<   2015年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧

桜2015②黒目川

c0252688_19413876.jpg
 朝霞高校演劇部の卒業公演があるというので、朝霞台の産業文化センターまで出かけて来た。退職して4年にもなるのでお知らせメールも滞りがちになって来たのだが、たまたま先週の火曜日に顧問の先生と同席することがあったのだ。
c0252688_19422332.jpg
 というわけで、今日は桜の撮り歩きが目的ではなかったのだが、会場近くに桜並木がみえた。これはカメラに収めずに帰るわけにはいかない。この近くには何度も立ち寄ったり、通りすぎたりしているのだが、こんなにみごとに桜が咲いているのは初めてだったのだ。
c0252688_19430013.jpg
 川岸の緑との対比が美しい。黒目川を通勤路にしている人の話を聞いたことがあるが、自慢の理由が分かったような気がした。
c0252688_19412779.jpg
 堤沿いにどこまでも歩いて行ってみたいのは山々だったのだが、思ったより公演が長丁場だったのであきらめた。
   ※
 前後が逆になってしまったが、卒業公演に先だって在校生による春季発表会に向けた芝居の試演があった。演目は高泉淳子「ライフレッスン」。私が在職中にレジストしておいたものを部員が見つけたらしい。科白の良さはつかめていたように思った(というより、私にとっての発見だった)。
 卒業公演の方はコミック仕立ての創作劇。シェアハウスを舞台にしたところはなかなかの設定だと思った。それぞれの個性を生かしてのびのびと出来ていたのではないだろうか。

p330




by yassall | 2015-03-30 20:08 | 日誌 | Comments(0)

桜2015①前野

c0252688_22432246.jpg
 やっと春になった。今年は桜の撮り歩きをしてみようと思う。見ごろの期間が短い上、季節の変わり目は天候の変化も激しいので何カ所くらい回れるか分からないが、手始めに近所を歩いて見ることにした。
c0252688_22424223.jpg
 前野公園は徒歩5分ほどのところ。窪地になった地形を利用して造園されているので、目線の高さで桜をとらえることが出来る。
c0252688_22572024.jpg
 公園の中に入って見上げるとこんな感じ。青空は美しいが露出のせいで花の色がややつぶれ気味。
c0252688_22465824.jpg
 形のよい花房を探していく。
c0252688_22444581.jpg
 シャッターを切っていると、「近所で枝垂れ桜が満開ですよ」と教えてくれる人がいる。さっそく行って見ると確かにみごとな枝振りなのだが、このままでは絵にならない。
c0252688_22435475.jpg
 アングルをかえてみる。滝が落ちかかるような雰囲気を出したかったのだが、まだ迫り方が足りなかったか…。
c0252688_22453116.jpg
 常楽院まで足をのばす。変哲もない町の寺だが、前野式土器を保存していることで、考古学を専攻している人にはけっこう知られているようだ。
 宗派は真言宗で、山門前に野仏が集められている。ときどき被写体にしているのだが、今日はロングショットでねらってみた。
c0252688_22455060.jpg
 ここの桜も満開になるとけっこう見ごたえがあるのだが、まだまだ三分咲きというところだろうか。
c0252688_22460629.jpg
 花の姿も初々しい。
c0252688_22430768.jpg
 二輪草。桜以外の花もあちこちで開花が始まっている。
c0252688_23192813.jpg
 白木蓮はすでに満開で盛りをすぎた感じ。いち早く春を知らせ、またたくまに姿を消していく花だ。
c0252688_23174416.jpg
 小ぶりだが、艶やかな色をしている。
c0252688_22451330.jpg
 この日は夜、元演劇部顧問の仲間といっしょに吞むことになっていた。昼のすき間の時間を利用してぶらぶら散歩を楽しんだわけだが、薄着にしたはずのジャンパーを着たままでいると汗ばむような陽気だった。足踏みしていた春がいっきに押し寄せたような日だった。

 D3300+18-55mm、SIGMA50mmMACRO
 

by yassall | 2015-03-29 23:31 | 散歩 | Comments(0)

