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石神井川の河津桜

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 28日、確定申告のために板橋税務署まで出かけて来た。申告書は予め国税庁のHPで作成できるので提出のみで済むのだが、今回から始まったマイナンバー関連がわずらわしい。
 それはさておき、せっかく外出するのだからどこかへ回ろうと思いつつ、候補にしていた箇所が補修工事中だということがわかったりしているうちに、ついぐずぐずしてしまった。
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 そういえば2、3日前の新聞に石神井川で河津桜1本が満開という記事が載っていたのを思い出し、一足早い観桜も悪くあるまいとおっとりカメラで出かけた。
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 石神井川の桜並木は板橋十景(少しも有名ではないが)に数えられる桜の名所なのである。開花時期ともなればソメイヨシノ約1000本が川面を覆うばかりに咲き誇るのだが、それはもう少し季節がすすんでからである。
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 河津桜が区民から寄贈されたのは2005年のことだという。たった1本ということで、板橋税務署を出た後、中山道を北上し、石神井川とぶつかったところを上流に向かって行ったのだが、見つけるまでにずいぶん歩いた。
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 中根橋という橋のたもとに植えられているのだが、あいにく橋は補修中らしく幌をかぶっている。石神井川もこの辺りは町場の川らしくコンクリートで護岸され、ロケーションとしてははなはだよくない。だが、どこで咲いても花は花。早咲きの桜らしい濃いピンクが目に鮮やかだった。

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by yassall | 2017-02-28 19:40 | 散歩 | Comments(2)

梅の森林公園

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 21日、恒例となった梅見に森林公園に出かけてきた。Kさんから誘いのメールが来たのは前日である。まあ、今年もやろうという話にはなっていたので驚かない。Nさんにも連絡が回って、駅で待ち合わせて13:30のバスに乗り込んだ。
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 現役時代には知らないうちに梅のシーズンが終わってしまっていた、という印象がある。2月は入試の時期で多忙だったことや、寒風の中を外出するのがおっくうだったことがある。桜のころの華やかさとは異なるが、疎林にさっと色彩を差したような梅が愛されてきた理由も分かるような気がしてきた。
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 案内板によると、森林公園では梅林の大規模な剪定を実施中とのことであった。そのせいか、例年より少々寂しげな気もしたが、勢いよく天に伸びていく若い枝は梅を観賞する際の勘所ではあるのだろう。
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 つぼみもほころんでいる。
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 鹿児島紅という種類。花弁の赤が独特である。
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 もう一枚。
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 福寿草は丘のふもとの方で群生していた。
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 寒気団が訪れ、北風の強い一日だったが、風で雲が吹き飛ばされてしまったのか、青空が美しかった。陽当たりのよいところで多少とも風が避けられる場所を探し、例によって持ち寄りのビールや酒をあける。話がはずむうちに寒さも忘れる。こんなふうに集まれるうちは続けたいものである。
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 出口に向かう途中で。春はもうすぐである。熟年三人は森林公園駅までもどって宴の続きである。このところ松山の焼き鳥づいている。

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by yassall | 2017-02-24 15:02 | 散歩 | Comments(0)

