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柄谷行人『遊動論』

 柄谷行人が『畏怖する人間』(1972)で古井由吉の「杳子」を読み解いていく様に圧倒された記憶は今も鮮明である。だから最初は「内向の世代」によりそう文芸評論家として柄谷は出現した。
 連合赤軍事件がきっかけだったというが、その後『マルクスその可能性の中心』(1978)を発表した辺りから今日の思想家としての営為に重点が移っていったようだ。
 折からのニューアカデミズムブームと併走しているようにみえながら、流行思想に便乗しているのとは違って、問題意識の在処が強固で、時代に対抗し得る新しい思想を構築しようとしていることは理解できるのだが、抽象度が高く暗喩に満ちた文章は難解でなかなか近づけなかった。
 『倫理21』(2000)を読んだとき、柄谷がしようとしていることが少し理解できたような気がし、柄谷へのインタビューで構成された『政治と思想 1960-2011』(2012)でその全容に対する見通しが開けたように思えた。
 『トランスクリティーク カントとマルクス』(2001/岩波現代文庫2010)は、やはり大部で難解な書物であったが、なんとか読み通した。内容を完全に理解し得たとはいえない段階であるが、博覧強記を越えて、人類的〈知〉と向き合おうとしていることは分かるし、その足跡をたどっていけば未来が見えるというような確証には至らないまでも、決してないがしろにはできない思索なのだと直観させられるものがあった。
 さて、今回『遊動論』をとりあげようと思ったのは、先に村井紀『南島イデオロギーの発生』(1992福武書店/2004岩波現代文庫)を読んでいたからである。
 『南島イデオロギーの発生』は副題を「柳田国男と植民地主義」とし、柳田国男および日本民俗学と植民地との関わりを明らかにしようとした書物である。
 1910年の「韓国併合」にあたって、柳田国男が内閣書記官として法制作成にあったことは事実であるらしく、村井の柳田批判は「「朝鮮」問題をこの「南島」によって隠蔽した」とし、「同質的な日本という作為された「政治」的な神話(イデオロギー)を作り出す役割を担わされている」というものである。
 沖縄には「琉球国」として独自の主権を確立していた歴史があり、明治日本の廃藩置県にあたって、いわゆる「琉球処分」によって日本に編入したことは沖縄の植民地化だった、というのは間違いとは言えない。すると、柳田の「日琉同祖論」はその正当化のためのイデオロギーであったというのは説得力がある。
 ただ、柳田国男の他の言説との整合性から、その認識を持ち続けるには心のどこかで何となく違和感を感じていた。
 『遊動論』は柳田国男を再評価しながら、持論である「国家」や「資本」から独立した「アソシエーション」という理論を展開しようとした著者の最新刊である。
 柄谷は村井の著作にも触れ、「琉球処分は植民地支配」であることを認めつつも、柳田が日本の植民地支配には批判的であったこと(「日朝同祖論」には与せず「皇民化」政策には反対していた)、日本文化の基底をなすものとして「日琉道祖論」に立つものの、沖縄が不平等に扱われることには異議を唱えていたことをあげ、村井の先のような見地を退けている。
 柄谷の「アソシエーション」論は「協同組合」論として展開される。「オヤ・コ」はもともと労働組織(親方=親分・子分、ウミノオヤ)であったこと、日本には服従関係を伴うその関係以外に「ユイ」という対等・相互組織も存在したというようなことが述べられる。
 農政家としての柳田の姿勢は一貫していたといい、少年期に飢饉を体験したことから「経世済民」思想が原点にあり、農民の救済を目的とする三倉(義倉・社倉・常平倉)を再評価していたことなどが述べられる。
 柳田は「山人」研究を放棄して「常民」論へ移行したのではなく、定住=農耕文化とは異なった山人=非定住民の文化を探究する中で、新しい社会のあり方の可能性を発見しようとの試みを持ち続けていたというのである。
 これらは柳田を柄谷の思想に引きよせ過ぎているという印象は確かにある。また、柄谷自身の思想も、ややもすれば「空想的社会主義」と批判されてもやむを得ない一面を持つだろう。
 しかし、つぎのような引用は柄谷の柳田解釈が決して的外れでないことを証明してはいないだろうか。

 「此山村には、富の均分というが如き社会主義の理想が実行せられたのであります。『ユートピア』の実現で、一の奇跡であります。併し実際住民は必ずしも高き理想に促されて之を実施したのではありませぬ。全く彼等の土地に対する思想が、平地に於ける人々の思想と異なって居るため、何等の面倒もなく、斯かる分割方法が行わるるのであります。」(「九州南部地方の民風」)

 さらには幸徳秋水らが「共産党宣言」を翻訳したのが1904年、『遠野物語』が刊行されたのが大逆事件のあった1910年であることにふれ、「願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」という激越な序が、「一つの妖怪がヨーロッパをさまよっている」という「共産党宣言」の書き出しを想起させるとまで書いている。
 これは柳田からの引用ではないのだが、宇沢弘文の「社会的共通資本」の概念を援用して、「コモンズとしての農村」といった問題も提起している。今日、里山の荒廃が指摘されているとき、山林や田畑が果たしてきた治水・保水のことを考えれば、私有財産制を越えた社会の可能性があったかも知れないこと、未来に向かってあり得ることは、大きな示唆を与えてくれるのである。
 『トランスクリティーク』では、つぎにようなマルクスのことばも引用していることも紹介しておこう。

