<   2016年 08月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ゲッコーパレード「ハムレット」を観てきた


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 ゲッコーパレード「戯曲の棲む家」の第3弾である。演目については前回の6月公演のときに聞いていたし、客席側であったキッチンが舞台に、舞台側であった座敷が客席になるということも聞いていた。
 キッチンで「ハムレット」(?)という興味はあったが、あまりに知られた作品でもあり、よほど切り口を考えないと凡庸になってしまうだろうと、実はあまり期待していなかった。だが、その予想はみごとに裏切られた。もちろん、いい意味で。
 リーフレット(後から読んだ)には、「今回は、戯曲『ハムレット』のストーリーではなく、ほかの要素を抜き出してみようと考えました」と演出の黒田瑞仁の挨拶文があった。そして、チラシに「哲学的な問いに自分を悩ませる青年にも、きっと食欲はあったはず。少なくとも、この木造家屋に暮らす一人の男は夜食を求めて階下にやってきた」とあるようにして劇ははじまった。
 ハムレットを演じたのは渡辺恒。照明を落とした夜中のキッチンに前触れもなく登場し、物色するように冷蔵庫を開け、卵を取り出して鍋に入れ、ゆで卵を作り出す。何やらブツブツとつぶやき続けているのだが、なかなか聞き取れる声にならない。やがてそれは「ハムレット」の科白であることがわかる。見方によってはたいへん贅沢な幕開けだ。せっかくの科白をわざわざ聞こえないように発しているのだから。
 物語(ストーリー)としての「ハムレット」は復讐劇・仇討ち劇である。しかし、何というカタルシスに欠けた復讐劇であることだろうか! 父の仇をとるためにハムレットはいかに多くの人間を巻き込み、不幸に陥れたことか! 近代劇として個の苦悩を描いたなどというのは全くのまちがいで、一人の王子の狂気によって一族が、さらには一国が滅亡していく様を描こうとしたのではないかとさえ考えている。そういうわけで、「ハムレット」はさまよえる魂の物語だと私は思い、彷徨する魂が狂乱していく様を描いたのだと決めつけているのである。
 渡辺のハムレットはまさにさまよえる魂さながらであった。殻を剥き、口にしかけたゆで卵が話しかけ、語りかける相手に擬されるあたりからしだいに狂乱に陥っていく。焦点の絞り方は正しいと思った。
 共演者を河原舞と崎田ゆかりの二人に絞ったところも正解だと思った。「ハムレット」の様々な登場人物を演じ分けることになるが、ハムレットの視点に立てば同一人物がその場面場面によって様々な人物に変容してみえてしまうことには何の不思議もないのである。
 演出としてすぐれていると思ったのは、衣装を替えさせ、その二人の女優を現代人として登場させるシーンを挿入させたところである。二人はキッチンで料理をしたり、ショートケーキを食べたりする。つまり、芝居の世界とは切り離された、しかし確かに同時進行している日常の世界が存在していることを明示しているのである。
 ラストシーンは三人でテーブルを囲んでの会食のシーンである。たぶん、幕開けのシーンと照応させている。ハムレットはハムレットとして科白を発している。他の二人も科白で応えているのだが、食事の手を休めてはいない。狂乱と正常、非日常と日常との対比。やがて屋台崩しさながらに食堂は解体され、ハムレットは一人取り残される。
 役者三人の達者ぶりは相変わらずだが、今回は本編から取り出され、再構成された科白の生かし方と、必ずしもすべてが効果的であったかどうかはともかく、意外性に富んだ演出の工夫を見どころとしたい。

 次回公演は10月20日(木)~25日(火)
 「飢餓陣営」作・宮沢賢治
 「道成寺」(『近代能楽集』より)作・三島由紀夫
 の二本立てだそうである。

Web:http://geckoparede.com/
e-mail:geckoparede@gmail.com


 
 


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by yassall | 2016-08-27 19:07 | 日誌 | Comments(0)

