カテゴリ:日誌( 169 )

9条こわすな!戦争させない11.26オール埼玉総行動

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 11月26日、オール埼玉1万人総行動が大宮駅西口で開かれた。小出重義実行委員長の主催者あいさつの後、山口二郎法政大学教授(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)がゲストスピーチした他、立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党の代表、連合埼玉、埼労連の代表がスピーチした。連合、全労連が結束し、5野党がともにスピーチに立つことが常態となっているところがオール埼玉の強みだと思う。
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 スピーチに立った国会議員からは明日にも入管法改定案が強行採決されそうだ、との報告があった。水道民営化法案も危急の事態を迎えている。入管法改定案の審議でも問題になった「技能実習制度」などは現代の奴隷制だと思うし、民営化の「民」とは大企業、それも水道民営化で参入してくるのは海外資本であることが予想されているのだから、「カジノ法」とならんで、日本を外国資本に売り渡そうとする行為であるとしか思われない。(老朽化した施設・設備の更新が自治体の財政を圧迫しているというが、そもそも何のために税金を徴収しているのか、企業まかせにして大規模災害などが発生したときにはどうするのか。)
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 参加者は主催者発表で8000人と発表された。
 

by yassall | 2018-11-28 15:27 | 日誌 | Comments(0)

金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』出版記念講演会

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 『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店が出版された。11月22日、著者の金孝淳(キム・ヒョスン)氏による出版記念講演会が開催された。同講演会は大阪でも開催される予定で、金孝淳氏はそのために招かれ、来日したようだ。会場は、監訳者である石坂浩一氏が准教授をつとめる立教大学である。
 案内を届けてくれたのは元金元重救援会のMさんである。高校の1年後輩である金元重(キム・ウォンジュン)が1974年に母国ソウル大学に留学し、翌年「11.22学園浸透スパイ団事件」の被告として逮捕・拘禁されたこと、Mさんらが中心となって同窓生の会が結成され救援活動がはじまったことなどは、今年1月の映画『自白』の上映会の報告でもふれた。また、韓国では「真実・和解のための過去事(過去史)整理委員会」が設置され、金元重も2011年に再審請求を決意し、翌年2012年に無罪を勝ち取ったことも紹介した。
 本書は2015年韓国で出版された。その経緯は「在日同胞政治犯再審弁護団」団長として再審請求にたずさわった李錫兌(イ・ソンテク)氏が、一連の再審裁判の記録と、在日韓国人スパイ捏造事件の時代的背景、日本における救援運動などを整理、記述して残す必要を痛感し、金孝淳氏に委託したことによるという。
 金孝淳氏は1988年の『ハンギョレ新聞』創刊に参加し、東京特派員などを経て、編集人(主筆)を長く務めた人、また李錫兌氏はセウォル号惨事特別調査委員会委員長も務めたという人物である。ともに韓国の民主化運動を担ってきた人びとということが出来るのだろう。
 金元重の救援活動にたずさわっていた当時から、もちろん事件がまったく前後の脈絡もなく起きたことではなく、もっと大きな背景を持つものであることは認識していた。「11.22」に先立つ1971年には徐勝・俊植兄弟事件が日本でも大きく報道されていた。
 本書は12章からなり、1950年代の進歩党事件にはじまる韓国現代史における「北朝鮮のスパイ」捏造の歴史、在日韓国民主統一連合(韓民統)に代表される韓国の民主化運動に呼応した在日の人びとの運動、李承晩政権が倒れたのちの朴正煕政権以降の日韓関係史にも視野を広げ、当時の私にはあいまいな知識でしかなかった事柄もきちんと整理されている。参考文献や人名索引も充実し、一目見てたいへんな労作であることが知れる。
 私たちが関わった金元重については「思想まで罪に問われた在日青年」の1章が充てられている。「スパイ」捏造のための「思想犯」の典型であるのだろう。真っ先に読んでみると、公判記録を日本語訳しては知ったことなど、当時の記憶が甦ってきたが、彼が帰日してからも私たちに語ることのなかった実態や心中が書かれていて、あらためて彼が直面した苦難と、その苦難を乗り越えた彼の勇気に敬服する思いだった。
  ※
 この章は金元重本人へのインタビューにもとづいて書かれたのだろう。「母国を尋ねて人生が台無しになったと考えるかとの問いに対してこんな答えが返ってきたという。(Mさんの最初のメールでも紹介されていた。)



