が犬を散歩に連れて行き、小川で身体を洗ってやったことがあるというようなことを昔話で聞いたことがある。中村彝が37歳で亡くなったのが大正13年、父が池袋に住んだのはそれから10年後くらいだから、何となく想像できる。
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 中村彝アトリエ記念館は新宿区立。入場は無料である。採光のために大きく開かれた窓はアトリエらしく北側に面している。
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 これも採光のために設けられた天窓。平屋作りなのに大きな三角屋根があるのはこのためらしい。
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 アトリエのすぐ隣の居室はビデオルームになっている。こちらは南側ということになり、庭が眺められるが扉などは痛みが激しい。中村彝については近代美術館所蔵の「エロシェンコ氏の像」の作者であること、新宿中村屋のサロンのメンバーであったこと位しか知らなかった。ビデオは15分ほどで、彝の生涯と作品の概要について知ることが出来る。早世してしまった画家らしく、「エロシェンコ氏の像」が傑作であることは疑いないとしても、他に残されている作品はルノアール、セザンヌ、ゴッホ、ドラクロアなど、様々な画家たちからの影響が顕著な習作といったレベルで、まだ独自の作風を確立するまでには至っていないように思えた。それでも代表作である「小女」などはルノアールにはないまなざしの強さが感じられた。
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 赤レンガ造りの門柱も当時の雰囲気を再現したものらしい。
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 私には今年初めての梅である。
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 目白駅はもしかすると学生時代に一度だけ参加した四大学祭で降車して以来かも知れない。もっとも、安倍晋三が成蹊大学、麻生太郎が学習院大学卒業と聞いては、もはや四大学を強調する気にはなれない(笑)。

 GM5+12-32mm

 この記事を書いていると金子兜太氏の訃報が流れてきた。ご冥福をお祈りしたい。「アベ政治を許さない」を揮毫なさった。

    梅咲いて庭中に青鮫が来ている  兜太


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# by yassall | 2018-02-21 19:23 | 散歩 | Comments(0)

つい一言 2018.2

 久方ぶりの「つい一言」の更新なので、最初に近況というのか、最近の心境というのか、そのあたりから書いてみたい。
 「つい一言」だけでなく、今年に入ってからブログの更新そのものが滞りがちなのだが、2月に入るなり少しばかり重い風邪を引き込んだことが大きい。もともと出不精なのに1週間ほど外出もせずにいたし、その後も積極的に行動する気になれなかった。新しい記事を投稿しようにもネタがないというのが本当のところだったのだ。
 11月に不注意で突き指をした。なかなか治らない。いくら何でも長すぎるな、と怪しんでいたが、整形外科にかかったときに見てもらったらへバーデン結節だと診断された。人差し指から小指にかけての第1関節に発生する変形性関節症で、40歳以上の女性に多いのだそうだ。今のところ、突き指だと思い込んでいた中指以外には痛みはないのだが、よく見ると中指以外にも人差し指と小指は明らかに第1関節に結節があり、曲がっている。関節リュウマチとは違うというのを喜んでいいのかどうかは不明だが、やはりキーボードを叩くのに辛いものを感じるようになったのだ。
  ※
 さて、「つい一言」に限ってみると、昨年の10月21日以来、投稿が止まっていた。突然の解散による衆院選挙の前日である。どうもこの辺にも更新が滞りがちになってしまった原因がありそうである。
 怒りを忘れたわけでない。ただ、今日書こうと思っている「裁量労働制」の問題にしても、根の深いところまで突き詰めていこうとすればそれなりの構えが必要になるし、自分に書ききれるかどうかと考えるとつい二の足を踏んでしまう。これだけ大問題になっていることを、何も自分までもが書く必要があるのか、と考えれば気力も萎みがちになる。所詮、蟷螂の斧との自覚にもとづいているののの、この怒りは広がっているのか、人々と共有されているのか、という焦りの感情もある(怒りが広がっているのなら、あの選挙結果にはならなかったはずだ、というやる方なさ)。
  ※
 「裁量労働制」の問題とは、裁量労働制の下で働く人の方が、始業・終業時間を定めた働き方をする人よりも労働時間が短いとした安倍首相の国会答弁が、データに捏造ありとして撤回に追い込まれた一件である。今日のニュースでは、厚労省の調査が一般労働者には1ヶ月で一番長く働いた日を聞き、裁量労働制の調査では単に一日の労働時間を質問したものであることが明かされ、「おわびを述べた」とあった。ちらっと見たTVのニュースでは安倍首相の姿はなかったが、麻生財務相や加藤厚労相といった閣僚たちがなぜかヘラヘラと笑いこけている様子が映し出されていた。
 「森友問題」でも破棄されたはずの文書が次々と明るみに出されている。麻生財務相の答弁は「法律相談であって価格の交渉ではなかった」などという子供だましの内容だった。今回もきっと国民は「子供」のようにことの重大性を理解しないか、「精査中」などという言い逃れや、たわいもない言い訳でだまされてくれるだろうと高をくくっているのだろう。明らかに国民は「侮辱」されているのである。
  ※
 「裁量労働制」=「働き方改革」の根っこにあるのは、安倍・自民党がかかげる「世界で企業がもっとも活躍できる国」づくりである。根底に流れているのはグローバル化社会=競争社会の国際化の現状にあって、競争力を高めなければ国際競争に勝ち抜けない、といったような論理だろう。
 だが、「一将功成りて万骨枯る」ではないが、日本企業が大儲けをあげている下で、国民の生活や健康が損なわれ、家庭が破壊され、次世代の未来が失われるようであってよいはずがない。一時の栄華に酔いしれ、百年の計を忘れるような態度は少なくとも真の政治家のものではない。(2月19日)
  ※
 怒りが失われる、ということは、無力感にとらわれてしまうということで、つまりは諦めの境地に入ってしまうということだろう。人生には諦観が求められることもあるのだろうが、ここでいう諦め(=断念)と諦観とは異なるとも思う。もともと「ボケ防止」と思って始めたブログであるから、自分の指と相談しながら、続けられる限りは続けていけたらと思っている。

