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韓国のこと (4) 「徴用工」問題② 「外交的保護権」と「個人請求権」


 日韓請求権協定第2条1項は「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が…完全かつ最終的に解決されたことになることを確認する」と規定している。
 この最終条項にかかわらず、失われたのは「外交的保護権」のみであり、「個人請求権」は失われていないという論が存在する。「外交的保護権」とは自国民の損害について政府が相手国に追求する権利であり、「個人請求権」とは個人が直接賠償を求める権利である。
 「個人請求権」が国際的な法概念に存在しているのかどうかは私は知らない。人権意識の高まりの程度にも関係するものであるだろうから、むしろ断るまでもなく当然という解釈もあるだろう。確かに言えることは「個人請求権」は日本政府によってその存在が言明されて来たことだ。
   ※
 経過としては、①サンフランシスコ平和条約(1951)、日ソ共同宣言(1956)にも類似の請求権放棄条項があり、これらの条約により相手国(アメリカ、ソ連)に対する損害賠償請求権が失われたとして、原爆被爆者とシベリア抑留被害者が日本国に補償を求める訴訟を提起したことを発端とする。
 これに対し被告の日本国は、「条約によって放棄されたのは日本政府の外交保護権であり、個人(被爆者、抑留被害者)の損害賠償請求権は失われていないから、日本国は補償責任を負わない」と主張したのである。(つまり、国としては個人に代わって請求は出来なくなったから、あとは個人として勝手に請求してね、ということなのだろう。)

 ②これは日韓請求権協定にも適用され、外務省は「完全かつ最終的に解決」とは外交保護権の放棄を意味するに過ぎず、個人の請求権は失なわれないから、朝鮮半島に資産を残してきた日本国民に対して日本国が補償する責任は負わないと説明していたとされる。

 ③さて、上記はいずれも日本の国民向けになされた説明であるが、1990年代に国会で追及を受けた結果、日本政府は韓国人被害者についても日韓請求権協定で放棄がされたのは「外交保護権」にすぎず、「個の請求権」は消滅していないことを認めた。
 柳井俊二外務省条約局長は1991年8月の参院予算委員会で、日韓請求権協定と「個人請求権」の関係について明確に表明している。

 「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。(中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

 (これは後の問題に関連することだが、「個人請求権」とは別に、1991年の柳井答弁では「慰謝料は実体的な財産権に該当しない」とされたことも、2018年11月14日の外務委員会で穀田恵二(共産党)委員によって再確認されている。)

 ④2000年になると日本政府は態度を変え、戦後補償問題は条約の請求権放棄条項で解決済みと主張するようになった。日本人被害者から補償請求を受けた時と、外国人被害者から賠償請求を受けた時に正反対の解釈をすることになった。

 ⑤このあたりの論理がどうなっているのか、よく分からないのであるが、一つには「サンフランシスコ平和条約の枠組み」論が称えられている。「実体的権利」は失われていないが、訴訟によって平和条約締結後に混乱を生じさせる恐れがあり、条約の目的達成の妨げとなるので、「個人請求権」は民事裁判上の権利を行使できないとするというものである。
 2007年、中国人・「元華人労務者」らが西松建設を相手に起こした損害賠償請求裁判では、1972年の日中共同声明に「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とあることから、この「枠組み」論が適用された。ただし、このときの最高裁判決では「請求権放棄条項で失われたのは被害者が訴訟によって請求する権能であり、被害者個人の実体的権利は失われていない」として「個人の実体的権利」の存在は認めていた。また、強制連行の事実を認め「被害者の苦痛は極めて大きい。関係者の被害救済に向けた努力が期待される」として自主的な救済を求めた。その後、西松建設は和解に応じている。

 ⑥また日本政府はその後、個人の請求権は消滅していないが、相手国・国民がこれに応じる法的義務は消滅しているので「救済されない権利」であると説明することもあったようである。

 ⑦韓国人「徴用工」問題では、1965年の請求権協定によって日本から韓国に渡った合計5億米ドルのうち、無償3億米ドルの中に元「徴用工」に対する補償金も含まれているとし、元「徴用工」らが有する「個人請求権」は韓国政府に対して行使されるべきであるという論がある。「個人請求権」は消滅していないが韓国側に移動したという説明である。
  ※
 今後、特に焦点となるのは⑦である。(5)(6)でこれらを検証していこうと考えているが、以下のようなことがポイントとなることを予告しておきたい。

