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秋の高校演劇  深谷・本庄地区大会

 29日は深谷・本庄地区の高校演劇発表会に行って来ました。6校の芝居を観させてもらいました。
 先週、〈劇的〉とは何かについてあらためて考えた、と書きました。芝居がころぶとは、ハラハラドキドキ、そしてワクワクするような時間を共有すること。ただ「劇的な」ショッキングな事件が起こったり、「芝居がかった」おおげさなジェスチャーをくり返しても、それだけでは観客を引き込んでいくことは出来ません。しかし、芝居作りの経験が浅いと、どうしてもそれらに飛びついてしまいます。
 それでも、それも〈演劇的〉なるものを探究し始めた第一歩であるには違いありません。そこにいつまでも留まっているのでは困りますが、こうした地区大会のような場で切磋琢磨しあい、ダメ出しを受け、悔しい思いもし、また新しい演劇世界に挑戦していけばいいのです。
 今年も地区大会で審査のお手伝いをしましたが、少しでも〈演劇的〉なるものの探究を応援できたなら嬉しく思います。
 そして、芝居づくりの基本は、①芝居という大きなウソをつくためには小さなウソをつかない、②説明的な演技をしない、創作であれば説明的な科白になるべく頼らない、③客を置いていかない、独りよがりにならない、の3点だなとあらためて考えたし、それを伝えようとしたつもりです。
(西部B地区と深谷・本庄地区のブロックからは芸術総合高校と入間向陽高校が県中央大会に出場することになりました。)  
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  写真は会場の深谷市民文化会館
by yassall | 2013-09-30 18:52 | 高校演劇 | Comments(2)

〈小状況〉と〈大状況〉  『白犬伝』を見て考えたこと

 秋の高校演劇の地区発表会でタカハシナオコ作『白犬伝 ある成田物語』を上演した学校があった。1960・70年代に成田空港建設反対をかかげて激しく戦われた三里塚闘争を題材にしている。
 「またベールをかぶった平和」がやってきた時代に、「私たちは忘れない」ことを宣言しようとした作品ということになるだろう。当事者や当事者に近い人たちにとっては、自らの立脚点を見失わないための道標としての、またそんな戦いがあったことを知らない若い世代への伝言としての意義づけがなされるかも知れない。その意志の働きを理解できないわけではない。
 しかし、同じ東京近郊県とはいえ、こうした性格づけの明確な作品を上演した場合、芝居としてリアリティをもって成立させていくのは難しいだろうな、と思っていた。また、三里塚闘争そのものにはなるべく触れないつもりでいるが、半世紀近くが経過して、そろそろ違った観点からの総括が必要なのではないだろうかと私自身は感じていた。
 今、この台本でもって三里塚を語ることに疑問があった。ましてや、この台本をもって現代が告発できるとは考えられなかった。時代の方が先へすすんでしまったのである。

 ところが幕が上がってみると、始まりこそ平板であったが、やがて一本の太い線が引かれていくような舞台となった。何よりも主役を演じた2年生の力強い演技が大きかった。他のキャストも台本の核心部分をつかんで芝居にとりくんでいることが伝わってきた。圧倒されそうになったし、客席もこれに感応していることが明らかだった。
 役者の科白が頭の中から、ましてや口先だけから出ているとすれば、それがどんなに巧みであろうと観客の心を動かすにはいたらない。演じられた登場人物の心の中から、さらには身体から発せられたとき、観客はこれに共感する。この舞台はそこに近づき得ていた、といったら言い過ぎだろうか。
(頭で考えることを否定しているのではない。とくにこのような台本の時は、時代背景についての知識を深めることは絶対必要であるし、今この時代にこの台本を演じようとするならば、その意義がどこにあるのか考え抜き、徹底的に討論する必要があるだろう。また、それをしてきたからこそ、この舞台になったのだと信じている。)

 さて、この芝居をみながら私が考えていたことは〈小状況〉と〈大状況〉の問題である。おおざっぱにいえば、〈小状況〉とは個人・家族・日常生活の場であり、〈大状況〉とは世界・国家・社会といった、〈小状況〉を取り囲みながらも、どこかで日常生活から切り離された場である。もちろん〈小状況〉と〈大状況〉の問題はいつの時代でも起こりえるのであるが、1960・70年代という時代を考えるとき、ひとつのキーワードになるように思われたのである。

 二つはお互いに関連し合ったり、対立し合ったりすることになる。たとえば当時の若者たちの口からよく発せられたことばに「自己否定」がある。

 1960年代の高度経済成長によって日本国民は小市民化していった。それ以前であったらとてもそんな経済的余裕がなかった家庭でも、「学歴神話」が色濃く残っていた社会背景もあって、子どもを大学へ進学させようとする時代がやってきた。しかし、その経済成長の背景には石油メジャーが中東をおさえたことによって可能になった石炭から石油へのエネルギー革命、その陰で相次いだ炭鉱閉鎖による失業や地方経済の疲弊、果てはベトナム特需(※)があったことがしだいに明らかになってくる。公害問題も深刻化していった。
(※日本では武器輸出は禁止されているわけであるが、例えばカップヌードルはもともとベトナムに派兵されたアメリカ兵の非常食として開発されたと聞いたことがある。そういえば初めてカップヌードルを口にしたころ添えられていたのはプラスチック製のフォークだった。また、私の家の近くにベトナムで負傷した米兵のための野戦病院があったが、日本がベトナム戦争に荷担していることは米軍基地をそばにした地域以外でも明白になっていったのである。)

 そうした社会の矛盾に目覚め、市民運動や社会運動(学生であったら学生運動)に参加しようとしたとき、いやおうもなく迫られたのは小ブルジョワとしての自分を「自己否定」することだった。(当時の学生運動はそのような倫理性を帯びていた。その倫理性=心情性が理性を妨げていたことはあっただろうし、それゆえに小ブルジョワ性を指摘されたり、揶揄されることも多かった。)
 これは〈小状況〉から〈大状況〉への移行ということになるが、その反対の方向への移行もあった。そもそも、当時の学生たちが三里塚闘争に関わるようになったのも、アメリカ帝国主義だとか、スターリン主義だとか、巨大で抽象的な相手との戦いに挫折した後、いわば地に足をつけた、農地という生産と生活の場を拠点とした農民運動に引かれていった結果ではなかったかと私は考えている。