  留学に行くと決心したとき、かなり危険であるということを認識していた。軽く考えすぎた点もあったが、途方もない運命を背負うことになったわけではない。母国にいる同世代の若者が、時代の痛みを背負い耐えていた現実のなかで、私が無駄な歳月をすごしたとか、母国に行って人生を台無しにしたなどとは考えていない。だからといって自慢するほとのことは何もないが、母国留学に行ったのを後悔したことはない。



 そして、私たちに何が出来たのだろう、という思いは消えないが、日本の救援会活動が「長い収監生活のあいだ、彼の大きな支えになった」という記述があるのは救いのように感じた。
  ※
 最初、本書は「在日韓国人問題に対する社会的関心を高めるため」として韓国国内の人びとに向けて出版された。だが、「でっち上げを支えた日韓右翼の暗躍」の章もある通り、日本と無関係であったわけではない。今回、日本語訳が出版されたことの意義は決して小さくない。
 表には出なかったが、金元重はインタビューに応じただけではなく、本書の日本での出版にも尽力したとのことだ。彼と彼の同胞たちの歩みは今も続いている。私の場合、彼が帰日を果たすまでの一時ではあったが、その歩みの一端にふれる機会があったことは、私自身の人生にもなにがしかの意味を与えてくれたのだと今は思っている。
 
 金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店(2018.11.15)

 ※大坂での講演会も無事に終了したというメールが金元重氏から届いた。本書の書店での販売は27日からになりそうだが、すでにamazonなどで予約が700部くらいに達していて、明石書店もびっくりしているとの報があった。運動に関わった人以外でも、ぜひ多くの人に読まれて欲しいと願っている。それだけの本だと思っている。


by yassall | 2018-11-26 16:31 | 日誌 | Comments(0)

11.3 止めよう!改憲発議-この憲法で未来をつくる国会前大行動

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 11月3日、国会前行動に参加してきました。遅ればせながらの報告です。詳しくは「埼玉県高校・障害児学校教職員九条の会」のブログで。参加者は主催者発表で18000人。まだまだ力を発揮しないといけないと思いました。

https://blog.goo.ne.jp/9jousks
by yassall | 2018-11-05 16:59 | 日誌 | Comments(0)

美貴ヲの劇『セックス ドラッグ 花嫁修業』


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 8日、みかわやこと葉山美侑から出演情報があり、新宿・眼科画廊まで出かけてきた。
 かなりセンセーショナルな題名だが、事前の案内メールによれば「タイトルのインパクトが強いですが、前回の公演ほど際どい演出はありません」とのことであった。前回というのは5月の『陳弁ピクトグラム』のことを指しているのだろう。であるなら何の心配もいらない。
 実際、「これはセックスというよりジェンダーの世界だな」というのが、見終わってからの感想である。チラシには「少し歪んだメガネ越しに眺めた、なんとなく生きづらい人たちのおとぎ話」というようなリードがあり、劇団の紹介には「女系家族で女子校育ちの美貴ヲがセルフプロデュースする演劇ユニット」とある。(netで検索してみると、2014年より始動とあった。)
 そうなると男性であることから1mmも外れない身としては、うかつに「共感した」とか「理解できた」とかは口に出来ない。先年亡くなった雨宮まみの『女子をこじらせて』あたりを手がかりに、おそるおそる解剖していくしかない。
 構成は小話を重ねていくオムニバスになっていて、毎日が同じように繰り返される日常の中で次第に自己をすり減らしていくOLや、「30歳までに結婚しないと動物にさせられてしまう」ため、収容所の中で期限付きの婚活を強いられる女性たちが、あるいは狂気にさらされ、あるいは脱走を企て、自己を突き放してみたり、抱え込んでは悶え苦しんだりする。各小話は必ずしも関連づけられているわけではないが、どこまでが遠い(それゆえに歪んでしまった)記憶であるのか、妄想(入口も出口も閉ざされてしまった)であるのかも分明しがたい姉妹をめぐるエピソードなどには、それこそ底なしのところがあって慄然とさせられたし、6話の中では一番オリジナリティを感じた。
 件の「生産性」発言もさっそく取り入れられているが、表面的な社会批評に終わらず、深いところで傷つきつつ、笑い飛ばしてしまうしたたかさを感じたりもした。
 自己言及性というのか、再帰性というのか、作り出した物語をあとに続く物語が飲み込んでいってしまう作りになっていて、アンダーグランドの本領発揮というところだ。それでも、どこかに系統が存在するはずだと思うのだが、一度見たきりでは入口すら見つからない。
 というわけで、あまり勘の良い観客ではなかったが、今度、脚本を見せてもらう機会があったらと思った。笑って終わって、でもいいのかも知れないが、隠された表現の切実さは伝わったような気がするのである。
 さて、みかわやは新たなステージを模索中なのだなと思った。これからどこへ向かっていくのだろうと、会って話でもしたいものだと思った。
 と、そのみかわやと同学年だったナベナベと会場で一緒になった。昨年、第一子を出産。子育ての真っ最中だが、今日は子どもは旦那に任せ、これからエビラーメンを食べて帰るつもりだという。エビラーメンという名前につられて、というのはもちろん冗談で、久しぶりに話でもしようとついていくことにした。この日に見た劇に影響されたのか、せっかくの育児の小休止に私が割り込んでよかったのか、後から少し反省した。


