<   2016年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

あの「立ち会い不成立」は確かに不可解だった

 昨年、白鵬・勝手に応援団を名のりでて、3回ほど投稿した。件の「審判部批判」問題も落ち着いてきたようだし、しょせんは蟷螂の斧なのだから、応援団は休止することにした。
 白鵬はその後も優勝記録を37回までのばした。ただ、私としては相撲が荒れてきたように感じて、素直に讃辞を送れない気分になっていた。
 大鵬の32回の記録を抜いたことから自分の相撲に迷いが生じたことは確かだろう。一時は「後の先」の奥義を極めようとしていたかのようだったが、なかなか勝ちに結びつかず、ここのところは勝敗にこだわった相撲に転向してしまったようだ。
 本人が語ったという「横綱は勝たなくてはならないですから」というのも分かる気はする。相撲が荒れたようにみえるのも、勝ちに対する執念というより、横綱という地位のもたらす重圧のゆえなのだろう。

 以上のようなことを漠然と考えながら、これからどこへ向かっていくのだろうと、見守るような気持ちで観戦してきた。
 今場所の相撲をみると、5日目に宝富士にかち上げを封じられ、微妙に歯車が狂ってきたかのようだった。9日目の勢戦では両手を突き出され見合ってしまい、明らかに攻め手を欠いて焦っている様子がみられ、あげくに自爆してしまった。
 私はふがいなさよりは、白鵬が自分の相撲を見直すきっかけになればよい、と感じた。本来の俊敏さや、柔軟性や、対応力の高さを活かした、ほれぼれするような相撲を見せてくれるようになることを期待した。それは来場所以降の課題でかまわない。体調も万全で臨んで欲しい。
 そんな矢先ではあったが、12日目の照ノ富士戦での「立ち会い不成立」だけは不可解でしかたがない。
 私は番組放映中には見られないこともあるかも知れないと、午後5時以降の取り組みを録画している。3回繰り返して見ても、一時停止からスローで再生しても、「不成立」とされた理由が分からない。
 行司にだってミスジャッジはあるだろう。運不運も勝負のうちである。しかし、翌日になっても誰も問題にしようとしないことが、いっそう不可解でならなかった。
 最初の立ち会いで、行司の「まだまだ」の声で白鵬は力を抜いた。照ノ富士は聞こえなかったのか、土俵際まで押し込まれていたのを、逆に白鵬を土俵外まで押していったところで気がついた。この様子を、サンケイスポーツなどは「立ち会い不成立で照に"2度負けだ"」などと報じている。しまいには審判規則の「卑怯な立ち合いをした時には『待った』をさせて再度仕切らせる」をわざわざ引用し、あたかもそのような振る舞いがあったかの印象づけをしようとしている。
 白鵬自身は、「1度目の立ち合いで右足を引いた時に、ピリッときた」と敗因が自分にあると認めているようだし、今のところ「立ち会い不成立」に異議を唱える様子はない。だが、翌日の解説者の舞の海にいたっては「横綱だったら引退まではどこが痛いなどと言って欲しくない」などと追い打ちをかけている。
 さすが、「日本会議の広告塔」と異名をとり、講演会に呼ばれて「平和ボケした、戦わない姿勢というのがまさに相撲にも表れている」「日本人力士が勝てないのは憲法前文のせい」とのたまっている御仁らしい物言いだ。

 そんな折、ようやく「立ち会い不成立」に批判的な記事があらわれた。投稿者momiji氏の冷静な分析を読んで欲しい。氏のいうとおり、「ルールの厳正化は望ましい」が両力士の「手つき」を行司のみに判定させるのは「負担の大きい」のではないか? せっかく四方に審判部を置いているのだから、審判部がカバーするようにすればいいのではないか、と考えるのである。
 どうしたって結果はくつがえらない。しかし、誤審があればこれを認めるところからしか、力士も観客も納得できるような改善策は期待できないだろう。

「不可解な立ち合い不成立で白鵬関が破れる。審判部は、立ち合い厳正化のガイドラインを策定すべきだろう~2016年名古屋場所12日目~」(Sports navi plus)
 http://www.plus-blog.sportsnavi.com/momiji/article/70

[追記]
 こちらの記事もけっこう面白かったですね。
 http://ironna.jp/article/3705?p=1

by yassall | 2016-07-23 11:59 | 雑感 | Comments(0)