 「もし連合した共同組合組織諸団体が共同のプランにもとづいて全国的生産を調整し、かくてそれを諸団体のコントロールの下におき、資本制生産の宿命である不断の無政府と周期的変動を終えさせるとすれば、諸君、それは共産主義、“可能なる”共産主義以外のなんであろう」(「フランスの内乱」)

 母系でも父系でもない双系制の社会が日本にあったとか、先の「社倉」の理論化と実行は南宋の朱子によるものであったとか、新書版でありながらともかく知的な刺激に富んだ書物である。

柄谷行人『遊動論』文春新書(2014)

《追記》
 実は『畏怖する人間』は長いこと行方不明になったままだった(誰かに貸したままになっているのだ)。講談社文芸文庫に収められたのは知っていたので、いつだったか三省堂で探したことがあったのだが、見つからなかった。著者が絶版にしてしまったという話を聞いたことがあったような気がしたので、そのまま諦めていたのだが、今回このような文章を書き、気になってネットで検索したらamazonで注文できた。
 今日届いたのだが、パラパラめくってみると、やはり記憶違いがあった。「「杳子」を読み解いた」と書いたが、「杳子」のみを取り上げて論じた文章はなく、「閉ざされたる熱狂」を中心に古井由吉を論じた文章が長短いくつかあり、それぞれで「杳子」に触れているのだった。
 中村泰行『ポストモダニズムの幻影』(1989)の柄谷の項も読みなおしてみた。柄谷が江藤淳と親和性が高いというのは事実であろうし、戦後日本社会に対する違和感を思想的な原点に持っているという共通点の指摘も正しいのだろう。批判の論点は明快であるし、私も「ポストモダニズム一般」はこれで切って捨てたように考えていた時期もあった。
 だが、明快である分、一方的な決めつけはぬぐいがたく、ややもすればイデオロギー暴露で終わってしまう嫌いもある。中村は「解体批評」を「解体=はぐらかす」ことだけを目的とした主観的な印象批評と断じているが、「内向の世代」という同時代で進行している作家たちの解読に私が驚嘆したのは、「ずらす=はぐらかす」という批評態度から生まれたものではなかったに違いない。
 「脱構築」とか「解体構築」というとさも目新しく感じられるが、ひとつの作品(テキスト)に対して、先入見を可能な限り排し、あくまでテキストに沿いつつ、新しい読み方を試みること、今日的な意義をつかみ取ろうとすることは、むしろ正統ともいうべき批評態度ではないだろうか。ましてや既存の価値観がゆるぎ、新しく引き起こされている現象を説明し得ることばが失われた時代であればなおのことである。(1月30日)


by yassall | 2014-01-28 15:09 | | Comments(0)

「芸術新潮」つげ義春特集

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 「芸術新潮」1月号がつげ義春を特集している。なぜこの時期になのかは不明だが、原画あり、作者本人へのロングインタビューありで、なかなか力の入った企画であると思った。
 表紙にも採用された「ねじ式」は発表当時から多くの詩人や評論家たちに衝撃を与えたものだった。よく旅をした作家らしく旅行記物も多く描いた。伊豆の漆喰鏝絵(こてえ)を知ったのもつげ義春の作品からで、伊豆・松崎の長八美術館まで訪ねていったのがずいぶん昔だから、私も作品に魅せられるようになってから40年にはなろうとしている。
 長八美術館のことをもう少し書くと、今はネットで検索してみると立派な施設になっているが、私が訪ねていったときは古民家を改造した程度の建物で、展示品の多くはホコリをかぶっていた。ただ、松崎の街はいわゆるナマコ壁の建物が並び、路地を入ると相模湾が望めるようで、つげ義春が惹かれた気持ちがわかるような気がしたものだった。
 さっそくロングインタビューを読んでみる。
 「ともかくリアリズムが好きですね。自分の主観による意味付けを排して、あるがままの現実を描くのが…。」
 「この現実世界は本来あるがままで意味はないのに、そこで主観でもってさまざまに解釈し、意味付けをしてひとつの世界像を「創作」したわけでしょう。別の解釈をすればまた別の世界になる。ということは虚構の世界にすぎない。」
 「歎異抄も含めて浄土教の説いている「浄土」とは、虚構に惑わされず事実を直視した世界のことでしょう。仏教の原点はリアリズムで釈迦は凄いリアリストだと思えますね。」
 などの発言が、それほど気負ったふうでもなくつぎつぎと飛び出してくる。もう休筆して25年になるというが、この人はいったい何を考えながら日々を送っているのだろうと感じ入ってしまった。
 葛西善蔵、嘉村磯多、加納作次郎、宮地嘉六、川崎長太郎を好んで読んだという。それらの読書が世捨て人のような人々が登場する後期の作品に反映されているのかも知れない。私はまだそこまではついて行けないが…。
 ごく初期の、まだ作者のオリジナリティが発露される以前の作品に「噂の武士」がある。最近、柄谷行人の『遊動論』を読んでいて、急に思い出したので、最後にそのことを書く。
 『遊動論』は柳田国男を再評価しながら協同組合論を展開している。定住=農耕文化とは異なった非定住民の文化を探究する中で、新しい社会のあり方の可能性を発見しようという試みであるらしい。
 その本の中で、網野善彦の所論にもふれ、武士もまた武芸という芸能をもって諸国を放浪する非定住民であったという説が開陳されている。(柳田は山人の思想から武士は本来は山に住んだという。すると山賊や、平野部ではない周辺の民という意味では海賊が武士のはじまりであったのかも知れない。)
 つげ義春の「噂の武士」は偽宮本武蔵物で、そうとは名乗らないものの、それらしく振る舞うことで話題をつくり、旅館の集客に資することで報酬を得ているという設定である。ところがちょっとした失態をカバーするために、いかに自分が鍛錬によって身軽で、武芸にたけているかを見世物のようにひけらかすことによって、ひそかに憧れを懐いていた主人公を幻滅させるという結末を迎える。
 歴史的に正しいかどうかは日本史の先生に聞いてみなければわからないが、その宮本武蔵にしろ、塚原卜伝にしろ、柳生十兵衛にしろ、確かに武芸者と武者修行の旅は結びつきが強い。その旅の途中、どうやって生活の糧を得ていたかも謎といえば謎である。いわゆる大道芸と武芸の類いとの関連もなくはないように思われる。
 初めて読んだときは、時代劇ものなら売れると当て込み、おそらくは出版社からの注文もあって書いた営業用の作品なのだろうと思っていたが、もしかするとつげ義春がそうした武士の原像を直感的に探り当てた結果に生まれたのかも知れないと考えたのだ。
 松尾芭蕉から近くはフーテンの寅まで、漂泊の人生への憧れは、自分にはないものへの渇望なのか、あるいは数%は混じり込んでいるかも知れない非定住民のDNAのなせるわざなのかは知らない。だが、つげ義春がそうした血脈にあることは間違いないだろう。