白鵬を讃える・勝手に応援団編

 どこでスイッチが入ってしまったのか分からないが、このところ勝手に白鵬応援団のようになってしまった。
 今年の初場所の一夜明け会見で審判部を批判し、「子供が見ても分かるような相撲。もっと緊張感を持ってやってほしい」と語ったことが舌禍事件に発展し、一部マスコミから止まることのないバッシングを受ける事態となった。
 以前にも書いたように、確かに失言には違いなく、焦点となった稀勢の里戦を振り返っても取り直しはまず妥当なところで、白鵬側の思い込みが勝ってしまった勇み足というところだろう。
 だが、親方を呼び出して厳重注意したことで日本相撲協会としての決着はついているのだし、それこそ大鵬の記録を更新した偉業を「台無し」にするような騒動の中で報いは十分受けているのである。
 それなのに、である。ここぞとばかり、執拗に、無理にでもヒール(悪役)に仕立て上げ、「水に落ちた犬は打て」とばかりにバッシングが続けられている様に、どうやら義憤のようなものを感じてしまったのである。
 一例だけあげる。母国モンゴルで労働英雄賞を受賞した際、「父は20世紀の大横綱。私は21世紀の大横綱になった」と述べたと報道されたが、帰国後に「私は横綱になった、と言ったのであって、大横綱などと偉そうなことは言っていない」と朝日の記者にもらしたという。(スピーチはおそらくモンゴル語でなされたのだと思う。モンゴル語でどういうかは知らないが、英語では横綱はGrand Championである。Grandにあたるような言い方がモンゴル語にあったとすれば、訳し方によって「大」が加わることもあるかも知れないが、それにしても恣意的である。)(※)
 これでは白鵬がマスコミに対する警戒心を強めるのは当然であるし、しだいに口を重く閉ざすようになったことももっともなことだと思ってしまう。

 そんな中、春場所の行方はどうしても注目するところとなった。結果は14勝1敗で、大鵬につぐ2度目の6場所連続優勝を果たし、自らの持つ優勝回数の史上最多記録を34に伸ばした。1敗は13日目の照ノ富士戦で、これは輪島以来の2場所連続13日目での優勝決定を逃すところとなった。
 さて、場所中も記者の取材に答えず、沈黙を守ったわけであるが、注目されたことのもう一つに優勝インタビューおよび一夜明け会見があった。
 固さが残り、どこかぎこちないながらも、言葉を選びながらの優勝インタビューのことはあとで触れるとして、一夜明け会見についてふれてみたい。

 最初にだが、いつもは午前中に開かれる一夜明け会見であるが、今回は午後1時の開会であったとのことだ。初場所では朝方まで続いた祝勝会のためか、約束の時間に1時間遅れ、しかも酒臭かった(そんなことは他の優勝力士にもしょっちゅうあったらしいが)ことも非難の対象になっていた。報道側からの配慮なのか、白鵬側からの要望なのかは不明だが、今後の前例にした方がよいと思う。

 さて、朝日デジタルは会見の模様を以下のように報じている。

 「白鵬は会見で、大記録を達成して迎えた春場所について「ちょっといつもと違う感じがした。本場所は人を成長させるところ。改めて感じた」と語り、優勝を争った照ノ富士について「体が大きくなった感じがしたし、自信が現れている」と感想を述べた。審判部批判について問われると、「親方を通じて北の湖理事長と話した上で終わったこと」と話した。」

 一方、産経WESTは「最後まで真剣に答えた」というコメント付きで、「主な一問一答」を8ページにわたって掲載している。これによると、「審判部批判」問題についての発言は朝日の記事と微妙に異なっているようにみえる。産経では、「問いかけ」は、

 「初場所の一夜明け会見で、横綱が言った13日目の稀勢の里戦。まだ納得いっていない部分はあるか」

 であったのであり、その答えも、

 「親方を通じて、北の湖理事長とよく話した上で終わったことなので。別に。そういった意味で今場所は相撲だけに集中してやりたいと思いました。その結果というのは、誰が見てもわかる相撲内容だった。頑張ったと思います。」

 と続いている。
 朝日の「審判部批判について問われると」という、あたかも「審判部批判」に対する反省があるかどうかを尋ねた質問に、「終わったこと」と蒸し返されるのを嫌い、幕引きをはかったかのような印象をあたえる書き方とは、実際はずいぶん違っていたことが分かる。
 (普段は産経新聞の報道姿勢に批判的な私だが、この一件については産経は公平な立場を守っていると思った。)

