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平和憲法を守ったロベルト・サモラ弁護士と語る東京集会

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 先日、6.3オール埼玉行動でお会いしたTさんから案内をいただき、標記の集会に出かけて来た。「コスタリカに学ぶ会」も「9条地球憲章の会」も初めて知った。最近Tさんがどのような活動に関わっているのかという関心が先だったが、認識を新たにしたり、いろいろ考えさせられる機会となった。
 コスタリカがコスタリカ共和国として独立したのが1848年、1869年に義務教育を実施、1882年に死刑制度を廃止するなど、国づくりは先進的であったようだ。1948年に大統領選挙不正問題から内戦がおこり、翌1949年のコスタリカ憲法によって女性参政権の保障とともに常備軍の廃止が決められた。
 その内容は「常設の組織としての軍隊はこれを禁止する。公の秩序の監視と維持に必要な警察力はこれを保有する。大陸内の協定または国内防衛のためにのみ軍事力を組織することができる。(憲法第12条)」というものである。
 世界には軍隊を保有しない国家が30余り存在する。その理由は様々でそれぞれの国情による。コスタリカでは内戦の予防というような意味合いがあったとも考えられる。ただ、1980年にはコスタリカを本部とする「国連平和大学」を創設し、1983年には「永世非武装中立宣言」を行ったりと、平和国家としての歩みは確固としている。また、最高選挙裁判所(憲法評議会)や人権裁判所が設置されるなど、民主主義の内実化もすすめられている。
 アメリカは中南米を自国の「裏庭」視し、CIAによって国家転覆を謀ったり、直接軍隊を送り込んだりしてきた。最近でもベネズエラの大統領選挙に介入している。そのような中でコスタリカはどのようにして自主独立を守れているのだろうか、話を聞いているうちにそんな疑問が湧き起こってくる。すると1980年代初め、レーガンがニカラグアのサンディニスタ政権を公然と敵視し、隣国ホンジュラスを基地に反政府組織に武器を提供するなど介入を強めた時代のことが話題にとりあげられた。このとき、レーガンは南側の隣国であるコスタリカにも基地の提供を迫ったという。だが、ときの中道左派リベラシオン党のモンヘ大統領は厳しい外交交渉の末にこれを拒否、先の「永世非武装中立宣言」はそのときになされたものだという。決して係争から遠い幸運な条件の下でではなく、むしろ緊迫した国際情勢の中での選択であったことに思いを深くする。
 集会の中心であるロベルト・サモラ氏は38才の若き弁護士である。もともとはIT技術者を志していたが、人々の役に立つ仕事がしたいと法学部に志望をかえた。コスタリカ大学3年のとき、2003年の米イラク侵攻にコスタリカ大統領が支持を表明したことは憲法違反だとして憲法裁判所に提訴し、違憲の判断を勝ち取ったという来歴がある。ホワイトハウスはこれを受けてコスタリカを「支持」のリストから除外したという。弁護士となってからも国を糺すいくつもの裁判を闘い続けているという。
 発言の中でサモラ氏はコスタリカの現状は必ずしも望ましいものではなく、格差の拡大など、解決すべき様々な問題をかかえていると告白する。ただただ理想化するのではなく、どのような歴史の中で今日のあり方を選び取ってきたかの方に学ぶべきことがあるのだろうと漠然とながら私も考える。
 それでもイラク戦争に際していち早く支持を表明し、自衛隊の派遣を決めた日本、はるか1959年の砂川裁判で「日米安保のような高度な政治性をもつ条約については……違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」とする統治行為論によって最高裁による憲法判断を避けた日本と比較し、どちらが憲法を遵守し、民主主義を生きたものとしようとしているかは明白であるといわざるを得ない。なぜコスタリカで出来たことが日本で出来ないのか、真剣に考えなくてはならないと思った。
   ※
 オール埼玉行動のパレードで一緒に歩いていたとき、Tさんとどんな話をしたかについて少し触れる。最初に話題にしたのは「徴用工問題」についてだった。Tさんの見解は明快で、日韓条約そのものが対等平等な国家間で結ばれたものとは見なしがたく、日韓請求権協定によって植民地時代の清算がなされたとはいえないということである。それが国民全体の共通認識になれば話は早いのだが、と話を続けていると北朝鮮にも話題が及び、「制裁」って何だ、壊滅させてしまえということなのか、そうではなく「非暴力」という位置に立たなくてはならないのではないか、というのである。
 そこから今回の集会の話になった。私の中でどこまで深まったかは分からないが、最近日韓の防衛相の会談があったとき、岩屋防衛相が韓国の防衛相と笑顔で握手したことが過剰な非難を浴びていることなどをみると、今の日本に外交による紛争の解決などが可能なのだろうかと考え込んでしまうのである。
 太平洋戦争緒戦でシンガポールを攻略した山下奉文が「イエスかノーか」と降伏を迫ったことに当時の国民は快哉を送ったという。しかし、これは通訳が稚拙だったことにあわせ、マスコミが「マレーの虎」という英雄を作りだすための虚像であったらしい。その話題になると、山下は「敗戦の将を恫喝するようなことができるか」と否定したという。つまり強力な外交姿勢に国民は「強い日本」を見いだし、さらには「強い日本人である自分」という幻想に酔おうとしたということなのだろう。そのころから日本人はどのくらい成長できているのだろうか?


