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カテゴリ:日誌( 173 )

今年も5.3憲法集会へ

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 集会名はフルネームで「平和といのちと人権を!許すな!安倍改憲発議 5.3憲法集会」、会場は東京臨海広域防災公園である。メイン集会は13:00に始まり、高田健さんの主催者あいさつの後、メインスピーカーのトップに立ったのは湯川れい子さんである。湯川さんは自分が戦争体験者であると語り、残りの人生は9条を守ることにかけると発言した。今日の集会にも遠方での予定を切り上げて参加したそうだ。お話しの終わりに、写真を一枚撮らせてくれ、Twitterに投稿するからという。今日、アップされていた。
 立憲野党からのあいさつには枝野幸男氏、玉木雄一郎氏、又市征治氏、伊波洋一氏ら各党とも党首が参加していた。夏の参院選に向けて野党共闘に本気になってもらいたいし、衆参同時選挙も取りざたされている中、候補者を譲り合うだけの一本化ではなく、選挙協力の態勢づくりを強力にすすめて欲しい。国民の選択に耐えるためにも政策協議を急ぐことも必要だと思う。社会保障を立て直す国民会議、玉城デニー沖縄県事からはメッセージが寄せられた。
 市民連合の訴え・リレートークでは朝鮮高校無償化を訴えた東京朝鮮中高級学校の合唱団が歌ったアリランと赤とんぼの並行コーラス、貧困格差とくに女性労働者の実態を訴えた本田由紀さん、外国人労働者の実態について問題提起した移住者と連帯する全国ネットワークの鳥井一平さんの発言が印象強かった。福島原発告訴団の武藤類子さんの報告と訴えも、改元や来年の東京オリンピックとともにリセットされてしまうことを許さないためにも重要だと思った。
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 時間軸が前後するが、小室等が獄友イノセンスバンドとしてオープニングコンサートに出演するという情報は総がかり実行委員会のHPで知った。小室等が若かりしころ、ピート・シガーがとある公民権運動の集会に現れると聞いてアメリカまで会いに行ったと、その時の写真付きで紹介したTV番組があった。そのとき、小室等に対して昔からいだいていた印象が変わった、ということがあった。これまでこういった集会に顔を出したという記憶がなかったので、ぜひ見たいものだと思った。会場への到着が12:00を過ぎてしまったので無理かなとあきらめかけていたら、ちょうどスピーチと演奏の合間だった。これまでとは違った一面が見られたように思えてうれしかった。バンドのメンバーのうち、こむろゆいは小室等の娘、谷川賢作は谷川俊太郎の息子だそうだ。他に河野俊二が加わっている。当日はつじきつよし、内田勘太郞も参加していた。
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 今年も渓流9条の会が仲間を引き連れて参加していた。
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 参加者は6万5000人と発表された。


 
 

by yassall | 2019-05-04 14:26 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

