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桜2019⑥妙義山さくらの里

 4月22日、妙義山さくらの里ツアーに参加してきた。
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 志木高校にいたころは所沢インターが近かったので妙義山にはときどき出かけた。中間考査のときなど、1時間目の監督を終えた後で年休をとり、ドライブと写真撮影を楽しんだ。中之嶽神社前の駐車場を利用したので妙義公園さくらの里の存在はそのころから知っていた。いつか桜の季節に来てみたいものだと思いながら機会を逸していた。たまたま願ってもないツアーが見つかったので参加することにした。開花予想もちょうど満開のころとある。
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 ツアーの最初はめがね橋。ここも何回か来たことがある。前回は碓氷峠アプトの道を歩いた時であった。そのときは紅葉のころだったから、今回は新緑を期待していたのだが、まだ少し早かったようである。
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 せっかくなのでさまざまなアングルを狙ってみる。
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 スケール感が出せたかどうか?
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 おぎのやの釜飯をいただいてからだったがずいぶん早めの昼食で12:30には到着した。しかし、光が回っていないせいなのか、レンズの選択を誤ったのか、はたまたさらに腕が落ちたのかは不明だが、どうも解像感の足りない写真になってしまった。絞りもシャッタースピードも十分なはずなのだが。期待が大きすぎたということなのか。
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 中之嶽神社からだからさくらの里へは谷へ降りていくことになる。敷地は広大だがどうやら今満開を迎えているのは管理事務所のある東側らしい。まあ、個人で来ても中之嶽神社の駐車場を利用しただろうし、案内図ではこのあたりもソメイヨシノやオオヤマサクラの植林地なのだ。
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 初めて来て絶好期に遭遇するというような幸運がそうあるわけではない。
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 かたちのよいものを探してみる。
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 中之嶽神社に参拝するのも忘れなかった。
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 境内の様子は昔と変わったところはなかったが、ひとつだけ異様な建造物が…。中之嶽神社は大国神社でもあるので大黒様の建立と相成ったのだろう。
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 確かに存在感はある。

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 神社の境内から駐車場付近を振り返ったところ。かなり人工物が写り込んでしまうが、山の全容が桜に彩られているという雰囲気はこの方がよく伝わる。
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 陽当たりがいいのか、桜も美しい。
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 かたちもまだ全然崩れていない。
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 ツアーの最後は富岡製糸場である。
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 ここも2回目。確か、前回も案内人付きだった思うが、案内の仕方などは洗練されてきたという印象だった。
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 一人になってからは裏手に回って桜を探す。
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 5月に入っても北海道までも行こうという気になればまだまだ桜前線を追えるのだろうが、今年の桜探訪も今回が最後である。前回も今回も2人分のシート独占で旅自体は快適だった。

 G8+14-140mm、GM5+OL9-18mm

 
by yassall | 2019-04-27 16:30 | 風景 | Trackback | Comments(0)

