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<   2018年 11月 ( 9 )   > この月の画像一覧

紅葉2018④江戸川橋

 29日、午前中様子を見ていると晴れてくる気配があったので、散歩に出かけることにした。とはいえ、池袋に到着するまではどこへ行くともあてはなかった。東京での紅葉探訪は12月に入ってからという頭でいたせいもある。有楽町線で飯田橋にでも出てみるかと電車に乗り込んでから、駅ひとつ前の江戸川橋で降りることにした。
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 江戸川橋は桜のシーズンに歩いた。肥後細川庭園まで行けば紅葉が色づいているかも知れないと思ったのだ。
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 道の途中でも絵になりそうな紅葉を探してみる。
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 イチョウもカエデもまだまだ色づきが浅い。
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 椿山荘にさしかかる。江戸時代は久留里藩黒田氏の下屋敷だったこの地を「椿山荘」と名づけ、自分の屋敷としたのは山県有朋である。山県有朋は近代日本の創成期で悪いことばかりした人間という印象しかないから、これまでは立ち入りたいとも思わなかった。だが、開かれた門からちらと内部が見えて、まあそれほどこだわる必要もないかと、つい寄り道をすることになった。
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 このころには青空も見えていたのである。
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 この日、紅葉を撮ってみようと思ったのにはRX100ⅢとS8200とを撮り比べてみたいとの理由もあった。アスペクトが3:2の画像がRX100Ⅲ、4:3の画像がS8200である。
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 ときどき復活しそうになってはお蔵入りになるS8200なのだが、どうもしばらく常用カメラとして使わなくてはならない事情ができたのである。もともと1/2.3センサーにしては良い画像を作るなあ、とは思っていたのである。
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 なにやら様々な史跡も点在しているらしいのだが、あまり深入りせずに先を急ぐことにする。
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 関口芭蕉庵も今日は門扉だけ。
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 肥後細川庭園に入る。正面の建物は松聲閣。細川家下屋敷時代の学問所を修復・保存したものだという。
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 予想通り、木々が紅葉している。
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 ただ、日が陰って来てしまい、色も美しくなく、画像も何となくもやもやしている。こうなると1inchセンサーも1/2.3センサーもあまり差がない。
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 松聲閣の裏手が小さな広場になっていて、なにやら灯籠らしいものが並んでいる。
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 クマモンの絵が描かれていたり、「復興頑張れ」とか「まけるな」といったフレーズがこどもの字で書かれていた。このあたりで散歩を切り上げ、帰路についた。今日は早稲田から王子まで都電に乗り、赤羽まで出てバスで帰宅。途中下車して晩の買い物をする予定でいたのである。
   ※
 《追記》
 帰宅して一段落していると、奇妙なメールが届いているのに気が付いた。差出人が自分のアドレスなのである。あとで良く調べてみると「なりすましメール」の一種で、差出人と宛先とが一致するようなプログラムを用いた、ごくありふれた手口であるらしい。「なりすまし」というのは他人や団体(つまり知人や現実に存在する会社)を偽装することだと思っていたので、一瞬「あなたのアカウントを乗っ取った」というのに信憑性を感じた。だが、それにしては文面もどこか廉価な翻訳ソフトを用いたような稚拙な日本語で、「アカウントを乗っ取った」というにはそれらしい個人情報の記載はなく、書かれている内容も事実に基づいたもののようではなかった。それでも気になるのでセキュリティソフトでフルスキャンを行い、翌朝JCOMに連絡して必要な措置をとった。念のため、もうしばらくパソコンからのメールを控えるなど、様子を見ようと思っている。たぶん何事もないと思うが、もし不審なメールが私のアドレス名で届くようなことがあったら連絡して欲しい。


by yassall | 2018-11-30 19:43 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

