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ゲッコーパレード「戸惑いの午后の惨事」を観てきた

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 ゲッコーパレード本拠地公演『戯曲の棲む家vol.2 戸惑いの午后の惨事』を観てきた。実験的な創作劇「鳥の本」、ギリシャ悲劇から「アンティゴネー」ときて、第3弾は竹内銃一郎で現代劇ときた。いよいよ実力が試されるというところだな、と思いながら出かけて来た。
 2名が一人二役で、キャストは総勢9人。人と人のつながりで円・劇団研究所からもパレードに参加している。演出の一環なのか、開演までの間、キャストの何人かは座卓を囲んでトランプ遊びをしていたり、奥の方で作業をしていたりする。開演と同時に役者に早変わりするという趣向だが、始まれば素の顔を残すことなく、劇中の人物として現れ出ていた。9人に切れ目はなく、誰も達者で、きちんと芝居の中に引き込んでくれる。
 空き地に見立てられてた座敷を中心に、隣室の間仕切り、3枚続きの掃き出し窓、カーテンと雨戸、前庭のある縁側とその奥の塀やら裏門までも活用して、転換も工夫され、飽きさせない。本拠地公演と銘打つだけあって、もともと住宅として建てられた建物を芝居小屋として使いこなしている。
 観客をしっかり芝居の世界に引き込んでくれるなら、こちらもつい様々なことを連想したり、考えたりする。
 連想したのは「義を見てせざるは勇無きなり」という論語の一節である。〈わたし〉も〈トモダチ〉も追っ手を逃れてきた男女を何とかして逃がしてやろうとしたりするのだから、まったく拱手傍観していたというわけではないし、とくに〈わたし〉は「投げ銭、放り銭は受け取らないよ」と抵抗の姿勢をみせる。だが、惨事を止められなかったことは歴然とした事実であり、後に残るのは底知れない無力感だ。
 それでは「義」とは何だろうか? 女たちに「泣いているような、笑っているような、怒っているような」と言われながら眠りこけている(=身動きならずにいる)〈わたし〉の後ろめたさや、惨めさや、閉塞感といったものは、つまりは「義」という道徳にがんじがらめになっているところから生じるものだ。ここでは「義」は正義であると同時に義務であり、人情に対立するという意味での義理であり、こうあらねばならぬという意味での教義なのだ。
 芝居の最初と最後に水商売とおぼしき3人の女たちが登場する。女たちがおのが夢を託して埋めるのは柿の種であり、店で出されたサクランボの種であり、梅干しの種だ。それはいかにも不可能性に満ち満ちている。馘となり、おそらくはその名字の土地=日本列島の辺縁の地へと散り散りばらばらになっていく女たちは、惨めさからいったらいっそう惨めな存在である。
 だが、女たちは〈わたし〉を軽々と超える自由さを所有している。そして、眠り続けている〈わたし〉の背中にそっと上着をかけてやる優しさを持ち合わせている。孟子によれば「義」もまた惻隠の情、つまり人間として自然な感情の発露なのである。
 芝居を引っ張ったのは男優陣だった。〈わたし〉を演じた渡辺恒は飄々とした味わいがあったし、〈センム〉役の佐川達郎は狂気のようなものをよく表現した。鳥羽明彦は表情豊かに、居石竜治は軽快に、黒田瑞仁も軽妙に役どころを押さえていた。
 芝居を引き締め、最後に何かを投げかけて来たのは女優陣だった。〈長万部〉の崎田ゆかり、〈指宿〉の河原舞、〈八戸〉の須藤翔子の競演は見ごたえがあったし、どこか孤独の影をやどしたOL〈ミルク〉の萩原照も印象的だった。
  ※
 今月22日、学生時代の友人の佐藤秀幸がみまかった。かねて療養中であったが10日ほど前に肺炎を発症し、そのまま不帰の人となった。
 40代のとき、日文の同志というより畏友茂木誠を亡くした。50代のときには文芸部の同期で互いに実家を行き来した鈴木正道を亡くした。そして60代で鳥居ゼミのともがら佐藤を見送ることになってしまった。
 27日の通夜だけ参列させてもらった。28日が告別式で、私が芝居を見ているころ、友は骨に帰っていたはずである。
 心から冥福を祈る。卒業してからはときどきしか会わなくなってしまったが、付き合いの悪い私をときおり交遊の場へと引っ張り出してくれた。池袋の居酒屋で偶然出会ったことや、新宿で待ち合わせて吞んでいる最中にミニ句会になったことなど、忘れがたい。
 また一人あとに残されてしまった。まだ後を追う気はもちろんないが、きっと君のことは忘れない。