by yassall | 2018-09-10 17:54 | 日誌 | Comments(0)

「縄文 一万年の美の鼓動」展

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 21日は縄文展を見に上野の国立博物館まで出かけてきた。戻り梅雨ならぬ戻り猛暑の中、自宅で甲子園野球の決勝戦を観戦するという手もあったのだが、うかうかしていると9月2日までの開催期間が終わってしまうと炎天下の街へ出た。
 国宝6点が一挙に公開されたことで評判となった。平日であったからか、入場制限がされるほどではなかったが、たいへんな人出だった。ただ、国宝として指定された6点については、その6点だけで1フロアーを割り当てるという、かなり余裕のあるレイアウトになっていたため、ストレスなく鑑賞することが出来た。
 縄文1万年は前期・中期・後期によって作風が変化していく。いわゆる火焔型土器あるいは王冠型土器は中期になって作られるようになったらしい。確かに独創的な造形である。ただ、縄文土器の命名の由来となった縄目文様は使われなくなっている。年代を追って出土品を鑑賞していくと、前期の縄目文様の素朴な味わいも美しいと思った。
 国宝6点の中では「縄文の女神」の抽象的ともいえそうなデザイン性、「縄文のビーナス」の髪型なのか冠り物なのか、個性的な頭部から下半身にかけてのボリューム感に独創性を感じた。歴史の蓄積の中で、あるとき、ある場所で、突出した才能が出現したことを思わせた。国宝の指定はないが、遮光器土偶でも何点かすぐれたものが展示されていて、この目で見られたことに感謝した。
 日本の古代史についての研究はすすんでいて、各集落・各地域はけっして孤立していたのではなく、交流ときには交易がなされていたということだ。ある地域でしか産出しない黒曜石が各地で出土するといったことから分かるらしい。今回の展覧会では、国宝とされた土器が長野、山形、青森、北海道といった東日本に集中していること(発掘の機会がどこでどの程度あったかによるから一概に東西を比較できないが)、ある地域で生まれた様式が他の地域に影響を与え、伝播していく痕跡がみられることなどが興味深かった。
   ※
 帰宅すると、奇しくも『東京新聞』夕刊のエッセイ「大波小波」で同展がとりあげられていた。「ビーナス」という命名の背景に西洋中心主義があるという批判は(もっともではあるが)それほど過敏になることもないのでは、と思う(現在の考古学会では批判的だそうだ)。だが、確か「美の競演」というタイトルがつけられたコーナーだったと思うが、縄文土器を中央に配置し、同時代の中国・インダス・エジプトの土器を壁沿いに並べた展示について述べている部分については、私も同じような感想を持った。
 装飾的な火焔型土器に比較して、展示された世界各地域の土器は形状に飾り気はなく、彩色が施されていたとしてもすでに色あせてしまっているのか、華やかさはない。しかし、「大波小波」子はこれをもって「日本は先史時代から『クール・ジャパン』であったといいたい」のだとしたら、それは「国家が出自の純粋さと優越性を誇示」しようとする意図とつながるという点で危ういというのである。
 火焔型土器については実用目的だったのか、あるいは何らかの宗教的な用途があったのかにつていは諸説があるという。神器とまではいわないとしても、現代においてもまったくの日用品である場合と、冠婚葬祭などの儀礼用に作られる食器には区別がある。このようなコーナーを作る場合には、何と何を比較しようとしているのか、その基準を明確にしなければならない。また、メソポタミアの出土品の解説にあったのだが、すでにロクロの使用が認められるのだという。ロクロを用いることで均質で大量の焼き物の製作が可能となったことだろう。そして、その多くは実用品であっただろう。文明的にどちらが優れているかなどという比較は成り立たない。また、世界各地域では日本より早くから金属器の製作も始まっている。装身具などの製作は土器から離れ、金属器に移っていったということも考えられる。
 だからといって、私は縄文土器あるいは縄文文化が価値的に低かったなどということを言おうとしているのではない。むしろ、1万年の長きにわたって外圧から守られ、豊かな自然にも恵まれつつ、営々と独自の文化を育んできた先人たちに思いをはせるとき、人間の営みの理想を見たくもあるのだ。
 