昭和記念公園のひまわり

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 21日、ひまわり探訪の第2弾として昭和記念公園へ出かけて来た。新宿から青梅特快に乗ると西立川に30分弱で着いてしまうのである。
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 西立川口を入ると水鳥の池という大きな池が正面に見える。台風11号と台風9号の狭間となったが、空はみごとな青空である。ひまわりの植栽はこの池を左に回っていったもみじ橋と一番奥まった花の丘にあると聞いた。
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 日曜日とあって子ども達を集めたイベントが催されている。花の丘はこの広大な原っぱを横断して20分ほど歩かなくてはならない。
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 さすがに元飛行場というだけあるわい、と汗をかきかき、ようやくひまわり畑にたどりつく。
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 待望の青空ではあったのだが、やはり昨日の強雨のせいなのか、首をたれてしまっているひまわりが多かった。
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 それも元気そうな花を探してカメラに収める。
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 今回のメイン機種はD3300だったが、前回に味をしめ、OLYMPUSフィッシュアイボディキャップレンズをつけたGM5も持って行った。魚眼レンズといっても画角は140°ほどであり、歪曲補正をしていない超広角レンズというのが正直なところかも知れない。
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 もみじ橋付近は人出も多く、光も強すぎたので最初に寄ったときは早々にパスした。帰路にも立ち寄ったのだが、やや日射しが傾いた頃の方がいい絵になった。
 花の丘の方と種類が違うのだろう。こちらは背丈が低く、子ども連れにはかえって喜ばれているようだった。
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 午後4時半には公園を引きあげた。このブログをアップしている22日は台風9号の影響で公園は閉鎖されている。


D3300+18-55mm、GM5+OLYMPUS9mm Fisheye





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by yassall | 2016-08-22 15:43 | 散歩 | Comments(2)

戦争法廃止、憲法改悪は許さない、8・19国会議員会館前集会

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 8月19日、戦争法廃止・憲法改悪を許さない国会前集会に出かけて来た。参院選ではいわゆる改憲勢力2/3を許してしまったが、これに押しつぶされるわけにはいかないと気を取り直して出かけて来た。
 主催は戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会だが、何となく共同センターは国会図書館前、1000人委員会は第2議員会館前から第1会館の手前、9条壊すな!実&市民グループ・個人は第2会館前から参議院会館前が配置場所となっている。私は個人として参加と決めているのだが、どうしても知り合いの多い国会図書館前に足が向く。
 昔はこういう集会では宣伝カーのスピーカーからの音声が届く範囲でしかスピーチを聞くことが出来なかったのだが、今は各所にスピーカーが配置されているため、どこにいても明瞭な音声で訴えを聞くことが出来る。予め実行委員会が設置しているのだと思うが、毎回のことに頭がさがる。
 様々な市民団体からの発言があった。それほど熱心にではなかったが、耳を傾けていて思ったことがある。それはマスコミでは報道されていない、しかし日本の平和と民主主義にとって重大な事件が起こり、また進行しているということだ。沖縄の高江や辺野古では本土からも派遣された機動隊による抑圧がつづき、南スーダンでは混乱が高まっている。自ら行動しようとしなければ、(情報を得ようとしなければ)、たちまち国民は権力のいいように操作されてしまうのだと思った。
 当日は金曜日であったので、国会正門前の方では脱原発集会も催されていた。伊方原発の再稼働や、高速増殖炉もんじゅの存続などはまったく正気の沙汰とは思えない。

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 さて、集会終了後、池袋ジュンクドーに寄った。別に探している本があったのだが、詩歌コーナーの前を通りかかると、「ユリイカ」の最新号に目がとまった。
短歌の世界にはうといのだが、「あたらしい短歌、ここにあります」とある中に、戸川純、壇蜜、雨宮まみなどという名前がみえる。俳句の世界でもマスコミ関係者や芸能人で、この人が、という名前が上がることがある。がぜん興味が湧いてきて買い求めた。つまり気分はミーハーなのである。
 何となく短歌は情を詠むもの、俳句は景を詠むものというような認識でいる。俳句は切り口勝負になるから、ひねりとなり、作り物くささが鼻につくことがある。その点、短歌における「私」性は元来がそれぞれに固有であるから、素人目にかなり凡庸とみえても自己表出という意味では一首たりえるようだ。ただ、屈折した感情を抱えあぐねているのは理解するとして、どこでどのように言葉に置き換えていくのか、その緊迫感にもの足りなさがあったら不満だ。
 特集に「あたらしい短歌」をかかげながら、いまさらかよとも思ったが、岡井隆の対談はさすがだと思ったし、藤井貞和の小論も興味深い。短歌の世界で何が問題になっているのか、もう少し読み込んでみるつもりである。
 
