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福島 紅葉探訪の旅

 10月21、22日の日程で福島を旅してきた。今回の目当ては紅葉探訪である。ところが数日前から天気予報をチェックしていると悪化の一途。予約を変更するわけにもいかないので旅装を雨仕様にして出発した。
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 7:50に上野を出発し、コースの1番目が安達太良山。実はほぼ同じコースを3年前にもたどっている。リタイア1年目の秋、ようやく旅行でもと思い立ったとき、目的地として最初に選んだのが福島であった。
 参考までに3年前に訪れたときの写真を次に掲載してみる。このときは見事な晴天で、これで味をしめたようなものだった。だが、安達太良山では紅葉は終わっており、もう1週間早ければというところだった。そこで、今回はそのときより10日ほど早い日程にしてみたのである。
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 安達太良山山頂からの眺めである。このときはロープウェイで山頂駅まで登り、展望広場付近を散策したのだが、曇天では眺望も望めないだろうし、今年も山頂では紅葉は終わっているとのことだったのでパスした。
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 前回とは違ったコースを歩きたかったということもあり、渓谷側に降りて、自然遊歩道を散策することにした。
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 急な坂道を降りていくと、なかなか絵になる滝が落ちていた。アングルを変えて何枚か撮ったのだが、ここでは1枚だけアップする。
 奥へ進むともっとたくさんの滝が見られると案内板にはあったのだが、遊歩道というほど整備された道でもなく、勾配が急な上にぬかるんでいて、下りになる帰路が心配だったので、あまり先に進まなかった。
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 また、話にあったとおり、麓では紅葉が盛りだったので、こちらも楽しみたかったのである。
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 次に立ち寄ったのが浄土平。写真は吾妻小富士である。山頂に登ると眼下70mに火口が見られるということだったのだが、滞在時間が短かったこともあり、私はパス。
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 向かいの山の中腹からも、何やら噴煙らしきものが上がっている。私は麓の湿原を散策することにしたのだが、すでに冬枯れた印象であった。
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 この日、最後に立ち寄ったのが中津川渓谷。3年前も見事な紅葉だと思ったが、今年はいっそう盛りの真っ最中であった。
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 中津川渓谷と名付けられた土地は全国各地にあるようだ。他は知らないが、関東からほど近くでこれだけの紅葉が観賞できるなら満足である。
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 バスは磐梯吾妻スカイライン・レークライン、磐梯山ゴールドラインを選んで目的地を回るのだが、その車窓からの眺めが素晴らしかった。まさに紅葉のトンネルというところだったのだが、残念ながら写真はない。
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 宿泊は裏磐梯ロイヤルホテル。写真は朝の窓辺からの眺めである。
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 毘沙門沼(五色沼)はホテルから歩いて10分ほど。出発時間が9:00と余裕があったので、朝の散歩がてら歩いてみる。
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 前日の中津川渓谷などは、これで太陽の光があればなあ、と惜しまないわけには行かなかったが、叶わぬことはしかたがない。雨に濡れた紅葉もまた一興と考え直す。
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 毘沙門沼は3年前にも来たところだ。年月を隔てて同じ景色と再会するのもなにがしかの感慨がある。
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 曲沢沼・桧原湖を回る。名前のついた沼以外にもいたるところに池沼が散在する。火山の噴火によってあちこちの川が分断されたり、せき止められてことによるのだろう。
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 さて、今回このツアーに乗り気になったのは鶴ケ城がコースに入っていたからである。これまでにも何回かチャンスがあったのだが、空振りに終わってきた。
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 左側に黒く見える鉄門が本丸への表門であったらしい。天守閣や走長屋は再建されたものだが、御殿のあった本丸跡は右側の広場のままになっている。
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 雨のせいもあるのだろうが、広場は静かなたたずまいをみせている。
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 その本丸跡広場から望んだ天守閣。ここで八重の桜・綾瀬はるかのポスターだかカレンダーだかが撮影されたとある。
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 予想以上に堂々とした構えの、それでいて落ち着きのある城であった。鶴ケ城は桜の名所であるということだが、雨に濡れた石垣と紅葉との組み合わせもなかなかだと思った。
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 旅の最後に立ち寄ったのは大内宿である。決して嫌いな雰囲気ではないのだが、2度目であることと、観光客でごった返しているのとで、少し町中を外れて絵になりそうなスポットを探してみた。
   ※
 1日目はバスを降りると雨が止み、バスに乗ると雨が止むという具合だっただが、2日目になるとずっとしとしと雨が降り続く天候となった。土砂降りになったらどうか分からないが、今回の機材は防滴防塵仕様になっているので、安心感は高かった。
 紅葉はやはり太陽の光の下にあった方が色も良く出るし、絞りを入れられた方が被写界深度もかせげる。その点はかえすがえすも惜しまれるところだが、どうせ雨模様であるなら、いっそ霧か靄でもかかっていた方が幻想的な雰囲気になったかも知れないとも思った。
 バス旅行は気軽で便利であるが、長時間同じ姿勢を強いられるのはやはり辛い。軽いエコノミー症候群に見舞われた気もして、少し考え直す時期であるのかも知れないとも考えた。まあ、私よりはるかに年配と思われる人も平然となさっていたのも間近にしているのであるが。