  犀ならば腹をだしても秋日和






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by yassall | 2016-06-29 20:11 | 日誌 | Comments(1)

コピスみよし第15回高校演劇フェスティバル 勝手に名場面集!

 6月12日、コピスみよし2016/第15回高校演劇フェスティバルが開催された。今年も写真記録班を担当。各校の許可を得て、「勝手に名場面集」として何枚かをアップする。
 その前に一言。やはり15回と聞くと感慨深いものがある。今年のパンフで組まれた特集コラムにも寄稿させてもらったが、第2回では出演校顧問としては参加したものの、実行委員会には名前を連ねなかった。志木高校から転勤したてで、前の学校の部員たちには春の発表会までは面倒をみるから、といっておいた。まだ軸足が前任校にあったのである。
 面倒をみるといっても、もちろん毎日行けるわけでもなく、側面からの援助というかかわりかたである。ただ、新しく顧問になった方がお二人とも転勤したてで、しかも演劇部については未経験者だった。引き継ぎを兼ねてのつもりだったし、春季発表会での上演終了後は帰りのミーティングにも参加は遠慮した。
 そんなことが出来たのも、朝霞高校の方にはMさんが正顧問としていてくれたからだが、そのMさんが翌年に長期研修に出ることになった。私のコピスみよし高校演劇フェスティバルとの長い長いつきあいの始まりだった。