 



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by yassall | 2016-08-21 00:41 | 日誌 | Comments(0)

座閒ひまわりまつり

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 ひまわりを撮りたいと以前から思っていたのだが、なかなか機会がなかった。座間市でひまわり畑を景観植栽しているのを知り、開花情報をチェックしていた。14日、天気予報通りには晴れなかったが、翌週になっても好天は見込めそうもなかったので、出かけて来た。
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 ひまわり畑は市内各所にあり、時期をずらして種まきをしているため、7月下旬から8月中下旬にかけてひまわりが観賞できるとのことである。座閒会場では15日までひまわりまつりが開催されており、その間はシャトルバスが運行されている。その分、人出が予想されたが、この機会を逃す手もあるまい。
 新宿から小田急で相武台前駅まで行き、料金200円を払って列に並ぶ。バスもなかなか来なかったが、出発しても道路が渋滞している。よくよく見ると、どうやら自家用車の目的地も同じらしい。それでも14:00前には到着しただろうか?
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 座間市では1969年にひまわりを市花に制定。1993年に農協青壮年部が中心となって景観植栽を行い、「ひまわり広場」として公開するようになったとのことだ。
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 最初は荒廃地、遊休農地対策の一環であったらしいのだが、だんだん評判となり、来場者が増えるのにしたがって、今では総面積5.5haを超える規模に拡大しているとのことである。
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 今回もGM5を持ち出したのだが、ちょっと面白い機材も携行した。OLYMPUSのフィッシュアイボディキャップレンズである。レンズといっても厚さは12.8mmしかなく、重さは30gしかない。やはり本体はボディキャップなのである。
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 いわばトイ感覚のしろものなのだが、それでも非球面レンズ2枚を含む4群5枚のレンズ構成はなかなか立派である。本体側はレンズなしレリーズをONにしておかねばならず、絞りもf8で固定である。だが、この日射しの中でなら光量は十分足りるし、3つある指標の真ん中に焦点距離を合わせればパンフォーカスの画像が得られる。
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 もちろんアップもねらってみる。空が背景になるから露出が難しい。基本的には+補正である。
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 さらに露出を開けてみる。
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 家族連れやら若いカップルやらで会場はごった返していた。人物が入ったショットも捨てがたいのだが、ブログには肖像権を侵害しない範囲でアップする。

 GM5+12-60mm、SIGMA19mm、OLYMPUS9mm Fisheye




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by yassall | 2016-08-15 16:26 | 散歩 | Comments(2)

太陽光発電導入記・その4   あゝ系統連系

 工事日は7月6日。朝の9:00頃に始まって13:00過ぎには完了した。前日に足場を組み、翌日には撤収した。工事終了後、業者さんにお願いして写真を撮ってもらった。

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 東向き屋根のパネル。奥に見えるのが北側のマンションである。その左手前に頭を出しているのが西側隣家。