・日韓請求権協定の第1条は「日本国が大韓民国に経済協力(無償供与及び低利貸付け)する。」とあり、第1項には「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。」とある。補償のために支払うとはどこにも書かれていないばかりか、「経済の発展」に役立つことが条件とされているのである。
・1965年日韓条約締結以降、不十分ながら元「徴用工」らに対する補償を始めている。すると韓国政府は「経済協力」資金の中に補償金が含まれていることを認めたことになる。それは条約締結にいたるまでの交渉過程に根拠がある。それではどのような交渉がなされたのであるか、相互の主張、金額を含めた妥結点を確かめたい。
・未払い賃金といった供託金等の補償に対して2018年大法院判決が認めたのは「精神的苦痛に対する慰謝料」という賠償である。その正当性を検証したい。


[参考]
以下は茂木外務大臣の会見記録である。内閣改造によって新たに就任したが「徴用工」問題に対する姿勢は従来と変わるところがない。ただ、何とも歯切れが悪いように思える。

令和元年9月13日(金曜日)13時49分 
於:本省会見室
旧朝鮮半島出身労働者問題(大法院判決)
【共同通信 斎藤記者】今日,最初の定例会見ですので,日韓摩擦のきっかけになった元徴用工の大法院判決,これについての茂木大臣の基本的な認識をお伺いしたいと思います。2点あります。1点目ですけれども,大臣は11日の就任後の会見で,この判決について,国際法に違反し日韓関係の基礎を覆していると,このようにおっしゃられました。これは原告の個人請求権は日韓請求権協定に基づいて消滅したという考えに基づく見解なのかどうか,この点をまず確認させていただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定の第2条の1で,財産請求権の問題は完全かつ最終的に解決されたものであることを明示的に確認して,さらに第2条の3で,一方の締約国およびその国民の他方の締約国およびその国民に対する,すべての請求権に関していかなる主張もすることができないとしております。したがって,一切の個人の請求権は,消滅していないとしても救済されない。また国としては救済できない。このような法的な規定になっております。
【共同通信 斎藤記者】2点目ですが,その関連になりますが,大法院判決では,例の日韓請求権協定に基づく5億ドル,有償無償の5億ドルの経済協力金の供与について,判決はその損害賠償,慰謝料請求権,損害賠償の性格までは有しているとは認めがたいと,こう判断していると理解しております。同時に非人道的な扱いを受けた原告の慰謝料請求権については,今,大臣からお話がありましたけれども,第2条の対象には入らないと。つまり趣旨としてはもともとこれは一般的な。
【茂木外務大臣】分かっていると思います。よく理解しています。
【共同通信 斎藤記者】分かりますか。これについて,ではそうなってくるとこちらのほうとして,いやいや,慰謝料の分も全部含まれていると,だから払ったんだからチャラだと,という立場をとるのか。そうなってくるとその根拠はどこにあるのか,あるいはそうとらないのか。その点についてご説明いただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定に基づいて,我が国はご案内のとおり,韓国に対しまして,無償3億ドル,そして有償2億ドルの経済協力を行ったわけであります。それと同時に同協定によりまして,日韓両国および国民の財産請求権の問題は,完全かつ最終的に解決済みである,こういったことを確認したわけです。
 したがいまして,日本企業に対して慰謝料の支払いを命じた韓国大法院判決,これは同協定に明確に違反をいたしております。      (外務省HPより)


by yassall | 2019-09-17 16:01 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (3) 「徴用工」問題① 問題の所在

 2018年10月30日、韓国大法院は被告である新日鉄住金によって上告中であった「徴用工訴訟」について、原告(元徴用工)らの「強制動員慰謝料請求」を認める判決を下した。
 今日の日韓関係の悪化はここからはじまったといえるだろう。現在直面しているような事態を1年前には誰も予想しえなかった。(日本政府は文在寅大統領が12017年9月金命洙を大法院長に任命したことに懸念を示していたともいうからあるいは政府内部では予想があったかも知れない。)
 日韓関係の改善の糸口は見えてきそうにないし、「徴用工」問題の出口も見つけ出せそうにない。まず、今回は問題の所在がどこにあるかを考えてみたい。
   ※
 日本政府は大法院判決を国際法違反であるとし、新たに就任した茂木外相の第一声も「一刻も早く是正を」であった。国際法違反というのは具体的には1965年に締結された日韓条約(「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)と同時締結された日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)に違反しているという意味である。
 日韓請求権協定第2条には「両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」とあるからである。
   ※
 韓国大法院も日韓請求権協定を知らずに判決を下したわけではない。それでは判決を成立させている論理は何であるのか?
 すると、日韓請求権協定にいうところの「完全かつ最終的に解決」に以下が含まれていると考えられるのか否かが争点として浮かび上がって来るのである。

