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美貴ヲの劇『セックス ドラッグ 花嫁修業』


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 8日、みかわやこと葉山美侑から出演情報があり、新宿・眼科画廊まで出かけてきた。
 かなりセンセーショナルな題名だが、事前の案内メールによれば「タイトルのインパクトが強いですが、前回の公演ほど際どい演出はありません」とのことであった。前回というのは5月の『陳弁ピクトグラム』のことを指しているのだろう。であるなら何の心配もいらない。
 実際、「これはセックスというよりジェンダーの世界だな」というのが、見終わってからの感想である。チラシには「少し歪んだメガネ越しに眺めた、なんとなく生きづらい人たちのおとぎ話」というようなリードがあり、劇団の紹介には「女系家族で女子校育ちの美貴ヲがセルフプロデュースする演劇ユニット」とある。(netで検索してみると、2014年より始動とあった。)
 そうなると男性であることから1mmも外れない身としては、うかつに「共感した」とか「理解できた」とかは口に出来ない。先年亡くなった雨宮まみの『女子をこじらせて』あたりを手がかりに、おそるおそる解剖していくしかない。
 構成は小話を重ねていくオムニバスになっていて、毎日が同じように繰り返される日常の中で次第に自己をすり減らしていくOLや、「30歳までに結婚しないと動物にさせられてしまう」ため、収容所の中で期限付きの婚活を強いられる女性たちが、あるいは狂気にさらされ、あるいは脱走を企て、自己を突き放してみたり、抱え込んでは悶え苦しんだりする。各小話は必ずしも関連づけられているわけではないが、どこまでが遠い(それゆえに歪んでしまった)記憶であるのか、妄想(入口も出口も閉ざされてしまった)であるのかも分明しがたい姉妹をめぐるエピソードなどには、それこそ底なしのところがあって慄然とさせられたし、6話の中では一番オリジナリティを感じた。
 件の「生産性」発言もさっそく取り入れられているが、表面的な社会批評に終わらず、深いところで傷つきつつ、笑い飛ばしてしまうしたたかさを感じたりもした。
 自己言及性というのか、再帰性というのか、作り出した物語をあとに続く物語が飲み込んでいってしまう作りになっていて、アンダーグランドの本領発揮というところだ。それでも、どこかに系統が存在するはずだと思うのだが、一度見たきりでは入口すら見つからない。
 というわけで、あまり勘の良い観客ではなかったが、今度、脚本を見せてもらう機会があったらと思った。笑って終わって、でもいいのかも知れないが、隠された表現の切実さは伝わったような気がするのである。
 さて、みかわやは新たなステージを模索中なのだなと思った。これからどこへ向かっていくのだろうと、会って話でもしたいものだと思った。
 と、そのみかわやと同学年だったナベナベと会場で一緒になった。昨年、第一子を出産。子育ての真っ最中だが、今日は子どもは旦那に任せ、これからエビラーメンを食べて帰るつもりだという。エビラーメンという名前につられて、というのはもちろん冗談で、久しぶりに話でもしようとついていくことにした。この日に見た劇に影響されたのか、せっかくの育児の小休止に私が割り込んでよかったのか、後から少し反省した。


by yassall | 2018-09-10 17:54 | 日誌 | Comments(0)