新座市栄・池田九条の会 安倍政権のもと、ここまで変わる自衛隊

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 4月21日、新座市「栄・池田九条の会 講演と春の風コンサート」が福祉の里で開催された。私としては渡辺治氏が講演した昨年に引き続いて2回目の参加だが、会そのものは結成13周年を迎えるという。この日はあたかも統一地方選後半戦の投開票日。それもあってか、盛況だった昨年に比し、確かに参加者は少なかった。だが、内容は実に濃いものであったと思う。
 講師は大内要三氏、1947年千葉県生まれで元朝日新聞社出版本部編集委員、現在日本ジャーナリスト会議会員という立場から各地で精力的に講演活動に取り組まれている。この日の演題は「安倍政権のもと、ここまで変わる自衛隊」である。丹念な取材と分析に裏打ちされた講演は、すでに「ここまで変わった自衛隊」というべき内容であり、少しずつ、しかし着々と、「匍匐前進のごとく」準備をすすめながら、突然に「戦争する自衛隊」として国民の前に現れようとしている実態を鮮明にするものだった。
 最初にDVD『変貌する自衛隊』(NNNドキュメント'19 3月27日放送)が上映され、大内氏が解説を加えていくという進行であった。冒頭、種子島で実施された米海兵隊11名を加えた水陸機動団による上陸作戦訓練の様子が紹介される。 
 大内氏が指摘したことは3つある。①上陸作戦の日米共同訓練は2014年から実施されている。これまではカリフォルニアで行われていた。種子島という島嶼ではあるが、武装した自衛隊が米軍と一体となって国民の前に姿を現したことになる。②上陸作戦訓練は日本の島(例えば尖閣列島)が占領されたとき、これを奪還する場合を想定しているとされている。だが、戦略的に基地を置くこともできない尖閣列島が占領される可能性は低い。とすれば上陸作戦訓練が別の目的を想定してなされている可能性の方が大きい。(この指摘には正直はっとさせられた。何と自分が洞察力に欠けているかを痛感させられた。)③以前、上陸作戦訓練にたずさわっていたのは佐世保の西部普通科連隊で、規模も小さかった。だが、これまで各地に分散しておかれていた部隊は水陸機動団を含む陸上総隊に一本化され、迅速な指揮命令と出動が可能な体制に改変された。ちなみに陸上総隊の司令部は朝霞駐屯地に置かれているという。これまで一本化されてこなかったのはクーデターの主体となる危険性を除去するためであったが、それを差し置いても機動性の方を重視するにいたったということだ。
 日本の安全保障政策の基本は、①国家安全保障戦略(10年計画)、②防衛計画の大綱(10年計画)、③中期防衛計画(5年計画)の3段階で成り立っている。「防衛計画の大綱」は10年計画で策定されているにもかかわらず、安倍内閣は民主党政権による2010年の「大綱」(22大綱)を嫌い、2013年に新しい「大綱」(25大綱)を作った。しかし、早くもその賞味期限が過ぎてしまったということなのか、安倍内閣は昨年12月18日に新しい「大綱」と「中期防」を策定した。今、いかに加速度的に軍拡が進められているかの証左である。
 その「大綱」には次のように書かれているという。「冷戦期に懸念されていたような主要国間の大規模武力紛争の蓋然性は引き続き低い。…着上陸侵攻のような侵略事態への備えについては、最小限の専門的知見や技能の維持・警鐘に必要な範囲に限り保持」する。つまり「敵が攻めてくることへの備え」は最小限にしようとしつつあるのであり、現に戦車の保有数は減少しているのだという。「専守防衛」の定義は大きく変わり、「敵が攻めてきたら守る」から「敵地攻撃能力を持つことで抑止力とする」へ、といわれれば「抑止力」とはまだ潜在的な段階に止まっているようにも受けとめられるが、すでに米軍と一体となって航空自衛隊は東シナ海で、海上自衛隊は南シナ海で仮想敵国とする中国・朝鮮を威嚇するにいたっている。
 護衛艦「いずも」の空母化と米軍との「共同巡回訓練」、戦闘機の敵基地攻撃能力(スタンド・オフ防衛能力)付与、「統合ミサイル防空能力」、優先事項は宇宙(衛星)・サイバー(コンピュータ)・電磁波(レーダー)領域というのは2015年の「日米防衛協力指針(第3次ガイドライン)」からと聞けば、すすんでいく方向は「自衛」隊ではなく米軍とともに戦える「外征軍」化であることは明かである。
 断片的にはさまざまに伝えられてきたニュースや、ときおりは垣間見られてきたものが、ひとつにまとまっていくような思いにとらわれた。戦争は忍び足でやって来る。そしてあるとき、突然その本体を現す。まず知ること、考えることの大切さ、9条を守るための運動の大切さをあらためて思った。
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 大内要三氏の最新刊、2019年2月25日発行。九条の会の連絡先はTEL03-3221-5075、FAX03-3221-5076。
    ※
 書くタイミングを逸したが第1部として開催された「春の風コンサート」もなかなか素敵だった。エスペランサは1991年に結成された南米アンデスの民族楽器を演奏するグループ。遠い異国の音楽に魅せられ、音楽を楽しみながら、音楽を介して、人間と人間が結ばれていこうとするとりくみに思えた。

by yassall | 2019-04-27 00:37 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