 ① 日韓請求権協定によって政府間の「外交的保護権」は放棄されたが「個人請求権」は失われていないのではないか?
 ②大法院判決が認めたのは「強制動員慰謝料」である。日韓請求権協定でいう「経済協力」供与に「慰謝料」は含まれているのか?
 ③「慰謝料」の請求には日本による戦前の韓国の植民地支配が不当であったということが前提となる。植民地支配は不当であったのか、「徴用」は非人道的であったのか?
 これに付随して、次のようなことが問題となる。
 ④1910年の日韓併合条約(「韓国併合ニ関スル条約」)はどのように結ばれたのか、「徴用」はどのようになされたのか、またその実態はどのようであったのか?
 ⑤日韓条約、日韓請求権協定はどのような過程で締結されたのか?
 ⑥日韓条約の締結後、韓国では「徴用工」に対する補償・賠償はどのように考えられ、また為されてきたのか? その捉え方はどのように変化してきたのか?

 いずれも答にせまるにはどうしてもくぐり抜けなくてはならない門である。さまざまな見解、思惑、解釈の変遷を歴史的な事実に照らしながら整理していくのは容易ではない。これからそれを始めていくわけだが、せめて問題の焦点が浮き彫りにされればいいと思う。
   ※
 今回は「徴用工訴訟」の大法院判決にいたるまでの経過を確かめておきたい。大まかに3つのラウンドに分けてみると分かりやすいと思われる。

 ①日本での訴訟
  1997年、元徴用工4人が大阪地裁に新日鉄住金を訴える
  2003年10月、最高裁で敗訴が確定する。
 ②韓国での訴訟
  2005年2月、ソウル中央地裁に提訴。
  2008年4月、敗訴。
  2009年7月、ソウル高裁での敗訴。
  2012年5月、韓国大法院が「反人道的不法行為や植民地支配と直結する不法行為による損害賠償は、日韓請求権協定の適用対象に含まれると見るのは難しい」として控訴審の破棄と審理差し戻しを命じる。
  2013年7月、ソウル高裁が元徴用工1人あたり1億ウォンの賠償を認める。新日鉄住金は再上告。
 ③大法院判決
  2018年10月、大法院判決。新日鉄住金の上告を棄却した。

  「徴用工訴訟」判決は支持率が低下してきた文在寅大統領が切った「反日カード」であり、そのために革新系判事であった金命洙を大法院長に大抜擢した、というようなことがいわれる。そのような論は時系列的にも成り立たず賛同しがたい。
 文大統領が春川地方法院法院長であった金命洙を大法院長に任命したのは2017年9月である。しかし、2017年5月に大統領に就任したばかりの文在寅に対する支持は圧倒的で、翌年をみこして大法院長を任命しておいたというのは、いささか陰謀史観に過ぎるだろう。
 むしろ司法壟断を改めようということであり、「積弊清算」の一環であると考えるのが正しいと思う。2019年1月、徴用工訴訟の遅延には朴槿恵前大統領による司法介入があったとして、梁承泰前大法院長が職権乱用などの疑いで逮捕された(本人は容疑を否認)のもその流れの中にあると思われる。(2)の[補足]で引用した「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」」(日刊ゲンダイ2019.9.9)にも以下のようにあった。
 「元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。」

[補足]
※2018年10月30日韓国大法院による判決文の日本語訳に下記がある。
  澤藤統一郎の憲法日記

   http://article9.jp/wordpress/?p=11400
※梁承泰前大法院長の逮捕については朝日新聞の下記の報道がある。
   https://www.asahi.com/articles/ASM1R6QGYM1RUHBI037.html
 朴槿恵前大統領による司法介入については共同通信の下記の報道がある。
   共同通信:https://www.msn.com/ja-jp/news/national/朴槿恵氏の関与、証言次々と-徴用工訴訟遅延事件で側近/ar-AABo5Le?ocid=se


by yassall | 2019-09-16 16:48 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (2)  韓国の「反日」