新座市栄・池田九条の会 安倍政権のもと、ここまで変わる自衛隊

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 4月21日、新座市「栄・池田九条の会 講演と春の風コンサート」が福祉の里で開催された。私としては渡辺治氏が講演した昨年に引き続いて2回目の参加だが、会そのものは結成13周年を迎えるという。この日はあたかも統一地方選後半戦の投開票日。それもあってか、盛況だった昨年に比し、確かに参加者は少なかった。だが、内容は実に濃いものであったと思う。
 講師は大内要三氏、1947年千葉県生まれで元朝日新聞社出版本部編集委員、現在日本ジャーナリスト会議会員という立場から各地で精力的に講演活動に取り組まれている。この日の演題は「安倍政権のもと、ここまで変わる自衛隊」である。丹念な取材と分析に裏打ちされた講演は、すでに「ここまで変わった自衛隊」というべき内容であり、少しずつ、しかし着々と、「匍匐前進のごとく」準備をすすめながら、突然に「戦争する自衛隊」として国民の前に現れようとしている実態を鮮明にするものだった。
 最初にDVD『変貌する自衛隊』(NNNドキュメント'19 3月27日放送)が上映され、大内氏が解説を加えていくという進行であった。冒頭、種子島で実施された米海兵隊11名を加えた水陸機動団による上陸作戦訓練の様子が紹介される。 
 大内氏が指摘したことは3つある。①上陸作戦の日米共同訓練は2014年から実施されている。これまではカリフォルニアで行われていた。種子島という島嶼ではあるが、武装した自衛隊が米軍と一体となって国民の前に姿を現したことになる。②上陸作戦訓練は日本の島(例えば尖閣列島)が占領されたとき、これを奪還する場合を想定しているとされている。だが、戦略的に基地を置くこともできない尖閣列島が占領される可能性は低い。とすれば上陸作戦訓練が別の目的を想定してなされている可能性の方が大きい。(この指摘には正直はっとさせられた。何と自分が洞察力に欠けているかを痛感させられた。)③以前、上陸作戦訓練にたずさわっていたのは佐世保の西部普通科連隊で、規模も小さかった。だが、これまで各地に分散しておかれていた部隊は水陸機動団を含む陸上総隊に一本化され、迅速な指揮命令と出動が可能な体制に改変された。ちなみに陸上総隊の司令部は朝霞駐屯地に置かれているという。これまで一本化されてこなかったのはクーデターの主体となる危険性を除去するためであったが、それを差し置いても機動性の方を重視するにいたったということだ。
 日本の安全保障政策の基本は、①国家安全保障戦略(10年計画)、②防衛計画の大綱(10年計画)、③中期防衛計画(5年計画)の3段階で成り立っている。「防衛計画の大綱」は10年計画で策定されているにもかかわらず、安倍内閣は民主党政権による2010年の「大綱」(22大綱)を嫌い、2013年に新しい「大綱」(25大綱)を作った。しかし、早くもその賞味期限が過ぎてしまったということなのか、安倍内閣は昨年12月18日に新しい「大綱」と「中期防」を策定した。今、いかに加速度的に軍拡が進められているかの証左である。
 その「大綱」には次のように書かれているという。「冷戦期に懸念されていたような主要国間の大規模武力紛争の蓋然性は引き続き低い。…着上陸侵攻のような侵略事態への備えについては、最小限の専門的知見や技能の維持・警鐘に必要な範囲に限り保持」する。つまり「敵が攻めてくることへの備え」は最小限にしようとしつつあるのであり、現に戦車の保有数は減少しているのだという。「専守防衛」の定義は大きく変わり、「敵が攻めてきたら守る」から「敵地攻撃能力を持つことで抑止力とする」へ、といわれれば「抑止力」とはまだ潜在的な段階に止まっているようにも受けとめられるが、すでに米軍と一体となって航空自衛隊は東シナ海で、海上自衛隊は南シナ海で仮想敵国とする中国・朝鮮を威嚇するにいたっている。
 護衛艦「いずも」の空母化と米軍との「共同巡回訓練」、戦闘機の敵基地攻撃能力(スタンド・オフ防衛能力)付与、「統合ミサイル防空能力」、優先事項は宇宙(衛星)・サイバー(コンピュータ)・電磁波(レーダー)領域というのは2015年の「日米防衛協力指針(第3次ガイドライン)」からと聞けば、すすんでいく方向は「自衛」隊ではなく米軍とともに戦える「外征軍」化であることは明かである。
 断片的にはさまざまに伝えられてきたニュースや、ときおりは垣間見られてきたものが、ひとつにまとまっていくような思いにとらわれた。戦争は忍び足でやって来る。そしてあるとき、突然その本体を現す。まず知ること、考えることの大切さ、9条を守るための運動の大切さをあらためて思った。
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 大内要三氏の最新刊、2019年2月25日発行。九条の会の連絡先はTEL03-3221-5075、FAX03-3221-5076。
    ※
 書くタイミングを逸したが第1部として開催された「春の風コンサート」もなかなか素敵だった。エスペランサは1991年に結成された南米アンデスの民族楽器を演奏するグループ。遠い異国の音楽に魅せられ、音楽を楽しみながら、音楽を介して、人間と人間が結ばれていこうとするとりくみに思えた。

by yassall | 2019-04-27 00:37 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