by yassall | 2018-08-22 16:26 | 日誌 | Comments(2)

ゲッコーパレードの『マクベス』

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 ゲッコーパレードの芝居を見るのは久しぶりだ、と蕨駅から加藤家へ向かう道を歩きながら考えていた。だが、記録を調べてみたら昨年の12月以来だから、まだ1年とは空いていないのである。
 (パレードの連中もしだいに活動範囲を広げていて、公演案内をもらっても、というケースが増えてきたのは確かだ。この秋にも山形ビエンナーレ2018に参加したり、10月には早稲田の演劇博物館での上演が決定しているとのことだ。)
 それでも久しぶりだと感じたのは、久しく音信がとだえていた(?)ヨージと連絡がとれ、彼女いわく「まだ細~くゲッコーとつながっています。『マクベス』も応援に入ります」ということなので、それなら無事を確かめながら観劇にのぞむか、というはこびになったのである。
 芝居の作り方としては、ストーリーを追っていくのではなく、原作からいくつかのシーンを抜き出し、ときに改編しながら、さらにはまったく異質のシーンを挿入しながらつなげていくという手法である。4人の出演者がシーンごとに違った役を担うから、一人の役者が全編をつうじて一人の人物を造形していくというのではない。
 科白と人物とを切り離し、ことばをことばとして立ち上がらせていこうとしているのか、とも考えた。シェークスピア劇へのひとつの迫り方だろう。人は単なる通路に過ぎない、ことばこそが先行する、ということもある。途中で観客たちに文章の一部を切れ切れにした紙片を配り、はさみと糊を使って別の文章に再編させる、というようなワークショップを行わせたりする。成功しているかどうかはともかく、実験精神としては伝わってくる。
 そうした作業も民家を会場に、客数を限定してはじめて可能なことである。シーンごとに観客は別室に、ときには2階に案内されたりするのは以前にもあった。つまり、一軒の家屋の全体を演劇空間にしてしまおう、場合によって舞台と客席の境界も取り払ってしまおう、という試みを追究し続けているようにもみえる。
 役者は4人とも達者だった。ダンカンの王子たちがイングランドへ、あるいはアイルランドへと逃避していく場面には年若い王子たちの緊迫感がよく表現されていたし、マクベス夫人のモノローグの場面では底知れない内面が描き出されていた。この場面では照明も生きていた。
 それでも(というよりも、だからこそ)見終わった後に物足りなさを感じたのは、『マクベス』という劇をどう見せたかったのかがもうひとつ伝わって来なかった、ということである。それは、私自身が『マクベス』をどう読み解いたらいいか計りかねているということも大きな要因になっている。
   ※
 マクベスは魔女の予言に翻弄されたのか? 予言はマクベスの内心の声だった、というのには、予言はあまりにも人知の及ばない未来を言い当てている。マクベスが欲したのは何か? 栄光か、権力か? 権力にとりつかれた人間が権力を守るために暴政の限りをつくす。それはマクベスが偽王だからか、王道を外れた者の定めか?
 だいたい、主人公は誰なのか? マクベスか、マクベス夫人か? それともマクベスを打ち倒したマクダフか、あるいはマクダフに支えられて新王となったマルカムなのか? 最後のマルカムが正解だとすれば、権力を簒奪した者が自己を支えきれず自壊していき、破滅という末路をたどるしかなく、正統な王位継承こそが理想である、というのがテーマとなる。時代背景や成立事情からすると、あながち間違いともいえないらしい。だが、それではあまりにも勧善懲悪すぎる。
 マクベスは小心でありながら、つい足を滑らせた愚か者であった、というのはたやすい。だが、戦乱に明け暮れる日々にあって、自分に王座が転がり込むチャンスを目前にしながら、最後のところで怖じ気づいたまま生涯を終えたとき、人は己の小心を悔いたりしないのだろうか? マクベスは確かに亡霊に脅かされる。だが、バーナムの森が城に迫り、自分が魔女に謀られたことに気づいたとき、むしろ初めて正気に返ったのごとく、雄々しく剣をとるマクベスは勇者のようである。
  ※
 終演後、役者の人たちとお話しが出来た。「いろいろな『マクベス』を演じてみようと思い、稽古しながら話あって行った。」「マクベス夫人の夢遊病は本当なのだろうか、彼女は正気だったのではないだろうか?」というようなことが聞けた。演じようとする側は演じようとする側から『マクベス』という迷路への入り口と出口を探そうとしているのだと思った。劇中で使われた短剣はボール紙製のチープさであったのに対し、最後のシーンでは本物の包丁を持ちだし魚を捌きだした。虚構とリアルとの対比を際立たせようとしたのか、とも考えたが、自信はない。もっと突っ込んだ話も聞いてみたかったが、彼・彼女たちも次の公演を控えていたし、私の方の準備も不十分だった。
  ※
 加藤家を訪れたのは先週の土曜日である。あまり時間をおいてもと思ってアップするが、まだ感想としてまとまってはいない。また何か書くことがあるかも知れない。