「縄文 一万年の美の鼓動」展

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 21日は縄文展を見に上野の国立博物館まで出かけてきた。戻り梅雨ならぬ戻り猛暑の中、自宅で甲子園野球の決勝戦を観戦するという手もあったのだが、うかうかしていると9月2日までの開催期間が終わってしまうと炎天下の街へ出た。
 国宝6点が一挙に公開されたことで評判となった。平日であったからか、入場制限がされるほどではなかったが、たいへんな人出だった。ただ、国宝として指定された6点については、その6点だけで1フロアーを割り当てるという、かなり余裕のあるレイアウトになっていたため、ストレスなく鑑賞することが出来た。
 縄文1万年は前期・中期・後期によって作風が変化していく。いわゆる火焔型土器あるいは王冠型土器は中期になって作られるようになったらしい。確かに独創的な造形である。ただ、縄文土器の命名の由来となった縄目文様は使われなくなっている。年代を追って出土品を鑑賞していくと、前期の縄目文様の素朴な味わいも美しいと思った。
 国宝6点の中では「縄文の女神」の抽象的ともいえそうなデザイン性、「縄文のビーナス」の髪型なのか冠り物なのか、個性的な頭部から下半身にかけてのボリューム感に独創性を感じた。歴史の蓄積の中で、あるとき、ある場所で、突出した才能が出現したことを思わせた。国宝の指定はないが、遮光器土偶でも何点かすぐれたものが展示されていて、この目で見られたことに感謝した。
 日本の古代史についての研究はすすんでいて、各集落・各地域はけっして孤立していたのではなく、交流ときには交易がなされていたということだ。ある地域でしか産出しない黒曜石が各地で出土するといったことから分かるらしい。今回の展覧会では、国宝とされた土器が長野、山形、青森、北海道といった東日本に集中していること(発掘の機会がどこでどの程度あったかによるから一概に東西を比較できないが)、ある地域で生まれた様式が他の地域に影響を与え、伝播していく痕跡がみられることなどが興味深かった。
   ※
 帰宅すると、奇しくも『東京新聞』夕刊のエッセイ「大波小波」で同展がとりあげられていた。「ビーナス」という命名の背景に西洋中心主義があるという批判は(もっともではあるが)それほど過敏になることもないのでは、と思う(現在の考古学会では批判的だそうだ)。だが、確か「美の競演」というタイトルがつけられたコーナーだったと思うが、縄文土器を中央に配置し、同時代の中国・インダス・エジプトの土器を壁沿いに並べた展示について述べている部分については、私も同じような感想を持った。
 装飾的な火焔型土器に比較して、展示された世界各地域の土器は形状に飾り気はなく、彩色が施されていたとしてもすでに色あせてしまっているのか、華やかさはない。しかし、「大波小波」子はこれをもって「日本は先史時代から『クール・ジャパン』であったといいたい」のだとしたら、それは「国家が出自の純粋さと優越性を誇示」しようとする意図とつながるという点で危ういというのである。
 火焔型土器については実用目的だったのか、あるいは何らかの宗教的な用途があったのかにつていは諸説があるという。神器とまではいわないとしても、現代においてもまったくの日用品である場合と、冠婚葬祭などの儀礼用に作られる食器には区別がある。このようなコーナーを作る場合には、何と何を比較しようとしているのか、その基準を明確にしなければならない。また、メソポタミアの出土品の解説にあったのだが、すでにロクロの使用が認められるのだという。ロクロを用いることで均質で大量の焼き物の製作が可能となったことだろう。そして、その多くは実用品であっただろう。文明的にどちらが優れているかなどという比較は成り立たない。また、世界各地域では日本より早くから金属器の製作も始まっている。装身具などの製作は土器から離れ、金属器に移っていったということも考えられる。
 だからといって、私は縄文土器あるいは縄文文化が価値的に低かったなどということを言おうとしているのではない。むしろ、1万年の長きにわたって外圧から守られ、豊かな自然にも恵まれつつ、営々と独自の文化を育んできた先人たちに思いをはせるとき、人間の営みの理想を見たくもあるのだ。
 

by yassall | 2018-08-22 16:26 | 日誌 | Comments(2)