生活に書を!作品展in川越

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 横山延子さんは志木高時代の同僚で書道の先生である。昨年4月、同じく志木高校で美術を担当していた木藤恭子さんから「それぞれの紙Ⅱ」展の案内をいただいた。会場の小江戸蔵里ギャラリーに横山さんもいらしていて、2年ほど早く退職し、請われて書道教室を開いていたり、個展を開いたりしているとの近況をうかがった。ずっと年賀状のやりとりはしていたのだが、そのときの縁で作品展の通知をいただいたのだ。
 学生時代、中学校の国語の免許を取るために書道演習に出たくらいで、滅多に筆など手にしたこともない。元来、左利きであるので書道とは縁遠い人生を送って来たのである。ただそれだけに、多少のたしなみがあれば少しは文人らしい雰囲気を醸しだせたのではないか、という憧れのようなものはあったし、墨の匂いとは心地よいものだなあと感じ入ることもあったのである。
 展覧会は30人ほどのお弟子さんたちによるもので、今回で4回目となるのだそうである。昔、書道をやったことがあるのでもう一度始めてみたい、定年を迎えたらぜひ挑戦してみたいと思い続けてきた、など動機はそれぞれらしい。臨書あり、創作あり、書体もさまざまで、たぶん横山さんのポリシーもあるのだろうが、まずは書道を楽しんでいる様子が展覧会全体にうかがえたし、墨痕淋漓というのか、私のようなものにも日ごろの鍛錬や生来の才がそれと知れるような力作も多かった。
 さて、写真はピンク色の掛け軸から左にみて額装された3点が横山さんの賛助出品。筆が生きていて流石としかいいようもないが、さらにその左のねずみ色の軸と額装の2点は志木高で数学の非常勤講師をなさっていたEさんの作品である。書道歴は長いらしく、こちらも気品ただようというのか、それでいて勢いというのか、力強さにあふれた御作だった。
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 会場となった川越市西文化会館は私の川工時代に竣工した。さっそく亀井文夫の映画会を開催したりなど、けっこう活用させてもらったはずなのだが、当時は車でしか行ったことがなかった。霞ヶ関駅から歩いたのも初めてだったし、20数年の間に周囲の道路の整備なども進んだらしく、記憶とぴたりと合致したという感覚を得られなかった。ホールでは川越市民文化祭青少年演劇祭が催されている様子だった。少々交通の便は悪いが市民に使い勝手よく利用されているなら何よりである。このあと、川越駅にもどり、夜からは川工時代の同僚たちと年一度の集まりである。今年は16人が集まった。


by yassall | 2019-02-25 01:44 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

日本カメラ博物館

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 14日、天気も良かったし、3連休を家に閉じこもっているのもなあと、散歩がてら日本カメラ博物館に出かけて来た。前から一度行ってみたいと思っていながら、なかなか腰があがらなかったのだ。思い立ってみると意外にも交通の便はよい。有楽町線で永田町乗り換え、半蔵門線で半蔵門まで一駅。徒歩1分というのはウソではなかった。
 日本カメラ博物館は財団法人日本カメラ財団(JCII、Japan Camera Industry Institute)によって運営されている。敷地はマンションの一室という程度でけっして広くはない。カメラ史をたどれるよう散逸をふせぐために保存に重点があったのではないか。収蔵品のごく一部を展示して愛好家の鑑賞に供するということのようだ。寄贈品も多く、ライカのコレクションなどは壮観だった。
 企画展も催されており、今期は「フィルムカメラ展」で、カメラだけでなく、フィルムの歴史もたどれるようになっている。35mmフィルムは135フィルムとも呼ばれる。理由を知らないで来たが、1934年にイーストマンコダックが35mmフィルムをマガジン(パトローネ)に入れて販売したことが始まりだと知った。ベス単ということばは聞いたことはあったが、こちらも正しい意味を初めて知った。ベストはbestではなく服のvestであり、1912年にコダックが発売したVPK(VEST POCKET KODAK)に始まるのである。ベストのポケットに入ってしまうほど携帯に優れたカメラ(そのため、折りたためるように蛇腹が使われた)でたちまち大人気となり、類似品も数多く制作されたらしい。そのレンズに使われた単玉をベス単と愛称したということなのだ。
 携帯に便利といっても使用されたフィルムは127フィルムであり、中判カメラで使われた120フィルムに近い。ただ、展示されていたカメラを見ると、単玉のせいもあって確かにコンパクトである。カメラの進歩と普及にいかにコダックが大きな役割を果たしたかを実感した。
 (創成期にあっては日本では小西六の存在が大きい。前にも書いたが、コニカとミノルタがカメラ製造から撤退してしまったのは本当に残念だ。)