 ゲッコーパレード本拠地公演 戯曲の棲む家vol.8『マクベス』 ~26日(日)まで

 Web http://geckoparade.com  Mail geckoparade@gmail.com
 


 

 


by yassall | 2018-08-22 01:36 | 日誌 | Comments(0)

沖縄スパイ戦史

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 Cさんに誘われて東中野まで出かけてきた。(本当に主体性に欠ける人間だ!)6月にも『共犯者たち』に誘われたがそのときは遠慮した。せっかく誘ってくれるのに二度続けて断ってもなあ、というのもあったが、出かける気になったのはそれだけではない。
 監督は三上智恵さんと大矢英代さん。三上さんは一昨年、全教のゆいまーるに参加したときの記念講演の講師として知った。大阪毎日放送をへて、琉球朝日放送のニュースキャスターを19年務めたのち、沖縄では放映されるものの、なかなか全国放送されないことに限界を感じて独立、これまでに『標的の村』『戦場ぬ止み』等が全国上映されている。
 すばらしく勇気にあふれた人だなあ、と感心したが、そのときにも「映画を見てくれる人がいないと活動が続けられない。ぜひ見て下さい」との訴えがあった。せっかく誘いを受けながら、ここで億劫がっていては人の道に外れるというものである。
    ※
 映画は大きく三部構成になっている。主として沖縄の北部地区でゲリラ戦にたずさわった「護郷隊」は10代半ばの少年で編成されていた。波照間島の住民は軍の命令により西表島に強制移住させられ、マラリアにかかって500人近くが死亡した。住民が住民を監視する疑心暗鬼の状態になった集落では虐殺が起きていた。
 最初の「護郷隊」の編成、二番目の住民の強制移住には沖縄に送り込まれた陸軍中野学校の出身者が大きくかかわっていたのだという。沖縄戦では南部での激戦が伝えられているが、北部で展開されたのはゲリラ戦だった。非戦闘員を装って(一少年として)米軍に近寄り、燃料や食料を火にかけたり、夜間に乗じて戦車を爆破したり、中には少年スナイパーとしてその存在を知られた隊員もいたらしい。戦後、精神を病んで長く「戦争幽霊」として苦しんだ生き残りの人へのインタビューが痛々しかった。
 波照間島に派遣された中野学校出身者は山下虎雄と名乗ったとのことで石碑にも「許すが忘れない」と名が刻まれている。山下虎雄は偽名で、戦後の消息も判明している。名古屋で実業家として成功していたとのことだ。「護郷隊」の編成・指揮にあたった二名が戦後も遺族たちを尋ねたりと、多少とも良心の片鱗を感じさせるのに対して、残された電話インタビューの音声記録からは反省や謝罪のことばはない。
 強制移住は軍隊が不在の島嶼が米軍に占領されたとき、住民の口から軍の機密が漏洩することを恐れたからである。つまり、軍にとっては住民は守るべき対象ではなく、監視や統制の対象と考えれていたのである。
 日本側の映像記録は少ないので米軍が残したフィルムが多用されている。かなり残酷な映像も使用されているが、私がもっとも強く心をえぐられる思いをしたのは第三部にあたる「スパイ」として特定された住民(少年兵も含まれる)の虐殺であった。
 崩壊直前のナチスドイツで親衛隊によるボルシェビキ狩りがあったという。周囲にいる住民が「敵」に見えてしまうというのも、戦争が生み出す狂気なのであろう。それと似たようなことは世界中であったのではないだろうか。
 日本でも戦争前の段階で国民に対する防諜の呼びかけがあったという。軍事機密法がもたらすものは国民同士の相互監視体制であり、疑心暗鬼による分断であり、密告社会である。
 悲劇は誰が誰を密告し、誰が誰を殺害したかという記憶が戦争が終結した後にも住民の中に残ることである。
 