 ところが、「反対同盟」が組織である以上、それは〈小状況〉=日常生活の場であり続けることはできず、〈大状況〉=組織の論理に繰り入れられていかざるを得ない。組織目標、組織規律が確立し、これについていけないもの、一致できないものは排除されていく。〈大状況〉が〈小状況〉を疎外していくのである。
 この劇の場合には、ソノコは自らの小ブルジョワ性を否定するために三里塚に飛び込んで行ったわけではない。優秀な姉が死んでしまった後、ぎくしゃくし出した家庭の雰囲気に耐えきれず、三里塚という〈大状況〉に飛び込むことで自分の居場所を得ようとしたのである。だが、ソノコが三里塚に飛び込んだのは姉とうり二つの女性リーダーに引かれたからであり、「団結小屋」に求めようとしたのは自らの〈小状況〉の代替物となってくれるものだったのである。その女性リーダーにスパイの嫌疑をかけられたたところから〈大状況〉=闘争の大義・組織防衛の論理によるソノコの〈小状況〉の疎外がはじまる。(それが明らかになってしまった後、たとえ誤解が解けたとしても、ソノコが三里塚にとどまるかどうかは疑問だと思っている。)

 1970年代の終わりごろから、多くの人がこの〈小状況〉と〈大状況〉の問題について苦悩することになったのではないだろうか。自己否定の末に〈大状況〉の論理に生きようとしたものの、むしろその論理ゆえに自己崩壊してしまった者たちもいた。学生たちも大学を卒業し、生活の糧を得たり、家庭を築いたりしていかなければならなくなった。決して〈小状況〉に逃げ込むばかりでなく、自らの生活の場を拠点に、もう一度運動を組み立てようと試みる者たちも少なくなかった。だが、いつの時代にも、そうした〈小状況〉をたちどころに飲み込んでしまう〈大状況〉が厳に存在していることも事実であって、やはり〈小状況〉にとどまっていてはその巨大な壁を打ち破ることは出来ないことも確かなのである。これらは1960・70年代を生きてきた者たちが、いつかはきちんと総括をしなければならない問題である。

 もう一度、芝居のことに戻る。この芝居で、この〈小状況〉と〈大状況〉との対立や矛盾を一気に解決してしまうのはツル(犬の名)の無私性にもとづいた献身である。
 犬の名がツルであるのは、ツルコという人間として登場するためでもあるが、もちろん「ツルの恩返し」から来ている。
 題名は『白犬伝』であるが、これも『南総里見八犬伝』(南総の総は房総の総だからこれも千葉に縁が深い)から来ているに違いない。とすれば、仁・義・忠・孝の儒教道徳が根底にあることは容易に想像できる。
 こうした無私性や忠義心の発露は、今でも私たちにとって美しいものとして映り、カタルシスとなり得るのだろうか。この芝居に心動かされている限り、私たちはいまだにこの旧道徳から自由ではない。しかし、もしかするとそれはたいへん危険なことであるかも知れないのである。

 こんなことは台本にないのだから、それらが視野にあったかどうかを問うことは酷であるかも知れない。だが、科白の端々やそれぞれの人物の立ち位置、人間関係の設定の仕方に萌芽がないわけではない(もしかすると、それは作者が描こうとした作品世界としては、ほころびのようなものであったかも知れないが)。それらをていねいに描き込んだら、この芝居の今日的意義が認められる可能性があったのではとも思う。(作者が第2版を書かなければやはり無理か…。)

 私の芝居の見方は、やはり何を表現しようとしているか、何を伝えようとしているかに偏りがちな傾向があるかも知れない。純粋に演劇的な面白さを理解できていないわけではないつもりでいるが、こうした点がテーマ主義者とよばれるゆえんかも知れない。
 それが却って、この芝居については先のような厳しい評価につながってしまったのかも知れないと思う。だが、どんな脚本を選択し、どう解釈し、どう舞台化しようとしたかは、演劇を評価する重要な観点であると私は思っている。

 若者たちが保守化し、「強い日本」への志向やら他民族に対する排外主義に陥りがちであると、しばしば指摘されている。(かつて左翼=正義であったが、今やサヨクは国賊あつかいである。)
 上演台本探しの過程で偶然出会っただけであるのかも知れないが、国家体制にとりこまれるのをよしとせず、さまざまな限界や問題を抱えつつも、それこそ命がけとなることを決意して「お上」にもの申した人々がいたことを知ったこと、知ろうとしたこと。一夏を芝居作りにかけることによって、まさしく身体をもってそれを自己化し、表現しようとしたことに、心から敬意を表することを忘れているわけではない。
 うかうかしていられないのは、私たちの方なのだ。そのことも教えてもらった。
 
by yassall | 2013-09-24 15:39 | 高校演劇 | Comments(3)

秋の散歩2013

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 煉瓦の街のモニュメント・深谷駅。降り立ったのは10年ぶりくらいです。(9月29日)
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 所沢中央公民館までの道筋に日活映画の看板が…でも、付近に映画館らしきものはない…あれ、よく見ると盃横町のロゴが…。開発がすすんでいる所沢ですが、駅から離れるにしたがって面白そうな路地や家並みが発見できそうです。P330(9月22日)
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RX100の超解像のテストがてら志村坂上付近で。150mm相当ですが、私的は十分使える感じです。(9月17日)
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同じく志村坂上付近。オリエンタル酵母の工場。そばを通るとつい撮ってみたくなります。(同)
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台風18号通過後。私も写真に撮っておいたのです。P330(9月16日)
by yassall | 2013-09-24 00:23 | 散歩 | Comments(2)