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 内部は撮影禁止だったのでガラス越しに外から。この日はGM5にSIGMAの19mmを付けて持ち歩いたが、これはという被写体とは出会えなかった。まあ、今まで知らずにいたのは恥ずかしかったが、135フィルムとベス単の由来を知ることが出来たのでよしとする。
  ※
 15日、今日は一転して曇天。若いころは冬枯れたこの時期も嫌いではなかっただが、カメラを持って出かけようという気にはならなかった。

by yassall | 2019-01-15 19:09 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

9条こわすな!戦争させない11.26オール埼玉総行動

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 11月26日、オール埼玉1万人総行動が大宮駅西口で開かれた。小出重義実行委員長の主催者あいさつの後、山口二郎法政大学教授(安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合)がゲストスピーチした他、立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党の代表、連合埼玉、埼労連の代表がスピーチした。連合、全労連が結束し、5野党がともにスピーチに立つことが常態となっているところがオール埼玉の強みだと思う。
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 スピーチに立った国会議員からは明日にも入管法改定案が強行採決されそうだ、との報告があった。水道民営化法案も危急の事態を迎えている。入管法改定案の審議でも問題になった「技能実習制度」などは現代の奴隷制だと思うし、民営化の「民」とは大企業、それも水道民営化で参入してくるのは海外資本であることが予想されているのだから、「カジノ法」とならんで、日本を外国資本に売り渡そうとする行為であるとしか思われない。(老朽化した施設・設備の更新が自治体の財政を圧迫しているというが、そもそも何のために税金を徴収しているのか、企業まかせにして大規模災害などが発生したときにはどうするのか。)
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 参加者は主催者発表で8000人と発表された。
 

by yassall | 2018-11-28 15:27 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』出版記念講演会

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 『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店が出版された。11月22日、著者の金孝淳(キム・ヒョスン)氏による出版記念講演会が開催された。同講演会は大阪でも開催される予定で、金孝淳氏はそのために招かれ、来日したようだ。会場は、監訳者である石坂浩一氏が准教授をつとめる立教大学である。
 案内を届けてくれたのは元金元重救援会のMさんである。高校の1年後輩である金元重(キム・ウォンジュン)が1974年に母国ソウル大学に留学し、翌年「11.22学園浸透スパイ団事件」の被告として逮捕・拘禁されたこと、Mさんらが中心となって同窓生の会が結成され救援活動がはじまったことなどは、今年1月の映画『自白』の上映会の報告でもふれた。また、韓国では「真実・和解のための過去事(過去史)整理委員会」が設置され、金元重も2011年に再審請求を決意し、翌年2012年に無罪を勝ち取ったことも紹介した。
 本書は2015年韓国で出版された。その経緯は「在日同胞政治犯再審弁護団」団長として再審請求にたずさわった李錫兌(イ・ソンテク)氏が、一連の再審裁判の記録と、在日韓国人スパイ捏造事件の時代的背景、日本における救援運動などを整理、記述して残す必要を痛感し、金孝淳氏に委託したことによるという。
 金孝淳氏は1988年の『ハンギョレ新聞』創刊に参加し、東京特派員などを経て、編集人(主筆)を長く務めた人、また李錫兌氏はセウォル号惨事特別調査委員会委員長も務めたという人物である。ともに韓国の民主化運動を担ってきた人びとということが出来るのだろう。
 金元重の救援活動にたずさわっていた当時から、もちろん事件がまったく前後の脈絡もなく起きたことではなく、もっと大きな背景を持つものであることは認識していた。「11.22」に先立つ1971年には徐勝・俊植兄弟事件が日本でも大きく報道されていた。
 本書は12章からなり、1950年代の進歩党事件にはじまる韓国現代史における「北朝鮮のスパイ」捏造の歴史、在日韓国民主統一連合(韓民統)に代表される韓国の民主化運動に呼応した在日の人びとの運動、李承晩政権が倒れたのちの朴正煕政権以降の日韓関係史にも視野を広げ、当時の私にはあいまいな知識でしかなかった事柄もきちんと整理されている。参考文献や人名索引も充実し、一目見てたいへんな労作であることが知れる。
 私たちが関わった金元重については「思想まで罪に問われた在日青年」の1章が充てられている。「スパイ」捏造のための「思想犯」の典型であるのだろう。真っ先に読んでみると、公判記録を日本語訳しては知ったことなど、当時の記憶が甦ってきたが、彼が帰日してからも私たちに語ることのなかった実態や心中が書かれていて、あらためて彼が直面した苦難と、その苦難を乗り越えた彼の勇気に敬服する思いだった。
  ※
 この章は金元重本人へのインタビューにもとづいて書かれたのだろう。「母国を尋ねて人生が台無しになったと考えるかとの問いに対してこんな答えが返ってきたという。(Mさんの最初のメールでも紹介されていた。)



