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カテゴリ:雑感( 71 )

韓国のこと (4) 「徴用工」問題② 「外交的保護権」と「個人請求権」


 日韓請求権協定第2条1項は「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が…完全かつ最終的に解決されたことになることを確認する」と規定している。
 この最終条項にかかわらず、失われたのは「外交的保護権」のみであり、「個人請求権」は失われていないという論が存在する。「外交的保護権」とは自国民の損害について政府が相手国に追求する権利であり、「個人請求権」とは個人が直接賠償を求める権利である。
 「個人請求権」が国際的な法概念に存在しているのかどうかは私は知らない。人権意識の高まりの程度にも関係するものであるだろうから、むしろ断るまでもなく当然という解釈もあるだろう。確かに言えることは「個人請求権」は日本政府によってその存在が言明されて来たことだ。
   ※
 経過としては、①サンフランシスコ平和条約(1951)、日ソ共同宣言(1956)にも類似の請求権放棄条項があり、これらの条約により相手国(アメリカ、ソ連)に対する損害賠償請求権が失われたとして、原爆被爆者とシベリア抑留被害者が日本国に補償を求める訴訟を提起したことを発端とする。
 これに対し被告の日本国は、「条約によって放棄されたのは日本政府の外交保護権であり、個人(被爆者、抑留被害者)の損害賠償請求権は失われていないから、日本国は補償責任を負わない」と主張したのである。(つまり、国としては個人に代わって請求は出来なくなったから、あとは個人として勝手に請求してね、ということなのだろう。)

 ②これは日韓請求権協定にも適用され、外務省は「完全かつ最終的に解決」とは外交保護権の放棄を意味するに過ぎず、個人の請求権は失なわれないから、朝鮮半島に資産を残してきた日本国民に対して日本国が補償する責任は負わないと説明していたとされる。

 ③さて、上記はいずれも日本の国民向けになされた説明であるが、1990年代に国会で追及を受けた結果、日本政府は韓国人被害者についても日韓請求権協定で放棄がされたのは「外交保護権」にすぎず、「個の請求権」は消滅していないことを認めた。
 柳井俊二外務省条約局長は1991年8月の参院予算委員会で、日韓請求権協定と「個人請求権」の関係について明確に表明している。

 「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。(中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」

 (これは後の問題に関連することだが、「個人請求権」とは別に、1991年の柳井答弁では「慰謝料は実体的な財産権に該当しない」とされたことも、2018年11月14日の外務委員会で穀田恵二(共産党)委員によって再確認されている。)

 ④2000年になると日本政府は態度を変え、戦後補償問題は条約の請求権放棄条項で解決済みと主張するようになった。日本人被害者から補償請求を受けた時と、外国人被害者から賠償請求を受けた時に正反対の解釈をすることになった。

 ⑤このあたりの論理がどうなっているのか、よく分からないのであるが、一つには「サンフランシスコ平和条約の枠組み」論が称えられている。「実体的権利」は失われていないが、訴訟によって平和条約締結後に混乱を生じさせる恐れがあり、条約の目的達成の妨げとなるので、「個人請求権」は民事裁判上の権利を行使できないとするというものである。
 2007年、中国人・「元華人労務者」らが西松建設を相手に起こした損害賠償請求裁判では、1972年の日中共同声明に「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」とあることから、この「枠組み」論が適用された。ただし、このときの最高裁判決では「請求権放棄条項で失われたのは被害者が訴訟によって請求する権能であり、被害者個人の実体的権利は失われていない」として「個人の実体的権利」の存在は認めていた。また、強制連行の事実を認め「被害者の苦痛は極めて大きい。関係者の被害救済に向けた努力が期待される」として自主的な救済を求めた。その後、西松建設は和解に応じている。

 ⑥また日本政府はその後、個人の請求権は消滅していないが、相手国・国民がこれに応じる法的義務は消滅しているので「救済されない権利」であると説明することもあったようである。

 ⑦韓国人「徴用工」問題では、1965年の請求権協定によって日本から韓国に渡った合計5億米ドルのうち、無償3億米ドルの中に元「徴用工」に対する補償金も含まれているとし、元「徴用工」らが有する「個人請求権」は韓国政府に対して行使されるべきであるという論がある。「個人請求権」は消滅していないが韓国側に移動したという説明である。
  ※
 今後、特に焦点となるのは⑦である。(5)(6)でこれらを検証していこうと考えているが、以下のようなことがポイントとなることを予告しておきたい。

・日韓請求権協定の第1条は「日本国が大韓民国に経済協力(無償供与及び低利貸付け)する。」とあり、第1項には「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない。」とある。補償のために支払うとはどこにも書かれていないばかりか、「経済の発展」に役立つことが条件とされているのである。
・1965年日韓条約締結以降、不十分ながら元「徴用工」らに対する補償を始めている。すると韓国政府は「経済協力」資金の中に補償金が含まれていることを認めたことになる。それは条約締結にいたるまでの交渉過程に根拠がある。それではどのような交渉がなされたのであるか、相互の主張、金額を含めた妥結点を確かめたい。
・未払い賃金といった供託金等の補償に対して2018年大法院判決が認めたのは「精神的苦痛に対する慰謝料」という賠償である。その正当性を検証したい。


[参考]
以下は茂木外務大臣の会見記録である。内閣改造によって新たに就任したが「徴用工」問題に対する姿勢は従来と変わるところがない。ただ、何とも歯切れが悪いように思える。

令和元年9月13日(金曜日)13時49分 
於:本省会見室
旧朝鮮半島出身労働者問題(大法院判決)
【共同通信 斎藤記者】今日,最初の定例会見ですので,日韓摩擦のきっかけになった元徴用工の大法院判決,これについての茂木大臣の基本的な認識をお伺いしたいと思います。2点あります。1点目ですけれども,大臣は11日の就任後の会見で,この判決について,国際法に違反し日韓関係の基礎を覆していると,このようにおっしゃられました。これは原告の個人請求権は日韓請求権協定に基づいて消滅したという考えに基づく見解なのかどうか,この点をまず確認させていただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定の第2条の1で,財産請求権の問題は完全かつ最終的に解決されたものであることを明示的に確認して,さらに第2条の3で,一方の締約国およびその国民の他方の締約国およびその国民に対する,すべての請求権に関していかなる主張もすることができないとしております。したがって,一切の個人の請求権は,消滅していないとしても救済されない。また国としては救済できない。このような法的な規定になっております。
【共同通信 斎藤記者】2点目ですが,その関連になりますが,大法院判決では,例の日韓請求権協定に基づく5億ドル,有償無償の5億ドルの経済協力金の供与について,判決はその損害賠償,慰謝料請求権,損害賠償の性格までは有しているとは認めがたいと,こう判断していると理解しております。同時に非人道的な扱いを受けた原告の慰謝料請求権については,今,大臣からお話がありましたけれども,第2条の対象には入らないと。つまり趣旨としてはもともとこれは一般的な。
【茂木外務大臣】分かっていると思います。よく理解しています。
【共同通信 斎藤記者】分かりますか。これについて,ではそうなってくるとこちらのほうとして,いやいや,慰謝料の分も全部含まれていると,だから払ったんだからチャラだと,という立場をとるのか。そうなってくるとその根拠はどこにあるのか,あるいはそうとらないのか。その点についてご説明いただきたいと思います。
【茂木外務大臣】日韓請求権協定に基づいて,我が国はご案内のとおり,韓国に対しまして,無償3億ドル,そして有償2億ドルの経済協力を行ったわけであります。それと同時に同協定によりまして,日韓両国および国民の財産請求権の問題は,完全かつ最終的に解決済みである,こういったことを確認したわけです。
 したがいまして,日本企業に対して慰謝料の支払いを命じた韓国大法院判決,これは同協定に明確に違反をいたしております。      (外務省HPより)


by yassall | 2019-09-17 16:01 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (3) 「徴用工」問題① 問題の所在

 2018年10月30日、韓国大法院は被告である新日鉄住金によって上告中であった「徴用工訴訟」について、原告(元徴用工)らの「強制動員慰謝料請求」を認める判決を下した。
 今日の日韓関係の悪化はここからはじまったといえるだろう。現在直面しているような事態を1年前には誰も予想しえなかった。(日本政府は文在寅大統領が12017年9月金命洙を大法院長に任命したことに懸念を示していたともいうからあるいは政府内部では予想があったかも知れない。)
 日韓関係の改善の糸口は見えてきそうにないし、「徴用工」問題の出口も見つけ出せそうにない。まず、今回は問題の所在がどこにあるかを考えてみたい。
   ※
 日本政府は大法院判決を国際法違反であるとし、新たに就任した茂木外相の第一声も「一刻も早く是正を」であった。国際法違反というのは具体的には1965年に締結された日韓条約(「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約)と同時締結された日韓請求権協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)に違反しているという意味である。
 日韓請求権協定第2条には「両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」とあるからである。
   ※
 韓国大法院も日韓請求権協定を知らずに判決を下したわけではない。それでは判決を成立させている論理は何であるのか?
 すると、日韓請求権協定にいうところの「完全かつ最終的に解決」に以下が含まれていると考えられるのか否かが争点として浮かび上がって来るのである。

