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高畑勲展

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 昨年4月に亡くなってから高畑勲に対する再評価が高まっている。7月2日に始まったこの企画展は10月6日までの長丁場である。それだけ思い入れも深いものがあるのだろう。27日、このところまた閉じこもりがちになっていると反省し、国立近代美術館まで出かけて来た。
 展示には工夫が凝らされ、飽きさせなかった。「アルプスの少女ハイジ」のコーナーでは精巧なジオラマが設置されていて、おそらくは子ども向けなのだと思うが、大人が見ても十分に見応えのある出来栄えだった。
 宮崎駿とのコンビで作られた長編アニメは名作揃いだと思う。今回の企画展を通しての感想としては、この二人以外にも実に多くの才能が結集していたのだなあということがある。美術監督をつとめた一人に山本二三がおり、現在並行して富士美術館で展覧会が開かれているとのことだが、その背景画を見ていると描かれた世界に引き込まれていくような錯覚さえ覚える。それらの才能を引き寄せ、見いだし、さらなる高みへと引き上げていったのが高畑勲という人間であったということらしい。
 NHK朝ドラで放映中の『なつぞら』に登場する坂場一久は高畑勲がモデルであるとのことだ。ネットではドラマの進行とともに高畑勲の足跡を振り返る記事もアップされている。新しい表現を追求して止まなかったパイオニアであったのだろうし、戦後の日本アニメーションの歴史である以上に、戦後日本の青春がそこにあったと思ったのだった。
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 本文で話題にした「アルプスの少女ハイジ」のジオラマ。TVアニメは見ていないがどのような世界観の下に制作されたか想像が広がるようだった。

by yassall | 2019-08-30 16:14 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

劇団銅鑼「ENDOLESS 挑戦!」コピスみよし公演

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 24日、コピスみよしで劇団銅鑼による「ENDOLESS 挑戦!」の公演があった。リーフレットには「私たちの仕事は、より良い未来を創るためにある…! 産廃屋二代目女社長と働く者たちの終わりなき挑戦。」というリードがある。
 この芝居にはきっかけとなった実話があるとのことだ。案内をくれたTさんが『東京新聞』取材による「石坂産業の取り組みを参考にした演劇の稽古に励む劇団銅鑼の団員たち」の記事を送ってくれた。下に引用する。

 嫌われる仕事-。そんな産業廃棄物処理業のイメージを覆し、国内外から年間三万人が見学に訪れる会社が、埼玉県三芳町にある。かつて住民から撤退を迫られ、廃業の危機から環境を一番に考える企業へと変貌した「石坂産業」だ。今夏、東京都板橋区の劇団銅鑼が、その復活の物語を参考にした演劇を披露する。プライドを捨てず偏見と闘い、信頼を勝ち取っていく姿を描き、働くことの意味を問い掛ける。
 三芳町周辺は以前、「産廃銀座」と呼ばれるほど業者が集中していた。1999年、近隣産の野菜から高濃度のダイオキシンが検出されたとの報道があり、値段が暴落。後に誤報と判明したが、風評被害を受けた農家らは産廃業者に立ち退きを迫る反対運動を展開した。
 工場から上がる煙を標的に、「出て行け」と迫る住民たち。同業者が次々と撤退する中、創業者の父親から会社を引き継いだ石坂典子社長(47)は、住民の理解を得て「地域に愛される企業」に生まれ変わろうと、改革を推進した。(『東京新聞』8月20日夕)


 1999年頃といえば所沢市産の野菜からダイオキシンが検出され(後に国の調査で基準値超はなかったと発表された)、各学校でいっせいに焼却炉が使用禁止となるなど、大問題になったことを記憶している。今ではプラスチックを完全燃焼させた場合にはダイオキシンは発生せず、整えられた設備の下で適切に管理された産廃工場から健康に害をもたらすような有毒物質は排出されないことが分かっている。しかし当時はヒステリーともいえるような喧騒だった。学校の焼却炉のような低温では危険性は払拭できないということで、やがて解体されていくことになったが、今度はアスベスト被害の可能性があり、解体工事はかなり気を遣うものになった。

 劇団銅鑼はかつてコピスみよしのアドバイザーをつとめていた。高校演劇フェスティバルでもずいぶんお世話になった。民間委託になる過程でアドバイザーからは外れたが、Tさんはその後も交流があったのだろう。稽古場が私の家のすぐ近くで、いつでも見学に来て下さいとお誘いも受けていたのだが、そのままになってしまっていた。いつか芝居を見てみたいとは思っていたので、ちょうどよい機会だった。
 ホームページを閲覧したことはあって、傾向としては社会派だなと察しをつけていた。一度しか見ていないのに決めつけも出来ないが、リーフレットにも「1972年の創立以来、『平和』と『人間愛』を求め、『本当に人間らしく生きるとは何か』」をテーマにしてきた、「様々な問題を抱えた現代にこそ、社会を豊に反映させた、心の糧になる『演劇の力』が求められています。」とあるところからそう間違ってはいない気がする。