朝霞西高校『朝日のような夕日をつれて』作・鴻上尚史
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 春の地区発表会に続いて2度目の観劇となる。感想は前と変わらない。高校生にしては、という限定付きかも知れないが、よくぞ演じきった。というか、高校生が演じたらこうなった、というならそれでいいではないか、と思った。
 鴻上の芝居には現代文明・現代社会に対する批評精神といったものがあって、うっかり聞き逃すとたちまち芝居が見えなくなってしまう。演じる側がその批評精神といったものを心の奥のところでしっかりとらえていないと、ただただ脚本に書かれた筋書きを追うだけになってしまう。
 (その点でいうと、もしかすると稽古を重ねた分、科白が滑らかに出すぎて、ということは流れてしまって、心に引っかかってくるべき科白が飛んでしまったということが何か所かあったかも知れない。)
 だが、たとえば雇用の現場が総ブラック企業化しているといった話題が出てくる場面では、やがて実社会に飛び立っていこうとする高校生ならではの時代認識が、共感とリアリティをもって表現されていた、といっていいと思う。客席からも大きな笑いが起こっていたが、笑っていた高校生にもそうした同時代意識があったのではないだろうか?(今や高校生のアルバイトでさえブラック化しているのだ。) 
 春に「自分をしっかりと語る」ように演じきった、と書いたのはそのような意味である。
 下の写真はアリの被り物を被って『アナと雪の女王』の「ありのままで」を歌いながら踊っていることころである。こうした駄洒落の連発も鴻上ならではなのだろうが、けっこう力が抜けて、軽妙に出来ていたのではないだろうか?
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東大附属中等教育学校『トシドンの放課後』作・上田美和
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 東大附属は3年連続で都大会への出場を果たしている。いずれも生徒創作によるものである。コピスへの初出場にあたってはどのような創作劇を持って来てくれるのか、いやがうえにも期待が高まるところであったが、『トシドンの放課後』で来た。聞けば、春には既成台本を上演することが多いのだそうである。さて、どんなふうに料理してくれるのか?
 幕が開くと、丁寧に作られたパネルで囲われた生徒相談室。ドアの開閉もすこぶる快調である。このパネルに象徴される通りの芝居になったな、というのが率直な感想である。舞台美術だけでなく、人物造形も、演技もたいへん丁寧に作られていて破綻がない。だが、破綻がないということで、果たしてこの芝居は成立するのだろうか?
 『トシドンの放課後』については以前にかなり詳しく論じたことがある(2014.10)ので繰り返さないが、あかねの心の荒れは父親や故郷に対する喪失感から発する他者からの愛情への渇望である。それは承認への願望であるのかも知れない。初めて担任を経験する新米教師を手こずらせる問題児っぷりのうちにも、その危うさが破綻すれすれの破れ目から垣間見えるようでなければならない。その心のすき間があって、やがて強のことばに敏感に反応していくのである。
 舞台装置のことに戻ると、やはり広くとりすぎた。机がひとつしか置かれていないのが不自然に見えてしまうし、せっかく最初はあかねが強からなるべく遠ざかって机の端の方に坐り、しだいに心が打ち解けて行くにしたがって隣り合わせて坐る、というような演技上の工夫がありながら、観客の方には伝わって来ない。逆に、トシドンの面を被ったあかねが強を床に座らせて説教するシーンでは距離をとりすぎてしまって、心に迫っていく力が不足していた。
 基礎的な力量の高さは誰にも明らかだろう。初めてコピスの舞台に立った学校には辛口になってしまったが、もっともっと自分たちの芝居を出し切れたはずだという激励として受け取って欲しい。
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星野高校『天使は瞳を閉じて』作・鴻上尚史
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 このようなオープニングは星野高校にしか作れないだろうな、と思った。放射能を通さない透明な壁、その壁があることによって初めて人間の生存が可能となり、やがて人々は壁の外へ出ることをあきらめ町を作り始める。
 写真は長い眠りから目覚め、初めて自分たちの生きる世界が透明な壁に覆われていることに気付いたという場面である。やがて始まる芝居のキャストは10人。その先祖たちということになるのだろうが、この人数はそうした芝居のシチュエーション(大枠)づくりの域をこえた何かを表現し得ている。
 『天使は瞳を閉じて』の初演は1988年だそうだが、2011年の3.11後にこの芝居を上演するのには新たな意義が付与されることになるのだろうと思った。透明な壁はもはや少数の選ばれた人間たちによってではなく、現代に生きるすべての人間たちによって認知され、自らが直面する運命に対する激しい自覚を促されるべきはずのものだからだ。無彩色である白で統一された衣装にも、その透明な壁は特定の個人の前に現れたのではないことが象徴されている。
(もちろん放射能から人間を防護する壁など存在するはずがない。とすれば、この透明な壁はたとえば「安心・安全神話」といった虚構であるのかも知れない。それはいつか必ず決壊せざるを得ず、しばらくは思考停止状態に置かれた人間たちを待っているのは破滅でしかない。)
 透明な壁とならんでこの芝居を象徴するのは天使である。しかし、それは「神」なき時代の天使である。人間とともにあろうとした天使は、やがてその不可能性の前に挫折を強いられる。
 虚構の壁に閉じ込められ、身近にいる天使の存在にも気付かず、人間はどのようにして生きていくことが出来るだろうか? きっとドラマはそんなふうに展開していくのだろうと思った。残念ながら、その後の芝居は平板になってしまったように感じた。ユタカは尾崎豊とシンクロされているらしいのだが、自らの「不自由」に目覚めたもののあがきやもだえといったものも伝わって来なかった。
 それでも、このオープニングを見せてくれただけでも、(もしかするとその後に続く芝居との連続性からも失敗だったのかも知れないが)、星野高校がこの芝居をやってくれてよかったと思った。昔、森本哲郎の本を読んで知ったヴィトゲンシュタインの「ハエとり壺」のことも連想したりした。
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坂戸高校『報道センター123』作・迦陵頻伽
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 作者の迦陵頻伽(かりょうびんが)の読み方を教わったが、なんだかピンと来ない。Wikipediaで調べたら「上半身が人で、下半身が鳥の仏教における想像上の生物
」とあった。ますます頭の中に?マークがついたが、どうやら山口県立華陵高校の「華陵」をもじったネーミングらしい。
 『高校演劇Selection2006』にあらすじが紹介されていたので転載してみよう。