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by yassall | 2014-10-25 12:41 | 風景 | Comments(2)

九州旅行③草千里・熊本城・柳川

 最終日。やまなみハイウェイを阿蘇に向かう。このツアーに乗り気になった理由のもうひとつは草千里である。
 30代のころ、長崎・熊本・阿蘇・臼杵を回ったとき、一番心に残ったのが阿蘇だった。屏風を立てたような外輪山を越え、広々とした牛や馬の放牧地を通過し、中岳へ上っていく途中で草千里を見たのだった。
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 前に来たときは8月だった。あの青々とした平原の拡がりは、残念ながら今回は感じられなかった。それでも、この3枚の写真をパノラマに仕立てたら、そのときの感動が少しは伝わるだろうか。
 今回のコースにはもともと中岳は入っていないのだが、近年は亜硫酸ガスの発生が頻繁で、しばしば立入禁止になるそうだ。この日も山頂から吹き下ろす風には異臭が混じっていて、あまり長居することは出来なかった。それでも、いつかもう一度見たい、という念願を果たせたことを良しとしたい。
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 さて、熊本城である。熊本城もそのスケールに圧倒された記憶が鮮明に残ってる。ここでは2時間半の時間をとっているので、別行動で市内を回ろうかとも考えたが、やはり見て回ることにした。
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 天守閣は西南戦争時に焼失した後、長らくそのままになっていた。1960年に再建されたものとはいえ、威風堂々たるものである。
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 天守閣には登らなかったが、以前にはまだなかった本丸御殿が2007年に再建されたというので、中に入ってみることにした。
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 こちらはコンクリート作りの天守閣とは違って、高価そうな木材をふんだんに使った、本格的な再建である。
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 一番の見どころは4つの広間が連なる大広間だろうか。立入禁止だが、真ん中で大の字になって昼寝でもしたい気持ちにさせられる。
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 大広間の一番奥にあたるのが若松の間。色鮮やかな障壁画が目を引くが、襖絵の奥に見えるのが昭君の間で、いっそう絢爛な造りとなっている。
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 昭君の間の折上げ格天井。天井の造りでその部屋の格式をあらわすのだと聞いたことがあるが、なるほどと納得させられる。
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 城内を散策してみる。城の魅力は迷路を探検しているような気分にさせられるところにもあるような気がする。
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 折れ曲がった先がどうなっているのか、どこへつながっているのか、けっこうワクワクさせられる。
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 2日目から曇りがちの天候が続き、残念に思っていたのだが、急に青空が広がる一瞬があった。幸運に感謝しながら構図をさぐる。
 このスポットは、加藤清正の時代の比較的なだらかな石垣と、細川時代に増築された急勾配の石垣が重なって見える箇所らしいのだが、写真におさめ損なってしまった。
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 宇土櫓。創建当時から残る唯一の多層櫓ということだ。他の城であれば優に天守閣に匹敵する。
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 バスの待つ城彩園まで降りていって遅い昼食をとる。手っ取り早くハヤシカレーを頼んだのだが、コクがあって、もう一度食べてもいいと思うくらい美味だった。店内もオシャレで、コーヒーまでいただいていたら、買い物をする時間がなくなってしまった。
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 旅程の最後は柳川である。お決まりではあるが、初めてのことでもあり、どんこ舟下りを楽しむことにした。舟の中では立ち上がることもままならないので、たいした写真はないが、何枚かアップする。
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 見ての通り、堀割は居住地と近接して巡らされている。このような街に住まうというのも、独特の感性が育まれるのだろうと思った。終点は旧藩主立花氏の別邸「御花」。これで、今回は佐賀、大分、宮崎、熊本、福岡を旅したことになる。
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 帰りの便は18:45佐賀空港発の全日空である。搭乗前の待合室でみた夕焼けがきれいだった。
 佐賀空港は空港建設ラッシュの折に開港したが、どうしても福岡空港に客をとられてしまい、利用者の誘致にさまざまな工夫を強いられているようだ。
 最近は自衛隊のオスプレイの配置の要請や米海兵隊の利用の打診が問題となっている。確かに頻繁に飛行機が離発着しているという様子ではなかったが、暮れなずむ滑走路をみながら、オスプレイが爆音とともに離発着しているのを想像して、少しばかり沈んだ気持ちになった。