 ドラマとしては二代目女社長の奮闘記というところだ。「プロフェッショナル」や「カンブリア宮殿」でよくありそうである。二代目を継いだのはいいが、先代の社長と苦楽を共にしてきた社員となかなか心が通わず、そこへ公害問題が降りかかってくるというわけだ。「女性社長を主人公に、住民との対立や社員と社長のぶつかり合い、対話を重ねて理解し合う姿を描くストーリー」(『東京新聞』)が展開する。
 社会派ドラマはどうしても説明的な科白が多くなり、固くなる印象がある。前半の二代目社長と古株の社員たちの対立あたりは迫力を感じたが、むしろ社長が繰り出す改革案が浸透していく段になっていくにつれ、急に社員たちの会話も理論だってきて「そんなに急に変われるものかなあ」と意地悪な気持ちが起こってしまう。モデルになった石坂産業はそれをなし遂げたからこそ変わることが出来たのだろうが。
 このような芝居はただ一方的に観劇していればいいというのではなく、観客一人ひとりが啓発され、思考することを始め、論議し、行動にうながされていくことを求めるのだろう。
 コピスみよしでの公演は一日だけで、27日から9月1日までは池袋の東京芸術劇場に会場を移しての上演となるとのことだ。おそらくはこちらの方が本公演なのだろう。今回の一日公演はモデルとなった石坂産業の地元でとの思いがあったに違いない。コピス公演の実行委員会にはかつて反対運動に関わっていた住民も参加しているという。これも演劇が舞台の上だけで完結するのではなく、住民たちと結びつき、議論と運動へのアクションを投げかけようとの考え方からだろう。演劇の可能性は多様であり、このような演劇が存在することも必要だとの思いを強くした。

《追記》
 そして私もいろいろ考えた。ゴミ処理にしても産廃の処分にしても、本来は生産と同程度の作業過程があってしかるべきなのではないだろうか? そこには当然労力と経費が発生するが、生産の側は「売って」おしまい、消費者も欲しい物への対価は支払うが、ゴミ処理にはお金を出し渋る。また、自分の手を離れてからのことには注意を払おうとすることはない。
 つい最近TVのニュース番組で、日ごろリサイクルされているとばかり思って来たプラスチックゴミのかなりの部分が東アジアに「輸出」されていることを知った。いちおうの名目は「リサイクル用資源」ということなのだが、ほとんど分別もされず、ポリ袋に詰め込まれたものであったりする。それらが処理しきれず、ベトナムの河川に放置され、汚染の原因になっているという。華々しい「海外援助」の成果が宣伝される裏側で、今日になっても日本のアジアに対する姿勢は戦前と少しも変わらないのだと思い知らされた。プラスチックによる海洋汚染のほとんどが日本製であるというのは誇大ではないのだろう。
 ずいぶん以前、分別が徹底しているドイツでプラスチックゴミを火力発電に利用しようという試みがあるというニュースがあった。プラスチックは燃やすと高温となり、完全燃焼が可能ならば有害物質の発生も抑えられるというのだ。普通の可燃ゴミと混ぜることになり、せっかくすすんできた分別に逆行するというので反対の声も上がっているとのことだった。この国民意識の違いはどこから来るのだろう。
 


by yassall | 2019-08-30 15:31 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

川越スカラ座で「主戦場」、そして「平和の少女像」のこと

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 川越スカラ座で映画「主戦場」が上映中であることを知らせてくれたのはHさんである。機会があったら見たいと思っていた。最終日の23日に出かけて来た。
 「主戦場」は日系アメリカ人のミキ・デザキの監督デビュー作である。慰安婦問題をとりあげ、立場を異にする学者や評論家、活動家に対するインタビューによって構成されている。ディべード形式とでもいうことになるのだろうか、「両論併記」が目的ではなく、デザキも「両方の主張のどちらがより筋が通っているかを比較すべき」と語っているという(Webサイト「リテラ」)。
 私が映画を知ったのは、インタビューに応じた人々のうち櫻井よし子、ケント・ギルバード、トニー・マラーノ、加瀬英明、山本優美子、藤岡信勝、藤木俊一の7名が「商業映画に出演することは承知していない」などとして抗議声明を発表したこと(ミキ・デザキは6月3日の記者会見で「出演者全員と交わした合意書で、一般公開の可能性を伝えていた」と反論した)、その後6月19日、櫻井と加瀬をのぞいた5名が上映差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしたというニュースを聞いたときである。
 テキサス親父との異名を持つトニー・マラーノ(藤木俊一はそのマネージャー)のことはこの映画で初めて知ったが、その他の人物たちはいずれも「高名な」右派の論客たちであり、その主張するところは十分心得ているつもりであった。したがってこの時点ではそれほど映画を見たいとは思わないでいた。
    ※
 見よう、という気になったのは現在も開催中の「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止になったことからである。この問題については以前にも書いた(「『表現の不自由展』の中止について思う」8月4日)。
 繰り返しになるが、わけても「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」という脅迫FAXには、直近に起こった「京アニ事件」を連想させようという、ゆがんだ、人外ともいうべき悪意と暗い憎悪がみえた。
 その背景には政治家たちの動向があった。河村名古屋市長は同実行委員会の会長代行でありながら、「平和の少女像」が「どう考えても日本国民の心を踏みにじるものだ。税金を使ってやるべきものではない」とし、「展示を即刻中止するよう大村秀章・愛知県知事に申し入れる」とした。
 会長代行という責任をどうとらえているのか、という問題もさることながら、ここまででも二つの大きな誤りを犯している。「どう考えても日本国民の心を踏みにじるもの」というのはつまるところ個人的な感想に過ぎない。展示された作品に何を感じるかは鑑賞者の問題であり、企画自体がそれを問うものだった。「税金を使って」云々は論理が逆さまだ。「税金」を使った公的な催しであるからこそ「表現の自由」は最大限に守られなければならない。大村知事の指摘を待つまでもなく、河村市長の発言は憲法21条に違反しているし、「文化芸術に関する活動を行う者(文化芸術活動を行う団体を含む。)の自主的な活動の促進」をうたった文化芸術基本法の精神にも抵触している。