2019年春季西部A地区演劇発表会

 4月20、21日の日程で2019年春季西部A地区演劇発表会が朝霞コミュニティセンターで開催された。今回は諸事情があって出演校が5校にとどまるということは知らされていた。どのようなプログラムになるのか予想がつかず、高演連のHPなどをのぞいても情報が得られなかった。20日は夜に予定が出来てしまい、時間調整が難しそうだななどと逡巡しているうちに出遅れてしまった。(翌日に知ったところでは1日目は午前中のみの公演であったそうだ。)
 古巣の朝霞高校は2日目の2本目と聞いていたので開演に合わせて出かけていった。この日の1本目は朝霞西高校だったそうだ。Mさんが去った後、Sさんが頑張っているのは知っていたので観たいと思っていた。もう少し早めに到着できるようにすればよかったのだが、区長選と区議選の投票を済ませてから出かけていったので、見ることが出来たのは朝霞だけになってしまった。なお、午後の1本は細田学園高校で予定上演時間は15分ということであった。前任の顧問のEさんが急に退職することになり、新任の方と顧問交代があったためだという。

 朝霞高校『熱海殺人事件』つかこうへい・作
 さて、言い訳がましいことから始めてしまったが、朝霞も観劇というより応援気分で出かけていった。というのも、3月31日の試演会直前にキャストの一人が退部してしまい、かなり顧問が参ってしまっているのを聞かされていたからだ。Fさんは現役時代の同僚でもともとブラスバンドの指導で実績のある人だった。音楽に専門家が来たのがきっかけで演劇に代わってから熱心に部を見てくれていた。鴻上尚史や竹内銃一郎、野田秀樹といった手強くも硬質な脚本に挑戦し続けて来たし、音響関係は元から詳しかったにせよ、照明のことも熱心に勉強されていた。ブラスバンドとのコンテストのあり方に悩んでいたり、部員たちとの葛藤も少なからずあった様子で、相談を持ちかけられることも多かったが、演劇に真正面からとりくんでくれたことには感謝している。
 応援気分というのはそんな意味からだったのだが、劇そのものは予想に反して(失礼!)なかなかの出来栄えだった。もちろん台本の力はある(だからこそ骨のある台本に挑戦して欲しいと思っている)。それを措いても、とくに3年生の2人は力演だったと思う。部長役の男子はよくぞここまで成長したなあと感心させられること頻りだった。思い込みが強かったり、ときに暴力的だったりする役回りだが、感情がよく乗っていたし、根底にある怒りや悲しみのようなものも表現されていたと思う。
 直前にキャストが降りてしまったというのは片桐ハナ子役の生徒であったという。急遽、代役を務めたのはTさんだ。昨年秋頃からしばらく休部状態で、復活してからもスタッフは手伝うがキャストは引き受けない、と宣言していたらしい。1年生のときから素材的にいいものを持っており、残念に思っていたが、あわや出場辞退という局面になってキャスト引き受けたという。試演会で会ったときに激励がてら声をかけたら、スタッフで稽古に参加している最中に科白はだいたい入っている、という頼もしい返事だった。そして本番、単に科白がつながっているなどというレベルにとどまることなく、ドラマにメリハリを作っていく役割をよく果たしていた。この春で引退してしまうのが本当に惜しく思われた。
 大山役と熊田役は2年生であったようだ。生徒会やら他の部活動とかけもちしているようなことを聞いていたので(どうも演劇以外にやりたいことのある生徒が多いらしい)、稽古不足が心配だったが科白はしっかり入っていた。責任感はあるのだろう。ただ、やはり自分の科白が回ってくる順番を待ってしまっている感はぬぐえなかった。
 相手のも含めて科白回しに不安がなくなり、それぞれの人物造形がつかみ始めてからが本当の稽古だし、演出もつぎつぎにアイデアが生まれてくる。たぶんもう2週間、全員がそろって稽古する期間があったら、方向性も共有され、表現の核とでもいうのか、月並みにいえば主題も見えてきたことだろう。なかなか部員が増えず、当分苦心する日々が続くだろうが、ぜひ心をひとつにして次に向かっていって欲しいものだと真に思う。

