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憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう! を掲げる理由

 これからはセカンドライフというとき、自分のあり方生き方の見直しから、また実際上の制約から、私は自分の活動エリアを限定しようとして来ました。
 それでも、憲法9条を柱とする「改憲」反対、そして原発撤退については、譲ってはいけない線として心に定めるようになりました。
  現役時代の最終盤になっての教育基本法の改悪、国民投票法の成立、そして何より最後の年の3.11を眼前にし、ただ切歯扼腕するしかなかった口惜しさがそう考えさせるのでしょう。
 非力な自分に出来ることは少なく、酔生夢死(酔狂に生き、一期は夢とうそぶく)に生きたいというのが本音であるのも確かながら、やむにやまれず蟷螂の斧をふりかざす次第です。          恐惶謹言
by yassall | 2013-05-28 01:21 | 口上 | Comments(2)

中村稔「鵜原抄」

  海は藍よりもさらに青く
  時は物言わぬ果実のように熟れている。
  --ああ誰にもこんな恍惚たる時を持つ権利がある。

 外房・鵜原はリアス式海岸特有の狭い入り江に白砂の印象的な美しい海浜である。突きだした岬の先端には三角岩がそそり立ち、その向こうには太平洋がどこまでも潮を広げていくのだが、入り江の中は穏やかで、とくに白い波頭も、砂の一粒一粒も、陽光の中に溶け込むような、晴れた春の海で過ごす一日は、まさに恍惚たる忘我の時である。若き日のさすらい、友たちとの語らい、野望も傷心も、そのものを現前せしめながら、静かに洗い清めてくれるのである。
 鵜原を訪れるようになる以前に、私は中村稔を知り、「鵜原抄」を読んでいたのだが、「鵜原抄」を愛吟するようになったのはもちろんその後である。年経てからも思い立っては何度も足を向けた。
 
 中村稔はソネット形式にこだわった詩人。ソネット形式といえば立原道造、さらには加藤周一や福永武彦らのマチネ・ポエティクによる試みが知られているが、道造は夭折してしまったし、マチネ・ポエティクは、フランス本来の定型にならって脚韻を踏むという凝りようであったが、戦時下での抵抗精神を根拠とする実験のうちに終わってしまった。その意味でいえば、中村稔は日本でもっとも長くソネット形式によって詩作を続けている詩人であるかも知れない。
 次は連作の第2作。そうだ、確かに鳶も飛んでいた。鳶は本来はタカの仲間で、大型の、堂々たる風格の持ち主であるが、少しも暴力的なところのない鳥である。人間の生活圏の近くに生息するが、人にはなつかず、上昇気流に乗る姿は孤高ですらある。
 

  「鵜原抄」

  隧道をぬければ豁然と海はひらけ
  汀は弧をえがいて岩礁につづく。
  岩礁をこえ岬の大地に立ち
  ふたたび隠顕する入り江を臨む。

  物言うな、
  かさねてきた徒労のかずをかぞえるな、
  肉眼が見わけうるよりもさらに
  事物をして分明に在らしめるため。

  海を入り江にみちびく崖と崖の間に
  鳶は静止し、静止して飛翔し
  その影は群青の波に溺れる。

  知らない、
  同じ日、同じ時刻、同じ太陽が
  かの猥雑な都会の上の空をわたる、と。

  (なかむらみのる,1927-  )

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鵜原海岸
 中村稔について書くなら鵜原に行って写真を撮ってこなければと思い立ってから、そのまま数ヶ月か経過してしまい、ようやく先週になって出かけて行った。この間、記事そのものはお蔵入りしていたというわけだ。 他にも写真を撮って来たので[風景]の方にアップしておく。
by yassall | 2013-05-26 13:24 | 詩・詩人 | Comments(0)

勝又進『赤い雪』

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 昨日は佐々木マキのことを書いたが、『ガロ』が輩出した異能といえば勝又進も落とせない一人だ。4コマ漫画を連載していた記憶があるが、短編作品も手がけるようになり、作品集『赤い雪』(2005)で日本漫画家協会賞大賞を受賞、英語・仏語にも翻訳されたとのことである。
 人物については知ることもなかったが、東京教育大学大学院で原子核物理を専攻したとのこと。秀才だったのだ。高文研『原発はなぜこわいか』(1980)の挿絵を描いていたのは気がついていたが、その裏付けはきちんとしていたという訳だったのだ。
 『赤い雪』からは、4コマ漫画時代とは違った、不思議な情感が伝わってくる。私が入手した普及版と同時期発行の『深海魚』(2011)には原発労働者を描いた作品も収録されている。
 2007年12月3日、悪性黒色腫で亡くなったとのことである。

