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漱石山房記念館

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 18日は漱石山房記念館に出かけて来た。何年か前に建設計画が発表になり、一昨年の9月に開館したことがニュースになった。いつか行ってみようと思いながらこの日になった。
 地下鉄東西線早稲田駅から徒歩10分とある。地図にあったそれらしい路地を入っていく。あちこちに案内板が立っているので間違いはないのだろうが、本当にこの道でいいのかと不安になるような細い道である。写真は新宿区立早稲田小学校前の案内板。明治33年の創立で幼稚園を併設している。なかなか趣のある校舎である。
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 ゆるいアップダウンのある道を歩いて行くと目的地の記念館が見えて来た。漱石は引っ越し魔だったそうだが、朝日新聞に入社した明治40年(1907)、40歳でこの地に居をかまえてからは晩年までを過ごした。『虞美人草』以降の作品はここで書かれた。漱石山房と呼ばれたのもこの家である。
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 復元されたのは玄関から書斎にかけての一部で、ガラス張りの外壁が覆うような構造になっている。奥に見えるベランダが『硝子戸の中』を彷彿とさせる。このベランダで籐椅子に座った漱石の写真も残されている。
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 内部で復元されているのは書斎のみである。漱石の書斎は和室だとずっと思い込んで来たが、板敷きの洋間だったそうだ。広さは8畳という説と10畳という説があったが、壁に掛かっていた額絵の大きさから類推して10畳と判明したという。文机は神奈川近代文学館に残されていた実物を参考に、書棚の本は東北大学図書館に残されていた蔵書の背表紙を写真にとって再現したものだという。
 入館料は300円だが、有料なのは1Fのこの書斎がある部分と2Fの展示室のみで、導入展示やブックカフェのある1Fと情報検索システムや図書室のある地下は無料で利用できるようになっているらしい。もちろんカフェで飲み物を注文すれば有料になるが、近所にあったら日ごろの散策コースに入れてもいいなと思った。
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 裏庭は漱石公園となっている。石塔は猫塚だという。
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 近くに草間弥生美術館も新設されたというので足を伸ばしてみた。前まで来てみるとずいぶん人だかりしている。案内板をみると予約制で一度に入場できる人数と滞在していられる時間に制限があるらしい。帰りがけの人かな、と思ったのは間違いで、どうやらつぎの入れ替えを待っている人たちだったのだ。まあ、草間弥生は以前に新国立美術館で見たのでそれほどこだわらず、時間が空いた分、高田馬場まで歩くことにした。

 GM5+12-32mm

 ※この日もGM5を携行した。写真を撮るあてがなくても、首から提げていてまったく苦にならない。12-32mmは沈胴式でコンパクト、フードが装着できないという難点は、フィルターに37-52mmのステップアップリングを付け、エツミのラバーフードを組み合わせることで解消できる。12(24)mm側でもラバーを折りたたんでおけばケラれずに済む。


by yassall | 2019-01-19 16:09 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

日本カメラ博物館

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 14日、天気も良かったし、3連休を家に閉じこもっているのもなあと、散歩がてら日本カメラ博物館に出かけて来た。前から一度行ってみたいと思っていながら、なかなか腰があがらなかったのだ。思い立ってみると意外にも交通の便はよい。有楽町線で永田町乗り換え、半蔵門線で半蔵門まで一駅。徒歩1分というのはウソではなかった。
 日本カメラ博物館は財団法人日本カメラ財団(JCII、Japan Camera Industry Institute)によって運営されている。敷地はマンションの一室という程度でけっして広くはない。カメラ史をたどれるよう散逸をふせぐために保存に重点があったのではないか。収蔵品のごく一部を展示して愛好家の鑑賞に供するということのようだ。寄贈品も多く、ライカのコレクションなどは壮観だった。
 企画展も催されており、今期は「フィルムカメラ展」で、カメラだけでなく、フィルムの歴史もたどれるようになっている。35mmフィルムは135フィルムとも呼ばれる。理由を知らないで来たが、1934年にイーストマンコダックが35mmフィルムをマガジン(パトローネ)に入れて販売したことが始まりだと知った。ベス単ということばは聞いたことはあったが、こちらも正しい意味を初めて知った。ベストはbestではなく服のvestであり、1912年にコダックが発売したVPK(VEST POCKET KODAK)に始まるのである。ベストのポケットに入ってしまうほど携帯に優れたカメラ(そのため、折りたためるように蛇腹が使われた)でたちまち大人気となり、類似品も数多く制作されたらしい。そのレンズに使われた単玉をベス単と愛称したということなのだ。
 携帯に便利といっても使用されたフィルムは127フィルムであり、中判カメラで使われた120フィルムに近い。ただ、展示されていたカメラを見ると、単玉のせいもあって確かにコンパクトである。カメラの進歩と普及にいかにコダックが大きな役割を果たしたかを実感した。
 (創成期にあっては日本では小西六の存在が大きい。前にも書いたが、コニカとミノルタがカメラ製造から撤退してしまったのは本当に残念だ。)

