カテゴリ:散歩( 86 )

寺山修司展

c0252688_18205538.jpg
 15日、神奈川近代文学館で開催中の寺山修司展へ出かけてきた。そろそろ開催期日も迫っているのは知っていた。天気の良い日があったら少し遠出をしたいと思っていたので、候補地としてマークしておいたのだ。
c0252688_18154956.jpg
 元町・中華街駅のひとつ前の日本大通り駅で降りたのも目的の大きな部分を散歩が占めているからだ。写真も街角スナップ程度のつもりでいたから機材はTX1一台である。
c0252688_18153582.jpg
 山下公園から港の見える丘公園までが本日のコースであるから赤レンガパーク方向は遠望するにとどめる。
c0252688_18155911.jpg
 インド水塔の天井のタイル模様。1939年、在日インド人協会から寄贈された塔というには小ぶりのこの建造物は、関東大震災で命を落とした同胞らを慰霊するものでもあるという。
c0252688_18161060.jpg
 横浜マリンタワー。
c0252688_18161988.jpg
 氷川丸も健在である。いつだったか、戦時中は海軍に徴用され病院船として使用、戦後は帰国者の引き上げ任務に従事したという歴史を紹介したテレビ番組があった。戦中・戦後史の証人として残っていって欲しい。
c0252688_18164124.jpg
 花壇の花々もよく手入れされていた。観光客も多かった。
c0252688_18165070.jpg
 花壇がああるのが中央付近、南端の階段は滝の落ちる意匠が凝らされていて、なかなか造形的である。人通りはあまりない。
c0252688_18170190.jpg
 階段を上って右折すると歩道橋が港の見える丘公園まで続いている。
c0252688_18171571.jpg
 港の見える丘公園に到着する。フランス山に登る正面の階段はせいぜい100段というところなのだが、けっこう息が切れて難渋した。以前に来たのは12、3年前だっただろうか、F5とA200の2台態勢で何でもなかったと記憶しているのだが。
c0252688_18173189.jpg
 神奈川近代文学館は霧笛橋を渡った公園の一番奥まったところに位置している。大佛太郎記念館は入口の猫の彫刻を写真に撮ったのを覚えている。近代文学館はさらにその裏手になる。
c0252688_18175506.jpg
 寺山修司についてまた新たなことを知れる、というようなことは期待していなかったが、展示はなかなかセンスがよいと思った。撮影フリーのコーナーがあって、この一枚は一度写真(たぶん自画像)を破り、後に糸で縫い合わせるというコラージュ。寺山が高校時代に創刊したという俳句誌『牧羊神』や劇団「天井桟敷」時代のポスターの実物が見られたのはよかった。
c0252688_18174613.jpg
 近代文学館の建物およびその周辺も寺山修司展モードに装われていた。
c0252688_18180488.jpg
  最後に今回気が付いたことをもう一つ。特に「天井桟敷」時代の展示を見ていて、寺山修司の周りには実に多彩な才能が集結していたのだな、と思った。その幅の広さたるや、横尾忠則から辻村ジュサブロー、コシノジュンコまでをカバーしてしまう。寺山に人を引きつけて止まない吸引力もあったのだろうし、寺山もそうした多くの才能と創作をともにすることを好んだのではないだろうか?



by yassall | 2018-11-16 19:39 | 散歩 | Comments(0)