 「捏造」「虚偽」「隠蔽」といえば、これもまた国民に対する侮辱としかいいようがない。大手電力会社が「満杯」としてきた送電網は実際には利用率は2割程度(※)で「空き」は十分であったということだ。
 ※2016年の電力業界によるデータによると、全国の基幹送電線の平均利用率は19.4%、最も高いのが東京電力の27%で、最も低いのが東北電力の12%であるという。
 「空き容量なし」という点については以前から疑問視する声が大きく、電力会社側としても真実を公表するしかなくなったということだろう。それでも、各社が「空き容量ゼロ」と公表した路線は全路線の34.8%、特に東北電力は70%近くの路線を「空きゼロ」とし続けているそうだ。
 しかしながら、その理由は将来原発を再稼働した場合を想定してのことであり、つまりは再生可能エネルギーの新参入を阻もうとするためとしか思われない。それでも参入しようとする場合には、高額の増強費用を求められる事例が全国で発生しているという。
 国際再生可能エネルギー機関(IREA)は、再生エネルギーの発電コストは2010年からの7年間で大幅に下がり、世界平均で太陽光は73%、陸上の風力は23%下落したとの報告書をまとめたという新聞記事があった。アドナン・アミン事務局長は「再生エネへの転換は、環境への配慮というだけでなく、今や経済的な選択だ」と指摘したという。
 日本政府の原発=「ベースロード電源」という規定は、原発にしがみつこうとする電力各社には福音のようであるのだろう(というより電力会社側の要望に政府がしたがったというのが真相だろうが)。だが、そのことで電力政策では世界に遅れをとることになってしまうのではないのか? 
 やがては避けがたい廃炉や廃棄物処理まで考えれば、「安全・安心」どころか、原発の「低コスト」神話も今や架空の物語である。省エネ技術が向上し(※)、また人口減が進む日本で、原発のような巨大で暴走おさえがたく、腐臭さえ放ちつつあるかのモンスターと共倒れの道を選択する理由は何もないと思うのである。
 また3.11が近づいてきた。政府は一刻も早く「原発ゼロ」へ舵を切るべきである。(2月22日)
 ※小話を付け加えれば、先日我が家の前の街灯の交換工事が行われていた。「故障ですか?」と工事の人に声をかけたら、「いえ、LEDとの交換です。」という返事だった。見ると我が家の前だけでなく、軒並みで工事を続いているらしい。都内全部となるにはまだ時間がかかるのだろうが、着実に省エネは進められているのである。

 前回話題にした再生可能エネルギーについて、政府のかかげる再生エネ割合の目標が低すぎるのではないか、との声が自民党内部からも出ているという。その一人に、河野外相が「世界平均は現在24%。(これから)目指す数値が今の世界平均ということは外相として悲しい」と発言したという。だが、河野氏については、その程度の発言ではとうてい挽回しようもない問題発言があったのだ。
 米トランプ政権は核戦略の中期指針「核体制の見直し(NPR)」で、核兵器の使用条件緩和を盛り込んだ。具体的には、いわゆる戦術核兵器の製造と配備をすすめ、核兵器の使用についてのハードルを下げていこうというものだ。
 かつて毛沢東は「核兵器は張り子の虎だ」と言い放った。つまり、威力が巨大すぎ、ひとたび核戦争が勃発すれば世界そのものが破滅してしまうのだから、アメリカといえども核兵器の使用には踏み切れまいと高をくくったのだ。
 戦略核兵器については相手に使わせないための「抑止力」論、あるいは「核均衡」論が確かに存在する。だが、その論理を是とすれば北朝鮮のように自分の国も核兵器を持ちたいとする国は現れてくるだろうし、緊張が高まりこそすれ、緩和されることはあり得ない。
 それより何より、アメリカは先制不使用という態度はとっておらず、実際に朝鮮戦争、ベトナム戦争、キューバ危機など、核兵器の使用は何度も検討されたということを忘れてはならない。
 現在、戦術核兵器の保有量はロシア側の方が多く、またクリミア紛争の際にロシアは戦術核兵器の準備をしていたという報道もあった。それらに対抗するための戦略という意味合いがあるのだろうが、何よりも世界におけるアメリカの相対的な地位の低下を反映していると考えるのが妥当なところだろう。だとすれば、ますます核兵器使用の閾は低くなる。
 さて、日本政府はどう対応したか? アメリカがNPRを発表したのが2日、河野外相はその翌日に「高く評価する」との談話を発表したのだ。より詳しく書くと、「米国による抑止力の実効性の確保とわが国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメント(関与)を明確にした。」という理由付けによるものだという。
 つまり、戦術核兵器についても「抑止力の実効性の確保」が目的だとしているのだが、あまりに楽観的すぎはしないだろうか? アメリカの核戦略の変更はもちろん北朝鮮も刺激したことだろうし、極東アジアでも緊張を高めていくことだろう。朝鮮半島・極東アジアの非核化は遠ざかるばかりであろうし、暴発の危機が高まることは避けがたくなる。河野外相は衆院予算委員会での野党の追及にも自説を曲げなかったという。
 最近、怒りを覚えたこと、というので資料を保存しておき、記事を書き始めたところで米フロリダの高校で銃の乱射事件が発生した。トランプ大統領は被害者を招いた意見交換会で、「もし銃に熟練した教師がいたなら、襲撃をあっという間に終わらせることができただろう」という意見に対する賛同を求めたという。賛成者が少数であったにもかかわらず、銃で武装した教師にはボーナスを支給することも検討するなどと発言したそうだ。(補足すれば学校の武装化は「全米ライフル協会」が支持しているとのこと。)
 学校で生徒を教育する立場にある教師に銃を持たせ、その使用によって問題を解決させようというような思想の持ち主に、核兵器は「抑止力(であって実際には使用されない)」というような理性をいささかでも期待することが出来るだろうか? (2月23日)


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# by yassall | 2018-02-19 19:52 | つい一言 | Comments(0)