 しばらく時をおいて、河村市長をそそのかしたのは松井大阪市長であったことが報じられた。その松井市長の発言は、「慰安婦問題というのは完全なデマ」であり、「事実ではないデマの象徴の慰安婦像は行政が主催する展示会で展示するべきものではない」という驚くべきものだった。
 「朝日新聞も誤報であったことを認めている」などとも発言したとのことだから、いわゆる「吉田証言」が虚偽であったことが判明したことで「狩り出し」という意味での強制性(を示す証拠)はなかった、という意味だとでも言い逃れするのだろうが、「事実ではないデマ」と言い切っているのだから「慰安婦問題」そのものが存在しないという印象を与えることを意図していることは確かだろう。これが国会に一定数の議席を持つ公党の代表の言説だと思うと暗澹とした気持ちになる。

 さて、怒りを通りこして危機意識すら感じざるを得ないのは、この事件をめぐってのマスコミの報道の仕方である。
 とくに昼の時間帯のワイドショーがひどい。TBSの『ひるおび』では八代英輝弁護士が、「当然、この社会的風潮のなか、この慰安婦像。この慰安婦問題っていうものが史実に基づかないものであること。あるいはこの慰安婦像に対して嫌悪感、反感をもつ方っていうのは多くいるってことは、当然認識した上での展示ですから。」と切り捨てている。まるでテロまがいの脅迫ですら当然とでも思っているのだろうか?
 立川志らくまで、「結局、こういうことをやると、日本人の多くは不愉快に思って許さないという結果が出た。」などとして平然としている。落語家であれば一個の表現者としての自負があることだろう。「表現の自由」は表現者の命であるとは考えないのであろうか?

 日本国憲法は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を保障するとしている。そこでは芸術活動としての「表現」であるのか、政治活動としての「表現」であるのかは区別されない。誤解がないように最初にそのことを断っておけば、今回「平和の少女像」はトリエンナーレという国際美術展覧会という場で展示されたのであり、批判者・反対者はそれを政治活動としてとらえたところにも異様さがある。
 2011年に「日本軍慰安婦問題解決のための定期水曜集会」千回を記念して「平和の少女像」は作られた。その後、世界各地に建立されていったのは抗議活動・支援活動の拡がりと共にあったのだから、確かに広い意味での政治活動と一体であったとは言えるだろう。だが、そうした運動とはいったん切り離し、作品を美術展覧会という場に置くことによって、もっと冷静に、客観的に対象化することが可能だったではないのだろうか? 作品の美術的価値を論評するのでもなく、作品が発するメッセージに賛否を表明するのでもなく、頭から「反日」行為であると決めつけ、展示すること自体を否定することによってその可能性を潰してしまったのではないだろうか? 主催者は「平和の少女像」の前で集会を開こうとしたわけでもなく、呼びかけたわけでもない。鑑賞の機会を与えようとしただけなのである。

 作者はキム・ウンソン、キム・ソギョン夫妻である。大学の彫塑科の同期生で卒業以来共同制作を続けてきたという。2017年、済州島に建立された「最後の子守歌」はベトナム戦争に参戦した韓国軍による民間人虐殺を謝罪し、被害者を慰霊する銅像であるが、作者はこの二人の彫刻家である。
 なお、日本政府は「慰安婦像」という呼称を採用したが、韓国では「平和の少女像」と呼ばれている。碑文には「平和の碑」とあるそうだ。二人の彫刻家の視線の在処がうかがえる気がする。
 これまで目にしてきたのはブロンズ像だが、今回展示されたのは繊維強化プラスチックにアクリル絵の具で彩色したものであるという。画像でしか見ていないが、ブロンズ像とはずいぶん違う印象を受けた。少女が待っているのは「日本政府の反省と悔い改め、法的賠償」であるという。だが、そうした日本政府への抗議だけを込めたのではなく、肩にとまっている小鳥は平和と自由の象徴であり、少し浮いた踵は「彼女たちを放置した韓国政府の無責任さ、韓国社会の偏見」を問うているのだという。単に「反日」のシンボルというには表現の厚みが異なるようだ。名古屋まで行くことはなかったが、もし関東近辺で開催されていたら私も見に行こうとしただろう。
(参考:チョン・ヨンファン明治学院大教授「アートしての少女像」東京新聞2019.8.7、「制作の彫刻家キム・ソギョンさんキム・ウンソンさん語る」赤旗2019.8.28)