旧芝離宮庭園

c0252688_18475163.jpg
 7月12日、三田線沿線散策ということで芝離宮庭園に出かけてきた。浜離宮には何度か行ったことがあるのだが、芝離宮の方はなかなか足が向かなかったのだ。芝公園駅からの方が近そうだったので、そちらから歩いた。15分ほどで着いたのだが正門は反対側だった。入り口はひとつだけで、JR浜松町駅改札口のすぐ隣である。なあんだ。
c0252688_18480287.jpg
 もともとは老中・大久保忠朝の邸地。典型的な池泉を中心とした回遊式庭園である。今は都立庭園となり、65歳以上になると70円で入園できる。東京都の日本庭園は多くは大名庭園であり、借景は高層ビルである。以前はそれが京都との差だと残念に思ってきたが、最近では慣れてしまった。
c0252688_19065121.jpg
 こちらは反対側の一番奥まったあたりからの全景図である。
c0252688_18483866.jpg
 西湖の堤を模した石組みはいたるところの日本庭園に見られる。古来、いかに中国文明へのあこがれが強かったかが知れる。
c0252688_18484635.jpg
 ただ、大概はミニチュア版とでもいうべきものが多いが、芝離宮の堤は実際に人が渡れる、しっかりした造りになっていた。
c0252688_18490305.jpg
 少々不思議だったのがこの4本の石柱である。北条氏に使えた武将の旧邸にあったものを小田原から運び、小田原藩(大久保家)の上屋敷であった当時に茶室の門柱として使用された、とある。何だか佗茶の世界観とは遠い気もするが本当だろうか?
c0252688_18491572.jpg
 離れたところからみるとこんな風に見える。何となくシュールである。日本にも石の文化があったということか?
c0252688_18492621.jpg
 以下、点描をいくつか。
c0252688_18494171.jpg
c0252688_18495017.jpg
 枯滝の石組み。
c0252688_18501184.jpg
 最近は造園の妙を凝らしたつくりより、このような開放的な景色の方が好きになった。
c0252688_18501955.jpg
 この方が都会のオアシス感があるではないか!
c0252688_18504208.jpg
 海水取入口跡。浜離宮もだったが、もとは汐入の池だったらしい。

c0252688_18482454.jpg
 東京モノレールが見えた。ということは羽田に向かうときにはモノレール内から芝離宮が見えるはずだということだろうか? いつか確かめてみよう。
c0252688_18510923.jpg
 梅林があったり、入り口付近には藤棚がしつらえてあったり、紫陽花が咲き残っていたりしたが、どうやら花のシーズンは過ぎてしまっていた。桔梗だけまだ見ごろのようだった。帰路は浜松町駅前を通り過ぎて増上寺に出て御成門駅まで歩いた。距離的には芝公園駅からとほぼ同じくらい。

 E-M10Ⅱ+12-50m

 ※今日は12-50mmを持ち出した。OLYMPUSのレンズの方が5軸手ぶれ補正の実力が分かると思ったのだ。レンズ側に手ぶれ補正があるとボディ側は自動的にキャンセルになってしまうらしい。OLYMPUSはこのレンズの製造と販売を中止してしまった。後発で、もっと描写力のあるレンズが発売されたからということだろう。細長いスタイルが特徴だが、確かにあまり格好良くはない。35mm換算で24mmからはじまり、防塵防滴仕様、いちおうMACROにも対応しているので使い勝手は良いのだが。


by yassall | 2018-07-14 11:01 | 散歩 | Comments(0)

板倉雷電神社

c0252688_15533585.jpg
 写真を撮りに出かけながら、そのままになっていることが多くなった。板倉雷電神社に出かけたのは6月14日。6月はめずらしく用事が立て込んで写真の整理に当てる時間がなかなか取れなかったのだ。