 最初に本を一冊紹介しておきたい。

  池畑修平『韓国 内なる分断』平凡社新書(2019)

 著者の池畑修平は1969年生まれのNHK職員。ジュネーブ支局長、中国総局、ソウル支局長を経て、現在BS1「国際報道2019」のキャスターを務めている。題名にある「内なる分断」とは、朝鮮半島が南北に分断されているだけでなく、韓国内に保守派と進歩派という「南南葛藤」が存在していることを指しており、その対立がいかに深刻であるかを解明している。
 文在寅政権の発足以来、「積弊清算」がスローガンになっているが、それは国家情報院(旧KCIA)が国内政治に介入できないようにするなど、保守派が作り上げてきた抑圧体制の変革をめざしたものである。「親日残滓の清算」というような言葉が飛び出してくると、我々日本人はびっくりさせられるが、もともとは戦前にあって日本の植民地支配に協力し、戦後も権力の座にあり続けた勢力に対する批判であり、直接日本に敵対しようということではない。
 「南南葛藤」には朝鮮戦争、李承晩政権を倒した4月革命、その4月革命を挫折させた朴正煕軍事独裁政権、朴正煕暗殺後のつかの間の「ソウルの春」、全斗煥による軍事クーデターと光州事件、全斗煥に大統領の直接選挙制を迫り、これを実現させた民主化闘争などの歴史的背景がある。その間には多くの血も流された。解きほぐしていくのは容易ではない。
 1987年の憲法改正によって韓国の大統領は1期5年で再選を禁じられている。再選を禁じたのは李承晩、朴正煕、全斗煥らのような独裁政権化を防ぐためである。池畑は「帝王的大統領」ともいうべき権限の強大さとその儚さという問題にもふれている。
 保守派、民主派のどちらかに肩入れするというのではなく、それぞれの問題点を比較的公平に解説している。いわゆる嫌韓本ばかりが書店に並べられている現状では現代韓国の実情を知る上で良書であると思われる。私個人は民主派支持であることに変わることはないが、バイアスがかかりすぎるのをたしなめてくれるように思う。報道機関の人らしく、その時々に起こった事件なども的確にフォローされている。これからものを考えて行くにあたってのベースにしてよさそうである。
   ※
 さて、今回書こうと思っているのは「反日」ということである。たとえば「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で問題となった「平和の少女像」は「反日」的であるとされた。その「反日」とはどういうことなのか?
   ※
 記憶に残る中で「反日」という言葉が使われた事例には、1970年代にさかんに爆弾闘争を行った「東アジア反日武装戦線」と、1987年に朝日新聞阪神支局襲撃事件から始まる一連のテロ事件を引き起こした「赤報隊」とがある。「赤報隊」はその犯行声明で自分は「日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊」であるとした。
 両者の思想的傾向は真逆ともいうべきで、攻撃の対象も「東アジア反日武装戦線」は高度経済成長期を迎え、再びアジアに対する経済進出を始めようとしていた「日本」に、「赤報隊」は日本国内にあって政権に批判的なマスコミや革新勢力に対して向けられた。「赤報隊」のいう「反日」は戦前の「非国民」やら「国賊」というのに近いようである。いずれもきわめて暴力的で、殺人をも抵抗なく実行する、問答無用ともいうべき行動主義に染められている。「反日」とは本来それほどに強烈な言葉であった。(「反米」や「反共」といった言い方も全否定というニュアンスが強いようである。)
 韓国=「反日」というとき、それは韓国が日本に敵対しようとしているという意味であるのか、そしてそれは「反日」という言葉で呼ぶことは適切であるのか? それとも自国に対する一切の批判を許さず、「反日」というレッテルを貼り付けることで、暴力をもってしても排撃しようという意志の現れであるのか?
 後者についていえることは「表現の不自由展・その後」を中止に追い込んだ電話やメール、街宣車を持ち込んだ右翼の言動、会場に入り込んで少女像の頭に袋をかぶせ、大声で騒ぎ出した男たちは一般市民たちにも恐怖感を与えるような暴力性があからさまであることだ。
 では、前者はどうか? ことあるごとに韓国では「反日教育」が行われているとの批判がなされる。私は韓国でどのような教科書が使われているかは知らない。しかし、韓国で自国の歴史を教えようとするとき、日本の植民地支配や独立運動のあったこと、その独立運動が激しく弾圧されたことを必須とするのは当然ではないだろうか? それとも日本はロシアの侵略から国を守ってくれたとか、近代化を進めてくれたとか(※)、「創氏改名」によって日本の名前まで名乗らせてくれたとか、日本の神社を作り参拝することを許してくれた、とでも教えて欲しいのか? 「独立運動」などというのは非国民の行いで弾圧されて当然だったとでも教科書に書いてもらいたいのか?
 (※「日本は朝鮮の近代化に貢献した」というのは保守・右派の常套語である。では日本の敗北によって植民地支配から解放されたとき、朝鮮の人々は悲しんだり、感謝を述べたりしたのだろうか? 8.15を韓国では光復節と呼んで祝うのである。)
 以前、日中関係が極端に悪化した一時期があった。そのとき、インタビューに答えた中国の国民が「日本はもう一度中国に攻めてくるのか?」と真顔で不安がっていたいうことがあった。侵略を受けた国民の記憶とはそういうものであると思い知ったことがある。
 過去は変えることも出来なければ、なかったことにすることも出来ない。植民地支配を受けた朝鮮半島の人々の間には、今も消え去ることのない記憶の傷跡が残されていることを忘れてはならないし、「親日」であって欲しいとか、友好関係を結ぼうというならそのことの理解に立たなければならないと思うのである。
 ましてや韓国では解放後も朝鮮戦争やその後長く続いた軍事独裁政権による苦難の歴史、そしてそれを乗り越えてきた歴史を持つのである。韓国で起こっている出来事、議論されていることがらを、そのこと抜きに断定してはならないと思うのである。