秋の高校演劇

 また秋の高校演劇シーズンがやってきました。今年は西部B地区(所沢・入間・飯能)におじゃますることになりました。今日が初日。5校の芝居を観劇しながら、改めて〈劇的〉とはどういうことかについて考えていました。
 明後日までの3日間で15校のお芝居を見せてもらいます。来週は本庄・深谷地区におじゃまします。(写真は会場の所沢中央公民館)
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by yassall | 2013-09-20 19:25 | 高校演劇 | Comments(2)

詩・詩人 番外篇

 大昔の話になって恐縮だが、私が高校生のころ、旺文社から『高○時代』、学研からは『高○コース』という雑誌が発刊されていた。
 高校の教科単元のポイントや定期考査対策など学習・受験が主な内容で、勉強の方はついおろそかになりがちだった私も、それらしい顔をして『時代』の方を購読していた。高校生向けの読み物などもあって、ちょっとした高校生文化の拠点のような役割も果たしていたように思う。
 詩の投稿欄もあって、『時代』の方は山本太郎、『コース』の方は寺山修司が選評をしていた。選者の影響か『コース』の方がダダイズム風の作品あり、アナーキズム風の作品ありで、ずいぶん先をすすんでいるように思え、気になっていたのを覚えている。(西脇順三郎のときに紹介した大学時代の友人マサミチは『コース』を読んでいたといっていた。)
 引き合いに出すようだが、1971.12の『ユリイカ』に掲載された天沢退二郎・吉増剛造・長田弘・清水昶の座談会で、天沢退二郎が『蛍雪時代』の投稿欄に投稿したとかしないとかの話をしている。
 自他共に認められた詩人の作品ではなく、同年代の高校生の書いたものにふれることで、詩を書くことが身近に感じられるというようなことがあったのではないだろうか。
 私も、「何か見つかるのではないか」「思いもかけない鉱脈を掘り当てられるのではないか」と、最新号を手にするたびに投稿欄を開くのを怠らなかった。
 さて、以下に紹介するのは、その『高二時代』の何月号かで一席に選ばれた作品である。今読み返してこそ、中盤の軽口部分と最終行に甘さがあるものの、初めて目にしたときの衝撃は忘れられない。
 端的にいえば、「同じ高校生でこんな才能の持ち主がいるのか」という感嘆であり、翻って自らの非才への嘆きであったかも知れない。その後も、私としては背伸びをして思潮社の『現代詩手帖』を買って読むようにもなるのだが、ながく記憶に残る作品となった。

 雑誌そのものはもちろんもう手元にはない。そのページを切り離したのを貼り付けておいたノートが残っていたのだ。
 この人物がその後も詩を書き続けたのかどうかは分からない。もしかすると、まったく一過性のことで、書いた本人すらもう覚えていないかも知れないと想像してみたりする。こうして何十年も経過した後に公表されることを望んではいないかも知れないと思うので、作者名はイニシャルにしておく。高校名も記されているのだが、これも頭文字がLの、鹿児島のさる有名校とだけ書いておく。


  「亜流の主題と必死の抵抗を認めてほしいという詩のⅠ〈The Canvas of the Dead〉」
                                                      

 長雨がやんで
 やたらと小鳥が落ちている。
 茂みの間に血管のちらちらする夕方だ。

 何年か昔の話だが
 浜辺の小さな池がひあがった。
 埋まるだろうか
 ぬき足で
 もっとも低くなった中央部までおりた僕は。
 無数の水生甲虫の死骸が
 黒紫色の地面に玉砂利のように保護色を使っている。
 地上にもどる十歩の間に僕は十歩以上の甲虫を踏んだ。
 やつらはあの聖甲虫より、もっと死んでいた。

 よたよたの炎のあははの恐怖。
 patheticなろうそくも
 戯画と同じさ。一吹きで消える。
 炎に洗濯してもらいたい。僕はだまる。

 存在だらけの世の中で
 たとえば浦から雲、村から熊。
 日熊や、月の輪熊や白熊や悪魔など
 書くまでもない。あ、熊だ。
 掌がふるふる震える。
 そんな小事
 どうでもよいではありませんか。
 そう、どうでもよい。けれども逆接の日々。
 だが歌、だが紫、だが刃。
 七月も残酷きわまる月だ。カイゴウズめ。樹々をかいくぐって来たのは、何だったのだろうか。
 頭足綱四鰓目はammonaiteの化石?
 いや、あいつは侏羅紀など紀々をかいくぐって来た。
 化石をご存じですか。昔は死んでいなかったのです。
 あははの恐怖。
 殺戮は夜行われる。
 土偶が復元を待つ。
 地蔵が倒れる。
 さて、僕が好んで出かける所といえば
 渦の下の海底だが別に渦など必要ない。
 あれはdecorationで気分の問題である。
 ただ、時に人が沈んでくるのは
 いい。
 魚は奇怪だ。
 野望のない彼奴は浅薄な黄色い夢を
 slot machineのようにはきながら
 泣いてもいない。
 古墳の前でだまらぬ。鈍重な粗型握槌が
 笑った。ふふん。泣いた。
 埴輪の胴の中は洞。洞の中は湖に似た闇である。
 古墳の中も闇。昔も湖だった。
 そこで僕は椅子を背負ってkissをしよう。
 
                         
                                      (A.M.)
by yassall | 2013-09-19 13:59 | 詩・詩人 | Comments(0)

つい一言  2013.9.11~10.14

 10日、教育委員会制度の見直しを検討中の中教審分科会は、教育委員会が持っている権限を首長に移す案を含む中間まとめ案を了承したとのことだ。
 本来、教育委員会は教育の政治的中立を確保するため、行政府から独立した機関として置かれた。戦後の教育の民主化の一環として導入された。しかし、いわゆる逆コースの中で、教育委員の公選制から任命制に変更された時点で空洞化されていってしまった。
 それは以前にも書いたことである。現行制度は、いわば残されたイチジクの葉であるが、その最後の一葉でさえ邪魔でしかたがないということなのだろうか。
 戦後レジームの終焉は第1次安倍内閣がかかげた目標であったが、完遂できずに終わった怨念からか、矢継ぎ早に放たれるあの手この手には執念めいたものすら感じる。
 だが、イチジクの葉を取っぱらってしまえば、明らかになるのはその正体である。「いじめ問題に迅速に対応するため」などと、その正体を眩ますために様々ないいわけもしているようだが、どこまで国民を欺くことができるだろうか。年末までには「改革案」を一本化した答申をめざすそうである。(10月14日)