by yassall | 2014-01-26 18:03 | | Comments(2)

コカリナとうたでつむぐ

 コカリナ演奏会「コカリナとうたでつむぐ」へ行って来た。
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 コカリナとはハンガリーの楽器を改良して作られた笛。木製であるのでオカリナをもじってコカリナと命名された。黒坂黒太郎氏はその楽器の創作者にして演奏家、国内のみならず世界で演奏活動を続けている。
 3.11以後、「東日本大震災被災地支援コカリナコンサート&音楽プロジェクト」を立ち上げ、全国100カ所を目標に支援コンサートを開いている。本日の演奏会もその一環で第98回目になるそうだ。主催はさいたま教育文化研究所。昔の縁で声をかけてもらい、出かけていくことになった。
 演奏会の性格上、きっかけは東日本支援の意義に賛同してのことだったが、演奏がはじまるや、すっかりコカリナの奏でる音色に魅了されてしまった。
 陸前高田・奇跡の一本松の枝から作られたというコカリナも紹介された。大小によって音域を作り出すのであるが、木製だからか、やさしく柔らかい音色である。確かに木々をわたってくる風の音と言われればそんな気がしてくる。
 黒太郎は芸名で本名は正文、ボーカルの矢口周美は結婚前の姓を芸名として用いていて本名は黒坂、ややこしいがつまりご夫婦である。そのボーカルの澄んだ歌声も素晴らしかった。
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 会場は秋ケ瀬公園付近のブラザウエストさくらホール。2005年のオープンと聞いたが、素敵なホールだった。

 

by yassall | 2014-01-25 19:42 | 日誌 | Comments(2)

ガタロ絵画展

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 ガタロ絵画展へ行って来た。ガタロの本名は福井英二、1949年広島市生まれ。被爆2世である。高校卒業後、大阪の印刷工場で働いていたが健康を害して広島に戻り、いくつかの職業を転々としたあと基町アパートの清掃員となった。元来、絵が好きで、仕事のかたわら作品を描きため、画廊や美術館で個展を開くようになり、昨年NHKのETV特集で取り上げられてから一躍注目されるようになった。ガタロとは河童、河太郎の意味だそうである。
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 かくいう私もNHKの番組で知った。ゴッホ、村山槐多らの影響を受けたとあるが、作風は確かに初期のゴッホの素描に似ている。画題としては広島の街の風景や自身が仕事で使う清掃用具やらが多い。人物画では働く人や親しくなったホームレスを描いたシリーズがあるが、力強いタッチで対象に迫っていくようだ。
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 今回の展覧会の圧巻はベニヤ3枚という「豚児の村」だろう。中央に原爆ドームと平和大橋が描かれ、周囲に肥え太った豚が配置される。豚は人間の欲望の象徴なのだそうだ。まるで今日を予見していたかと驚かされるのは、右横に描かれた原発の建屋と排水溝から流される汚染水である。描かれたのは1985年。その翌年にチェルノブイリ原発事故が起こり、3年前には福島第一原発事故が起こった。泣き叫ぶこどもをいたわる父親も悲痛な面持ちである。
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 福島原発事故のあと、54基の原発をあしらったオブジェを作成。これをかぶって広島平和公園に立ったが警察官に排除されたそうだ。そのオブジェも展示されている。
 会場のギャラリー古藤とはどこだろうとネットで検索してみると、なんと武蔵大学の真ん前であった。
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東京会場:ギャラリー古藤 ~1/27(月)まで
横浜会場:スペースナナ  1/29(水)~2/9(日)まで


by yassall | 2014-01-21 20:32 | 日誌 | Comments(0)