 照ノ富士についても、優勝インタビューでは「横綱のライバルになると思うか?」という問いに「すぐ、こういうことを言うから(笑)。お互いに頑張っていきたいです」と答えたことが、早速「少しムッとして」などと報道されたが、次のように相手を讃えることを忘れていない。(最後の一言からすれば、ライバルを問われれば、やはり横綱・大関を差し置くことはしないのだろう。)

 「私が思うのは、やっぱり稽古内容。ひとつふたつ体が大きくなった感じがする。」
 「やっぱり伊勢ケ浜部屋はそうそうたるメンバーがそろっている。そういった力士と稽古してきたんだという、本人の自信のあらわれだと思う。」
 「いずれ新時代も来ますから。そこで少しね。横綱として立ちはだかっていけば。」
 「今まで1人で頑張ったときに、日馬富士関と鶴竜関が横綱に昇進したことで、再びやる気が出た。そういうときもあった。今回の照ノ富士の活躍は、また頑張れる原動力になると思います。」

 一部に関係が悪化しているといわれる宮城野親方に対しても次のような一言を添えている。

 「丈夫な体に生んでくれた両親、ご先祖様、宮城野部屋、親方始め、みなさんにお世話になっているので。感謝しています。」

 「親方」といえば、部屋関係者によると春場所前に親方と同伴で北の湖理事長に謝罪した、というような記事もあったが、他紙ではふれられていないので真偽は不明である。本当だとすれば、「親方を通じて、北の湖理事長とよく話した」というのは厳重注意を受けたときのことを指しているのではないことになる。
 
 さて、日が前後してしまったが、どのような心構えで春場所に臨んだかを優勝インタビューで問われ、白鵬はつぎのように切り出した。

 「いろいろ騒がしましたけど」(館内笑い)

 ああ、自分から切り出せたな、と私はつぎの言葉に期待した。やはりどこかでこの問題に決着をつけておく必要はあっただろうし、初場所に続く連続優勝となったこの機会こそ絶好のチャンスであった。私の注目もそこにあったのだが、かなり長い時間を絶句したあと、「まあ、頑張ります」という一言を発するのがやっとだった。
 その意味では、まだまだ心の整理が足りなかったのか、と感じざるを得なかったが、その沈黙の間、会場から起こった笑いや、かけ声や、拍手は温かいものだった。
 それは、大阪出身大関の豪栄道戦でおこった大声援の「豪栄道」コールの中でも冷静な相撲を取ることができた白鵬を、大阪の相撲ファンも認めたということではないだろうか?「頑張ります」の一言も、そうしたファンの気持ちが伝わってのことだったと思いたい。

 「やっぱりさきほど言ったように、あの場所。本場所は人を成長させたり、試したり、人を喜ばせたり、楽しませたり、といった特別な場所。頑張れたと思います。」

 さて、俄づくりの勝手に白鵬応援団であったが、「なぜ頑張れたのか?」の問いに、上のように答えた言葉を信じてしばらく休止としたい。

 「自分の中でそう思うがまわりはそう思ってなかった。ちょっと残念。まあ後の先というか、そういう感じがした。そういう風に思われないのはしようがない。自分の中では変化じゃない感じがします。みなさんにもう少し相撲を勉強してもらいたい。」

 今場所の稀勢の里戦でも「横綱らしくない」「変化」だという批判があった。「変化」か、「後の先」によるさばきか、横綱にふさわしいかどうかは別として、さっそく一部マスコミでは最後の「もう少し相撲を勉強してもらいたい」の部分だけがクローズアップされて報じられている。
 こうした心ない難癖まがいの攻撃は今後も続くことだろう。それらに対抗していくためには、本人の言うとおり横綱自身が人として「成長」し、鍛錬を積んでいくしかないのだから。まずは来場所を楽しみにしている。

※この投稿のあと、Webで下記のような記事を発見した。「
 「2月中旬。モンゴルで日本の国民栄誉賞に相当する「労働英雄賞」を授与された。モンゴル語のスピーチ。通信員を派遣した弊社は「父はいつも『私は20世紀にモンゴル相撲の横綱になり、息子は21世紀に大相撲の横綱になった』と言っていた」と伝えた。だが、日本では広く「父は20世紀の大横綱。私は21世紀の大横綱になった」と報じられた。自ら「大横綱」と言ったとされ「不遜」だとされた。関係者に確認してもらうと、誤訳だった。」(3/24日刊スポーツ.com)


by yassall | 2015-03-24 14:16 | 雑感 | Comments(4)

