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『ぱっちわーく』終刊号

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 『ぱっちわーく』は「全国の学校図書館に人を!の夢と運動をつなぐ情報交流誌」というサブタイトルをもつ。創刊は1993年5月、以来20余年にわたって刊行されてきた。1年前に予告があったが、その終刊号が届いた。
 発行同人に名をつらねているのは北海道から沖縄まで、現職の学校司書や地域で学校図書館運動にたずさわっている人、文庫の会の方々など20数名をかぞえるが、実務は全国でもいち早く全校配置がすすんだ岡山の学校司書の方々が中心になっていた。
 どなただったか、一度事務局を担当なさっている方のお話を聞く機会があった。「この全校配置のとりくみが全国に広がらなくては、岡山市の成果も維持できない。その信念から続けている」というようなお話だった。毎月、いかにも手作り感がただよう冊子が送られてくるたび、その努力には頭の下がる思いでいた。今回の終刊も実務を担当するための個人的な条件にどうしても困難な状況が生じたためだという。惜しまれる気持ちはつのるが、さまざまな運動にあたって、その大事なところを一人一人の決意が支えていたことを実感する。
 1997年の学校図書館法「改正」があったとき、『ぱっちわーく』は他に先がけて『資料集』を発行した。法改正をどう受けとめ、考え、次の方針をどう立てるか、という課題に直面したとき、どれほど力になってくれたか分からない。皆で集まって学習会や会議を開くと、参加者の誰もがその『資料集』を携えていたことは今も記憶に鮮明である。
 一度だけ、私も埼玉の学校図書館法改正運動のとりくみについて原稿を書かせてもらったことがある。そのとき、原稿料代わりにいただいたテレフォンカードは記念にとっておいたから、探せばどこかにあるはずだ。
 編集後記には「『ぱっちわーく』は終刊しますが、事務局のメンバーはこれからも学校図書館の充実にむけ、各々ができるかたちで関わっていきます。」とある。『ぱっちわーく』が全国に発信し、種をまき、育てた芽はこれからもあちこちで根をはり、枝葉を伸ばし続けていくことだろう。

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by yassall | 2017-03-19 15:16 | 学校図書館 | Comments(0)

速報! 学校図書館法改正案が可決

 6月20日午後7時55分、学校図書館法改正案が参議院本会議において審議され、可決されました。賛成239票反対0票でした。きわめて不十分かつ不完全ではありますが、これにより学校司書がはじめて法律上に位置づけられることになりました。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/186/meisai/m18605186033.htm

(上のURLをクリックすると法案がみられるようにしました。)

別稿、「学校図書館法「改正」後の課題について」もお読み下さい。


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by yassall | 2014-06-21 09:59 | 学校図書館 | Comments(0)

学校図書館法「改正」後の課題について

 6月13日、「学校図書館法の一部を改正する法律案」が衆議院本会議でも可決された。この後、参議院で審議が行われる。
 本来なら参議院も通過し、法律として成立してから話題にした方がいいのだろうが、このところ学校図書館に関する記事にアクセスしてくれる人がけっこうおいでなので、法案成立後の課題として私が考えているところを書いてみたい。ささやかな問題提起になればと思う。

 その前に、前回1997年の学図法「改正」の附帯決議との比較をおこなったが、もういちど要点を整理しておきたい。
 ①いうまでなく「附帯決議」には法的拘束力はない。実際、早々と「司書教諭」との一本化と決めた自治体もあった。しかし、今回は法律として制定されようとしている。
 ②「附帯決議」には「現に勤務するいわゆる学校司書がその職を失う結果にならないように配慮」することとあった。
 「附帯決議」は「現に勤務する」学校司書の身分の保護にふれたものであって、将来にわたって「置くよう努めなければならない」とする法案とはその職務の重要性に対する認識においても、普及および継続を示唆している点においても大きな違いがある。
 ③これまで文科省は「学校司書」という呼称に慎重な姿勢を崩そうとして来なかった。「学校図書館を担当する事務職員」といういい方を続けてきたし、ときおり「いわゆる学校司書」といういい方をすることがあったに過ぎない。今回、かなりためらいがちではあるが、「学校司書」という呼称を用いている。(※この問題についての私見はあとに述べる。)
  ④さらに附則では、その「職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするもの」であることを明記している。
 ※「職務の内容」がどのようなものであるかについては、3月に出された「これからの学校図書館担当職員に求められる役割・職務及びその資質能力の向上方策等について(報告)」が参考になる。(「案」の段階での私見については以前に書いた。)

 さて、法案成立後の課題として私が提案しようと思うのは次の4点である。国および各自治体において、法律をどのように運用していくかの問題である。

 ①「学校司書」という職名を一般化すること。各自治体にあっては学校管理規則に職名を明記させること。
 固有の職名をもつということは固有の職務の存在を認めることである。これまで、学校司書を置いて来た自治体にあっても「学校事務一般」との区別されることを避けて職名を定めなかったり、カッコ付きにしていたりした。今回は法律で「「学校司書」という」としているのである。
 また、図書補助員とか整理員といった呼称の不統一についても「学校司書」と改めるようにしていきたい。もちろん、そのためにはその専門性の内実を作っていくことが大切なことはいうまでもない。

 ②独自の採用試験を実施させること。
 法案に、「職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであること」とあるのが根拠になるだろう。
 「学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について」は検討課題となっている。そこで、募集にあたっての資格要件や、独自の採用試験を実施しようとする場合に試験内容をどうするかについて、現時点での決定項を欠くことになる。
 だが、方向性として、図書館に関する科目、学校図書館に関する科目、教育学・教育法規等に関する科目が基礎になることは疑いないと思われる。現在でも、多くの自治体が「司書講習ないしは司書教諭講習の単位を履修していること」といった基準をもうけている。将来、独自の資格あるいは免許が確定した段階においても、現職者が基礎的な科目を履修していれば一定の読み替えは可能であるだろうし、残りの単位修得も比較的容易になるだろう。

③専任の職員とすること。
 法案にいう「専ら学校図書館の職務に従事する職員」が根拠となるだろう。

 ④これまでの蓄積を活かした研修体制を作り上げること。
 法案が「国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」(6条2)としているのは、専門性に立った「学校司書」の資格を定め得なかった限界を示している。
 しかしながら、「研修」の義務化はまた研修権の認知でもある。「国及び地方公共団体」によって組織的に行われなければならないとしたところにも、運用によっては可能性を大きく広げることができる。
 めざすところは「学校司書」の全校配置であるが、逆にいえば「学校司書」は各校では一人職種であることが大多数であろう。「学校司書」を各学校で孤立させないためにも研修会等の実施は必須である。
 その際、これまでの蓄積を活かす観点から、再任用者による支援員制度をもうけたり、各自治体・地域ごとに支援センターを設立したり、既存の研究団体と協力したりすることが検討される必要がある。