 斎藤環は世界で唯一の被爆国の国民である日本人には、「核」は恐ろしく憎むべきもの(ゴジラがそうか?)というイメージの一方で、強力で無限の可能性を秘めている(アトム、ガンダムがそうか?)というアンビバレンスがあるという(東京新聞10/9付)。
 日本が今日の事態に至っても脱原発に踏み出せないのは、原発推進派の一部で原子力万能感のようなものがくすぶっているからだとし、合理性を越えた病的なものを感じると精神科医らしいコメントをよせている。
 実態は学者や技術者だけでなく、産学官が複雑に結びついていて、ことは単純ではないのだろうが、「引くに引けない構図」は戦時中の日本と似ているとも指摘している。明日、日比谷公園・国会周辺で原発ゼロ★統一行動が実施される。(10月12日)

 東電の柏崎刈羽原発の再稼働申請に対して政府内で異論が出ているという。原子力規制委員会の田中委員長は「福島の状況が国民が納得できる程度の落ち着きがないうちに、柏崎刈羽をどうするかは慎重に検討する」と答弁したそうだ。
 雨が降るたびに汚染水漏れを起こしている現状からすれば当然といえる。そしてまた、いかなる政権も国民世論を無視しては政権を維持できないということだろう。「民、信なくば立たず」とは孔子も明言していたことだ。
 だからこそ、政権はマスコミに圧力をかけてでも世論を誘導しようとするのだ。これに負けないためには国民は暗愚ではいられないし、気骨あるジャーナリストは支持してやらなければならないし、自ら意思表示する必要がある。(10月11日)
 PS
 昨日の「首相専用辞典」の続きが必要なようだ。「日本は水銀による被害を克服した」(水銀に関する水俣条約外交会議開会式9日)は、「水俣病は終わったことにして幕引きにする」だろう。

 全国紙に比べると地方紙のほうがまだしも気骨を残しているようだ。昨日、政治家のウソについて話題にしたが、斉藤美奈子が東京新聞に面白いことを書いている(10月9日付)。
 安倍政権が打ち出す日本語には専用の「辞典」が必要だとして、「コントロールされている」は「制御不可能」、「世界一ビジネスのしやすい環境」は「労働者と消費者を食い物にしやすい環境」といった方がわかりやすいという。「雇用特区=首切り番外地」「女性が輝く未来=女性を使い倒す未来」と、翻訳(?)をはじめたら止まらない。
 「積極的平和主義」は何だろう、という問題提起には笑ってばかりはいられない。それと、政治家のウソもだが、TPPをめぐっては「二枚舌」も際立っている。(10月10日)

 マスコミが権力の味方であってはならないのではないか、と考えて来た。だが、権力とは国民を統治し、支配しようとするものであるならば、世論形成に重大な影響力を発揮するマスコミを掌握しようとしないはずはない。
 あらためてこんなことを考えたのは、先日我が家のポストに見本紙を投函していった、日本最大手の新聞の一面を見たからである。
 そこには「子育て支援に3000億円」「社会保障 消費増税で充実策」と4段抜きの見出しがあった。つまり、あたかもそれによって社会保障の充実がはかられるという、消費税率の引き上げを支持する姿勢を鮮明にしたものだった。
 だが、年金が切り下げられたり、介護保険料が値上がりしたり、介護認定のしきいを高くしたりは無視され、実態を反映していないばかりか、一方で法人税の引き下げなど大企業優遇策が進行していることにはふれられていない。
 消費税増税には赤字国債の解消という目的もあったはずなのだが、来年度予算の策定に向けては、各省庁からの概算要求が例年にまして膨れあがっているという。それも国民生活に結びつくものであるならまだしもなのだが、内実をみるとここでも金の流れ着く先は目に見えている。

 つまるところ、読者の側がそうしたマスコミの特性や限界を承知したうえで読み取っていくしかないということなのだろう。情報とは無価値ではなく、方向性を持つものなのだ。
 せめてマスコミには、誤った情報を流したり、データを改ざんしたりしないという良心を守ってもらいたいと思うのだが、その発信者である政治家自身がウソをついている場合はどうにもならない。(10月9日)
 (速報)
 大阪市議会で議長不信任決議が出され紛糾しているという。議長の見延映夫氏(大阪維新の会)が自らの政治資金パーティーに市立高校の吹奏楽部を出演させたのが発端だそうだ。これでは「教育正常化」が聞いてあきれる。事実が発覚した時点で、議長退任はおろか議員辞職が当然だと思うが、橋下市長および本人は居直るつもりでいるらしい。(10月9日)

 「はだしのゲン」を英訳したアラン・グリースンさん(62、東京在住)による生徒への講演を4日に予定していた杉並区立井荻中学校が、前日になって中止したということがあったそうだ。
 校長は取材には「都教委や区教委には相談していない。」と答えているそうだが本当だろうか? 講演依頼は2ヶ月前で、校長は「『はだしのゲン』の英訳を通して伝えたかったこと」を話してほしいと要望していたとのことだ。
 いつだったか、大江健三郎の学校講演が急遽中止になったことを連想する。都教委・区教委が直接ではなくとも、どこかしらかの圧力があったとしか考えられない。
 講演は「いのちの教育」と題しておこなわれることになっていたとのこと。現場の真摯なとりくみが外圧でつぶされていく。(10月5日)

 日雇い派遣禁止を抜本見直し、規制改革会議が提案へ(4日)。また雇用のかたちが一つ崩れていく。「限られた期間・時間だけ働きたいと考える」労働者のためならすでにパートタイムがある。本音は「短期間に労働者の需要が集中する業務もある」から、必要なときだけ労働力を商品として使い捨てにしたいだけだろう。昔の口入れ屋や手配師の暗躍を政府が奨励しようとしているようなものだ。(10月4日)