「学食メニューの削減をめぐって揺れる花岡高校。報道部は客観的・中立的立場から、学校の現在を伝えようとする。そんな中、教師によるセクハラ疑惑が浮上。事態の緊急性から異例の特別番組を組んだ報道部だったが、その放送が新たな事態を招くことに……。正義とは何か、報道とは何かをこの作品は問いかける。」

 普通、どの学校でも放送部といえば、昼休みに放送室を開けて学校内の諸連絡や学校行事にかかわるアピールをしたり、せいぜい音楽を流しながらディスクジョッキーのまねごとをしたり、といったところが活動内容だろう。
 それが、3人しかいない部員が放送部ならぬ報道部を名のり、TVカメラを担いでさまざまな現場に切り込んではインタビューをこころみたり、取材にあたる。取り上げるニュースは学食のメニュー削減問題をめぐっての洋食派と和食派との対立、そこから引き起こされた(らしい)テロ事件、教師によるセクハラ疑惑についてはゴシップ的な関心も加わって学内中をヒートアップさせていく。
 たわいもないといえばたわいもなく、デリカシーに欠けるといえば欠ける、つまりは現実にはあり得ない、ときにきわどくもある世界が描かれていく。
 だが、学内の部活動という設定の中に、実は現代社会の縮図が表現されているんだ、と考え直してみると、俄然さまざまな問題が見えてくるところが面白い。そして、さまざまな圧力を受けながらも、この3人の部員たちが勇気をふるって取材に突撃したり、報道倫理をめぐって真剣に悩んだり、討論したりする姿が頼もしくなったりしてくる。
(昨今のNHK会長の言動に象徴されるような報道に対する圧力の強まりの中で、国論を二分する問題を正面から取り上げたり、ただ叩きやすい相手だけでなく、タブーを恐れずに巨悪に切り込んでいくというふうに現代のマスコミはなっているのか!)
 もちろん、ただのドタバタ劇として楽しむというのが正しいのだろうし、それがためにわざと設定を非現実的にしているといえるのかも知れない。
 つまりは坂戸高校の部員たちの達者な、それでいて大まじめな(あるいは大まじめを粧った)演技に支えられてこの芝居は成立しているのだろうし、でも、もしかしてこの生徒たちの中から報道の分野に進みたいと考える人間が現れるのではないだろうかと想像したりしてしまうのだ。
 今回は大道具についてはいわない。といいながら一言すれば、確かにスタジオエリアはもう少し広い方がよかったとは思うが、シーンを切り分けていくという点ではレイアウトは成功しているのではないだろうか?
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東京農大第三高校『もしイタ~もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を呼んだら~』作・畑澤聖悟