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by yassall | 2014-10-18 13:46 | 風景 | Comments(0)

九州の旅②高千穂神社・高千穂峡・原尻の滝

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 出発日は3:00起床だったが、2日目も5:30には床を離れる。せっかくなので朝湯につかるためだが、朝の散歩もしてみた。正面の建物は大分合同新聞の社屋。ペン先を象った意匠が誇らしい。橋を渡って右に折れた通りが湯の坪通り。
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 7:40にホテルを出て最初に向かったのが高千穂神社。なかなかの造りである。
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 奥の宮に回ると、何やら彫刻が施してある。
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 アップしてみる。説明書きには、祭神である三毛入野命が鬼八荒神を退治したところ、とある。
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 高千穂神社では夜神楽を鑑賞した。天岩戸にまつわる演目で、多少観光客用にアレンジされているようにも感じたが、演者のかむった面がよく、あんがい見ごたえがあった。
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 今回、このツアーに参加する気になったのは、高千穂峡がコースに入っていたからである。以前から一度行って見たいと思っていた。バスを降り、270段だかの階段を下りていく。いよいよである。
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 かなり切れ込みの深い断崖が見えてくる。
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 見上げるとこんなふうである。
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 絶景スポットである真名井の滝が見えてくる。せっかくなのでアングルを変えて何枚も撮ってみる。
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 最後の1枚は裏側にかかる橋の上からアングルである。ここから少し離れた食事処で昼食をとり、次に向かう。
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 この日の最後の見学地は原尻の滝である。9万年前に出来たというが、平地の真ん中に巨大な陥没地があるという地形である。
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 滝の鑑賞のためにこのような吊り橋がかかっている。次の1枚は吊り橋の上からのショットである。
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 ここから一路、2日目の宿泊地である別府に向かう。朝、由布院を出発して、また大分に帰るというのは、旅程としてはずいぶん非効率であるが、温泉県大分を堪能しようということだから不満はない。
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 別府は由布院とは異なり、全くの都会である。また、港町でもあった。大型フェリーが何隻も接岸していた。ツアーは3分宿となり、私が割り当てられたサンバリーアネックスはヤクルト系列ということで、宿に到着するとまっさきにヤクルトが出て来た。

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by yassall | 2014-10-17 15:49 | 風景 | Comments(0)

九州旅行①佐賀城跡・太宰府天満宮・由布院

 10月9、10、11日の日程で九州を旅してきた。今回もクラブツーリズムのツアーである。
 昨年はけっこうアクティブに動けたと思っているのだが、今年はまだ泊をともなう旅行には出かけていない。季節もよくなり、そぞろ旅への欲求が起こってきたところに、一人参加OKのプランを発見したというわけだ。
 ツアーはけっきょくお仕着せになってしまうが、いちど割り切ってしまうと、なかなかこの便利さは捨てがたい。荷物をバスに置いて、カメラと手荷物だけで各地を回れるのがありがたい。今回のツアー参加者は30名。3日間ともバスの2座席を独占できたのもラッキーだった。
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 朝6:30に羽田集合は少々辛かった。9:10に佐賀空港に降り立ち、最初に向かったは佐賀城公園である。写真は現存する鯱の門及び続櫓。門扉に佐賀の乱のときの弾痕が残るというが、後から知ったので確かめられなかった。
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 門をくぐっった内側である。
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 本丸歴史館。再建されたものだが、ボランティアによる解説もあり、あまり期待していなかった割には面白かった。
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 奥にみえる御座間は鯱の門とともに天保期のものが残されている。財政再建に尽力した鍋島直正はなかなかの人物であったらしく、自らの居室には檜ではなく杉を使ったとのこと。その杉の柱が残されている。
 そうして財政を健全化させた力が幕末期に反射炉を全国に先がけて完成させる原動力になった。明治維新における佐賀の役割はもっと見直されていいと思う。
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 次に向かったのが太宰府天満宮。参道をすすむと写真右の延寿王院にぶつかり、左の中世の鳥居から境内に入っていく。
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 心字池にかかる太鼓橋。三橋を渡ると心身が清められるというが、どうだったのだろう。まだまだ迷いは深いようだ。
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 檜皮葺の楼門。飛龍天神ねぶたが掲げられているが、なんとなくキッチュな雰囲気がいい。
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 本殿。太宰府天満宮は3度目なのだが、どうしてかいつも違った印象がある。さて、菅原道真にあやかることが出来るかどうか…。
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 1日目の宿、由布院には15:00ごろには到着。写真は金鱗湖。ゆっくり出来たのはいいのだが、うわさに聞いていた金鱗湖は湖というより池であった。
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 九州だけあって、中国・韓国からの観光客が多かった。奥にみえる黒い建物はシャガール美術館。1階がカフェになっていて、湖面を眺めながらコーヒーをいただいた。
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 ホテルの窓からの眺め。正面が由布岳なのだが、雲に隠れて頂上が見えない。それでも露天風呂からも山容が間近に眺められて、気持ちはよかった。翌朝、バスで裏に回ったところで特徴ある頂上を見ることが出来た。