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 内部は撮影禁止だったのでガラス越しに外から。この日はGM5にSIGMAの19mmを付けて持ち歩いたが、これはという被写体とは出会えなかった。まあ、今まで知らずにいたのは恥ずかしかったが、135フィルムとベス単の由来を知ることが出来たのでよしとする。
  ※
 15日、今日は一転して曇天。若いころは冬枯れたこの時期も嫌いではなかっただが、カメラを持って出かけようという気にはならなかった。

by yassall | 2019-01-15 19:09 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

自己責任論の2004年と2018年

週刊誌『文春』は保守系のイメージが強い。月刊誌『文藝春秋』も同様だが、どちらかというと同じ保守でも本流との矜恃が感じられるような気がする。ネット配信されている「文春オンライン」はときどき同じ文春?というような記事が掲載されるときがある。「14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?」で高遠菜穂子さんら3人が人質にされた2004年当時と、安田さんが解放された2018年の「自己責任論」の扱われ方についてまとめた記事があった。資料的にも価値があると思ったので、閣僚たちの発言や各紙の社説だけ抜き書きしておく。比較してみると2018年は新聞各紙は冷静であったようだが、その分、SNSで「自己責任論」が喧伝されていたと記者は伝えている。

文春オンライン
14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?――2018下半期BEST5
「イラク3邦人人質」記事を読み直す
プチ鹿島
bunshun.jp/articles/-/9514

2004年4月9日 『危険地域、自己責任も 小池環境相』(読売新聞 夕刊)
「小池環境相は「(三人は)無謀ではないか。一般的に危ないと言われている所にあえて行くのは自分自身の責任の部分が多い」と指摘した。」

2004年4月16日 『3邦人 あすにも帰国』「閣僚から苦言続々」(読売新聞・夕刊)
「自己責任という言葉はきついかも知れないが、そういうことも考えて行動しないといけない。」(河村建夫文部科学相)
「どうぞご自由に行ってください。しかし万が一の時には自分で責任を負ってくださいということだ」(中川昭一経済産業相)
※このほか《「損害賠償を三人に求めるくらいのことがあっていい」との声も》という記載もあった。

2004年4月17日 「『身勝手』か『不屈の志か』」(毎日新聞)
「帰国して、頭を冷やしてよく考えて判断されることだと思います」(福田康夫官房長官)
「自己責任をはっきり打ち出してもらいたい。なぜ(3人の出国のために)チャーター機を出したのか。1人は『イラクに残りたい』と言っている。こういう認識には問題がある」(山東昭子元科学技術庁長官)
「救出に大変なカネがかかったが、誰も把握していない。7日間徹夜の努力をしており、(額を)国民の前に明らかにすべきだ」(公明党・冬柴鉄三幹事長)
 ※解放直後の4月16日の政治家の発言として。
(同じ4月16日、井上喜一防災担当相は《家族はまず「迷惑をかけて申し訳なかった」と言うべきで、自衛隊撤退が先に来るのはどうか》と発言している(朝日新聞 2004/4/20)。)

 一方で野党の政治家の声も載っている。
「将来にわたってイラク(復興)にかかわりたいという気持ちは大事だ。厳しい状況に置かれながら志を曲げないことにむしろ敬意を表したい。その志に対する批判なら、まったくの筋違いだ」(民主党・岡田克也幹事長)
「金銭的負担を被害者に求めるのは一番弱い立場の人に『自己責任』を押しつけるものだ。政府の言うことを聞かない人は法律で規制するというのは、個人の尊厳や自由を定めた憲法の精神と反する」(社民党・阿部知子政審会長)

2004年4月16日 『3人、18日にも帰国』「イラク人を嫌いになれない 高遠さん『活動続ける』」(毎日新聞・夕刊) 
「いかに善意でもこれだけの目に遭って、これだけ多くの政府の人が救出に努力してくれたのに、なおそういうことを言うのか。自覚を持っていただきたい」(小泉純一郎首相)

◎読売新聞・社説
《自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である》(2004年4月13日)
《政府・与党内には、救出費用の一部の負担を本人に求めるべきだという議論もある。これは検討に値する。独善的なボランティアなどの無謀な行動に対する抑止効果はあるかもしれない》(2004年4月19日)
◎読売新聞『編集手帳』
《人質にされた三人は政府の「退避勧告」を無視してイラクに出かけている。悪いのは一にも二にも卑劣な犯罪者だが、世に与えた迷惑の数々を見つめればきっと、三人もひとつ利口になるに違いない。》(2004年4月16日)