  原発の再稼働を申請した4つの電力会社が、原発から30km県内の周辺市町村から立地自治体並みの発言権を求める安全協定を結ぶように求められたのに、いずれも拒否しているのだそうだ。
 ひとたび過酷事故が起これば、原発が建っている自治体を越えて被害が及ぶことは、福島原発事故で明らかなことだ。つまり、事故の教訓からは何も学んでいないのだ。何もなかったことにして、さっさと元の通りにしたいだけなのだ。
 文科省はもんじゅを存続させる方針でいる。決断できないのは産学からの力が働いているのだろうか。こんなときこそ、政治決断が必要なのに、国民の生活と安全はいつも後回しだ。(9月26日)

埼玉県では24日教育委員会の臨時会が開かれ、清水松代委員長の辞任が了承されたそうだ。「教科書採択をめぐって異例の事態を招いた責任をとっての辞任」との説明があったとのことだが、校長の召喚など、異例とされた事態を引き起こしたのは文教委員会からの横やりである。
 教育の政治からの独立を担保するために教育委員会制度がある。我々からすれば教育委員会が任命制になったときから、その独立性は有名無実化しているのだが、その設立趣旨にそって最低限の働きをしようとしていることに対してですら、政治的圧力をかけて恥じる気配もない。
 今回にしても、自発的な辞任というより、政治的圧力で辞任に追い込まれたというのが真相ではないのか。新しく選出された教育委員長は千葉照實氏。どのような人物かは分からないが、元県警本部総務部長という肩書きだそうだ。
 教科書採択の問題については、東京・大阪・神奈川と続いてきた政治介入を埼玉でストップさせたのは快挙であると喜んでいたのに、まことに残念である。悪だくみの底知れない闇を感じる。(9月25日速報)

 JR北海道でトラブルが続いている。原因についてあれこれ言われているが、遠くは国鉄の分割民営化に端を発する人減らしと利潤最優先の経営方針にあるのは明らかだ。(観光客を呼び込むための特急の新設には金をかけている。しかし、導入されたジーゼルと電気の両方の動力をもつ車両については安全性が疑問視されている。同タイプの車両はスペインでも大事故を引き起こした。)

 東京オリンピックの招致が決定したとき、経団連会長が「1964年のオリンピックで東海道新幹線が開通した。今度はリニア新幹線が開通してくれると嬉しい」などと発言しているが、国鉄分割民営化で赤字路線を切り離したおかげで、黒字路線ではそんなことがすすめられている。
 (リニア新幹線についていえば、人口が減少している日本での必要性、より直線であろうとする新線の建設のための環境破壊など、数々の問題点が指摘されている。)

 組合の問題も持ち出されている。JR総連を支持しているわけではないが、これにしたって、もともと国労を解体するために政治利用したのが始まりではないか(JR総連は連合に加盟しているのだぜ)。責任転嫁もいいかげんにしなさいといいたい。(9月25日)

 特定秘密保護法案は、国の機密情報を漏らした公務員らへの罰則を最長で懲役10年とするのが柱。防衛、外交など4分野で、行政機関の長が特定秘密と指定した機密情報が対象になる。(朝日新聞DIGITALから)

 ここで「何だ、とりしまりの対象は公務員か」などと、一般市民には関係ないなどと思ってはいけない。秘密保護法案には「共謀罪」が盛り込まれている。この「共謀罪」なるものがいかに危険かは、大逆事件をみても、戦前の治安維持法をみても明らかだ。さまざまな市民運動での協議や準備も監視対象になるばかりでなく、極端な話がちょっとした立ち話や居酒屋談義ですら「共謀」とみなされる恐れがある。
 昨日は自衛隊法のことを話題にしたが、自衛隊法は自衛隊の活動のみに適用されているとは限らない。自衛隊情報保全隊が市民監視活動をしていたことが問題視されたことはまだ耳新しい。(9月20日)

  安倍政権は、秋の臨時国会に提出する特定秘密保護法案に「知る権利」と「報道の自由」を明記する調整に入った。(中略)具体的には「知る権利や報道の自由などの国民の基本的人権を不当に侵害してはならない」といった趣旨の文案を検討している。(朝日新聞DIGITALから)

 こんなのは単なるリップサービスだというのは、先の「尊重義務をともなわない」「国旗・国家法」や、「福祉目的税に限定した」「消費税」と同じだということは分かりきっているのだが、また目先を変えて国民を欺こうとしているところに、政権が本気で法案を成立させようとしていることが知れる。国民の側がどこまで〈知る権利〉〈報道の自由〉を大切と思えるか、声をあげていけるかが決着を左右するだろう。
 
 今回の法案は自衛隊法(9.11後の「テロ特措法」のどさくさに「改正」!)をモデルにしているとされているが、同法で防衛秘密と指定された件数は2006年末の9,772件から2011年末には30,752件と3倍にふくれあがったという。
「何が秘密かも秘密」というのが秘密保護法だ。「特定」とか「別表での限定列挙」などの文言は何の歯止めにならない。(9月19日)

福島第一原発事故後の2011年6月、東電が汚染水の流出を防ぐ遮水壁の設置を検討しながら、経営破綻のおそれがあるとして着工を先送りしていたことが、当時の民主党政権幹部の話でわかった。東電側が当時試算した約1千億円の設置費用の負担に難色を示したためで、その後の汚染水対策の遅れにつながった可能性もある。
 事故当時、経済産業相だった海江田万里・民主党代表と菅内閣で原発事故担当の首相補佐官を務めた馬淵澄夫・民主党衆院議員が朝日新聞の取材に証言した。(朝日新聞DIGITALから)

 馬淵氏のHPに同趣旨の告発記事のあることは先に紹介したが、マスコミもこれをとりあげ、報道するにいたったようだ。それではいち早く国が前へ出るという選択肢はなかったかというと、2011年12月段階で国の財政出動の提案があった(原子力委員会だったか?)のだが、ときの菅内閣内でうやむやになってしまったらしい。
 台風18号にともなっては、台風にも弱い原発もあきらかになった。「もんじゅ」に続く道が一本しかないことのへの対策の必要は以前から指摘されていたというし、タンク回りの堰の高さが30cmではどんなに心許ないかは子どもでも分かりそうなことだ。
 タンクから漏れ出た汚染水をタンクにもどす作業に必死なのだというが、穴のあいたバケツで水をくみ出そうとしているようなむなしさを感じる。
 それでいて危険性が指摘され続けてきた「もんじゅ」や「浜岡原発」の再稼働にだけは前のめりになろうとしている。とうてい理解し難いことだ。「浜岡原発」では再稼働のために防潮壁のかさ上げに懸命だというが、そこに予算を費やせば、また元をとるために無理な運転をし続けようとするのではないだろうか?