2017農大三高演劇部東北復興支援チャリティー公演

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 19日、農大三高演劇部東北復興支援チャリティー公演を見に吉見町まで出かけて来た。会場のフレサよしみは初めてのホール。川越市駅でTさんに拾ってもらい、車に同乗させていただいた。natsuさん、智さんはゲネを見せてもらうことになっていたらしく、先に到着していた。
 14:30開場、15:00開演。演目は「翔べ!原子力ロボ むつ」と「もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが、青森のイタコを呼んだら~」の2本立てで、両作品とも畑澤聖悟の作である。
 農大三高は「もしイタ」で昨年度、「原子力ロボむつ」で今年度の県中央発表会へ出場した。私としてはそれぞれ何回目かの観劇になる。芝居の出来としてはこれまでで最上だったとはいえないかも知れない。コンクールに臨んでいくときの緊密感はどうしても薄れてしまうし、農大三高にとってこの2作品はすでに十八番とでもいうべき位置にあるのだろうが、この時期からして稽古も十分ではないのだろう。それでも、このフレサよしみ公演を打とうとした目的のようなものは確かに伝わってきたように思ったのだ。
 それは高校の演劇部が公演を打つとはどういうことか、というふうに言い換えてもいいかも知れない。たいがいの学校は春秋の地区発表会や各校の文化祭を上演の機会としている。(地区発表会で選ばれれば中央発表会、関東大会へとすすんで行くことになるが、それはその延長である。)つまり、日頃の練習の成果を「発表会」という場で発揮し、その成果を認めてもらったり、批評してもらうというような道すじになっている。
 まず、今回の公演が「東北復興支援」をかかげたことで、「発表会」というのとは違った公演のあり方をみたと思った。東日本大震災からの復興はいまだ道半ばであり、とくに福島第一原発事故では多くの人々が避難生活を余儀なくされている現状がある。(最近になって帰還の動きが出て来ているが、それが本当に適切であるのか、残留放射能の問題や生活再建の課題からして疑問が残る。)その「東北」とつながろう、3.11を「我がこと」として引き受けよう、というのは2011年からはや6年になろうとする今こそ大切なのではないだろうか? 「原発イジメ」などという出来事を聞くにつけ、心底からそう思うのである。
 今回の公演による収益がどのくらい「東北復興」に資することになるのかは分からない。だが、「東北」とつながろう、3.11を風化させまい、という心意気こそ貴重なのだと思う。2年連続して畑澤作品にとりくんでいる様子からそれは感じ続けて来たことではあるが、コンクールを離れたこの段階で本公演を打ったところに、その心意気の本気度を思ったのだ。
 公演のあり方ということでもうひとつ。決して交通の便があるとはいえない会場だけに、地元・地域のための劇場ということになると思う。580余という席数に対して300を超える来場者があったそうだ(売れた券の枚数はそれ以上)。部員たちが一所懸命になって券を売り歩いた様子が目に浮かぶ。見たところ、高校生の姿より、大人たちの姿が多かったように思う。日頃、陰に日向に自分たちを支えてくれている人々、それらの人々に対する感謝の気持ちを忘れず、その地元・地域の人々にこそ見てもらいたい、という謙虚さも思ったである。
 顧問のFさんのこれまでの話の端々から、2年越しで畑澤作品にとりくむというのは最初からの計画であったことが知れた。部員数やキャスティングの適不適などから、今しかないという判断と決意があったのだろう。Fさんにとってはその集大成としての公演でもあったのだと思う。
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 開演に先だって創作漫才が演じられたり、幕間にエンジョイタイムが設けられたり、少しでも観客に楽しんでもらおうというサービス精神も伝わって来た。
   ※
 というようなことを書いているうちに、Fさんから御礼メールが届いた。Fさんは気遣いの人である。お疲れ様でした、とうきょうりゅうさん!



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by yassall | 2017-02-20 21:01 | 高校演劇 | Comments(3)

埼玉県高等学校写真連盟西部地区写真展

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 朝霞高校で同僚だったA先生(現在S高校)から案内をいただき、標記の写真展に出かけて来た。何年か前にも案内をいただいたのは、埼玉県立美術館で開催された全県としての写真展だったが、今回は西部地区としての写真展である。
 西部地区19校から出品され、各校の顧問が交代で会場責任者の任にあたっているとのこと。A先生が当番の日程に合わせて出かけた。もしかするとお会いするのはA先生の転勤以来かも知れない。
 したがって、久しぶりに話でもしたいというのが動機のひとつだったのには違いないが、必ずしもそればかりではない。自分も写真を趣味としていながら、どうも何をどう撮っていいのか、だいたい何が撮りたいのか、分からなくなっている。若い高校生たちから刺激を受けたかったのだ。
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 出品はまったく自由。何作品かに「優良賞」などの札が貼られているが、特別に審査員を置いているというのではなく、生徒たちに持ち点を与えて投票させ、いちおう顧問団でチェックしたのち、高得点者に授与するというかたちをとっているのだそうだ。いい写真、そうでない写真を生徒自身に選ばせるというのは、写真を撮る力を養う上でもとてもよい方法だと思った。
 まるで写真教室のお手本のような写真もある。かなりの技量だと感心させられるが、必ずしも選ばれてはいない。たしかに面白味に欠けるところがある。写真は引き算だといわれるが、やたらとあれこれ盛り込んだ写真もある。写真の出来としてはいかがなものかと思わないでもないが、シャッターチャンスを待ちに待ったのだろうなと思うと、生徒たちが選んだ理由も分かる作品もある。
 あるねらいを持って撮った写真でも評価されない場合もある。シャッターチャンスは実は予測力だから偶然というのはそれほどないのだが、幸運だったね、という一瞬をとらえた写真もある。それもチャンスをチャンスとして感じ取れるかまえがなければ生かせない。よくいろいろな写真家の作品を見てるらしいな、と思わせる写真もある。成功不成功はともかく、本気度が伝わって来る作品が多かったのは頼もしかった。
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 こちらは昨年の関東地区高等学校写真展に出展された作品のコーナーである。何段階かの審査をへてるのだろう。力作ぞろいで、そう誰でもが撮れる写真ではない。かなりの技量と写真にかける情熱が伝わって来た。