(かつまた・すすむ、1943ー2007)
by yassall | 2013-05-22 14:35 | | Comments(0)

佐々木マキ見本帖

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 佐々木マキの作品展が開かれているというので行って来ました。会場は吉祥寺美術館。といっても、さまざまなテナントの入ったコピス吉祥寺というビルのワンフロアーというスペース。入場料も100円という申し訳ないような料金でした。(吉祥寺にもコピスと名の付いた施設があったとは!)
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 つい最近の人は「ああ、村上春樹の本の装丁をやってた人…。」ということになるのでしょうが、私たちの世代にとっては雑誌『ガロ』(青林堂)にサイケデリックな漫画やイラストを発表した人。その後、絵本や挿絵を手がけるようになりましたが、画風が変わっても「あっ、佐々木マキだ!」と分かってしまうところが才能の持つ独自性なのでしょうね。
 それにしても赤瀬川原平といい、佐々木マキといい、『ガロ』には本当に異能の持ち主が集いました。
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 美術館を出た後は玉川上水沿いを歩いて三鷹まで。途中に山本有三記念館がありますが、ここは1年前にも来たので外観だけ。
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 太宰治文学サロンも小さなビルの1階フロアーを使ったこぢんまりとしたミュージアム。
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 その代わり内部も写真撮影OKという気安さでした。自筆原稿は複製でしたが、初版本はかなりの冊数が揃っていました。
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 少し遠かったので雨が心配でしたが禅林寺にも足をのばしました。右側が森鴎外、左奥が太宰治の墓です。(お墓なので正面からの写真のアップは避けました。鴎外の墓は津和野にもあり、そちらもお参りしたことがあります。もう昔のことです。)

4月6日~6月23日/武蔵野市立吉祥寺美術館(コピス吉祥寺A館7階)

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by yassall | 2013-05-21 20:46 | 日誌 | Comments(0)

牧野邦夫展

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 寡聞にして牧野邦夫の名はテレビ東京の「美の巨人たち」で知った。テレビで紹介されていた絵ももちろんだが、他の絵も見てみたいと思って出かけて行った。会場は練馬美術館。昨年の中村正義展にも圧倒されたが、今回も絵の前に立つやその場を離れがたい磁力に満ちた美術展となった。
 サブタイトルには「写実の精髄」とある。画家本人も「写実をめざす」とし、レンブラントを終生の目標としていたそうだ。だが、写実を極めると、むしろ夢幻に近づいていくのではないだろうか。人物画が中心だが、美術解剖学(研究ノートも展示されていた)にもとづく骨格や筋肉といった、いわば通常では人間の目には見えて来ないものまでも描き切ろうとしているかのようでさえある。
  「ありのまま」というよりも過剰な克明さ、「見たまま」というよりは明視し得ないものまでも眼前に曝してしまおうという意志がそこにある。
 もちろん、その外形が生き人形のように写し取られ、そこで終わっているというのではない。「舞踏家大森政秀の肖像」では、白塗りされた舞踏家の表情から、その強固な精神性までが伝わってくるような迫力を感じた。
 北方ルネサンスにもひかれていたとのことだが、「未完成の塔」にはブリューゲルの影響が明らかだと思う。遠景には戦火につつまれた影絵の世界が描かれる。決して社会派の画家ではないのだろうが、「インパール(高木俊朗作品より)」では悲惨を極めた戦場を描いて鋭い告発となり得ている。1945年の5月になって学徒出陣、都城で終戦を迎え、帰還途中の列車から被爆直後の広島を見たという体験が核になっているのだろう。
 自画像にこだわった画家であるが、後年の作品になるほど、その顔の周辺といわず画面中に、あるいは隠し絵のように、得体の知れない怪物たちがところ狭しと描き込まれている。
 画家はこれらの怪物に囲まれ、昼夜をついで責め苛まれていたのか、それとも画家本人が命じ、これらの怪物を呼び集めていたのか?