ゲッコーパレードの『マクベス』

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 ゲッコーパレードの芝居を見るのは久しぶりだ、と蕨駅から加藤家へ向かう道を歩きながら考えていた。だが、記録を調べてみたら昨年の12月以来だから、まだ1年とは空いていないのである。
 (パレードの連中もしだいに活動範囲を広げていて、公演案内をもらっても、というケースが増えてきたのは確かだ。この秋にも山形ビエンナーレ2018に参加したり、10月には早稲田の演劇博物館での上演が決定しているとのことだ。)
 それでも久しぶりだと感じたのは、久しく音信がとだえていた(?)ヨージと連絡がとれ、彼女いわく「まだ細~くゲッコーとつながっています。『マクベス』も応援に入ります」ということなので、それなら無事を確かめながら観劇にのぞむか、というはこびになったのである。
 芝居の作り方としては、ストーリーを追っていくのではなく、原作からいくつかのシーンを抜き出し、ときに改編しながら、さらにはまったく異質のシーンを挿入しながらつなげていくという手法である。4人の出演者がシーンごとに違った役を担うから、一人の役者が全編をつうじて一人の人物を造形していくというのではない。
 科白と人物とを切り離し、ことばをことばとして立ち上がらせていこうとしているのか、とも考えた。シェークスピア劇へのひとつの迫り方だろう。人は単なる通路に過ぎない、ことばこそが先行する、ということもある。途中で観客たちに文章の一部を切れ切れにした紙片を配り、はさみと糊を使って別の文章に再編させる、というようなワークショップを行わせたりする。成功しているかどうかはともかく、実験精神としては伝わってくる。
 そうした作業も民家を会場に、客数を限定してはじめて可能なことである。シーンごとに観客は別室に、ときには2階に案内されたりするのは以前にもあった。つまり、一軒の家屋の全体を演劇空間にしてしまおう、場合によって舞台と客席の境界も取り払ってしまおう、という試みを追究し続けているようにもみえる。
 役者は4人とも達者だった。ダンカンの王子たちがイングランドへ、あるいはアイルランドへと逃避していく場面には年若い王子たちの緊迫感がよく表現されていたし、マクベス夫人のモノローグの場面では底知れない内面が描き出されていた。この場面では照明も生きていた。
 それでも(というよりも、だからこそ)見終わった後に物足りなさを感じたのは、『マクベス』という劇をどう見せたかったのかがもうひとつ伝わって来なかった、ということである。それは、私自身が『マクベス』をどう読み解いたらいいか計りかねているということも大きな要因になっている。
   ※
 マクベスは魔女の予言に翻弄されたのか? 予言はマクベスの内心の声だった、というのには、予言はあまりにも人知の及ばない未来を言い当てている。マクベスが欲したのは何か? 栄光か、権力か? 権力にとりつかれた人間が権力を守るために暴政の限りをつくす。それはマクベスが偽王だからか、王道を外れた者の定めか?
 だいたい、主人公は誰なのか? マクベスか、マクベス夫人か? それともマクベスを打ち倒したマクダフか、あるいはマクダフに支えられて新王となったマルカムなのか? 最後のマルカムが正解だとすれば、権力を簒奪した者が自己を支えきれず自壊していき、破滅という末路をたどるしかなく、正統な王位継承こそが理想である、というのがテーマとなる。時代背景や成立事情からすると、あながち間違いともいえないらしい。だが、それではあまりにも勧善懲悪すぎる。
 マクベスは小心でありながら、つい足を滑らせた愚か者であった、というのはたやすい。だが、戦乱に明け暮れる日々にあって、自分に王座が転がり込むチャンスを目前にしながら、最後のところで怖じ気づいたまま生涯を終えたとき、人は己の小心を悔いたりしないのだろうか? マクベスは確かに亡霊に脅かされる。だが、バーナムの森が城に迫り、自分が魔女に謀られたことに気づいたとき、むしろ初めて正気に返ったのごとく、雄々しく剣をとるマクベスは勇者のようである。
  ※
 終演後、役者の人たちとお話しが出来た。「いろいろな『マクベス』を演じてみようと思い、稽古しながら話あって行った。」「マクベス夫人の夢遊病は本当なのだろうか、彼女は正気だったのではないだろうか?」というようなことが聞けた。演じようとする側は演じようとする側から『マクベス』という迷路への入り口と出口を探そうとしているのだと思った。劇中で使われた短剣はボール紙製のチープさであったのに対し、最後のシーンでは本物の包丁を持ちだし魚を捌きだした。虚構とリアルとの対比を際立たせようとしたのか、とも考えたが、自信はない。もっと突っ込んだ話も聞いてみたかったが、彼・彼女たちも次の公演を控えていたし、私の方の準備も不十分だった。
  ※
 加藤家を訪れたのは先週の土曜日である。あまり時間をおいてもと思ってアップするが、まだ感想としてまとまってはいない。また何か書くことがあるかも知れない。

 ゲッコーパレード本拠地公演 戯曲の棲む家vol.8『マクベス』 ~26日(日)まで

 Web http://geckoparade.com  Mail geckoparade@gmail.com
 


 

 


by yassall | 2018-08-22 01:36 | 日誌 | Comments(0)

沖縄スパイ戦史

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 Cさんに誘われて東中野まで出かけてきた。(本当に主体性に欠ける人間だ!)6月にも『共犯者たち』に誘われたがそのときは遠慮した。せっかく誘ってくれるのに二度続けて断ってもなあ、というのもあったが、出かける気になったのはそれだけではない。
 監督は三上智恵さんと大矢英代さん。三上さんは一昨年、全教のゆいまーるに参加したときの記念講演の講師として知った。大阪毎日放送をへて、琉球朝日放送のニュースキャスターを19年務めたのち、沖縄では放映されるものの、なかなか全国放送されないことに限界を感じて独立、これまでに『標的の村』『戦場ぬ止み』等が全国上映されている。
 すばらしく勇気にあふれた人だなあ、と感心したが、そのときにも「映画を見てくれる人がいないと活動が続けられない。ぜひ見て下さい」との訴えがあった。せっかく誘いを受けながら、ここで億劫がっていては人の道に外れるというものである。
    ※
 映画は大きく三部構成になっている。主として沖縄の北部地区でゲリラ戦にたずさわった「護郷隊」は10代半ばの少年で編成されていた。波照間島の住民は軍の命令により西表島に強制移住させられ、マラリアにかかって500人近くが死亡した。住民が住民を監視する疑心暗鬼の状態になった集落では虐殺が起きていた。
 最初の「護郷隊」の編成、二番目の住民の強制移住には沖縄に送り込まれた陸軍中野学校の出身者が大きくかかわっていたのだという。沖縄戦では南部での激戦が伝えられているが、北部で展開されたのはゲリラ戦だった。非戦闘員を装って(一少年として)米軍に近寄り、燃料や食料を火にかけたり、夜間に乗じて戦車を爆破したり、中には少年スナイパーとしてその存在を知られた隊員もいたらしい。戦後、精神を病んで長く「戦争幽霊」として苦しんだ生き残りの人へのインタビューが痛々しかった。
 波照間島に派遣された中野学校出身者は山下虎雄と名乗ったとのことで石碑にも「許すが忘れない」と名が刻まれている。山下虎雄は偽名で、戦後の消息も判明している。名古屋で実業家として成功していたとのことだ。「護郷隊」の編成・指揮にあたった二名が戦後も遺族たちを尋ねたりと、多少とも良心の片鱗を感じさせるのに対して、残された電話インタビューの音声記録からは反省や謝罪のことばはない。
 強制移住は軍隊が不在の島嶼が米軍に占領されたとき、住民の口から軍の機密が漏洩することを恐れたからである。つまり、軍にとっては住民は守るべき対象ではなく、監視や統制の対象と考えれていたのである。
 日本側の映像記録は少ないので米軍が残したフィルムが多用されている。かなり残酷な映像も使用されているが、私がもっとも強く心をえぐられる思いをしたのは第三部にあたる「スパイ」として特定された住民(少年兵も含まれる)の虐殺であった。
 崩壊直前のナチスドイツで親衛隊によるボルシェビキ狩りがあったという。周囲にいる住民が「敵」に見えてしまうというのも、戦争が生み出す狂気なのであろう。それと似たようなことは世界中であったのではないだろうか。
 日本でも戦争前の段階で国民に対する防諜の呼びかけがあったという。軍事機密法がもたらすものは国民同士の相互監視体制であり、疑心暗鬼による分断であり、密告社会である。
 悲劇は誰が誰を密告し、誰が誰を殺害したかという記憶が戦争が終結した後にも住民の中に残ることである。
 