 戦時中、住民が軍事的組織の中で大事な役割を果たしていることもあった。長年、沖縄戦を取材してきた三上監督は、以前からその事実にたどり着いていたが、発信はせずにいた。虐殺に関わった当事者の住民が、存命だったからだ。当事者が亡くなりつつあり、証言者が生きている今、報道に踏み切った。

「村のためだと言いながら、軍とつながったほうが結果的に有利になる側面もあるし、自己保身にもなる。でも軍に協力する中で、悪気がなかった言動が、後になってみれば村や仲間を売った形になり、悲劇を一生背負うはめになった人もいます。戦争中の極限状況にあった人の罪を私たちが今指摘するのはおかしいと思う半面、そこから学ぶこともしないなら、犠牲になった人が報われないとも思う。いつもそのせめぎ合いなんです」

 沖縄では民間人が戦闘に巻き込まれている。被害者である一方、知らない間に加害者になり、人を殺していた現実もあった。それが一番怖いことだと三上監督は言う。
 
 とは、この映画について取材したAERA編集部・小野ヒデコ氏の文章である。

 「戦争を知らない世代が増えてくると戦争が間近になる」というような声がよく聞こえる。だが、いずれ戦争体験者のすべてがこの世を去る時代がやって来るのだから、人々が「戦争を知ろうとしなければ戦争はいつでもそばに近づいてくる」と言い換えなければならないだろう。
 戦争を知ること、それも正しく知ろうとすることが大切な時代なのだと思う。うっかりするとフェイク(「東条英機は実は平和主義者だった」「太平洋戦争は本当はアメリカがしかけた」とか)が平気でまかり通ってしまうのだから。辛い映画だったが見るべき映画だと思った。
   ※
 NHKは政権批判には弱いが特集番組ではまだまだがんばっていると思う。今年のこれまでの番組では戦災孤児を扱った『駅の子』とBS『映像の世紀』「難民」が力作だと思った。

ポレポレ東中野  ~17(金) 10:20/13:00/18:30   8/18(土)~9/7(金) 10:10
               ※9/8以降未定(上映は継続します)
シネマハウス大塚 8/20(月)~22(水)、26(日)~31(金)


by yassall | 2018-08-15 16:06 | 日誌 | Comments(0)