紅葉2018③大井川鐵道・寸又峡の旅

 11月24日、大井川鐵道・寸又峡をめぐるバスツアーに参加してきた。今年の紅葉探訪第2弾である。
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 朝7:00に新宿発。まずは東名高速道路をひた走る。車窓から望む富士山は白く雪をかぶっていた。望遠側にしてもいるが、この見え方は静岡県ならではである。
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 大井川を渡ったあたりでICを降り、大井川沿いに北上する。途中、道の駅で休憩をとると、SLらしき汽笛の音。急ぎ河原に出たが、残念ながら煙を残すばかりであった。
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 接岨峡温泉駅でいったんバスを降り、奥泉駅までの短い鐵道旅を楽しむ。途中、アプトいちしろ駅から長島ダム駅までの急勾配をアプト式機関車を連結して上り下りする。(逆方向なので下りだったが、ラックレールを歯車が噛んでいく音を体感することは出来た。)
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 11時05分発のはずが15分くらい遅れて列車が到着した。遅延の理由は観光客で混み合ったためらしい。シーズン中の土日に限って5両編成にしているとのことだが、それでも今回は3連休とあってラッシュアワー並の満員だった。駅を降りて連結作業を見られなかったのもそのためである。
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 奥大井湖上駅。これは接岨峡温泉駅に向かうバスの車窓から。
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 長島ダム。これは大井鐵道の車窓から。
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 寸又峡に到着する。夢の吊橋近辺までは20分ほどの坂道を登らなくてははならない。天子トンネルをくぐると大間ダムである。
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 トンネルをくぐると険峻なや山肌が迎えてくれる。紅葉はそれほどでもないが、植わっている樹木の種類のせいかも知れない。
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 眼下に見えるのが夢の吊橋である。TVで新緑のころの風景を紹介した番組があった。水の色など、だいぶ印象が違う。ともかく下まで降りてみたかったが、時間的に無理ということでストップがかかってしまった。
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 なぜかというと吊り橋を一度に渡れる人数が10人に制限されており、現在90分待ちという状況だというのだ。シーズン中は一方通行となり、橋を渡った後は300段の階段が待ち受けているという。登り切る自信もなかったし、さほど残念にも思わず、早々にあきらめる。(自分の足で歩きたいというより、ドローンが使えたらなあ、とずるいことを考えた。TV番組でも使っていたに違いない。)
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 一本上流の飛龍橋に向かう。
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 途中でも紅葉を探訪する。
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 飛龍橋に到着。ここまででも20分はかかった。
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 吊り橋を渡っている人びと。長さ90m、高さ8m、幅40cmだという。川の水量が少ないようだった。
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 こちらは上流側である。
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 紅葉を探す。
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 やはり日差しのある方が美しい。
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 集合・出発は16:15だったが、コースに外灯はなく、「日没前にお帰り下さい」との掲示もあったので、温泉郷をスナップながら帰路につく。すでに夕暮れの空である。(新宿到着は23:00頃。事故もあったらしいが、やはり3連休の中日を甘くみていた。ただ、中型バスというので心配していたが、足元は広く、しかも2シートを独占できたので辛くはなかった。)

 G8+12-60mm、ZR4000


by yassall | 2018-11-28 18:51 | 風景 | Trackback | Comments(0)

9条こわすな!戦争させない11.26オール埼玉総行動

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 11月26日、オール埼玉1万人総行動が大宮駅西口で開かれた。小出重義実行委員長の主催者あいさつの後、山口二郎法政大学教授(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)がゲストスピーチした他、立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党の代表、連合埼玉、埼労連の代表がスピーチした。連合、全労連が結束し、5野党がともにスピーチに立つことが常態となっているところがオール埼玉の強みだと思う。
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 スピーチに立った国会議員からは明日にも入管法改定案が強行採決されそうだ、との報告があった。水道民営化法案も危急の事態を迎えている。入管法改定案の審議でも問題になった「技能実習制度」などは現代の奴隷制だと思うし、民営化の「民」とは大企業、それも水道民営化で参入してくるのは海外資本であることが予想されているのだから、「カジノ法」とならんで、日本を外国資本に売り渡そうとする行為であるとしか思われない。(老朽化した施設・設備の更新が自治体の財政を圧迫しているというが、そもそも何のために税金を徴収しているのか、企業まかせにして大規模災害などが発生したときにはどうするのか。)
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 参加者は主催者発表で8000人と発表された。
 

by yassall | 2018-11-28 15:27 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』出版記念講演会