c0252688_15534490.jpg
 誘ってくれたのはいつも森林公園散策でご一緒するKさんである。Kさんは群馬・太田の出身。埼玉で教職に就き、結婚もしたことから埼玉住まいになったが、故郷いまだ忘れがたいものがあるものと推察する。太田からはかなり離れているのだが、ずいぶん前から板倉近辺のドライブに誘われていたのだ。
 板倉雷電神社は、主に関東地方に点在する「雷電神社」「雷電社」の事実上の総本社格にあたるとのこと。渡良瀬川と利根川との間に位置し、古くは伊奈良(いなら) の沼と呼ばれる湿地に浮かぶ小島であったこの地は、また雷の被害が多い土地で、古来から度々火災や水害に見舞われたという。(埼玉では本庄が雷被害が多いと聞いたことがある。大気が不安定になりがちだったり、雷雲が発生しやすい地形があるのだろう。)それらを鎮め、人々の暮らしを守護することを目的として建立されたのだろう。創設は推古天皇6年(598年)とある。延宝2年(1674年)、当地を治めていた館林藩の藩主であった徳川綱吉が本社社殿を再建し、後に綱吉が第5代将軍となるに及んで次第に繁栄するようになり、社殿に徳川家の三ツ葉葵の紋章を使うことを許された。(これらは話を聞いたり、後から調べて知ったことだが、翌週、母方の田舎で法事があって茨城に出かけたところ、車中から雷電神社の末社が見えた。関東一円の信仰を集めているというのは確かなのだろう。)
c0252688_15535664.jpg
 Kさんの運転はかなりアバウトである。ナビがついているのだから使えばいいのにと思うのだが、だいたいの見当はついている、俺の勘の方が頼りになるとのこと、1kmくらい先に進んでから、もう一度引き返してみよう、という具合でやっとたどりついた。ただ、関東平野の広大な田んぼと、ところどころに工業団地や民家が集中している中に、幹線道路からはかなり離れたところにあるので、見つけにくいことは確かだった。そういうわけで、社殿を間近にしたときはその構えが予想以上に立派であることに驚かされた。
c0252688_15540678.jpg
 彫刻の作者は左甚五郎から10代目の石原常八とのことだ。どれほどの人物かは知らないが、かなりの力量が見て取れる。

c0252688_15541601.jpg
 これは本殿の裏側の彫刻。描かれている逸話についての知識があればもっと理解が深まるのだろうが素養に乏しいのが残念だ。
c0252688_15543536.jpg
 さて、発端は雷電神社の本殿前に小林という川魚の料理店がある、そこでナマズの天ぷらを食おう、ということだった。ところが駐車場に車を止めてから参道を探してみたのだがなかなか見つからない。
c0252688_15552026.jpg
 これが参道。最近になって整備されたらしい。本殿前から逆に歩いていった。こちら側から見ると堂々たるものだが、反対側を見ると左側は狭い路地に抜けるようになっており、右側は斜めはるか遠くに幹線道路につながるようになっている。これでは見つからないはずだ。
c0252688_15542649.jpg
 そういうわけで、実際に昼食をとったのは小林の向かいにある林屋という店だった。駐車場からアプローチしようとすると、路地がこの店に通じていたのだ。老夫婦が経営する店で、話しかけるといろいろなことを教えてくれた。
c0252688_15553612.jpg
 次に向かったのは西丘神社である。変哲もない、どちらかといえば忘れ去られたような神社であるが、境内は赤城塚古墳である。古墳からは三角縁仏獣鏡他が出土しており、県の重要文化財に指定されているとのことである。三角縁仏獣鏡は3世紀に魏で制作され日本に伝わったとされ、仏教あるいは道教の影響を考察する上で貴重な資料であるという。Kさんは数学が専門であるのに、考古学にも関心が高く、今も講座に通うなど勉強を怠らないのである。
c0252688_15554471.jpg
 次に向かう。田中正造が最期を迎えた庭田清四郎家が近くにあるはずだという。後から渡良瀬川の支流である才川沿いにあることが分かったが、探している途中で道を大きく外れてしまい、見つけることが出来なかった。ただ、幹線道路の交差点にこのような碑が見つかった。
c0252688_15555277.jpg
 そろそろ夕暮れ時がせまってきたところで館林市内に入る。館林城趾が市役所や文化会館・総合体育館等が集中するエリアになっている。域沼が豊かな水をたたえている。
c0252688_15560057.jpg
 館林城の本丸跡。在りし日の規模が知れる。
c0252688_15560838.jpg
 館林市第二資料館が隣接している。旧上毛モスリン事務所とある。群馬らしく製糸業に関連した旧跡が残されている。
c0252688_15561706.jpg
 田山花袋(1871-1930)が7歳から14歳までを過ごしたという家も残されていた。全景も撮ったのだがなぜかピンぼけだった。ここで群馬紀行を終え、一路埼玉にもどる。森林公園は新盛で二人反省会を開いたのはいうまでもない。