  留学に行くと決心したとき、かなり危険であるということを認識していた。軽く考えすぎた点もあったが、途方もない運命を背負うことになったわけではない。母国にいる同世代の若者が、時代の痛みを背負い耐えていた現実のなかで、私が無駄な歳月をすごしたとか、母国に行って人生を台無しにしたなどとは考えていない。だからといって自慢するほとのことは何もないが、母国留学に行ったのを後悔したことはない。



 そして、私たちに何が出来たのだろう、という思いは消えないが、日本の救援会活動が「長い収監生活のあいだ、彼の大きな支えになった」という記述があるのは救いのように感じた。
  ※
 最初、本書は「在日韓国人問題に対する社会的関心を高めるため」として韓国国内の人びとに向けて出版された。だが、「でっち上げを支えた日韓右翼の暗躍」の章もある通り、日本と無関係であったわけではない。今回、日本語訳が出版されたことの意義は決して小さくない。
 表には出なかったが、金元重はインタビューに応じただけではなく、本書の日本での出版にも尽力したとのことだ。彼と彼の同胞たちの歩みは今も続いている。私の場合、彼が帰日を果たすまでの一時ではあったが、その歩みの一端にふれる機会があったことは、私自身の人生にもなにがしかの意味を与えてくれたのだと今は思っている。
 
 金孝淳『祖国が棄てた人びと 在日韓国人留学生スパイ事件記録』明石書店(2018.11.15)

 ※大坂での講演会も無事に終了したというメールが金元重氏から届いた。本書の書店での販売は27日からになりそうだが、すでにamazonなどで予約が700部くらいに達していて、明石書店もびっくりしているとの報があった。運動に関わった人以外でも、ぜひ多くの人に読まれて欲しいと願っている。それだけの本だと思っている。


by yassall | 2018-11-26 16:31 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

11.3 止めよう!改憲発議-この憲法で未来をつくる国会前大行動

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 11月3日、国会前行動に参加してきました。遅ればせながらの報告です。詳しくは「埼玉県高校・障害児学校教職員九条の会」のブログで。参加者は主催者発表で18000人。まだまだ力を発揮しないといけないと思いました。

https://blog.goo.ne.jp/9jousks
by yassall | 2018-11-05 16:59 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