 映画「主戦場」の話にもどる。日本社会における「慰安婦問題」の存在すら否定しようという言説の横行や、ネット世界のみならず、マスコミや出版界で高まる嫌韓ムードに対して何らかのカウンターが必要だと思ったし、それが日系とはいえアメリカ人によって為されていることに若干の不甲斐なさを感じつつも、まずはどの程度のものか見てみようと思ったのである。
 ミキ・デザキという人物については確かなことは何も知らない。ただ、なかなかユーモアのある人間だと思った。
 藤岡信勝がさかんに「国家というのは謝ってはいけないんです。謝ったらそこで終わりなんです」と力説している。すると続けて1988年、ロナルド・レーガン大統領が「市民の自由法」(日系アメリカ人補償法)に署名し、「連邦議会は国を代表して謝罪する」と宣言し、日系人らと笑顔で握手を交わしている映像が流される、といった具合である。超タカ派として知られたレーガンを取り合わせたところは秀逸である。これでは藤岡が怒るのも無理はないし、さぞしてやられたと臍を噛んだことだろうと想像してしまう。
 杉田水脈も出番が多い。「日本人は子どものころから嘘をついちゃいけませんよと(教えられてきた)」「嘘は当たり前っていう社会と、嘘はダメなのでほとんど嘘がない社会とのギャップだというふうに私は思っています」という珍説が開陳されると、ソウル市内で若者たちに「嘘をつく人と、だまされる人どっちが悪い?」とインタビューする映像が流れる。韓国の若者たちの答えはもちろん「嘘をつく人が悪い」である。
 まあ、このへんはトンデモ発言ながらご愛敬として、杉田が「奴隷と聞いてどんなイメージが思い浮かびますか?」として、慰安婦が「性奴隷」とされることに異議を唱えようとしている。鎖につながれてでもいなければ「奴隷」ではないということなのだろう。「奴隷とは自由意志を奪われていること。本人の意志に反して性行為を強制されたことが性奴隷と定義されたのだ」と反論された。
 核心部分に「報告書のなかに慰安婦関連は皆無だった」とする「IWG報告書」をスクープした米国人ジャーナリストのマイケル・ヨンにまつわる件がある。陰で多額の「調査費」が渡ったらしいが、櫻井よし子も「調査費」を支払った一人であることを認めている。ただ、「詳しいことは話したくない。複雑な問題なので。」とそれ以上の回答を拒んでいる。
 あまりに闇の奥深くを見せつけられると、それはそれで気分が萎えてしまうものだが、もっと知られていいし、上映の機会が増えてよい映画だと思った。

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 映画を見てから1週間が経過してしまった。書かなくてはならないと思うことが多すぎて、頭の中を整理しきれず、ここまでの文章にするのにも難渋してしまった。3時には映画館を出た。時間がもう少し遅ければ誰かに声をかけて酒宴に及んでもよかったのだが、川越の街を散策してそのまま帰路についた。


by yassall | 2019-08-29 18:50 | 日誌 | Trackback | Comments(5)

つい一言 2019.8

 5日の『赤旗』でリニア新幹線建設工事の残土から微量のウランが検出されたという記事が掲載された。

JR東海が進めるリニア中央新幹線建設工事の日吉トンネル南垣外工区(岐阜県瑞浪市)で残土から複数回、放射性物質である微量のウランが検出されていたことが分かりました。この地域には日本最大のウラン鉱床が広がっています。トンネル掘削には住民から不安の声が相次いでいましたが、同社は公表していませんでした。専門家は、住民の信頼を得るためには公表が必要と指摘しています。

 見過ごしてよいことではないと思ったので他紙やTVでどのように取り上げられることかと注目していたが、今のところいっこうに問題視されていない様子である。どうも変だと思って少し調べてみた。すると、リニア新幹線の地下走行ルート上の岐阜県東濃地区には、実は日本屈指のウラン鉱床が存在することが知られており、JR東海のHPを見ると着工前の2012年当時の説明会で次のように回答していることが分かった。

  •  ウラン鉱床については、独立行政法人日本原子力研究開発機構(旧動力炉・核燃料開発事業団)や専門家から、関連する文献・資料を収集するとともに、聞き取りを行い、把握に努めております。
  •  独立行政法人日本原子力研究開発機構は、資源開発を目的に約1400本のボーリング調査を行い、ウラン濃度を確認し、ウラン鉱床の位置を把握しています。
  •  東濃地域のウラン鉱床は、その成り立ちとして、おわん形に窪んだ花崗岩の上部に堆積した瑞浪層群のうち有機物を多く含む土岐夾炭累層との境界部分に蓄積することが分かっていますので、ルートの絞込みに際しては、このウラン鉱床を回避します。
  •  こうしたことから、ウランに関する問題は生じないと考えておりますが、掘削にあたっては、必要に応じて線量計により状況を確認しながら施工することなどを考えています。

     ウランを含んだ残土からは肺がんを引き起こすラドンガスが発生する可能性が高いという。JR東海はウラン鉱床の存在を知っていて着工した。上記のように回答していたということは住民の不安も認識していたはずである。掘削にあたっては鉱床を「回避」したとしているが現実にウランが検出されたからには公表と対策の発表が必要なのではないか? いったい残土はどのように処分するつもりでいたのか? 黙っていれば分からないだろうというのは隠蔽と同じである。どうも政財官そろって体質は改善されていない模様である。(8日)


     昨日投稿した「表現の不自由展・その後」中止問題に引き続き、今日の朝刊にまたまた気味の悪い記事が掲載された。

  •  自衛隊に一審札幌地裁で違憲判決が出た長沼ナイキ訴訟や、沖縄の米軍用地の強制使用を巡る代理署名訴訟をはじめ、合憲違憲などが争われた戦後の重要な民事裁判の記録多数を、全国の裁判所が既に廃棄処分していたことが分かった。代表的な憲法判例集に掲載された百三十七件について共同通信が調査した結果、廃棄は百十八件(86%)、保存は十八件(13%)、不明一件だった。判決文など結論文書はおおむね残されていたが、審理過程の文書が失われ、歴史的な憲法裁判の検証が不可能になった。(「東京新聞」8/5朝刊)