 E-M10Ⅱ+LX12-60mm


by yassall | 2018-07-13 18:32 | 散歩 | Comments(4)

根津神社からプラド美術館展へ

c0252688_17002707.jpg
 日本でベラスケスが見られるという。こんな機会を逃す手はないのだが、どうしたわけかなかなか足が向かなかった。10日も最初は西洋美術館が頭にあったのに、結局弥生美術館に行ってしまった。26日になってようやく腰を上げたのも、実は根津神社行きが先で、その後に上野に回れるとの算段からだった。
 とはいえ展覧会として充実していることに異議はまったくない。これまで図版でしか見たことがなかった「狩猟服姿のフェリペ4世」「バリェーカスの少年」などを間近に見られるなどということはもうないだろうし、こうした企画展にありがちなベラスケス以外は凡庸な作品を並べ立ててお茶を濁すなどということはなく、さすがにプラド美術館の所蔵作品だと感心させられる。ときとしてベラスケスが他の作品に埋もれてしまうほどだった。
 それは、たとえば「狩猟服姿のフェリペ4世」には明らかに描き直しの跡があり、まだ筆が定まっていないことが見て取れるといったこともある。しかし、それ以上に何か痛ましいものを感じ取ってしまうからかも知れない。
 『怖い絵』の著者中野京子によれば近親婚を繰り返した「高貴なる青い血」のスペイン・ハプスブルグ家の黄金期は2代目のフェリペ2世までで、4代目に当たるフェリペ4世は「無能王」とよばれ、その凋落のもととなった。戦争をすれば負け、領地を激減させた。ただ審美眼にはすぐれ、ベラスケスを宮廷画家として登用し、重用した。今日、フェリペ4世が歴史に名を残すのはベラスケスによってだというのは皮肉なことである。
 「王太子バルタサール・カルロス騎馬像」に描かれたバルタサールはフェリペ4世の最初の王妃であるエリザベートの間に生まれた王子である。しかし、悲運にもバルタサールは16歳で早逝してしまう。その後、フェリペ4世は姪のマリアナと再婚する。「ラス・メニーナス」に描かれた王女マルガリータはマリアナとの間の子である。同じくマリアナとの間に生まれたカルロス2世がスペイン・ハプスブルグ家の最後の王となる。親ゆずりの特徴的な面長の顔の肖像画が残されているが、相当の粉飾が施されているであろうにもかかわらず、明らかに病的なものが見て取れる。
 ベラスケスが優れているのは「神の手」ともいうべき超絶技法によるというより、一瞬でその人物の内面あるいはその後の運命までもとらえる人間観察力と、のちの印象派にもつながれるとされる技法の革新によるのだというのが、この日、理解したことである。
c0252688_16591800.jpg
 さて、冒頭に書いたとおり、この日まず最初に訪れたのは根津神社である。思い立った理由は、最近RX100をM3に買い換え、試し撮りをしてみたかったからである。
c0252688_16595187.jpg
 つつじ苑から楼門を望んだところ。宝永3年の建立。江戸の神社で楼門が残っているのはここだけだそうだ。
c0252688_16592767.jpg
 つつじ祭りは5月6日までだが、今年の天候から期待できないのは分かっていた。
c0252688_16593865.jpg
 まだ痛みのない花を探してみる。遅咲きのつつじもあるらしい。
c0252688_17000541.jpg
 乙女稲荷、駒込稲荷に続く千本鳥居を見下ろしてみる。
c0252688_17001465.jpg
 根津からどうやって上野に向かうか、いろいろ検討したあげく、徒歩で行くのが一番いいという結論に達した。約30分の道のりの途中に森鴎外居住之跡があった(現在は水月ホテル鴎外莊となっている)。ここに鴎外が住んでいたのは最初の妻である登志子との結婚時代のことだ。登志子とは1年半で離婚してしまったから、こちらにもどこか痛ましさが残る。
   ※
 RX100を買ったのは5年前だった。その後、機材が増えるにつれ、宙に浮いていた。M3は24mm始まりになったのと、小さいながらEVFがついた。発売は2014年。RX100より50g重くなったが、RX100シリーズはM4、M5となるにしたがってさらに重量が増えている。TX1との重量差は20gしかないが一回りは小さい。小さいことが善である場面もあるだろうと買い換えを決めた。RX100が20900円と私が購入したときの半額弱で手放せたことも決め手のひとつである。相変わらずのカメラバカである。