安倍政権NO!☆0322大行動に参加してきた

c0252688_12572289.jpg
 事務局は首都圏反原発連合・原発をなくす全国連絡会・PARC NPO法人アジア太平洋資料センターであるが、原発のみでなく集団的自衛権、特定秘密保護法、沖縄米軍基地、TPP、農協改革、憲法、雇用、ヘイトスピーチなど、安倍政権がすすめる政策、および現政権下で起こっている諸問題に抗議し、反対しようという集会になった。
 脱原発という課題の一点で、さまざまな運動体がそれぞれの立場の違いをこえて一致しよう、という動きは最近のものである。今回の集会は、多様な課題にとりくむ運動体が、安倍政権打倒という一点で一致しようという呼びかけで開催された。実行委員会、賛同団体に名を連ねた各組織の多様性がそれを裏付けている。
 家を出るのも少々遅れたのだが、丸ノ内線で線路内への立ち入りがあったとのことで、池袋で乗り込んだ車両はちょうど運転再開直後だったらしく、最初は銀座との折り返し運転とのアナウンスがあった。幸い、乗車中に安全確認が終了したとのことで霞ヶ関までそのまま行けることになったが、何度も時間調整のための停車があり、一時はやきもきさせられてしまった。
 3月8日のときは何とか集会場である野音に入れたのだが、そんなこんなで日比谷公園に到着したときは野音はすでに入場制限がされていた。
c0252688_12573652.jpg
 集会は2時には終わり、請願デモと国会包囲行動へ。年寄りをひとり家に残していることもあって、早めに帰りたかった私は直接国会正門前へ向かった。
 主催者発表による参加者は1万4000人。前回の集会よりかなり人数が少ないことになるが、国会前に集まった人々の様子からすると意外な気がした。正門前だけでなく、各党の議員や参加団体代表によるスピーチ会場となった国会図書館前にもけっこうな人数が集まっていた。
 今回の集会が先に書いたような性格づけの下に開催されたのは、現政権の政策がもたらす国民生活とその安全の破壊が、それだけ構造的かつ全面的に押し進められようとしているということではないか?
 相手側が、いうなれば戦後社会の枠組みを根底からひっくり返そうという攻勢をしかけてくるなら、これに立ち向かう側もひとつにならければならないというわけだ。
 もちろん、そのためにはまだまだ結集の力も運動の広がりも足りない。それでも、いま大事な一歩を踏み出そうとしていると思いたい。
c0252688_12581236.jpg
 憲政会館には今日も早咲きの桜が。桜の木の下に集って、しばしの花見です。

by yassall | 2015-03-23 14:15 | 日誌 | Comments(0)

今年も森林公園で観梅

c0252688_20580591.jpg
 12日、Kさんに声をかけてもらって今年も森林公園へ観梅に出かけて来た。今回はNさんも一緒である。
 スポーツマンであるNさんはジョギングスタイルでの参加だったが、野遊びもさることながら、実は梅見の杯を交わすのが目的である。
 最初のうちこそ「?」という様子だったNさんも、すぐに雰囲気に同化する。そう、嫌いな人は誘ったりしないのである。観梅で乾杯!なんちゃって。
c0252688_20585156.jpg
 昨年より10日ほど遅れての森林公園行だったが、青空が広がり、前日までの風も収まって、暖かな日射しを楽しむことができた。
c0252688_20561253.jpg
 梅は咲き始めが観賞しどきなのだそうだが、まだまだつぼみを持っていた。
c0252688_20572806.jpg
 花の形も崩れていない。
c0252688_20563086.jpg
 いろいろな種類の梅が植樹されている。
c0252688_20583286.jpg
  紅白、ピンク、色とりどりの花弁が重なり合っている姿は、言葉にしようもない美しさである。
c0252688_20562055.jpg
 枝振りもさまざまだ。 
c0252688_20571568.jpg
 こちらは山茱萸(サンシュユ)の木。黄色も青空に映える色だ。
c0252688_20591126.jpg
 西日の中の菜の花。菜の花も春の訪れを感じさせる花だ。
c0252688_20574222.jpg
 森林公園を後にし、アフターは東松山の桂馬。Sさん、KRさんに、今回はKTさんも加わって多いに盛り上がった。