2017年度埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」の総会・学習会

 1月28日(日)、さいたま市民会館うらわを会場に埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」の総会ならびに学習会が開催されました。
 2016年度の総会は7月31日、これに先立つ7月10日の参院選の結果、改憲勢力が3分の2を占めるという情勢の中での開催となりました。2017年度総会は半年遅れになってしまいましたが、いよいよ自民党が改憲発議の準備をすすめるという重大な年のはじめに開催されることになりました。
 詳細は「埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」」のブログにゆずりますが、
  http://blog.goo.ne.jp/9jousks?fm=rss
 講演会で講師をつとめてくれた「憲法会議」全国事務局長の高橋さん(元埼高教、元全教中央執行委員、元全労連副議長)から、憲法会議が作成したパンフの普及が急速にすすんでいるというお話がありました。
   ※
 昨年5月3日、安倍首相は突然9条の1項2項を残し、自衛隊を明記した3項を加える、と発言しました。すでに自民党が発表していた『改憲草案』にもない内容でした。
 このシナリオが「日本会議」によって書かれたものであることはもはや周知の事実です。安倍首相は「自衛隊を明記するのは違憲との判断を解消するためで、自衛隊の任務についてはいっさい変更はない」などと述べて世論を誘導しようとしています。
 しかし、「日本会議」はその機関誌で「自衛隊を明記した第三項を加えて二項を空文化させるべきである」(『明日への選択』2016年11月号)と、そのねらいを明確に述べています。自衛隊の明記は「戦力の保持」を明確化することであり、それは集団的自衛権によって変質した自衛隊の任務を後付けで肯定し、海外出兵に道を広くものでしかありません。マスコミでもなかなか報道されていませんが、憲法会議のパンフでは鋭く指摘されています。
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(憲法会議 〒101-0051 千代田区神田神保町2-10 神保町マンション202 TEL03-3261-9007)
 ※パンフは一冊100円 注文はFAX03-3261-5453で



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# by yassall | 2018-01-30 19:57 | 日誌 | Comments(0)

映画『自白』

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 『自白』は2016年に韓国で上映されたドキュメンタリー映画である。監督の崔承浩(チェ・スンホ)氏はMBC放送で社会番組を担当したプロデューサーであったが、李明博政権下の2012年、言論弾圧によって不当解雇された。その後、「ニュース・タパ(打破)」という独立メディアを立ち上げ、言論の自由と真実の報道のために活動してきた。映画は、韓国の国家情報院(前身はKCIA)がいかに非人道的な手法で「北のスパイ事件」を捏造してきたかを、緻密な調査とそこから得られた証言によって明らかにし、告発している。(上映会「呼びかけ文」から)
  ※
 最初に、なぜこの映画をみることになったのか、その経緯を述べる。金元重(キム・ウォンジュン)は高校の1年後輩である。出会った頃は金田元重という日本名を名乗っていた。後に知ったことだが、私より1年遅れての卒業式で「本名宣言」を行い、在日韓国人として生きていく決意を表明した。折からの大学紛争が高校にも波及する中で、それぞれが自分たちの生き方を問おうとするような時代だった。
 そこから彼の激動の時代がはじまる。法政大学を卒業した1974年に母国ソウル大学に留学した。そして1975年、映画の中でも紹介された「11.22学園浸透スパイ団事件」の被告として逮捕・拘禁された。私に第一報がもたらされたのは高校で学校司書をつとめていたMさんからだった。同窓生の会として救援会を立ち上げるので参加されたし、という葉書が届いたのだ。私と金元重との関係は図書委員会で活動をともにしたことから始まったのである。署名活動、集会活動、他に被告とされた方々との連帯活動にとりくみ、裁判の傍聴、矯導所に移ってからは定期的な面会と、救援会の活動は彼が7年の刑期を終えて帰日を果たすまで続いた。
 1975年に先立つ1973年には金大中事件があった。金元重が収監されている間にも朴正煕の暗殺事件があり、全斗煥の時代には光州事件もあった。民主化の波濤と反動の嵐とが激しくせめぎ合う隣国の動向にはらはらさせられた。今でも強い関心をいだかざるを得ない。
 金元重は帰日後、法政大学大学院に進学し、現在は千葉商科大学の教授をつとめている。それぞれに新しい人生を歩み始めたということだろう。いつしか疎遠になっていた救援会のメンバーと再び交流するようになったのは最近のことである。韓国では「真実・和解のための過去事(過去史)整理委員会」が設置され、金元重も2011年に再審請求を決意し、翌年2012年に無罪を勝ち取った。彼自身は最初、過去のこととしてあまり乗り気でなかったが、同じ政治犯とされた人々や活動家に説得されてのことだという。帰日後もお互いに消息を訪ね合ったり、激励し合ったりしてきたつながりがあったのだろう。
  ※
 その彼から上映会のお誘いがあったのである。いくつかの「スパイ事件」が取り上げられていたが、もっとも中心的にレポートされていたのは2013年1月発表の「ソウル市公務員スパイ事件」である。ニュース・タパの活動開始の時期と一致していた、という巡り合わせもあるのだろう。当事者のユ・ウソン氏は2004年に脱北して韓国に定着し、ソウル市公務員として勤務していた。その彼を「偽装脱北」だったとし、脱北者の情報を北朝鮮に提供していたという容疑で起訴したのである。映画では証拠とされたものを徹底した取材によって突き崩すことによって、事件がまったくの冤罪であったことを白日のものにしていく。
 兄と同居することを夢見て2012年に脱北してきた妹のユ・ガリョ氏の陳述は179日間もの合同訊問センターでの監禁によるものであり、インタビューでは訊問中も何度も拳で殴られたり、あるいは「認めれば兄を助けてやれる、住むところも仕事も与える」と言い聞かせられ続けてのことだったことが明かされる。証拠として提出された中国当局による渡境証明書はまったくの偽造であった。監督の崔氏は中国にまで渡ってコピーを提示しながら局員にインタビューを実施し、それを証明している。2015年、ユ・ウソン氏の無罪が韓国大法院で確定した。しかし、妹のユ・ガリョ氏はすでに追放となっており、兄妹で住むという希望は断たれたままだ。無罪判決を得たユ氏の怒りのインタビューも映画には収められている。
 かつての「学園浸透スパイ団事件」の標的とされたのは韓国内に身寄りもなく、言葉もいまだに不自由であった日本からの留学生であった。同様のスパイ事件がいまだに捏造されていることに驚きを禁じ得ないが、この事件でも脱北者(ユ氏の場合には特に4代にわたる華僑であった)という弱い立場の人間が犠牲にされている。南北に分断され、いまだに休戦中という緊張状態にある半島情勢が背景にはあるのだろう。「事件」を捏造することで点数を稼ごうという小役人根性もさりながら、国民監視や言論封殺を常態化しておこうという権力の意志も働いているに違いない。
  ※
 この上映会のためなのだろうか、監督の崔氏が来日中で、映画が終わった後で30分ほど監督のお話を聞くことができた。さらに大阪から参加した「学園浸透スパイ団事件」で死刑判決を受けた李哲(イ・チョル)氏をまじえ、金元重を司会としてのトークコーナーが設定された。
 話を聞きながら不思議だったのは、監督が「私は映画は見る人にとって面白くなければならないと思っている。韓国で上映するとしばしば笑いの起こる場面で日本ではそうならない。」というような意味のことを述べていたことだった。元重が補足のようなことを述べていたがよく理解できなかった。
 帰路、同行した旧救援会メンバーと台湾料理店で交流していたとき、ふと気が付いた。監督の「面白い」という言葉を「痛快」という言葉に置き換えてみればいいのだ。監督自らのインタビューは被害者側ばかりでなく、どうやって突き止めたものか、合同訊問センターの取調官や検事、またかつてKCIAの担当責任者であった者たちにも及んでいる。取材を受けておろおろと言い逃れをしたり、逃げ隠れしたり、顔を隠した傘を跳ね上げられたりする様はいかにも無残だった。
 それらの取材はまさに身体を張ってなされたものである。あるときは発進しようとする車の前に立ちはだかり、あるときは相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込んだりである。単に勇猛果敢なだけでなく、「肖像権の侵害だ」との抗議を受ければ、「違います。これは取材です。」と即座に切り返す機転もみせる。韓国で映画をみた人々はそれらの様子に快哉の声を送ったのだろう。
 詳細は省くが、崔承浩(チェ・スンホ)氏は解職から1997日ぶりにMBC放送に新社長として復帰することが決まったということだ。文在寅政権に移行しても、まだまだ紆余曲折は続くのだろうが、あくなき民主化への情熱に心から敬意を表したい。