 戦時中、住民が軍事的組織の中で大事な役割を果たしていることもあった。長年、沖縄戦を取材してきた三上監督は、以前からその事実にたどり着いていたが、発信はせずにいた。虐殺に関わった当事者の住民が、存命だったからだ。当事者が亡くなりつつあり、証言者が生きている今、報道に踏み切った。

「村のためだと言いながら、軍とつながったほうが結果的に有利になる側面もあるし、自己保身にもなる。でも軍に協力する中で、悪気がなかった言動が、後になってみれば村や仲間を売った形になり、悲劇を一生背負うはめになった人もいます。戦争中の極限状況にあった人の罪を私たちが今指摘するのはおかしいと思う半面、そこから学ぶこともしないなら、犠牲になった人が報われないとも思う。いつもそのせめぎ合いなんです」

 沖縄では民間人が戦闘に巻き込まれている。被害者である一方、知らない間に加害者になり、人を殺していた現実もあった。それが一番怖いことだと三上監督は言う。
 
 とは、この映画について取材したAERA編集部・小野ヒデコ氏の文章である。

 「戦争を知らない世代が増えてくると戦争が間近になる」というような声がよく聞こえる。だが、いずれ戦争体験者のすべてがこの世を去る時代がやって来るのだから、人々が「戦争を知ろうとしなければ戦争はいつでもそばに近づいてくる」と言い換えなければならないだろう。
 戦争を知ること、それも正しく知ろうとすることが大切な時代なのだと思う。うっかりするとフェイク(「東条英機は実は平和主義者だった」「太平洋戦争は本当はアメリカがしかけた」とか)が平気でまかり通ってしまうのだから。辛い映画だったが見るべき映画だと思った。
   ※
 NHKは政権批判には弱いが特集番組ではまだまだがんばっていると思う。今年のこれまでの番組では戦災孤児を扱った『駅の子』とBS『映像の世紀』「難民」が力作だと思った。

ポレポレ東中野  ~17(金) 10:20/13:00/18:30   8/18(土)~9/7(金) 10:10
               ※9/8以降未定(上映は継続します)
シネマハウス大塚 8/20(月)~22(水)、26(日)~31(金)


by yassall | 2018-08-15 16:06 | 日誌 | Comments(0)