 このように並べてみると、どれも実現には多くの困難が予想される。法案が成立すれば、実施は来年度当初からということになる。この一年間で出来ること、来年度以降の運動への布石として打てること、すぐにでも行動を開始して欲しいと思うのである。

 最後に、「専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)」という条文の煮え切らなさについて一言する。
 私個人としては、「学校司書」という職名を確固とするためにも、学図法のみならず学校教育法に職名が明記されるべきだと考えている。「司書教諭」と比較してみれば分かりやすい。学図法では「司書教諭」は教諭をもって充てるとしている。学校教育法に明記されている職名は「教諭」なのであり、「司書教諭」はいわゆる「充て職」なのである。(つまり、厳密にいえば「司書教諭」という職は存在していないのである。)
 その意味では「「学校司書」という」といういい方はいかにも煮え切らない。ただ、これは新たな職をもうけることによる予算措置に慎重な行政側の思惑ばかりではなく、学校図書館職員をめぐる全国的な現状を反映してもいるのだということは認めなければならない。
 各自治体、各校種によって、資格も採用形態もばらばらであるという状況があり、しかもそれぞれに一定の歴史的蓄積が存在している。それらを統一してからでなければ先へ進めない、あるいは一気に基準を定めて基準にあてはまらないものは切り捨てる、というのも乱暴な議論である。
 それらを踏まえながら、上記の①~④を提起したつもりである。各学校に配置されていく「学校司書」が有する基礎的な資格や身分が安定的になっていくことで、次の段階へとすすんでいくための条件も整っていくのだと考えるのである。


 《参考1》 学校図書館法の一部を改正する法律案

 学校図書館法(昭和二十八年法律第百八十五号)の一部を次のように改正する。

 第七条中「国は」の下に「、第六条第二項に規定するもののほか」を加え、「左の」を「次の」に改め、同条第三号中「前各号」を「前二号」に、「外」を「ほか」に改め、同条を第八条とする。

 第六条を第七条とし、第五条の次に次の一条を加える。

 (学校司書)

第六条 学校には、前条第一項の司書教諭のほか、学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならない。

2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

   附 則
(施行期日)
1 この法律は、平成二十七年四月一日から施行する。
 (検討)
2 国は、学校司書(この法律による改正後の学校図書館法(以下この項において「新法」という。)第六条第一項に規定する学校司書をいう。以下この項において同じ。)の職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであることに鑑み、この法律の施行後速やかに、新法の施行の状況等を勘案し、学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について検討を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。  

 理 由
 学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、学校司書を置くよう努めるとともに、国及び地方公共団体は学校司書の資質の向上を図るための研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努める等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。


 《参考2》 「学校司書」に対する文科省の態度の変遷

○「学校図書館法の一部を改正する法律等の施行について(通知)」(1997/6/11)
「学校図書館担当の事務職員は、図書館サービスの提供及び学校図書館の庶務・会計の職務に従事しているもの」
○「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」(2002/8)
「学校図書館を担当する事務職員は、司書教諭と連携・協力して、学校図書館に関する諸事務の処 理に当たっている。今後、学校図書館の活用を更に充実するため、各地方公共団体における事務職員の配置の取組を紹介して、学校図書館の諸事務に当たる職員の配置を促していく。」
(旧案『学校図書館を担当する事務職員は、司書教諭を補佐し、学校図書館に関する諸事務の処理
に当たっている。』)
○「文字・活字文化振興法」(2005)
 2 国及び地方公共団体は、学校教育における言語力の涵養に資する環境の整備充実を図るため、 司書教諭及び学校図書館に関する業務を担当するその他の職員の充実等の人的体制の整備、学校図書 館の図書館資料の充実及び情報化の推進等の物的条件の整備等に関し必要な施策を講ずるものとす る。(8条)
○「学校図書館のチカラを子どもたちのチカラに」(2008/6)
 「学校図書館活動の充実を図る上では、例えば高校だけでなく、小中学校にも「学校司書」を配置して、司書教諭等と連携しながら、多様な読書活動を企画・実施したり、図書サービスの改善を図ったりしていくことなども有効です。」(学校図書館の諸事務に当たるいわゆる「学校司書」は、各地方公共団体・学校の実情に応じて、その配置が勧められてきています。)
○「これからの学校図書館の活用の在り方等について(報告)」(2009/3)
 「学校図書館の業務の専門性を考え合わせると、専門的な知識・技能を有する担当職員である、いわゆる「学校司書」の役割が重要となる。学校図書館担当職員については、現在、その職務内容の実態等は様々となっているが、「学校司書」として、図書の貸出、返却、目録の作成等の実務のほか、資料の選択・収集や、図書の紹介、レファレンスへの対応、図書館利用のガイダンスなど、専門性を求められる業務において大きな役割を担っている例が少なくない。」
○中教審「今後の学級編制及び教職員定数の改善について」答申(2010/7)
 「学校教育の中で学校図書館が十分に活用され読書活動が推進されるよう、学校図書館業務の充実に向けた教職員定数の改善が必要」


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by yassall | 2014-06-17 12:57 | 学校図書館 | Comments(0)

続報! 学校図書館法「改正」

 既報の方が多いと思うが、6月11日「学校図書館法の一部を改正する法律案」が衆議院文部科学委員会で採択された。
 「専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くように努めなければならない」という内容については、職名のあいまいさにはじまって、いかにも不完全の感がぬぐえない。
 それでも、先の1997年の学図法「改正」の際の付帯決議「司書教諭の設置及びその職務の検討に当たっては、現に勤務するいわゆる学校司書がその職を失う結果にならないように配慮」からすれば、「いわゆる」ではない、「専ら」学校図書館の職務にあたる職員として位置づけ、「職を失う結果にならないように配慮」するから「置くように努めなければならない」とした意義は小さくはない。
 国および地方自治体がこれをどう運用していくかに任されていく部分が多いし、おそらくはこれまで学校図書館運動を支えてきた人々の努力がここまでの到達を果たしたとの同じように、これからも内外からの運動の強弱が学校図書館の未来を決定づけていくことになるだろう。
 審議にあたっては修正案も出されたという。学校司書の法制化にあたっては学図法のみならず、学校教育法の改正も必要であると考えて来た。修正案は同様の趣旨であったようだが否決された模様だ。
 細かな評価は後日として、傍聴においでの方から気になることをうかがったので最後に一言する。
 それは、維新の会の質問である。「地方交付税はひも付き予算ではない。各自治体の裁量に任せるべきだ。」などというのは持ち前の地方自治の強化の主張に立ったものであろうが(それにしてもトンチンカンだが)、「無駄な図書購入・偏向図書購入を減らすべき。文科省は指針を作れ。」との発言もあったという。 
 「偏向図書」とはずいぶんと大時代な言い方だが、どうしても「はだしのゲン」問題などが連想されてしまう。教育への政治介入を当然視する体質がみえて危険である。