 

by yassall | 2018-04-27 19:23 | 散歩 | Comments(0)

それぞれの紙Ⅱ そして川越散歩

c0252688_20082425.jpg
 7日、「それぞれの紙Ⅱ」展の案内をいただいたので出かけてきた。会場は昨年に引き続いて小江戸蔵里ギャラリーである。1枚目の写真は木藤恭子さんの作品。右が西洋紙、左がタイの紙なのだそうだ。西洋紙の方が丈夫でかなり乱暴なことができる。タイ紙の方は裏から絵の具を染ませたりすることが出来るという。
c0252688_20081396.jpg
 いつもの木藤さんの画風とは少し変わっている。絵の具には土を使っているという説明だった。
c0252688_20080327.jpg
 打越氏は志木高の卒業生だそうである。水彩にこだわり続けているとのことだ。筆数をいかに少なくするか、というようなお話しがあった。
c0252688_20084770.jpg
 長谷川氏の作品の写真がないが、そのとなりに作風の違う絵があった。あとから気が付いたのだが、今年は三人展ではなく、木藤さんの夫君らしきもう一人の名前があった。鉛筆画とあるからこれらが御作なのかも知れない。すぐ気が付けば確かめられたのだが。写真では真っ黒にしか見えないが、なかなか味わいのある絵だった。
c0252688_20085838.jpg
 蔵里ギャラリーは元鏡山酒造の跡。志木高時代の同僚のYさんも来場していた。私とは同年代である。2年ほど早く退職し、現在は請われて書道教室を開いているという。お弟子さんも多く、ご活躍の様子だった。絵も描かれていたが、書道の方なのか、絵の方なのか、個展を開いたりもしているとのことだった。
c0252688_20091659.jpg
 フェイスブック小江戸川越会の投稿で佐久間旅館閉店とあった。川越散歩がてら、写真を撮っておこうと松江町まで歩いた。島崎藤村が原稿執筆のために泊まり込んだという創業130年余の老舗である。とはいいつつ、私も20年川越にいて、宴席に使われたのは一度しかない。
c0252688_20090785.jpg
 佐久間旅館前の川越キリスト教会は建物が新しくなったような気がするのだが気のせいだろうか?
c0252688_20092452.jpg
 川越八幡宮裏の骨董店はなくなってしまっていたが、その先の路地を入ったアビロードは健在のようだった。
c0252688_20093904.jpg
 こんな刻印は昔からあっただろうか?

by yassall | 2018-04-09 09:41 | 散歩 | Comments(0)

