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冬の新河岸川

 新河岸川は川越を起点とし、埼玉西部から東京までを流れます。川越で氷川神社の裏手を流れるあたりではようやく小舟が浮かべられる程の川幅ですが、さまざまな川と合流しながら、しだいに川幅を拡げていきます。
 前々任校の志木高校は新河岸川の岸辺にたち、川堤は春は桜、秋はコスモスに彩られます。ここで柳瀬川と合流します。
 本日の撮影ポイントは板橋区小豆沢の水上バス発着所付近、我が家から徒歩で往復一万歩というあたりです。
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 新河岸川大槁です。
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 上流側です。
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 下流側です。この先で荒川と合流します。
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 今回の機材はX-E1+18-55mm(つい、買っちゃいました)。試し撮りを兼ねてのお散歩でした。
by yassall | 2013-01-29 19:25 | 散歩 | Comments(2)

中原中也「曇天」

 岡林信康の「ガイコツの唄」を聞いていて、中原中也の「骨」を連想したことを記憶しているから、私が中也を読んでいたのはその頃だったのだろう。もちろん、詩想はずいぶん違っていて、中也の場合には「ホラホラ、これが僕の骨だ」と、自分の骨を見つめている自分がいて、しかもそれを他者に提示している私がいる。しかし、なぜかそのとき、そこはかとないユーモアに共通なものを感じたからか、私は岡林信康は中也を読んだに違いないと思い込んだのだった。
 それでは、私は熱烈な中也の信奉者であったかといえば、そんなことはないのである。実際、「汚れちまった悲しみに」などはナルシシズムが臭って耐え難かったし、「サーカス」あたりは完成度が高い方だと思われるが、それでも舌足らずな甘さが感じられた。ダダイスト高橋新吉の洗礼を受けたというけれど、「トタンがセンベイ食べて」と書かれても児戯の域を出ていないと思われた。
 ただ、「生い立ちの歌」や「砂漠」などは、後年になって演劇部のレッスンで群読してみたりすると、言葉が響き合い、朗読して初めて真価が分かる作品であるかと思われた。
 「帰郷」の、

  あゝ おまへはなにをして来たのだと……
  吹き来る風が私に云ふ

 の一節には、夢破れ、傷心の心を抱える帰郷者の表白がある。だが、誰かが書いていたのだが、たとえば石川啄木にとっての故郷と比較してみれば、中也のそれはいつでも自分を包み込み、癒やしてくれる温かさに満ちていた、といわれてみると、確かにどこか自己慰謝的であるような気がしてくる。
 ただ、最近になって読んだのだが、岩波明の『文豪はみんな、うつ』(幻冬舎新書)によれば、中也は短い生涯のうちに何度か精神変調に襲われたことがあり、とくに幼い長男を病で失った頃、「巡査の足音が聞こえる」とか「近所の人の悪口が聞こえる」など幻覚妄想状態が顕著になったことがあるとのことだ。
 そうした病質な敏感さを持っていたとすれば、このとき聞いた「風」の音も、中也の心の傷を覆ってくれる優しさというのではなく、もっと激しい指弾の響きであったという可能性はある。
 さて、中也の作品で私が今も忘れがたく思い出すのは以下の詩である。黒旗のイメージが今一つ鮮明でない恨みもあるが、年若いうちに自分の運命を見てしまった者の孤独が伝わって印象深い。

「曇天」

   ある朝 僕は 空の 中に、
  黒い 旗が はためくのを 見た。
   はたはた それは はためいて ゐたが、
  音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

   手繰り 下ろそうと 僕は したが、
  綱も なければ それも 叶はず、
   旗は はたはた たかめく ばかり、
  空の 奥処に 舞ひ入る 如く。

   かゝる 朝を 少年の 日も、
  屢々 見たりと 僕は 憶ふ。
   かの時は そを 野原の 上に、
  今はた 都会の 甍の 上に。

   かの時 この時 時は 隔つれ、
  此処と 彼処と 所は 異れ、
   はたはた はたはた み空に ひとり、
  いまも 渝らぬ この 黒旗よ。

(なかはらちゅうや,1907-1937)


蒼穹に黒き旗はためく憩えよ  望
by yassall | 2013-01-27 16:29 | 詩・詩人 | Comments(0)