  ※

 さて、前日の予定とは東京労働学校から「日朝近現代史講座」の案内があり、20日は「韓国の民主化運動とキャンドル革命」が開講されたのである。講師は崔仁鐵(チェ・インチョル)氏。大学は日本で学んだらしいが、その後韓国へ戻り、現在論文にとりくんでいるという若き研究者である。来週の「朝鮮民主主義人民共和国の現在」も参加するつもりでいる。そして21日の午後は新座の9条の会で学習会があるというのでその足で出かけていった。こちらは近々内容を紹介する予定でいる。


by yassall | 2019-04-24 19:42 | 高校演劇 | Trackback | Comments(0)

ル・コルビュジエ展

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 16日、ル・コルビュジエ展を見に国立西洋美術館まで出かけて来た。開催のアナウンスがあったときから出かけるつもりでいた。ただ、コルビュジエについてはまったく詳しくはない。コルビュジエはペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジャヌレということも初めて知った。
 スイスに生まれ、もともとは時計職人を継ぐつもりで装飾美術学校で学び、才能を見いだされて建築の道へとすすんだ。展覧会の副題には「絵画から建築へ」とあるが、最初に画家を志して後に建築へ転向したというのとは違うようだ。コルビュジエというペンネームを使い出したのはパリに出た後、詩人のポール・デルメ、画家のアメデエ・オザンファンと共に雑誌『レスプリ・ヌーヴォー』(L'esprit Nouveau)を創刊したころからだという。
 ピュリスムということばも初めて知った。『キュビスム以降』(1918)でコルビュジエとアメデエによって提唱されということだ。ただ、素人からみるとキュビズムとの区別は一見しただけでは難しい。対象を多面的にとらえ、画布の上に再構成していくという点では共通しているように思われる。実際、後年になってコルビュジエらはピカソにも「構成と総合」を認めるようになったとあった。
 会場にはピカソやブラックの作品も展示されていて、比較していくと少しずつ分かりかけてきた気もした。キュビスムがリアリズムへの挑戦であったとすれば、ピュリスムにはそのような攻撃性は薄い。描かれているのも瓶、水差し、グラスといった日常生活になじんだものであるし、色彩もパステルカラーを多用した穏やかなものとなっている。一面的はいえないが、機械文明、工業製品といった近代文明に対する親和性が感じられる。幾何学的で規則性、法則性を感じる。キュビスムと袂を分かったレジェがピュリスムに賛同するようになった、との解説があったが、よく理解できる気がする。
 近代文明に対する親和性ということは建築でもいえるような気がするが、これより先は勉強不足なので触れない。
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 夕日を背に受ける考える人。見慣れたはずなのになぜか写真に撮っておきたくなった。(RX100Ⅲ)

 

by yassall | 2019-04-17 16:50 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