桜2018③森林公園

c0252688_17073847.jpg
 30日は森林公園。Kさん、Nさんとのいつものメンバーと一緒である。当初は4月5日か7日と予定していたところ、開花が早まったとの知らせから急遽前倒しになった。少人数だと小回りがきくのである。1枚目は山田城跡付近に分け入ったときの山桜、Kさんはこのような木のありかも心得ているのである。
c0252688_17074895.jpg
 少し遠回りをして花木園へ。奥まったところのベンチが集まっているあたりが目的地である。
c0252688_17080967.jpg
 平日ではあるが、この日は他の花見客も多かった。迷惑がかからないように端の方のベンチを選んで酒肴をひろげる。
c0252688_17075660.jpg
c0252688_17082221.jpg
c0252688_17083396.jpg
 窪地になっているからこのような風景に囲まれながら酒宴となる。空の青みが強い方が太陽からみて順光側である。ここ数年では最高の花盛りである。
c0252688_17085296.jpg
 4時には帰り支度をはじめる。花木園を離れても付近の丘一帯に桜は植えられている。
c0252688_17090185.jpg
 上はユキヤナギと、下は菜の花とのコラボ。
c0252688_17084202.jpg
 向かう先はいつもの新盛である。このところ予約の電話を入れてから向かうようにしている。金曜日ということもあるが、人気店らしく5時過ぎには座敷もカウンター席も満杯になってしまった。

 TX1


by yassall | 2018-04-01 17:27 | 散歩 | Comments(0)

桜2018①六義園・後楽園

c0252688_14253596.jpg
 桜の季節がやってきた。今年はどこへ撮りに行こうかとあれこれ思案しているうちに、例年より10日早く満開との情報が入ってきた。まず身近なところで三田線沿線を、ということで、27日は六義園と小石川後楽園を回ってきた。
c0252688_14254610.jpg
 六義園は千石から。枝垂れ桜が有名だが何度も行ったのにこれまで見たことはなかった。どうせ人で一杯なだけだろうと何となく避けてきたのである。人出は予想通りだが、こういうときは人間も風景のうちととりこんで行くしかない。思ったよりボリューム感がないなあと感じていたが、どうやら盛りは過ぎていたらしく、4日後に妹が出かけたときは花は影も形もなかったという。
c0252688_14260017.jpg
 ソメイヨシノがもう1本茶屋のとなりに立っている。
c0252688_14261010.jpg
 そばへ行って枝振りを観賞する。
c0252688_14263953.jpg
 こちらはまだつぼみを残している。
c0252688_14270693.jpg
 小石川後楽園へは春日から。春日から丸ノ内線後楽園は徒歩で7分ほど。後楽園の入り口まではずいぶん大回りをしなければならないので、丸ノ内線の駅からの方が歩く時間はながい。
c0252688_14430338.jpg
 桜は後楽園の方が充実していて種類も多い。少し曇ってきてしまったのが残念だ。
c0252688_14271678.jpg
  この大泉水の岸辺の岸辺の桜が一番見応えがあったかな。奥まった場所の内庭も隠れた撮影スポットという感じだったが、肝心の桜が白飛びしてしまって写真にならなかった。まだまだ腕が足りません。
c0252688_14272940.jpg
 水辺にかかる桜。
c0252688_14273855.jpg
 小石川後楽園の借景は東京ドームなのである。後楽園遊園地のジェットコースターも頭をのぞかせている。

 EM10+LX12-60mm


by yassall | 2018-03-31 14:51 | 散歩 | Comments(0)