 ① 日韓請求権協定によって政府間の「外交的保護権」は放棄されたが「個人請求権」は失われていないのではないか?
 ②大法院判決が認めたのは「強制動員慰謝料」である。日韓請求権協定でいう「経済協力」供与に「慰謝料」は含まれているのか?
 ③「慰謝料」の請求には日本による戦前の韓国の植民地支配が不当であったということが前提となる。植民地支配は不当であったのか、「徴用」は非人道的であったのか?
 これに付随して、次のようなことが問題となる。
 ④1910年の日韓併合条約(「韓国併合ニ関スル条約」)はどのように結ばれたのか、「徴用」はどのようになされたのか、またその実態はどのようであったのか?
 ⑤日韓条約、日韓請求権協定はどのような過程で締結されたのか?
 ⑥日韓条約の締結後、韓国では「徴用工」に対する補償・賠償はどのように考えられ、また為されてきたのか? その捉え方はどのように変化してきたのか?

 いずれも答にせまるにはどうしてもくぐり抜けなくてはならない門である。さまざまな見解、思惑、解釈の変遷を歴史的な事実に照らしながら整理していくのは容易ではない。これからそれを始めていくわけだが、せめて問題の焦点が浮き彫りにされればいいと思う。
   ※
 今回は「徴用工訴訟」の大法院判決にいたるまでの経過を確かめておきたい。大まかに3つのラウンドに分けてみると分かりやすいと思われる。

 ①日本での訴訟
  1997年、元徴用工4人が大阪地裁に新日鉄住金を訴える
  2003年10月、最高裁で敗訴が確定する。
 ②韓国での訴訟
  2005年2月、ソウル中央地裁に提訴。
  2008年4月、敗訴。
  2009年7月、ソウル高裁での敗訴。
  2012年5月、韓国大法院が「反人道的不法行為や植民地支配と直結する不法行為による損害賠償は、日韓請求権協定の適用対象に含まれると見るのは難しい」として控訴審の破棄と審理差し戻しを命じる。
  2013年7月、ソウル高裁が元徴用工1人あたり1億ウォンの賠償を認める。新日鉄住金は再上告。
 ③大法院判決
  2018年10月、大法院判決。新日鉄住金の上告を棄却した。

  「徴用工訴訟」判決は支持率が低下してきた文在寅大統領が切った「反日カード」であり、そのために革新系判事であった金命洙を大法院長に大抜擢した、というようなことがいわれる。そのような論は時系列的にも成り立たず賛同しがたい。
 文大統領が春川地方法院法院長であった金命洙を大法院長に任命したのは2017年9月である。しかし、2017年5月に大統領に就任したばかりの文在寅に対する支持は圧倒的で、翌年をみこして大法院長を任命しておいたというのは、いささか陰謀史観に過ぎるだろう。
 むしろ司法壟断を改めようということであり、「積弊清算」の一環であると考えるのが正しいと思う。2019年1月、徴用工訴訟の遅延には朴槿恵前大統領による司法介入があったとして、梁承泰前大法院長が職権乱用などの疑いで逮捕された(本人は容疑を否認)のもその流れの中にあると思われる。(2)の[補足]で引用した「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」」(日刊ゲンダイ2019.9.9)にも以下のようにあった。
 「元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。」

[補足]
※2018年10月30日韓国大法院による判決文の日本語訳に下記がある。
  澤藤統一郎の憲法日記

   http://article9.jp/wordpress/?p=11400
※梁承泰前大法院長の逮捕については朝日新聞の下記の報道がある。
   https://www.asahi.com/articles/ASM1R6QGYM1RUHBI037.html
 朴槿恵前大統領による司法介入については共同通信の下記の報道がある。
   共同通信:https://www.msn.com/ja-jp/news/national/朴槿恵氏の関与、証言次々と-徴用工訴訟遅延事件で側近/ar-AABo5Le?ocid=se


by yassall | 2019-09-16 16:48 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (2)  韓国の「反日」

 最初に本を一冊紹介しておきたい。

  池畑修平『韓国 内なる分断』平凡社新書(2019)

 著者の池畑修平は1969年生まれのNHK職員。ジュネーブ支局長、中国総局、ソウル支局長を経て、現在BS1「国際報道2019」のキャスターを務めている。題名にある「内なる分断」とは、朝鮮半島が南北に分断されているだけでなく、韓国内に保守派と進歩派という「南南葛藤」が存在していることを指しており、その対立がいかに深刻であるかを解明している。
 文在寅政権の発足以来、「積弊清算」がスローガンになっているが、それは国家情報院(旧KCIA)が国内政治に介入できないようにするなど、保守派が作り上げてきた抑圧体制の変革をめざしたものである。「親日残滓の清算」というような言葉が飛び出してくると、我々日本人はびっくりさせられるが、もともとは戦前にあって日本の植民地支配に協力し、戦後も権力の座にあり続けた勢力に対する批判であり、直接日本に敵対しようということではない。
 「南南葛藤」には朝鮮戦争、李承晩政権を倒した4月革命、その4月革命を挫折させた朴正煕軍事独裁政権、朴正煕暗殺後のつかの間の「ソウルの春」、全斗煥による軍事クーデターと光州事件、全斗煥に大統領の直接選挙制を迫り、これを実現させた民主化闘争などの歴史的背景がある。その間には多くの血も流された。解きほぐしていくのは容易ではない。
 1987年の憲法改正によって韓国の大統領は1期5年で再選を禁じられている。再選を禁じたのは李承晩、朴正煕、全斗煥らのような独裁政権化を防ぐためである。池畑は「帝王的大統領」ともいうべき権限の強大さとその儚さという問題にもふれている。
 保守派、民主派のどちらかに肩入れするというのではなく、それぞれの問題点を比較的公平に解説している。いわゆる嫌韓本ばかりが書店に並べられている現状では現代韓国の実情を知る上で良書であると思われる。私個人は民主派支持であることに変わることはないが、バイアスがかかりすぎるのをたしなめてくれるように思う。報道機関の人らしく、その時々に起こった事件なども的確にフォローされている。これからものを考えて行くにあたってのベースにしてよさそうである。
   ※
 さて、今回書こうと思っているのは「反日」ということである。たとえば「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」で問題となった「平和の少女像」は「反日」的であるとされた。その「反日」とはどういうことなのか?
   ※
 記憶に残る中で「反日」という言葉が使われた事例には、1970年代にさかんに爆弾闘争を行った「東アジア反日武装戦線」と、1987年に朝日新聞阪神支局襲撃事件から始まる一連のテロ事件を引き起こした「赤報隊」とがある。「赤報隊」はその犯行声明で自分は「日本国内外にうごめく反日分子を処刑するために結成された実行部隊」であるとした。
 両者の思想的傾向は真逆ともいうべきで、攻撃の対象も「東アジア反日武装戦線」は高度経済成長期を迎え、再びアジアに対する経済進出を始めようとしていた「日本」に、「赤報隊」は日本国内にあって政権に批判的なマスコミや革新勢力に対して向けられた。「赤報隊」のいう「反日」は戦前の「非国民」やら「国賊」というのに近いようである。いずれもきわめて暴力的で、殺人をも抵抗なく実行する、問答無用ともいうべき行動主義に染められている。「反日」とは本来それほどに強烈な言葉であった。(「反米」や「反共」といった言い方も全否定というニュアンスが強いようである。)
 韓国=「反日」というとき、それは韓国が日本に敵対しようとしているという意味であるのか、そしてそれは「反日」という言葉で呼ぶことは適切であるのか? それとも自国に対する一切の批判を許さず、「反日」というレッテルを貼り付けることで、暴力をもってしても排撃しようという意志の現れであるのか?
 後者についていえることは「表現の不自由展・その後」を中止に追い込んだ電話やメール、街宣車を持ち込んだ右翼の言動、会場に入り込んで少女像の頭に袋をかぶせ、大声で騒ぎ出した男たちは一般市民たちにも恐怖感を与えるような暴力性があからさまであることだ。
 では、前者はどうか? ことあるごとに韓国では「反日教育」が行われているとの批判がなされる。私は韓国でどのような教科書が使われているかは知らない。しかし、韓国で自国の歴史を教えようとするとき、日本の植民地支配や独立運動のあったこと、その独立運動が激しく弾圧されたことを必須とするのは当然ではないだろうか? それとも日本はロシアの侵略から国を守ってくれたとか、近代化を進めてくれたとか(※)、「創氏改名」によって日本の名前まで名乗らせてくれたとか、日本の神社を作り参拝することを許してくれた、とでも教えて欲しいのか? 「独立運動」などというのは非国民の行いで弾圧されて当然だったとでも教科書に書いてもらいたいのか?
 (※「日本は朝鮮の近代化に貢献した」というのは保守・右派の常套語である。では日本の敗北によって植民地支配から解放されたとき、朝鮮の人々は悲しんだり、感謝を述べたりしたのだろうか? 8.15を韓国では光復節と呼んで祝うのである。)
 以前、日中関係が極端に悪化した一時期があった。そのとき、インタビューに答えた中国の国民が「日本はもう一度中国に攻めてくるのか?」と真顔で不安がっていたいうことがあった。侵略を受けた国民の記憶とはそういうものであると思い知ったことがある。
 過去は変えることも出来なければ、なかったことにすることも出来ない。植民地支配を受けた朝鮮半島の人々の間には、今も消え去ることのない記憶の傷跡が残されていることを忘れてはならないし、「親日」であって欲しいとか、友好関係を結ぼうというならそのことの理解に立たなければならないと思うのである。
 ましてや韓国では解放後も朝鮮戦争やその後長く続いた軍事独裁政権による苦難の歴史、そしてそれを乗り越えてきた歴史を持つのである。韓国で起こっている出来事、議論されていることがらを、そのこと抜きに断定してはならないと思うのである。