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 「ああ、もう一度彼等の歌う「栄冠は君に輝く」を聞きたい。」というのが、昨年11月の埼玉県高校演劇中央発表会を終えたのちの感想であった。その願いがかなえられたという一言に尽きる。
 コピスでの再演を了承してくれたのち、週2回は「もしイタ」の日と定め、メンバーを変更することもなく練習を重ねてきてくれたとのことである。それでも、モチベーションの維持には困難がともなっただろう、「慣れ」によってかえってクオリティーが低下してしまうようなことがあるかも知れない、と心配しないでもなかった。
 実際、前日のリハではやや走りすぎているような気もして、何とか本番では気持ちを持ち上げていって欲しいなどと感じたりした。(あとから聞いたら、3年生に進級したこともあって、英検かなにかで何人か抜けていたそうだ。)
 さて、本番。私のつまらない懸念などはまたたくうちに払拭されてしまった。むしろドン上げ始まり、2ベルなし、「ただ今農大三高はウオーミングアップ中です」との肉声アナウンスからいきなり群衆劇に入っていく流れには、中央発表会とは違ったのびやかさが加わっていた。このチームがいかにこの芝居と深くかかわり、愛してきたかが伝わって来た。
 次の写真は野球部にコーチを招くことを学校側にかけあっているところ。芝居を重くし過ぎないための工夫もよく考えられていた。
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新座柳瀬高校『Angel in Broadway!=SEQUEL“The First and Last Romance!”』原作・デイモン・ラニアン 脚色・稲葉智己
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 春にはダンディズムということばを使ったが、「オシャレ」と「サービス精神」にますます磨きがかかったな、というのが第一印象だ。
 レイアウトのよい平台は色分けされており、何といっても背景の摩天楼群が凝っている。写真では窓明かりの豆球の光が強すぎるようにみえるが、実際はもっといい感じだった。私も作ってみようと思ったことがないわけではなかったが、直線を揃えながら丹念にベニヤを切り抜いていくという作業量の厖大さを考えて止めにした。これをやりきってしまうところに追究心の強さを感じた。
 救世軍の街頭での布教、サラの気を引くための善行としてスカイが街路を清掃する場面、サラの祖父である救世軍の将軍の登場と、ふんだんに役者を客席に送り込んだ。私は客席を使った芝居はあまり好きではないのだが、すぐそばを役者が通りかかったり、話しかけられたりすれば客は喜ぶには違いない。
 ラブコメディとしてはどうなのだろう? 後から振り返ると、スカイの側にもサラの側にも駆け引きがあったことが判明する。このあたりはもう少し分かりやすく丁寧に描いてもよかったのではないかとも思ったが、これくらいさっぱりしていた方が洒落てると踏んだのだろう。結局、スカイは救世軍に入団する結果になるのだから、最終的な恋の勝利者はサラだったというわけだ。
 ところで、ずっと脇を固めてきたブランディ役の生徒は今回もなかなかの存在感だった。舞台を降りるとかわいらしい女子生徒なのだが、上背がある分、男役で舞台に立つと様になる。スカイとダイスの勝負を繰り広げるわけだが、実はスカイの恋の駆け引きのための策略なのだと察しながらこれに乗ってみせるところなど、やはりダンディとしか言いようがないではないか?
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 といいながら、そのブランディの写っている写真がないなあ…。それでは柳瀬だけ特別にもう一枚!
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 G7+45-200mm
 GM5+12-32mm

 さて、「勝手に名場面集」も3回目である。その前は写真のアップの許可を得ていなかったので、「やぶにらみ観劇記」とタイトルをつけて感想をアップした。
 今回も劇評の部分は「やぶにらみ」だと自覚している。というのは、台本の作者が何を表現したかったのか、上演した側のチーム(劇団といっていいかも知れない)が何を表現したかったのか、というのとは全く無関係に、大多数の観客の一人として、その芝居をどのように受け取り、どのように感じたかを書こうと思ったからだ。
 ただ、今回(実は前回にも少し)はその限界を感じていたことも確かなのである。パンフだけを頼りにしていると、あの科白をしやべったのはどの役の役者だったか、というところから分からなくなってしまうことがある。すべては舞台上でみせるべきであって、台本を読んでもらわなければシチュエーションも科白の内容も伝わらないのでは意味がない、といってしまえばそれまでなのだが、やはり自分の書いたものに責任を負おうとすればそうも言っていられないのだ。
 そうかといって、予め台本を読ませてもらうのもなあ。責任を負えないことは書かなければいいのか、それとも無責任な一観客というポジションを守っていけばいいのか……。ともかく、今年はこれまでである。