 以下、高千穂、阿蘇、熊本と回るのだが、写真の整理ができ次第、続編をアップする。dropboxのURLも最後に添付する予定である。 

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by yassall | 2014-10-16 12:31 | 風景 | Comments(0)

銀杏祭「てあそびうた」公演

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 今年も銀杏祭(東大附属中等教育学校文化祭)に行って来た。昨年も紹介した旧知のKさんから、「二年連続、都大会出場が決まりました!」という報告とともに、お誘いのメールをいただいたのだ。
 natsuさんにtomoさんも加わって三人で出かけて来た。すでにお二人のブログには観劇の報告と劇評がアップされている。
 少しばかり遅れをとったが、私はテーマ主義者らしく、この芝居は何を伝えようとしたのだろうか、また観る側として何を読みとったらいいのだろうか、という観点から感想を書いてみたい。

 道具立てに万華鏡が取り上げられる。手元のわずかな動きによって、万華鏡は刻々と模様を変える。時間は一瞬たりとも同じ姿をとどめることを許さない。
 双六が取り上げられる。上がり直前にふりだしに戻されたりする。もしかすると時間の流れは一方向とは限らないのかも知れない。
 ハーメルンの笛吹き男の伝承は、芝居の骨格にかかわる、かなり重要な挿話となっている。子ども達はどこへ行った!

 人間は生まれ、成長し、変化していく。成長には節目のようなものがあり、この芝居の主人公たちは自意識のめざめを迎え、そのことに戸惑いを感じている。
 先生の期待に応えようと、つい学級委員に立候補してしまい、「いい子」であろうとする自分に違和感を感じ始めた少女。自分で命名したのではない、自分の名前から膨らんでいくイメージに耐えきれなくなった少女。ガリ勉の少女は親の敷いたレールの上を走り続けることに疑問を感じていないように振る舞っているが、ふと自分の歩く地面の冷たさにおののきを感じてしまう。
 ハーメルンの大人たちは嘘をついた。嘘をついたことで子ども達を失ってしまった。自分に嘘をついている自分たちは大人になることによって、自分の中の子どもを失ってしまったのだろうか?
 きっと、そんな心の中の不安や動揺がこの芝居の動機になっているのだろうと思った。昨年と同様、生徒創作ということだが、ほぼ同時進行的に自分たちの心模様を見つめ、台本として構成化し、舞台に作り上げたことに賞賛を送りたい。

 言葉で説明し過ぎないように、というようなことを終演後の反省会で発言したことについて補足したい。
 嘘の反対は本当である。だが、嘘をついている自分がいるとして、その反対の本当の自分なんているのだろうか?
 親や教師の期待に応えようとしているのが嘘の自分だとしたら、本当の自分は責任をいっさい放棄し、自堕落な生活を送りたいなどと思ったりしているのだろうか?
 それまでの自分が嘘の存在であるように見えてしまうというのは、自分の心の中に、それまでの自分を見つめ直すもう一人の自分が生まれたということ、(難しい言葉で言えば対自存在とでもいうのか)、つまりは自意識のめざめなのである。少女たちの戸惑いとは、そうした心の中の分裂に直面したことによって生じたのである。
 それはたいへんな衝撃であるだろうし、そのショックから逃れるために、分裂する以前の状態、すなわち子どもへ先祖返りしたいという願望も生まれる。

 この芝居が描き出そうとした世界にもう一歩踏み込んでみれば、つまり作者や俳優たちも気づかなかった深層にまで及んでみようとするならば、そういうことだったに違いない。
 そして、それらは実はすべてこの芝居に描き込まれているのである。クラスメートに囲まれた教室の場面からあるはずみで切り離され、モノローグの世界に、さらには異界に迷い込んでいく様に、あるいは教室ではコミュニケーション不能に陥っていたのに、3人が同一場所で出合うところからクライマックスにいたる様に、それらは十全に表現されている。