※映写会は1月20日(土)、在日韓国YMCAで開かれた。上映開始は17:30だった。
※合同訊問センターとは国家情報院と軍との合同機関であるとのことだった。
※本文中のKCIAの担当官とはキム・ギチュン。かつての11.22事件の捜査指揮官であり、前大統領秘書室長にまで出世したらしい。事件を捏造してまで成績を上げることに汲汲としたのだろう。チェ・スンホ氏は大阪で開かれた11.22事件40周年を取材しようと日本に向かう際、金浦空港で偶然にキム・ギチュンを見かけ、突撃インタビューを敢行したということだ。昨年、キム・ギチュンは「文化芸術界ブラックリスト」事件(朴槿恵政府に批判的な文化芸術家に対する政府支援排除対象名簿の作成と執行)を総括指示した容疑で逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けた。(今年に入ってからの控訴審ではさらに重い4年を宣告された。)金元重氏のメールで知ったので補足する。なお、元重氏の刑期を最初8年と書いたが7年の誤りだったので訂正した。(1月24日)



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# by yassall | 2018-01-22 19:35 | 日誌 | Comments(0)

今年の発句

謹賀新年

  近江路を旅行く人の背も涼し
  水の辺に憩ふ客あり声残る

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 もう今年は続かないかと冷や汗をかきながら、昨年末もやっと二句。これでもあれこれ推敲しながらやっと落ち着きました。旅行く人、水辺に憩う客は、道ですれ違った人、一歩先を歩いて、ふいと角を曲がって行った人ばかりでなく、あるいは古人の幻であってよかったのかも知れません。



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# by yassall | 2018-01-05 00:04 | 雑感 | Comments(0)

一年を振り返って

 今年も暮れようとしている。このところ、主に一年間の読書を振り返ることで、今年考えたことなどをまとめている。ところが今年は系統だった読書どころか、読みかけになった本も続出で、到達点はもちろん現在地点でさえ見失いがちである。
 退職したての頃、確かにある種の期待感があった。時間的にも人間関係上でもフリーになることで、ものごとを自由に考えることが出来そうに思えたのである。だが、まる7年もたつと次第に自分の中でチリのように積もってくるものもある。7年前はすでに自分にとって過去になりつつあるのである。
 また、体調に不安があるときなど、じっと自分の身体と相談しているなどという時間も増えてきた。容易に前に進めないぞ、という感じがあるのである。
 それでも、停滞と充電との区別くらいはつくつもりでいるが、どこかで流れが滞っているとしたらそれがどこかを突き止めることは出来るかも知れないと、何冊かだけでもメモに止めておきたい。

 木村敏『自己・あいだ・時間』ちくま学術文庫(2006)
 木村敏『自覚の精神病理学』紀伊國屋書店(1978)