吉野弘「刃」

  諸君!
  魂のはなしをしましょう
  魂のはなしを!
  なんという長い間
  ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう
                            (「burst 花ひらく」)

 また一人『櫂』の詩人が世を去った。私が吉野弘を読むようになったのは就職してしばらく経ったころのことだったと思う。吉野弘の第一詩集『消息』はサラリーマンが日々の労働の中でしだいに人間疎外に陥っていく悲哀を描いている。吉野弘には過労で倒れるまで労働組合運動に専念した時期があるのだという。徴兵5日前に終戦を迎えた詩人らしく、戦後という時代の中で人間性をとりもどすための抗いがあったのだろう。そんな詩作品に共感し引きよせられていったのだと思う。
 平易なことばで人間のやさしさや温かさを描いたと評される。平易なことばで、というのは確かだろう。現実社会と太刀打ちするためには観念のことばを振り回しているだけではだめだ、という苦い意識が私にも起こり、心に直接触れていくことばとは何かを探していたことが吉野弘に近づいていった理由にあったかも知れない。
 だが、人間のやさしさや温かさを全面的な人間礼賛と勘違いすると、とんだ読み違いをしてしまうことになる。有名な「I was born」にしても、母の死と引き替えに自分が生まれて来たことの自覚の唐突さと痛切さを読み取れなくては、詩を受け止められたとはいえない。私は教科書に採用されていることがあっても怖くて授業では扱えなかった。
 そんな中で、つぎの「刃」は私が当時もっとも愛唱した作品のひとつである。今となってはずいぶん遠い昔だが。


    「刃」

  なめらかに圭角のとれた
  かしこい小石を
  思うさま 砕いてやりたい。
  砕かれて飛散する忍従を見たい。
  収拾できない破片の上に
  呆然と立つ恥辱を見たい。
  むきだしにとんがった刃からすべてを
  はじめるようにしてやりたい。
  するどく他を傷つけ、自らも傷つく刃から
  すべてをはじめるようにしてやりたい。
  刃を自他に容赦しない 無数の石の
  かけらの間から
  新しい思索と生甲斐とが
  苦痛と共に語りはじめられるのを
  聞きたい。


(よしのひろし、1926- 2014)


by yassall | 2014-01-21 10:57 | 詩・詩人 | Comments(0)

1月の卒業生出演の公演二本

 1月に入って卒業生の芝居を続けて二本観ることになった。一本はみかわやこと葉山美侑出演の「WILDHALF奇跡の確率」、一本はモコこと甲斐千尋出演の「海のバッキャローまごころ食堂編」である。
 二人とも同じ事務所に所属しており、様々なプロデュースに応じて出演の機会を得ているらしい。活劇中心であったり、オペレッタ風であったりと、エンターテイメント系の舞台が多くを占めているようだ。
 興行的にはエンタメ系の方が成り立ちやすいという事情もわかるし、殺陣やアクロバットが達者であるとそれなりに楽しめるのは確かである。しかし、アイドル路線をひた走られるとオジサンとしては付いて行けないものがあるのも正直なところだ。
 昨日の公演は「海のバッキャローまごころ食堂編」の方だったのだが、今日の芝居はどんなかなと思いつつ客席に座ってセットを見ると、「おお」と思わせる作り込みで、まずは期待感を持たせてくれる。グリーンフェスタ参加作品というだけに、台本、演出、演技を総合して芝居づくりに力が入っているのを感じられたし、期待は裏切られなかったといってよいだろう。
 登場人物がいい人ばかりで、結局おとぎ話でしょとか、書きすぎ(説明し過ぎ)だなあとか、注文をつければいろいろあるのだろうが、それだけに語りたいものへの思いの熱さは伝わって来たし、きちんと時代と向き合っていて台本にも好感が持てた。役者たちも真摯に台本に取り組んでいた。モコもバイトの女子大生(だったか?)の若々しさをキレのある演技で表現して、役づくりへのとりくみが伝わって来た。
 前後してしまうが、みかわやは「はっぴぃはっぴぃドリーミング」の企画に続けて出演していて、それはそれでたゆまぬ努力があってのことだと思う。ただ、継続して舞台に立ち続けていてこそチャンスも生まれてくるというのも理解できるのだが、まだまだ彼女本来の力は出し切れていないような気がする。
 ぜひ、いい台本といいキャスティングに恵まれてほしい。まあ、それも彼女たちが精進を怠らず、その実力が認められてこその話なのだろうが。
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 チラシは「海のバッキャローまごころ食堂」(脚本・演出:菅野臣太朗)ASKプロデュース
 シアターグリーンBOXinBOX(池袋)~19日(日)まで

by yassall | 2014-01-17 14:52 | 日誌 | Comments(0)