 自意識は自分以外のもの、たとえば親や教師の意志を排除しようとするし、何よりも自分が自分の主体であることを取り戻そうとする。
 大人になることによって子どもは失われてしまうのではない。むしろ、自我が何らかの危機に差しかかったとき、そのアイデンティティを内から支えるものとして心の深いところに生き続けているのである。
 それもこれも、主人公たちの変化や、その過程で発するセリフ、様々な道具立てでしかけられた構成によって表現されていたし、また芝居の醍醐味というのはそのようであるのでなければならない。
 だから、過剰に説明的な言葉で最後を締めくくろうとすると、かえってイメージのふくらみを台無しにし、芝居を瘠せさせてしまうことがあるのだ。
 (言葉だけで説明しきれないからこそ、小説でもなく、評論でもない、演劇という表現が選ばれるのだ。)
 「客を信じろ」というのは芝居づくりの大事なセオリーなのである。説明してやらないと伝わらないかも知れないと疑うことは、実は自分たちの芝居を信じていないことでもあるのだ。

 私が興味深く思ったことを最後にもうひとつ。道具立てとして選ばれた中に、もしかすると作者も気づいていないかも知れない、ある傾向を感じた。
 手遊び歌、何かの精を思わせる和服の少女、ダルマ、狐の面、男子のマジシャン風の衣装の意味が不明だったが、これはサーカスだと合点した。
 土俗的なもの、民俗的なもの、あるいはカーニバル(祝祭)的なものに作者は強く心をひかれているのではないのだろうか? 
 それらは意識の古層を形成するものであり、子どもであったことが個人のアイデンティティの基礎をなすものであるとすれば、もう一回り大きい集団の文化につながろうとするものなのである。
 私がイメージのふくらみといったのはそういう意味である。



 

 
 
 

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by yassall | 2014-10-14 01:43 | 高校演劇 | Comments(2)

2014西部A地区秋季演劇発表会

 西部A地区秋季演劇発表会に出かけて来た。審査員でも頼まれない限り、よほどのことがなければ他の地区まで観劇にいくことはないだろうが、西部A地区だけは朝から見たくなる。
 今年は6校が出場。1番目は朝霞西高校『無価値なプレゼント』である。金(きん)の架空取引が疑われる怪しげな商社の一室が舞台である。芝居が進行していくと、「贈与(および贈与の応酬)」が隠されたテーマになっていることがわかる。「人とつながり(顧客が貯め込んだ)金(かね)を引き出す」というのは、いわゆる「振り込め詐欺」とは決定的に異なる。むしろ、大企業による内部留保に象徴されるような、資本主義的蓄積に対するカウンターテーゼとして提起されているのである。それは愛に対して見返りを求める「交換」ですらない、新しい人間関係の模索なのである。ただ、そのような問題意識をいだいたことのある人間でないと、なかなか気づくことは難しいだろう。ドラマとしての構成力も十分でないと感じた。
 2番目は新座総合技術高校『Love it』。生徒創作で、人形が命を得るというファンタジックな内容だが、作品世界を客席に伝えようという意欲は以前より強まったと思った。アイデアに負けない構成力が課題だろう。
 3番目は和光国際高校『月の真実、太陽の嘘』。英文学を専攻する大学院生たちが修士論文の一環としてシェイクスピアの「ヴェニスの商人」を演じようとするという設定。シェイクスピア劇は陪審員席を配した舞台設営が効果的で、なかなか見事なセリフ回しであったし、何より稽古を続けながらユダヤ人差別や信教の自由といった問題に目覚めていくという展開は面白かった。だが、入れ子の本体部分というのか、額縁というのか、主人公が実はケンブリッジ大学から派遣された准教授で、ノーベル文学賞をめざしている、というような設定になると、どうしても非現実感が先に立ってしまう。劇中劇と現実世界とのリンクも弱いものを感じた。
 4番目は新座高校『夏芙蓉』。西部Aだけでも上演は複数回になるし、新座高校としても2度目ではないだろうか。よく出来た作品というのは、ただ素直に演じていくだけで感動を与えるようにできているのだが、それだけに自分たちの『夏芙蓉』を演じようとすると難しさもある。しっとりとした良い出来ではなかっただろうか。出番が少ないので、つい配役が弱くなりがちな先生役も良かった。
 5番目は朝霞高校『そして少女は笑みを浮かべる』。ネット台本だが、自分たちで相当手を入れたのではないだろうか。2年生が力をつけてきたのを知っているので、予想したようには笑いが取れていた。間と呼吸の取り方がうまくなった。それだけに惜しい。何としても惜しい。ここまでで終わってしまうのが予め分かっている台本を選ぶべきではなかった。
 6番目は新座柳瀬高校『Loely My Sweet Rose』。サン=テグジュペリの『星の王子様』を原作としている。力作であると思った。構想を得てから、相当の時間と労力が注ぎ込まれたのではないだろうか。よく練られた台本、デザイン力にすぐれた舞台美術、凝りに凝った照明プラン…。そこまでだったら顧問一人の奮闘でも何とかなったかも知れない。だが、私が感心したのは俳優たちのセリフの美しさだ。本当に美しい詩の朗読を聞かされているような酩酊感があった。
 どうやら今年お見えになった審査員のお二人は、舞台から客席に伝わるパワーを重視なさっているようだった。そのようなパンチ力を求められても、確かにこの芝居には見いだせまい。だが、じっと舞台に引き寄せられていく力の存在は疑いようもない。照明がやや暗めに設定されているのさえ、客を舞台上に注視させるため、あえてそのような選択をしたのかと思った。
 実際の人物像とは異なるのだろうが、この芝居をみていて、もしかしてサン=テグジュペリというひとは人間の住まない砂漠や大空に憧れ、何度も旅立ちを繰り返しながら、ある日ふと、大切なものを置いて来てしまった、あるいは別れて来てしまったことを後悔してしまうような人物ではなかったかと思った。
 激しい人嫌いでありながら、ときおり反比例するような人恋しさに襲われ、しかも失われて初めてそのもののかけがえのなさに気づくような…。
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 今年も西部Aからは中央大会への選出はなかった。残念には違いないが、芝居はいずれ1回限りのもの。いつか幕は下ろされるのである。
 まっさらになった舞台に、もう一度新しい演劇空間を築きあげていくのは大変なエネルギーを要するものだが、またこの舞台で新しい幕が上がるのを楽しみにしたい。(写真は卒業生には懐かしい朝霞コミセンの緞帳である。)