はっぱふみふみ

 昔々のこと、それもどうでもいいようなことばかり、妙にいつまでも覚えているものだ。高校三年生も、もう学年末試験も終わり、受験も一段落した家庭研修期間中のころではなかったか。バンドを組んでいたクラスメイトが教室で音合わせだか、練習だかをしていた。
 Yは器楽部の部員で、のちに音大を出てチェロ奏者になった。その日は部室からコントラバスを持ち込んでいた。昨年、5年ぶりの同窓会で話をしたが、まだ現役でいるようだ。Wはギターを担当していた。私と同じ左利きで、弦を左利き用に張り替え、器用に演奏していた。Wはその後、音楽より俺は絵を描くといっていたが、今頃どうしているだろう。
 そんな取り合わせの二人だったが、どうやらその日リードしていたのはWの方らしく、譜面を確認しながら「と、こう来て、はっぱふみふみ!」とやったのだ。
 「あっ、そうなのか! はっぱは八分音符、ふみふみはリズムをとることか!」と、そのとき私は妙に納得してしまい、きっとジャズなどやる人たちの隠語にでもあるのだろうと、つい最近まで信じて疑わなかったのである。
 12日、大橋巨泉が死んで、久しぶりにこの「はっぱふみふみ」が話題になった。万年筆のコマーシャルであったことから、「ふみ」は「文」だろうという人もいて、どうやら「八分音符」説はクラスメイトたちのとっさの思いつきだったようだ。それでもジャズ評論家として出発した巨泉らしさが感じられ、捨てがたい思いは残るのである。
 「みじかびの」は五七五七七の短歌型だが巨泉は俳号である。巨泉が早稲田の俳句研究会にいたころ、寺山修司が新入生として部室を訪ねてきた。「おお、君も俳句をやるのか? どんな俳句かみせてごらん。」とうながし、寺山がいくつか自作を披露したところ、巨泉はその才能に驚嘆し、俳句の道に進むのを断念したというエピソードがある。といいながら、実は句会を催すなどしながら、句作を続けていたという話もある。いつか読んでみたいものだと思っている。
 高校時代のことに話をもどすと、「11pm」も見るには見たが、土曜日の午後に放送されていた「ビートポップス」も毎週楽しみでよく見た。洋楽というと、それまでは日本語に翻訳された歌詞を田邉靖雄や九重祐三子といった歌手が歌うのを聞くくらいだったが、初めてリアルタイムに世界の音楽に触れるといった新鮮さがあった。黒縁めがねをかけたオッサン風というミスマッチ感もなかったとはいわないが、澎湃として起こりつつあった若者カルチャー・サブカルチャーの草分け的な存在ではなかっただろうか?
 時代はベトナム戦争反対の運動が世界的に広まりつつあったころ。「11pm」では週1回は硬派な社会問題をとりあげ、私などもずいぶん啓発された。後に東京新聞で「わが道」が連載されたとき、戦中の学童疎開で激しいいじめにあったことが語られていた。疎開先から見た東京大空襲の体験などがその反戦思想の核となっていったのだろう。ただの「遊民」ではないことはすぐに理解できた。
 『巨泉ー人生の選択』(講談社、2000)や『大橋巨泉の超シロウト的美術鑑賞ノート』(ダイヤモンド社、2008)などの著作も何冊か読んだし、『週刊現代』を買ったときは「今週の遺言」を読んでは気骨の人となりを再認識した。確かに一時代を生きた人だった。


by yassall | 2016-07-22 16:26 | 雑感 | Comments(0)