[補足]
「一橋大准教授権容奭氏 韓国で流行「サンキュー安倍」の意」日刊ゲンダイ2019.9.9より

元徴用工判決をめぐり、日本では文大統領が仕組み、大法院(最高裁)の判事入れ替えによって恣意的な判決が導き出されたかのように伝えられていますが、それは見当違いの批判です。大法院長(最高裁長官)の任命は大統領の権限で、司法のトップを代えることで政権交代が可視化される一面もある。前政権と司法の癒着が明るみに出たことからも、判事交代は自然な流れでした。

――韓国では日本製品の不買運動や「ノー安倍デモ」が展開されています。

「サンキュー安倍」というフレーズもはやっています。韓国と敵対してくれてありがとう、経済的にも技術的にも日本に従属している現実に気づかせてくれてありがとう、日本の本音を教えてくれてありがとう、といったニュアンスです。本音というのは、日本は歴史問題を直視せず、植民地支配を反省せず、韓国に対しては上から目線だということですね。

 ――「ノー安倍」より強烈です。

「サンキュー安倍」には日韓対立によって、親日派が浮き彫りになったという意味も込められています。いま広がっているのは「反日」というより、「反親日派」なんです。韓国における「親日派」はいわゆる「親日」ではなく、戦前の日本統治に協力し、民族の独立を妨害して私腹を肥やした人を指します。解放後も権力層を形成し、政界、軍部、財界、学会、メディアなどを牛耳り、親米反共国家をつくって分断体制と開発独裁を支えてきた。彼らは日本と妥協し、今なお既得権益層を形成しているとみられています。文大統領が掲げる「積弊清算」は「親日派」による支配構造を変えようとするもので、「反日」ではありません。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/261400


by yassall | 2019-09-13 15:34 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

韓国のこと (1)

 初出の投稿から文言を整えたり、補足を加えたりしています。これからもそのように書き続けていくことになると思います。

 ずっと韓国のことについて書こうと思いながら、なかなか書き出せないでいた。最初は「徴用工」問題について考えをまとめておきたいということだった。その後、日本側から三品目の輸出規制が発表され、さらにホワイト国除外が決定された。日本政府は「安全保障上の問題が生じたため」としたが、それではというように、韓国側は「安全保障」上の信頼関係がないとしている国とは協定を維持できないとGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を通告した。
 河村健夫氏が「ホワイト国とGSOMIAを一括して元に戻そう」という案を韓国から持ち帰ったとき、安倍首相は「根本は徴用工問題だ」というようなことを述べたという。日本政府は貿易問題を安全保障の問題に転化したと非難したが、輸出規制・ホワイト国除外は「徴用工」問題とは関係ないという日本政府側の説明にも説得力はない。二国間の関係がここまで拗れた原因がどちらにあったかという答えは簡単ではない。
 それはともかく、GSOMA破棄の問題を今日の東アジア情勢の中に置いてみるときわめて興味深い。アメリカは日米韓体制で中国を押さえ込みたいと思っているのだろう。韓国がただちに米韓同盟の解消に向かいたいと思っているかどうかはともかく、その日米韓体制に閉じ込められることを嫌っているということは十分考えられる。2017年のTHAAD配備以来冷え込んでいる中国との関係改善は経済上でも安全保障上でも喫緊の課題だろう。地理的な距離関係からしても日本とは別個の緊張感の下にあると考えなければならない。より根本的にはアメリカの力の低下、中国の台頭という中で、韓国にとっても、日本にとっても、どのような未来図を描いていくかというところまで視野を広げてみる必要があるように思うのである。
 そして目下のところ、韓国内を揺るがし、日本のマスコミの恰好の餌食になっているのがチョ・グク氏の法務部長官(法相)任命問題である。8月9日に次期法務部長官の指名を受けてから、数々の疑惑が報道されるようになったのは8月19日頃のことである。27日には検察が動き出し、一斉家宅捜査に入ったとのニュースが流れた。朴槿恵前大統領失脚の原因となった崔順実ゲート事件に順実の娘の不正入学問題があった。チョ・グク氏の娘にも大学入試に関して不正があったという疑惑が発覚したとき、これはたいへんなスキャンダルになるぞ、と率直に思ったし、文在寅体制の足を引っ張ることになるのは避けられないだろうと考えた。
 その後、少し落ち着いてみると、法務部長官任命についてはどちらもあり得るだろうし、またどちらにしてもその後の道筋は平坦ではないだろうなと考えるようになった。果たして9月9日、チョ・グク氏は法務部長官に任命された。「チョ・グク・リスク」を抱えながらの任命に、文大統領は「権力機関の改革」は最も重要な公約であり、検察改革の仕上げを任せたいとその理由を述べた。10日、チョ・グク法務部長官はさっそく「検察改革推進支援団」の結成を指示したという。
 大統領府VS検察という対立の構図はチョ・グク氏の法務部長官任命後に報じられるようになったことである。
 最初のうちは森友・加計問題でも日本の検察はこんなふうには動かなかったな、というのが感想だった。ユン検事総長は、文在寅大統領が自ら抜擢した人物であり、朴槿恵前大統領や李明博元大統領の不正疑惑を陣頭指揮したという。座右の銘は「人に忠誠は誓わない」と聞けばひとかどの人物という印象である。
 ただそのうち時系列を追ってみると何か不自然だと感じるようになった。次期法務部長官の指名を受けたのが8月9日、様々な疑惑が報じられるようになったのが19日。それらの疑惑は10日の間ににわかに明らかになったのだろうか。野党が独自につかんでいたのか、国家情報院なり検察から情報がリークされたのか(だとすればそれ自体が犯罪行為である)、チョ・グク氏が検察改革に意欲的であるというのは分かっていたことだから、指名されるのを待つようにして、一気に表に出されたとみるのが正しいように思われるのである。狙いはもちろん法務部長官就任阻止である。
 9月6日の聴聞会終了直前、新たな疑惑としてチョ・グク氏の娘の大学院進学の際に表彰状の偽造があったとされ、チョ・グク氏の妻が本人取り調べのないまま在宅起訴された。偽造があったのは2014年のことだという。すると話題にされてきた大学入試にあたっての論文疑惑というのはいつのことだったのか。なかなか調べられなかったが2008年のことらしい。いずれにしても朴槿恵前大統領がまだまだ力を持っていた時期であり、少なくとも職権乱用とみるのには無理がある。
 私募ファンドへの投資は2017年で民情主席秘書官就任後のことである。だが、各自治体への口利きの見返りに賄賂を受け取ったというのではなく、逆に投資したのであり、圧力をかけたという証拠も出てきていない。韓国で入札制度がどうなっているのかは知らないが、共に民主党に所属する自治体の首長が同じ買うならゆかりのある会社からというのが犯罪にあたるものなのかどうか。清廉潔白というのはともかく、横領罪というのにはどこか違和感がある。
 (この件に関しての日本での報道のされ方にもずいぶん問題を感じている。記者会見でも聴聞会でもチョ・グク氏は「知らない。関与していない。」としか答えなかったとされているが、時折そうではない説明がなされたことがうかがえる映像があったりした。)
  ※
 チョ・グク疑惑が今後どのように展開していくのか、文大統領にとって検察改革は師であった盧武鉉元大統領が自殺に追い込まれて以来の懸案であったといわれるが、それが単に個人的な感情の問題ではなく、韓国にとって真に必要とされるものなのか、そしてその成否が明らかになるには半年から2年の月日が必要だろう。
 GSOMIA破棄が東アジア情勢に変化をもたらしていく契機となるのか、それとも本年11月までの間に何らかのきっかけで復元してしまうのか、後者だとすれば今年中、そうでなければ5~10年を待たなければならないだろう。
 韓国では本当に差し押さえた三菱重工の資産の売却に移るのだろうか。これも今年中が最初の山場になるだろう。
 つまり、どの問題にしても今は何も書けないというのが本当なのだが、何も決まらないうちだから書かなければならないこと、後の検証を受けなければならないことがあるように思うのだ。
 この間、興味深い論考にも接することが出来た。たぶんとぎれとぎれになってしまうと思うのだが、それらも紹介しながら書き進めてみたい。
 