美貴ヲの劇『セックス ドラッグ 花嫁修業』


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 8日、みかわやこと葉山美侑から出演情報があり、新宿・眼科画廊まで出かけてきた。
 かなりセンセーショナルな題名だが、事前の案内メールによれば「タイトルのインパクトが強いですが、前回の公演ほど際どい演出はありません」とのことであった。前回というのは5月の『陳弁ピクトグラム』のことを指しているのだろう。であるなら何の心配もいらない。
 実際、「これはセックスというよりジェンダーの世界だな」というのが、見終わってからの感想である。チラシには「少し歪んだメガネ越しに眺めた、なんとなく生きづらい人たちのおとぎ話」というようなリードがあり、劇団の紹介には「女系家族で女子校育ちの美貴ヲがセルフプロデュースする演劇ユニット」とある。(netで検索してみると、2014年より始動とあった。)
 そうなると男性であることから1mmも外れない身としては、うかつに「共感した」とか「理解できた」とかは口に出来ない。先年亡くなった雨宮まみの『女子をこじらせて』あたりを手がかりに、おそるおそる解剖していくしかない。
 構成は小話を重ねていくオムニバスになっていて、毎日が同じように繰り返される日常の中で次第に自己をすり減らしていくOLや、「30歳までに結婚しないと動物にさせられてしまう」ため、収容所の中で期限付きの婚活を強いられる女性たちが、あるいは狂気にさらされ、あるいは脱走を企て、自己を突き放してみたり、抱え込んでは悶え苦しんだりする。各小話は必ずしも関連づけられているわけではないが、どこまでが遠い(それゆえに歪んでしまった)記憶であるのか、妄想(入口も出口も閉ざされてしまった)であるのかも分明しがたい姉妹をめぐるエピソードなどには、それこそ底なしのところがあって慄然とさせられたし、6話の中では一番オリジナリティを感じた。
 件の「生産性」発言もさっそく取り入れられているが、表面的な社会批評に終わらず、深いところで傷つきつつ、笑い飛ばしてしまうしたたかさを感じたりもした。
 自己言及性というのか、再帰性というのか、作り出した物語をあとに続く物語が飲み込んでいってしまう作りになっていて、アンダーグランドの本領発揮というところだ。それでも、どこかに系統が存在するはずだと思うのだが、一度見たきりでは入口すら見つからない。
 というわけで、あまり勘の良い観客ではなかったが、今度、脚本を見せてもらう機会があったらと思った。笑って終わって、でもいいのかも知れないが、隠された表現の切実さは伝わったような気がするのである。
 さて、みかわやは新たなステージを模索中なのだなと思った。これからどこへ向かっていくのだろうと、会って話でもしたいものだと思った。
 と、そのみかわやと同学年だったナベナベと会場で一緒になった。昨年、第一子を出産。子育ての真っ最中だが、今日は子どもは旦那に任せ、これからエビラーメンを食べて帰るつもりだという。エビラーメンという名前につられて、というのはもちろん冗談で、久しぶりに話でもしようとついていくことにした。この日に見た劇に影響されたのか、せっかくの育児の小休止に私が割り込んでよかったのか、後から少し反省した。


by yassall | 2018-09-10 17:54 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