[補足]
「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」日刊ゲンダイ2019.9.9より

元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。

――韓国では日本製品の不買運動や「ノー安倍デモ」が展開されています。

「サンキュー安倍」というフレーズもはやっています。韓国と敵対してくれてありがとう、経済的にも技術的にも日本に従属している現実に気づかせてくれてありがとう、日本の本音を教えてくれてありがとう、といったニュアンスです。本音というのは、日本は歴史問題を直視せず、植民地支配を反省せず、韓国に対しては上から目線だということですね。

 ――「ノー安倍」より強烈です。

「サンキュー安倍」には日韓対立によって、親日派が浮き彫りになったという意味も込められています。いま広がっているのは「反日」というより、「反親日派」なんです。韓国における「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前の日本統治に協力し、民族の独立を妨害して私腹を肥やした人を指します。解放後も権力層を形成し、政界、軍部、財界、学会、メディアなどを牛耳り、親米反共国家をつくって分断体制と開発独裁を支えてきた。彼らは日本と妥協し、今なお既得権益層を形成しているとみられています。文大統領が掲げる「積弊清算」は「親日派」による支配構造を変えようとするもので、「反日」ではありません。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/261400


by yassall | 2019-09-13 15:34 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (1)

 初出の投稿から文言を整えたり、補足を加えたりしています。これからもそのように書き続けていくことになると思います。

 ずっと韓国のことについて書こうと思いながら、なかなか書き出せないでいた。最初は「徴用工」問題について考えをまとめておきたいということだった。その後、日本側から三品目の輸出規制が発表され、さらにホワイト国除外が決定された。日本政府は「安全保障上の問題が生じたため」としたが、それではというように、韓国側は「安全保障」上の信頼関係がないとしている国とは協定を維持できないとGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を通告した。
 河村健夫氏が「ホワイト国とGSOMIAを一括して元に戻そう」という案を韓国から持ち帰ったとき、安倍首相は「根本は徴用工問題だ」というようなことを述べたという。日本政府は貿易問題を安全保障の問題に転化したと非難したが、輸出規制・ホワイト国除外は「徴用工」問題とは関係ないという日本政府側の説明にも説得力はない。二国間の関係がここまで拗れた原因がどちらにあったかという答えは簡単ではない。
 それはともかく、GSOMA破棄の問題を今日の東アジア情勢の中に置いてみるときわめて興味深い。アメリカは日米韓体制で中国を押さえ込みたいと思っているのだろう。韓国がただちに米韓同盟の解消に向かいたいと思っているかどうかはともかく、その日米韓体制に閉じ込められることを嫌っているということは十分考えられる。2017年のTHAAD配備以来冷え込んでいる中国との関係改善は経済上でも安全保障上でも喫緊の課題だろう。地理的な距離関係からしても日本とは別個の緊張感の下にあると考えなければならない。より根本的にはアメリカの力の低下、中国の台頭という中で、韓国にとっても、日本にとっても、どのような未来図を描いていくかというところまで視野を広げてみる必要があるように思うのである。
 そして目下のところ、韓国内を揺るがし、日本のマスコミの恰好の餌食になっているのがチョ・グク氏の法務部長官(法相)任命問題である。8月9日に次期法務部長官の指名を受けてから、数々の疑惑が報道されるようになったのは8月19日頃のことである。27日には検察が動き出し、一斉家宅捜査に入ったとのニュースが流れた。朴槿恵前大統領失脚の原因となった崔順実ゲート事件に順実の娘の不正入学問題があった。チョ・グク氏の娘にも大学入試に関して不正があったという疑惑が発覚したとき、これはたいへんなスキャンダルになるぞ、と率直に思ったし、文在寅体制の足を引っ張ることになるのは避けられないだろうと考えた。