 

by yassall | 2019-06-10 18:32 | 日誌 | Trackback | Comments(2)

白山神社で紫陽花

 6日は車の6ヶ月点検。蓮根のディーラーに車をあずけ、いつものように三田線沿線を散歩した。ちょうど季節もよかろうとsdQの試写がてら白山神社のあじさいを撮りに出かけることにした。

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 白山神社は2年ぶりである。手水舎を囲む竹垣はプラスチック製に変わってしまっていた。天然の竹に比べて風情が失われてしまったの感はぬぐえない。
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 8日から紫陽花祭が始まるとのことで、日本に亡命中の孫文が宮崎滔天と語らったという記念の座石は飾り付けされていた。
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 少し時期が早かったということなのか、前回来たときと比べて開花は明らかに見劣りする。
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 神社の裏手の公園でも同じような状況であった。
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 その分、若々しいといえば若々しい。
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 この2枚が今回のベストショットだろうか。

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 sdQの試写ということで紫陽花以外のものも撮ってみる。石像の質感はなかなかよいのではないだろうか?

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 モノクロ撮影も試みる。
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 このあたりで白山神社を後にする。
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 西巣鴨でも途中下車した。大正大学の敷地内にさざえ堂が建立されているというので見に行ったのである。2013年に建てられたばかりですがも鴨台観音堂が正式名称だということだ。二重螺旋構造で往路と復路が交わらないようになっている。せっかくなので最上階に安置されている聖観自在菩薩をお参りさせてもらった。

 sdQuatrro+17-70mm

 

by yassall | 2019-06-07 17:19 | 散歩 | Trackback | Comments(2)

6.2オール埼玉総行動

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 6月2日、立憲主義を取り戻す!戦争させない!9条こわすな!6.2オール埼玉総行動が今年も北浦和公園を会場に開催された。市民団体、生協や埼商連、連合系・全労連系の労組などの諸団体のほか、小選挙区ごとに結成された連絡会が集った。ゲストスピーチは国際ジャーナリスト・「九条の会」世話人の伊藤千尋氏だった。
 昨日、夜遅かったせいもあって、私は少し遅れて参加。政党あいさつは立憲民主党・枝野幸男氏、国民民主党・大島敦氏、日本共産党・塩川鉄也氏、社民党・福島瑞穂氏がスピーチに立った。枝野氏からは来る参院選でほとんどの一人区で野党統一候補が決まったとの報告があった。まずは「野党と市民の共闘」を本気で追求することが大切だ。
 参加者は12000人と発表された。集会終了後、二手に分かれて市内をパレードした。


by yassall | 2019-06-04 02:38 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