 D3300+18-55mm、SIGMA50mmMACRO

by yassall | 2015-03-13 21:30 | 散歩 | Comments(0)

3.8反原発統一行動に参加してきた

c0252688_23402723.jpg
 「福島を忘れるな!再稼働許すな!」の声を一つに全国で大行動を、の呼びかけのもと、3.11から4年目の反原発統一行動が開催された。
 あいにくの空模様であったが、このところ集会にも足が遠ざかっていたので出かけて来た。第一部は日比谷野音での大集会の後、請願デモおよび国会大包囲である。この規模の集会が開かれると、デモの出発だけでも2時間3時間待たされることがざらである。今回は時間調整のため2隊に別れることになり、野音に入れた人たちは直接国会前に向かうことになった。
 NHKも取材に来ていたが、最近の報道姿勢から果たしてニュースで放映されるかどうか危ぶんでいたところ、8:45のニュースでは集会のことを取り上げていた。ただし、参加者は2万人(主催者発表は2万3千人)だったが、3年間で1万人ずつ減少しているというコメントだった。
 参加者が減っているというのは、丸ノ内線の霞ヶ関駅を降り、霞門から公園に入った時の私の実感でもあった。参加者が野音に入りきれないというのはいつもの事なのだが、通行にも困難なくらいに人が溢れかえっているというのとはほど遠かった。
 今日の天候も影響しているのかも知れないが、川内原発や高浜原発が規制委員会の審査を通過し、着々と再稼働の準備がすすめられていたり、政府によって既存の原発の運転を前提としたエネルギーミックスが発表されたりする中で、挫折感や疲労感が広がっていることは否めないだろう。
 ただ、「全国で大行動を!」というスローガンにもあるとおり、今日の集会だけでなく、3.11を中心に明日以降も各地でさまざまな催しや行動が繰り広げられることになっている。福島原発事故の衝撃は大きく、かつて起こったどの脱原発・反原発の運動より、幅広く、根強く続いていることも確かなのである。政府も強気な表の顔とはうらはらに、ずさんな事故処理の実態が明らかになるたび、慎重にならざるを得ないでいる。やはり、折れない心、あきらめない心が大切なのである。
 さて、国会正門前までは移動したが、第2部の始まる15:30頃には帰路につくことにした。志位さんや吉良さん、福島みずほさんといった顔ぶれ以外にも、香山リカさんや雨宮処凜さんといった人たちのスピーチがあるというので立ち去りがたい思いもあったのだが、がんばりすぎないことも息長く続けるためには必要なのである(と言い訳をしておくのである)。
 日比谷公園では川越工業高校時代のMさん、永田町駅に向かう途中では志木高校時代のOさんと会った。Oさんは「第2部からの参加です」とのことだった。いずれも10年・20年ぶりの再会である。
 

c0252688_23383198.jpg
 国会正門前の憲政会館に早咲きの桜が花を開かせていました。
by yassall | 2015-03-09 00:31 | 日誌 | Comments(0)

つい一言 2015.3

 27日、古賀茂明氏がテレビ朝日系「報道ステーション」で、自身が同番組を降板させられることになったいきさつについて、司会の古舘伊知郎氏と生放送中に「バトル」を展開したことが話題になっている。残念ながら、その日の放送は見損なってしまったが、リテラに前後の経過も含めてレポートされている。
 http://lite-ra.com/2015/03/post-980.html
 これによると、チーフプロデューサーも更迭、コメンテーターの惠村氏も降板させられるとのことである。言論抑制のための圧力があったのか、放送局側からの自粛なのかはともかく、政府に対するチェック機能としての言論の灯がまたひとつ消されていく。
 古賀氏が紹介したという、マハトマ・ガンジーの「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。 そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」という言葉に考えさせられた。(3月29日)
  ※
 私も I am not ABE と言わなくてはならない。

補足1:
古舘伊知郎氏にも圧力がかかっていたという記事。
http://lite-ra.com/2014/12/post-722.html

補足2:
テレビ朝日だけでなく、NHKにもマスコミ統制の影がしのびよっているという記事。
http://lite-ra.com/2015/03/post-979.html