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 南向き屋根のパネル。奥に見えるのが最初のプランで反射光被害が出そうだと指摘のあった東側の隣家である。
 工事はていねいだったと言ってよいのではないだろうか? もちろん実際の工事にあたったのは下請け業者であるが、東京ガスとしても業者選定に当たっては看板を汚さないだけの過程は踏んだようである。その分、費用的には割高になっているのだろうと思われるが、こちらとしても10年後には無くなってしまっているかも知れない事業所では困るのである。
  ※
 さて、工事からかれこれ1ヶ月が過ぎた。やはり雨漏りが心配だったが、梅雨をやり過ごした後も今のところその形跡は無い。というわけで、この始末記も一巻の終わりとなるはずなのだが、最後のハードルが残っていた。それは「系統連携」という奴なのである。
 「余剰電力買取制度」によって電力会社は余剰電力を買い取らなければならない。その額は通常の電気料金よりは高めに設定されている(最近、東電は電気料金の値上げをしたらしいが)が、その分「再エネ発電賦課金等」を電気料金に上乗せしているのだから電力会社は損をしない仕組みになっている。しかし、実際に売電を行うためには経産省の認定を受けた後、東電に「系統連系」の申請をしなければならないのである。
 当初から、たいへん混み合っているので3~4週間待ちになります、という説明は受けていた。だが、8月8日現在、その4週間が過ぎてもまったく音沙汰がない。
 モニターを見ていると正常に発電している様子がうかがえる(緑色のランプの点滅でそれと知れるのだ)のだが、売電どころか自宅で消費することも出来ない状態が続いている。どうにも納得しがたく、まず東京ガスに問い合わせてみると、7月14日には経産省の認定が下りており、現在東電の受付待ち(?)の状態だという。
 東京ガスと東電との関係からこれ以上の働きかけは無理そうなので、自分で東電に掛け合ってみることにした。そんなに簡単には扉は開かないだろうとは承知の上だが、黙っていてはいけないと思ったのだ。本当に申請が殺到していて手続きが遅れているというならそれでけっこう。それだけ再生エネルギーが普及しているということなのだから。だが、原発再稼働への流れが強まる中で再生エネルギーへの移行に消極的になっているとか、自分のところの電気が売れなくなることにブレーキをかけようとしてのことだとしたら許しがたい。その思いだけでも伝えたいと思うのだ。
 東電に電話をかけたのが8月9日。対応は慇懃丁寧だったが、関係部署に問い合わせてお返事は明日に、ということになった。翌日、近隣の支店から電話。改めてこちらの用件を伝えると、どうも要領を得ない。支店段階での話ではないのだから、悪くとれば、まずは末端に苦情処理をさせようという責任逃れの手口ともみえる。お返事は後日、休み明けになってしまうかも知れませんということでこの日の電話は終わった。そういえばお盆休み直前なのである。

 というわけで、この始末記はまだ途中経過なのである。また、新たな進展があったら報告したい。実際の発電・売電状況などもチェックして行きたいし、何か問題が発生したときにはお知恵を拝借することがあるかも知れない。


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by yassall | 2016-08-13 17:01 | 日誌 | Comments(2)

太陽光発電導入記・その3 あゝ反射光被害

 その1で屋根の全面に太陽光パネルを乗せることは出来なかった、と書いた。その理由はわが家は隣家の両側ともが3階建て、さらに道路を隔てた北側に7階建てのマンションが建っている事による。日照の問題ではなく、反射光の問題なのである。
 5月末に返事をし、さっそく工事担当者が下調べに来訪したのが6月2日だった。屋根に上って採寸やら屋根の材質や構造をチェックしつつ、東側のパネルの一部が季節と時間帯によって隣家の窓に反射するかも知れないとの指摘があった。そこでプランの見直しとなった。(ここで、第1案を元にしてきた私のコスト計算はバラバラになった。)
 それまで反射光被害については考えもしなかったのだが、ネットで調べてみるとけっこうな数の事例があり、訴訟になったり、中には撤去をやむなくされた例もあった。そこで、次のような西側の一部にもモジュールを乗せるプランが提示されたときも、「近隣(北側)への反射光被害が懸念されます。」とあったのを見逃さず、さらに精緻なシミュレーションをするよう依頼した。

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 すると西向き屋根のパネルから、2月の13:00からの30分間と10・11月の12:30からの30分間程度、北側のマンションに反射光被害が出る可能性があることが分かった。一定の距離があることはあるが、被害をどう感じるかは人による。しかも、マンションということは、被害を訴えるのが一軒とは限らない。顔見知りの隣家同士であれば、それなりの見舞金や、遮光カーテンの使用をお願いして済むかも知れないが、示談の予想もつかない。
 そこで、最終的につぎのプランに落ち着いた。工事日も決まり、製品の発注までのギリギリの日程の中であった。

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 システム容量3,224kw、年間予想発電量2760kwh/年。パネル数は16枚(コーナーモジュールは0.5枚に換算)。費用は自治体からの補助金を差し引いて182万円である。第1案と比較すると、かえってコストパフォーマンスとしては劣ってしまうが、初期費用は大幅に減額になる。将来的なリスクを考えるとそれはそれでアドバンテージが高い。売電といっても、価格的にはメリットは10年が限度であり、つまりは家庭用(10kw未満)の場合は「余剰電力買取制度」の枠内なのである。
 真夏の季節、1日の電力消費のピークは午後2時ごろであるという。その時間帯に気兼ねなく電気を使うことが出来る、日照のあるうちは自前の電力で賄うことが出来る、シミュレーションでは予想される消費量の倍程度の発電がみこまれるから余剰分は売電できる、枚数的に将来的にモジュールの性能が若干低下することがあっても十分カバーすることができる。というような考えでゴーサインを出すことにてなった。