桜2019⑤高遠城趾公園

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 高遠城趾公園到着は13:00少し過ぎ。いちおうお約束の桜雲橋を撮っておく。城趾公園といっても城跡らしい痕跡は縦横に掘られた空堀を残すのみである。
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 桜雲橋を渡り、問屋門をくぐった先が本丸跡である。公園全体では北側になり、満開にはまだまだ日数がかかりそうな咲き具合であった。
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 南側に出るとかなり開花がすすんでいるとのことだったので向かってみる。一度、南口を出たあたり。観光客も大勢集まっている。
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 これくらい咲いていてくれれば来た甲斐があったというものである。
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 さらに高遠湖の方まで足を運ぶといっそう花盛りとなる。
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 遠いアルプスとのマッチングもいい。
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 高遠美術館のあるあたりまでもどる。
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 遠足らしい何組かの中・高校生の集団が来ていた。左端の女子高校生は髪に桜の花びらをあしらって写真を撮りっこしている。インスタにでもアップするのか、髪に桜をかざして花見を楽しむのは伊勢物語にある。知ってか知らずでか、風流である。
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 以下、しばらく桜三昧である。
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 やや小ぶりなコヒガンザクラ、なかなか品格がある。
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 城内に河東碧梧桐・広瀬奇璧とつぎの荻原生泉水の句碑が建立されている。
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 河東碧梧桐も荻原生泉水も時代を違えこそすれ自由律俳句にとりくんだ俳句革新運動の旗頭である。どんな所縁でこの地に建立されているのかは調べていないが何か不思議な思いが残った。
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 バスにもどる前にもう一枚。今回は主として南斜面側を探訪したが、もちろん城内には無数の桜が植えられている。満開のときを迎えたらさぞやと思わないではないが、もう一度来たいと思うかどうかは微妙なところである。旧藩校の進徳館を見学し損なったのは心残りであった。

 G8+12-60mm、ZR4000

 

by yassall | 2019-04-13 15:31 | 風景 | Trackback | Comments(2)

桜2019④馬見塚公園・光前寺

 11日、高遠コヒガザクラをメインとする信州桜めぐりのツアーに参加してきた。高遠城趾公園は昨年4月19・20日の雪の大谷ツアーのコースにも入っていた。こちらも楽しみにしていたのだが、15日にはすべて花は散ってしまったとのアナウンスであった。今年こそ時機を逃すまいと少し早めの日程をとったが、今度は桜が足踏み(実は例年なみ?)、あまつさえ前日は季節外れの大雪という展開となった。
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 7:00に上野を出発した。最初の到着地は信州駒ヶ根の馬見塚公園、一周15分ほどの池を中心とした小さな公園である。前日とは打って変わってこの日は朝から晴天、空はきれいに晴れ渡っているのと対比するかのように残雪が敷地を覆っている。
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 入口を入ると左側に桜、右側にミツバツツジが植えられている。元は農業用の溜池で、初めて桜が植えられたのが大正時代、それ以来桜の名所として地元の人びとに愛されてきたという。
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 まだ二分咲きというところだろうか。初々しいといえば初々しい。
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 雪と桜、絵になるといえば絵になる。
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 枝垂れ桜の方は七分咲きというところだろうか。
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 ツツジの側もまだまだだった。
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 ツツジのアーチという謳い文句だったが盛りを迎えるまでは無理だろう。
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 入口付近に立っていた傷痍軍松。気になったのでカメラにおさめ、解説板は帰宅してから読んだ。戦争末期、不足する燃料の代替品として松脂を採集したということを聞いたことがあったが、その痕跡が残った松であった。樹皮を剥がされ、斜めに傷が付けられた松が何本もあったという。こうしたかたちで戦争の傷跡を残そうとしてきた地域の人びとの思いを思った。
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 つぎは光前寺である。枝垂れ桜の名所として知られているとのことだが、こちらはまだ開花もしていないような状況であった。しかし、寺そのものはいかにも古刹然として見応えがあった。参道の石垣の隙間からヒカリゴケも見えた。
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 本堂。裏手はずっと山になっている。
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 雪景色ともあいまって何ともいえない枯れたたたずまいである。
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 霊犬早太郎伝説は日本昔ばなしにも登場したとのことだ。その早太郎の墓の前には真田幸村とともに大坂冬の陣・夏の陣を戦った上穂十一騎之碑が建っていた。風雪に耐えてきた墓石たちが並んでいる。
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 大講堂は参道を入口付近までもどったあたり。マンサクの命名は「まず・咲く」ことからだという。
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 桜の方はまったくのつぼみ状態である。
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 光前寺はむしろ紅梅の赤が鮮やかであった。
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 枝垂れ桜が満開を迎えていたのは駐車場付近であった。高遠コヒガンザクラは別項で。