  《追録》   学校図書館法の一部を改正する法律案


 学校図書館法(昭和二十八年法律第百八十五号)の一部を次のように改正する。

 第七条中「国は」の下に「、第六条第二項に規定するもののほか」を加え、「左の」を「次の」に改め、同条第三号中「前各号」を「前二号」に、「外」を「ほか」に改め、同条を第八条とする。

 第六条を第七条とし、第五条の次に次の一条を加える。

 (学校司書)

第六条 学校には、前条第一項の司書教諭のほか、学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(次項において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならない。

2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

   附 則

(施行期日)

1 この法律は、平成二十七年四月一日から施行する。

 (検討)

2 国は、学校司書(この法律による改正後の学校図書館法(以下この項において「新法」という。)第六条第一項に規定する学校司書をいう。以下この項において同じ。)の職務の内容が専門的知識及び技能を必要とするものであることに鑑み、この法律の施行後速やかに、新法の施行の状況等を勘案し、学校司書としての資格の在り方、その養成の在り方等について検討を行い、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。  

 理 由

 学校図書館の運営の改善及び向上を図り、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進に資するため、学校司書を置くよう努めるとともに、国及び地方公共団体は学校司書の資質の向上を図るための研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努める等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

 



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by yassall | 2014-06-12 01:36 | 学校図書館 | Comments(0)

速報!学校図書館法「改正」の動き

 学校図書館法に「学校司書」を位置づけようとする衆議院文部科学委員会での審議日程が決まったとの情報がありました。

 
  6月11日(水) 10時半理事会、10時40分委員会

  学校図書館法改正案(10日提出、付託前提) 趣旨説明聴取

  質疑1時間  公明10分、民主20分、維新10分、共産20分


 詳しくは「学校図書館を考える全国連絡会」のHP http://www.open-school-library.jp/ で。(6月3日時点での法案も参照できます。昨年の「骨子案」からの前進はあまりみられません。)


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by yassall | 2014-06-10 11:47 | 学校図書館 | Comments(0)

「これからの学校図書館担当職員に求められる役割・職務及びその資質能力の向上方策等について(報告)(案)」を読んで

1 はじめに
 文科省のHPに標記の「報告」(案)がアップされたことを教えてくれる人がいた。これは読んでみなくてはなるまいと考えたのは、この3月18日に子どもの未来を考える議員連盟・文字・活字文化推進機構の主催で「学校図書館法改正をめざす国民の集い」が開かれようとしているからだ。
 昨年6月12日、「子どもの未来を考える議員連盟」総会が開かれ、衆議院法制局から「学校図書館法の一部を改正する法律案(仮称)骨子案」が提示された。その際に、「今月中ぐらいには「有識者会議」を置き、司書の役割、機能、業務内容、質の確保、司書教諭との役割分担などについて論議し、半年くらいでとりまとめたい」とのこともアナウンスされた。
 そのとき示された「骨子案」は以下のようなものであった。

   1 学校には、司書教諭のほか、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進を図るため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(2において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならないこと。
   2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならないこと。

  この「骨子案」をもとに作成されようとする法案が「報告」(案)と深く関連していることは明らかであり、法案が示される以前にあっても以後にあっても、その概略や問題点、今後の課題について考える上で示唆するものが多いと思われるのである。

 「報告」(案)とある通り、HPにPDFでアップされている本文は会議における審議を反映してか赤字による添削の跡がそのまま残されている。もともと読みやすくはない上に、プリントアウトはせずにモニターで斜め読みをした段階である。今後、私見についても訂正したり補足したりしなくてはならないかも知れないが、とりあえず気がついたところを述べてみたい。

2 「報告」(案)にいたる背景
 まず、「報告」(案)がなされるにいたった背景についてみておきたい。文科省が「学校図書館担当職員の役割及びその資質の向上に関する調査研究協力者会議」(以下、調査研究協力者会議)を設置したのは昨年8月であるが、その設置の「趣旨」にはつぎのようにある。

   学校図書館活動の充実を図る上では、専ら学校図書館に関する業務を担当する職員(以下「学校図書館担当職員」という。)を配置し、当該職員が、司書教諭等と連携しながら、学校図書館に係る活動に取り組んでいくことが有効である。厳しい財政状況の中、学校図書館担当職員を配置する学校が近年一貫して増加していることからも、その必要性が強く認識されていることがうかがえ、今後も各自治体において、その配置が増加していくことが見込まれる。
     このような状況を踏まえ、有識者等の協力を得て、学校図書館担当職員の役割やその資質の向上に関して関係者が共有できる一定の方針を得るため、学校図書館担当職員の役割及びその資質の向上に関する調査研究を行うこととする。

 学校図書館活動の充実のために「学校図書館担当職員」が「学校図書館に係わる活動に取り組んでいくことが有効」であり、さらに「厳しい財政状況」の中でも各自治体で配置がすすんでいることがその証明になっているとし、その存在と役割、および実態に対する認識に立っている。
 さらに、「今後も各自治体において、その配置が増加していくことが見込まれる」という見通し(「報告」(案)では、政府としても「24 年度以降,所要の地方財政措置が講じられて」いることが述べられている)に立っている。
 ただ、「各学校に配置されている学校図書館担当職員は、勤務形態や経験年数、保有する資格等の状況が各々により様々」であり、「全ての学校における学校図書館担当職員が同一の職務を行っていくことを求めることは、必ずしも学校現場の実態には沿わない」状況にある。しかしながら、それを放置してよいわけではなく、「学校図書館に関する種々の教育活動に携わる学校図書館担当職員が担う職務の在り方について、関係者間で一定の共通理解を有しておくことは極めて重要なことである」(「報告」(案))。
 その「共通理解」、すなわち「学校図書館担当職員」が果たすべき役割と職務についての基準を示そうというのが調査研究の目的ということになる。