 「牧野邦夫ー写実の精髄ー展」
 4月14日ー6月2日
 練馬区立美術館(西武池袋線・中村橋駅下車5分)
by yassall | 2013-05-14 21:39 | 日誌 | Comments(4)

愛知県半田市

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 「18→81」は楽しいブログである(本ブログのお気に入りに登録)。何よりオーナーの趣味の良さが伝わってくる。ローカル線の紹介を興味深く見させていただいているが、武豊線の記事を閲覧していたら、なにやら見覚えのある駅名が…。「半田? ここ、行ったことがある!」と思い出し、古い写真をひっぱり出してみた。
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 私が訪れたのは2009年。学校図書館の集まりがあったのだ。行ってみて知ったのは半田が醸造の町だということだった。とりわけ構えが大きかったのがミツカン。運河沿いには工場や倉庫が建ち並んでいていた。
 あいにく滞在中は雨模様だったことに加え、工場も倉庫もほとんど黒壁だったので写真はモノトーンの世界になってしまった。
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 帰宅してから我が家の冷蔵庫に収まっているミツカンポン酢のラベルをみると確かに愛知県半田市とあった。
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 半田は新美南吉・小栗風葉の生地であるとのことだ。これも当地を訪れて初めて知った。
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 JR最古といわれる半田駅の跨線橋を私もチェック。ただ、私は名古屋からは名鉄で回ったのでJRには乗っていない(武豊線半田駅と名鉄線知多半田駅は隣り合っている)。残念だ。
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 また訪れることがあるのかどうかは分からないが長く記憶に残る町だった。
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by yassall | 2013-05-10 01:45 | 風景 | Comments(2)

中村圭子編『昭和美少年手帖』

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 中村圭子氏は弥生美術館学芸員。先日、初めて弥生美術館を訪れたとき、そのお名前を知った。もちろん直接面識を得たということではなく、おそらく弥生美術館の企画展をベースに、何冊も上梓なさっている編著書を通してのことだ。
 先の企画展で展示販売されていた『魔性の女挿絵集』を買い求めて読み、ネットで他の著作についても検索してみたところ、『昭和美少年手帖』のあることを知った。早速、amazonを通して注文したのは収録されている画家の中に伊藤彦造の名前を発見したからである。

c0252688_12403916.jpg 話が回りくどくなるが、私が伊藤彦造を知ったのは石子順造『俗悪の思想』(1971)を読んだときである。それは遙か昔のことになるが、そのときキッチュ(この語もこの書で知った)なるものが、私の中の五角形だか六角形だかの一角を占めるようになったのは確かだろう。(私の、と書いたが、大衆に受け入れられてこそのキッチュであり、その庶民的美意識はきっと私たちの底流を流れているに違いない。)









 伊藤彦造(1904 - 2004)は、大分県大分市出身。剣豪、伊藤一刀斉の末裔とされている。大正から昭和にかけて活動、なかでも講談社『少年倶楽部』の挿絵が評判を呼んだ。戦時中は憂国の士という一面をみせるようになり、神武天皇の立像を日本画に描くにあたって自らの鮮血を絵の具がわりに用いたというエピソードも残されている。戦後も『少年画報』や『吉川英治全集』に挿絵を描くなど活躍した。

 本書には高畠華宵、山口将吉郎、伊藤彦造、山川惣治、石原豪人の絵が収められている。表紙を飾っているのは高畠華宵の絵である。中村氏によると華宵も少女画より少年画の方が先行していたとのことであるが、私はやはり少女画の方が優れているように思われる。中村氏は、その華宵と比較しながら、伊藤彦造について次のように論じているが至言であると思う。
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「彦造には、華宵の絵にある楽天的なおおらかさはない。ぎりぎりと自らを追いつめてゆく煮詰まった自虐性が、見る者を息苦しくさせるほどである。/取りつかれたような三白眼、闘いの激しさにはだけた手足の肌。彦造の少年の官能性は、闘いに命をかける少年の、死に直面した極限状況によってもたらされたものであった。/(中略)彦造少年の、惜しげもなく美しい肉体を相手の刃にさらしていく潔さは、人間の心にあるそのような死への渇望を目覚めさせる。悪魔的な魅力であり、怖い美しさなのである。」




 ところで私がこのような書を紹介したからといって、私が特別な趣味の持ち主であるようなことはないのは、華宵の少女画を賛美したからといって私がロリータ趣味でないのと同様なのであるが、その特別な趣味性からすると石原豪人の描くところの世界が際立っているだろう。だが、その豪人画にしても「好き嫌いがなくてこそ高級な人間」をモットーに、依頼されれば何でも描くというプロ魂のなせる技だったのであり、画家その人の趣味を疑ってはならないのである。

中村圭子編『昭和美少年手帖』河出書房新社(2012)

《追記》
『伊藤彦造イラストレーション』河出書房新社も注文した。以前、古書を探したときは手を出しにくい価格だった記憶があるのだが、新装版で2940円はお買い得だと思う。580作品が収録されている。
2013.5.9
by yassall | 2013-05-07 12:48 | | Comments(2)

第12回高校演劇フェスティバル

 さて、今年もはじまるよ!
 第12回高校演劇フェスティバルinコピスみよし
  6月16日(日)
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 今日が第1回打ち合わせ会だったのさ! 今年の出演校も気合いが入っているよ!