 木村敏は精神科医にして精神病理学者。本を読むきっかけになったのは志木高時代の知人であるTさんの推薦による。Tさんらと3月に1回程度のローテーションで読書会を開いていることは以前にも紹介した。Tさんは今も大学でカウンセリングの講座を持ち、またカウンセラーとして活動されている。現役時代からの研鑽のたまものだと思う。そのTさんから読書会のテキストにどうかと提案があったのだ。
 木村敏の方法はフッサールやハイデガーといった現象学や実存主義、ときには西田哲学を援用しながら、精神疾患を人間学的に理解していこうとするところにある。さらにいえば、精神医学史を再検証し、西洋的二元論を克服するための理論構築をめざして行こうとしている。
 今回は分裂病(※)理解を中心とした。分裂病については高校時代に宮城音弥の書物で初めて知った。以来、とくに芸術と狂気の関連についての関心から、折に触れて本を読んだりした。30代のころだったか、荻野恒一の「現存在分析」理論に強く引かれ、何冊も本を読んだ記憶がある。
 とはいえ、継続的に研究を深めてきたわけでもなく、Tさんのようにカウンセラーとして疾患に直面してきたわけでもない。木村はノエマ・ノエシス(ただし、木村はフッサールの用語とは異なるとしている)、間主観性、「あいだ」、「共同世界」、habenとSein、アンテ・フェストウムとポスト・フェストウム(時間性)などの用語を駆使して理論を構築していく。たいへん刺激的で興味深い論考であると思ったが、その正しさがどの程度担保されるのかについては私には断言できない。
 木村は、分裂病は「対人関係の困難」ではなく「自己の個別化」の失敗が原因であるという。説得力に富んでいるが、木村自身も述べているように、完全な達成か挫折かを相互排除的に分けることは困難であろうし、他の精神病においても大きな意義を持つとすれば分裂病に固有の病因であるかどうかも断言できない。分裂病の中心的症状が「自閉性」にあるのか「妄想性」にあるのか、固有文化や時代背景は発病や病像に影響を与えるのかどうかも私は確たる認識にはいたっていない。
※病名としての「分裂病」は現在「統合失調症」に変更されている。ここで「分裂病」の用語を使ったのは書物で使用されたままを使ったということである。なお、森山公夫の書物で知ったのだが、「分裂病」の名の起こりは「連想心理学」が主流であった時代に、正常な「連想」の働きが断ち切られているという認識からであった、ということだ。とすれば、語感の違いはあるものの、「統合失調」と言い換えても病像の捉え方までもが変わった、ということではないような気がする。
 なお、これは木村の著作のみからの知識ではないのだが、分裂病を「疾患単位」としたクレペリン・ブロイラーの流れに対し、「汎精神疾患論」・「単一疾患説」を提唱する人々も存在する。精神疾患を広く「共同性の危機」と捉え、その現れ方によって多様な症状が顕れるという説などである。

 塩川伸明『民族とネイション』岩波新書(2008)
 井上寛司『「神道」の虚像と実像』講談社現代新書(2011)

 『民族とネイション』は上記の次の読書会で私からテキストとして取り上げてもらった。レポーターはもちろん私がつとめた。
 日本ばかりか、世界中に蔓延しようとしている自国中心主義・排外主義の根底にはナショナリズムがある。たとえば民族解放をかかげて戦われたベトナム戦争時、ナショナリズムは善であった。塩川もナショナリズムはさまざまなイデオロギーと結合すると述べているのだが、今日の反知性主義・歴史修正主義と結びついたナショナリズムはいかにも気味が悪く、かつ危険である。
 そのようなナショナリズムと対抗するために、まず学問的な基礎知識を得たいと思ってテキストにした。塩川のいうとおり、当初は何らかの政治的意図をもって「作られた」としても、大衆化したナショナリズムはときとして制御不能になり、暴発する危険性を秘めている。ナショナリズムに対抗、あるいは制御のためには、その正体を知ろうとすることが大切だと考える。
 次の『「神道」の虚像と実像』もその関連で読んだ。古代において日本では「神」は依り代にそのつど降りてきてもらうものであって、「神社」に常駐するものではなかった、「神社」の建設は仏教の影響とそれへの対抗によるものである、というところからはじまる。「神社」神道もナショナリズムと同じように、他の国家への対抗として歴史的に作られて来たのである。
 関連本ということでは、読みかけではあるが、

 立花隆『天皇と東大』文春文庫

 がある。明治国家建設のために近代天皇制が「作られた」ように、東大も日本の近代化をすすめるための装置であった。「天皇機関説」問題にみられるように、学問の世界でも国粋主義の嵐は吹き荒れていたのである。

 真継伸彦『鮫』河出文庫
 真継伸彦『無明』河出文庫
 真継伸彦『光る声』新潮文庫

 今さらながらこの夏には真継伸彦の小説をいくつか読んだ。書店では手に入らなかったので、Amazonを通して古書を取りよせた。前三作では主として浄土真宗をめぐっての信仰の問題、『光る声』では政治と党派の問題が掘り下げられていると思った。

 真継伸彦『心の三つの源泉』河出書房新社(1989)
 
 なども読んだし、つぎの本も同書に紹介されていたことから読んだ。

 胡桃沢耕史『黒パン俘虜記』文春文庫

 他に小説では帚木蓬生が筆力も確かであり、ミステリー仕立てではあるが、取り上げられている題材も興味深いものであった。薦めてくれる人があったからだが感謝している。

 帚木蓬生『聖灰の暗号上下』新潮文庫
 帚木蓬生『白い夏の墓標』新潮文庫

 平野啓一郎『透明な迷宮』新潮文庫

 平野啓一郎にはなかなか手が出なかったのだが、この本を読んで若手の中では筆力に確かなものがあると感じた。
  ※
 来年は柄谷行人『世界共和国へ』で得た見地をもう少し深めてみたいことと、原点に返って日本近代文学の見直しを再開したいと今は思っている。


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# by yassall | 2017-12-31 16:45 | 雑感 | Comments(0)