3 「報告」(案)の積極面
 「報告」(案)を読んで私が積極面として評価してよいと考えた点をあげてみたい。

 (1)学校図書館をめぐる実態を踏まえようとしていること

 1997年の学校図書館法(以下、学図法)「改正」後の学校図書館の実態を踏まえようとしていることは評価に値すると考える。「充て司書教諭」の配置後、予想したようには学校図書館の活性化がはかれなかったこと、とくに小中学校で「学校図書館職員」の配置がすすんだことは誰にも明らかであった。法令上の「建て前」ではなく、実態から出発しようとする姿勢は重要である。

 (2)「学校図書館担当職員」の専門的・教育的役割を認めていること

 「報告」(案)には、「学校図書館の利活用の促進に貢献してきた学校図書館担当職員が、児童生徒に対する教育活動を教員とともに進める機会は多くなっており、期待される役割もますます大きくなっている」とあり、「学校図書館担当職員」が「教員とともに」教育活動を勧める立場にあることを明記している。

 (3)教員と「協働」関係にあることを認めていること

 「報告」(案)は、「学校図書館経営に関する方針や,目標・計画,学校図書館利用指導・年間利用計画,年間読書指導・計画,年間情報活用に関する各種指導計画等」は、「一般的には、教育指導に関する専門的知識等を有する司書教諭がその立案・取りまとめに従事」し、「学校図書館担当職員の職務としては,図書館資料(中略)、電子資料(中略)とその利活用に関する専門的知識等に基づき、必要な支援を行うという形態が想定される」といちおうの役割分担を提起しつつも、「実際には両者は協働して当たることが求められる」としている。

 (4)「自由な読書」「自発的・主体的な学習活動」を強調していること

 「報告」(案)は、学校図書館が果たすべき機能について「豊かな心や人間性,教養,創造力等を育む自由な読書活動や読書指導の場である「読書センター」としての機能と、児童生徒の自発的・主体的な学習活動を支援したり、授業の内容を豊かにしてその理解を深めたりするとともに、児童生徒や教員の情報ニーズに対応したり,児童生徒のするとともに、情報の収集・選択・活用能力を育成したりする「学習センター」及び「情報センター」としての機能」の三つをあげている。学校図書館をめぐる昨今の動向をみるとき、「報告」(案)が「自由な読書」「自主的・主体的な学習活動」を強調している意義は大きい。

4 「報告」(案)の課題
 学校図書館職員をめぐって、「専門・専任・正規」の「学校司書」の法制化をめざしてきた立場からすると「報告」(案)には課題もまた多いといわざるを得ない。

 (1)「学校司書」という名称を避けていること

 学校司書については文科省においても「いわゆる「学校司書」」といういいかたをするようになってきた経過がある(「これからの学校図書館の活用の在り方等について(報告)」2009/3など)。
 「報告」(案)においても、冒頭では「学校図書館担当職員(いわゆる「学校司書」)」と記述しながら、以下のような理由からその呼称をもちいないとしている。

   専ら学校図書館に関する業務を担当する職員(教員やボランティアを除く)の呼称に関し、全国の各地方公共団体や学校では様々な例があり、一般には「学校司書」と称されることが多いと思われる。ただし,①任用する各地方公共団体や各学校における公称としては必ずしも「学校司書」に限らない呼称が用いられていること、②図書館法(昭和25 年法律第118 号)にて公的資格と定められている「司書」という語句との対比で、「学校司書」も公的資格であるとの誤解を招きやすいことから、本報告書においては「学校図書館担当職員」という語句を用いる。

 「公的資格であるとの誤解」を避けるためというのは、将来にわたって「学校司書」を「公的」な職名としないという意味であろうか、それとも学図法「改正」前であるからで、その「改正」にあっては新たな「職」として誕生することを否定はしていないということであろうか。

 (2)「正規」の職員であることを明言していないこと

 このことは「報告」(案)がその採用のあり方が「正規」であるべきことを明言しようとしていないこととも関わっている。
 先に引用した「各学校に配置されている学校図書館担当職員は、勤務形態や経験年数、保有する資格等の状況が各々により様々」の直前には、削除された部分として「非常勤として勤務する場合が多かったり、また、必ずしも全ての学校図書館担当職員が教員免許、司書教諭資格や司書資格を保有しているわけではなかったりするなど、それぞれの学校ごとに違いがある」の文言があった。
 「報告」(案)がこれらの問題を解決する方向に向かおうとしているのか、こうした現状を是認する方向に向かおうとしているのかが問われている。

 (3)「専門性」を担保する資格について触れていないこと

 上記で興味深いのは、「学校図書館担当職員」の資質能力を向上させ、その職務を果たさせるためには行政サイドが「研修」を行う必要がある(※)としているのだが、その根拠につぎをあげている点である。

   地方公務員法(昭和25 年法律第261 号)にいう一般職に属する地方公務員の場合、同法第39 条第1 項により、「研修の機会が与えられなければならない」とされている。

 地方公務員法が「研修」の根拠になっているとするならば、「学校図書館担当職員」は公務員として採用されることが前提となることになる。ただし、「一般職に属する」地方公務員への適用を根拠としていることは逆にその「専門性」を認めたうえでの、新たな「職名」を設置する意志がないこと、あるいはないと見られても仕方がないことになる。
 ※「学校図書館担当職員」(「学校司書」)が配置されるようになったとき、各校では職種としては単数であることが想定される。その場合、配置された職員が十分に職務を遂行するためには当人およびこれを受け入れる学校の体制づくりのために、行政が積極的に「研修」(および情報交換)を実施することは、資格の有無にかかわらず、必要不可欠なことであると考える。これは現に配置をすすめている自治体での教訓でもある。

5 おわりに
 まだまだ分析も言及も足りないところであろうがとりあえずの第一稿としたい。
 「報告」(案)が「「学校図書館担当職員」が果たすべき役割と職務についての基準」を必要であると考えているならば、もっとも適切で効果的な方法は「学校司書」を法制化して「専門・専任・正規」の職員を配置することである。
 私たちが期待するのはその道すじを明らかにし、その資格要件(「報告」(案)も、添削された部分ではあるが、「学校図書館担当職員」が保有する可能性として「教員免許、司書教諭資格や司書資格」といった資格をあげている)をさだめ、必要な法的整備をすることである。
 「報告」(案)がそこまで踏み込まなかったことはまことに残念であるが、来るべき学図法「改正」にあたっては少なくとも「学校司書」の職名が明記され、その存在と役割についての認識がすすみ、「教育の機会均等」のためにも全国で配置が促進され、各学校で確固とした地位を占められるようになってもらいたいと切に願うものである。