《補足1》
 ネットを検索してみると反射光を抑制するフイルムが開発されているそうだ。東京ガスの担当者にそのことを伝えると、メーカーからは性能の保障が出来ないからという回答であったそうだ。ならば、メーカーで開発すればいいのに、と思った。否、フィルム云々より、パソコンのモニターでもノングレアの画面があるのだから、太陽光発電の普及のためにはモジュールそのものの改良が必要だと思った。
《補足2》
 シミュレーションにあった程度の反射光であった場合、受忍限度の範囲内という判例もあるとのことである。ただ、それも二審で覆った例であり、無用のトラブルを避けられるものなら避けようとしたのである。


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by yassall | 2016-08-13 11:23 | 日誌 | Comments(0)

太陽光発電導入記・その2

 今年から電力自由化がはじまった。その意義は認めるものの、最初は少々ためらいがあった。
 もし東電が原発を再稼働させることになったら即座に他の会社に変更する心づもりではいた。電力自由化の最大の意義はそこだと思った。だが、東電は今のところ原発を再稼働していない(あるいは出来ないでいる)。福島原発の事故処理に当たっている東電から皆が皆、離れていっていってよいものか、などと余計な心配をしてしまう。
 もっと実利的な問題もある。昨年、突如としてわが家が停電になった。ブレーカーは落ちていない。何事が起こったのかと外に出てみると、近所では停電している様子がない。そればかりか家内でも停電している部屋としていない部屋、電気が通じている器具としていない器具がある。ともかくもと思って東電のサービスマンに来てもらった。途中の細部ははぶくが、原因は3本ある引き込み線の内1本の電柱側のヒューズ切れが原因だった。午前1時ごろになってしまったが、専用車両も手配され、ともかくもその晩の内に原因究明から修理まで完了した。その即応体制には感嘆するものがあったのである。
  ※
 4月になる前のころから東京ガスが熱心にパンフを置いていったり、説明に来たりしていた。東京ガスはエネットという電力会社をグループ企業にかかえている。ガスによる火力発電が主力だが一部風力発電も導入しているという説明だった。
 4月に入り、改めてセールスに来たとき、私は上記のような考えも明らかにし、かなり突っ込んだ質問もした。そこで知ったことは、東京ガスが窓口にはなるが、送電はあくまで東京電力が行うので事故対応などのサービスには変わりがないということだった。そういえば電力自由化と発送電分離とはセットになっていたのだった。東京ガスから電気を買うようになっても、東京ガスは送電のための経費を東京電力に支払うことになるのである。
 そうなれば様々な心配はいっきに払拭される。東電の経営は保持される。東電以外の電力会社から電気を買う人が増えれば、東電が電力不足を口実に原発を再稼働させようという理屈が成り立たなくなる。私は東京ガスへの変更を決めた。
   ※
 そのとき、太陽光発電の導入についても話が持ち上がったのだ。5月初めに2つのプランが提示された。以下はその内のひとつである。(なぜ東京ガスで、ということについてここで述べておきたい。東京ガスではリフォーム部を置いていて、太陽光発電にも力を入れているとのことである。)

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 システム容量5.99kw、年間予想発電量5525kwh/年である。モジュール数は30枚だがコーナーモジュール等を使用しているからで、西側には乗せないというプランである。費用は自治体からの補助金を差し引いて266万円という金額が提示された。
 図面は省くが、もう1つのプランというのは南向きの屋根だけに乗せるプランで、システム容量1.904kw、年間予想発電量1866kwh/年。このプランだと補助金が低額になるが、これを差し引いて費用は132万円とあった。
 共通する考え方として、何が何でも屋根全面を活用しようというのではなく、初期投資・消費電気量・太陽光発電量および売電量とのバランスをとっていこうということだった。
 まず金額にこころが動いた、というのもさもしい話だが、現実問題だからしかたがない。やってみよう、という方向に急激にこころが向かい始めた。初期投資は高額になるが、前者の方がコストパフォーマンスがよく、太陽光が発電しているうちは太陽光発電でまかなうという本来の趣旨から、前者で検討をすすめていった。
  ※
 最初に考えたことはリスクとコストについてだった。(いざ、やってみようという段になって、初めて真剣に考えるようになった。)