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 『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店が出版された。11月22日、著者の金孝淳(キム・ヒョスン)氏による出版記念講演会が開催された。同講演会は大阪でも開催される予定で、金孝淳氏はそのために招かれ、来日したようだ。会場は、監訳者である石坂浩一氏が准教授をつとめる立教大学である。
 案内を届けてくれたのは元金元重救援会のMさんである。高校の1年後輩である金元重(キム・ウォンジュン)が1974年に母国ソウル大学に留学し、翌年「11.22学園浸透スパイ団事件」の被告として逮捕・拘禁されたこと、Mさんらが中心となって同窓生の会が結成され救援活動がはじまったことなどは、今年1月の映画『自白』の上映会の報告でもふれた。また、韓国では「真実・和解のための過去事(過去史)整理委員会」が設置され、金元重も2011年に再審請求を決意し、翌年2012年に無罪を勝ち取ったことも紹介した。
 本書は2015年韓国で出版された。その経緯は「在日同胞政治犯再審弁護団」団長として再審請求にたずさわった李錫兌(イ・ソンテク)氏が、一連の再審裁判の記録と、在日韓国人スパイ捏造事件の時代的背景、日本における救援運動などを整理、記述して残す必要を痛感し、金孝淳氏に委託したことによるという。
 金孝淳氏は1988年の『ハンギョレ新聞』創刊に参加し、東京特派員などを経て、編集人(主筆)を長く務めた人、また李錫兌氏はセウォル号惨事特別調査委員会委員長も務めたという人物である。ともに韓国の民主化運動を担ってきた人びとということが出来るのだろう。
 金元重の救援活動にたずさわっていた当時から、もちろん事件がまったく前後の脈絡もなく起きたことではなく、もっと大きな背景を持つものであることは認識していた。「11.22」に先立つ1971年には徐勝・俊植兄弟事件が日本でも大きく報道されていた。
 本書は12章からなり、1950年代の進歩党事件にはじまる韓国現代史における「北朝鮮のスパイ」捏造の歴史、在日韓国民主統一連合(韓民統)に代表される韓国の民主化運動に呼応した在日の人びとの運動、李承晩政権が倒れたのちの朴正煕政権以降の日韓関係史にも視野を広げ、当時の私にはあいまいな知識でしかなかった事柄もきちんと整理されている。参考文献や人名索引も充実し、一目見てたいへんな労作であることが知れる。
 私たちが関わった金元重については「思想まで罪に問われた在日青年」の1章が充てられている。「スパイ」捏造のための「思想犯」の典型であるのだろう。真っ先に読んでみると、公判記録を日本語訳しては知ったことなど、当時の記憶が甦ってきたが、彼が帰日してからも私たちに語ることのなかった実態や心中が書かれていて、あらためて彼が直面した苦難と、その苦難を乗り越えた彼の勇気に敬服する思いだった。
  ※
 この章は金元重本人へのインタビューにもとづいて書かれたのだろう。「母国を尋ねて人生が台無しになったと考えるかとの問いに対してこんな答えが返ってきたという。(Mさんの最初のメールでも紹介されていた。)

  留学に行くと決心したとき、かなり危険であるということを認識していた。軽く考えすぎた点もあったが、途方もない運命を背負うことになったわけではない。母国にいる同世代の若者が、時代の痛みを背負い耐えていた現実のなかで、私が無駄な歳月をすごしたとか、母国に行って人生を台無しにしたなどとは考えていない。だからといって自慢するほとのことは何もないが、母国留学に行ったのを後悔したことはない。

 そして、私たちに何が出来たのだろう、という思いは消えないが、日本の救援会活動が「長い収監生活のあいだ、彼の大きな支えになった」という記述があるのは救いのように感じた。
  ※
 最初、本書は「在日韓国人問題に対する社会的関心を高めるため」として韓国国内の人びとに向けて出版された。だが、「でっち上げを支えた日韓右翼の暗躍」の章もある通り、日本と無関係であったわけではない。今回、日本語訳が出版されたことの意義は決して小さくない。
 表には出なかったが、金元重はインタビューに応じただけではなく、本書の日本での出版にも尽力したとのことだ。彼と彼の同胞たちの歩みは今も続いている。私の場合、彼が帰日を果たすまでの一時ではあったが、その歩みの一端にふれる機会があったことは、私自身の人生にもなにがしかの意味を与えてくれたのだと今は思っている。
 
 金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店(2018.11.15)

 ※大坂での講演会も無事に終了したというメールが金元重氏から届いた。本書の書店での販売は27日からになりそうだが、すでにamazonなどで予約が700部くらいに達していて、明石書店もびっくりしているとの報があった。運動に関わった人以外でも、ぜひ多くの人に読まれて欲しいと願っている。それだけの本だと思っている。


by yassall | 2018-11-26 16:31 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