「縄文 一万年の美の鼓動」展

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 21日は縄文展を見に上野の国立博物館まで出かけてきた。戻り梅雨ならぬ戻り猛暑の中、自宅で甲子園野球の決勝戦を観戦するという手もあったのだが、うかうかしていると9月2日までの開催期間が終わってしまうと炎天下の街へ出た。
 国宝6点が一挙に公開されたことで評判となった。平日であったからか、入場制限がされるほどではなかったが、たいへんな人出だった。ただ、国宝として指定された6点については、その6点だけで1フロアーを割り当てるという、かなり余裕のあるレイアウトになっていたため、ストレスなく鑑賞することが出来た。
 縄文1万年は前期・中期・後期によって作風が変化していく。いわゆる火焔型土器あるいは王冠型土器は中期になって作られるようになったらしい。確かに独創的な造形である。ただ、縄文土器の命名の由来となった縄目文様は使われなくなっている。年代を追って出土品を鑑賞していくと、前期の縄目文様の素朴な味わいも美しいと思った。
 国宝6点の中では「縄文の女神」の抽象的ともいえそうなデザイン性、「縄文のビーナス」の髪型なのか冠り物なのか、個性的な頭部から下半身にかけてのボリューム感に独創性を感じた。歴史の蓄積の中で、あるとき、ある場所で、突出した才能が出現したことを思わせた。国宝の指定はないが、遮光器土偶でも何点かすぐれたものが展示されていて、この目で見られたことに感謝した。
 日本の古代史についての研究はすすんでいて、各集落・各地域はけっして孤立していたのではなく、交流ときには交易がなされていたということだ。ある地域でしか産出しない黒曜石が各地で出土するといったことから分かるらしい。今回の展覧会では、国宝とされた土器が長野、山形、青森、北海道といった東日本に集中していること(発掘の機会がどこでどの程度あったかによるから一概に東西を比較できないが)、ある地域で生まれた様式が他の地域に影響を与え、伝播していく痕跡がみられることなどが興味深かった。
   ※
 帰宅すると、奇しくも『東京新聞』夕刊のエッセイ「大波小波」で同展がとりあげられていた。「ビーナス」という命名の背景に西洋中心主義があるという批判は(もっともではあるが)それほど過敏になることもないのでは、と思う(現在の考古学会では批判的だそうだ)。だが、確か「美の競演」というタイトルがつけられたコーナーだったと思うが、縄文土器を中央に配置し、同時代の中国・インダス・エジプトの土器を壁沿いに並べた展示について述べている部分については、私も同じような感想を持った。
 装飾的な火焔型土器に比較して、展示された世界各地域の土器は形状に飾り気はなく、彩色が施されていたとしてもすでに色あせてしまっているのか、華やかさはない。しかし、「大波小波」子はこれをもって「日本は先史時代から『クール・ジャパン』であったといいたい」のだとしたら、それは「国家が出自の純粋さと優越性を誇示」しようとする意図とつながるという点で危ういというのである。
 火焔型土器については実用目的だったのか、あるいは何らかの宗教的な用途があったのかにつていは諸説があるという。神器とまではいわないとしても、現代においてもまったくの日用品である場合と、冠婚葬祭などの儀礼用に作られる食器には区別がある。このようなコーナーを作る場合には、何と何を比較しようとしているのか、その基準を明確にしなければならない。また、メソポタミアの出土品の解説にあったのだが、すでにロクロの使用が認められるのだという。ロクロを用いることで均質で大量の焼き物の製作が可能となったことだろう。そして、その多くは実用品であっただろう。文明的にどちらが優れているかなどという比較は成り立たない。また、世界各地域では日本より早くから金属器の製作も始まっている。装身具などの製作は土器から離れ、金属器に移っていったということも考えられる。
 だからといって、私は縄文土器あるいは縄文文化が価値的に低かったなどということを言おうとしているのではない。むしろ、1万年の長きにわたって外圧から守られ、豊かな自然にも恵まれつつ、営々と独自の文化を育んできた先人たちに思いをはせるとき、人間の営みの理想を見たくもあるのだ。
 

by yassall | 2018-08-22 16:26 | 日誌 | Trackback | Comments(2)