森林公園で梅見

c0252688_16410840.jpg
 1日、KさんNさんと森林公園駅で待ち合わせて、恒例の梅見に出かけてきた。例年より1週間ほど遅いのだが、今年の見頃はこの頃、との現地のKさんの予測によって日程を決めた。ところが先週の天気予報では当日は大雨、翌日はNさんの都合がつかないという。それでも天気予報は動くかも知れないのでぎりぎりまで待ってみようと準備だけはすすめていた。
c0252688_16401331.jpg
 幸い、大雨との予報はだんだんと前倒しになり、雨にはなったが朝方には止んだ。関東では昼には快晴、バスを降りて南口から入ると青空が広がっていた。
c0252688_17501696.jpg
 強風の予報もあったから肝心の梅の花がどうなっているか心配したが、風に散らされた様子もなく、むしろ盛りはこれからという感じだった。
c0252688_16405724.jpg
 柵に囲まれた傾斜地には福寿草も咲いていた。
c0252688_16404264.jpg
 平日の雨上がりというのにかかわらず、人出はけっこう多かった。不思議な音色の楽器を奏でる人がいたので遠くからパチリ。打楽器のようでありながら、弦楽器のような音色が流れてくる。もっと近くに寄ってみたかったが遠慮した。肖像権の侵害には当たらないと思う。
c0252688_16413395.jpg
 この枝振りは庭師の手が入っているのだろう。昨年は大がかりな剪定を行ったという案内掲示があった。今年はその成果が出る年だったようだ。
c0252688_16421550.jpg
 白梅もあれば紅梅も。
c0252688_16414634.jpg
 青空とのコントラスト。
c0252688_16420585.jpg
 梅園の隅の方のテーブル状に広いベンチを選び、いつものように持ち寄った飲み物やつまみを広げる。「ほどほどに」と声をかけ合うのはもちろんアフターが待っているからだが、お互い高年齢となってきたことを自覚しているからでもある。
c0252688_16423134.jpg
 午後4時過ぎには帰路に向かう。公園内に入ってからは風も止み穏やかであったのだが、日が傾いてくるにしたがって冷風が吹き寄せるようになってきたのだ。いつもなら、この時期には菜の花も満開であるのに、やはり今年は遅れているようだ。桜のシーズンにはきっと菜の花も楽しめるだろう。

 TX1

 ※この日はTX1を持ち出した。先日、海外発表されていたTX2が日本でも発売というアナウンスがあった。ズームが24-360mmとより高倍率になったとか。人にも勧められる機種ではある。でも、買わないぞ!


by yassall | 2018-03-02 17:17 | 散歩 | Comments(0)

中村彝アトリエ記念館

c0252688_18330865.jpg
 20日、天気がよかったら久しぶりに外出しようと思っていた。目白に中村彝のアトリエが復元されているというので、以前から一度行ってみようと思っていた。目白にはそれ以外には何があるとも思いあたるところがなかったので、ずっと後回しになっていたのだ。半日程度の散歩にはちょうどよいだろうと出かけることにした。
c0252688_18314142.jpg
 詳しい地図が入手できなかったので、下落合3丁目という番地だけを頼りに歩き始めたのだが、目白通りを西へ進んでいくとほどなく案内表示を発見できた。これで迷いようもなさそうなのに、間近になってからあちこち彷徨き回っては訪ね歩くことになった。それも初めての土地では楽しみなのである(と強がりをいう)。
c0252688_18315406.jpg
 庭側から全景をながめる。復元といっても、中村彝の後の所有者である画家の鈴木誠によって増改築された部分を除いていったということで、当時の部材も数多く活かされているということだった。
c0252688_18320641.jpg
 庭の風景。今はすっかり住宅街になってしまっているが、当時はいかにも東京郊外といった風情で田園風景がひろがっていたそうだ。隣の池袋に住んでいたことのある父が犬を散歩に連れて行き、小川で身体を洗ってやったことがあるというようなことを昔話で聞いたことがある。中村彝が37歳で亡くなったのが大正13年、父が池袋に住んだのはそれから10年後くらいだから、何となく想像できる。
c0252688_18325726.jpg
 中村彝アトリエ記念館は新宿区立。入場は無料である。採光のために大きく開かれた窓はアトリエらしく北側に面している。
c0252688_18324382.jpg
 これも採光のために設けられた天窓。平屋作りなのに大きな三角屋根があるのはこのためらしい。
c0252688_18323031.jpg
 アトリエのすぐ隣の居室はビデオルームになっている。こちらは南側ということになり、庭が眺められるが扉などは痛みが激しい。中村彝については近代美術館所蔵の「エロシェンコ氏の像」の作者であること、新宿中村屋のサロンのメンバーであったこと位しか知らなかった。ビデオは15分ほどで、彝の生涯と作品の概要について知ることが出来る。早世してしまった画家らしく、「エロシェンコ氏の像」が傑作であることは疑いないとしても、他に残されている作品はルノアール、セザンヌ、ゴッホ、ドラクロアなど、様々な画家たちからの影響が顕著な習作といったレベルで、まだ独自の作風を確立するまでには至っていないように思えた。それでも代表作である「小女」などはルノアールにはないまなざしの強さが感じられた。
c0252688_18334081.jpg
 赤レンガ造りの門柱も当時の雰囲気を再現したものらしい。
c0252688_18331889.jpg
 私には今年初めての梅である。
c0252688_18335183.jpg
 目白駅はもしかすると学生時代に一度だけ参加した四大学祭で降車して以来かも知れない。もっとも、安倍晋三が成蹊大学、麻生太郎が学習院大学卒業と聞いては、もはや四大学を強調する気にはなれない(笑)。