木村草太氏講演会 憲法という希望

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 7月1日に開かれた埼玉県高校・障害児学校教職員九条の会の総会で地域でのとりくみを報告してくれたHさんから、「今度、川越でこんな集会を開くんだけど」と整理券をいただいた。TVでもおなじみの木村草太氏の講演会、主催は「九条の会」かわごえ連絡会とある。
 以前、川越では九条の会の運動はどうなっているの?と川越法律事務所のWさんに尋ねたところ、あちこちに一杯できているが連絡が十分でなく統一がとれていない、という話を聞いたことがある。かわごえ連絡会は、川越「九条の会」、高階「九条の会」、盲学校「九条の会」、川越西「九条の会」によって構成され、2010年から合同のとりくみがはじまった。今回は9回目になるということだ。
 会場はウェスタ川越、西口再開発の一環としてつくられた。私が川越を離れてからずいぶんの時をへて建造されたから、外観には接しているものの内部には入ったことがなかった。そんなこともあり、あれこれ期待しながら出かけることにした。
 集会は2部構成で、第1部は藤枝貴子さんによるアルパの演奏。アルパはスペイン語でハープのことで、別名ではラテンハープと呼ばれたりするとのこと。藤枝さんは第2回全日本アルパコンクールで3位入賞したのを機にパラグアイに留学し、帰国後はCDを制作したり、全国各地で公演活動を行っている。20分という短い時間だったが、ときに軽快に、ときに情感にあふれた演奏が披露された。
 続いて木村草太氏の講演会である。冒頭、「護憲派、改憲派ということでなく、一人の憲法学者としてお話しをしたい」という断りがあった。考えようによってはたいへん重要な観点であると思った。憲法を守ろうとすれば、護憲か、改憲か、立場を鮮明にしている人々ではない人たち、あるいはその間で揺れている人たちとも話をしていかなければならない。そのとき、そもそも憲法とは何か、人権とは何か、国際法との関係は何か、というような原則をきちんと踏まえておくことは大切だ。
 話されたことはそのようなことだったと思う。近代国家は権力の一極集中(主権国家)によって統治システムを完成させたが、そのことで①戦争、②人権侵害、③独裁の危険を生んだ。憲法はそのような危険を回避するための○○してはなりませんという「張り紙」なのである。「大日本帝国憲法」(1898)も本来は立憲主義のもとに制定されたはずであるが、「法の制限」を認めたために「法律」を作り出す政府の権限が強くなりすぎた。現在の「日本国憲法」(1947)はその弊害を克服するものとして作り替えられた。
 憲法上の権利のうちで「表現の自由」が優越的地位をしめること、その理由と意義、差別されない権利は平等権とイコールではない、それは19世紀末アメリカの「人種分離法」の問題点を解明することから明らかになる、というような話題はどれも興味深いものであった。
 講演の後半は「教育無償化と憲法」と「自衛隊と憲法9条」に焦点がしぼられた。教育の無償化問題についても懇切な説明があったが、日本政府は「無償教育の漸進的な導入」をうたった「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係わる留保の撤回」を国連に通告(H24.9、外務省)しており、野田政権時に国際社会に公約したことを5年間放置してきたというのが安倍政権の現状だ、という指摘があったことだけ記しておきたい。
 憲法9条に関連しては、「国連憲章」2条4項に定められているのは「武力不行使」の原則であり日本国憲法9条と共通していること、ただし国連憲章では侵略を行った国があった場合にそなえて42条「集団安全保障」、第51条「個別的自衛権、集団的自衛権」が定められているが、日本国憲法には規定がない。そこで、「9条の禁止範囲はどこまでか」が第一論点となるが、「あらゆる武力行使の禁止」が政府見解であり、通説である。
 つぎに、「9条の例外を認める根拠はあるか」が第二論点となる。これには例外規定は存在しないとする個別的自衛権・自衛隊違憲説と、憲法13条を根拠とする個別的自衛権・自衛隊合憲説がある。憲法13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めており、その趣旨からして「自国の安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」を禁じているとは「到底解されない」とするのである(「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」2014.7.1)。つまり、国内防衛作用については「行政」の範囲に含まれるとするわけだが、他国防衛について例外を許容した条文は存在せず、集団的自衛権・国連軍参加は憲法違反となるのである。
 こうしてみると、9条への自衛隊明記改憲については、個別的自衛権+集団的自衛権限定容認を内容とした2015年安保法制を国民投票にかけることになること、従来型の専守防衛にとどめた場合には安保法制の違憲が明確になるなど、重大な矛盾をかかえたものとなる。
    ※
 と、内容の紹介が長くなった。TVのニュース番組に出演しているときなどは見解を求められても短時間の中であり、鋭くも無駄のないコメントが出来る人だな、という印象だったが、この日の語り口はユーモアにあふれ、終始聴衆の笑いを誘いながらの講演会となった。
 最後のところで次の予定があり、参加者数を聞き損なったが、あとから尋ねたところ550部用意したレジメが足りなくなってしまったとのことだった。会場にいても盛況は実感していたが、開催にたずさわった人々の労を多としたい。
 《一言》チラシには「木村草太氏講演会を応援します。」に各団体の他、個人名が多数記載されていた。ずいぶん懐かしい名前も多かった。


by yassall | 2018-07-10 18:09 | 日誌 | Comments(0)