[補足]
※韓国における検察の問題については金香清「韓国震撼…文在寅大統領の最側近スキャンダル「問題の本質」」現代ビジネス2019.9.9が見つかった。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67016

 保守政権による検察のコントロールは朴正煕政権時代に本格化した。中央情報局(KCIA)によって摘発された思想犯の起訴を拒否した検察官たちが、退任に追い込まれ、権力側に忠実な検察官だけが残り、出世する構造となった。法律改正によって検察に強大な権力を与え、金大中を代表とする民主化勢力をけん制し、圧力を加える役割を担ってきたとのことだ。その権力は「検察共和国」と呼ばれるほどに絶大であるという。
※徐台教編集長「コリアン・ポリティクス」9/5「韓国「最強」検察に疑念の目…チョ・グク氏騒動に潜む韓国の宿題」で下記のような法科大学院教授(匿名)のインタビューを掲載している。
「人事聴聞会前の強制捜査は前代未聞で、異例の状況であることは確かだ。検察はまた、こうした事件の場合に刑事部で捜査するのが普通だが、今回は特捜部で捜査している。特捜部とは「認知捜査」すなわち、捜査対象をみずから決めて捜査する機関だ。」

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190905-00141385/?fbclid=IwAR1W4wZXn85lT8RVrBkur6P_grovJKpK1c8WPGzJDdK_C419iRQfCf5y8hk 


by yassall | 2019-09-12 18:50 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

「表現の不自由展」の中止について思う

 3日、愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を決めたというニュースが流れた。慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした二十数点を展示する企画であったが、内容が発表されるや抗議の電話が殺到するなどしていたという。
 こうした内容の催しがあったとき、抗議というより脅迫に近いような圧力が加えられるような事例が横行している。昨日、このニュースを聞いたとき、これはあまりにも異常だと感じたのは、中に「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」というFAXまで届いたという説明を聞いてである。もちろん最近起こった京アニ放火・殺人事件が背景になっている。おそらくFAXの送り主は自らの脅迫に切迫感を付加しようとしてのことだろう。だが、あまりにも生々しい事件を連想させようとする精神性は何だろう。そこには降って湧いたような災難に遭われた方々の無念への同情も、遺族の悲しみへの共感も、失われた命への愛おしみも感じられないではないか。私にいわせればまさにモンスターが出現したような恐怖を感じる。
 そして今日、詳細を知ってさらに気味の悪さを感じたのは幾人かの政治家の姿勢である。大村愛知県知事については「行政がコミットしてしまうのは控えなければならない。そうでなければ芸術祭ではなくなる」、中止を決めたのは「(抗議等が)これ以上続くと安心して楽しくご覧になっていただくのが難しいと危惧」したからだという。日ごろ問題を感じないでもない大村知事ではあるが、前半はしごくまっとうである。そのまっとうな姿勢がテロまがいの脅迫に屈してしまったことは、その立場を理解できないのではないということとは別に、まるで昭和初期のテロが横行した時代の再来が予感されてならないのである。 
 驚かされたのは河村名古屋市長の発言である。どうやら河村氏は少女像の展示を表現の問題ではなく、「政治」的な行為としてとらえたらしく、「(少女像の展示は)『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」「国などの公的資金を使った場で展示すべきではない」と大村知事に中止を求め、中止が決まった後も関係者に謝罪を求めているとのことだ。「公的資金」云々は減税を訴えている河村氏らしいといえばいえるが、これだけでもかなり大きな問題を含んでいることに気が付かないでいるのだろうか? 芸術と政治の問題、検閲の問題、「日本の主張」というが学問的研究も含めて一様にはいえないこと、公的資金による芸術活動の支援のあり方、そして何よりテロまがいの脅迫に結果として同調してしまったこと、河村氏の罪と今後に与える影響は重いといわざるを得ない。さらに菅官房長官までも今後の交付金決定について「事実関係を確認・精査して適切に対応したい」と発言したということだ。
 もっと奥深い問題としては今日の「徴用工問題」に関連する「輸出規制問題」「ホワイト国除外問題」があるのだろう。この問題についてはいずれ考えをまとめてみたいと思っている。少なくとも1965年の「請求権協定」ですべてが解決したとは私は思っていない。日本側も1965年の経済支援によって「賠償」が行われた、とは発言していない。「未払い賃金」等の「財産」については補償したとしている。朝鮮の植民地支配は「日韓併合条約」によって合法的に行われたという立場をとっている限りは当然のことである。
 「経済戦争」というような規定のされ方もしている。戦争であれば相手を「鬼畜」呼ばわりすることも始まる。ヒートアップへの動きはますます強まるだろうが、少しでも冷静でありたいと思っている。そうでなければ日本人同士の対話すら困難になり、「問答無用」の社会が到来する。

〈関連ニュース〉
http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e6%85%b0%e5%ae%89%e5%a9%a6%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%ae%e5%b0%91%e5%a5%b3%e5%83%8f%e5%b1%95%e7%a4%ba%e4%b8%ad%e6%ad%a2%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%80%81%e6%96%b0%e3%81%9f%e3%81%aa%e3%80%8c8%e6%9c%88%e3%81%ae%e6%98%8f%e3%81%84%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%80%8d/ar-AAFjcEy?ocid=LENOVODHP17#page=2

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%81%be%e3%81%95%e3%81%ab%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%ae%e4%b8%8d%e8%87%aa%e7%94%b1%e2%80%a6%e3%80%8c%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e3%81%a7%e5%b0%81%e6%ae%ba%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%aa%e3%80%8d%e7%8f%be%e5%9c%b0%e3%81%a7%e6%8a%97%e8%ad%b0%e3%82%82/ar-AAFk4ir?ocid=LENOVODHP17

by yassall | 2019-08-04 17:49 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

自己責任論の2004年と2018年

週刊誌『文春』は保守系のイメージが強い。月刊誌『文藝春秋』も同様だが、どちらかというと同じ保守でも本流との矜恃が感じられるような気がする。ネット配信されている「文春オンライン」はときどき同じ文春?というような記事が掲載されるときがある。「14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?」で高遠菜穂子さんら3人が人質にされた2004年当時と、安田さんが解放された2018年の「自己責任論」の扱われ方についてまとめた記事があった。資料的にも価値があると思ったので、閣僚たちの発言や各紙の社説だけ抜き書きしておく。比較してみると2018年は新聞各紙は冷静であったようだが、その分、SNSで「自己責任論」が喧伝されていたと記者は伝えている。

文春オンライン
14年前、誰が「自己責任論」を言い始めたのか?――2018下半期BEST5
「イラク3邦人人質」記事を読み直す
プチ鹿島
bunshun.jp/articles/-/9514

2004年4月9日 『危険地域、自己責任も 小池環境相』(読売新聞 夕刊)
「小池環境相は「(三人は)無謀ではないか。一般的に危ないと言われている所にあえて行くのは自分自身の責任の部分が多い」と指摘した。」

2004年4月16日 『3邦人 あすにも帰国』「閣僚から苦言続々」(読売新聞・夕刊)
「自己責任という言葉はきついかも知れないが、そういうことも考えて行動しないといけない。」(河村建夫文部科学相)
「どうぞご自由に行ってください。しかし万が一の時には自分で責任を負ってくださいということだ」(中川昭一経済産業相)
※このほか《「損害賠償を三人に求めるくらいのことがあっていい」との声も》という記載もあった。

2004年4月17日 「『身勝手』か『不屈の志か』」(毎日新聞)
「帰国して、頭を冷やしてよく考えて判断されることだと思います」(福田康夫官房長官)
「自己責任をはっきり打ち出してもらいたい。なぜ(3人の出国のために)チャーター機を出したのか。1人は『イラクに残りたい』と言っている。こういう認識には問題がある」(山東昭子元科学技術庁長官)
「救出に大変なカネがかかったが、誰も把握していない。7日間徹夜の努力をしており、(額を)国民の前に明らかにすべきだ」(公明党・冬柴鉄三幹事長)
 ※解放直後の4月16日の政治家の発言として。
(同じ4月16日、井上喜一防災担当相は《家族はまず「迷惑をかけて申し訳なかった」と言うべきで、自衛隊撤退が先に来るのはどうか》と発言している(朝日新聞 2004/4/20)。)