 2月10日(金)~12日(日)  にいざほっとぷらざ 3Fにて

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by yassall | 2017-02-11 13:58 | 日誌 | Comments(0)

ティツィアーノとヴェネツィア派展

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 2日、「ティツィアーノとヴェネツィア派展」を見に東京都美術館まで出かけてきた。昨年10月に「ヴェネチィア・ルネサンスの巨匠たち」を国立新美術館で見たとき、ヴェネツィア派はもういいやと思っていたのだが、なかなか評判がよさそうなのでその気になったのだ。
 これ一枚はチラシにも採られた「フローラ」だった。予想通りだなと思ったが、この一枚を見ることが出来ただけでよかったし、展覧会はそうしたものだ。
 感じたことが二つ。フローラはローマ神話における花と春と豊穣の女神である。この絵にはヴェネツィアの高級娼婦をモデルにしているという説があるが、それはフローラを祀るフロラリア祭が神官とともに遊女も参加する奔放な祭りあったことから来ているようである。神聖娼婦は古代から世界各国に存在し、日本においても神につかえる巫女が中世においては遊女でもあったという歴史がある。聖と俗、貴と賎はどこかで繋がっているのかも知れない。
 ティツィアーノの別の代表作である「ウルビーノのヴィーナス」とどことなく面影が似ているので同一のモデルを使ったのかとも思ったが、制作年代が1515年と1538年と隔たっているので異なるのだろう。特定のモデルを使ったというより、画家の中で理想化された女性像だったというのが確かであるようだ。
 感じたことのもう一つというのは、顎の線や左手にみられるふくよかさである。豊穣の神にふさわしいといってしまえばそれまでだが、下ってはルノワールにも影響を与えたというのはうなづける。してみるとルノワールの絵画にもどこか祝祭的な要素があるのかも知れない。
  「受胎告知」は国立新美術館でみたときやはりこれ一枚と思った。今回、「ウルビーノのヴィーナス」も来ているのかと期待していたし、「ウルビーノ」の横たわる裸婦像に影響を与えたというジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」も並べて展示されていたりしたら、いっそう充実した美術展になっただろうと考えてしまうが、そうもいかないのだろう。
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 東京都美術館は出口を出たばかりのところに記念撮影コーナーが設けられている。せっかくなので一枚撮らせてもらった。


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by yassall | 2017-02-03 16:06 | 日誌 | Comments(1)