2018年埼玉県高校演劇中央発表会

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 11月17・18日、埼玉県高校演劇中央発表会が開催された。会場の彩の国さいたま芸術劇場は1994年に建設され、来年25周年を迎えるという。17日朝、数日前には雨マークの付く天気予報であったが、空は晴れ渡っていた。
  ※
 ここ数年、写真記録を担当してきたが、今年は辞退させてもらうことにした。始まりはメインのIさんの都合がつかないときのピンチヒッターであったのだし、今でもフォローが必要なときはいつでもお手伝いするつもりではいるのだが、狭いスペースで二人して同じような写真を撮っているのも無駄であるというのが理由のひとつ(もし、コピスと同じように2階席からという限定であったとしても何カ所かにポジションを変えられるなら複数態勢にも意味があるだろうが)。
 また、カメラの高性能化によって画像ファイルのサイズが大きくなると、後処理にも膨大な時間がかかる。全部で10校分ということになればパソコンに読み込むだけでも相当の時間を要する。それが2人分になるということは、読み込み時間も、読み込んだ後に各校に分類し、DVD(もうCDでは容量が足りない)に落としていく時間も2倍になるということなのである。最後の舞監会議で各校に配布するため、それらの作業を短時間のうちにこなしているのはIさんなのである。
 三つ目の理由としては、やはり自分の撮った写真に満足できないということがある。というより、これが最大の理由である。ピントと露出は「時の運」もあるから当たり外れは仕方ないとして、もう少し絞りたい、シャッタースピードを上げたい、ISO感度を下げたい、という選択の壁はいかんともしがたいのである。機材を変えてみたり、設定を工夫したりしているが、思うような結果が得られないでいる。
 では当日、なぜお前はカメラマン席にいたのだ、ということなのだが、以前からの約束もあったり、西部Aやコピスつながりがあったり、縁のある人たちからの依頼があったら「学校付き」のカメラマンは引き受けようと決めていたからだ。係以外で、カメラ席にいられるのは当該校の上演時間中に限り1名のみという決まりになっているそうだから、他に学校としてのカメラ担当者がおらず、かつ希望があった場合に限定されるのはいうまでもない。
 (今回、時間帯以外はカメラ席のすぐ後ろに座っていたのだが、学校によって私などよりははるかに立派な機材を持ち込んでいる方も複数いらした。私ごときが席を占有し続けている理由は何もないのだと思った。)
 連絡が不徹底だったのか、私の側の意思表示が十分でなかったのか、大会パンフの役員表には名前が残ってしまっていた。出演校の中に私の分の画像ファイルがないことに不審を感じた方がいたら(多分そんな学校はお出ででないと思うが)、そういう事情であったことをご理解願いたい。
  ※
 少々、話がくどくなった。そんなことで例年より気楽に各校の上演を楽しんだ。審査の結果は次のようだった。創作脚本奨励賞が2校になったのは審査員からのたっての要望であったという。

 最優秀賞     浦和南高校「緑の教室」
 優秀賞      新座柳瀬高校「Ernest!?」    
 優秀賞      所沢高校「プラヌラ」 (本年は上記3校が関東大会に進出)
 創作脚本賞    浦和南高校「緑の教室」渡部智尋・作(生徒創作)
 創作脚本奨励賞 三郷北高校「Merry mad dolls」杉浦舞香&MKDC・作(生徒創作)
    〃    南陵高校「部活紹介って何すればいいの?」村上健・作(顧問創作)