2017年のニューフェイス

 昨年、少なくとも来年はこの「今年のニューフェイス」を書かなくて済みそうだ、と書いた。しかし、結果は以下の通りである。機材の新調にあたっては使用頻度の少ない機材があれば下取りに出すようにしている。自分のカメラ・ライフを見直しながらのつもりでいるのだが、それでも少々飽和気味だなと実感している。
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 CASIOのZR4000の購入は5月。昨年、一度候補から外れたことを書いた。なぜ復活にいたったかというと昨年からの流れがある。LUMIX12-60mmを入手して以降、旅行でもスナップでも、ほとんどのシーンをこのレンズでこなすことになった。すると、サブカメラの位置づけが変わってきたのである。M.ZUIKO9-18mmを中心にしていたころは標準域から望遠域をカバーする機材が欲しかったが、今度は広角域を伸ばしたくなったのである。もちろんGM5に9-18mmをつけて2台態勢でのぞむという手はあるわけで、超広角による絵作りをねらってなら当然の選択になるだろう。だが、たまたまそのような被写体に出会ったときの備え程度で、通常はメモや押さえとして使えるカメラはないかと考えたとき、にわかにZR4000が浮上してきたのである。
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 撮像素子は1/1.7型CMOS、レンズは35mm換算で19-95mm。画質はある程度は期待できると思ってはいたが、使い出してみると予想以上だった。撮像素子が小型である分ズーム比も高く、デジタルズームにしても2倍適度だとそれほど画質も荒れない。質感も含めてデザインはやはりいただけないと思うが、サブカメラとしてはかなりの実力を持っていると感じた。CASIOらしく、いろいろ遊びの機能も充実しているようだが、操作系に慣れていないこともあり、そのへんの使いこなしはこれからである。
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 E-M10Ⅱの購入は5月。G5とGM1を下取りに出した。GM1はGM5と2台態勢でと思って中古で買ったのだが、EVFがなかったり、露出補正等の操作系が面倒だったりであまり出番がなかった。Panasonicが生産を中止してしまったことから、かえって人気が高まったのか、購入金額からほぼ値落ちせずに売却出来たのは驚きだった。
 E-M10Ⅱが欲しくなったのも12-60mmがらみなのである。スナップにはGM5との組み合わせで使っていたのだが、このレンズだとややフロントヘビーでマッチングに難があった。それでも軽量なのにこしたことはないと持ち出して来たのだが、あるときGM5のAFロックが不調になったことがあった。一時的なものであったようで、ほどなく回復したのだが、それがきっかけとなった。
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 E-M10Ⅱに12-60mmを装着したところ。これでもまだフロントヘビーである。GM5の質量は211gであるのに対し、E-M10Ⅱは351g。この点に関してはやや早まったかなと思っている。というのは現有のE-M5が425gで、重量こそ若干かさむが、サイズ感はほぼ変わらないのである。ならば防塵防滴仕様であることも含め、E-M5で間に合った、あるいは使用範囲が広かった、ということになってしまうのである。
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 描写はまあまあというところだろうか? 新しい分、モニターのレイアウトが多少とも洗練されているのと、ダイヤル類が大きくなって扱いやすくなったこと、デザインも気に入ってはいるので、しばらく使い込んでいくことになるだろう。
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 m4/3のカメラと比べてしまうと、いかにもごつい。これでもNikonのFXシリーズの中では軽量タイプ(750g)なのだという。やれやれ、どのくらい持ち出す機会があることだろうか?
 D750の購入は9月。実は最初に候補に上がったのはD7500だった。(6月の発売前から2、3ヶ月あれこれ実用性を検討した。それはそれで楽しかった。)だが、APS-CならD3300で十分だと思ったし、どうせならフルサイズを一台持っていてもいいかなと考え直したのである。2014年の発売だから最新機種とはいえない。その分、値もこなれているし、初期に発生したというシャッターの不具合も解消されているようだ。ここでD90とX-E1およびFUJIのレンズとはおさらばした。
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 D750にあわせて新調したレンズはNikon24-85mmとTAMRON28-300mmである。24-85mmは手頃な常用レンズとして以前から欲しかったレンズである。28-300mmは購入の動機の一つになった舞台記録用に買った。TAMRONも評判のよいレンズだが、描写は純正の方がよいようだ。汎用性は高いから使い道はあるだろう。下は28-300mmで撮影した。
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 購入のもうひとつの動機は旧レンズが使用できることである。実のところ、まだ真価を引き出せていないというのか、使いこなせていないというのか、はたまた結局フルサイズ神話ということであったのか、画質的なところでは満足のいく結果が出ていない。しかし、おそらくは(少なくともフルサイズでは)最後の一台になるであろうから(?)なるべく持ち出す機会を増やしていきたいと思っている。(ということは、来年こそ「今年のニューフェイス」は書かなくて済みそうである。ZR4100、E-M10Ⅲが出ようと、G9が発売になろうと……。)

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# by yassall | 2017-12-30 16:35 | カメラ談義 | Comments(0)

日馬富士事件と大相撲=「国技」原理主義について

 江川紹子氏と中島岳志氏もこの問題で発言しています。関連記事に追加しました。(1月1日)関連記事を追加しました。貴乃花個人の思想もありますが、日本にも広がりつつある排外主義と無縁ではない気がします。賛同者がどこまで踏み込んでいるのかも気になります。

 20日に開催された横綱審議会および日本相撲協会・臨時理事会で日馬富士事件に対する一定の処分が下された。
 日馬富士による暴行はあってはならないことであり、「引退勧告相当」は当然だった。また、同席した白鵬・鶴竜にも責任ありとした判定も適切であったと思う(このことについては後述)。
 しかし、その後もますます混迷が深まっているかのような様相をみていると、まさか他に視聴率や発行部数が稼げそうなネタがないからではあるまいが、意図的な情報操作がされているように思われて来てしまうのである。そして、「将来、大相撲をモンゴル勢で牛耳ろうとしている」白鵬と「興業的な成功ばかりを優先させようとしている」協会VS「相撲本来の姿を取り戻そうとしている」貴乃花といった、いわば「悪」VS「善」の対立軸が作られていこうとしていることに、大きな疑問を感じざるを得ないのである。
   ※
 先日アップした「MONGOLIAN TEAM」で「貴乃花については今いうことはない」と書いた。相撲協会による貴乃花への聴取もこれからだし、20日の理事会で配布されたという貴乃花個人の「文書」についても会議後に自ら回収したとのことで(当初はこのように報道されたと記憶していましが、その後、回収は協会側とも思われる経緯がありましたので削除します。その後、やはり貴乃花の意向によった、という記事がありました。)公開はされていない。
 憶測でものを言ってはならないという自制心は持ち合わせているつもりである。また、私は個人の「思想・信条の自由」は厳に守られるべきだと思っているし、何を「信念」とするかについても個人の責任の範囲だと考えている。
 だが、彼はいったい何と「たたかおう」としているのか、何を「取り戻そうとしている」のか、それを正しく認識しようとし、必要な批判をする必要もまた感じるのである。
 「表現の自由」を尊重する信念は人後に落ちないという自負はあるが、「正義」の名を借りて「不正義」な報道がされようとしているなら、これも批判しなければならないと思うのである。
  ※
 『週刊朝日』12月22日号に、「貴乃花の支援者の一人」である高野山別格本山清浄心院住職の池口恵観氏が11月末頃に受け取ったとして、次のような貴乃花からのメール(全文)が紹介されている。