 その後、少し落ち着いてみると、法務部長官任命についてはどちらもあり得るだろうし、またどちらにしてもその後の道筋は平坦ではないだろうなと考えるようになった。果たして9月9日、チョ・グク氏は法務部長官に任命された。「チョ・グク・リスク」を抱えながらの任命に、文大統領は「権力機関の改革」は最も重要な公約であり、検察改革の仕上げを任せたいとその理由を述べた。10日、チョ・グク法務部長官はさっそく「検察改革推進支援団」の結成を指示したという。
 大統領府VS検察という対立の構図はチョ・グク氏の法務部長官任命後に報じられるようになったことである。
 最初のうちは森友・加計問題でも日本の検察はこんなふうには動かなかったな、というのが感想だった。ユン検事総長は、文在寅大統領が自ら抜擢した人物であり、朴槿恵前大統領や李明博元大統領の不正疑惑を陣頭指揮したという。座右の銘は「人に忠誠は誓わない」と聞けばひとかどの人物という印象である。
 ただそのうち時系列を追ってみると何か不自然だと感じるようになった。次期法務部長官の指名を受けたのが8月9日、様々な疑惑が報じられるようになったのが19日。それらの疑惑は10日の間ににわかに明らかになったのだろうか。野党が独自につかんでいたのか、国家情報院なり検察から情報がリークされたのか(だとすればそれ自体が犯罪行為である)、チョ・グク氏が検察改革に意欲的であるというのは分かっていたことだから、指名されるのを待つようにして、一気に表に出されたとみるのが正しいように思われるのである。狙いはもちろん法務部長官就任阻止である。
 9月6日の聴聞会終了直前、新たな疑惑としてチョ・グク氏の娘の大学院進学の際に表彰状の偽造があったとされ、チョ・グク氏の妻が本人取り調べのないまま在宅起訴された。偽造があったのは2014年のことだという。すると話題にされてきた大学入試にあたっての論文疑惑というのはいつのことだったのか。なかなか調べられなかったが2008年のことらしい。いずれにしても朴槿恵前大統領がまだまだ力を持っていた時期であり、少なくとも職権乱用とみるのには無理がある。
 私募ファンドへの投資は2017年で民情主席秘書官就任後のことである。だが、各自治体への口利きの見返りに賄賂を受け取ったというのではなく、逆に投資したのであり、圧力をかけたという証拠も出てきていない。韓国で入札制度がどうなっているのかは知らないが、共に民主党に所属する自治体の首長が同じ買うならゆかりのある会社からというのが犯罪にあたるものなのかどうか。清廉潔白というのはともかく、横領罪というのにはどこか違和感がある。
 (この件に関しての日本での報道のされ方にもずいぶん問題を感じている。記者会見でも聴聞会でもチョ・グク氏は「知らない。関与していない。」としか答えなかったとされているが、時折そうではない説明がなされたことがうかがえる映像があったりした。)
  ※
 チョ・グク疑惑が今後どのように展開していくのか、文大統領にとって検察改革は師であった盧武鉉元大統領が自殺に追い込まれて以来の懸案であったといわれるが、それが単に個人的な感情の問題ではなく、韓国にとって真に必要とされるものなのか、そしてその成否が明らかになるには半年から2年の月日が必要だろう。
 GSOMIA破棄が東アジア情勢に変化をもたらしていく契機となるのか、それとも本年11月までの間に何らかのきっかけで復元してしまうのか、後者だとすれば今年中、そうでなければ5~10年を待たなければならないだろう。
 韓国では本当に差し押さえた三菱重工の資産の売却に移るのだろうか。これも今年中が最初の山場になるだろう。
 つまり、どの問題にしても今は何も書けないというのが本当なのだが、何も決まらないうちだから書かなければならないこと、後の検証を受けなければならないことがあるように思うのだ。
 この間、興味深い論考にも接することが出来た。たぶんとぎれとぎれになってしまうと思うのだが、それらも紹介しながら書き進めてみたい。
 