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by yassall | 2014-10-05 16:40 | 高校演劇 | Comments(2)

2014秋の高校演劇を振り返って   「トシドンの放課後」と「ホットチョコレート」

 地区発表会の講評を書き終わった。もう幾日か寝かせて(?)事務局に送付する予定である。中央発表会のパンフに掲載される。15校で1ページだから意を尽くせないのは仕方がない。叱咤も、激励も、高校演劇へのエールとして受け取ってもらえれば幸いである。
 何校か気になった学校がある。また、パンフの原稿としては書きにくいことがらもある。思いが届くかどうかは分からないが、書いてみたい。

上田美和「トシドンの放課後」(川越西高校)
 初めてこの芝居をみたとき、これは高校演劇が生んだ名作のひとつに数えられていくだろうという感想を持った。今回、川越西高校が上演すると聞き、台本を受け取って、二つのことを考えた。
 高校進学のため甑島を離れてきた女子生徒(あかね)と、不登校傾向をかかえながら特別措置として別室登校中の男子生徒(強)、初めての担任で女子生徒に手を焼いている教師という三人芝居である。題名のトシドンは甑島に伝わる歳神で、大晦日の夜に子どもを叱りにやってくるという。秋田のナマハゲに似ているのかも知れない(ナマハゲがやってくるのは小正月だが)。
 作者の上田美和氏は鹿児島の人らしいが、離島から高校進学者を迎えなければならないという県内事情、根強い伝統を残す甑島の民俗という背景がこの芝居の成立に大きなかかわりをもっていると思った。それをどう理解し、演じていくか。それがひとつ。
 もうひとつは脚本のもつ弱点である。それは主に学校という機構にかかわる(簡単にいえば「こんな学校があるはずがない。」というものだった。もしかしたら教師上田氏の過去に何らかのルサンチマンがあったのではと勘ぐってしまう)。強は自分勝手に相談室登校を続けているのではない。「特別措置だって。僕の場合。」というセリフもある。教室には入れなかった強は、生来の勉強好き・読書好きということもあり、相談室にはまじめに登校していた様子だ。「特別措置」を課した以上、その条件がクリアされれば留年という結論には到らないのではないか。
 もし、学校としての判断ではなく、学年末の成績会議で単位認定にこぎ着けつけるための実績づくりだったとするならば、本人に近しい直接の担当者が起案し、少なくとも学年内くらいには同意を得て本人に努力をうながしたはずだ。
 それにしては強はあまりにも放置されている。冒頭であかねを相談室に連れてきた教師が、初めての担任ということもあり、強という先客がいたことを失念していたことはあり得る。だが、強の担任も副担任も顔を出している様子がない。相談室登校が「特別措置」である以上、相談室のカギを開けてやったり、出欠をとったりする教師がいなければおかしい。
 細かいことをいえば、あかねは二度学校謹慎を言い渡されるがそれはいつどこで決まったのか。まさか担任の独断ではあるまい。監督もなしに男女を同じ部屋に置くだろうか、ということもある。
 まあ、それを持ち出してしまうと、この芝居の設定そのものが成り立たないということになってしまう。ただ、そうした弱点を押さえ込んでしまう説得力を持ち得るかどうかである。