ゲッコーパレードの『マクベス』

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 ゲッコーパレードの芝居を見るのは久しぶりだ、と蕨駅から加藤家へ向かう道を歩きながら考えていた。だが、記録を調べてみたら昨年の12月以来だから、まだ1年とは空いていないのである。
 (パレードの連中もしだいに活動範囲を広げていて、公演案内をもらっても、というケースが増えてきたのは確かだ。この秋にも山形ビエンナーレ2018に参加したり、10月には早稲田の演劇博物館での上演が決定しているとのことだ。)
 それでも久しぶりだと感じたのは、久しく音信がとだえていた(?)ヨージと連絡がとれ、彼女いわく「まだ細~くゲッコーとつながっています。『マクベス』も応援に入ります」ということなので、それなら無事を確かめながら観劇にのぞむか、というはこびになったのである。
 芝居の作り方としては、ストーリーを追っていくのではなく、原作からいくつかのシーンを抜き出し、ときに改編しながら、さらにはまったく異質のシーンを挿入しながらつなげていくという手法である。4人の出演者がシーンごとに違った役を担うから、一人の役者が全編をつうじて一人の人物を造形していくというのではない。
 科白と人物とを切り離し、ことばをことばとして立ち上がらせていこうとしているのか、とも考えた。シェークスピア劇へのひとつの迫り方だろう。人は単なる通路に過ぎない、ことばこそが先行する、ということもある。途中で観客たちに文章の一部を切れ切れにした紙片を配り、はさみと糊を使って別の文章に再編させる、というようなワークショップを行わせたりする。成功しているかどうかはともかく、実験精神としては伝わってくる。
 そうした作業も民家を会場に、客数を限定してはじめて可能なことである。シーンごとに観客は別室に、ときには2階に案内されたりするのは以前にもあった。つまり、一軒の家屋の全体を演劇空間にしてしまおう、場合によって舞台と客席の境界も取り払ってしまおう、という試みを追究し続けているようにもみえる。
 役者は4人とも達者だった。ダンカンの王子たちがイングランドへ、あるいはアイルランドへと逃避していく場面には年若い王子たちの緊迫感がよく表現されていたし、マクベス夫人のモノローグの場面では底知れない内面が描き出されていた。この場面では照明も生きていた。
 それでも(というよりも、だからこそ)見終わった後に物足りなさを感じたのは、『マクベス』という劇をどう見せたかったのかがもうひとつ伝わって来なかった、ということである。それは、私自身が『マクベス』をどう読み解いたらいいか計りかねているということも大きな要因になっている。
   ※
 マクベスは魔女の予言に翻弄されたのか? 予言はマクベスの内心の声だった、というのには、予言はあまりにも人知の及ばない未来を言い当てている。マクベスが欲したのは何か? 栄光か、権力か? 権力にとりつかれた人間が権力を守るために暴政の限りをつくす。それはマクベスが偽王だからか、王道を外れた者の定めか?
 だいたい、主人公は誰なのか? マクベスか、マクベス夫人か? それともマクベスを打ち倒したマクダフか、あるいはマクダフに支えられて新王となったマルカムなのか? 最後のマルカムが正解だとすれば、権力を簒奪した者が自己を支えきれず自壊していき、破滅という末路をたどるしかなく、正統な王位継承こそが理想である、というのがテーマとなる。時代背景や成立事情からすると、あながち間違いともいえないらしい。だが、それではあまりにも勧善懲悪すぎる。
 マクベスは小心でありながら、つい足を滑らせた愚か者であった、というのはたやすい。だが、戦乱に明け暮れる日々にあって、自分に王座が転がり込むチャンスを目前にしながら、最後のところで怖じ気づいたまま生涯を終えたとき、人は己の小心を悔いたりしないのだろうか? マクベスは確かに亡霊に脅かされる。だが、バーナムの森が城に迫り、自分が魔女に謀られたことに気づいたとき、むしろ初めて正気に返ったのごとく、雄々しく剣をとるマクベスは勇者のようである。
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 終演後、役者の人たちとお話しが出来た。「いろいろな『マクベス』を演じてみようと思い、稽古しながら話あって行った。」「マクベス夫人の夢遊病は本当なのだろうか、彼女は正気だったのではないだろうか?」というようなことが聞けた。演じようとする側は演じようとする側から『マクベス』という迷路への入り口と出口を探そうとしているのだと思った。劇中で使われた短剣はボール紙製のチープさであったのに対し、最後のシーンでは本物の包丁を持ちだし魚を捌きだした。虚構とリアルとの対比を際立たせようとしたのか、とも考えたが、自信はない。もっと突っ込んだ話も聞いてみたかったが、彼・彼女たちも次の公演を控えていたし、私の方の準備も不十分だった。
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 加藤家を訪れたのは先週の土曜日である。あまり時間をおいてもと思ってアップするが、まだ感想としてまとまってはいない。また何か書くことがあるかも知れない。

 ゲッコーパレード本拠地公演 戯曲の棲む家vol.8『マクベス』 ~26日(日)まで

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by yassall | 2018-08-22 01:36 | 日誌 | Trackback | Comments(0)