 [日本原子力研究開発機構(原子力機構)は、2009年1月に高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)の点検計画を自ら定めておきながら、計画を無視し、原子炉を冷却する配管類など極めて重要な設備の点検を適切に行っていなかったことが25日、分かった。](東京新聞3/26)
  http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2015032602000126.html
 冷却材にナトリウムが使われるのが「もんじゅ」の特徴であるが、ナトリウムが漏れた場合には大火災を引き起こす危険性がある。そればかりか、当然核燃料を冷却することが出来なくなる。
 いわば心臓部にかかわる点検を怠っているという、この無神経、無責任体質は何なのだろうか!? 田中委員長をして「原子力やる資格ない」といわしめたこの体たらく。もう「核燃料サイクル」を錦の御旗にしがみつくことは許されない。
 「もんじゅ」の研究開発事業費は、10,028 億円(昭和55年度~平成26年度)とある(日本原子力機構)。これだけあれば、保育園も、老人ホームも建設できる。即刻、「もんじゅ」は計画ごと廃止すべきだ。(3月27日)

 22日、安倍首相は防衛大学校卒業式で訓示し、集団的自衛権の行使容認を踏まえた新たな安全保障法制の整備に強い意欲を示したとのことだ。
 その際、集団的自衛権の行使容認によって戦争に巻き込まれるとの批判には、「不安をあおろうとする無責任な言説だ。そうした批判が荒唐無稽だったことは、この70年の歴史が証明している」と反論したという。
 思わず耳を疑うような発言ではないだろうか? 「荒唐無稽」というのは、日本人避難民を乗せた米軍艦を日本の護衛艦が保護するとか、テロ組織に誘拐された邦人を「自衛隊を派遣して救出する」という繰り言のことをいうのではないだろうか?
 「この70年の歴史が証明している」にいたっては話が逆だ。戦後日本が戦争に巻き込まれなかったのは憲法9条があってこそのこと。その9条を有名無実する安保法制が作られようとしている。(3月23日)

 [自民党の三原じゅん子参院議員(党女性局長)は16日の参院予算委員会の質問で、「ご紹介したいのが、日本が建国以来、大切にしてきた価値観、八紘一宇であります」と述べた。八紘一宇は「世界を一つの家とする」という意味で、太平洋戦争中、日本の侵略を正当化するための標語として使われていた。](朝日デジタル)
 「ご紹介したい」とは笑わせる。亡霊というべきか、妖怪というべきか、こともあろうに国会でとんでもない言葉が飛び出したものだ。これでは過去の侵略戦争に対する反省も総括もありはしない。どうせ「大東亜戦争」は(「アジアは一つ」の理念のもと)「アジア解放」のための戦争だったと結論づけたいのだろう。
 自民党本部が事前にチェックできていないはずがない。どのような意図をもって、「八紘一宇」の発言を容認したのか? 国民世論を推し量っているのか? さしたる反論もでなければ、いよいよ新しい戦争のための「戦前」準備を本格化させるつもりなのだろう。(3月17日)
 ※「租税回避問題」は別に論ずべきとして、「教育勅語」にも理念的にはいいところもあった程度のノリにも似て、あまりに軽はずみすぎる!

 [冷戦下の1962年、米ソが全面戦争の瀬戸際に至ったキューバ危機の際、米軍内でソ連極東地域などを標的とする沖縄のミサイル部隊に核攻撃命令が誤って出され、現場の発射指揮官の判断で発射が回避されていたことが14日、同部隊の元技師らの証言で分かった。](東京新聞3/15)
 キューバ危機の際に核戦争寸前まで危機が高まったということは知っていたが、こんなにも具体的に沖縄が関係していたとは思いいたらなかった。しかも、攻撃命令が出されていたとは!
 核戦争が始まればもちろん沖縄も報復攻撃の対象となる。いや、沖縄だけでなく日本にある米軍基地はすべて標的とされるだろうし、核戦争にいたる前段階でも攻撃対象となることは明らかだ。
 政府は「集団的自衛権」行使のための法整備を急いでいるが、これが日本の「存立の危機」でなくして何であろうか!?
  ※ 
 [陸上自衛隊が購入したばかりの米国製の高性能無人偵察機が昨年11月、エンジントラブルから緊急着陸を試み、大破していたことが防衛省への取材でわかった。防衛省は公表していなかった。昨年5月にも国産無人機が訓練中に墜落しており、陸自が導入を進めている無人機の不調が相次いでいる。](朝日デジタル)
 ばれない限りは「不都合な真実」は隠しておこうということか!? 日本はすでに軍事機密優先の国に逆戻りしている。え? もしかして、こんなことを取材したり、報道したりしたら「秘密保護法」違反で検挙される時代がすぐそこまで?(3月16日)