木村草太氏講演会 憲法という希望

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 7月1日に開かれた埼玉県高校・障害児学校教職員九条の会の総会で地域でのとりくみを報告してくれたHさんから、「今度、川越でこんな集会を開くんだけど」と整理券をいただいた。TVでもおなじみの木村草太氏の講演会、主催は「九条の会」かわごえ連絡会とある。
 以前、川越では九条の会の運動はどうなっているの?と川越法律事務所のWさんに尋ねたところ、あちこちに一杯できているが連絡が十分でなく統一がとれていない、という話を聞いたことがある。かわごえ連絡会は、川越「九条の会」、高階「九条の会」、盲学校「九条の会」、川越西「九条の会」によって構成され、2010年から合同のとりくみがはじまった。今回は9回目になるということだ。
 会場はウェスタ川越、西口再開発の一環としてつくられた。私が川越を離れてからずいぶんの時をへて建造されたから、外観には接しているものの内部には入ったことがなかった。そんなこともあり、あれこれ期待しながら出かけることにした。
 集会は2部構成で、第1部は藤枝貴子さんによるアルパの演奏。アルパはスペイン語でハープのことで、別名ではラテンハープと呼ばれたりするとのこと。藤枝さんは第2回全日本アルパコンクールで3位入賞したのを機にパラグアイに留学し、帰国後はCDを制作したり、全国各地で公演活動を行っている。20分という短い時間だったが、ときに軽快に、ときに情感にあふれた演奏が披露された。
 続いて木村草太氏の講演会である。冒頭、「護憲派、改憲派ということでなく、一人の憲法学者としてお話しをしたい」という断りがあった。考えようによってはたいへん重要な観点であると思った。憲法を守ろうとすれば、護憲か、改憲か、立場を鮮明にしている人々ではない人たち、あるいはその間で揺れている人たちとも話をしていかなければならない。そのとき、そもそも憲法とは何か、人権とは何か、国際法との関係は何か、というような原則をきちんと踏まえておくことは大切だ。
 話されたことはそのようなことだったと思う。近代国家は権力の一極集中(主権国家)によって統治システムを完成させたが、そのことで①戦争、②人権侵害、③独裁の危険を生んだ。憲法はそのような危険を回避するための○○してはなりませんという「張り紙」なのである。「大日本帝国憲法」(1898)も本来は立憲主義のもとに制定されたはずであるが、「法の制限」を認めたために「法律」を作り出す政府の権限が強くなりすぎた。現在の「日本国憲法」(1947)はその弊害を克服するものとして作り替えられた。
 憲法上の権利のうちで「表現の自由」が優越的地位をしめること、その理由と意義、差別されない権利は平等権とイコールではない、それは19世紀末アメリカの「人種分離法」の問題点を解明することから明らかになる、というような話題はどれも興味深いものであった。
 講演の後半は「教育無償化と憲法」と「自衛隊と憲法9条」に焦点がしぼられた。教育の無償化問題についても懇切な説明があったが、日本政府は「無償教育の漸進的な導入」をうたった「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(社会権規約)第13条2(b)及び(c)の規定に係わる留保の撤回」を国連に通告(H24.9、外務省)しており、野田政権時に国際社会に公約したことを5年間放置してきたというのが安倍政権の現状だ、という指摘があったことだけ記しておきたい。
 憲法9条に関連しては、「国連憲章」2条4項に定められているのは「武力不行使」の原則であり日本国憲法9条と共通していること、ただし国連憲章では侵略を行った国があった場合にそなえて42条「集団安全保障」、第51条「個別的自衛権、集団的自衛権」が定められているが、日本国憲法には規定がない。そこで、「9条の禁止範囲はどこまでか」が第一論点となるが、「あらゆる武力行使の禁止」が政府見解であり、通説である。
 つぎに、「9条の例外を認める根拠はあるか」が第二論点となる。これには例外規定は存在しないとする個別的自衛権・自衛隊違憲説と、憲法13条を根拠とする個別的自衛権・自衛隊合憲説がある。憲法13条は「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めており、その趣旨からして「自国の安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」を禁じているとは「到底解されない」とするのである(「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」2014.7.1)。つまり、国内防衛作用については「行政」の範囲に含まれるとするわけだが、他国防衛について例外を許容した条文は存在せず、集団的自衛権・国連軍参加は憲法違反となるのである。
 こうしてみると、9条への自衛隊明記改憲については、個別的自衛権+集団的自衛権限定容認を内容とした2015年安保法制を国民投票にかけることになること、従来型の専守防衛にとどめた場合には安保法制の違憲が明確になるなど、重大な矛盾をかかえたものとなる。
    ※
 と、内容の紹介が長くなった。TVのニュース番組に出演しているときなどは見解を求められても短時間の中であり、鋭くも無駄のないコメントが出来る人だな、という印象だったが、この日の語り口はユーモアにあふれ、終始聴衆の笑いを誘いながらの講演会となった。
 最後のところで次の予定があり、参加者数を聞き損なったが、あとから尋ねたところ550部用意したレジメが足りなくなってしまったとのことだった。会場にいても盛況は実感していたが、開催にたずさわった人々の労を多としたい。
 《一言》チラシには「木村草太氏講演会を応援します。」に各団体の他、個人名が多数記載されていた。ずいぶん懐かしい名前も多かった。


by yassall | 2018-07-10 18:09 | 日誌 | Comments(0)