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by yassall | 2016-06-20 20:18 | 高校演劇 | Comments(2)

怒りと悲しみの沖縄県民大会に呼応する『命と平和のための6.19大行動』

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 6月19日、「悲しみの沖縄県民大会に呼応する『命と平和のための6.19大行動』」に参加してきました。6月5日に続く今月2回目の国会前行動です。
 集会中、同時刻に開催されている那覇の集会に6万5千人の人々が結集したという報告がありました。国会前集会の参加者は1万人と発表されました。
 戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会と「止めよう辺野古埋め立て」国会包囲実行委員会の共催でした。
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 各党派のあいさつで共産党からは田村智子参議院議員があいさつしました。



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by yassall | 2016-06-19 17:28 | 日誌 | Comments(0)

プラウダを持つ蔵原惟人

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 開催が明日までという日、板橋区立美術館へ出かけて来た。駆け込みである。展覧会名は「絵画・時代の窓1920s→1950s」、板橋・池袋モンパルナスに関連した作家たちの前衛的な作品を収集してきた館蔵品展である。
 新聞で紹介されたとき、標題の「プラウダを持つ蔵原惟人」が展示されているのを知り、ぜひ見たいと思った。これが目当てで出かけたようなものであり、他にも何作かは気をひかれる作品はあったが、ねらいは間違っていないと思った。
 蔵原惟人は長く日本のプロレタリア文学の理論的支柱であった。プロレタリア文学というと、革命のための文学=プロパガンダという印象がどうしてもぬぐえない。だが、この絵に描かれた若き蔵原惟人はソ連留学を終えて帰国したばかりという初々しさを漂わせている。
 着衣の青いルパシカはモデルをつとめるに当たってのリクエストであったという。その質感のみごとさもさりながら、すっきりとした顔だちは少しも野心的なところがなく、気高さのようなものが感じられる。
 画家の永田一侑は芸大卒業後の1927年に労農芸術同盟に加盟、その後前衛芸術家同盟の結成にかかわっている。この絵が描かれたのは1928年、第1回プロレタリア芸術展に出品された。
 新しい芸術を創造したいとする若き才能の出会いであったのだろう。やがて二人とも特高警察の監視下におかれ、何度も勾留されることになる。それでも絆は固く、二人の交際は戦後も続いたとのことだ。
 蔵原惟人からはとうに卒業した気になっていた私は、これまで知らなかった、しかしこれこそが真実の姿であったかも知れない蔵原惟人と出会ったような思いから、作品の前からしばし立ち去りがたかったのであった。
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by yassall | 2016-06-19 00:12 | 日誌 | Comments(0)

昭和記念公園・季節の花々

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 6月14日、人と会う用があって立川まで出かけて来た。昭和記念公園は以前にも桜だか、紅葉だかを撮りに行こうとして、実現していなかった。短い時間だったが、せっかくなので季節の花々などを撮ってみた。
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 季節の花といえばやはり紫陽花ということになる。
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 水鳥の池にそって紫陽花街道が設えてある。
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 額紫陽花も色とりどりである。
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 なかにはこんな花も頭をのぞかせている。 
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 小規模ながら花菖蒲園も設けられている。
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 なかなか見ごたえがあったが、しぼんだ花も混在してしまい、絵になる写真にするのは難しい。
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 もう一枚。
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 午後も日が傾きかけたころだったが睡蓮も顔をのぞかせていた。(葉が蓮みたいなのだが、近くには睡蓮の葉も見えていた。)

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by yassall | 2016-06-18 19:47 | 散歩 | Comments(0)

コピスみよし2016/第15回高校演劇フェスティバルが開催されました!