 ※2011年当時に提案された遮水壁は鋼鉄製のもの。今、計画されている凍土方式のものではない。効果や施工の実現性については不明だが、少なくとも凍土方式については数々の疑問があることは以前にも書いた。(9月18日)

 16日午前3時45分ごろ原子力規制庁に入った連絡によると、日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)で、原子炉の状態などのデータを国に伝送するシステムが止まったとのことだ。
 台風18号の通過で起きた土砂崩れのため、14時間にわたってトンネルがふさがり、担当者が構内に入れず、原因の究明が遅れていることも報道されている。
 ファックスやメールでの連絡はとれているとのことだが、救援にしろ緊急対処にしろ、肝心の動線がかくも簡単に(今度は数千年に一度ではなく数十年に一度の大雨だ)寸断されてしまったことにどれくらい危機感を持っているのだろう。
 「核燃料サイクルの中核を担う研究開発の拠点」として鳴り物入りで始まったものの、過去にナトリウム漏洩事故を引き起こすなど、トラブル続きで運転不能というのが「もんじゅ」の現状である。
 ところが、最近になって文科省は「もんじゅ発電所」(仮称)と名称を変更し、運転管理に専念する発電所へ組織改変するという内容の改革案を発表し、敦賀市市長からも批判を受けている。
 来年度予算の概算要求で、文科省は「もんじゅ」維持管理・安全対策費用として195億円を盛り込んだ。今年度までに投じられた予算は9830億円で、予算案が通れば1兆円台に突入するという。

 HPを開くと、「すぐれた技術 確かな安全 世界に示す 新生「もんじゅ」」なるタイトルが出てくるが、いつまで夢をみているのだろうか。いいかげん「日本の技術は世界一」などという技術神話・安全神話を捨てて廃炉に踏み切るべきだ。(9月17日)

 9月2日の3号機に続いて、今日大飯原発4号機が定期点検のため運転を停止した。1年2ヶ月ぶりの原発0となった。
 定期点検中には、新規制基準にともなう工事もおこなわれるということだが、次の再稼働にあたって焦点となるのは活断層の有無だろう。
 あたかも9月2日、原子力規制委員会の有識者会合は「活断層ではない」との認識で一致したことが報じられた。
 原子力規制委員会の調査団が初の結果検討会合を開いたのは昨年の11月4日であるが、「活断層」か「地滑りか」で決着がつかず、12月の衆院選挙もあってか結論が先のばしになっていたものだ。
 専門家として慎重に審議を重ねてきた結果、というにしては、あまりにもタイミングがよすぎるのではないか。滋賀県の嘉田知事が「規制委の判断に政治的な配慮が働いていないことを希望する」と記者会見で述べたとのことだが、嘉田知事ならずとも多くの人が不信感をいだきながらニュースを聞いたことだろう。
 専門家チームの一人、渡辺満久東洋大教授によれば、関西電力は評価会合の途中から議論の中心となっていた「『Fー6破砕帯』の位置が間違っていました」と、それまでとは全く異なる主張を繰り広げ出したという。
 また、島崎委員長代理が関電に対し「300メートルを掘って『F-6破砕帯』を捕まえてくれ」と指示を出していたのに、関電は70メートルしか掘っていないにも関わらず「活動性はない」と主張し、そのままうやむやになってしまったことなども漏れ伝わってくる。
 第一、今「活断層でない」と判定されれば本当に安全なのか。これまで大地震が発生すると、そのつど大きな断層が出現してきたのが地震国日本のありのままの姿ではないのか。大雨で山崩れが起こるこの国で「地滑り」なら安心などといえるのだろうか。
 再稼働ありきが先にあって、もう一度大事故を経験しなければ脱原発を決意できないのでは、とうてい先進国とはいえないだろう。

〈もう一言〉
 福島第一原発の汚染水漏れ問題について、自民党の高村正彦副総裁は「(汚染水の)タンクからまったく水が漏れていないわけではない。これから政府が前面に出て、完全にコントロール、ブロックする」と述べた(NHKの番組で)。

 安倍首相の発言に皆、火消しに躍起だ。だが、ことばに出して言うほど簡単ではない。ウソにウソを重ねる結果にならなければよいのだが。(9月15日)

 国旗掲揚と国歌斉唱について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記述した実教出版の高校日本史教科書についての続報です。

 埼玉では8月22日の教育委員会で、高校・特別支援学校ともに、現場からの選定を尊重する採択がなされたことを以前に報告しました。
 その後、埼玉では文教委員会(自6、民2、刷新の会1、公1、無1)の委員から教科書採択の再考を求める意見が出され、9月2日と13日に文教委員会が開催されました。
 昨日13日の文教委員会では、実教日本史を採択した学校8名の校長を呼び出し、「どの部分が県の教育方針に沿っているのか」とせまったとのことです。(委員のうち、公明党は異例となった校長の召喚に反発し、委員会冒頭に退席。)
 それに対し、校長全員が「文科省の検定を受けた教科書」であり問題はないとの認識を示し、再考をせまられた教育委員長は「再考はしない」と明言したそうです。
 文教委員会は教科書採択の再審査を求める決議を賛成多数で可決して閉会したとのことですが、なりふりかまわぬ圧力による教育介入ぶりです。委員たちは実教日本史について「特定の政党色を感じる」などと批判したとのことですが、「特定の政党色」に染まっているのはどちらでしょうか。(9月14日)