     政府による公文書の隠蔽・改竄事件にもあきれるばかりだったが、司法の分野でも重大な記録がこっそりと廃棄されようとしている。歴史の検証というのは世紀を超えて行われるものだと思う。いったい日本の権力の座にある人々は日本という国が世紀を超えて存続するとは思っていないのだろうか?
     長沼ナイキ訴訟では、「憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)」が一審で認められ、住民側の勝訴となったが、二審・三審では「住民側の利益なし」として判決は覆された。さらに、二審判決文では「高度に政治性のある国家行為は、極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法審査の範囲外にある」とする「統治行為論」が砂川裁判に続いて併記された。判例としては残るが、その間にどのような審議がなされたのか、検証が求められるときが必ずあると思うのである。
     施政者は未来における歴史の審判を恐れているのかも知れないが、そんなことではもはや文明国とはいえないのではないだろうか?(8月5日)
     

    by yassall | 2019-08-08 12:53 | つい一言 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅3日目

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     北海道旅行も最終日となった。宿舎を出て向かったのは知床峠。斜里町と羅臼町の中間に位置する知床峠展望台から羅臼岳を撮った。重そうな三脚を立て、高そうな超望遠レンズ付きのカメラをかまえている人たちがいたので「何を狙っているのですか?」と聞いたら鳥の名前(忘れた!ライチョウだったかな?)が返って来た。知床峠は野鳥スポットなのだそうである。
     ここで昔話をひとつ。大学時代に知り合いとなり、今も交流の続くNと並んで日華比較文化論の講義を受けていたときのこと。何やらNがノートに詩らしきものを書き付けている。私がのぞき込むとノートを私の方に示して見せてくれる。世事にうとかった私は、それが加藤登紀子歌うところの「知床旅情」(森繁久弥作詞作曲であることは後に知った)の歌詞であることを知らなかった。てっきりNの即興詩であると思い込んだ私は「なんて才能のあるヤツなんだ!」と驚嘆したのだった。
     森繁久弥の「知床旅情」には「オホーツクの舟唄」という別バージョンがあり、こちらは倍賞千恵子が歌い継いでいる。どちらも名曲である。それはともかく、いつか知床を旅してみたいと思うようになったのはそのころからなのである。
     さて、「知床旅情」も「オホーツクの舟唄」も背景に北方領土の存在がある。この知床峠展望台からは国後島が見えた。ちょうど知床半島と並行しているかに青くかすんだ島影が見えたのにカメラに収めるのを忘れた。
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     バスが羅臼町方面に向けて出発して程なく乗客のひとりが「あっ、クマ!」という。これまでエゾジカは何度も見たがクマと遭遇出来るとは思わなかった。運転手がバスを止め、少しバックしてくれたので写真をとることが出来た。
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     サービス精神(?)が旺盛なのか、道路脇まで出て来てくれる。まだ子熊なので警戒心が薄いのだろうということだった。もちろん、親熊がそばにいたことだろう。
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     バスは中標津町まですすみ開陽台に立ち寄った。バイクによるツーリング族の聖地であるとのことだが、この日はバイクはあまり見られなかった。ここからも国後島が見えるというのだが、ガイドが「ほら、あれです」と指さしてくれてもはっきりとは識別出来なかった。
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     開陽台からの眺め。この日は空も曇りがちだった。
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     それでも北海道の広大さは伝わって来る。
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     摩周湖である。摩周湖を知ったのも布施明の歌う「霧の摩周湖」からだ。実際、霧に包まれていることが多いのだそうだ。この日は湖面が奥の方まで見渡せた。
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     岸辺は断崖になっていて容易には人が近づけないようである。
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      いつだったか、過去に放流されたザリガニが大量に繁殖していると聞いたことがある。今はどうなっているのだろうか?
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     これまでいだいてきたイメージ通りだったかどうかはともかく、一度は見ておきたいという長年の思いを果たすことが出来た。
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     釧網線の塘路駅に到着する。ここから釧路までノロッコ号で釧路湿原を走ろうというのである。
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     やがて我々の乗る車両が入線してきた。観光用の貸し切りである。
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     釧路方面から入線してきたので機関車は後ろ側から車両を押していくことになる。
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     こちらが進行方向。
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     車両の中は新しい。指定席になっていた。
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     いよいよ列車が走り出す。樹木が生えてきても森林化する前に湿原に戻ってしまうのが釧路湿原の特徴だという。すると、このあたりは湿原としては不完全であるのかも知れない。あるいは鉄道を通すためには地盤がしっかりしたところを選ばざるを得なかったということかも知れない。まあ、素人考えはこの辺で。
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     釧路川である。滔々とした流れである。
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     タンチョウが見えた。このあと、もう一度見ることが出来た。
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     釧路駅に到着した。ここでは回送されたバスと合流しただけ。
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     釧路湿原国立公園という看板のある高台に立ち寄る。
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     もう夕暮れに近いこともあり、眺めは旅の名残を惜しんだ、というところ。もう旅も終わりなのである。
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     帰りの飛行機はとかち帯広空港から20:05発のJAL。なんども念を押された通りの小さい空港である。早めに出発ロビーに上がると柱に現在放送中のNHKの朝ドラ「なつぞら」のポスターが貼ってあった。

     G8+12-60mm、ZR4000



    by yassall | 2019-08-07 14:34 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅2日目