0707反原発☆国会前行動

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 毎週金曜日に開かれている反原発国会前行動。月に一度は参加しようと心に決めながら、つい滞ってしまいがちだ。今回は7月7日の七夕にちなみ(か、どうかは知らないが)金曜日行動を変更して土曜日に開くという。
 このところ、原子力規制委員会が東海第二原発の新基準「適合」を発表したり、名古屋高裁金沢支部が大飯原発の差し止めを取り消したりと、いよいよ「底」が抜けたとしか思えないような加速ぶりで再稼働がすすめらようとしている。背景にあるのは新エネルギー基本計画である。あいかわらず原発をベースロード電源と位置づけており、そのためには40年を経過した老朽原発を稼働させたり、新増設をすすめなければならないのである。
 やはり黙っていてはいけない、自分一人が国会前に立とうが立つまいが、そのことで状況が変化するわけではないのは分かりきったこと、それでもじっとしていてはいけない気がしたのである。金曜日より土曜日の方が私には参加しやすい。そのことにも背中を押された。
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 野党共闘の面々である。その他、「脱原発をめざす首長会議」の三上元さん、香山リカさん、古賀重明さん、中沢啓さんらがスピーチに立った。参加者は主催者発表で1200名と決して多くはなかったが、登壇者のスピーチはどなたも力強かった。
 原発は温排水で海水を温めているのであり、原発は「地球温暖化に有効」は、原発は安全」「原発は安い」とならぶ三つ目の大嘘である、脱原発を決めたドイツはフランスから電力を輸入しているというのも嘘で実はドイツは輸出国、少し学べば政府の宣伝がまったくのまやかしであることが分かる(三上)、プルトニウムの蓄積は47トンに及び、米朝会談の障害となることからアメリカからさえ減らすように要請されており、新エネルギー基本計画にも明記せざるを得なくなった、世界的には再生可能エネルギーの時代を迎え、価格も下がっている、日本が政府の保証をつけてでも原発を輸出しようとしてもなかなか進まないのは、安全性もさることながら電気料金が高額になってしまうからだ(古賀)等々のお話しがあった。やはり、足を運べば力がわいてくると思った。
 東海第二原発が新基準に「適合」したといっても、再稼働までにはまだまだいくつものハードルがある。半径30km以内には96万人が暮らしているが、その人たちの避難計画など立てられるはずもなく(古賀)、6市町村の同意が得られる見通しは立たない。国民が「嫌なものは嫌!」と言い続ければ、元のように原発を推進することはそうたやすいことではない。

《つい一言》
 オウム死刑囚執行(6日)の前夜、自民党の国会議員ら30人近くが衆院赤坂議員宿舎内の会議室でパーティを開き、安倍首相、上川法相らが飲食に興じていたことに批判が集まっている。片山さつきはTwitterに「安倍総理初のご参加で大変な盛り上がり!」などと投稿し、ネットの世界でも「人としてどうなの?」と非難のコメントが寄せられているとのことである。
 あたかも豪雨到来の真っ最中で重大な被害が予想される中でもあった。集合写真には岸田の顔もみえるから、安倍三選に向けての下地作りのつもりだったのだろうが、優先順位を間違っていませんかという批判が高まるのは当然だ(政府が災害対策本部を立ち上げたのは8日午前)。それにつけても、死者69人、行方不明65人というニュースを聞くにつけ、第2次安倍内閣発足当時の「国土強靱化計画」という公約は何だったのか、多少なりとも期待した国民に対してどう説明するのかと問いたい。


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by yassall | 2018-07-08 17:44 | 日誌 | Comments(0)

埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」総会・学習会が開催されました!

 7月1日、埼玉県高校・障害児学校教職員「九条の会」総会・学習会がさいたま市民会館うらわで開催されました。詳細は「九条の会」ブログで!
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https://blog.goo.ne.jp/9jousks?fm=rss

by yassall | 2018-07-03 00:47 | 日誌 | Comments(0)

6.3オール埼玉総行動

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 立憲主義を取り戻す!戦争させない!9条こわすな!6.3オール埼玉総行動が今年も北浦和公園を会場に開催された。市民団体、生協や埼商連、連合系・全労連系の労組などの諸団体のほか、1区から15区までの小選挙区ごとに結成された連絡会が集った。ゲストスピーチは元外務省国際情報局長の孫崎亨氏だった。
 どの発言者も安倍内閣の打倒を訴え、そのためには市民と立憲野党の連帯が最重要であることが強調された。政党あいさつは立憲民主党・菅直人氏、共産党・田村智子氏、社民党・又市征治氏、国民民主党・小宮山泰子氏、自由党・松崎哲久氏がスピーチに立った。これだけの野党がそろい踏み出来るのも埼玉ならではかも知れない。それにしても、昨年からを振り返って、いまだに安倍内閣が存続しているのは不思議だとしかいいようがない。
 (埼玉の集会に出るといろいろな昔なじみと会えるのが楽しい。今年はどうしているのか気になっていた人と15年ぶりくらいに再会できた。よい一日だった。)


by yassall | 2018-06-03 17:02 | 日誌 | Comments(0)