 ①工事によって家屋への損傷はないのか? 雨漏りの心配はないのか?
 ②自然災害も含め、15年間という長期保障があるのはいいが、その間に会社そのものが倒産してしまうことはないのか? 倒産までは至らなくても、不採算部門として切り離されてしまうことはないのか?
 ③すでに30年作動中という実績があるとはいうが、いわば電気料金の前払い分を取り戻すだけの年月の間、私自身がこの家に住み続けられるのだろうか? (引っ越し願望もなくはないし、高齢になって身体が不自由になったり、障害が起こったりしたときには、適当な施設があったら入所するしかないだろうと考えている。)

 ざっと思いついた所をあげただけでも、とたんに気分は消極的な方向に傾いた。だが、そうしてリスクを突き詰めていくと、どこかで折り返し点に差しかかった。
 わが家の屋根はスレート仕様である。スレートは釘で野地板に止めているはずである。ならば防水対策を施したというビス留めを信用してもいいのではないか?
 もし企業が倒産したり、不採算部門として切り離されることがあったとしても、アフターサービス部門は合併があれば新会社に、そうでなければ別会社として残されるはずである。それも出来ないほどの事態が起こるときは日本全体の経済が危機的状況にあるときであろう。
 日頃、脱原発をとなえ、再生エネルギーの普及をなどと主張している自分がここで消極的になってどうする。人生も終わりに差しかかっているというなら、その最後に地球にいいことを一つくらいしてからあの世に行ったらどうだ。
 初期投資があるとはいえ、わずかずつでも売電もでき、まったく原価償却していくばかりではない。回収できない分は海外旅行にでも出かけたと思ってあきらめればいいではないか。とまあ、まるで自分に言い含めるようにしてかも知れないが、マイナス要素を潰していったのである。


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by yassall | 2016-08-12 12:35 | 日誌 | Comments(0)

太陽光発電導入記・その1

 太陽光発電の導入を考えたのはこれで3回目である。1回目は16年前に自宅を改築したときである。何社かにプランを出してもらい、候補を絞っていった。阪神・淡路大震災の記憶も生々しいころだったので鉄骨構造も検討対象にしたが、中でもセキスイハイムが太陽光発電に積極的だった。工法の関係から陸屋根が一般的で、その欠点を逆に利点としてしまおうというアイデアのようだった。コスト(やはり大手メーカーは高額になる)とデザイン面から採用にはならなかったが、今も太陽光発電に積極的な姿勢であることには好感を持ち続けている。
 2度目は一昨年に屋根・外壁の塗装工事をしたときである。現役時代に組合の指定業者が催した住宅相談会で、10年に一度くらい屋根の塗り直しをしておくと家は長持ちしますよ、とアドバイスをもらっていた。10年目はちょうど定年退職した年だったので、業者に来てもらったところ、まだまだ大丈夫ですね、様子を見ましょうという対応だった。そこで時期を見計らっていたが、消費税が増額になろうという直前、ここが頃合いと思って工事を依頼した。
 最初は屋根だけというつもりが、せっかく足場を組むことだし、外壁もという工事内容になった。この、せっかく足場を組むことだし、というのに反応して、太陽光発電についても見積をお願いしたのである。以下はその時に示されたプランである。