「学校図書館・公共図書館の充実を求めるつどいin東京」が開催されました

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 13日、「学校図書館・公共図書館の充実を求めるつどいin東京」が全国教育文化会館(麹町)が開催された。
 学校図書館と公共図書館を結ぶ集いということで、公共図書館の休館日である月曜日を選んで毎年成人の日に開催されている。
 午前中は「憲法と教育」と題して、金平茂紀氏(TBSテレビ「報道特集」キャスター)による記念講演があった。筑紫哲也をして「異能」といわしめただけあって、たいへん面白いお話を聞くことができた。
 戦後→災後(3.11)→戦前に向かっているという情勢認識が語られ、現政権が3.11という戦後史にとっても大きな節目となる出来事を「なかったこと」のように扱い、3.11以前へ、さらには戦前に時間を戻そうとしていると指摘する。
 国民主権から国家主権へのその大きな流れの中で、教育も「権利としての教育」から「国家のための教育」へと変質が迫られ、選別化・階層化・競争原理といった新自由主義の持ち込みや、学校の民間市場化がすすめられようとしているとする。
 それらの認識の多くは参加者とも共有するものであったが、世界中を取材して歩いて来た方らしく、インドやネパールの子どもたちの様子や、さらには台湾で反日キャンペーンが張られたその同じ会場でドラえもん祭が同時開催され、そちらの方に集まった人の数の方が多いことなどが写真とともに紹介されると、物事を単眼的に見てはならないことをユーモア混じりに教えられた。
 金平氏が提起するところの、「ではこれからどうするか」で、①外とつながること、②横とつながること、③いつもこころにユーモア、④学びあう喜び、⑤学びは生きていく価値そのもの、の5つの指標も参加者に勇気を与えるものであった。


 午後は、(1)今、公共図書館に求めるものとは?~TUTAYA図書館などの動き、(2)「学校図書館法改正」をめぐって~学校図書館のあり方と専任・専門・正規の学校司書配置を求めて、(3)教育の自由と図書館の自由~『はだしのゲン』閉架問題、高校教科書採択問題など、の3分科会に分かれて、レポート発表と討議がなされた。
 私は第2分科会の司会をおおせつかった。昨年6月12日に衆議院法制局から出された「学図法改正骨子案」がそろそろまとめの段階に入り、次回国会に上程されるかも知れないとう情勢の中、白熱した討論となった。
 その専門性がどのように担保されるのか、定数法の改正をともなう正規雇用は保障されるのか、注意を怠ることの出来ない問題は多いし、学校司書の法制化をめざしてきた人々の間でもそのあり方(特に教育職であることの当否)について微妙な意見の食い違いがあることも確かだ。
 それでも「学校司書」という職名が制度上に明記されるなら、その意義は大きい。「職名」があるということはその職名に独自の「職務」が存在することであり、専門性が認められることである。それではその資格と資質は何か、「職」に相応しい地位と待遇はどうあるべきか、それらが問われてていくことになるのは必至である。
 もし、それらが将来にわたっての課題としてであるとしても、内実を作り、具現化していくのはどのみち学校現場にねざした学校図書館運動にゆだねられていくしかないのだから。

 閉会集会で発表された参加者は130名でした。


by yassall | 2014-01-14 13:42 | 日誌 | Comments(2)

今年の発句

紅葉も澄色に溶く瀑の景

白月に魂(たま)冷ゆるまで瀑轟


  年賀状を差し上げた方には写真付きでお送りしましたが、11月に袋田の滝を訪れたときに想を得たものです。
  白月とは皓皓と明るい月をいうのですが、実際に袋田の滝にいたのは午後の日のあるうちです。つまりは虚の世界ということになりますが、観光客もいない夜、月光に照らされながら水を落とし続ける瀑の景を想像してみるのも一興かな、と。
  まあ、相も変わらず苦しまぎれですが、今年はこんなもので……。

  あ、本年もよろしくお願いします。 拝


by yassall | 2014-01-01 17:32 | 雑感 | Comments(0)

つい一言 2014.1

 新しい「エネルギー基本計画」に対するパブリックコメントの募集は本日が締切です。政府は1月末にも同計画を策定し、原発の再稼働さらには推進をしようとしています。
 原発を「重要なベース電源」と位置づけることは、新たな「安全神話」「安心神話」のもとに、脱原発の道すじから逆行しようとすることです。しかし、福島原発事故以来、全原発が停止している今日の状況をみたとき、原発を「ベース電源」とすることが正しい選択であるはずがありません。
 ひとたび事故が発生したときの過酷さを私たちは目の当たりにしたばかりです。その現場に居合わせた世代の責任として脱原発を決意すべきであると私は考えます。
 原発を止めるのは世論しかありません。ネットからファームで送信できます。(1月6日)

 新春二題①:
 福井県の「もんじゅ」とともに核燃料サイクル計画の柱である青森県六カ所村の再処理工場の稼働に向けて適合性審査が申請されたという。
 使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で再利用するという計画は、エネルギー資源を持たない日本の救世主のように宣伝された。
 だが、高速増殖炉「もんじゅ」も六カ所村再処理工場もトラブル続きで完成のめどがたたず、またひとたび事故が発生したときの危険性は原発の比ではないとされている。
 どんな初夢を見たのか知らないが、いいかげん空想科学小説のような夢は捨てなさい、といいたい。
  ※
 昨年の台風18号で一本道のトンネルがふさがってしまったり、データ送信が出来なくなったりした「もんじゅ」だが、つい最近はコンピュータウイルスによってデータが外部に流失したという事件が起こった。こんなことで「特定秘密保護法」が聞いてあきれる。何かが決定的に間違っている。(1月8日)