えのもとぐりむ傑作選『陳弁ピクトグラム』

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 26日、みかわやこと今は葉山美侑から出演情報があったので、えのもとぐりむ傑作選『陳弁ピクトグラム』を観に浅草九劇まで出かけてきた。
 「ピクトグラム」とはひとことで言えば絵文字のことであり、上の舞台写真(終演後、許可を得て撮影した)下手の非常口や上手の禁煙マークのような、何らかの情報や注意を示すために表示される視覚記号のことである。「人間はピクトグラムのように薄っぺらな存在ではない」というのが芝居のテーマを言い表している。
 会場に入ると、「青白く照らされたトイレ。ひとりの女が殺されたところから物語は誘導されていく。」というリードの通り、舞台中央に設えた便器が青いサスライトで照らされている。単なる飾りではなく、様々な役者によって入れ替わり立ち替わり使用される。これを悪趣味といってはいけない。この芝居の基本的な構造を象徴しているのだから。
 人間が遮蔽物に囲まれたトイレの中で用を足すようになってから、それは個的な出来事となり、他者の目に触れることがないもの、触れてはならないものとなった。芝居はそうした人間の表面からは見えないもの、隠されたものの存在を明示し、あからさまにしようとしているのだろう。
 (もし、悪趣味というなら、むしろ演劇の仕組みそのものにかかわっているといえるだろう。通常、本当は目の前に観客が存在しているのに、役者は誰からも見られていないことを前提に演技し、観客は演者に知られずにそっと覗き見ていることを前提に観劇している。それならば誰にも見られることのないトイレの中の場面でも同様のはずだが、役者の方も観客の方も、見る・見られるの関係のある一線、日常に起こりえる一線を越える。もしかすると、それは観客の側に多くの緊張を強いるかも知れない。)
 えのものぐりむのTwitterを検索してみると、「人間世界は汚くて醜いバケモノが隠れていて、繊細な人間ほどそれをくらう。だけど純なものを信じて生きよう。」というような投稿と出会う。芝居には近親相姦やらストーカーやら、性関係による利害の交換やらが出てくる。殺人事件が起こり、しかも遺体は行方不明のままになる。被害者とされた女性の兄である刑事が同僚の女性刑事と捜査を続け、謎解きがはじまる。だが、表現の中心はそれらにはないのだと思う。「人間はピクトグラムではない」の科白によって示された人間存在の有り様そのものを描こうとしたのだと思った。さらにことばを重ねれば人間の自由を。
 以上が劇を見ての感想である。卒業生の追っかけしかしていないから詳しくないのだけれど、えのもとぐりむは「演劇界で今とても人気が出てきている演出家」なのだという。今回の公演については、「若手発掘企画と銘打ち、えのもとぐりむのワークショップなどから若き才能をプロデュース」とあった。終演後、みかわやにいきさつを聞いてみると、やはりオーディションを受けて抜擢されたそうだ。千葉ユリとして、「イントロ」で殺人事件の被害者となり、3話目の「禁煙」で美大生を演じ、そして謎解きがされる「三つ編み」に出演するという、全編を貫く重要な役どころを与えられた。一見、清楚で真面目そうでありながら、過酷な過去と複雑な内面とをかかえた人物造形にとりくんだ。濃淡をつけすぎず、清楚さも、不気味さも、リアルに表現できていたのではないか? やりがいのある役にとりくんだ、という充実感が、終演後のあいさつに駆け寄ってきた表情に見えた。

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by yassall | 2018-05-28 14:31 | 日誌 | Comments(0)