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by yassall | 2014-03-08 22:19 | 学校図書館 | Comments(0)

学校司書の資格要件についての補論

 全国SLAの『学校図書館』3月号で「学校司書の法制化」を特集していることを知り、行きつけの書店にバックナンバーを取り寄せてもらった。
 編集部による前書きには、国会において「「学校図書館活性化会議」が、学校図書館法改正による学校司書の法制化に取り組むことを確認した」ことを、「学校司書法制化についての重要な局面ととらえ」、「全国SLAの方向性を確認するとともに、司書教諭・学校司書の連携事例を掲載」するとある。
 従前から全国SLAは学校司書の法制化の方針を掲げ続けて来た。いよいよそのとりくみを本格化しようというのであれば歓迎したい。
  ※
 特集の最初には、森田盛行氏(全国SLA理事長)の「学校司書法制化の展望と課題」が置かれている。同論文では、学校司書の法制化について、以下の3点について国会議員への要請行動を行って来たことが紹介されている。
 ①学校図書館法の一部改正による学校司書の法制化の実現
 ②学校司書の資格制度の創設
 ③現職の学校司書が不利益を被らないための必要な措置
  ※
 このうち、②についてであるが、学校司書には(学校事務一般には解消されない)独自の専門性が存在するというのが私たちの認識であるのだから、「資格制度の創設」を掲げるのは正しいと考える。
 さらには、森田氏も「その専門性を発揮して業務に専念するために他の業務との兼務ではなく、学校図書館の専任であるべき」としている通り、独立した「職」として位置付けられるために①の「学校図書館法」ばかりでなく「学校教育法」に職名が明記される必要があるだろうし、その資格制度が教育職員としての免許制の下に確立されるならば「教育職員免許法」も改正されることになるだろう。
  ※
 さて、学校司書の「資格制度」について、森田氏は続けて「司書教諭や図書館司書と同様に学校司書にも独自の資格が必要」であり、そのために「学校司書の専門性の確立のために司書等の他の資格取得単位の読み替えは、どの館種にも共通する科目を除いて行わないようにしたい」と述べられている。
 私は以前に「学校司書の法制化について考えること」で、学校司書の資格要件について次のように書いた。

 「…現行の司書資格講習および司書教諭講習をベースにしていくのが望ましく、また十分であろうと考えている。
 …司書資格には司書教諭講習のうち司書講習に読み替えできない科目を5単位程度および教育に関する科目を5単位程度、司書教諭資格を得るにはもともと教科に関する科目と教職に関する科目を習得していることが条件になるから、司書教諭資格には図書館に関する科目をもう10単位程度を加えるということでどうであろうか。」

 すると、この点で森田氏とは大きく意見を異にすることになる。そこで、前掲を補足するかたちでいくつか私見を述べたい。

 ①「学校図書館も図書館である」、「学校図書館教育の目標の一つは生涯にわたって図書館を活用する態度と能力を身につけることである」とするならば、図書館に関する科目について司書と学校司書との間に大きな違いがあるとは思われないし、またあってはならないように考える。
 ②司書一般とは異なる学校司書に独自の専門性とは何かを考えたとき、その内容は司書教諭講習の内容でカバーされるのではないだろうか。具体的には、「学校経営と学校図書館」(2単位)「学習指導と学校図書館」(2単位)、「読書と豊かな人間性」(2単位)が該当し、「学校図書館メディアの構成」「情報メディアの活用」は「情報資源組織論」「情報サービス論」「児童サービス論」で振り替えが可能であるとの私見を持っている。
 学校図書館メディア・情報メディアには学校独自の固有性があるのだ、といわれてしまえばそれまでだが、それらは日々進化発展しているものであるし、いずれにせよ職についてからの研修が欠かせないであろう。
 ③学校図書館に独自の専門性があるとすれば、もう一つは教育的職務としての側面を持つことだろう。教職に関する科目からは「教育原理」「教育心理学」の二系統(科目名は異なるかも知れない)を修得するという叩き台を提案したい。
 (補:「改正前の(司書教諭)講習過程では…5科目6単位が司書資格の単位と読み替えができた」ことが「司書教諭の専門性確立の大きな障害」となったと森田氏は述べられてる。
 司書講習は何回か改正されているが、私が司書・司書教諭講習を受けた頃は「学校図書館通論」「学校図書館の利用指導」のみが独自の科目で、「図書館通論」「図書館資料論」「資料目録法」「資料分類法」「図書館活動」は確かに読み替えが出来た(なぜか7科目12単位が開講されていた)。それをもって「専門性」が確立されていなかったといわれると、それでやってきた身としては切ないが、現行の課程に変わったとき学校図書館の管理・運営の面での実務能力(あるいは実務に対する理解)に不足が生じるのではないかと感じたことも確かだった。)

