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2017年度埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」の総会・学習会

 1月28日(日)、さいたま市民会館うらわを会場に埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」の総会ならびに学習会が開催されました。
 2016年度の総会は7月31日、これに先立つ7月10日の参院選の結果、改憲勢力が3分の2を占めるという情勢の中での開催となりました。2017年度総会は半年遅れになってしまいましたが、いよいよ自民党が改憲発議の準備をすすめるという重大な年のはじめに開催されることになりました。
 詳細は「埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」」のブログにゆずりますが、
  http://blog.goo.ne.jp/9jousks?fm=rss
 講演会で講師をつとめてくれた「憲法会議」全国事務局長の高橋さん(元埼高教、元全教中央執行委員、元全労連副議長)から、憲法会議が作成したパンフの普及が急速にすすんでいるというお話がありました。
   ※
 昨年5月3日、安倍首相は突然9条の1項2項を残し、自衛隊を明記した3項を加える、と発言しました。すでに自民党が発表していた『改憲草案』にもない内容でした。
 このシナリオが「日本会議」によって書かれたものであることはもはや周知の事実です。安倍首相は「自衛隊を明記するのは違憲との判断を解消するためで、自衛隊の任務についてはいっさい変更はない」などと述べて世論を誘導しようとしています。
 しかし、「日本会議」はその機関誌で「自衛隊を明記した第三項を加えて二項を空文化させるべきである」(『明日への選択』2016年11月号)と、そのねらいを明確に述べています。自衛隊の明記は「戦力の保持」を明確化することであり、それは集団的自衛権によって変質した自衛隊の任務を後付けで肯定し、海外出兵に道を広くものでしかありません。マスコミでもなかなか報道されていませんが、憲法会議のパンフでは鋭く指摘されています。
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(憲法会議 〒101-0051 千代田区神田神保町2-10 神保町マンション202 TEL03-3261-9007)
 ※パンフは一冊100円 注文はFAX03-3261-5453で



by yassall | 2018-01-30 19:57 | 日誌 | Comments(0)