飯島耕一「他人の空」

    「他人の空」

  鳥たちが帰って来た。
  地の黒い割れ目をついばんだ。
  見慣れない屋根の上を
  上ったり下ったりした。
  それは途方に暮れているように見えた。

  空は石を食ったように頭をかかえている。
  物思いにふけっている。
  もう流れ出すこともなかったので、
  血は空に
  他人のようにめぐっている。

  高田馬場の古本屋街をあさっていて、ばら売りしていた思潮社の『現代詩大系』を買ったのは1969年のことだったから、飯島耕一の「他人の空」と初めて出会ったのは10代の終わりの頃だったと思う。
 高校を卒業した後、私は一年浪人をしたが、どこにも帰属していないことで私は自由だった。若く、解き放たれていた。その私の心をどうしてこのような閉塞感に満ちた詩がとらえてしまったのかは分からない。
  ジョハリの窓というのがある。マズローの欲求階層説とならんで、カウンセリング講習会などで最初に紹介される。自己selfには4つの窓があって、①自分も自覚し、他人も認める明るい窓、②自分は気づいているが、他人には知られていない隠れた窓、それとは逆に③自分には自覚がないが、他人は気づいている盲点の窓がある、というものだ。そして4つめの窓というのは、自分にも他人にも知られていない未知の窓である。
  いうなれば「他人の空」は、この4つめの窓を開けてしまったような違和感、空漠感に満たされているようだ。「他人の」というが、それは誤りで、描かれているのは自己selfの意識世界の内部であるのに違いない。それをもう一度「他人」の側に押しやっている。『現代詩大系』の解説は鮎川信夫が書いているが、飯島耕一には「sense of identityを失った悲しみ」の評をあてている。
  「黒い割れ目」というのは心に負った傷のことではないだろうか。しかし、その傷にさえもselfとしての自覚を持ち得ない、「見慣れない」、疎外感の深さなのだ。
  その後、飯島耕一からは離れてしまったが、思いの外(といってはいけないのかも知れないが)活動期間の長い詩人である(※)ので、またいつか別の出会いがあるかも知れない。それはともかく、今回久しぶりに書棚から詩集を引っ張り出してみて、次の作品にも心惹かれた記憶が蘇ってきた。この詩人にも抒情世界の広がりがあるのだ。決して理知に勝るばかりに乾燥し切ってはいないところの。

   「切り抜かれた空」

  彼女は僕の見たことのない空を
  蔵い込んでいる。
  記憶の中の
  幾枚かの切り抜かれた空。

  時々階段を上って来て
  大事そうに
  一枚一枚を手渡してくれる。

  空には一つの沼があって
  そこには
  いろいろなものが棲んでいると云う。

  そこには一度きりしか通過したことのない
  小さな木造の駅があって、
  草履袋をもった
  小学生が
  しゃがんでいたりする。

  ついで彼女は
  失くしてしまった空の方に
  もっと澄んだのがあったとも云った。

  (いいじまこういち,1930-2013)

  ※この項を書いたころは飯島氏は存命でしたが、2013.10.14に83歳で逝去されました。
by yassall | 2013-01-22 13:11 | 詩・詩人 | Comments(0)

図書館と読書のつどい

 「子どもたちに豊かな育ちと読書の喜びを」をスローガンに、「学校図書館・公共図書館の充実を求めるつどい」が埼玉共済会館で開かれました。第13回になるこの催しも、今年は埼玉が会場ということで、半年ほど前から準備がすすめられて来たものです。
  折からの大雪で午後の日程を切り詰めての実施になりましたが、全国から図書館への思いをともにする人々が集いました。
 大阪からは橋下府政になってから学校司書の人減らしがすすみ、日常的に図書館を開館できない高校が4割に達したとの報告がありました。変革者を装い、公務員バッシングに明け暮れる橋下氏の、マスコミでの取り上げられ方は本当に偏っていると思います。
 OBである私にも声をかけていただき、現地実行委員の一人としてお手伝いをしました。主な担当は午後の分散会でした。先の事情で時間も短縮され、あまりお役には立てませんでしたが、学校図書館運動の中で知り合った方々との再会も果たし、心和む一日でした。
今日は成人式。20歳を迎えた人たちには残念な天候になってしまいましたが、帰りの電車やバスで乗り合わせた成人式帰りの人たちは皆元気そうでした。やはり若いっていい!
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by yassall | 2013-01-14 23:27 | 日誌 | Comments(0)

日々雑感  ☆地熱発電の可能性

 ちょっとTVの見過ぎ? 今日の話題は地熱発電です。
 今日もたまたまだったのだけれど、テレビ東京の番組ジバングを見ていたら、目が離せなくなってしまった。 地熱発電を特集していたのだけれど、日本の潜在的な資源量は世界第3位にして原発20基分(それも現在の技術を以てして)。かつその地熱発電の技術は日本がトップレベルなのだそうだ。
 その日本での開発の現状も紹介されていたが、環境への影響など、きめ細かい調査がなされながら進められていて(温泉業者に対する理解を得るのが大変なのだと以前にも聞いたことがある)、そうスムースには進捗していないのだけれど、それもかえって巨大マネーが動く中で進められた原発との違いが際立っていて好ましい印象を受けた。
 当面の目標は2030年代に総発電量の10%ということで、なんだか目標値が低いようなのだが、一極集中ではないエネルギー政策のあり方としては正しい気もする。様々なエネルギーを土地柄に合わせて活用していくことが未来的なのだろう。
 日照に左右される太陽光発電や天候の影響を受けやすい風力発電と違って、地熱発電は安定的にエネルギーを取り出せ、基礎的な電力の供給を可能にする。しかも利用するのは蒸気だけで熱水は再び地下に戻すことで再生が可能、火力発電のように燃料を燃焼させる必要もなく、設備も小規模でCO2も排出しない。
かねがね日本の風土にあっているのは水力発電と考えてきたが、地熱発電も今まで遅れてきた分、その普及に期待を持ってよいと認識を新たにした。
 来週は海洋発電を特集するとのこと。来週も見なくては、と思っている。
by yassall | 2013-01-08 01:19 | 雑感 | Comments(1)