  G8+12-60mm、ZR4000



by yassall | 2019-04-13 14:49 | 風景 | Trackback | Comments(0)

桜2019③森林公園・石神井川で花見

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 森林公園の花見も恒例となった。最初、3月26日を予定日にしていたが、開花も気候もまったく花見日和からは遠く、4月2日に仕切り直しとなった。この日程でも桜は6、7分咲き。参加者の予定をつきあわせるとこの日しかない、ということで実施することとなった。菜の花畑が見えてくると丘一面が桜のエリアである。
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 桜の丘に囲まれた窪地がバーベキューも出来るエリアになっている。バーベキュー客で賑わっているあたりから少し離れたベンチを選んでさっそく酒盛りを始める。このところ、Nさんがお手製の漬け物を持ち寄ってくれ、これがまた美味いのである。
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 私たちが集まったのが13:30ころ。昼時を過ぎるといつの間にかバーベキュー客も姿を消していた。枝振りはまだまだ寂しい。16:00過ぎには我々も切り上げてなじみの新政に向かった。
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 石神井川の花見は4月5日。こちらも一度3月30日に予定を立てたのを順延したのだ。2年前の石神井公園の花見はMさんとMWさんが一緒だったが順延の関係で今回はMさんとの二人花見。石神井川は私の家の近くにも流れていて、そちらも桜の隠れた名所なのだが、こちらの方が岸辺に遊歩道が作られていたり、その遊歩道に降りる階段も幅広く作られたりしていて花見には好都合である。
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 これがその階段。この幅の階段が100m間隔くらいで設けられている。
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 だいぶ満開に近づいてきたようだ。ただ、風がけっこう強かった。
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 帰り際にもう一枚。
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 ソメイヨシノとは種類の違う桜も植えられていた。

  森林公園はME10+LM16-60mm、石神井川はTX1で。

by yassall | 2019-04-07 16:37 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

桜2019②平和公園・朝霞中央公園・見次公園他

 3月31日、朝霞高校演劇部が春の自主公演を打つというので出かけて来た。近所の平和公園では桜まつりが開催中であったので道すがら寄ってみた。
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 日差しはうららかで絶好の日和だったが桜は満開にはまだまだだった。
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 開花宣言から気温の低い日が続いたためだ。青空にはめぐまれた。長く楽しめた年と考えた方がよいのだろう。
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 まだまだつぼみが開花を待っている。
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 春の自主公演の会場は朝霞コミュニティセンター。構成は現役生の試演会と卒部生の卒業公演となっていたのだが、残念ながら現役生の試演会は中止となった。朝のうちにメールをいただいてはいたのだが、せっかくなので卒業公演の方だけ見に行った。短めの創作劇だった。力みがとれて、なかなか面白く見ることが出来た。

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 さて、せっかくなので朝霞中央公園にも足を伸ばしてきた。現役時代、春休みには散歩がてらよく桜を撮りに来たものだった。
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 翌4月1日、見次公園に寄ってみる。眼科の帰り道、桜ツアーご近所篇である。
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 見次公園は今は暗渠となっている出井川へと赤羽台地を下っていく窪地を利用した公園である。階段を降りながらこのようなアングルから花房をとらえることが出来る。
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 常楽院は元出井川の対岸にあたる。いつものように鐘楼を背景にしてみる。
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 これも私には定番。
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 前野公園。出井川の支流の谷頭だった窪地を造成したものであることを最近になって知った。私がまだ幼かったころのことで川はすでに涸れていたと思う。そういえばここから北西に向かって谷間になっている。昨年、公園は再整備された。再整備というより再造成という本格的な工事だった。工事中、フェンスの中をのぞいてみると桜は残されているようだったが、やはり以前と比較してまだ勢いに乏しいような気がする。

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by yassall | 2019-04-07 16:11 | 散歩 | Trackback | Comments(0)