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 いかん、いかん。うっかりしていたら1週間前の話になってしまった。6月12日、第15回高校演劇フェスティバルが開催され、盛況のうちに無事閉幕しました。
 私は今年も写真記録班を担当。写真は開場風景です。現在、「勝手に名場面集」2016を準備中。左手親指の不調もあって少々滞りがちですが、6月中のアップをめざして鋭意奮闘中です。(書き終わるころには忘れ去られている可能性ありなので、予め告知しておこうとの魂胆です。)
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 昼休みの階段パフォーマンス風景。近年ではお客さんのお目当てのひとつです。今年は川越西・農大三高による合同チームでした。明るく、元気よく、さわやかに演じてくれました。

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by yassall | 2016-06-17 18:49 | 高校演劇 | Comments(0)

マウス腱鞘炎?

 どうも2週間前ほどから左手親指の付け根が痛んでしかたがない。身体を横向きにして寝るくせがあるので、無理な体重のかけ方をし、寝挫いてしまったのかと思った。「自覚症状がなかったの?」と言われたが、酒に酔って眠りこんでしまうと、痛みに気がつかないことがあるのだ。
 ところが、ロキソニンを貼り付けておいても少しもよくならない。回復が遅れているのも年齢のせいか、困ったことだ、とくさくさしていたが、昨日ハッと思い当たることがあった。関節に損傷があるのではなく、腱に原因があるのではないか、とパソコンを前にしてマウスを握っている最中にピンと来たのだ。
 私は左利きなのでマウスは左側に置いている。ただ、他所で使えないと困るので左クリックは中指で、右クリックは人差し指で行うようにしている。どうしても左クリックの方を頻繁に使うので、中指が攣ったようになるという経験が今までにもあったのである。
 整形外科にでもかからないと断定はできないのかも知れないが、ネットで調べてみると、症状や自分の生活習慣からして腱鞘炎と考えてたぶん間違いない。
 では、どうしたらいいかというと、休ませる、つまりパソコンを使わないでいるのが一番いいらしい。とはいえ、そうもいかないだろうから、必要最小限にし、現在痛みのある箇所をできるだけ使わないようにするしかないだろう。変換キーなんかも右親指を使うようにする。ただ、キーボードを叩くときは指だけを使っているのではなく、手首・肘・肩にも負担が及んでいるらしい。やはり、パソコンを遠ざけるのが一番ということになるらしい。
 しばらく不便な思いをするが、重症化するとやっかいらしいから、気がついたところで治療を優先させた方がいいだろう。

※この機会にwindows10への移行をこころみるか? それとも泥沼になるか?

[追記]
18日、かかりつけの整形外科の診察を受けたところ、やはり腱鞘炎との診断でした。バネ指とも呼ばれているそうです。重症化すると曲げようとするとバネのように真っ直ぐにはね返ってしまうところからのようです。

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by yassall | 2016-06-16 13:18 | 日誌 | Comments(2)

政治を変えよう! 6.5全国そうがかり大行動

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 「明日を決めるのは私たちーー政治を変えよう!6.5全国総がかり大行動」が「戦争法廃止」「貧困・格差是正」「参院選野党勝利」「安倍内閣退陣」をかかげて開催されました。
 大行動は全国で繰り広げられましたが、国会前集会には4万人の人々が集いました。折しも、夏の参院選に向けて全国32の「1人区」で野党の候補者一本化が確実となり、スピーチに立った人たちの訴えにも熱が入りました。
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 湯川れい子さんのスピーチ。御年○十歳とは思えない溌剌ぶりでした。
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 最近の集会やデモの特徴は参加者がさまざまな工夫をこらしてくること。お願いして写真に撮らしてもらいました。


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by yassall | 2016-06-05 19:41 | 日誌 | Comments(0)

辣韮の季節Ⅱ

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 鳥取産のらっきょうが届いたのでさっそく漬け込んだ。
 先日、TVを見ていたら、らっきょうとエシャーレットの両方を出荷しているという農家が取材を受けていた。エシャーレットと早採りのらっきょうを比べてみると、まったく同じものである。
 前回の鹿児島産の漬け込みのとき、生でも食べてみるつもりだと書いた。エシャーレットと同じものなら何の問題もなかったわけだ。食べてみると辛みも何もなく美味である。むしろ今年は塩漬けしたものの方が無闇に塩辛く感じる。
 実は来週にも届くことになっているので、次回は塩の量を減らしてみるつもりである。