2016参議院選挙が終わって

 2016参議院選挙が終わった。これから都道府県別の各党の得票数など、細かいデータが出てくることだろう。日本の進路を左右する選挙だといわれていたのだから、この結果をどう受けとめるべきか、しっかり考えたい。
 最初に思ったことだけ書く。「改憲隠し」「争点隠し」などといまさら非難しても始まらない。今回、自民・公明の与党に公示前を上回る議席を与えてしまったということは、集団的自衛権の閣議決定を追認し、安保法制(戦争法)の強行採決を許してしまったということなのだ。とすれば、その次の段階においてどこへ進もうとしているかを国民は「知っていたはずだ」し、「知っていなければならなかった」のに見て見ぬふりをしていただけだ。
 11日の日経平均株価は一時、前週末の終値より600円超値上がりしたそうだ。前週末の米国での株価上昇に加え、参院選で与党が大勝したことで、政府の経済対策への期待が出ているからだという。特定の富裕層のことではなく、「株価の上昇」がどれくらい国民生活を潤すのかは知らない。だがここで、「やっぱり経済優先だよ」「背に腹は代えられぬ」と考えた人々は、引き換えに何を失おうとしているのかを見つめ直した方がいい。
 「改憲4党」といっても、各党のスタンスには微妙な差異がある。ただちに本丸の9条に手が付けられるとは限らない、という見方もある。だが、自民党以外の政党は公約破りをしないなどということはいえないし、どのような「改憲ムード」が作られていくかも分からない。「緊急事態条項」など、ある意味では(専守防衛に限定した)「自衛隊」の明記よりも危険だ。今度こそ、「知らなかった」では済まされない。
 「野党共闘」は一定の成果を上げたのではないか? 民進党は自民党と対決する姿勢をみせてこそ、その存在意義があるのだ、ということを、もっと肝に銘じた方がいい。いまだにくすぶる内部の不統一を克服すること、「自民党政治」(単に政党としての自民党に対抗するというのではなく)とは異なった未来ビジョンを示すことが課題だ。国民はそのことをよく見ている。
 細野氏などは「共闘」ではなく、「共産党が勝手に降りただけ」などと発言したという。共産党は議席を倍増させたが、各紙の終盤予測ではもっと伸びるはずだった。議席が確保できなくても、比例区への票の掘り起こしのために全選挙区に候補者を立てていくという方針を、あえて保留した結果だと考えられる。「共闘」がなくとも民進党は議席がとれた、などと考えない方がいい。
 参院選と同日に鹿児島県知事選があった。「川内原発の一時停止」を公約にかかげた三反園氏が、4選をめざした現職の伊藤氏を破って初当選した。民進・社民党に押されての出馬というが、「とめよう原発!かごしまの会」から立候補を表明していた県労連事務局長の平良氏との政策合意によって、候補者を一本化しての出馬であったという。
 いうなればもうひとつの「野党共闘」であったわけだ。鹿児島では参院選は自民の圧勝に終わったが、県民要求に応え、きちんとした受け皿をつくれば壁を打ち破ることが出来るという証明になった。
 さっそく、選挙後に九電の株価が急落したとか、一夜明けの記者会見では原発問題については口を濁したとか、マイナスイメージにつながるような報道がなされている。本人も、また当選に押し上げた支持者の人たちも、投票した人々も負けないで欲しい。県民の要求に依拠し、その願いに応えようとしない限り、政治的生命を保つことは出来ないのだから。



by yassall | 2016-07-11 18:26 | 雑感 | Comments(0)

行田・さきたま古墳群 その2

 園内には世界各地の蓮を観賞できるエリアも設けられている。何点かアップする。
c0252688_10140643.jpg
c0252688_10142991.jpg
c0252688_10145164.jpg
c0252688_10150548.jpg
 蓮の観賞は午前中が勝負である。早朝からとは行かなかったが、昼食に盛りうどんをいただき、古代蓮の里をあとにする。
c0252688_10152836.jpg
 せっかく行田に来たのだからさきたま古墳群にも寄ってみる。ここも来よう来ようと思っていて、なかなか機会に恵まれなかった場所だ。
 一帯はかなりの面積が公園として整備されていて、元埼玉県知事の畑和氏の揮毫になる埼玉県名発祥之碑が建立されている。石碑には律令体制発足と同時に「前玉郡」という表示がみられるとあるが、一説には「幸魂」が語源であるともいわれ、なかなかに美麗しくも味わい深い、由緒ある地名なのである。
c0252688_10154985.jpg
 瓦塚古墳。前方後円墳の前方側から撮った。
c0252688_10160551.jpg
 鉄砲山古墳では発掘調査が行われていた。あとで史跡の博物館の職員の人に尋ねてみたが、まだ何も出土していないとのことであった。古墳群中最大の二子山古墳はまだ手つかずとのことだ。
c0252688_10163723.jpg
 丸墓山古墳。円墳としては日本一の大きさだそうだ。この古墳に続く道は戦国時代に忍城を水攻めにする際に築かれた石田堤の跡だといわれ、また石田三成はこの頂上に陣を敷いたとも伝えられているという。
c0252688_10171124.jpg
 丸墓山古墳には登ることが出来る。頂上から遠く忍城を望むことが出来る。とはいえ、小さくてなかなか発見できないだろうと矢印をつけておいた。
c0252688_10172864.jpg
 反対側に目を転じると金錯銘鉄剣が出土したことで名高い稲荷山古墳が見下ろせる。現在は修復中で立入禁止になっている。
c0252688_10175855.jpg
 将軍山古墳。古墳群の中では一番外れに位置するが、実物の横穴式石室を見学できる展示館が設置されている。
c0252688_10182084.jpg
 馬冑、銅鋺、環頭大刀などの出土品が展示されていた。
c0252688_10183958.jpg
 忍城にも行ってみた。三重櫓である。明治になって一度破却されたが、近年になって博物館として再建されたものである。
c0252688_10185198.jpg
 他から移築されたものではあるが、江戸時代に建立されたことが判明している武家屋敷の門。一説に藩校であった「進修館」の表門であったという。現在の埼玉県立進修館高校は、かつての行田進修館高校・行田工業高校・行田女子高校を統廃合して開校された。
 Kさんは古代史の市民講座に参加し続けている。今回は車を出してくれただけでなく、案内や解説までお世話になった。灯ともしごろ、東松山まで戻り、慰労会となったことはいうまでもない。