 一方で野党の政治家の声も載っている。
「将来にわたってイラク(復興)にかかわりたいという気持ちは大事だ。厳しい状況に置かれながら志を曲げないことにむしろ敬意を表したい。その志に対する批判なら、まったくの筋違いだ」(民主党・岡田克也幹事長)
「金銭的負担を被害者に求めるのは一番弱い立場の人に『自己責任』を押しつけるものだ。政府の言うことを聞かない人は法律で規制するというのは、個人の尊厳や自由を定めた憲法の精神と反する」(社民党・阿部知子政審会長)

2004年4月16日 『3人、18日にも帰国』「イラク人を嫌いになれない 高遠さん『活動続ける』」(毎日新聞・夕刊) 
「いかに善意でもこれだけの目に遭って、これだけ多くの政府の人が救出に努力してくれたのに、なおそういうことを言うのか。自覚を持っていただきたい」(小泉純一郎首相)

◎読売新聞・社説
《自己責任の自覚を欠いた、無謀かつ無責任な行動が、政府や関係機関などに、大きな無用の負担をかけている。深刻に反省すべき問題である》(2004年4月13日)
《政府・与党内には、救出費用の一部の負担を本人に求めるべきだという議論もある。これは検討に値する。独善的なボランティアなどの無謀な行動に対する抑止効果はあるかもしれない》(2004年4月19日)
◎読売新聞『編集手帳』
《人質にされた三人は政府の「退避勧告」を無視してイラクに出かけている。悪いのは一にも二にも卑劣な犯罪者だが、世に与えた迷惑の数々を見つめればきっと、三人もひとつ利口になるに違いない。》(2004年4月16日)

2004年4月16日 『自己責任問う声次々 政府・与党「費用の公開を」』(朝日新聞・夕刊)
《安倍幹事長は「山の遭難では救助費用は遭難者・家族に請求することもあるとの意見もあった」と指摘した》

2004年4月20日 『米国務長官は「『誇りにして」』(朝日新聞)
《パウエル米国務長官は15日、一部メディアとのインタビューで、イラクで人質になった市民の自己責任を問う声があることについて「誰も危険を冒さなければ私たちは前進しない」と強調。「より良い目的のため、みずから危険を冒した日本人たちがいたことを私はうれしく思う」と述べた》
《「日本では、人質になった人は自分の行動に責任を持つべきだと言う人がいるが」と聞かれたパウエル長官は、これに反論して「彼らや、危険を承知でイラクに派遣された兵士がいることを、日本の人々は誇りに思うべきだ」と語った》
 ※パウエル氏の言葉は4日後の記事でも補完されている。
「私たちは『あなたは危険を冒した、あなたのせいだ』とは言えない。彼らを安全に取り戻すためにできる、あらゆることをする義務がある」

2018年10月28日『「自己責任」独り歩き懸念 ネットで安田さんへ批判次々 経済用語使い方すり替え』(毎日新聞 10月28日)
《「<自己責任>とは何か」の著書がある桜井哲夫・東京経済大名誉教授(社会学)によると、1980年代後半のバブル経済時代の規制緩和の中で、リスクのある金融商品に投資する消費者に対し「自己責任が求められる」といった使われ方をした言葉だという》
《「日本で『自己責任』というと、約束とは関係なく一方的に弱者が責任を負わされたり、怒られたりするようになった」と指摘する。/その上で「経済用語にとどまっていたものが、04年の人質事件で社会的・政治的な言葉へとすり替えられ、政治家らの論理で弱い立場の人を批判することに使われた。14年たった今の社会はさらに疲弊し、弱者をたたく傾向が強まっている。ソーシャルメディアで簡単に発信できることが拍車をかけているように思われる」と懸念する》

2018年10月25日『【主張】安田さん解放 テロに屈してはならない』(産経新聞)
《危険を承知で現地に足を踏み入れたのだから自己責任であるとし、救出の必要性に疑問をはさむのは誤りである。理由の如何を問わず、国は自国民の安全や保護に責任を持つ》


by yassall | 2019-01-13 20:45 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

今年の発句

無明坂やすやすと越ゆ梅うらうら
来し方を遠しと見れば梅うらうら

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                                  (武蔵丘陵森林公園の白梅)

 新年明けましておめでとうございます。
 今年も年賀状からの再録です。俳句はひねるといいますが、こんなのでもけっこうひねり出すのに苦労します。無明坂というのはもちろん造語です。自分は今、坂を登っているのか、下っているのか、どっちなんだろう? というような心境を表現したとでも思っていただければ幸いです。人間のそんな悩みをやすやすと越えて、梅は咲くべき時を誤らない……てなところでしょうか?
 NHK「日本人のお名前」正月特集や「赤旗」の坪内稔典さんの寄稿を読んだりすると、寝正月というのが正月の正しい過ごし方のようです。正月三が日は年徳神をお迎えし、接待する期間であって、そのために暮れの内に玄関を掃き清め(正月になってからはせっかくやって来た神様を掃き出してしまうのでNG!)、竹松の飾り付けをし、依り代となる餅を供える。初詣なんていうのも江戸時代になってからの風習で、本来は自宅にお招きする神様なのに、遠くの神社仏閣に参拝するのはおかしいらしい。そんなわけで朝から御神酒をいただきながら寝正月を決め込んだしだいでした。
 NHKの正月ドラマ「江戸を建てる(前編)水を制す」はけっこう面白かった。家康は国づくりにあたって治水と飲料水の確保を最重要課題とした。利根川の流れを変え、井の頭に水源を求めて神田上水を引いた。最初はたいして出来のよくないドラマだな、くらいの印象だったのですが、見ているうちに昨年の国会で採決が強行された水道民営化法を暗に批判しているように思えてきたのです。門井慶喜という小説家に原作があり、そのドラマ化だそうなので偶然かも知れませんが、例の「面従腹背」ということばを想起したわけです。もしそうであるとすれば、国民の側はそうして送られてくるメッセージを受けとめ損ねないようにしないといけないと思いました。
 何だか寝正月やら、TVにかじりついているのを正当化しているだけのような気もしないではありません。今年こそ、「ボーッ」としていないようにしようと思いながら、なかなか始動しません。まずは新年のごあいさつでした。
(あれ? 「チコちゃん」の「ボーッと生きてんじゃねえよ!」も我々を覚醒させようとする隠されたメッセージなのかな?)
 






by yassall | 2019-01-04 19:09 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

今年の読書から

 今年の読書を振り返ることで一年のまとめをしてみたい。昨年、読書量も読書力も落ち、「到達点はもちろん現在地点でさえ見失いがちである」と書いた。状況は少しも変わらないのだが、一年という物理的な時間は過ぎたわけだし、そうした反省も含めて一里塚を立てておくことは必要だと思うのだ。

  小森陽一編著『「ポスト真実」の世界をどう生きるか』新日本出版社(2018)
  小森陽一『心脳コントロール社会』筑摩新書(2006)


 辺見庸が『瓦礫の中から言葉を』NHK出版新書(2012)で、福島第一原発で炉心溶解を起こしたと同時に日本の法制度も溶解現象を引き起こし、底が抜けてしまった、というようなことを書いていた。
 今年一年を振り返ると、フェイク、すり替え、隠蔽、改竄が平気でまかり通るようになってしまったことに危機感をいだかざるを得ない。いわゆる「森友・加計」問題のみならず、その後に審議された働き方「改革」法案や改定入管法においても審議の前提となるデータ等の隠蔽や改竄が発覚した。
 (公文書の書き換えが暴露され、批判されると、今度は公文書には詳細を記すなという指示が出されたという。こうなると、もう文明国とはいえない。)
 それにも関わらず、与党はごり押しして平然としている。よく恥ずかしげもなく、と私などは思ってしまうが、今まで違憲とされてきた「集団的自衛権」を閣議決定で覆してしまった政権であるから、ひとたび関門を突破したらあとは一瀉千里ということなのだろう。まさしく底が抜けたありさまなのである。
 上記の2冊は、そのようなフェイク=「ポスト真実」がまかり通ってしまうような社会がなぜ生まれたか、その実態、また「ポスト真実」がもたらすものを解明しようとしている。前者は小森陽一と香山リカ、比嘉喜高、浜矩子、西谷修らとの対談によって組み立てられている。後者は前者で紹介されていた本。現在は絶版中であるらしいので古書を探して取りよせた。
 非マイノリティの不本意感(※)、分断と対立、敵と被害者、島宇宙などがキーワードになるだろうか? 「真実」を探求するには考える力・問う力(疑う力)が必要だが、人類が培ってきたそうした理性にかかわる力がやすやすと破棄され、快・不快、好き・嫌いという動物的な「心脳」に働きかけ、コントロールされる社会が到来したということのようだ。しかも、それらがマーケティング、インターネット、ITを駆使して行われる時代となったのだ。
 (一例として、「改革」という言葉がプラスのイメージとしてとらえられるなら、「改革を止めるな」というワンフレーズを連呼し、反対する者たちに「抵抗勢力」「守旧派」というレッテル貼りをしてみせる。するとその中身がどうであるかに関わらず、大衆的な支持を集めるという現象が起きてしまう。)
 (「非マイノリティの不本意感」は、後のテーマともかかわるグローバリズムの進行による国際競争の激化がもたらした、いわゆる中間層の解体にかかわっているのだろう。マイノリティに対して「特権化」という攻撃を浴びせているのはまさに「敵」を見誤っているのである。)
  ※
 それらと立ち向かうのは容易なことではない。考える力、読み解く力、人びととつながる力の基礎となるのは言葉の力である。