 浦和南高校は以前に出場したとき不条理劇風の生徒創作が評価された。劇としては変容というより破綻が見えてしまって、そのように才気を浪費してはならないと、むしろ私には惜しむ気持ちが強かったのを記憶している。今回は現代高校生のかかえる様々な問題をとりあげながら、劇としてきちんと構成されていた。最優秀賞までは予想できなかったが、演技も素直で、好感を持って見ることが出来た。審査員一同の慧眼としたい。
 新座柳瀬高校の「Ernest!?」は地区発表会でも完成形ではあったが一段とレベルアップしていた。作品について一言したい。秋の高校演劇①でも前述したように新座柳瀬は2015年のコピスみよし第14回高校演劇フェスティバルでもこの演目を上演している。ただし、キャスト数も異なるし、脚本も大幅に改訂されている。前回のバージョンでアーネストを演じたのはKさんだった。たいへん魅力的な才能の持ち主で、偶然が偶然を呼ぶことで運命の扉が開いていく、貴種流離譚の性格をもつ物語を演じ切っていた。私はそこに運命に対するおののきのようなものを感じた。
 今回アーネストを演じたIさんからは、残念ながらそうした震えは伝わって来ないな、と地区発表会の時点では思っていた。だが、中央発表会での印象はそれとはずいぶん異なるものであった。Iさんのアーネストから伝わってきたものは、己の運命を受けとめようとする力強さであった。すでに恐れは去っていた。クライマックスで、それまでたじたじだったブラックネル郷夫人に正面から立ち向かう、その声や目線の強さ、立ち姿、軍人名鑑をめくるスピードや指先にそれは表現されていた。
 そう気が付くと、前段でブラックネル郷夫人の詰問を受け、アルジャノンにすがりつくほど震え上がった恐がりのアーネストを設定したのも、後との対比によってアーネストが貴種本来の誇りや威厳を取り戻したことを強調するための仕掛けだったのだ、脚本の改訂はそのような意図をもってなされたのだ、と合点した。そこには役を割り振った生徒の特徴や能力に対する見極めもあったに違いないし、自分の役に対する理解力と稽古の積み重ねが生徒の側にあったことはもちろんである。
 所沢高校の「プラヌラ」は面白い台本だと思った。どのような経緯で所沢高校の手に渡ったのか、今度ゆっくり話を聞きたいものだと思った。昨年、一昨年と所沢・入間地区の審査員をつとめた。2回とも所高を候補にしながら選び切れなかった。その意味でも今回、中央発表会出場校となり、関東大会まで抜けたことを心からお祝いしたい。
  ※
 秩父農工科学高校が選外となったのを意外と感じた人は多かったのではないだろうか? 私もその一人である。確かに科白がよく聞き取れなかったことはあったが、(その為もあってか、複雑な話がよけい分かりにくかったが)、舞台美術・効果にはいっそう磨きがかかっていたし、計算された演技にも破綻がなかった。
 テーマは「リアル」である、と思った。秩父農工の芝居に何度か現れるテーマである。「脳」は「肉体」と敵対する。VRは肉体を通過しない(=架空の)「リアル」で脳をだますのである。しかし、現代人は本当の意味での(=肉体を通過した)「リアル」を日々体験し得ているだろうか?
 養老孟司にいわせれば「都市」とは「脳」なのだそうである。都市文明は人間を「リアル」から遠ざける。現代人にとってVRは現実逃避なのではない。「現実」がVR化しているのである。リストカット(=傷つけられた「肉体」)によってしか「リアル」な生を感じ取れない若者たち、「リア充」を求めて苦悶する若者たちは、さながら自分の尾を追いかけて回り続ける子犬のようなのである。
 秩父農工の芝居の「でも、本物って何?」という問いには、そうした現代社会の本質を明視化していくきっかけがあるような気がしたのである。VRに象徴される世界は近未来物語なのではなく、今、現在の最中にあるのである。
 秩父農工には「リアル」とは何かの問いを極めていって欲しい。今回の芝居では、VRの世界に現実の人間関係を再現している、と見えながら、実は現実の人間関係もまたVR化(=脳化)されている、という実態を言い当てたものだと解釈した。だが、(これは現実の存在であるらしい、あるいは出産と同時に死亡したことになっているから存在していたらしい)「母」を持ち出すことで主人公の「心の痛み」の原因を説明づけてしまうと、まだどこかで回帰し得る「現実」があった、ということになってしまうのではないか? 追求していたものをどこかで見失ってしまった、あるいは徹底し切れなかったのではないか?
  ※