日々雑感 ☆facebookによる顔認識 

 たまたま昨夜のNHKサイエンスZEROを見ていて考えさせられました。最先端の顔認識技術によって、スマホで顔写真を撮った3秒後に、その人物の姓名や誕生日などの個人情報が検索できる!というアメリカの大学での実験が紹介されていました。解説ではそのデータベースになったのがfacebookに登録されたプロフィール写真であるとのことでした。
 プライバシー保護の研究の一環だそうで、一般社会での実用を目的としたものではないそうですが、ちょっとゾッとさせられます。
 SNSはますます広がっていくでしょうが、利用者の側もプロフィール写真の選び方やタグ付け、基本データの記載内容などは慎重になった方がよいかも知れません。
 また、今日の朝日新聞デジタルでSNSハラスメント(会社の上司などが公開を迫る)のことが取り上げられていましたが、facebookでは友達のグループ化によって公開の範囲を制限できるそうですね。(私はまだよく知りませんが…。)これから会社づとめをするような若い人たちは、そうした方法の研究も必要になるでしょうね。自分の身は自分で守る工夫をしないと。
 では老婆心ながら情報提供まで…。

 
by yassall | 2013-01-07 00:57 | 雑感 | Comments(0)

東国三社と佐原の旅

 1月5日、東国三社巡りと小江戸佐原の旅に出かけて来ました。東国三社とは鹿島神宮、香取神宮、息栖神社のこと。千葉県と茨城県をまたがって直角三角形を描いて配置されているパワースポットです。
 同じく小江戸と呼ばれた川越時代が長かった私としては佐原は一度は行ってみたかった地。川越との違いは町中を流れる川のあるなしでしょうか?
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 佐原は商都として栄えた町。伊能忠敬が養子に入った先も醸造業を生業としていたそうです。写真は伊能忠敬旧居の碑ですが、国指定史跡になっている旧宅本体は残念ながら現在解体補修中。
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 川沿いには由緒ありげな家屋が並んでいます。
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 こうした小舟はどんな人が所有しているのでしょうか?
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 川越と比べると観光地化はそれほど進んでいないのか、町の風景は素朴さを残しています。こういう風景を写真にするのは難しい。
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 醸造は今でも盛んな様子で日本酒の各種品評会でも何度も入賞を果たしているそうです。もちろんお土産に一本…。
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 神域というのはなかなか写真におさめづらい。写真は香取神宮の拝殿。桃山様式なのは徳川幕府によって寄進されたからか。ここも補修中でした。
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 初詣でのシーズンとあって門前は賑わっていました。
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 賑わいはやはり鹿島神宮の方が上回っていたかな?
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 親鸞が「教行信証」を執筆するにあたって鹿島神宮を何度も訪れたというのは有名。境内にあった神宮寺は関東最大の経典の宝庫であったとか。明治の廃仏毀釈は様々な知的遺産を散逸させてしまったのでしょうね。親鸞が「教行信証」を完成させるのは京都に帰ってからのことではありますが。写真は親鸞旧跡の碑。
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 息栖神社は他の二社と比較するとたいへん質素な印象でした。写真は息栖神社の大鳥居ですが、土手の向こうは利根川という個性は際だっていました。
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G3+14-42mm 
by yassall | 2013-01-06 17:31 | 風景 | Comments(2)

お坊さんが二人歩いて来ました…

 和尚がツー!!……(汗!)

 先代の林家三平さんの駄洒落でした。子どもの頃はあまりのばかばかしさに、どうしてこれが爆笑王なのかいぶかしんだものでしたが、なぜか妙に懐かしい今日この頃……。 というわけでお正月!ともかくも皆様、明けましておめでとうございます。
 そこで年賀状代わりに一句二句……

 天空に彷徨ひ出でぬ弥陀が原
 流星を沈めて一つ池塘生ふ

 
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 では今年もよろしく!
(写真は月山・弥陀ヶ原)
by yassall | 2013-01-01 01:11 | お知らせ | Comments(2)