映画『自白』

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 『自白』は2016年に韓国で上映されたドキュメンタリー映画である。監督の崔承浩(チェ・スンホ)氏はMBC放送で社会番組を担当したプロデューサーであったが、李明博政権下の2012年、言論弾圧によって不当解雇された。その後、「ニュース・タパ(打破)」という独立メディアを立ち上げ、言論の自由と真実の報道のために活動してきた。映画は、韓国の国家情報院(前身はKCIA)がいかに非人道的な手法で「北のスパイ事件」を捏造してきたかを、緻密な調査とそこから得られた証言によって明らかにし、告発している。(上映会「呼びかけ文」から)
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 最初に、なぜこの映画をみることになったのか、その経緯を述べる。金元重(キム・ウォンジュン)は高校の1年後輩である。出会った頃は金田元重という日本名を名乗っていた。後に知ったことだが、私より1年遅れての卒業式で「本名宣言」を行い、在日韓国人として生きていく決意を表明した。折からの大学紛争が高校にも波及する中で、それぞれが自分たちの生き方を問おうとするような時代だった。
 そこから彼の激動の時代がはじまる。法政大学を卒業した1974年に母国ソウル大学に留学した。そして1975年、映画の中でも紹介された「11.22学園浸透スパイ団事件」の被告として逮捕・拘禁された。私に第一報がもたらされたのは高校で学校司書をつとめていたMさんからだった。同窓生の会として救援会を立ち上げるので参加されたし、という葉書が届いたのだ。私と金元重との関係は図書委員会で活動をともにしたことから始まったのである。署名活動、集会活動、他に被告とされた方々との連帯活動にとりくみ、裁判の傍聴、矯導所に移ってからは定期的な面会と、救援会の活動は彼が7年の刑期を終えて帰日を果たすまで続いた。
 1975年に先立つ1973年には金大中事件があった。金元重が収監されている間にも朴正煕の暗殺事件があり、全斗煥の時代には光州事件もあった。民主化の波濤と反動の嵐とが激しくせめぎ合う隣国の動向にはらはらさせられた。今でも強い関心をいだかざるを得ない。
 金元重は帰日後、法政大学大学院に進学し、現在は千葉商科大学の教授をつとめている。それぞれに新しい人生を歩み始めたということだろう。いつしか疎遠になっていた救援会のメンバーと再び交流するようになったのは最近のことである。韓国では「真実・和解のための過去事(過去史)整理委員会」が設置され、金元重も2011年に再審請求を決意し、翌年2012年に無罪を勝ち取った。彼自身は最初、過去のこととしてあまり乗り気でなかったが、同じ政治犯とされた人々や活動家に説得されてのことだという。帰日後もお互いに消息を訪ね合ったり、激励し合ったりしてきたつながりがあったのだろう。
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 その彼から上映会のお誘いがあったのである。いくつかの「スパイ事件」が取り上げられていたが、もっとも中心的にレポートされていたのは2013年1月発表の「ソウル市公務員スパイ事件」である。ニュース・タパの活動開始の時期と一致していた、という巡り合わせもあるのだろう。当事者のユ・ウソン氏は2004年に脱北して韓国に定着し、ソウル市公務員として勤務していた。その彼を「偽装脱北」だったとし、脱北者の情報を北朝鮮に提供していたという容疑で起訴したのである。映画では証拠とされたものを徹底した取材によって突き崩すことによって、事件がまったくの冤罪であったことを白日のものにしていく。
 兄と同居することを夢見て2012年に脱北してきた妹のユ・ガリョ氏の陳述は179日間もの合同訊問センターでの監禁によるものであり、インタビューでは訊問中も何度も拳で殴られたり、あるいは「認めれば兄を助けてやれる、住むところも仕事も与える」と言い聞かせられ続けてのことだったことが明かされる。証拠として提出された中国当局による渡境証明書はまったくの偽造であった。監督の崔氏は中国にまで渡ってコピーを提示しながら局員にインタビューを実施し、それを証明している。2015年、ユ・ウソン氏の無罪が韓国大法院で確定した。しかし、妹のユ・ガリョ氏はすでに追放となっており、兄妹で住むという希望は断たれたままだ。無罪判決を得たユ氏の怒りのインタビューも映画には収められている。
 かつての「学園浸透スパイ団事件」の標的とされたのは韓国内に身寄りもなく、言葉もいまだに不自由であった日本からの留学生であった。同様のスパイ事件がいまだに捏造されていることに驚きを禁じ得ないが、この事件でも脱北者(ユ氏の場合には特に4代にわたる華僑であった)という弱い立場の人間が犠牲にされている。南北に分断され、いまだに休戦中という緊張状態にある半島情勢が背景にはあるのだろう。「事件」を捏造することで点数を稼ごうという小役人根性もさりながら、国民監視や言論封殺を常態化しておこうという権力の意志も働いているに違いない。
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 この上映会のためなのだろうか、監督の崔氏が来日中で、映画が終わった後で30分ほど監督のお話を聞くことができた。さらに大阪から参加した「学園浸透スパイ団事件」で死刑判決を受けた李哲(イ・チョル)氏をまじえ、金元重を司会としてのトークコーナーが設定された。
 話を聞きながら不思議だったのは、監督が「私は映画は見る人にとって面白くなければならないと思っている。韓国で上映するとしばしば笑いの起こる場面で日本ではそうならない。」というような意味のことを述べていたことだった。元重が補足のようなことを述べていたがよく理解できなかった。
 帰路、同行した旧救援会メンバーと台湾料理店で交流していたとき、ふと気が付いた。監督の「面白い」という言葉を「痛快」という言葉に置き換えてみればいいのだ。監督自らのインタビューは被害者側ばかりでなく、どうやって突き止めたものか、合同訊問センターの取調官や検事、またかつてKCIAの担当責任者であった者たちにも及んでいる。取材を受けておろおろと言い逃れをしたり、逃げ隠れしたり、顔を隠した傘を跳ね上げられたりする様はいかにも無残だった。
 それらの取材はまさに身体を張ってなされたものである。あるときは発進しようとする車の前に立ちはだかり、あるときは相手が逃げ込もうとするエレベーターにカメラごと一緒に乗り込んだりである。単に勇猛果敢なだけでなく、「肖像権の侵害だ」との抗議を受ければ、「違います。これは取材です。」と即座に切り返す機転もみせる。韓国で映画をみた人々はそれらの様子に快哉の声を送ったのだろう。
 詳細は省くが、崔承浩(チェ・スンホ)氏は解職から1997日ぶりにMBC放送に新社長として復帰することが決まったということだ。文在寅政権に移行しても、まだまだ紆余曲折は続くのだろうが、あくなき民主化への情熱に心から敬意を表したい。

※映写会は1月20日(土)、在日韓国YMCAで開かれた。上映開始は17:30だった。
※合同訊問センターとは国家情報院と軍との合同機関であるとのことだった。
※本文中のKCIAの担当官とはキム・ギチュン。かつての11.22事件の捜査指揮官であり、前大統領秘書室長にまで出世したらしい。事件を捏造してまで成績を上げることに汲汲としたのだろう。チェ・スンホ氏は大阪で開かれた11.22事件40周年を取材しようと日本に向かう際、金浦空港で偶然にキム・ギチュンを見かけ、突撃インタビューを敢行したということだ。昨年、キム・ギチュンは「文化芸術界ブラックリスト」事件(朴槿恵政府に批判的な文化芸術家に対する政府支援排除対象名簿の作成と執行)を総括指示した容疑で逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けた。(今年に入ってからの控訴審ではさらに重い4年を宣告された。)金元重氏のメールで知ったので補足する。なお、元重氏の刑期を最初8年と書いたが7年の誤りだったので訂正した。(1月24日)



by yassall | 2018-01-22 19:35 | 日誌 | Comments(0)

今年の発句

謹賀新年

  近江路を旅行く人の背も涼し
  水の辺に憩ふ客あり声残る

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 もう今年は続かないかと冷や汗をかきながら、昨年末もやっと二句。これでもあれこれ推敲しながらやっと落ち着きました。旅行く人、水辺に憩う客は、道ですれ違った人、一歩先を歩いて、ふいと角を曲がって行った人ばかりでなく、あるいは古人の幻であってよかったのかも知れません。



by yassall | 2018-01-05 00:04 | 雑感 | Comments(0)