 “観るものを魅了する”大相撲の起源を取り戻すべくの現世への生まれ変わりの私の天命があると心得ており、毘沙門天(炎)を心にしたため己に克つをを実践しております
 国家安泰を目指す角界でなくてはならず“角道の精華”陛下のお言葉をこの胸に国体を担う団体として組織の役割を明確にして参ります
 角道の精華とは、入門してから半年間相撲教習所で学びますが力士学徒の教室の上に掲げられております陛下からの賜りしの訓です、力と美しさそれに素手と素足と己と闘う術を錬磨し国士として力人として陛下の御守護をいたすこと力士そこに天命ありと心得ております
 今の状況、若い頃から慣れております報道とは民衆が報われる道を創るのが本分であると思いこれまで邁進してきております
 角道、報道、日本を取り戻すことのみ私の大義であり大道であります勧進相撲の始まりは全国の神社仏閣を建立するために角界が寄与するために寄進の精神で始まったものです。
 陛下から命を授かり現在に至っておりますので“失われない未来”を創出し全国民の皆様及び観衆の皆様の本来の幸せを感動という繋ぐ心で思慮深く究明し心動かされる人の心を大切に真摯な姿勢を一貫してこの心の中に角道の精華として樹立させたいと思います。敬白


 「揚げ足取り」にならないように、「全文」とされているまま引用した。自分を「毘沙門天」の「生まれ変わり」となぞらえているところなど、dマガジンで記事を読んだときから、何か神がかりのようなものを感じた。
 また、「池口恵観」という名前をどこかで聞いたようだと思い調べてみると、2013年に朝鮮総連中央本部の土地・建物を45億1,900万円で落札しようとし、のちに「圧力があった」として断念したことで話題になった人物であった。どうも政界や右翼団体ともつながりが深いらしく、安倍晋三が第一次安倍内閣を辞任した直後に当人を擁護するような講演を行ったり、石川県護国神社において、田母神俊雄と共に「神官仏僧合同大東亜聖戦祭」を開催したりしたとのことで、正体の分からないところがある。貴乃花以外にもスポーツ界と交遊があるらしいが、いずれにしても危ういものを感じる。
 それはさておき、基調として「国家安泰を目指す角界」「国体を担う団体」「国士として力士として陛下のご守護をいたす」など、特定のイデオロギーの存在が明らかな文面である。
 古代において角力が宮中行事であったという歴史は確かにある。ただし、有名な野見宿禰が當麻蹶速を蹴り殺したという記事にあるように、互いに蹴り合うというスタイルで、現代とはずいぶん形態が違ったものであり(想像するにテコンドーのようなもであったか?)、そのまま今日の相撲に結びついているというわけではない。途中をはしょれば、今日の大相撲の直接の起原は江戸期の勧進相撲であり、さらにさかのぼれば武家相撲である。組み打ちを中心とする技は甲冑を身にまとった武士同士の争闘に最適であり、合理性がある。
 横綱のしめる注連縄や行事の出で立ちからして神事としての要素があることは事実だが、巡業相撲にみられるように、それらもその土地土地に根ざした宗教儀式であったように思われる。
 私が「特定のイデオロギーの存在」を指摘するのはこのような理由からである。「国体を担う」とか、力士は「国士」であるとかは、少なくとも大多数の大相撲愛好家にとっても、また力士その他の相撲関係者にとっても共通認識となっているとは思われない。
  ※
 こうした相撲=「国技」観を原理主義的に純化しようとしていけば、モンゴル力士のみならず、すべての外国人力士を廃業ないし除名させるしかないことになるだろう。だが、今更そんなことが可能だろうか? 
 日本出身の日本人力士だけで大相撲を成り立たせたければ海外巡業などすべきではなかったし、門戸を開くべきではなかった。そのようなあり方を選択することも出来ただろうが、それで今日のような相撲人気はあり得たであろうか? 繰り返すが、もともと大相撲のルーツは勧進相撲であり、相撲興行なのであって、興行的な成功をめざさなければ成り立たなかったのである。
  ※
 白鵬についていえば、2015年に33回の優勝によって大鵬の記録を塗り替えて以来、相撲に迷いが出てきたというのか、取り口を見ていると確かに相撲が荒れているという感じはあった。それでもここ一番というとき、本当にほれぼれするような相撲をみせてくれるし、とくに「断食もして体を作り直して来ました」というここ数場所は白鵬復活を思わせるものがあった。素質に恵まれているばかりではなく、誰よりも努力家で、研究熱心であることのたまものではないのか? 
 横綱という圧倒的王者がいて大相撲人気はあると思うのである。もちろん、東西両横綱が揃っているのが望ましいし、どちらが勝利をおさめるかに神意を読み取ろうとしたという原初の形態からしてむしろそうあるべきなのであろう。
 つまりは小錦に対する千代の富士、曙・武蔵丸に対する貴乃花が不在なところに不満が高まっている理由もあるのだろう。しかし、残念ながら白鵬に並び立つ横綱が日本人力士に見当たらないのは白鵬のせいではない。素質も、努力も、探求心も日本人力士に不足しているということに他ならないのである(※)。それが気にくわないから、外国人では「国体を担う」には相応しくないから、という理由で排除し、「身内」だけで盛り上がろうとするなら、多くの相撲ファンの心は離れていくことだろう。
 (※白鵬の張り手・かち上げが批判されるが、三代目若乃花・花田虎上にいわせれば、張り手・かち上げをすれば脇が空く。そこを攻められないのは研究が不足しているからだという。これは攻めたというより、かち上げを避けた結果だが、両腕をあげることで白鵬のかち上げを最初に封じたのは宝富士だった。白鵬がかち上げを封印し出したのはそれからである。つまり、白鵬は同じ取り口では通用しないことをすぐさま「学んだ」のである。)
  ※
 もう少し書くべきことがある。しかし、焦点がぼけてしまうことを避けて別項とする。ただ、冒頭に「後述する」と書いたので、白鵬に下された処分について私見を述べる。
 1ヶ月半の減俸では軽すぎる、という意見がある。3ヶ月とか6ヶ月とかいう人もいるし、1場所の出場停止くらいならむしろ白鵬は喜ぶだろうという人までいた。しかし、大相撲=「国技」原理主義からすれば白鵬の引退あるいは除名しかない。たぶん、1ヶ月半では軽すぎる、と考えた人を満足させるにはそれしかないだろう。
 私は、といえば、3ヶ月でも6ヶ月でも同じだといいたい。横綱ともあろうものが処分を受けたのである。それだけで大きな傷である。それを「恥」と考え、潔く引退してしまうことで名を残す道もあるのではないか、ととっさに考えたほどである。
 だが、白鵬は汚名を負ったまま引退すべきではない、と考え直した。優勝回数40回を数えた大横綱をこのまま見送るのは忍びない。今回のことについては、これまで白鵬自身が蒔いてきた種の結果だ、という側面は確かにある。横審から公の場で取り口に対する批判も受けた。これらを受けとめて、誰からも批判されることのない、己の相撲人生の完成形をみせることで相撲史に名を残してもらいたいと私は思っている。
 