 地区発表会での審査を終えた時点で、選出した学校は出場校となり、私の手からは離れた存在となる。2校を選ぶにあたっては他の18校を選外としたわけだから、ぜひともその18校の思いも受けとめながら、18校が納得できるような上演をして欲しいとは思う。だが、それも当方の勝手な願望なのである。
 とはいいながら、最後に草加南高校と三郷北高校について触れると、2校とも地区発表会とはずいぶん変えてきたなということにまず注目した。変えて良くなったところと、効果が判然としないところとがあったが、少なくともより良い芝居づくりを最後まで追求していったのだ、という点は評価したいと思っているし、その労をねぎらいたい気持ちでいっぱいだ。
 また、変わったところを見ていくと、私たちが講評やその後の質問タイムで述べたことが、大なり小なり影響していることが分かる。その意味で、改めて審査員としての責任の重大さを噛みしめざるを得ない。
 「はなまぼろし」は(古い時代を扱った作品だから仕方ないのかも知れないが)ややもすると旧来の性道徳に絡めとられてしまうという点でも(桜子が自分の恋を「淫らな血」のゆえんとしてしまうところなど)、やはり台本として評価できない。この台本によって自己表現を試みようとした生徒たちも、どこかで壁に突き当たったようなもどかしさを感じていたのではないかと私は推測している。
 しかし、以前はただ台本を忠実になぞらえようとしていた段階に止まっていたとしたら、今回は(ときに科白の入れ替えや、行動にいたる動機の変更までしながら)自分たちの表現世界を創り出そうとしていた。地区発表会では感じていた「穴」(たとえば老人の杖の突き方など)も実にていねいに潰されていた。きっと細部にいたるまで皆でチェックし合ったのだろう。
  ※
 三郷北高校についても同様のことがいえる。冒頭のツカミのところは話を複雑にし過ぎないように、とアドバイスしたが、自分たちでも自覚していたのか、さっそく変えていたし、物語の設定にかかわる部分も芝居の進行にしたがって徐々に明らかになるように工夫されていた。
 科白が弱かったところは、私からするとずいぶん頑張っていたと思うのだが、「聞こえて来ない!」という声は多かった。たとえば剣を手にした、あるいは刃を向けられたときの緊張感の不足、というところは今回も審査員から注意されていた。
 問題はテーマにかかわる部分である。メッセージの伝え方が直接的過ぎたかも、とは確かに言ったが、今回は少し隠され過ぎたのではないか、あるいは自分たちの中でも後景に置いてしまいがちになったのではないだろうか?
 審査員の先生方からは創作脚本奨励賞を受賞した。ただ、その理由が「2.5次元芝居を追求していって欲しい」というような言い方だったのが気になった。私の認識では、漫画やアニメ(あるいはライトノベル)という2次元の世界を舞台上に立体化(=3次元化)したものであることから2.5次元芝居と命名された。厳密にいえば「原作物」であるのだ。確かにたいへんな人気だが、観客は自分たちのアイドルを求めて劇場に足を運んでくる。
 メッセージ性が弱められた分、(自分たちは弱めたつもりはないかも知れないが)、パンフの学校紹介でも強調されたエンタメ性ばかりがアピールされ、受けとめられる結果になったような気がする。
 私がどんな可能性を感じたかは地区発表会の様子を紹介した秋の高校演劇②の通りでその考えは変わらない。[自/他]の二分法による異分子の排除とその不条理性に対する怒りである。より現代的な問題に引き寄せて、「怪物たち」とは国民国家の枠を越えて大量に流入してくる難民たちであり、少数のうちは差別しながらも受け入れていた「民」たちは次第に迫害の手を強めていく、難民たちの間にも強硬派が生まれテロ事件が発生する、「民」たちは「自警団」(これも元は非定住の流浪の民であったかも知れない)をとりこみながら「怪物たち」の殲滅をはかろうとする、というような物語が見えてくるようになれば、ただのファンタジーの域を超え出る力を得ていくように私などは夢想してしまうのである。
 科白の作り方として、ロキが「死人を生き返らせる不思議な魔法を持っている」存在だ、といってしまえばあり得ないファンタジーに終わってしまうが、「私たちは一度死んでしまった人間だ。ロキはそんな私たちに新しい命を与えてくれた」というような書き方にすれば、絶望の淵に置かれた難民たちがリーダーの出現によって新しい希望を与えられた、というような暗喩を帯びるようになると思うのだがどうだろう。
 当分、私は三郷北高校演劇部の今後に注目していきたいような気もしているのだ。あくまでエンタメ性を追求するというならそれでもいい。ただし、2.5次元舞台では耳かけ式マイクを使用するが、高校演劇では使わないから発声は演劇用に鍛える必要がある。