 新春二題②:
 7日、下村博文文科相が記者会見で、高校日本史の必修化を「前向きに検討すべき」と述べたとのことだ。また、規範意識や社会制度などを高校生に教える新科目として自民党が目指している「公共」の導入に関しても検討する意向を示したという。
 「グローバル社会を見据え、日本のアイデンティティーを学ばせる必要がある」というのだが、その「アイデンティティ」なるものが何ものかが問題だろう。
 自分たちが今を生きる時代を知るために歴史教育は大切だ。特に日本の近現代史教育はこれまで不十分だったことは確かである。だが、昨今の教科書攻撃の実態や教科書検定の改変の動きを見るにつけ、その近現代史は真実が隠蔽されたり美化されたものになってしまうことが危惧される。
 それと、「公共」って何だ? 社会科を「地歴」「公民」に解体しただけでは、どうも自分たちの思うようにならないというところなのか?
 だいたい「公共」の意味をどうとらえているのだろうか? 私の考えでは「公共」は西洋的な「パブリック」の概念に近い。したがって、それは元来「人民」の間から発生しなければならないのである。


 しかし、おそらく彼らは「公」=国家ととらえているに違いない。「公」は「私」に対立する。そのうち「滅私奉公」とでも言い出すのではないだろうか?
 だが、もともと「宮殿・君主」を意味した「公」は、君主の心がまえとして「公平」「公正」でなければならないという意味にも広がったのである。まずは政権に立つ者として自分たちが「公平」「公正」であるか自問するのが先でなくてはならない。(1月8日)

 共同通信ニュースによると、点検漏れを指摘されていた「もんじゅ」が確認中にもかかわらず完了との報告をし、原子力規制委員会の注意を受けたとのことである。
 [詳報]15日、原子力規制委員会は、福井県・高速増殖炉「もんじゅ」で1万点を超える機器の点検漏れが発覚した問題で、運営主体の日本原子力研究開発機構が見直しのための点検計画の内容を確認作業中だつたにもかかわらず、見直しが完了したと規制委に報告していたことを明らかにした。事実上の運転禁止命令が出ている「もんじゅ」の運転再開を急いだ可能性があるとのことだ。
  「世界一安全」などということはあり得ないと考える理由のひとつに、設計や建造から操作や点検までの各過程で人為的ミスは避けられないということがある。しかし、これではミスどころか「手抜き」であり、いうなれば「虚偽」ではないか!
 都知事選にからんで、自民党からは「原発は国政問題」との牽制がはじまっているが、国政にゆだねていていは危なっかしくてしかたがないからあちこちで声があがっているのである。(1月15日)

 今年の焦点は「集団的自衛権」問題だと思っていたが、磯崎首相補佐官は今月24日からの通常国会中に「しっかり決めたい」と述べたということだ。安保法制懇談会による報告書の提出が4月。山場がやってくるのは予想より早期になりそうだ。
 「集団的自衛権」問題がもちろん大きいのだが、「教科書」問題も重大だ。それにしても教科書が「政府見解」にしたがうことでいいのだろうか? 
 教科書がしたがうべきは「真理」(および真理にいたろうとする態度)であり、そのために依拠すべきは学問および科学をおいてないはずだ。もっとも、その学問の府たる大学の自治や学問の自由もまた脅かされつつあるのだが。(1月16日)

 明日は沖縄・名護市長選の投票日である。選挙期間に入って突然500億円の「名護振興基金」が打ち出されるなど、基地建設に反対している現職市長に対する露骨な切り崩しが目に余る。しかも、その500億円には確かな裏付けがないと聞くと、金力で屈服を迫るというよりたぶらかしに近い。
 基地と原発は地域住民を分断する。今日、NHKEテレではじまった「戦後史証言・日本人は何をめざしてきたか」の東北シリーズで、六カ所村核燃料再処理工場の建設で揺れた下北半島をとりあげる。(1月18日)

 昨夜は卒業生の集まりがあり、ちょっと嬉しいサプライズもあったのに、つぎのようなとんでもニュースが飛び込んできた。

 東京オリンピック大会組織委員会の会長に就任する森元首相は18日のテレピ東京の番組で、小泉元首相が訴えている「原発即時ゼロ」について、「6年先の五輪のためにはもっと電力が必要だ。今から(原発)ゼ口なら、五輪を返上しかなくなる。」と発言…

 おそらくは都知事選を意識してだろうが、オリンピックを人質にここまで露骨に政治利用して恥じないような人物が大会組織委員長であるなら、ほんとうに返上した方がよいのではないだろうか?
 まあ、過去のいきさつからして「この人なら(こんな発言をしても)しかたないのかなあ」という気がしないでもないが、そんなに人材が不足しているのだろうか? この人は発言のあと、自分が恥ずかしくなったりしないのだろうか?(1月19日)