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 総数30枚の太陽光パネル(モジュール)を搭載し、システム容量7.25kw、年間予想発電量6614kwh/年とあった。シミュレーションによると20年で投資回収が可能であるという。
 (ただし、10年後までの売電価格(電力会社による買い取り価格)が38円/kwhで、11年目以降の売電価格を24円/kwhと見込んでの計算である。今年の売電価格は31円/kwhまで下がっており、11年目以降についてはもともと確定していなかったところ、どうやら卸売り価格の11円/kwhに落ち着きそうだというのが最近の風説なのである。初期投資と発電量のバランスによるが、20年の投資回収はかなり難しい現状である。)
 20年で回収が可能としても、その頃には私は80代半ば。そして、その初期費用がどうであったかというと、正価で638万円、値引率35%で414万円というのが見積に示された額であった。屋根・外壁の塗装工事については予定していた出費であったが、400万円超の臨時出費については思い止まるしかなかった。
 太陽光発電についてはこれで最後と思っていたので、東京ガスが太陽光パネルの性能も上がっているし、値段も安くなっています、プランだけでも出させて下さいと言ってきたとき、もう何度も検討済みという話もし、まあ見るだけね、と言っておいた。
 それがどうして変わってしまったかという話は次回にとして、ここで少し先ほどの図面について説明を加えておきたい。
 わが家の北側の屋根は切り妻になっている。太陽光パネルは北向きの屋根には乗せないということなのだが、わが家には北向きの屋根はない。南側は寄せ棟になっている。そこで、わずかだが南向きの屋根がある。屋根のほぼ全面にパネルが乗るプランになっているのはそのためである。しかし、これは後の話になるのだが、これだけの枚数のパネルを乗せるのには無理があったのである。


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by yassall | 2016-08-12 03:02 | 日誌 | Comments(0)

つい一言 2016.8

 原発関連で3つのニュースがあった。
 現代ビジネスは新潟・柏崎刈羽原発の再稼働に対する東電の執着ぶりを「不可解」と表現しながら伝えている。再稼働させようとしている原発は福島第一の事故機と同じ「沸騰水型(BWR)」であることも指摘している。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49571
 そんな折、新潟では4選をめざすとしてきた泉田裕彦知事が出馬と取りやめたということである。泉田氏は「福島第一原発事故の検証と総括がされないかぎり、再稼働は議論しない」としてきた。第三セクターの子会社によるフェリー購入に対する地元新聞の執拗な批判が原因であるという。
 何らかの不正の存在を臭わすような記事ではあるが、どこまで知事の責任にかかわることなのか? 泉田知事の4選を阻もうとする政治的な力の存在が疑われる。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160830/k10010659321000.html
 あたかも同日、政府の地震調査委員会の専門家が「原子力規制委の判断は誤りだ」と批判したという。
 原発の耐震設計の根幹となる基準地震動(想定する最大の揺れ)について、地震調査委が「地震の規模や揺れを小さく見積もる恐れがある」として使用を避けた旧計算方式を、原子力規制委員会や電力会社などが使い続けていることに対する批判である。調査委は2009年に改良した新方式を採用している。規制委は「(現行の方式を)見直す必要はない」と主張するが、今度は政府機関からの指摘である。
http://mainichi.jp/articles/20160830/k00/00m/040/086000c
安全か否かではなく、「政治力」あるいは「政治的判断」で基準となる数値まで変わってしまうとしたら、破滅の未来はそう遠くない。(8月30日)

 10月16日投票で新潟知事選挙が行われる。「福島第1原発事故の検証と総括がされないかぎり、再稼働は議論しない」としてきた泉田裕彦知事は早い時期から4選をめざして出馬を表明していた。
 10日、森民夫・長岡市長が出馬の意向を固めたというニュースが入ってきた。任期を3年以上残してのことだという。
  東電は柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働に向けた手続きを進めており、原子力規制委員会が安全審査中である。森氏の出馬は泉田降ろしのために画策された疑いがある。原発再稼働の今後を占う上でも、10月の新潟知事選に注目せざるを得ない。(8月11日)

 選挙で「魂の殺人」は許せない 精神科医・香山リカさん(朝日デジタル0801

 http://www.asahi.com/articles/ASJ7V564DJ7VUWPJ00G.html
 実は都知事選で、在特会元会長であった人物がどれくらい得票するのかに注目していました。公示日にはいっせいにポスターが貼り出され、「ああ、一定の支持者や運動員がいるのだな」と思っていました。右派のさらに右側、ウルトラ右派がどれくらいの支持を集めるのか?
 前回の田母神氏の60万票には遠く及びませんでしたが、10万票あまりを獲得しました。誰か、何かを発言しなくてはと憂慮していましたが、発言してくれる人がいました。(8月2日)



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by yassall | 2016-08-01 14:26 | つい一言 | Comments(0)