     1日目は新千歳空港から温根湯温泉までバスは345kmを走った。2日目は知床ウトロ温泉まで208kmを走る。
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     道路脇にバスが止められたのはメルヘンの丘を望むフォトポイントである。7本のカラマツが並んでいる。黒澤明の『夢』の撮影地になって知られるようになったそうだ。丘の上に登ることも出来なくはないようだが観光客が殺到するようになっていないのが好ましい。
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     向かって右奥に広がる景色。
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     こちらは左隣り。3枚を合成写真に出来るとよいのだが。
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     博物館網走監獄に到着する。網走刑務所の改築にともない旧建造物の保存のために移築されたとのことである。
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     ゲートをくぐるとレンガ造りの正門が見えてくる。レンガは囚人たちが焼いたものであるという。この写真では小さくしか写っていないが、右横に木製の正門跡も保存されている。
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     正門を過ぎると庁舎。重要文化財で現在は資料の展示室になっている。
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     敷地内の様子。
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     きれいに整備されている。
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     左回りに監獄歴史観等を見学しながら庁舎の後ろに回ると獄舎である。公開されるようになったのは1985年からであるという。
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     こちらが入口である。
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     入口を入ると真ん中に六角形の中央見張所があり、5方向に舎房が伸びている。フーコーの「パノプティコンの監獄」を思い出した。
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     「五翼放射状平屋舎房」と呼ばれる構造は刑務所の施設としては国内最古であり、木造の行刑建築としては世界最古であるという。
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     棟によって雑居房と独房に分かれているそうだ。冬の独房は辛いので雑居房の方が好まれたという。
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     レンガ造りの独居房。窓がなく光が差し込まない構造になっている。懲罰房である。こんなところに長期間閉じ込められたら失明してしまうだろうと思った。
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     こちらは教誨堂。囚人たちのレクレーション施設にもなっていたらしい。北海道開拓のために過酷な重労働を強いられた囚人たちであったが、次第に人権の光が届くようになったのだろう。
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     何だか網走監獄のところが長くなってしまった。写真はバス内から写した網走駅である。
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     昼食に立ち寄った海鮮問屋から知床半島を望んだところ。いよいよ目的地に近づいてきた。
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     知床半島の旅の始まりはオシンコシンの滝である。幹線道路からすぐのところに入口があり、拍子抜けがするようだったが、滝そのものは落差50mという豪快なものだった。
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     滝は二つに分かれているところから双美の滝と呼ばれることもあるという。
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     水量は豊富だ。
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     滝壺からの流れも荒々しい。
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     ウトロ港からクルーズに出る。以下のように海岸美を楽しんだ。
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     滝が落ちているのが見える。乙女の涙(フレベの滝)の方だったが男の涙(湯の華の滝)の方だったか。岩が黄色く染まっているのは硫黄を含んでいるせいだという。
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     奇岩が続く。
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     象岩と呼ばれているそうだ。
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     カムイワッカの滝。岩の途中から吹き出しているのではなく、もっと上の方から落ちてきているらしい。カムイワッカとはアイヌ語で「神の水」という意味。硫黄を含んだ熱湯で神しか飲むことが出来ないからとか、あるいは「魔の水」という意味であるともいわれているそうだ。
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     羅臼岳。知床七山の最高峰である。翌日は知床峠側から望んだ。
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     はるかに知床岬の尖端を望ながら、このあたりで遊覧船は引き返す。
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     ウトロ港付近も奇岩が立ち並んでいる。無数のカモメが群がっている。巣になっているのかも知れない。
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     この日はこれで終わりではなく、今度は知床五湖をトレッキングする。まあ、トレッキングといっても高架木道を歩き、回るのも一湖だけだが。写真の二人は案内をしてくれるネイチャーガイドである。
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     二班に分かれて出発。我々の班は女性の方になった。こうした若者たちが活躍する場があるというのはいいことだ。
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     高架木道はこんな感じ。ところどころに「クマにえさをやるのはクマを殺すこと」という掲示がかけられていた。ただし、この日はクマは現れなかった。暑いときはクマの活動も鈍るのだそうである。
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     木道からの眺望。
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     ところどころに池が出来ている。
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     そうこうしているうちに一湖が見えて来た。
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     なかなか美しい。
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     振り返ってオホーツク海を望む。ぼやけてしまってよく見えない。この日の宿泊地はウトロ温泉である。



    by yassall | 2019-08-06 15:13 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅1日目