 GM5+12-32mm

 この記事を書いていると金子兜太氏の訃報が流れてきた。ご冥福をお祈りしたい。「アベ政治を許さない」を揮毫なさった。

    梅咲いて庭中に青鮫が来ている  兜太


by yassall | 2018-02-21 19:23 | 散歩 | Comments(0)

東京駅周辺

c0252688_15454564.jpg
 12日、東京駅丸の内口の駅前広場の整備が終わったというので写真を撮りに出かけてきた。円形ドーム(正確には八角形?)の丸天井である。よく見ると中間に落下防止の金網が張ってある。
c0252688_15453568.jpg
 東京駅がリニューアルオープンしたのは2012年。その頃にも一度写真を撮りに来たのだが、駅前広場の整備が続行中で、いたるところフェンスに囲まれていた。ようやく整備が終了して広々とした空間が出現した。駅舎よりは広場を撮りたくて17-35mmズームを持ち出したわけだが、左右の円形ドームの明暗差や歩行者の影をみて分かるとおり、光線条件としてはかなり厳しいものがあった。
c0252688_15452373.jpg
 JR東日本は空中権を売却することによって改装費用を捻出したという。そのためか、周囲は高層ビルが建ち並ぶこととなり、駅前広場は冬の日差しによって長く伸びたビルの影に覆われることになった。この日は好天であったので、日照のあるところとないところの明暗差も悩ましいところであった。
c0252688_15451168.jpg
 JPビル。被写体として面白いと思った。逆光で撮影しているが左側面の反射をみても日差しの強さが分かる。
c0252688_15445524.jpg
 駅前大通りを桔梗濠まで進んでみる。この画像もコントラストが強く出過ぎていたので帰宅してから補正した。ただでさえ古いレンズなのに補正を施すとさらに画像が荒れる。
c0252688_15444689.jpg
 戸の倉噴水公園。2011年にいちど訪れている。そのときは震災直後であったので噴水は自粛するとの案内があった。この日も最初は噴水はなかったのだが、タイミングがよかったのか、滞留中にはじまった。
c0252688_15443403.jpg
 こちらはRX100で。(3枚目も)
c0252688_15442245.jpg
 明治生命館。前後したが、この日のメイン機材はD750。TAMRONの17-35mmを久しぶりに使って見たかったのだ。標準域のレンズでは得られないバースである。あまり多用すると品がなくなるが、日常にはない視角ではある。
c0252688_15435756.jpg
 こちらは三菱一号館。このレンズを持ち出すのはかれこれ10数年ぶり。光線条件もあるがやはり設計の古さを感じる。まあ、廉価版でもあったし。
c0252688_15441204.jpg
 三菱一号館の中庭。狭隘地だが、なかなか雰囲気がある。庭に面したレストランでランチをとると、けっこうリッチな気分になれる。美術館の入り口もこちら側だ。
c0252688_15434414.jpg
 最後にもう一枚撮ってこの日の撮影は終わり。


 D750+TAM17-35mm、RX100




by yassall | 2017-12-14 16:31 | 散歩 | Comments(2)