by yassall | 2018-11-20 04:00 | 高校演劇 | Trackback | Comments(2)

寺山修司展

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 15日、神奈川近代文学館で開催中の寺山修司展へ出かけてきた。そろそろ開催期日も迫っているのは知っていた。天気の良い日があったら少し遠出をしたいと思っていたので、候補地としてマークしておいたのだ。
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 元町・中華街駅のひとつ前の日本大通り駅で降りたのも目的の大きな部分を散歩が占めているからだ。写真も街角スナップ程度のつもりでいたから機材はTX1一台である。
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 山下公園から港の見える丘公園までが本日のコースであるから赤レンガパーク方向は遠望するにとどめる。
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 インド水塔の天井のタイル模様。1939年、在日インド人協会から寄贈された塔というには小ぶりのこの建造物は、関東大震災で命を落とした同胞らを慰霊するものでもあるという。
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 横浜マリンタワー。
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 氷川丸も健在である。いつだったか、戦時中は海軍に徴用され病院船として使用、戦後は帰国者の引き上げ任務に従事したという歴史を紹介したテレビ番組があった。戦中・戦後史の証人として残っていって欲しい。
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 花壇の花々もよく手入れされていた。観光客も多かった。
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 花壇がああるのが中央付近、南端の階段は滝の落ちる意匠が凝らされていて、なかなか造形的である。人通りはあまりない。
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 階段を上って右折すると歩道橋が港の見える丘公園まで続いている。
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 港の見える丘公園に到着する。フランス山に登る正面の階段はせいぜい100段というところなのだが、けっこう息が切れて難渋した。以前に来たのは12、3年前だっただろうか、F5とA200の2台態勢で何でもなかったと記憶しているのだが。
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 神奈川近代文学館は霧笛橋を渡った公園の一番奥まったところに位置している。大佛太郎記念館は入口の猫の彫刻を写真に撮ったのを覚えている。近代文学館はさらにその裏手になる。
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 寺山修司についてまた新たなことを知れる、というようなことは期待していなかったが、展示はなかなかセンスがよいと思った。撮影フリーのコーナーがあって、この一枚は一度写真(たぶん自画像)を破り、後に糸で縫い合わせるというコラージュ。寺山が高校時代に創刊したという俳句誌『牧羊神』や劇団「天井桟敷」時代のポスターの実物が見られたのはよかった。
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 近代文学館の建物およびその周辺も寺山修司展モードに装われていた。
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  最後に今回気が付いたことをもう一つ。特に「天井桟敷」時代の展示を見ていて、寺山修司の周りには実に多彩な才能が集結していたのだな、と思った。その幅の広さたるや、横尾忠則から辻村ジュサブロー、コシノジュンコまでをカバーしてしまう。寺山に人を引きつけて止まない吸引力もあったのだろうし、寺山もそうした多くの才能と創作をともにすることを好んだのではないだろうか?



by yassall | 2018-11-16 19:39 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

11.3 止めよう!改憲発議-この憲法で未来をつくる国会前大行動

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 11月3日、国会前行動に参加してきました。遅ればせながらの報告です。詳しくは「埼玉県高校・障害児学校教職員九条の会」のブログで。参加者は主催者発表で18000人。まだまだ力を発揮しないといけないと思いました。

https://blog.goo.ne.jp/9jousks
by yassall | 2018-11-05 16:59 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

紅葉2018②八甲田・奥入瀬・十和田湖

 雨は夜通し降り続けたらしい。2日目は7:50に出発とのことだったので、6:30にはラウンジで朝食をとった。窓の外を気にしていると青空に変わる一瞬があったりしたが、たちまちに雨雲が垂れこめ雨模様となる。ただ、天気予報は相変わらずなのだが、Yahoo天気で子細にみていくと十和田市地方のみ降水確率20%とあった。気を取り直し、出発の準備を整えた。
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 本日の最初の目的地は八甲田山・城ヶ倉大橋である。城ヶ倉渓谷を一望でき、紅葉のシーズンには絶景ポイントとして知られているという。到着してみると雨を通り越して雪がぱらつくような空模様であった。
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 もともと八甲田は紅葉は終わりとのアナウンスがあったので、むしろ思いがけない雪景色を喜んだ。
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 眼下に広がる展望も紅葉の盛りのころはさぞやと思わせるものがある。
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 標高は高いし、雪は降る、風は吹くで早々にバスに引き返そうと思っているうちに、みるみる青空が広がって来た。まさしく山の天気である。
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 陽が差し込んでくると木々も色彩を取り戻す。
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 とりわけカラマツが美しかったのでパターンになるように切り取ってみる。後からトリミングしたもので、最初からもっと光学的に寄っておけば良かったと後悔した。
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 このまま橋を越えて次の目的地に向かうはずであったが、ここも先の道路が積雪で通行止めになってしまった。鳶沼がコースから外れたのは残念だが、もともと強行軍すぎたわけだし、紅葉も同程度であろうからと納得する。
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 一部コースを変更し、県道を使って奥入瀬に向かう。ほぼ専用道路状態であったし、普通ではコースに入らない景色を楽しむこともできた。奥入瀬では1時間ほどの散策タイムが予定されていたが、そのコースに入る前に石ヶ戸で休憩をとる。ここも最初の予定にはなかった。
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 この頃には空はすっかり青空に変わっていたが、何しろ渓谷ではあるし、露出を絞っているために画像が暗くなってしまった。谷間に差し込んでくる陽光が美しかったのだが、この写真で伝わるだろうか?
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 散策コースは白糸の滝から銚子大滝まで。途中、観光案内などで必ず紹介される九十九島近辺は車窓からとなった。写真が撮れなったのは残念であるが、もともと認識になかったし、初めて知ったようなものだから次回の楽しみにするしかない。次回があればだが。
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 以下、紅葉と渓流をカメラで切り取りながら先へとすすむ。
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 奥入瀬では今が紅葉の盛りというアナウンスはまあまあ正しかったようだ。