 『東洋経済』が「日本は「戦争をできる国」にはなれない」と題して土居丈朗氏(慶大経済学部教授)の論文を掲載している。
  http://toyokeizai.net/articles/-/62639
 論文は、「政府債務は、いまや対GDP比で約230%に達している」ことをあげ、次のように述べる。

 「これほどの債務残高に達した国は、ナポレオン戦争直後のイギリスと、第2次世界大戦直後の日本とイギリスである。
 いずれも、戦費調達のために負った政府債務で膨張した。平時にこれほどの債務を負った国はない。別の言い方をすれば、戦争を始める前からこれほどの債務を負っていた国はない。戦費を賄うためにこれ以上債務を負おうにも、わが国にその余力は残されていない。」

 さらに、「日本に戦争を出来ない」理由として少子高齢化をあげ、戦争が起こっても実戦部隊になる部分が圧倒的に不足していることを指摘している。

 「少子高齢化の影響は、社会保障のみならず、自衛隊の階級構成と年齢構成にも及んでいる。」

 ただ、そのように述べられても私は安心することができない。論文は、

 「国債を日本銀行に引き受けてもらえば戦費は調達できる、といえども、それこそ悪しき戦前の二の舞である。」

 というのだが、昭和初期にそうした戦時経済をもたらした中心人物が安倍首相の祖父岸信介であり、その岸を尊敬して止まない安倍首相が進める政策はこれに酷似しているからだ。
 自衛隊についていえば、年齢構成はともかく、階級構成が士官クラスに膨らんでいるのはもともとの計画にあったと、何かで目にしたことがある。それは将来の徴兵制を見込んでいるということに他ならない。これも、赤紙1枚でいくらでも兵を補充できると考えた戦前の発想法のままなのである。(3月9日)

 [公明党は3日、防衛省の文官である背広組(内局)が制服組(自衛官)を監督する「文官統制」を撤廃する防衛省設置法改正案について了承した。](朝日デジタル)
 「平和の党」公明党に対しては自民党に対するブレーキ役への期待から、同じ与党でも批判は控えてきた。しかし、これはどうしたことだろう。
 安倍内閣が好戦的性格を有するからどのみち「シビリアンコントロール」は機能しないだろうとか、いざ戦争の危機が近づいたとき、かえって「プロ」の判断の方が戦争回避にいたる可能性が高いとか、とってつけたような理由で原理原則を歪めてはならない。
 第一、軍人が「政治的野心」を持たないなどという保証はどこにもなく、戦前史を振り返れば陸軍内の「統制派」と「皇道派」の確執だって、軍がどのような方法で政治を動かすかから起こった対立だった。軍隊という一国家内の最高の暴力装置の実権を持つものが、その力を政治の場面で発揮しようと目論んだとしたら、誰もそれを止めることは出来ない。
 陸海軍が「大臣を出さない」という強硬手段で内閣に揺さぶりをかけたなどということは何度もあったことだし、何といっても陸軍出身の東条英機が首相のときに太平洋戦争は起こったのだ。
 その意味で、防衛大学校を卒業した自衛隊出身の中谷氏が防衛大臣になるということはイレギュラーだった。氏は現在の防衛省設置法に「文官統制」の規定が盛り込まれた理由について「戦時中の軍部暴走の反省からか」と問われ「そういうふうには思わない」と述べた。この時点で問題化しなかったこと自体が異常だと思わなければならない。(3月5日)

 不正献金問題もうやむやにしてはならないが、現下の最大の問題は安保法制だ。人質事件を口実に自衛隊の海外派遣が実現してしまうようなら「歯止め」も何もない。知らぬまに日本が「戦争ができる国」になってしまうのを許してはならない。※URLは東京新聞(3月2日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2015030202000177.html


by yassall | 2015-03-01 13:58 | つい一言 | Comments(0)