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     北海道旅行のツアーに参加したのは6月25日-27日のことだった。ようやくの旅行記のアップになる。遅くなった理由は帰宅の翌日から2週間ほど入院生活を余儀なくされたからである(すでに未公開にしてしまったが詳しいことは〈お知らせ〉で報告した)。旅行中から異変は感じていたが、やはり好きなことをしていると多少の体調の乱れなどは忘れてしまうらしく、天候にもめぐまれ旅行そのものは充実したものであった。
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     飛行機は羽田7:00発で旅行社のカウンターでチェックを受けるのが6:10という指定だった。調べてみると当日の一番電車で羽田第2ビル駅到着がちょうど6:10、何かあるといけないので天空橋で前泊することにした。19:00ごろチェックインし、受付カウンターでカード型のルームキーを受け取る。エレベーターに乗ると降りる階のボタンを押してもうんともすんともいわない。慌てていると乗り合わせた外国人の少女がカードをセンサーにかざすのだと教えてくれた。最先端に慣れた人なら何でもないのかも知れないが、別世界をのぞいたような気がして少し得したような気になった。翌朝も無料の送迎バスが出ていた。バス乗り場は地階でここでもカードでチェックアウトが出来た。
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     8:30、新千歳空港着。今回のツアーはここから富良野・美瑛を経て知床半島まで、折り返して摩周湖に寄りながら釧路湿原を横断しようというものである。これまで一度は行ってみたいと思っていた箇所がかなり網羅されている。しかし、2泊3日で回るとなると、いわゆる観光スポットを点として追うだけになってしまうかとか、点と点を追うために、実はほとんどバスの中になってしまうかとかためらいもないわけでもなかったが、バスの車内から延々と続く草原を眺めるのも北海道を実感することになるかも知れないと参加を決めたのである。
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     最初に到着したのは富良野・ファーム富田である。満開には少し早く、ロングショットを狙えるような撮影スポットがあればまた違ったのだろうが、「花の絨毯」という写真にはならない。それでもこの季節ならではの風景が楽しめた。
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     ラベンダーも満開にはもう少し。以下、園内の景色を。
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     この一枚あたりがここでのベストショットかな。
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     美瑛・青い池。山奥深くにあるというのでもなく、青森の白神山地の青池と比べると神秘感は感じられなかった。
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     続いて美瑛・四季彩の丘。富良野でも遠く望む山々の姿に惹かれたが美瑛ではより広大感があった。こんな風景を見たかったんだという気にさせられた。
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     天空を流れる雲の影が映し出されている。
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     今回のツアーで唯一外してもよいのでは、と思ったのが旭山動物園である。ただ、高名でもあることだし、丘の斜面に作られた園内を見て歩いた。トナカイとオオカミ(シンリンオオカミ)を見られたのは良かったと思った。オオカミの遠吠えを間近に聞いたときはジャック・ロンドンの動物小説を思い出した。
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     とはいえ、檻の中に閉じ込められた動物たちの写真をアップするのも何となく忍びない。オオタカの写真を一枚だけ掲載する。
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     こちらは美瑛で。1日目の宿泊地は温根湯温泉である。

    by yassall | 2019-08-05 15:54 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    「表現の不自由展」の中止について思う

     3日、愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を決めたというニュースが流れた。慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした二十数点を展示する企画であったが、内容が発表されるや抗議の電話が殺到するなどしていたという。
     こうした内容の催しがあったとき、抗議というより脅迫に近いような圧力が加えられるような事例が横行している。昨日、このニュースを聞いたとき、これはあまりにも異常だと感じたのは、中に「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」というFAXまで届いたという説明を聞いてである。もちろん最近起こった京アニ放火・殺人事件が背景になっている。おそらくFAXの送り主は自らの脅迫に切迫感を付加しようとしてのことだろう。だが、あまりにも生々しい事件を連想させようとする精神性は何だろう。そこには降って湧いたような災難に遭われた方々の無念への同情も、遺族の悲しみへの共感も、失われた命への愛おしみも感じられないではないか。私にいわせればまさにモンスターが出現したような恐怖を感じる。
     そして今日、詳細を知ってさらに気味の悪さを感じたのは幾人かの政治家の姿勢である。大村愛知県知事については「行政がコミットしてしまうのは控えなければならない。そうでなければ芸術祭ではなくなる」、中止を決めたのは「(抗議等が)これ以上続くと安心して楽しくご覧になっていただくのが難しいと危惧」したからだという。日ごろ問題を感じないでもない大村知事ではあるが、前半はしごくまっとうである。そのまっとうな姿勢がテロまがいの脅迫に屈してしまったことは、その立場を理解できないのではないということとは別に、まるで昭和初期のテロが横行した時代の再来が予感されてならないのである。 
     驚かされたのは河村名古屋市長の発言である。どうやら河村氏は少女像の展示を表現の問題ではなく、「政治」的な行為としてとらえたらしく、「(少女像の展示は)『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」「国などの公的資金を使った場で展示すべきではない」と大村知事に中止を求め、中止が決まった後も関係者に謝罪を求めているとのことだ。「公的資金」云々は減税を訴えている河村氏らしいといえばいえるが、これだけでもかなり大きな問題を含んでいることに気が付かないでいるのだろうか? 芸術と政治の問題、検閲の問題、「日本の主張」というが学問的研究も含めて一様にはいえないこと、公的資金による芸術活動の支援のあり方、そして何よりテロまがいの脅迫に結果として同調してしまったこと、河村氏の罪と今後に与える影響は重いといわざるを得ない。さらに菅官房長官までも今後の交付金決定について「事実関係を確認・精査して適切に対応したい」と発言したということだ。
     もっと奥深い問題としては今日の「徴用工問題」に関連する「輸出規制問題」「ホワイト国除外問題」があるのだろう。この問題についてはいずれ考えをまとめてみたいと思っている。少なくとも1965年の「請求権協定」ですべてが解決したとは私は思っていない。日本側も1965年の経済支援によって「賠償」が行われた、とは発言していない。「未払い賃金」等の「財産」については補償したとしている。朝鮮の植民地支配は「日韓併合条約」によって合法的に行われたという立場をとっている限りは当然のことである。
     「経済戦争」というような規定のされ方もしている。戦争であれば相手を「鬼畜」呼ばわりすることも始まる。ヒートアップへの動きはますます強まるだろうが、少しでも冷静でありたいと思っている。そうでなければ日本人同士の対話すら困難になり、「問答無用」の社会が到来する。