2004年4月16日 『自己責任問う声次々 政府・与党「費用の公開を」』(朝日新聞・夕刊)
《安倍幹事長は「山の遭難では救助費用は遭難者・家族に請求することもあるとの意見もあった」と指摘した》

2004年4月20日 『米国務長官は「『誇りにして」』(朝日新聞)
《パウエル米国務長官は15日、一部メディアとのインタビューで、イラクで人質になった市民の自己責任を問う声があることについて「誰も危険を冒さなければ私たちは前進しない」と強調。「より良い目的のため、みずから危険を冒した日本人たちがいたことを私はうれしく思う」と述べた》
《「日本では、人質になった人は自分の行動に責任を持つべきだと言う人がいるが」と聞かれたパウエル長官は、これに反論して「彼らや、危険を承知でイラクに派遣された兵士がいることを、日本の人々は誇りに思うべきだ」と語った》
 ※パウエル氏の言葉は4日後の記事でも補完されている。
「私たちは『あなたは危険を冒した、あなたのせいだ』とは言えない。彼らを安全に取り戻すためにできる、あらゆることをする義務がある」

2018年10月28日『「自己責任」独り歩き懸念 ネットで安田さんへ批判次々 経済用語使い方すり替え』(毎日新聞 10月28日)
《「<自己責任>とは何か」の著書がある桜井哲夫・東京経済大名誉教授(社会学)によると、1980年代後半のバブル経済時代の規制緩和の中で、リスクのある金融商品に投資する消費者に対し「自己責任が求められる」といった使われ方をした言葉だという》
《「日本で『自己責任』というと、約束とは関係なく一方的に弱者が責任を負わされたり、怒られたりするようになった」と指摘する。/その上で「経済用語にとどまっていたものが、04年の人質事件で社会的・政治的な言葉へとすり替えられ、政治家らの論理で弱い立場の人を批判することに使われた。14年たった今の社会はさらに疲弊し、弱者をたたく傾向が強まっている。ソーシャルメディアで簡単に発信できることが拍車をかけているように思われる」と懸念する》

2018年10月25日『【主張】安田さん解放 テロに屈してはならない』(産経新聞)
《危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ》


by yassall | 2019-01-13 20:45 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

今年の発句

無明坂やすやすと越ゆ梅うらうら
来し方を遠しと見れば梅うらうら

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                                  (武蔵丘陵森林公園の白梅)

 新年明けましておめでとうございます。
 今年も年賀状からの再録です。俳句はひねるといいますが、こんなのでもけっこうひねり出すのに苦労します。無明坂というのはもちろん造語です。自分は今、坂を登っているのか、下っているのか、どっちなんだろう? というような心境を表現したとでも思っていただければ幸いです。人間のそんな悩みをやすやすと越えて、梅は咲くべき時を誤らない……てなところでしょうか?
 NHK「日本人のお名前」正月特集や「赤旗」の坪内稔典さんの寄稿を読んだりすると、寝正月というのが正月の正しい過ごし方のようです。正月三が日は年徳神をお迎えし、接待する期間であって、そのために暮れの内に玄関を掃き清め(正月になってからはせっかくやって来た神様を掃き出してしまうのでNG!)、竹松の飾り付けをし、依り代となる餅を供える。初詣なんていうのも江戸時代になってからの風習で、本来は自宅にお招きする神様なのに、遠くの神社仏閣に参拝するのはおかしいらしい。そんなわけで朝から御神酒をいただきながら寝正月を決め込んだしだいでした。
 NHKの正月ドラマ「江戸を建てる(前編)水を制す」はけっこう面白かった。家康は国づくりにあたって治水と飲料水の確保を最重要課題とした。利根川の流れを変え、井の頭に水源を求めて神田上水を引いた。最初はたいして出来のよくないドラマだな、くらいの印象だったのですが、見ているうちに昨年の国会で採決が強行された水道民営化法を暗に批判しているように思えてきたのです。門井慶喜という小説家に原作があり、そのドラマ化だそうなので偶然かも知れませんが、例の「面従腹背」ということばを想起したわけです。もしそうであるとすれば、国民の側はそうして送られてくるメッセージを受けとめ損ねないようにしないといけないと思いました。
 何だか寝正月やら、TVにかじりついているのを正当化しているだけのような気もしないではありません。今年こそ、「ボーッ」としていないようにしようと思いながら、なかなか始動しません。まずは新年のごあいさつでした。
(あれ? 「チコちゃん」の「ボーッと生きてんじゃねえよ!」も我々を覚醒させようとする隠されたメッセージなのかな?)
 






by yassall | 2019-01-04 19:09 | 雑感 | Trackback | Comments(0)