  紅野謙介『国語教育の危機』ちくま新書(2018)
  堤未果『日本が売られる』幻冬舎新書(2018)


 新『学習指導要領』の改定に向けての中教審『答申』(2016)では、「主体的・対話的で深い学び」や「情報を多面的・多角的に精査し構造化する力」が強調されたということである。まさに分断やポスト真実の時代を乗り越えるために必要な学力といっていいだろう。しかし、具体的な各教科の改定内容や入試「改革」とも一体となったその方向性をたどっていくと、それが真に「主体性」や「対話力」、情報の真偽を見極めていくためのリテラシーを育てていくようには見えないのである。
 「国語」における記述式問題の導入においても、サンプルとして提示された問題例は「景観保護ガイドライン」や「駐車場契約書」であったりで、もちろん扱い方にもよるだろうが、思考力や洞察力を高めたり養ったりするものであるかどうかはまことに疑わしい。
 「国語」の科目編成でも、まっさきに目に付くのは「論理国語」と「文学国語」の分離である。実際の教科書が出揃ってみないと何ともいえないが、「論理的な思考力」を育てるとしながら、言語を限りなく記号としてとらえていけば単純化するしかなく、ニュアンスは度外視されてしまう。言語の単純化がいかに人間の思考力を奪っていくかはオーウェルの『1984年』に見るとおりである。
 「文学国語」という設定にも疑問を感じる。「言語の価値」を認めているように見えながら、果たして文学を「言語文化」という枠に閉じ込めてよいものなのか? その分量も含めて近代文学がどう扱われていくかはまだ不明だが、近代文学とは日本人がいかに近代という時代と格闘してきたかの証だと、少なくとも私は考えてきたのである。
   ※
 『貧困大国アメリカ』を書いた堤未果の『日本が売られる』はよく読まれているようだ。書かれている内容は私なりにつかめていると思っていたので買っておいたままになっていたが、知人の読書評を読んでこれは緊急にも読まなくてはならないと思い返した。
 第1章第1項で最初に取り上げられているのは「水が売られる」である。先の国会で水道民営化法が可決した。衆院ではわずか8時間の審議であった。いつのまにこんなことが、というのが実感だが、すでに2013年に麻生財務大臣がアメリカに出向いて「水道は…すべて民営化します」と表明しているのだそうだ(戦略国際問題研究所CSISにて)。つまりは日本がいまだにアメリカへの従属から逃れられていないこと、海外の巨大メジャーの圧力に耐えきれなくなったこと、せいぜいが日本も含めた巨大資本が国境を越えて活動できる環境づくりに反対できないというところだろう。
 何でもコンセッション方式というらしいが、水道管施設の所有権は自治体に、浄水場の運営権は水道メジャーにということになるらしい。そのことは本書でも触れられているが、その理由も分かった。地震や台風と行った自然災害の多い日本ではしばしば水道設備が大きな打撃を受ける。そのことが海外メジャーの日本進出をためらわせてきたが、水道管の修復は日本で(せいぜい折半で)というなら安心だというのである。民営化を推進する側は水道施設の老朽化などと、もっともらしい理由づけをしているが、みな嘘っぱちである。
 第2章第1節は「労働者が売られる」である。先にあげた働き方「改革」法や改定入管法による外国人労働者の受け入れは「人手不足」が問題なのではなく、労働者を慢性的に低賃金・長時間労働に押しとどめる(あるいは今以上に切り下げる」ためであり、「企業が世界で一番活躍しやすい国づくり」という現政権の政策を実現しようというものである。
 ネトウヨたちは現政権に批判的な人物や組織を「反日」と決めつける。「反日」というのは戦前でいう「売国奴」ということだろう。誰が「国を売ろう」としているのか、そうした非難を繰り返す人びとはこの本を読んでよく考えた方がいい。
  
  見田宗介『現代社会はどこへ向かうか』岩波新書(2018)
  竹田青嗣『哲学は資本主義を変えられるか』角川文庫(2016)
 
 堤未果『日本が売られる』には、働き方「改革」法案や水道民営化法案など、それでもまだ比較的に表面化した問題以外にも、種子法の廃止や漁業法改定など隠密裏にすすめられてしまった制度改変の問題点と危険性も指摘されている。そのレポート力に感嘆すると同時に、「遠くのわかりやすい敵に気を取られ、近くにいる一番危険な敵を見落とせば、気づいたときには全方位囲まれて、あっという間にやられてしまう」という警告が身に迫った。
 そしてもうひとつ私が実感していたのは「商品一元化」という資本主義の原理である。「水」という生存にかかわる最も基本的な自然物も、人間の労働力も「商品」として値をつけ、もうけの対象として止まることを知らない。それはすでに「暴走」と呼ぶしかない域にまで達しているようだ。
 見田宗介『現代社会はどこへ向かうか』はロジスティック曲線(Ⅰ大増殖期以前、Ⅱ大増殖期、Ⅲ安定平衡期)をモデルにしながら、近代社会および資本主義が向かうべき方向を示そうとした一冊である。資本主義の矛盾は「域外」からの資源の調達と「域外」への排出にある。しかし、グローバリズムは「最終的」な有限性を露呈するにいたり、その矛盾の克服は急務であるとする。修正ロジスティック曲線という用語も紹介されており、その課題に応えられなければ「安定平衡期」ならぬ滅亡が訪れるというのである。
  ※
 竹田青嗣『哲学は資本主義を変えられるか』は、以前に『人間の未来』として出版されたものを文庫化にあたって加筆訂正し、新しい題名を付した本であるとのことだ。ホップス、ルソー、ヘーゲルの系譜に近代社会を基礎つける論理と思想があり、そこで示された「社会契約」「一般意志」「自由の相互承認」を市民的ルールとして再確立しなければならない、というのが主張の中心である(と私は読んだ)。
 権力がなくなればルールが成立せず、権力がなくなれば支配がなくなるというのは錯覚である、資本主義(自由市場)システムがなければ「市民国家」自体が可能でない、とする主張は、結局は体制を容認することにつながるが、まったく説得力を欠いているわけではない。資本主義を分析・批判したマルクスも、資本主義による経済発展が社会主義の前提になるとしている。
 国家は階級支配の道具である、というのは、国家の本質が官僚機構と暴力装置としての軍隊にあるとすれば、秩序の維持の名の下にしばしば国民を弾圧し、そればかりか(『日本が売られる』で見たように)ときに国民を売り渡そうとするところから、今日でもけっして誤りとはいえないと考える。それでも、「国家」にはそれだけでは足りない要素があるというのも気が付いていたところだ。
 ヘーゲルのいう「理性国家」を認めるなら、社会主義「国家」が計画経済をコントロールしていくことが可能だったのではないか、という素朴な疑問も読んでいて感じた。マルクスもヘーゲルから出たのだから当然なのか。
 このように賛意と反発が相前後している段階なのだが、「現在の大量消費、大量廃棄型の資本主義の性格を根本的に修正し、同時に、現代国家を「自由の相互承認」にもとづく普遍ルール社会へと成熟させる道」を模索していることには深く興味をそそられたし、さらに読み込んでみようとも思った。

  仲正昌樹『今こそアーレントを読み直す』講談社現代新書(2009)
  山崎雅弘『日本会議』集英社新書(2016)
  菅野完『日本会議の研究』扶桑社新書(2016)
  安田浩一『「右翼」の戦後史』講談社現代新書(2018)


 最初の2冊は以前にも紹介した読書会のテキスト、あとの2冊はその関連で読んだ。昨年のネイションから続く、国家と民族とは何かという問題意識にもとづく。


  末近浩太『イスラーム主義』岩波新書(2018)