 あかねの「心の荒れ」の主因は寂しさであり、離島を離れてきた孤独感と疎外感がベースにある。1年前に父を亡くし、その葬儀のために帰島したところ、母親から茶髪を激しく叱責され、もう「絶対島には帰らない」と決意している。成績もふるわず、高卒後の進路に希望が持てないこともあるかも知れない。
 そのあかねの心が解きほぐされていくのは、強との語らいの中で、愛について考えたこと、さらに各地につたわる伝承から話が及んで、甑島のトシドンについて語るあたりからである。その思い出は父の記憶とも重なっていくのであるが、懐かしそうに故郷を語ることで、強とも心が通うようになる。「お父さん、今の私見たら、なんて言うかなあ」という自己への振り返りも生まれてくる。

 「ちーっす! 元気? 久しぶり!」といってあかねが相談室に顔を出すところからラストシーンがはじまる。あかねは心の安定と平常の学校生活を取り戻した様子だ(だから金髪は改まっていてもいいのではないかと思った)。
 留年が決まり、「死んだ方がましだ」という強を、トシドンの面をかむったあかねが叱りつける。「おいはな、子ども叱る父親じゃ!」というあかねは、心の内に生きるものとしての父親を取り戻している。
 では、あかねの言葉は強の心にどう響いたのだろうか? 父親を亡くしたのはあかねの側である。あかねの言葉が、「集団の中」に「自分の居場所」を見つけられなかった強に、それでも「生きる」ことを肯定する力を与えたとすれば、トシドン=父性と考えるだけでは不十分である。トシドンは島の共同体原理、つまり役割や能力だけで人が結びつくのではなく、ましてや競争原理に支配されているのでもない、人と人とが全人格的に結合していく人間集団のあり方の象徴なのである。もともと各地の伝承に心ひかれていた強に響いたのである。

 以前にこの芝居をみ、今回また川越西高校の芝居に寄り添ってみることで、以上のようなことを考えた。
 パンフの原稿にも書いたが、まずはあかね役が熱演し芝居を引っ張った(他の二人にも独特の味わいがあったが、まだ一年生なので今後の楽しみということにしておこう)。講評のときにも一番眼を輝かせて聞いていたし、質問コーナーの時間に移っても、熱心に食い下がってきた。それだけ真剣に芝居に取り組み、役作りに励んだことが伝わってきた。
 この芝居には、あかねと教師、母親の関係がどうだったかという問題も隠れている。話をしていると、そのあたりにも目配りはしていたようだ。
 ラストシーンで強が目をそらしてしまったのはやはり計算違いではないだろうか。「涙を見せまいとして」というような解釈であったようだが、そのような保持を越えて、深い共感と感謝、自己肯定の確かさを見せるべきだったと思う。そうでないと、二人の行く末が心配なままである。
 トシドンの仮面が大きすぎないか、と講評で述べたら、調べたところ大きいのもあったということであった。気になったので帰宅後、ネットで検索してみると、確かに二頭身に近いような作例もあるようだ。いずれにしても異形の姿をかたどったものであるのは確かなのだろうが、この点は訂正して謝罪しなければならないかも知れない。

曾我部マコト「ホット・チョコレート」(川越女子高校)
 この芝居も今や高校演劇の古典となった。今までにも何回も見てきたが、今回審査員として寄り添ってみて改めて気がついたことがある。
 愛媛と限ったことでなくても良いのだが、少なくとも関西圏に近いか以西にあり、進学にあたっては県外に出るケースが多くなるような地方の県でなくてはならない。もうひとつは、高校三年生の夏休み直前という季節でなくてはならない、ということである。
 父親の転勤に伴って急に転校することになったキッコの引っ越し準備から芝居がはじまるのだが、キッコに限らず、もう半年後にはみなバラバラになっていく。そうした別離と新しい出発のドラマなのである。
 三年生でありながら、バンドを組んで八島サマーフェステバルに参加するための準備をしている。キッコが抜けた穴が心配だが、置き土産にオリジナル曲を作曲したとあり、みな盛り上がっている。この高校生たちの若さを表現するためにも季節は夏でなくてはならない。