『マルクス・エンゲルス』ラウル・ペック監督作品2018

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 原題は『THE YOUNG KARL MARX』である。マルクス生誕200年を記念して制作された。1842年の『ライン新聞』時代から1848年の『共産党宣言』執筆までを描いている。この時期にマルクスはエンゲルスと出会い、思想的に影響しあい、行動を共にするようになる。映画の中でもエンゲルスがリカードやA.スミスの経済学の勉強をすすめるシーンがあり、酔って二人で夜の街をうろつき回っているうちに、突然マルクスが有名な『フォイエルバッハに関するテーゼ』の第11「哲学者たちは、世界を様々に解釈してきただけである。肝心なのは、それを変革することである。」を思いつくシーンがある。マルクスが共産主義者としての立脚点を得る上で、エンゲルスとの出会いと共同は不可欠だった。青年マルクスに焦点を絞ったのもそこにねらいがあったのだろうから、邦題が不適切とは言えない。
 『ライン新聞』の主筆となったマルクスは「木材窃盗取締法に関する討論」を発表する。映画は森の中で枯れ枝を拾い、薪とすることで貧しい糧を得ようとする人々の群れに騎馬警官が襲いかかり、激しく殴打するという場面ではじまる。
 この印象的なプロローグを見ながら、マルクスの出発点となったとされる「木材窃盗取締法に関する討論」の意義について考えていた。
 ミレーの『落穂拾い』は収穫の際にこぼれ落ちた穂は貧しい人たちのものとしてよいという慣習から生まれたという。それと同様の慣習が森の民の間にも存在していたのだろう。さらに遡れば森が村落共同体の共有地であった時代もあったはずである。「木材窃盗取締法」は中世的世界が崩壊し、時代が近代へと移行しつつあったことを象徴しているのではないか? ライン州議会が枯れ枝を拾うことを窃盗であるとした背景には、私有財産制の浸透があったと考えたのだ。1840年代にはプロシアでも資本主義が興ってくる。貧困と格差が拡大する時代がやって来たのだった。
 マルクスはヘーゲル左派の哲学者として始まった。ヘーゲルにとって自由は社会の構成員全員のものでなければならず、自由の相互承認による「市民社会」の価値を認める。しかし、その「市民社会」は自由な欲望の追求(経済の自由競争)と「人倫」(共同的な道徳や秩序)との間に新たな矛盾を生み出す。ヘーゲルはその矛盾を止揚(アウフヘーベン)するものは「国家」であると考えたのである。
 ヘーゲルもまたドイツの近代化を真摯に模索したのであり、単純に国権を人権に優先させてしまおうとする国家主義(「国体」論!)と同一視してはならない。だが、ヘーゲルが「理性」の具現化とした国家が実際にどのように働いたか、といえば、その「秩序」維持のための実力組織=警官の騎馬や棍棒やサーベルは森の中で枯れ枝を拾う貧民の頭上に振るわれ、有産者階級の利益を肩代わりする暴力装置でしかなかった。マルクスは「木材窃盗取締法」と向き合うことでヘーゲルから抜け出たのだと思ったのだ。
  ※
 映画はフランス・ドイツ・ベルギー合作作品だという。『ライン新聞』が休刊に追い込まれた後、マルクスは活動拠点をパリに移す。そのパリも追放され、ブリュッセルに移住する(『共産党宣言』執筆の後、ベルギーも追放される)。その間、『神聖家族』や『ドイツ・イデオロギー』を共同執筆し、それぞれエンゲルスは『イギリスにおける労働者階級の状態』、マルクスは『哲学の貧困』を書いた。
 行動面でも「共産主義通信委員会」を創設し、二人で「正義者同盟」(義人同盟)に加入する。「正義者同盟」は第1回大会で「共産主義者同盟」と改称する。映画ではエンゲルスが激論をたたかわせながら、「万人は兄弟である」というスローガンを破棄し、「万国の労働者よ、団結せよ!」に変更させる場面が活写されている。そして「共産主義者同盟」から二人に依頼されたのが「理論的であると同時に実践的な党綱領」=『共産党宣言』であった。
 マルクスとエンゲルスは理論の追究にこだわり、同時代において実績や影響力のある社会運動家との論争も辞さなかった。それは、「われわれは空理空論をふりかざして世界に立ち向かうのではない。…現に世界を動かしている諸原理のなかから、新しい諸原理を発展」(『独仏年誌』)させるためであり、「理論もそれを大衆が掴むやいなや物質的な力となる」(『ヘーゲル法哲学批判』)ことを確信していたからだ。どうしても伝記を追っていくことになり、マルクスにおける理論的発展がどのようになされたか、その内面までもが描き切れているとはいえない。しかし、空想的あるいは主意的な運動の段階からの離脱をめざしていたことは、映画中での論争の端々からも十分に伝わってくる。
 ボブ・ディランの「Like A Rolling Stone」が流されて映画がラストを迎えることも評判になった。これは映画に描かれた後の時代のことになるが、1848年のフランス二月革命、ドイツ三月革命の挫折をへて、マルクス・エンゲルスは『共産党宣言』の革命理論を見直し、さらに深めていく。しかし、「ブルジョワジーは、世界市場の開発をつうじて、あらゆる国々の生産と消費を全世界的なものにした」というような今日のグローバル化世界の到来を予見したかのような一節と出会うと、その生命力は今もなお失われてはいないと思ってしまうのだ。
  ※
 つい固い感想になってしまった。原題のとおり、映画は若きマルクスとエンゲルスの青春物語として観ることも可能である。マルクスとイェニーの夫婦生活が描かれるが、エンゲルスの恋人メアリー・バーンズも登場する。もともとアイルランド系の女工で、ともに革命運動にたずさわるという描かれ方をする。また、後にエンゲルスと結婚することになるその妹のリィデアも最初から登場している。そのあたりのことは知識になかったので興味深かった。
 岩波ホールまで出かけたのは22日。三田線神保町を降りてすぐだから造作もない。もう何十年も映画館で映画を観ていない、とつい先日書いたばかりなのだが、別段宗旨替えしたというわけでもない。


by yassall | 2018-05-24 01:27 | 日誌 | Comments(0)