 以上が基本的な考え方だが、さらに実際上の問題として次のことがらを挙げてみたい。

 ④司書・学校司書・司書教諭をまったく別の課程をもって養成するとしたとき、学生はいずれの道に進むかの決定を早期に迫られることになる。これは、私が高校の教員であったから抱く懸念であるかも知れないが、学生の身になってみれば、勉学をすすめながら視野を広げつつ、その職に対する理解も深め、また自己の適性を見つめ直しながら、最終的な決定が可能であるようにするのが実際的であり、また真に望ましい人材を確保していくことになるのではないかと考える。
 ⑤大学・短大の卒業に必要な単位数は、4年制大学で124単位以上、短期大学2年制課程で62単位以上、3年制課程で93単位以上と定められている。その際、資格や免許等の修得に必要な単位は含まれないのが一般的であるという(図書館学や情報学の課程などでそれ自体が修得の対象であるときは例外であろうが)。
 学校司書の専門性を高めることの必要性に異議を差し挟むものではないが、図書館の専門科目以外にも豊かな教養を身につけていて欲しいことも確かなことであるし、学校現場で教員と良好なパートナーシップを発揮していくためには教員免許状を併せて取得していることも好ましい場合もあるだろう。そのように考えれば、学校司書の養成課程の単位数が過大になりすぎない配慮も必要なのではないかと考える。
 ⑥人材の確保の上からも、現職者の移行を考えても、まったく新しい資格制度を創設し、養成課程を整えるというより、現にある資格要件に何単位かを加えていくという方が望ましくはないだろうか。「現職者の経験年数や勤務実績を鑑みて…減免措置」をとることがあったとしても、自ずから限界があるし、今日とくに小中学校に配置されるようになった人たちの大部分が臨時的任用者であることを忘れてはならない。
 ⑦前掲「学校司書の法制化について考えること」では、司書と司書教諭との二つの養成コースからの道を提示した。「学校」と「図書館」といずれに軸足があるのか、という問題だろう。両方あっていいと今でも考えているし、図書館学や情報学を専門に修めた人もいたりして、互いに切磋琢磨していく可能性について検討していくことにはそれなりの意義があると考える。ただ、実際上の問題としては資格制度の確立の過程で整理されていくことになるだろう。
  ※
 以上、思うところを述べてきたが、もちろん自説が絶対とは考えていないし、自分の中でも整理しきれていない部分があるのは率直に認めなくてはならない。そして何より議論百出が原因で学校司書の法制化が遅れるようなことであってはならないと思う。
 冒頭で述べたように、①学校図書館法の一部改正による学校司書の法制化の実現、②学校司書の資格制度の創設、③現職の学校司書が不利益を被らないための必要な措置という基本方針は多くの人を納得させるものであると考える。
 そうであるからこそ、私見で述べた①②③ではカバーできない学校司書の独自の専門性と、その確保のための養成課程があるというなら、早期にその内容を示してもらいたい。
 なお、森田氏が文末で「学校司書の法制化後、この法律の条文の趣旨を実体化する必要がある」と述べられているのは正しくその通りであると付け加えておきたい。

(この稿はもっと以前に書いておいたものですが、文中に公人とはいえ個人名をあげましたので、予めお断りの手紙を差し上げるまで掲載をひかえていたものです。)
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by yassall | 2013-06-17 11:17 | 学校図書館 | Comments(0)

学校司書法制化の動き 衆議院法制局骨子案

 学校司書の法制化について動きがあった模様である。6月12日、参議院会館にて「子どもの未来を考える議員連盟」総会が開かれ、衆議院法制局から「学校図書館法の一部を改正する法律案(仮称)骨子案」が提示されたとのニュースが飛び込んで来た。

(骨子案)
一 学校司書
1 学校には、司書教諭のほか、児童又は生徒及び教員による学校図書館の利用の一層の促進を図るため、専ら学校図書館の職務に従事する職員(2において「学校司書」という。)を置くよう努めなければならないこと。
2 国及び地方公共団体は、学校司書の資質の向上を図るため、研修の実施その他の必要な措置を講ずるよう努めなければならないこと。

二 施行期日
 この法律は、〇〇〇から施行すること。

 また今後について、「学校図書館を考える全国連絡会」のHPには、「今月中ぐらいには「有識者会議」を置き、司書の役割、機能、業務内容、質の確保、司書教諭との役割分担などについて論議し、半年くらいでとりまとめたい、とのことでした。/ただ今国会中の法案成立は無理なので、今年度中を目指す、とのことです。」とある。

 まだ子細には検討していないし、諸団体・個人の意見も集約されていない段階ではあるが、第一印象としては、次のようなことが懸念される。
 ①職の位置付けが曖昧である。
 ・「専ら」とはどういうことだろうか? 専任の職員として置かれると解釈できるのか?
 ・「学校司書という」って何だ? 職名として明記できないのか? 
 ②設置は努力目標なのか?
 ・「努めなければならない」主体は何か? 国・公共団体の義務事項は2項の「研修の実施」のみなのか?
・一定の緩和措置や期間を設けるのはやむを得ないとして、「努力目標」とするだけではなし崩しにならないか? 次に何か政策が用意されているのか?
 ③職の位置付け、目標、資格制度が不明である。
 ・「一層の」で議員を納得させられるか?
 ・自治体に研修を制度化するように促しているのは評価できるとして、そもそもの資格要件の定めがなくてよいのか?

  「努めなければならない」というのが法律用語として耳慣れないが、「置くことができる」よりアクセントが強いということだとすれば、多少とも期待の声が集まるところだろう。
 文科省「平成24年度学校図書館の現状に関する調査」によれば、「学校図書館担当職員を配置している学校の割合は、小・中学校ではそれぞれ47.8%、48.2%であり前回より増加、高等学校では67.7%であり前回より減少」しているとのことだ。この現状を追認するだけの法改正でないことを望みたい。
 今回提示されたのはあくまで「骨子案」で、伝えられるように「司書の役割、機能、業務内容、質の確保、司書教諭との役割分担など」については今後とりまとめれていくのであれば、その議論を見守りたいし、「今年度中」という目標が提示されているなら当分目を離せない。

(追記)
1.学校司書の法制化というからには法律に明記された職名が欲しい。学校図書館法上の「司書教諭」は「教諭をもって充てる」とされており、「教諭」は学校教育法上に明記された職名である。それと同様に、「学校司書」も学校図書館法および学校教育法上に職名が明記されるべきである。
 (「置かなくてはならない」が望ましいことはもちろんだが、現行法上では養護教諭も「置くことができる」職であることから「置くことができる」職とした上で、「努力義務」と定数法上の措置がとられるというのが現実的か?)