 日本のオリンピック招致と福島第1原発事故を揶揄したフランスの風刺画(「カナール・アンシェネ紙」11日付)が物議をかもしている。
 事故後の原発を背景に、やせこけた力士2人が相撲を取っている。左側の力士の腕は3本で、右側の力士は足が3本に描かれている。そして、防護服を着てマイクを握る男性は、「福島のおかげで、相撲がオリンピック種目になりました」と話している。相撲のほかにも「五輪のプールは、もうフクシマに」という風刺画も掲載されているとのことだ。
 絵にも、内容にも品性が感じられないが、許しがたいのは、自国のことを棚において、フランスがこのように日本を非難できるのかということだ。
 フランスも原発大国であるが、どうやら福島原発事故を受け、フランス国内でも脱原発の世論が高まっているようなのだ。そこで、日本と同じように、原発関連企業は原発輸出に生き残りをかけようとしているらしい。フランスと日本との間には企業提携が結ばれている。原発の売り込みについては共同歩調がとられようとしている。
 首相官邸ホームページ(6/7)には、原発輸出についての協力を確認したオランド仏大統領と安倍首相が固い握手をかわしている写真が掲載されている。(9月13日)

 「新しい歴史教科書をつくる会」は11日、漫画「はだしのゲン」を有害図書とし、教育現場から撤去を求める要望書を下村博文文部科学相あてに提出した。
 要望書は、はだしのゲンについて「日本軍の残虐行為を捏造しているほか、天皇を侮辱する内容は学習指導要領に違反している」などと指摘。記者会見した杉原誠四郎会長は「ゆがんだ思想に基づいた内容だ。教育現場に置くことは許されない」などと話した。(朝日新聞degitalより)

 連日のように起こる、なりふりかまわぬ言論や教育に対する反動化の動きに、あいた口がふさがらない。戦前の「国定」教科書による教育の国家統制に対する反省から「検定制度」が始まったのに、「検定」を通った「実教日本史」を不採用にした東京・大阪・神奈川も「学習指導要領」を楯にしてきた。
 それさえ許しがたいのに、児童・生徒の「知る自由」「考える自由」の保障の場である学校図書館からも自分たちと思想・信条を異にする書物を追放しようとするのはまるでナチスドイツの焚書と同じだ。
 この件を通して、むしろ「新しい教科書をつくる会」の本質が社会的に明らかになり、同会の教科書の採択の強要が各地ですすめられていることがどんなにおかしなことか、人々の共通理解になるようであって欲しい。(9月12日)

今日は二題
 静岡県の川勝知事が、今年の全国学力テストで国語Aが全国最下位(平均から5ポイント下)だったことから、下位100校の小学校校長名を公表するとのこと。これは見せしめでしょう!
 本来、学力テストの結果の公表は文科省が禁じていること。権力の座にあるものが力をふるうことばかりでいいのか、ましてやその権力の根拠である法の範囲を越えてまで…。

 安倍首相の「汚染水は港湾内で完全にブロックされている」発言に、当事者である東電は発言の趣旨を経産省に確認したとのこと。東電の方が戸惑っているわけだが、「放射性物質の流失は完全には止められていない」とも明言したとのことだ。

 国語という教科は、ことばによって真理とは何かを探究する力を養うこと、相互の理解や共感、ときには連帯や協同をうながすための学習だと考えてきた。人々をいいくるめたり、ましてや考える力や判断する力を麻痺させるためのことばを国語力とはよびたくない。(9月11日)
by yassall | 2013-09-11 00:31 | つい一言 | Comments(0)

朝高演劇部けやき祭公演

 今日は朝霞高校の文化祭”けやき祭”に行って来ました。お目当ては演劇部の公演。他の催しはパスして(申し訳ない!)懐かしの小集会場に直行です。
 今年の演目は高橋いさを「Bank Ban Lesson」。キャストは2年生6人、1年生2人の8人。けっこうな人数を動かしての舞台づくりとなりましたが、台本の面白さ(すでに古典であるが古さを感じさせない)もあり、客席からの笑いもよくとれていました。
 まじめに芝居づくりにとりくんで来たことは伝わって来るし、とくに2回目のレッスンが始まるあたりからテンポもよくなり、熱演だったとは思います。
 この”けやき祭”公演でどれくらい伸びるか、またここでの反省点を活かして秋大に向けてどう仕上げていくかが勝負どころ。私のみたところ、現在の仕上がりはまあ70%(いつもそんなもの)。
 ①ツカミをもっと工夫(ラストのも含め、最初の強盗シーンはカットしてしまって、いきなり行員たちの雑談シーンから始めても、と思いました。あ、あの場面、訓練開始前の興奮が伝わるように、もっと大きな動きで…。赤バックサスも捨てがたいのは分かりますがね。)
 ②そういえば、行員は無理に男役にせず、女子行員二人でもよいのではと思いました。
 ③長台詞があるところの他のキャストの、受けの演技には工夫が必要だと思いました。
 ④ただし、やたらジタバタしろと言っているわけではありません。むしろ細かな、あいまいで無駄な動きはもっと整理したほうがよいでしょう。(舞台上ではすべての動きが意味を持つ。)
 ⑤ラストシーンはもう一工夫。私だったらもう一人キャストを用意して全員が集まっているところ(「さあ、もう一回やるか!?」と談笑しているところ)に本物の強盗を登場させるな。(①に書いたことと矛盾するが…。あ、こんなことまで書いてはいけなかったか…。)
 
 まあ、細かなことを言い出すときりがありませんが、年に2回の地区発表会、悔いを残すことなく残りの日々を有効に過ごして下さい。残り1週間で芝居は変わる!