0707反原発☆国会前行動

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 毎週金曜日に開かれている反原発国会前行動。月に一度は参加しようと心に決めながら、つい滞ってしまいがちだ。今回は7月7日の七夕にちなみ(か、どうかは知らないが)金曜日行動を変更して土曜日に開くという。
 このところ、原子力規制委員会が東海第二原発の新基準「適合」を発表したり、名古屋高裁金沢支部が大飯原発の差し止めを取り消したりと、いよいよ「底」が抜けたとしか思えないような加速ぶりで再稼働がすすめらようとしている。背景にあるのは新エネルギー基本計画である。あいかわらず原発をベースロード電源と位置づけており、そのためには40年を経過した老朽原発を稼働させたり、新増設をすすめなければならないのである。
 やはり黙っていてはいけない、自分一人が国会前に立とうが立つまいが、そのことで状況が変化するわけではないのは分かりきったこと、それでもじっとしていてはいけない気がしたのである。金曜日より土曜日の方が私には参加しやすい。そのことにも背中を押された。
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 野党共闘の面々である。その他、「脱原発をめざす首長会議」の三上元さん、香山リカさん、古賀重明さん、中沢啓さんらがスピーチに立った。参加者は主催者発表で1200名と決して多くはなかったが、登壇者のスピーチはどなたも力強かった。
 原発は温排水で海水を温めているのであり、原発は「地球温暖化に有効」は、原発は安全」「原発は安い」とならぶ三つ目の大嘘である、脱原発を決めたドイツはフランスから電力を輸入しているというのも嘘で実はドイツは輸出国、少し学べば政府の宣伝がまったくのまやかしであることが分かる(三上)、プルトニウムの蓄積は47トンに及び、米朝会談の障害となることからアメリカからさえ減らすように要請されており、新エネルギー基本計画にも明記せざるを得なくなった、世界的には再生可能エネルギーの時代を迎え、価格も下がっている、日本が政府の保証をつけてでも原発を輸出しようとしてもなかなか進まないのは、安全性もさることながら電気料金が高額になってしまうからだ(古賀)等々のお話しがあった。やはり、足を運べば力がわいてくると思った。
 東海第二原発が新基準に「適合」したといっても、再稼働までにはまだまだいくつものハードルがある。半径30km以内には96万人が暮らしているが、その人たちの避難計画など立てられるはずもなく(古賀)、6市町村の同意が得られる見通しは立たない。国民が「嫌なものは嫌!」と言い続ければ、元のように原発を推進することはそうたやすいことではない。

《つい一言》
 オウム死刑囚執行(6日)の前夜、自民党の国会議員ら30人近くが衆院赤坂議員宿舎内の会議室でパーティを開き、安倍首相、上川法相らが飲食に興じていたことに批判が集まっている。片山さつきはTwitterに「安倍総理初のご参加で大変な盛り上がり!」などと投稿し、ネットの世界でも「人としてどうなの?」と非難のコメントが寄せられているとのことである。
 あたかも豪雨到来の真っ最中で重大な被害が予想される中でもあった。集合写真には岸田の顔もみえるから、安倍三選に向けての下地作りのつもりだったのだろうが、優先順位を間違っていませんかという批判が高まるのは当然だ(政府が災害対策本部を立ち上げたのは8日午前)。それにつけても、死者69人、行方不明65人というニュースを聞くにつけ、第2次安倍内閣発足当時の「国土強靱化計画」という公約は何だったのか、多少なりとも期待した国民に対してどう説明するのかと問いたい。


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by yassall | 2018-07-08 17:44 | 日誌 | Comments(0)

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by yassall | 2018-07-03 00:47 | 日誌 | Comments(0)