 「はだしのゲン」に対する攻撃が執拗に続いている。東京都では『はだしのゲン』をめぐるって12本の請願が出された。学校からの撤去、除去、排除を求める請願が3本、これに対抗して自由閲覧を求める請願が9本あったそうだ。
 1月9日、東京都教育委員会はすべての請願に「応ずることはできません」と回答し了承された。その理由は、「学校図書館にはさまざまな図書館資料が置かれることが必要である」とし、都教委としては特定の図書の撤去や閉架措置を指示しない、「校長による図書館資料の選定事務が適切に行われるよう取り組んでゆく」とある。
 ただ、最後に「我が国と郷土を愛する態度や、国旗・国歌の意義等について、児童・生徒を正しい理解に導くよう、都立学校や区市町村教育委員会に対して指導・助言を行ってまいります」とし、今後どのように具体化されていくかは予断を許さない。
 1月10日、埼玉県でも高校教育指導課から県立高等学校長宛てに「学校図書館における「はだしのゲン」の所蔵及び自由閲覧の状況について」の照会(調査)があった。(知り合いを通して知ったので、おそらくは小中学校にも同様の調査があったものと思われる。)
 現時点では、埼玉でも請願があったからというのではなく、東京での経過から事前に実態を押さえておこういうことらしい。
 たかがマンガに、ということではなく、ここから一点突破を仕掛けてきているのだという危機感が必要なのだろう。「国禁の書」が復活するようでは、戦後「図書館の自由に関する宣言」をかかげた図書館だけでなく、民主主義の息の根が止められてしまう。(1月20日)
  ※
 名護市で稲嶺市長、南相馬市で桜井市長が再選された。「復興がすすまないのは市長が何でも反対だからだ」などの切り崩しも激しかったと思うが、再選させた市民の良識に敬意を表したい。

  「名護市民は「普天間固定化」を支持したに等しい」(産経デジタル)とはいかにも産経らしい。だが、「名護市民」対普天間基地のある「宜野湾市民」という構図は正しいのだろうか?
 沖縄県民の圧倒的な声は「普天間基地は県外へ」であり、仲井真知事も県外移設を公約に掲げて当選した。では、辺野古の埋め立て申請を承認し、その公約を破ったことを沖縄県民は「やむなし」と容認したのか。今回の選挙結果はその答だったのではないか?
 名護市民は気高くもあえて苦難の道を選択した。それは基地や交付金に頼らない地域振興をめざす道なのであろう。単なる感情論ではない、もっと大きな変革の動きを指摘する人もいる。新聞社であればそれくらいの動向はつかんでいるはずなのだが、あえて先のような構図を描き出すことで世論を誘導しようとしている。そんなことがいつまでも通用してよいはずがない。(1月21日)

(戸締まり・ハリネズミ・抑止力)
 非武装中立の是非を議論していたころ、日本も軍事力を持つべきだとする人たちが唱えていたのが「戸締まり」論である。空き巣や強盗に備えるためにどこの家でも戸締まりはしている。それと同じで最低限の軍備は必要だという理論である。
 軍事大国だったソ連を仮想敵国としていた時代だから、相手が本気を出してきたら中途半端な軍備など何の役にも立たないではないか、という議論に対して「ハリネズミ」論を唱えた人がいる。猛獣には太刀打ち出来ないが、ハリネズミなりの反撃で持ちこたえているうちに同盟国(つまりアメリカ)が助けに来てくれるという理論である。
 最後の「抑止力」論は相手を上回る軍事力を保持し、これを見せつけることで相手の攻撃への意欲を失わせることができる、結果として戦争は起こらないのだから平和を維持することができる、というものである。
 「抑止力」論の問題点は必然的に軍拡競争を引き起こすこと、明日述べるように絶対的な軍事力である核兵器が出現してからも世界では戦争が絶えなかったことにある。
 ところで沖縄・普天間基地は米海兵航空団の支援基地であり、これを「抑止力」とすることには疑問がある。海兵隊はまっ先に戦地に急行し、殴り込みをかける実戦部隊である。過去にもそうであった通り、海兵隊が動くときは戦争が始まるときなのであり、「抑止力」というより「一触即発」状態の恒常化なのである。(1月22日)

 核兵器の問題について補足する。相手の攻撃への意欲を失わせるほどの軍事力とは核兵器をおいてない。第二次大戦直後、アメリカは核兵器を独占できると考えていたが、そうはいかなかった。むしろ原爆(核分裂爆弾)を上回る水爆(核融合爆弾)を先に開発したのはソ連だった。
 核兵器の独占による「抑止論」が成り立たなくなると、米ソ冷戦時代には「均衡」論が唱えられた。パワーバランスによって平和が保たれるという、核保有を肯定するための理論であったが、核ミサイルの多核弾頭化と迎撃のための技術が発達(本当に実効があるのかどうかは不明)する中で「核先制攻撃」論に置き換わっていった。「一触即発」態勢の中で緊張と軍拡競争が激化し、競争に敗れたソ連はやがて崩壊を迎えた。
 それでも第三次世界大戦規模の全面戦争は避けられたという人がいるが、これもかなり危うく疑問である。古くは朝鮮戦争やベトナム戦争でも核兵器の使用寸前までいったが、それを押しとどめたのは国際世論の力である。
 冷戦の終結がもたらしたものは核拡散の脅威である。核兵器を保有することで大国と対等になれるという幻想が生まれた。だから北朝鮮は核を保有し、実用化しようと躍起になっている。米オバマ大統領が核兵器廃絶を言い出したのは核拡散を怖れてのことである。
 テロ組織の手に核がわたる危険性も指摘されている。核ミサイルを保有したり発射できたりしなくとも、核物質が都市に放置されるような事態を想像しただけで、その恐ろしさは極まりない。「抑止力」とされたものが人類の生存と安全を脅かしているのである。(1月23日)