2.司書の役割・機能・業務内容については過去に次のような議論がされた経緯がある。
・「学校司書は司書教諭と協力・連携して学校図書館の専門的業務にあたる」(「学校図書館のチカラを子どもたちのチカラに」2008/6)
・「学校図書館の業務の専門性を考え合わせると、専門的な知識・技能を有する担当職員である、いわゆる「学校司書」の役割が重要となる。学校図書館担当職員については、現在、その職務内容の実態等は様々となっているが、「学校司書」として、図書の貸出、返却、目録の作成等の実務のほか、資料の選択・収集や、図書の紹介、レファレンスへの対応、図書館利用のガイダンスなど、専門性を求められる業務において大きな役割を担っている例が少なくない。」(「これからの学校図書館の活用の在り方等について(報告)」2009/3)
・ 司書教諭は「学校図書館に関する校務をつかさどる」、学校司書は「学校図書館の専門的業務にあたる」(「学校図書館法改正法律案要綱」1977・80)

3.「専門・専任・正規」という観点から見ると、骨子案は「正規」という点でためらいがあるようにも見受けられる。しかしながら、採用されるすべての職員を、未来永劫にわたって「非正規」にとどめようとするのでない限り、やはり法律に明記された職名であってほしい。臨時採用者であってかまわないと誤解されては困るのだが、現状は本来正規であるべき職員ですら臨採がすすんでいるのだから、そこにこだわることで制度化を保留するのはおかしい。


(追記2)
先日届いた「パッチワーク」によると、文科省は「確かな学力の育成に係わる実践的調査研究委託②」として「学校図書館担当職員の効果的な活用方策と求められる資質・能力に関する調査研究」を公募したそうです。(公募開始 4月26日、公募締切 5月29日)

 同号には、5月17日「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画(第3次)」が告示され、学校司書と司書教諭の連携強化が強調されたとの記事もありました。

 学校司書の配置と法制化の動きが確かなものになっていって欲しいと思います。
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by yassall | 2013-06-13 14:55 | 学校図書館 | Comments(0)

埼玉県高校図書館フェスティバルによせて

  6月2日、埼玉県高校図書館フェスティバル・ファイナルが、さいたま市コミュニティセンターを会場に開催された。
  この催しは埼玉の高校図書館に勤める学校司書の有志によって、学校司書の存在とその果たしている役割についての認知を高めよう、そのことで10数年間にわたって滞っていた司書採用試験の再開の機運を起こそうと、3年前にはじまった。
 そして、昨年ついに重かった扉が開き、埼玉では司書採用試験が実施された(今年度も引き続き実施される)。ファイナルと銘打った今年の会はたいへん盛り上がったものになったし、第1回目でもシンポジウムの進行役を仰せつかるなど、多少とも手伝いをさせて頂いて来た身として、喜びを共にすることが出来た。
 今回、活動報告「ともに創る学校図書館」と全体交流の司会をつとめながら感じたこと、考えたことがあるのでまとめてみたい。

 活動報告の一本目は「司書の使い方-『現代社会新聞』をつくる授業」。発表者は飯能高校の安道教諭と阿部司書である。
 新聞作成要領についてのガイダンスの後、図書館に集本された資料をみながら各自のテーマを決める、資料を用いてテーマについて調べ、4つの記事に自分のことばでまとめ、レイアウトを考えながら手書きで新聞を完成させる。自宅でのインターネットの活用は禁止していないが、学校では図書館の資料を用いることが原則である。手書きであることも相まっていわゆるコピペは通用しない。以上がとりくみのあらましで、図書館を使った授業あるいは図書館の授業利用の実践である。

 学校図書館法では、学校図書館を「学校の教育課程の展開に寄与するとともに、児童又は生徒の健全な教養を育成することを目的として設けられる学校の設備」と定義している。
 「教育課程の展開」とは、簡単にいえばカリキュラムに沿って授業を行うこと、すなわち「寄与」とは授業支援ということになる。
 だが近年、学校教育の場で学校図書館に期待されていることは、たとえば補助教材を提供するとか、発展学習のための参考資料を準備するといった範囲を越えているように思われる。それは何かといわれれば、答は安道教諭の「このとりくみには暗記ではない別の学力が求められるのです」ということばに集約される。
 学力としての記憶力を一面的に否定するのではもちろんない。様々な知識・情報がすぐに参照できるような状態で蓄積されていることは大切だし、その蓄積に立ってはじめてクリエイティブな知的生産もあり得る。だが、いわばテストのための暗記、一問に対応する一答としての知識、テストが終わったら直ちに忘れ去られていく(学力剥離!)「学力」には何ほどの価値も見いだせない時代が到来しているのだ。
 1998年、文科省に設置された学校図書館の充実等に関する調査研究協力者会議は「主体的な学習活動を支え、心のオアシスとなる学校図書館」という提言を出している。
 自らテーマを決定し、目標を達成するまでの見通しを立て、学校図書館の機能を活用しつつ、資料を噛み砕き、情報を取り出し、精査し、自分のことばでまとめていく(知的生産)ことこそが「主体的な学習活動」であり、それらは学力観の変更や教育方法の変革を迫るものなのである。

 二本目の発表は「秩父地区読書会で得たもの」。発表者は生徒の立場で読書会に参加し、また地区読書会では実行委員長をつとめた経験を持つ秩父高校の卒業生(現大学生)と、長年秩父地区の読書会と歩みを共にしてきた田島司書である。
 秩父地区の読書会には長い伝統があり、その伝統を背景にして全校読書会や4校合同読書会のとりくみがある。これまでも全県的な財産としてその経験を学んできたが、今回初めて生徒であった立場からの発表であり、得がたい実践報告となった。
 さて、さきほどの調査研究協力者会議の提言にもどれば、「主体的な学習」といい、「心のオアシス」といい、現代の教育をめぐる文科省サイドからの危機意識の表われであるだろう。
 それは現代に生きる子どもたちの心の渇き、荒廃、わけても他とのつながりを断たれたところの心の孤独である。(携帯で、メールで、いつも誰かにつながっていないと不安でいられないという現象自体が満たされない孤独感の表れである。)
 想像力は他者とつながる力であるし、文学を読む力とは共感の力であるから、そうした心の荒廃を克服するものとして読書に期待があつまるのは当然であるかも知れない。
 だが、読書を情操教育としてのみとらえるのは一面的であろう。一冊の書物は単なる個々バラバラな情報の集積体ではない。いってみれば一個の世界観であり体系である。一冊の書物と向き合うこととは、そうした世界観や体系とぶつかり合うことであり、その格闘を通して自己の再編成が迫られるのである。このあたりの仕組みについてはさらに深く学問的に解明されていく必要がある。
 発表の主題である読書会についても、決して読書への動機づけのような単純なとらえ方がなされてはならないだろう。
 管見では、近代以前の読書が音読であるのに対し、近代の読書は黙読が基本である。これはどちらがすぐれているかという問題とは無関係である。音読が伝統につながるのに対し、黙読は自己の内側からの声を聞くことによって内面を形成する。その意味でも近代は個人の時代なのである。
 読書会=集団読書は、その内面が自己の中に閉ざされてしまうのを掬い出す。他者(の読みや意見)との出会いとは、その他者にとって他者である自己の再発見である。そして、その出会いは自己をそのままにとどめては置かないだろう。否定は次の肯定を生み出す。読書会による読書の本質はいわば弁証法である。
 こうした読書会が各学校で成立しがたくなっていること、そこにこそ現代がかかえている問題の根源があるし、また克服への課題があるように思われる。