 なぜこんなことを書き始めたかというと、残念ながら今回の川越女子高校の芝居にはこの季節感が欠けていたように思ったからだ。衣服も長袖だったり、重ね着をしていたり、「クーラー効いているからいいよね」などという原作にないセリフが挿入されていたりすると、何か勘違いがあったような気がしてならなかった。とはいえ、お定まりのセミの鳴き声を聞かされてもなあ、とも思ったが…。
   ※
 他の学校についても補足すべきことがないわけではないのだが、以上の二作品については私にとっての発見もあったと感じたので書いた。
 明日は西部Aの地区発表会を見に行く予定でいる。こちらは純粋に楽しみに行くだけなのだが、先の2地区の他の学校のことも含めて、もし続編を書く気になったらまた筆をとる。


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by yassall | 2014-10-03 20:02 | 高校演劇 | Comments(0)

つい一言 2014.10

 各電力会社が再生可能エネルギーの買い取りを中断したことを話題にしてきた(家庭用は別)。15日、今度は経済産業省が「大規模太陽光発電所(メガソーラー)の設備認定を一時中断」等を内容とする素案を「新エネルギー小委員会」に提案した。
 「買い取り」を「義務化」しただけでエネルギー政策の転換がはかれると考えるのは、あまりに見通しが甘かったのだろう。制度的な欠陥があったこと、太陽光偏重を是正し、地熱や風力など、風土にあった総合的なとりくみが必要なことは確かだろう。
 だが、結局は原発が優先され、再生可能エネルギーへの転換にストップがかけられるようであってはならないと思うのである。
 原発建設にかけた投資を回収したいとか、これまで何重にもしかけられた利権を守りたいとかいう、いわゆる「原発村」の牙城は堅固であるのだから、それを上回る決意と長期展望が必要なのだ。
 需要と供給のアンバランスなどという風説は以下の数字によって霧消するはずである。安定供給に対する懸念には、火力発電を放棄するわけではないこと、各電力会社による相互補充の体制の整備をあげればいい。風水力や太陽光発電も環境に悪影響を及ぼすという人がいるが、原発の比ではないとだけいっておこう。
[年間発電量に占める風力と太陽光の割合比較]
 デンマーク(33.8%)、スペイン(20.5%)、ドイツ(12.0%)、イタリア(10.8%)、英国(5.7%)、米国(3.6%)、日本(0.9%)  (10月16日)
 ※ドイツ12.0%とあるのは風力・太陽光に限定してのことらしい。別の資料によると再生エネの割合は27%、50年までに80%をめざすとしている。電気料金への跳ね返りが心配されているが、ドイツでの賦課金は1kwあたり0.0617ユーロ(約8.5円)、年に3500kwを使うとしたモデル世帯で年2.45ユーロ(約330円)に止まるという。

 百田尚樹氏が自身のツイッターで、9月20日に死去した土井たか子・元衆院議長について、「まさしく売国奴だった」などと書き込んだことが物議をかもしている。
 「反日」だとか、「売国」だとか、「非国民」とかいう、戦前に猛威をふるったことばが公然と使用されるようになり、言論の自由がおびやかそうとしている。そのような折も折、この「死者に鞭打つ」こともはばからない乱暴さは尋常ではない。たとえ人物評価にあたって、功罪半ばする事実があったとしてもだ。どうしてNHK経営委員の座に止まっていることが許されるのだろうか?
 政府は14日の閣議で、特定秘密の指定の対象として55の「細目」を明記した特定秘密保護法の運用基準と、法律を12月10日に施行することなどを盛り込んだ政令を決定した。(10月15日)
 ※死んだら政治家は批判を受けなくていい、などということを言っているのではない。(社会党については私だって言いたいことはたくさんある。)「売国奴」というレッテル貼りと、そうした物言いが横行してしまう土壌づくりの危険性を指摘しているのだ。

 九電のみならず、北海道・東北・四国電力も再生可能エネルギーの買い取りを中断することにしたという(10月1日から)。まったく動きがないのは中部・北陸電力のみで、東京・関西・沖縄でもすでに受付を制限したり、上限を設定したりしていることが分かった。
 「申し込みの急増のために需要を越える恐れがあるから」というのがその理由だそうだが、どうにも納得のいかないことである。
 理解できることとして、「再生エネの買い取り」制度のみではエネルギー計画は転換できないことを指摘しなくてはならない。
 そしてもう一つ。電力の需要に対する電力会社の「供給」を脅かすほどに、すでに再生可能エネルギーは普及しつつあるということである。(もちろん、既存の電力会社に供給能力がないという意味ではなく、その逆である。)
 29日から臨時国会がはじまった。安倍首相は所信表明演説で「原子力発電所の再稼働は安全性の確認を前提に進める」方針を強調した。(10月1日)
  ※
 エボラ出血熱のアメリカへの飛び火が確認されたそうである。万が一にそなえなくてはならないのだろうか?
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by yassall | 2014-10-01 12:18 | つい一言 | Comments(0)