【関連記事】
https://www.j-cast.com/2017/12/21317301.html

https://www.newsweekjapan.jp/youkaiei/2017/12/post-8.php

江川紹子「白鵬には、こんな顔もあります~マスコミのバッシングの中でつぶやき合う相撲ファンたち」
https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20171228-00079846/

中島岳志「相撲とナショナリズム あいまいな「国技」「品格」 国威発揚への利用に懸念」
https://www.nishinippon.co.jp/feature/press_comment/article/383794/

白鵬はなぜ過剰に叩かれるのか?世間と報道がつくる「大相撲の虚像」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54162


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# by yassall | 2017-12-23 01:41 | 雑感 | Comments(0)

トイボ クリスマス公演17

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 16日、葉山美侑ことみかわやから出演情報があったので池袋・シアターグリーンまで出かけてきた。案内には演劇集団TOY’sBOX第17回公演「サンタクロースが歌ってくれた」(脚本・成井豊、演出・青瀬博樹)とある。TOY’sBOXでトイボということらしい。劇団には制作として乙部あきなことレッドが参加している。葉山は今回はJJプロモーションからの客演ということのようだ。
 劇団の立ち上げは2013年とのこと。若々しく、エネルギッシュな芝居運びだったが、しっかり作り込まれていて、浮ついたところは少しもなかった。小技も達者だった。オリジナルは未見だが、十分に楽しめる舞台だった。
 写真は終演後の特別企画である撮影タイムのもの。そんなアフター企画があるのは知らなかったが、開場前に街のスナップでも撮ろうと、たまたまD750を持って出ていたのだった。
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 葉山はミツ役。初めてのメイド姿だと言っていた。明日12/17まで。本日は満席だったが、千秋楽には少し空きがあるとのことだ。


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# by yassall | 2017-12-16 20:28 | 日誌 | Comments(0)

東京駅周辺

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 12日、東京駅丸の内口の駅前広場の整備が終わったというので写真を撮りに出かけてきた。円形ドーム(正確には八角形?)の丸天井である。よく見ると中間に落下防止の金網が張ってある。
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 東京駅がリニューアルオープンしたのは2012年。その頃にも一度写真を撮りに来たのだが、駅前広場の整備が続行中で、いたるところフェンスに囲まれていた。ようやく整備が終了して広々とした空間が出現した。駅舎よりは広場を撮りたくて17-35mmズームを持ち出したわけだが、左右の円形ドームの明暗差や歩行者の影をみて分かるとおり、光線条件としてはかなり厳しいものがあった。
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 JR東日本は空中権を売却することによって改装費用を捻出したという。そのためか、周囲は高層ビルが建ち並ぶこととなり、駅前広場は冬の日差しによって長く伸びたビルの影に覆われることになった。この日は好天であったので、日照のあるところとないところの明暗差も悩ましいところであった。
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 JPビル。被写体として面白いと思った。逆光で撮影しているが左側面の反射をみても日差しの強さが分かる。
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 駅前大通りを桔梗濠まで進んでみる。この画像もコントラストが強く出過ぎていたので帰宅してから補正した。ただでさえ古いレンズなのに補正を施すとさらに画像が荒れる。
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 戸の倉噴水公園。2011年にいちど訪れている。そのときは震災直後であったので噴水は自粛するとの案内があった。この日も最初は噴水はなかったのだが、タイミングがよかったのか、滞留中にはじまった。
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 こちらはRX100で。(3枚目も)
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 明治生命館。前後したが、この日のメイン機材はD750。TAMRONの17-35mmを久しぶりに使って見たかったのだ。標準域のレンズでは得られないバースである。あまり多用すると品がなくなるが、日常にはない視角ではある。
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 こちらは三菱一号館。このレンズを持ち出すのはかれこれ10数年ぶり。光線条件もあるがやはり設計の古さを感じる。まあ、廉価版でもあったし。
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 三菱一号館の中庭。狭隘地だが、なかなか雰囲気がある。庭に面したレストランでランチをとると、けっこうリッチな気分になれる。美術館の入り口もこちら側だ。
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 最後にもう一枚撮ってこの日の撮影は終わり。


 D750+TAM17-35mm、RX100




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# by yassall | 2017-12-14 16:31 | 散歩 | Comments(2)