 二日間にわたって「戸締まり・ハリネズミ・抑止力」と、ことばが変化するごとに軍備はエスカレートしてきたことを話題にした。(まあ、私と同年代の人には少々退屈な復習問題だったが。)
 ところで現在の日本の軍事力はどの程度なのだろうか?
 つい最近おこった海上自衛隊の艦船と漁船との衝突事故の映像を見てびっくりしたという人は多いのではないだろうか? かくいう私もだった。そこで調べてみると、「おおすみ」は輸送艦と名前がついているが形は空母、中味は戦車揚陸艦である。空母型といえば「ひゅうが」や「いずも」はヘリコプター搭載型の護衛艦でこちらは戦闘目的の護衛艦である。
 かつて海上自衛隊の護衛艦といえば駆逐艦型だった。横須賀でその姿をみて、「ああ、これは米軍の空母を護衛するための艦船だな」と直感したものだった。
 しかし、戦車揚陸艦やヘリコプター搭載艦は、自国に侵略してきた敵を迎え撃つのではなく。自前で敵地に乗り込んでいくための軍艦である。
 (ヘリコプターをあなどってはならない。第2次世界大戦末期に旧日本軍が大本営を松代に移そうとしたので分かるとおり、山間部に設けられた基地やひそんでいる敵を攻撃するには高速飛行をする飛行機では無理なのである。「いずも」が搭載するのは今は哨戒ヘリということになっているが、いつでも攻撃型ヘリへの交代は可能なのである。なお、参考までに「いずも」は全長248m、旧日本海軍機動部隊の旗艦空母だった「赤城」は全長261.2mである。中国が初めて保有した空母「遼寧」は305m。)
 「世界の平和と安定に資する」ためにはこれくらい当然とでもいうところかも知れないが、日本が保持している軍事力はとうに「戸締まり」の段階を超えている。日本の「防衛指針」は中国を「懸念」の対象としているが、アジアの中で日本は脅威となっているのである。(1月24日)

今日のつい一言:(本当は今日はお休みのつもりでしたが)
 NHK新会長の籾井勝人氏はが25日の就任会見で、従軍慰安婦について「戦時だからいいとか悪いとか言うつもりは毛頭ないが、このへんの問題はどこ(の国)にもあった」と述べたとのことだ。
 確か昨年5月、橋下大阪市長が同様の発言をして世論の非難を浴びた。人の振り見て我が振りを直せない人間には、歴史問題の焦点がつかめない鈍感さを指摘するより、偏向かつ硬直した確信犯としての正体を早くも明らかにしたと認識しておこう。
 放送法第一条「不偏不党」を強調したともいうが、これもどうも怪しい。原発が危険だというなら安全とする意見も併記しろとか、採決が「強行された」とはいうな、とかいうことらしい。
 しかし、どうしてこんなにも類が友を呼ぶようなのだろうか?(ああ、そうか。友を呼んでいるのか…。)(1月25日)

 原発を持つ電力各社が2006年以降、原発再稼働を訴える甘利明経済再生相のパーティー券を水面下で分担して購入してきたことが朝日新聞の調べで分かった。平均的な年間購入額は数百万円とみられるが、各社の1回あたりの購入額を政治資金規正法上の報告義務がない20万円以下に抑えていた。(朝日新聞デジタル)
 ……やっぱりなあ、という言葉しか出てこない……。TVに出て来ては「日本の産業の維持・発展のため」とか言っているのがそらぞらしい。

NHK会長の慰安婦発言、官房長官は問題視せず(同)

 ……やっぱりなあ、という言葉しか出てこない……。問題視しない理由は「個人として発言したものと承知している」からだというが、公共放送の長として相応しい人物かどうかは問われないということなのだろうか。政府は人選に関与していないというが本当だろうか? 会長に選出した経営委員に責任はないのだろうか? 他人に厳しく身内に甘いようでは国民の信頼は得られない。
 それにしても、菅官房長官の「違和感を感じる」と「問題ない」は聞き飽きた。(1月27日)

 東京オリンピックが都知事選の焦点の一つになっているというより、まるで人質のようにしている候補者や応援団がいる。「世界最高、史上最高のオリンピックを!」なんてはしゃがれると、その人物の見識そのものが疑われる。どうせ大金を投じて大規模化をはかろうとか、これに便乗したインフラ整備を考えているのだろうが、その発想自体が時代遅れである。
 「世界最高」を示して威圧するのではなく、選手が尊厳をもって遇されていると実感でき、のびのびとベストを尽くして競技に専念できる環境を整えることを最優先に考えていけばよいのではないだろうか。
 選手や観客の安全を確保するための治安対策は確かに重要だろう。だからといって、それが人権抑圧の口実にされるのはまっぴらだし、特定の団体や国籍を持つ人々に対する差別を作り出すようなことは許されない。いつまでもヘイトスピーチのようなものを野放しにしておいて諸外国からの来客など迎えられるのだろうか。(1月30日)









by yassall | 2014-01-01 00:19 | つい一言 | Comments(0)