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 水量はかなり豊富なようだ。昨夜までの雨のためばかりでなく、放水のコントロールもしているらしい。
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 そうこうしているうちに終点の銚子大滝に着いてしまった。絶景ポイントを得ようとハイカーたちが少しでも前の位置にと詰めかけている。柵を越えて前に出るまではしなかったのだけれど、偶然にも人の山が引いたところでシャッターを切った。
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 十和田湖畔・休屋に到着すると再び雨が落ちてきた。ここから乙女の像まで15分ほど歩かなくてはならない。
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 乙女の像も初めて。まだ雨の中だからフィルターに雨滴がついている。
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 ところが、他の観光客が足早に引き返していくうちに、たちまちに青空が甦ってくる。実は旅行中に傘を差したのはこの15分ほどの間だけであった。
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 少し写真が当たり前すぎた。しばらくカメラを手にしていなかったのでフレーミングに対する感性が鈍っているのだろう。
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 湖畔も整備されていて美しい。
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 ただ、風は強く、波は荒々しかった。
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 コースのしめくくりは十和田湖南端の発荷峠である。天然のハッカが採取されたことからの命名だという。展望台から十和田湖を一望すると虹がかかっていた。今回の旅行で2回目である。
  ※
 中尊寺は川越工業時代に修学旅行の引率で訪れて以来であった。金色堂は記憶のままだったが、境内は毛越寺と記憶が混在してしまっていることに気が付いた。毛越寺の浄土式庭園ももう一度みたいものだと思った。八幡平は通行止めになってコースから外れてしまったが、やはり川越工業時代に初めてのスキー修学旅行で訪れた地である。スキーシーズンでないときにどんな景観を見せてくれるのか、またの機会があれば楽しみなことである。奥入瀬は一度は行ってみたいと思いながら果たせないでいた。新緑の季節もいいだろうなと思った。(旅を振り返って)

 G8+12-60mm


by yassall | 2018-11-03 11:47 | 風景 | Trackback | Comments(0)

紅葉2018①厳美渓・中尊寺

 このところ、旅行もしていないし、写真も撮りに行っていないなあ、と我が出不精を反省し、東北紅葉めぐりのツアーを申し込んだ。スケジュール表を検索すると、どうやらラスト3人くらいのところに滑り込んだらしい。
 空いていたのは10月30・31日。日程を決めると気になるのは天気予報である。先週からチェックを続けていると仙台までは晴れなのだが、岩手・青森は降水確率80%という予報がなかなか動かない。お手軽に過ぎるかなといつも反省するものの、撮影機材に防寒対策、さらに雨支度まで加わると、やはりバス旅行は楽ちんなのである。ツアー本体は朝7:15東京駅集合とあるが私は大宮8:10で合流。この辺も融通がきいて助かる。
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 仙台到着後からがバス移動になる。最初は岩手・一関にある厳美渓。国の名勝地に指定されたのが1927年というから、かなり古くからの観光地である。写真として切り取るとこのようになるが、周囲はけっこう開けていて自然美というにはほど遠い。
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 紅葉も今ひとつというところ。滞在時間は30分くらいだったが、妥当なところだろう。
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 中尊寺金色堂。内部は撮影禁止なのが残念だった。
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 左側の建物が金色堂の覆堂。ワンポイントというところながら紅葉が良い感じである。
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 旧覆堂も保存されている。「昭和の大修理」が1968年のことだそうだ。それまで使用されていたのだろうか?
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 阿弥陀堂。本堂を中心に、大日堂・薬師堂・地蔵堂など様々なお堂が建立されている。それでも、かつての栄華からはほど遠いのだろう。カメラに収めながら参拝したが、アップは一枚にとどめる。
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 絵になりそうな紅葉を探しながら月見坂へと参道を下っていく。
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 空はこのころは晴れていて、透過光の紅葉は美しかったのだが、なかなか写真にはならなかった。
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 参道を外れると平泉市内を一望できるような広場があった。
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 ふと振り向くと西行の歌碑が建てられていた。「きゝもせず 束稲やまのさくら花 よし野のほかに かゝるべしとは」と刻まれていることは、帰って来てから調べて分かったことである。
 この日はこの後、八幡平に回る予定であったのだが、雪のため道路が通行禁止となり、そのまま宿のある青森に向かうことになった。途中、初冠雪したという岩手山を車窓から眺めた。青森市内に入ったころ、天気予報どおり雨が落ちてきた。

 G8+12-60mm

by yassall | 2018-11-02 16:51 | 風景 | Trackback | Comments(0)