[補足]
※韓国における検察の問題については金香清「韓国震撼…文在寅大統領の最側近スキャンダル「問題の本質」」現代ビジネス2019.9.9が見つかった。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67016

 保守政権による検察のコントロールは朴正煕政権時代に本格化した。中央情報局(KCIA)によって摘発された思想犯の起訴を拒否した検察官たちが、退任に追い込まれ、権力側に忠実な検察官だけが残り、出世する構造となった。法律改正によって検察に強大な権力を与え、金大中を代表とする民主化勢力をけん制し、圧力を加える役割を担ってきたとのことだ。その権力は「検察共和国」と呼ばれるほどに絶大であるという。
※徐台教編集長「コリアン・ポリティクス」9/5「韓国「最強」検察に疑念の目…チョ・グク氏騒動に潜む韓国の宿題」で下記のような法科大学院教授(匿名)のインタビューを掲載している。
「人事聴聞会前の強制捜査は前代未聞で、異例の状況であることは確かだ。検察はまた、こうした事件の場合に刑事部で捜査するのが普通だが、今回は特捜部で捜査している。特捜部とは「認知捜査」すなわち、捜査対象をみずから決めて捜査する機関だ。」

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190905-00141385/?fbclid=IwAR1W4wZXn85lT8RVrBkur6P_grovJKpK1c8WPGzJDdK_C419iRQfCf5y8hk 


by yassall | 2019-09-12 18:50 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

sdQで横浜散歩

 今年になってSIGMAsdQuattroを買ったのはこの春に妙義山へ行ったときの写真が不満足であったからだ。レンガ造りのめがね橋の描写が悪かったのはカメラのせいばかりではなかったのかも知れない。かなり年代を経た構造物であるからレンガ璧の表面からエッジが失われていたとしても不思議ではない。肉眼で見た印象と大きく違ってはいなかったとも思う。それでも独特のシステムで解像度に定評のあるのsdQだったらどう写るか試さないではいられなくなったのである。
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 かといって碓氷峠までそうおいそれとは出かけられない。この近くでレンガ造りの建物といったら、ということで6日に横浜まで出かけて来た。池袋まで出れば副都心線で一本である。みなとみらい線に乗り入れ終点の横浜中華街まで1時間ほどである。地下路を歩いて階段を上がると東門の真ん前である。
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 カラー設定をVividにしたのでど派手な色彩がいっそう派手目に出る。細かい文様はよく解像されているように思われる。逆光なので屋根上の置物などは黒くつぶれている。
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 中華街で昼食をとり、横浜公園で右折して、象の鼻パークへ向かう。開港記念会館の尖塔が見えてくる。
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 象の鼻パークから赤レンガ倉庫を眺める。何かのイベントの準備中なのか、中庭付近はフェンスで囲われ、関係者らしい車両がたくさん入っていた。
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 レンガ壁の描写はまあまあ満足。
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 カミソリをあてたようなシャープさが欲しいのだがこの写真は少しネムいか? 古い建物だし、風合いを活かすような工夫をすべきなのか?
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 青空を見込んでこの日を選んだ。だが、残暑は並ではなかった。光線条件としてもピーカン過ぎた。もう引き上げようと馬車道駅に向かう途中の花壇でひまわりを見つけた。またひまわりを撮りたいと思いながら出かけられずにいたのでこれ幸いとしまいかけたカメラを引っ張り出した。小ぶりだがかたちも全然崩れていない。まあ、今日はこんなところだろう。使いこなしまではまだ時間がかかる。焦らずいろいろ試してみるしかない。

SIGMAsdQuattro+17-70mm



by yassall | 2019-09-08 17:07 | 散歩 | Trackback | Comments(0)