つい一言 2017.2

 日報の存在を自ら隠蔽したのか、大臣ともあろうものが蚊帳の外におかれてしまったのか真相は不明だが、「戦闘」を「衝突」といいかえて平然としている稲田防衛相。再々々(もうひとつ々くらいか?)浮上した「共謀罪」の直接の担当者という自覚がどれだけあるのか、国会での「質問封じ」をしかけながら、報道機関向けに配布した文書をあわてて撤回した金田法相。安保法制と共謀罪という現に進行している政治の焦点にある問題で、閣僚にこれだけの不具合が明らかになれば、普通なら内閣はすでに死に体である。それがいまだに存立しているのは何とも気味が悪い。
 しかし、最近のニュースで、気味の悪さからいって引けを取らないは、大阪府豊中市で4月の開校をめざして建設中という「瑞穂の國記念小學院」である。設立主体である学校法人「森友学園」は、大阪市内で運営している「塚本幼稚園」で園児に「教育勅語」を暗唱させることで知られ、そればかりか軍歌を教えたり、皇族が大阪を訪問する折には日の丸の旗を持って出迎えることを恒例としているという。同校の開校準備室のHPでは、「日本初で唯一の神道の小学校」を謳っているとのことだ。
 だが、気味の悪さというのはそのこと自体ではない。その「小學院」の建設がすすめられている土地がもともと国有地で、最初(財務局サイド)の評価額が9億5600万円だったのが、森友学園からの申し出で大阪航空局が「地下のごみの撤去に8億円かかる」と算出した結果、1億3400万円で払い下げたというのである。「地下埋設物」とされたものがどのようなものであったのか、本当に撤去費用に8億円を要したのか、このような場合だれが費用を負担すべきなのか、森友学園はその費用を支出してまで土地を購入したのか、国はなぜ売却する必要があったのか、ミステリーというしかない。
 しかもその火種は安倍首相にまで飛び火している。国会では、「私(安倍首相)の考え方に非常に共鳴しているから『安倍晋三小学校にしたい』と言われたが断った。…私も妻も一切、認可にも国有地の払い下げにも関係していない」と答弁した。だが、「安倍晋三記念小学校」の名目で寄付が集められたという経緯(先の幼稚園では1回2万円以上の寄付が繰り返し要求されたケースもあったという)があり、HPでは安倍昭恵夫人が名誉校長として顔写真付きで紹介されているという。
 「もし関係しているということであれば、首相も国会議員も辞めるが、全く関係ない」と安倍首相が強弁している様子は私もテレビでみたが、直接か間接かはともかく、誰が無関係であると信じようか? 
 国有地は国民にとっての財産であるはずである。「愛国者」の仮面の下で薄汚れた利権を貪ろうとするものの存在が見え隠れしながら、国民の財産がみすみす失われていこうとするのを、なぜ人々は見て見ぬふりを続けるのだろうか? (2月21日)
 ※昨日、上記を投稿したら今朝になって次のような報道が流れた。これはいったいどうなっているんだ。
http://www.asahi.com/articles/ASK2N63DNK2NPTIL02R.html?iref=comtop_8_01

 福島第一原発2号機の格納容器内部を撮影した画像が公表された。写し出された黒い物体は溶け落ちた核燃料と思われる、という。事故が起こって6年目にしてようやくここまでか、と嘆息していたのも束の間、翌日の2日には内部の放射線量は最大毎時530シーベルトと推定されるという映像解析の結果が発表された。
 推定とはいっても誤差の範囲は30%程度、人間は積算7シーベルト被曝すると死ぬとされ、毎時530シーベルトは1分弱で死ぬほどの高いレベルだという。すぐさま頭をよぎるのは核燃料の取り出し作業の困難さである。廃炉にいたる事故処理の道は遠い。もしかすると、何万年後かに放射線が弱まるのを待つしかないのではないか、とさえ思ってしまう。
 米国の原発企業を買収した矢先に3.11に遭遇した東芝は、その後も原発事業に固執し続け、最大7000億円程度の損失が見込まれる危機におちいった。その巨額損失の穴埋めのために、稼ぎ頭の半導体メモリー事業を分社化し、「切り売り」するという発表があったのはつい先日のことだ。今後は「(エネルギー事業の中での)位置付けを変えていく」、国内は「廃炉、保守・改修を中心に社会的責任を果たす」という。
 東芝と同じく原発企業である日立はウラン濃縮の新技術を米国で開発している事業から撤退し、3月期の連結決算で約700億円の損失を計上するという。ずいぶん以前に、米原発に納品した部品の不具合から賠償請求を受けた三菱は、その後どうなっているのだろう。
 いまや、原発はまったく採算が合わないばかりか、企業にとっても重荷でしかないことは誰の目にも明らかではないのか? ごく少数の「原発村」の住人たちの利権のために、「安全神話」「安心神話」「技術革新神話」「ベースロード神話」「採算神話」を振りまくのを止めにすべきではないのか?
 日本の進路にかかわるもう一つの焦点は辺野古である。辺野古に新基地を作れば少なくとも100年は使い続けることになるだろう。「基地撤去」「原発撤退」を決断するのは今しかない。(2月4日)
 ※一言忘れた!「トランプごときに尾を振っている場合ではない!」

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by yassall | 2017-02-01 12:38 | つい一言 | Comments(0)