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by yassall | 2016-06-05 12:15 | 日誌 | Comments(0)

"雨"の大谷 黒部アルペンルートの旅

 5月29日・30日の日程で黒部アルペンルートのツアーに参加してきた。前回は黒部ダムの放水風景がメイン(2013.7)だったが、今回のお目当ては雪の大谷である。
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 前回は扇沢側からルートに入ったが、今回は立山側から。そこで1日目のうちに富山市まで行ってしまおうというのである。いやはや、相変わらずの強行軍である。最初に立ち寄ったのは飛騨高山、写真は市内を流れる宮川である。
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 飛騨高山は数度目なので上三之町方面の保存地区や高山陣屋は避け、下三之町方面を歩いた。
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 旧家も土産物屋と化しておらず、観光客は少なく、趣のある街並みが続く。オプションの弁当を嫌い、昼食を高山のそば屋でとったので時間が足らず、桜山八幡宮や屋台会館までは足をのばせなかった。もう高山はいいやと思っていたが、次回の楽しみになりそうである。
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 1日目の次の旅程は白川郷。白川郷も2度目だが、前回はライトアップされた雪の白川郷が目当てだったのに、雨に降られ、屋根の雪も溶けかかってがっかりだった。次回は昼間のうちに来てみたいと思っていたので、ちょうど良かった。
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 人手も乏しく、経費もかかるというので、なかなか葺き替えもままならないと聞いたことがある。年月を経ての風合いというものもあるのだ。
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 用の美というのか、雪害を避けるという実用から考案された合掌造りだが、独特の美意識を感じさせる。
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 富山市に到着したのは18:30過ぎ。宿舎のANAクラウンプラザホテルは富山城趾公園の真ん前だった。写真は夕食後の散歩と買い出しの際に撮ったもの。城郭仕様だが建物名は郷土博物館。このころ、天気予報通り、空から雨が落ちてきた。
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 出発は朝7:30。8:05の富山地方鉄道で立山駅へ。ここからケーブルカーと高原バスを乗り継いで室堂へ向かう。室堂到着が11:00前。天気予報ではそろそろ雨は上がり、曇りになるはずで、多少は期待していたのだが、ご覧のとおりである。
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 雪の大谷側はまだ良かったくらいで、反対側のミクリガ池に回ったときは視界は10mほど、カメラを出す気にもならないほどの雨風だった。
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 大谷ウォークとして開放されているエリアの先端からの写真。向かって左側がバスの通り道。右側にロープを張って歩行者が歩けるようになっている。山側はそれでも10mほどの積雪が残っているが、谷側はせいぜい人の背丈ほどである。もう5月も終わりなので雪壁の高さは覚悟していたが、”雨”の大谷になってしまったのが残念である。
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 雪の大谷はGPSで道路の位置を確かめながら除雪していくことで出来る。これは土産店で買ってきたクリアファイルの写真をスキャンしたもの。まあ、よほど時期を選んで幸運に恵まれなければ、この雪壁と青空を望むことはかなわないのだろう。道路幅もずっと狭く見える。
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 室堂からトンネルトロリーバスで大観峰で出、黒部平まではロープウェイになる。13:30発のロープウェイのゴンドラが霧の中から姿をあらわしたところである。
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 室堂と黒部湖の標高差は1000mほど。写真では霧が垂れ込めているが、ここへ来てようやく視界が晴れてきた。
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 何と青空まで顔を出している。もう1日、せめて半日天候がずれてくれたらと思わないではないが、山の天気ばかりは仕方がない。後はトロリーバスで扇沢までのコースを残すばかりである。
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 GM5+OL9-18mm
 TX1




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by yassall | 2016-06-04 14:00 | 風景 | Comments(0)