    〈関連ニュース〉
    http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e6%85%b0%e5%ae%89%e5%a9%a6%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%ae%e5%b0%91%e5%a5%b3%e5%83%8f%e5%b1%95%e7%a4%ba%e4%b8%ad%e6%ad%a2%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%80%81%e6%96%b0%e3%81%9f%e3%81%aa%e3%80%8c8%e6%9c%88%e3%81%ae%e6%98%8f%e3%81%84%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%80%8d/ar-AAFjcEy?ocid=LENOVODHP17#page=2

    http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%81%be%e3%81%95%e3%81%ab%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%ae%e4%b8%8d%e8%87%aa%e7%94%b1%e2%80%a6%e3%80%8c%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e3%81%a7%e5%b0%81%e6%ae%ba%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%aa%e3%80%8d%e7%8f%be%e5%9c%b0%e3%81%a7%e6%8a%97%e8%ad%b0%e3%82%82/ar-AAFk4ir?ocid=LENOVODHP17

    by yassall | 2019-08-04 17:49 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

    歴教協埼玉大会講演「学校をカエル!」内田良氏

     朝霞高校時代の同僚であるKさんからメールをもらったのは7月14日のことである。その内容は、8月3-5日の日程で歴史教育者協議会の全国大会が埼玉県草加市で開催される、第1日目は草加市文化会館大ホールで一般の市民の方も参加できる全体会を開く、記念講演は『ブラック部活』や『学校ハラスメント』の内田良さん(名古屋大学准教授)による「学校をカエル!~教育の病から脱け出すために」、その後高校生も登壇して中学校の総合学習の実践を報告してもらい、続いて会場に集まった参加者全員をグループに分け、学校を変えるために何ができるかを話し合う、ぜひ参加されたいというものだった。
     研究大会の全体会としてはかなり凝った企画のようだった。Kさんが全体会担当とある。たまには学校現場の話を聞くのもいいか、というのと、細面に金髪メガネという特異な風貌で知られる内田氏がどのような話をするのかという興味、他にも知り合いの先生に会えるかも知れないという懐かしさ半分・応援半分で出かけて行くことにした。
     会場の草加市民文化会館大ホールは東京スカイツリーライン獨協大学前(草加松原)駅から徒歩5分。バスで赤羽へ出、京浜東方線南浦和駅で武蔵野線乗り換え、さらに南越谷駅で乗り換える。約1時間20分くらいの行程だろか。東口を降りて綾瀬川を越えたすぐが会場だった。
     主催者あいさつ等の開会セレモニーのあと内田氏の講演となった。時間は48分間であるという。名古屋から来てもらったというのにずいぶん短いな、と思ったが、会場トークの合間に質問用紙に答える時間、さらに全体会最後の企画であるシンポジウムにも参加してもらうというようなことであったらしい。通常であれば講師は持ち時間が終われば引き上げてしまうものだが、研究活動に寄り添おうという姿勢がみられて好ましかった。
     講演の内容も聴衆を引きつけるものだった。著作名は『ブラック部活』とか『学校ハラスメント』などセンセーショナルなイメージがあるが、自分の目標は「リスク低減」、「持続可能」であるとし、生徒の側にも教師の側にも目配りをし、データに基づいた問題点の指摘や解決策の提案は説得力に富むものだと思った。
     部活動で起こる事故の中で際立っている種目は柔道である。そこまではデータを示されなくてもそうかも知れないという予想は誰にでもつく。さらに細かく分析をすすめると5月から8月までの期間に集中していることがわかる。すると事故は柔道という種目と結びついているというより、新たに入部してきた生徒のうちの未経験者がまだ身体が十分に出来ていなかったり、しっかり受身が身についていないうちに大会向けの練習をさせていたことに主因があることが分かる。実際、その指摘を受けて柔道における事故は減っているのだそうだ。
     学校を変えていくにはまず周囲の人と話合うことから始まる、ただしそれなりの戦略を持つ必要があるという。その話し合いを可能にする同僚性が難しくなっているんだよなあ、ともう少し話を聞いてみたいところで講演は終わった。休憩時間に入ったのでこの後どうしようかと考えていたら志木高校時代のKG氏と会い、進行予定を聞き、もう少しいることにした。実践報告といっても社会科は専門外だしなあと思ったが、生徒を主体にした発表形式は成功していたし、ただ一方的な聴衆になりがちな全体会参加者にトークタイムを設けることによって双方向性を確保しようとするなどに工夫を感じた。
     私は教科も違うし現役でもないからとトークには参加しなかったが、後ろの方のグループの話し合いを聞いていたら、「憲法を変えるべきか」というテーマで議論をさせたところ、「現憲法の9条は日本を弱体化させるために連合軍が押しつけた憲法なのだから変えなくてはならない」というような発言をする生徒がいて、それほど深く考えたことのない生徒は「なるほどそうだったのか」と同調してしまう傾向があるのだという。そこで「こんな考え方もあるんじゃないか?」と教師がアドバイスすると、「先生は遊動しようとしている」と拒否されてしまうのだそうだ。「押しつけ」の問題もだが、それでは「軍備」を持ち、「交戦権」を持つべきなのか、していい戦争として悪い戦争があるのか、といったところまで深めて欲しいと思っても、一つの「強い」意見、実はそうだったのかという「事実」(?)が強い影響力を持ち、大勢を支配してしまうというのは現代社会全体にもみられる傾向である。その大勢に入らない意見の持ち主は排除されてしまうということになったら危険この上もない。
     なお、開会式では韓国の「全国歴史教育の会」の事務局長も登壇してあいさつしていた。大会日程では「日韓交流」の分科会ももうけられているようだ。今日に情勢下でこのような日韓交流が行われているのは心強いと思った。(その日韓問題ではなはだ気持ちの悪い事件が起こった。そのことは別項で触れる。)
    by yassall | 2019-08-04 16:18 | 日誌 | Trackback | Comments(0)