蔵王お釜と東北絆まつりの旅

 5月31日-6月1日の日程で蔵王お釜と東北絆まつりのツアーに参加してきた。
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 日程の組み立てからして東北絆まつりに焦点をおいたツアーなのだろう。ただ、私が参加しようという気になったのは、以前からお釜を写真に撮ってみたいと思っていたからである。
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 あいにくの曇り空で、水の色はあまり良くないようだ。
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 水の表情をとらえようとアップしてみる。
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 火口湖の水は酸性で生物は生息出来ないのだという。周囲の山々もどこか荒涼とした雰囲気である。
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 写真としての出来栄えは満足のいくものではなかったが、この雰囲気は心惹かれるものだった。そうこうしているうちに冷たい雨が落ちてきた。そのまま蔵王温泉に向かう。昨年の秋からずっと温泉に行こうと行き先を探索していた。早い宿入りになったので時間はたっぷりある。こちらもやっと念願が叶ったというわけだ。
    ※
 翌朝も9:30出発ということで朝風呂にもつかった。途中、土産物店などにも寄りながら11:50には会場の福島入り。パレードは14:30スタートで例年より遅いらしい。開始までに腹ごしらえをしておこうと出店などをひやかすが、それでも時間がかなり余ってしまった。
 写真を撮るにはそれなりのポジションを確保しなければと沿道にもどる。昨日とは打って変わった晴天でかなり強い日差しが照りつける。まあ雨よりはましか、などと気持ちを切らさないようにしているうちにようやくパレードが始まった。
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 台北慶和館、相馬野馬追などの先行パレードに続いて、開催地の福島わらじまつり(400名)を先頭に、山形花笠まつり(150名)、盛岡さんさ踊り(130名)、仙台七夕まつり・すずめ踊り(170名)、青森ねぶた祭(200名)、秋田竿灯まつり(16本、125名)が競い合った。
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 わらじまつりは名前だけ聞いていたが、わらじがどのように扱われるのかは知らなかった。男性を乗せて大勢で担ぎあげているのが大わらじである。なんだか、それだけで滑稽味がある。元になった祭があり、わらじまつりとして始まってからでも50回を数えるのだという。
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 続いて花笠まつり。花笠のさばきはなかなか見事だった。
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  さんさ踊り。華やかかつ賑やか。
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 仙台七夕まつりといえば灯籠だが、灯籠は別会場に展示されているらしい。すずめ踊りというのは初めて聞いた。裏表で色の違う扇をさばきながらの軽快な踊りだった。外国人も数人混じっていて国際色があった。
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 さて、いよいよねぶた祭である。ねぶたの屋台はまだ遠い。
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 近づいてくると気持ちがわくわくして来る。八幡太郎義家の人形は会場である福島にちなんだのだというアナウンスがあった。
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 アップで撮ってみる。昨年NHKでねぶた師である北村隆・麻子親子を特集していた。今回の義家人形の作者である北村蓮明は北村隆と双子の兄弟で弟の方だという。
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 さらにアップしてみる。今回は昼間であるが夜になって照明をいれたらさらに幻想的で迫力を増すのだろう。
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 最後は竿灯祭りである。実は竿灯祭りは最初と最後の二度の演技だった。竿灯を支えたままでパレードというわけにはいかないので寝かしたまま数カ所に分かれ、各箇所で演技を披露するという体裁だった。
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 いよいよ竿灯が高く差し上げられる。沿道からは歓声とともにかけ声があげられる。
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 竿灯祭りも一度見てみたいと思い続けてきた。竹を継ぎ足しながら次々と高く差し上げていくので、そのつど撓りが強まっていく。バランスをとるのはまさに妙義といってよい。
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 竿灯まつりも本来は夜の祭なのだろう。太陽光に透けたすがたを撮ってみた。
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 東北絆まつりは2011年の東日本大震災の年に開催された東北六魂祭を引き継ぎ2017年から始まった。折り返し点から引き上げてくるときはオリンピックの閉会式さながらの各団混在のパレードだった。そういえば2020年の東京オリンピックで福島が野球・ソフトボールの会場となることも強調されていた。
 来場者は1日目だけで16万人超、2日間で30万人を超えたということだ。

 EM5+9-18mm、TX1





by yassall | 2019-06-03 20:01 | 風景 | Trackback | Comments(0)