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by yassall | 2013-09-08 18:49 | 日誌 | Comments(2)

君子は器ならず

 「君子は器ならず」(『論語』「為政」)とは、「君子たるもの器物のような決まった用途にしか使えないものであってはならない」というような意味で、応用力が大切だと解釈される。
 「器」の旧字は「」である。四つの口は祭器が並べられた形をあらわし、「犬」は生贄(いけにえ)である。白川静は、「口」は神への祈りの文である祝詞をいれる器、「器」は祭祀のために生贄によって清められた「うつわ」であるといい、「犬」を「大」に変えてしまっては字の意味を理解することは出来ないと書いている。もちろん、今日では広く「容器」「道具」「人の能力」といった意味で使われている。
 さて、そこでふとよぎった連想は、ハイデガーの「道具的存在者」である。解説書などを読むと、世界の諸事物は人間(現存在)の関心=気遣いに応じて「~ための」という性格を現す、つまり対象をそれと意識して始めてそのものとして存在する、と説明されている。
 そこで止まってしまえば、それは主観的観念論の立場を一歩も出ないものになってしまうが、『論語』と並べてみると、もう少し深い意味があるように思われて来たのである。
 「器」を人の能力ととらえようと、またその能力がいかに優れていようと、「器」が道具でしかなければ、それは他者による使役の対象でしかない。「~のため」に役立つかどうかだけが、その存在価値を決定することになる。果ては「狡兎死して走狗烹(に)らる」(役に立って重宝がられたものも、用が足りて必要がなくなればあっさりと捨てられてしまう)ということにもなりかねない。
 孔子のいう「君子は器ならず」とは、もしかして「人間は道具であってはならない」「人間は自らの主体でなければならない」ということを言おうとしているのではないか。
 こうして考えてみると、孔子もハイデガーも、にわかにヒューマニスト(人間主義者)のように思われてくる。

 スペシャリストといえば聞こえはいいが、「君子は器ならず」とは人間の能力というのは固定的であってはならず、また本来多様な可能性を持つものだといっているようにも思われる。
 田口佳史は解釈を発展させ、硬直した発想から抜けだすために、「根源」まで本質を掘り下げる、「長期」(過去・未来)的な視野に立つ、「多様」な角度からものごとを見つめ発想をもつ、の三要素を提言している。これも注釈のうちというならなかなかのものである。

鎌田正・米山寅太郎『新版漢字林』大修館書店
白川静『常用字解』』平凡社
田口佳史『いい人生をつくる論語の名言』大和書房
by yassall | 2013-09-08 00:21 | 雑感 | Comments(0)

椎名誠『ぼくがいま、死について思うこと』

 椎名誠は『アサヒカメラ』に「シーナの写真日記」を連載している。世界各地からの旅のスケッチなのだが、主治医から「あなたは自分の死について考えたことはこれまで一度もないでしょう」といわれたのをきっかけにしたらしい本書も、世界各国で実際に立ち会うことになった様々な葬送の紹介から始まる。
 最初に驚かされたのはチベットの鳥葬の模様である。葬送のあり方はその民族のもつ死生観・宗教観の反映であるというのはその通りだと思うのだが、これまで漠然と懐いてきた鳥葬に対する認識を一変させられた。
 民族にはそれぞれの「あの世」観があり、きっと鳥葬は「あの世」を「天」にあると考えた人々が死者を送る方法として編み出したのだろう、というのが私の考えだった。空を飛ぶ鳥に魂の救済を託す、とすれば地下に埋めてしまうなどとんでもないことになるのだろう、と。
 しかし、チベットで行われている鳥葬はそんな生やさしいものではなかった。チベットの寺は高台にあり、その裏が鳥葬場になっていることが多いとのことである。ある本には鳥葬場は1057カ所あると書かれているそうだ。
 さて、寺院と自宅での一連の儀式が終わると、いよいよ遺体が鳥葬場に運ばれる。鳥葬場には通称「またいた岩」があり、うつぶせに置かれた遺体が鳥葬師によって解体される。禿鷹が食べやすいようにするためで、大きな骨も細かく砕かれ、麦の粉をこねた団子にくるんで食べやすくするという徹底ぶりである。そうして、ものの1時間ほどで完全に「遺体消失」ということになってしまうらしい。
 魂が昇天したあと、ただの物体として残った人間の体を空腹の鳥などに「ほどこし」(布施)をする、というのが基本的な理念であるとのことだが、チベットでは「消失」させてしまうのは遺体だけではなく、写真や衣類などの所持品等、その人が生きていた痕跡のいっさいを無くしてしまうというのがしきたりになっているのだそうだ。
 ゾロアスター教徒も鳥葬をおこなうが、考え方はチベットのそれとはずいぶん異なるようだ。「沈黙の塔」という塔の上に死者を置き去りにし、禿鷹が食うにまかせるというやり方で、風葬(曝葬)に近い。方法自体は私の従来のイメージに近いのだが、考え方はまるで違う。
 ゾロアスター教は日本では拝火教とよばれるが、死体はもっとも汚れたもの(悪霊におかされたもの)であり、火葬にすれば火や大気がけがれ、土葬にすれば大地がけがれ、水葬にすれば水がけがれるということから来ているとのことだ。

 
 紹介しているとキリがないが、翻って都市の中に石墓が点在している日本の風景が外国人からみると異様に映るらしい、というような指摘もある。(最近は郊外に公園墓地が造られる傾向にある。)
 以前に紹介した松尾剛次『葬式仏教の誕生』(平凡社新書)によると、日本で石の墓が作られるようになったのは弥勒信仰が盛んになってからで、56億7千万年後に下生した弥勒菩薩(そのときは如来となるのだろうが)によって発見されないことがないように、まさに標を立てておくということから来ているとのことだ。チベットと同じ仏教圏であるが、輪廻転生の考え方からすれば、今生での生を終えた後はきれいさっぱりと「消失」してしまうほうが、仏教本来の教義にかなっている気もする。

 これまで、それほど強い関心も持たずに来た作家であったが、これまでに直面してきた死の危機の数々、複雑な家族史、親しかった人々との交遊などにも触れられていて、興味はつきない。筆者自身の死生観は後半に述べられていくのだが、孤独死もまた一つの尊厳死ではないかという見地には説得力があると思った。
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椎名誠『ぼくがいま、死について思うこと』新潮社(2013)
by yassall | 2013-09-04 13:56 | | Comments(4)