 G3X




by yassall | 2016-07-02 11:30 | 散歩 | Comments(2)

行田・古代蓮の里 その1

c0252688_17290430.jpg
 6月30日、行田の古代蓮を見に出かけて来た。いつも森林公園散策でお世話になっているKさんが車を出してくれるという。最初、森林公園駅で待ち合わせの予定だったのだが、ハプニングで電車が止まってしまい、坂戸駅まで迎えに来てもらった。出だしで遅れをとったかっこうだったが、心配した雨にも見舞われず、ときおり青空もみえる好日和となった。
c0252688_17262560.jpg
c0252688_17260191.jpg
c0252688_17271223.jpg
c0252688_17273282.jpg
c0252688_17282365.jpg
c0252688_17284370.jpg
 河骨や睡蓮など、その他の水生植物も咲いていた。赤い睡蓮の手前にはカエルが顔をのぞかせている。
c0252688_17261039.jpg
 蓮池には遊歩道が整備されていて間近で観賞することができる。 
c0252688_17254891.jpg
 古代蓮会館の展望タワーからの眺め。ガラス越しで見にくいが公園の全景が見わたせる。

 G3X



by yassall | 2016-07-01 17:51 | 散歩 | Comments(2)

つい一言 2016.7

 参院選の投票日まであと2日となった。「つい一言」欄への投稿がいつになく滞りがちになったのは左手親指の腱鞘炎がなかなかよくならず、パソコンの前に長時間いたくなかったからばかりではない。
 大人であれば各々の見識を持つべきであり、それは他人の力では容易に変わるものではなく、また変わるようなものであってはならないと思う。
 だから「つい一言」も、若い人たちへのメッセージのつもりだったが、かつての卒業生たちももうすっかり大人になっている年齢だ。つまり、基本的には「私はこう考えているよ」というつぶやきとして受け取ってもらえばいいのだし、もし共感してくれる人がいれば「自分一人じゃないんだ」という連帯の広がりを確認できるということだと思う。
  ※
 ところが今朝の新聞で、大学生(18歳)の声として「自衛隊員の命が危ないとか、不安をあおる話ばかりする候補者もいて、そういうのは途中で嫌になっちゃう。もっと現実的な話を聞きたい」とあったの読んで、やはり黙っていてはいけないという気になった。
(何もその大学生を非難しようというのではない。将来の改憲問題よりも現実の景気対策や保育所問題を何とかして欲しい、というのは、若年世代に限らず、大多数の国民の意識ではないかと思うし、人間は「否定」だけではなかなか動かず、未来に対する展望を示し得ているとはいえない=ようにみえる野党側の戦略にも問題があるのは確かなことだ。)
  ※
 年頭には「改憲」を参院選の争点にすると強調しておきながら、いざ選挙期間に入ったらすっかり口をつぐんでしまった安倍首相だが、選挙後の秋の臨時国会から改憲項目を絞り込む論議に入りたい意向を表明している。「憲法9条が改正される可能性はゼロだ」などと高村副総裁に語らせたりしているが、こうした煙幕を張らなければならないところに本心が隠されているとみるのが順当だろう。
 「自衛隊員の命が危ない」というのも決して非現実的な話ではなく、11月以降には南スーダンPKOにおける新任務(「駆けつけ警護」「治安維持活動」)も計画されている。安保法も選挙への影響を考慮して今のところ発動されていないだけだ、ということを見過ごしてはいけない。
 九電川内原発は熊本地震が発生してもついに停止されなかった。選挙後にはこれも様々な危険性が指摘されている四国電力伊方原発が再稼働する予定だ。2030年代原発ゼロの方針などはどこへやら、「40年廃炉」さえもなし崩しになりつつある。
  ※
 投票率が史上最低になるのではないかと懸念されているともいう。難しいことをいうと、代表制が本当に民主主義たり得るかという根本的な問題もあるのだろうが、ひとたび代表として選ばれれば制度上政治を託されたことになるのは動かしがたい事実である。
 私は、棄権する人々は消極的にであっても政権を支持していることになると考えている。大きな変化は求めない、今のままがいい、というような意識も働いているのかも知れない。
 だが、自民党政権がすすめようとしているのは、この国のかたちを大きく変えようとすることであり、「今のままがいい」と考える人たちを裏切るものだ。
 国民主権・基本的人権の尊重そして平和主義という戦後日本の国のかたちを私は変えるべきではないと思う。二院制の中の参議院の意義ももう一度考えながら今度の選挙に臨みたい。(7月8日)
by yassall | 2016-07-01 00:55 | つい一言 | Comments(0)