 司会をしながらこのようなことを滔々とまくし立てるわけにもいかないわけだが、またそのような任にあたらなければこのような想念が湧き起こることもまたなかったわけなのだ。

(個人名をあげた方々についてはご本人の了承を得ています。)
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by yassall | 2013-06-13 00:55 | 学校図書館 | Comments(0)

「充て」司書教諭について考えること

 1
 12月1日、東京大学で「日本の学校図書館専門職員はどうあるべきか:論点整理と展望」と題するシンポジウムが開かれた。LIPER3科学研究費「図書館情報学教育を高度化するための研究基盤形成」基盤研究Aの主催ということで、学校司書の法制化という現実の課題にそくした展望や指針を示してくれるような内容のものではなかったが、学者がどのような考え方をしているか、その水準がどこまで達しているのかを知る機会になったと思う。
 論点は様々であったが、いわゆる「二職種併置」問題について、パネリストの一人の塩見昇氏は、司書教諭と学校司書の「二職種」は歴史的経過の中で生まれて来たものであり、「かなり困難」としながらも、「専門的職務の内容に沿った明確な区分けが不可欠」という立場のように見受けられた。もう一人のパネリストである根本彰氏は、「一領域2職の学校司書法制化提案はうまくいかない」としながら、「情報専門職(学校)」を現行の司書教諭の発展形あるいは別個の資格として設置するという提案をしようとしているように理解した。
 私はそれらの報告や討議を聞きながら、別の観点から「充て」司書教諭の問題について考えていた。先の「学校司書の法制化問題について考えること」の補足としてこの問題について書いてみたい。
 2
 現行の「充て」司書教諭をもってしては、「学校図書館の専門的職務」を担わせるには制度的にきわめて不十分であることはすでに様々に指摘されている。
 解消の手だてには二通りあるように思われる。
 ①「充て」司書教諭以外に専門性をもった「学校司書」を専任で配置し、職務を分担しながら、あるいは協力しながら学校図書館の運営にあたる。
 ②現行の司書教諭を発展解消させ、新たに「メディア専門職」を設置する。
 このうち、②は未来的な教育のあり方として研究に値しよう。実験校を設置し、モデルケースとして実践的な研究がなされたら興味深いものになるだろう、という思いも持たないわけではない。
 しかし、これを日本の学校制度として実現していくためには、かなり大規模な教育改革が求められるし、もちろんそれは職員制度の改変に止まるものではあり得ない。新しく始まった教科「情報」との関連も含めた根本的な検討が必要となるだろう。
 私は先の文章で、「充て」司書教諭、「学校司書」それぞれが歴史的経過の中で生まれて来たものであり、そう簡単には無視し得ないこと、しかしながら現行の司書教諭が「充て職」である限り、単独で「学校図書館の専門的職務」を担うには不十分であることを述べた。その考え方にしたがっていけば、私は当然①を支持する立場に立つ。
 それでは現行の「充て」司書教諭にはどのような存在価値があるのであろうか、その存在に積極的な意義があるとすれば、それは何であろうか。
 3
 私は先の文章で、「図書館がその学校の校務分掌に位置づけられ、その分掌の中でリーダーシップを発揮するような存在は必要」であろうと述べた。
 実は、1で紹介したシンポジウムでパネラーをつとめていた二人に共通していたことは、教育の改革なくして学校図書館を成り立たせる基点はなく、ましてや専門職員の必要性もあり得ないという見地であった。
 塩見氏は学校図書館史の立場にたって、すでに戦前において、学校図書館が(国定教科書に対抗する)「多様な本(学習材)の教育力を活用して教育の変革を志向する教師自身の実践の営みとして誕生」したことを強調し、戦後教育との連続と非連続の問題を解き明かしていった。
 根本氏は系統主義学習の重視と経験学習・探求的学習の重視とを交互に繰り返してきた日本の教育の歴史的経過を明らかにしながら、学校図書館を必要とする教育的条件は「開放系の知識を前提とする学習」であり、リテラシー・ニュメラシー(読書教育)を含む「そのための基礎的な知識・技術の習得」であると述べた。さらに、日本の閉鎖系知識維持の三大装置が学習指導要領・検定教科書・センター入試であることを指摘している。
 学校図書館は学校図書館運動なくしては成立しない。これは今も変わらないのではないか。学校図書館運動が教育改革のための運動であるとするならば、そこには運動の担い手が必要である。私が、学校図書館がその学校の運営組織である校務分掌にきちんと位置づけられ、リーダーシップを発揮できる存在が必要であるというのは、そうした意味においてなのである。
 4
 本筋からは離れるかも知れないが、1997年の学図法改正以来、教師をめざす人の中には司書教諭資格も取得しておこうという人が多くなったように聞いている。もちろん、動機としては教員採用試験対策が大きいだろうし、それらの人々が学校現場に採用されたとき、学校図書館の仕事に従事することを希望しているとは限らないだろう。しかし、それでも私は教員養成課程の中で、意識的に学校図書館について学んだ人が増えることはいいことなのではないだろうかと考えている。
 現役時代最後の7年間、私は司書教諭として発令されていた。そのうち6年間は学年主任を兼任していたし、最初の3年間は分掌は進路指導部であった(いわゆる分掌外発令)。他に演劇部の顧問をつとめ、組合の支部長もしたりしていたから、とても先に述べたようなリーダーシップを発揮できたとは口が曲がってもいえない。
 であるからこそ、私は司書教諭資格の取得者がもっともっと増えていけばいいのに、と考えている。誰が分掌に配属されても、学校図書館の意義と役割を正しく理解し、自分のなすべきことを意識できるとしたら、きっと学校も図書館も変わっていくだろうと思うのである。
 そのとき、その養成の過程でも、また本人の自覚としても、学校図書館の専門的職員としての学校司書の役割を正しく理解し、対等・平等な立場から学習者(生徒)の支援に携わるのだという関係のあり方を探究し、その法制化を自らの課題として追求できるような存在として認識され、養成されなくてはならないことはいうまでもない。
 また、学校司書の立場からすれば、学校内にそのようなパートナーを数多く創出していかない限り、自らの存在もまた成り立たないという認識に立つ必要があると考えるのである。
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by yassall | 2012-12-04 15:55 | 学校図書館 | Comments(0)