〈10:15川越西高校、11:35和光国際高校、13:35星野高校、14:55芸術総合高校、16:15東農大題三高校、17:35新座柳瀬高校〉
 ☆お楽しみ階段パフォーマンスもあるよ! 筑坂+県坂だ!
by yassall | 2013-05-06 22:19 | お知らせ | Comments(0)

赤塚植物園

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 みどりの日だからというわけではないのだが、今日は赤塚植物園に行って来た。板橋美術館や郷土資料館にはときどき行くのだが、いつも素通りしていたのでいつか行ってみたいと思っていたのだ。
 
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 植物園というだけあって、約1ヘクタールと狭いながらも果樹園・針葉樹など様々なコースがあり、池にはこうほねも植えられている。

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 小高い丘の上には芝生広場も。ハモニカを吹いている人がいたり、ランチをひろげている家族連れがいたり。

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 シャガもあちこちに花を咲かせていた。

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 万葉・薬用園にはこんなお勉強コースも。

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 帰路は赤塚公園に出て、自宅まで徒歩で。約6km。

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 野の花もいいものだ。 

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by yassall | 2013-05-04 19:50 | 散歩 | Comments(1)

日々雑感 ☆自民党「憲法改正草案」から家族について考える

 自民党は憲法96条を「改正」し、憲法改正を発議する要件を2/3の国会議員の賛成から1/2に緩和することを、参院選の公約とする方針を固めたとのことだ。
 だが、HPでみればすぐ知ることが出来るように、自民党は「憲法改正草案」という次のプログラムを持っている。
 その内容に対しては、「国防軍」は「国際社会の平和と安全を確保」するために活動することができる(米軍と共同作戦をとることを可能にする)とか、国民の自由と権利に対して「公益と公の秩序」の名の下に制限を加えようとしているなど、すでに多くの問題点が指摘されている。
  ※
 自民党の「改憲草案」を読むと、たぶん自民党内部に新自由主義と新保守主義の二つの流派があり、その矛盾がそのまま現れているように思われる箇所がある。
 次は24条として新設しようとしている条文である。これなどは新保守主義(伝統主義)の具体的なあらわれだろう。
 「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」
 これをとらえて憲法学者の小林節氏などは「よけいなおせっかいだ」と切り捨てている。「法は内心に踏み込むな!」というわけである。
 家族は時代によってかたちを大きく変えている。農業が中心だった時代は大家族が、資本主義が発展し、都市化がすすむと核家族が支配的な家族のかたちとなった。グローバル化がすすんだ今日では国境を挟んで家族が別居しているということも珍しくはなくなっている。
 家族を「社会の自然かつ基礎的な単位」としたとき、いったいどのような形態を想定しているのだろうか? まさか事情があって別居していたり、離婚のやむなきにいたった人々を憲法違反だといったりはしないだろうが。
  ※
 もう一つ。核家族化がすすんだとき、「家族の孤立」が育児ノイローゼの原因とされたりしたことがあった。現代という時代は、家族内部の「助け合い」を強調するばかりではなく、その家族を支援したり、家族同士が助け合ったりするしくみが求められているのではないだろうか?
  ※
 自民党「改憲草案」は国民の「義務」を強調したものになっていることが指摘されている。(「自由及び権利には責任及び義務が伴う」草案12条など。)
 そこで草案24条にもどると、やはり「家族は、互いに助け合わなければならない」が気になってしかたがない。
 現在でも、民法に「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」(877条)「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」(752条)の定めがあるのに、なぜ憲法に書き込む必要があるのか?
 別居している親が生活保護を受けていることで社会的非難をあびたタレントがいたが、一方でその切り下げが問題になっている。極端な例としては、生活保護が認可されず、餓死にいたったという悲劇が全国で続出している。
 「家族愛」の美名の下に、生活保護や社会保険などの公的扶養が切り捨てられることであってはならないと思うのである。
 本心から家族を「尊重」しようというなら、子育て支援、雇用確保、住環境整備などに国家が責任を負おうとする必要があるのではないだろうか?
 (憲法記念日に)

《追記》
 昨日は憲法記念日ということで少々重たい文章を書いてしまったが、今朝の東京新聞を読んでいたら国家公安委員長の古屋圭司氏(自民)が「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位」と書くだけで結婚促進政策が実施でき少子化対策になる、などと発言している。こういうのを臆面もなくというのではないだろうか? (私は新保守主義によるロマン的伝統主義くらいに感じ取っていたのに。) 2013.5.4
by yassall | 2013-05-03 16:23 | 雑感 | Comments(1)