 これも方向性は少し異なるが同じ問題意識から読んだ。アーレントは国民国家の中に「自/他」の二分法を見たが、国民国家が直接排外主義をもたらすのではない。グローバル化した競争社会が排外主義をもたらし、その一部が全体主義化していったのである。イスラーム主義もまた西欧への対抗として生まれた。その中に「もう一つの近代」あるいは新たな普遍主義の可能性が存在するかどうかがテーマである。
  ※
 本当は、もっと探究的でなければならないと思いながら、私の読書は寄り道のしっぱなしである。つまらない本もさんざん読んだが、


   植木等『夢を食い続けた男』ちくま文庫(2018)


 は面白かった。戦前期の社会主義運動や水平社の運動にかかわった、父、徹誠の一代記として書かれている。


by yassall | 2018-12-31 02:51 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

懐かしの怪奇スターたち番外編 『The Son of Kong』

 ユニバーサルが『魔人ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』を公開した1931年はエンパイア・ステート・ビルが竣工した年である。そのエンパイア・ステート・ビルによじ登ったのがキング・コングだ。映画『キング・コング』が公開されたのは1933年である。
 このように書き始めると、ああまた「文明対自然」とでもいう図式と結びつけたいのだろうと思われるかも知れない。
 今回はそうではない。『キング・コング』も子どものときに見て忘れられない映画であるが、ニューヨークに連れてこられてからのコングはかわいそうなだけであまり好きではない。アメリカ人にとってはニューヨークというこちら側の世界にコングが出現し、通勤列車を脱線させ、乗客たちをパニックに陥れるといったシーンに迫真を感じたのだろう。だが、そのニューヨークでさえあちら側の世界である立場からすると、飛行機から機銃掃射を受け、ふと自分の身体から流れている血を指ですくい取り、不思議そうに眺めるコングには哀れを感じたものだった。
 私はむしろ絶海の孤島の、さらに高い城壁(島の原住民は未開の民であるようだったので、その石壁や大扉はどのように作られたのか子ども心に不思議だった)で仕切られた向こう側に、絶滅したはずの恐竜たちが生息する異界が存在しているという設定に引きつけられたのだった。
 映画監督のデナムは女優として使おうと港でアンをを拾い上げ、エングルホーン船長の船に乗ってニューヨークを出航する。最初、行き先が明かされないまま航海が続くが、ある地点まで来るとデナムはやっと一枚の地図をひろげる。それは髑髏島の位置をしめす海図であった。
 あの海図が欲しい! と何度思ったことか。それは私を異界へと誘ってくれる魔法の地図であると思われたのだ。アンを演じたフェイ・レイも子ども心に魅力的だと思った。コングならずとも、またアンを救うべくエンパイア・ステート・ビルの屋上にまで追っていく元船員のジャックならずとも、アンに惚れてしまうのも不思議でないように思えた。
 髑髏島の地図にしてもフェイ・レイにしても、子どもを日常から離脱させるには十分だったのである。『キング・コング』は、古くはジュール・ベヌルの『地底旅行』(1864)やコナン・ドイルの『失われた世界』(1912)から、近年の『ジェラッシク・パーク』にいたる系譜にある。子どもたちが恐竜好きなのは、それがこの世界とは違う、まだ見ぬ世界に旅出させてくれるからである。
 あとのストーリーは周知のことであろうから省略するが、のちにDVDになってから視聴したところ、とくに大扉を打ち破って出現してからのコングが記憶以上に残虐だったことだけ書いておきたい。確かコングが進んでいく先に座り込んで泣き叫んでいる子どもがいて、脇から飛び出してきた大人に助け出されるシーンがあり、原住民たちの生命は奪われなかったと思い込んでいたのだが、そうではなかった。TVで放映されたときは小さい子どもが見ていることを想定して、そうした残虐シーンはカットされていたのだろう。子どもの時に見ていたら、あるいはトラウマとして残ったかも知れないと思った。(コングはきっと子どもには悲劇の英雄だったのだ。)
  ※
 さて、今回書こうと思っているのは『キング・コング』のことではなく、その続編として制作された『The Son of Kong』(1933)のことなのである。後述するように作品自体がB級・C級であるから、見たことのない人、あるいは記憶にない人もいるだろうということで、簡単なあらすじを紹介する。
  ※
 前作から1カ月後、損害賠償を求められ窮地に陥っていたデンハムは逃げ隠れする生活を送っていた。そんな中、同じように船を差し押さえられ困窮していたエングルホーン船長はデンハムを誘い、東南アジアへ交易の旅に出る。なかなか成果を挙げられずにいた二人はとある港町で、かつて髑髏島の地図を譲ってもらったヘルストロームに出会う。ヘルストロームから「髑髏島には原住民の宝が隠されている」と聞いた二人は再び髑髏島に向かうことを決意する。
 新しいヒロインであるヒルダは自らの境遇から逃れようと船の中に潜んでいた娘である。
 髑髏島に上陸したデンハムはヘルストロームの裏切りに会い、ヒルダと行動を共にするうちに、沼に落ちていたキングコングの息子と出会う。デンハムたちは倒木を渡してコングを助ける。するとコングの息子はすっかり二人に懐いてしまい、陰に日向に二人を助けようとする。
 翌日、デンハムはコングの助けを借りて原住民の宝を発見する。そこに恐竜が現れ、デンハムとヒルダに襲いかかるが、コングによって撃退される。デンハムはエングルホーンたちと合流するが、その直後に大地震が発生し、髑髏島が海に沈み始める。宝を取るために残ったデンハムは脱出し損ない、島の頂上に逃げる。コングが現れ、デンハムを手の平に乗せて高く差し上げ、島が完全に海中に没するまで腕を上げ続ける。あわやのところでエングルホーンが漕ぎ寄せたボートに乗り込み、数日後に救助されるが、取り残されたコングは髑髏島とともに海に沈んだ。
  ※
 本作の公開は前作と同じ年で、それだけでも急ごしらえであったことが知れる。前作『キングコング』の大ヒットを受けて急遽、制作が決まったという。もともと二番煎じをねらった作品である上に、低予算で撮影スケジュールも短期間であげなければならなかったそうだ。そこで、引き続いて脚本を担当したラス・ローズは本作にはまったく乗り気でなかったらしい。(最後に髑髏島が海中に沈んでしまうのも、そうすることで三番煎じはなしという先手を打ったのではないかとさえ思った。)
 そのような事情であるから、いたるところで手抜きがはなはだしく、登場する恐竜の数も少なく、しかも恐竜ではなく大熊でお茶を濁してしまうというありさまで、「ロスト・ワールド」としての世界観もぶちこわしなのである。
 それでも懐かしさを感じてしまうのは、グレーがかった毛並みのコング息子のかわいらしさと、アンに執着するあまりに命を落とすことになったコング父の凶暴さが弱まり、無償の愛とでもいうべき自己犠牲の精神に感じ入るところが大きいからであろう。
 原題は『The Son of Kong』で、「キング・コング・Jr」と題名がつけられたこともあったような記憶があるのだが、日本での公開名は『コングの復讐』である。あまりにも内容とかけ離れているので、何かの機会があるときには変更されることを期待したい。
  ※
 以上で懐かしの怪奇スターたちのシリーズを終える。
 クローンやips細胞の時代ならずとも、ホルマリン漬けの脳みそを嵌め込み、電気を通せば(映画の中では紫外線というようなことばもあるが)生命がよみがえるなどというのは子どもにも通用する話ではない。『ドラキュラ』では急速に血液を失ったルーシーに輸血をほどこすシーンがあるが、血液型はどうなっているんだという疑問は小学生だって抱くところだ。
 だが、それではリアルさを求めれば優れた映画になるかといえば、それは違うと思うのである。単なるモンスター映画、単なるゾンビ映画とは違う、というようなことを書いた。刺激の強さだけを求め、子どもが見たら心の傷を残してしまうような映画ではなく、長く記憶の中にとどまり、心の一部として共存しうるような映画、懐かしの怪奇映画とは私にとってそのような存在であったのだ。


by yassall | 2018-04-14 00:30 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

狼男

 ユニバーサル・スタジオが『狼男』を公開したのは1941年のことである。 狼男のメイクにあたったのはやはりジャック・ピアースなのだろう。だが、居並ぶモンスターたちの中では一番不出来だったのではないだろうか? 
 それはピアースのせいとはいえないだろう。フランケンシュタインの怪物もドラキュラも人外の存在であることは間違いない。しかし、フランケンシュタインの怪物は人間の死体を寄せ集めて作られたのだし、ドラキュラも前回の説が正しければ不死を呪われた死者であり、それぞれ人間の姿かたちをしていて不思議ではない(ドラキュラはオオカミになったり、コウモリに変身したりもするようだが)。
 この二者と比較して狼と人間とでは体型の違いが大きすぎる。少なくとも人間の身体をベースにして狼らしさを造形していくのは容易ではない。しかし、俳優としての演技が求められる限り、人間をベースにしていくしかないのである。
 実際、映画でいくら顔に毛を生えさせても、ただ毛むくじゃらの男としか見えず、鼻の頭を黒く塗ったりしてもかえって滑稽なだけである。手足にも毛を生えさせているが丸裸にするわけにはいかなかったのだろう、茶色とおぼしきシャツとズボンを着用させているのも手抜き感がいなめない。
 公開日は12月12日で、アメリカはすでに日本との戦争に突入し、11日にはドイツ・イタリアとも戦争状態に入った。12月以前から戦争は予想されていたのだろう。戦時下にもかかわらず映画はヒットしたということだが、やはり制作段階から予算不足があったのではないかと勘ぐってしまう。
 狼男を演じたロン・チェイニー・Jrも少し太りすぎではないかと最初は思った。(今はおのれの不運と立ち向かうにはこれくらい逞しくなければならなったのかも知れない、とも思う。また、着衣の狼男も半獣半人ということであれば、このような造形もあるかも知れないと思う。)
  ※
 と、のっけから否定で入ってしまったが、懐かしの怪奇スターたちといったとき、他のモンスターにもまして私の心の奥の方に狼男は生き続けているのである。それがどのくらいかというと、ローレンス・タルボットという主人公の名前は即座に思い出せるし、狼男が倒された直後に荷馬車に乗って現れるジプシーの老母の映像が、ふとしたときに脳裏によぎるといった具合なのである。
 それはこの映画の持つ物語性(※)、さらに踏み込んでいえば悲劇性だろうと思う。ヨーロッパに広く流布した人狼伝説がベースにはあるのだろうが、特定の原作はなく、ストーリーは映画のオリジナルである(脚本はカート・シオドマク)。以下はそのあらすじである。
(※物語性などと言い出すと、大げさに過ぎないかとの批判はもちろんあるだろう。70分の上映時間に合わせた程度の内容には違いないが、逆に原作物のようにあらすじをつまみ食いしたようなところはなく、それなりに完結したドラマになっていると思うのである。そうすると、この映画がそもそも恐怖映画として作られているのかどうかさえ疑わしく思われてくる。メイクについては先述したとおりだし、狼男が人を襲うシーンも樹木の向こう側に隠されて表現されるのである。)
  ※
 タルボット家はウェールズの名門である。ローレンス(愛称はラリー)はその次男であるため家を出ていたが長男の急死により父ジョンの跡継ぎのため故郷にもどってきた。ラリーは父が天体観測のために購入した望遠鏡で町を眺めていたとき、骨董屋の娘グエンに一目惚れしてしまう。後に狼男を倒すための唯一の武器となる銀の飾りのついたステッキはラリーが骨董屋をたずねたときに購入したものである。つまり、その登場の時点ではラリーは次男特有の気楽さをそなえた、明るくも軽い男だったということになる。ただ、節度はかねそなえていて、グエンに婚約者フランクがいるのを知ると無理強いはしていない。
 グエンと出会った日、ジプシーの一隊が町をおとずれ、町外れの森で縁日をひらくという。その夜、ラリーはグエンとその友人のジェニーとでジプシーの祭りに出かける。占い師ベラのテントで占いを受けている間に、ラリーはグエンを誘って散歩に出てしまう。実はベラは狼男の呪いを受けていて、占いの最中にジェニーの手のひらに次の犠牲者となる五芒星の印を発見し、ジェニーを帰してしまう。だがすでに時遅く、気味を悪がって森に迷い込んだジェニーは狼となったベラに襲われてしまう。ジェニーの悲鳴を聞いたラリーは助けに向かい、銀のステッキで狼男を倒すが、自らも狼にかまれてしまう。あとで警察が捜索に入るとジェニーと人間にもどったベラの死体があるばかりで狼のすがたはない。ラリーの傷もなくなっているという不思議が起こる。
 その後、ラリーはベラの母親であるマレーバと出会う。マレーバはラリーも狼男となることを予言し、銀の弾丸かステッキでしか殺せないことを伝え、魔除けのペンダントをわたす。ジプシー一行はその日のうちに町を去ってしまう。最初は半信半疑だったラリーはやがて狼男として殺人を犯すこととなり、それが真実だったことを知る。ラリーはペンダントをグエンに渡し、町を出ようとするが父親に止められる。
 森で狼狩りが行われた夜、悲劇の終末がやって来る。父に屋敷に閉じ込められていたラリーは狼男に変身し、やすやすと屋敷を抜け出す。彼の身を案じてやってきたグエンと森の中で遭遇し、襲いかかってしまう。そこへ父ジョンが現れ、銀のステッキで狼男を倒す。ステッキはラリーがジョンに持たせたものだった。
 荷馬車に乗ったマレーバが現れ、呪文をかけるとラリーは人間の姿にもどり、安息の表情になる。ジョンとグエンは愕然とするが、ラリーはグエンを助けようとして死んだ、という話になる。
  ※
 もとをただせばジェニー一人をおいて占い師のテントから離れてしまったことに遠因があるとはいえ、狼に襲われたジェニーを助けようとしてラリーは自らも狼男となる不運を背負ってしまう。不運とはしばしばこのようなアイロニーから始まるものなのかも知れない。
 不運は誰も肩代わり出来ず、自分一人で引き受けていくしかない。苦悩と絶望が襲いかかり、逃れるすべはない。ラリーの場合にはさらに名門としての名誉が重荷として彼を苦しめる。脱出口はおのれの破滅にしかない。
 しかし、人が悲劇に引きつけられるのは、そのような不運に襲われる可能性は誰の身の上にもあり、不運に立ち向かう姿には人間の尊厳が見いだされるからではないだろうか? 自らの運命から逃れられないと知ったラリーはグエンの身を案じ、父ジョンの身を案じ、愛する人々を守るために自分をそれらの人々から遠ざけようとするのである。
 フランケンシュタインにせよ、ドラキュラにせよ、そして狼男にせよ、そこに悲劇が見いだされない限り、単なるモンスター映画あるいはゾンビ映画になってしまう。そして残念なことに、映画がヒットして続編が作られるたびにそうした傾向が強まるように思われるのである。
 幼少期に見たこれらの映画がいつまでも心の底に残っている理由は、こうした悲劇性にあると今なら確かにいえる。悲劇には人間の真実の一断面があるのである。幼き日、私はこれらの映画を通してそのことを予感したのである。
  ※
 悲劇性と並ぶもう一つの理由は異界への誘いということではないだろうか? 『狼男』の場合に物語上でも、映像上でも、重要な要素となるのは森である。濃霧につつまれた森はまるで薄墨で描かれた墨絵のようであり、モノクロならではの映像美なのである。
 そもそもヨーロッパは森の国であった。『マクベス』をみてもイギリスでも事情は変わるまい。ヨーロッパから森が失われていったのは産業革命で大量の燃料が求められたからである。
 そして山や森はヨーロッパの人々にとっては長く恐怖の対象だった。『ヘンゼルとグレーテル』は貧しく、食べるものもなくなった親が幼い兄妹を森に捨てる話である。『赤ずきん』も森の中でオオカミに襲われる。山はまさに『魔の山』なのである。
 人間は異界を恐れ、また異界を身近に感じることによって、人知を超えた存在のあることを知るのである。それを迷妄として遠ざけるのはたやすい。しかし、異界を通して人間が謙虚さを得たり、日常を相対化する可能性を広げられるのもまた確かなのである。
  ※
 最後にもう一つ。繰り返しになるが、狼男となったラリーを滅ぼしたのは父ジョンである。そのことは長く記憶になかった。だが、次男という立場から一度は家を離れながら家名を嗣ぐためという理由から呼び戻されたという経緯を振り返ると、そこには父と子の相克といったテーマが隠されているのではないかという推理が働くのである。あるいは、ラリーは父の愛情に飢えていたのではないか、といった。

(次回、番外編があります。)

[後注]
 風間賢二『ホラー小説大全』(1997)によると人狼(WEREWOLF)と狼男(WOLFMAN)には明確な違いがあり、前者が古来からの民間伝承に由来し四足獣としてのオオカミに完全に変身してしまう存在であり、後者はユニバーサルによって作り出された二本足で歩行するオオカミのような怪物に変身する男であるという。そうすると、本文では語の使用法を取り違えたことになる。なお、同書で知ったことだが『狼男』の脚本家カート・シオドマク(1902-2000)はSF作家・脚本家として名高いそうだ。『狼男』はその出世作とのことだ。


by yassall | 2018-04-12 15:33 | 雑感 | Trackback | Comments(0)