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カテゴリ:風景( 65 )

奄美大島の旅 3日目

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 3日目の出発は9:00。早くも最終日である。この日は北部を回る。
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 最初に立ち寄ったのは浜千鳥館、奄美大島酒造の工場見学である。元々は1日目の見学コースに入っていたが飛行機の遅れのために最終日に回った。なので朝一に相応しかったかどうかは問わない。奄美空港と名瀬の中間に位置しているからコース的には無理がない。(工場の前は池になっていた。1枚目の写真はそれが分かるように。)
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 黒糖焼酎は1953年に日本復帰の特別措置として奄美群島だけに製造が認可された。甘い香りが特徴的だが、蒸留酒であるから糖質はゼロである。
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 ここ奄美大島酒造では島内でも唯一100%奄美産の黒糖にこだわっているとのことだ。酒造法か何かの関係らしく米も使用するのだが、米はタイ米で水分が少なく適しているという説明だった。
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 酒造見学には試飲と買い物がつきものである。大概の人にとってその方が楽しみだったりする。
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 私も2品ほど買って帰った。「ご」は川の意味で左側の「やんご」は屋仁川のこと。樽で熟成された酒で島内でしか販売されていないとのことだった。右側は酒造の自信作の一つであったようなので選んだ。実は二晩とも酒は黒糖焼酎にした。お店でおすすめを聞くと「じょうご」がよく飲まれているという。こちらもこの酒造の製品。名瀬に近いというためもあるのだろうが味に間違いはなさそうである。
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 次は大島紬の村。作業場兼観光施設として作られたようだ。
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 大島紬といえば泥染というのが一般的な知識である。だが、その工程は単純なものではなかった。最初にシャリンバイ(車輪梅)の煎出液による染めが20回繰り返される。そこから泥染めが加わり、シャリイバイ染め80回に泥染め5回が繰り返される。そのことでシャリンバイに含まれるタンニンとカテキンが泥土の鉄塩類と反応し、不溶性の化合物を絹糸の上に造ることによって染色されるのだという。
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 外では泥染めの実演も行われていた。近くに泥染発祥の地という案内板が立っていた。
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 図案の設計、機織りの実演のコーナー。図案が決まると白くしたい箇所だけ木綿糸を織り込み、染め付けた後にその木綿糸だけ抜いてしまうのだという。機織りでは縦糸、横糸を合わせたとき、模様がきちんと合うように織り込んでいく。ベテランでも1日に織れる量には限度があるそうだ。
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 山をバックにした傾斜地に建てられている施設は散歩コースとしても整備されており、なかなかの景観である。午前中の一時期だけ、少し曇りがちで、ときどき雨滴が落ちてきたのが残念だった。
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 草花もきれいだ。奄美大島は一年中が緑で、紅葉はないのだそうだ。
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 昨日見たのより幹の太いヒカゲヘゴも植わっていた。
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 昼食場所のけいはんひさ倉。裂いた鶏肉や錦糸卵などの具を乗せて出し汁をかけてお茶漬けのようにして食べる。奄美名物だという。埼玉でいうと小川の忠七めしのようだと思った。
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 その昼食場所のとなりに奄美竪琴の製造をしているという小屋があった。いかにも手作りというライブ会場も併設されている。何だか面白そうだとうろうろしていると家主である盛島貴男氏本人があらわれ、集まってきた何人かの前でお話しをしてくれたり、演奏のさわりを聞かせたりしてくれる。
 奄美竪琴は盲目の里国隆が創始者。樟脳の行商をしながら路上で弾き語りをしていたのが注目されCDが出された。盛島は1950年生まれというから私の同級生である。高校卒業後、東京で様々な職業を転々とし、奄美に帰ってからも漁師やダンプの運転手をしていた。里国隆のCDと出会うまでは音楽とは無縁だったが、その弾き語りに感銘し、里の妹を探し当てて遺品の竪琴をコピー、その後改良を重ねて自らも演奏者となった。
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 熱心に演奏しているとなりの小屋に何竿かの竪琴が置かれていたので写真に撮らせてもらった。鼓童、里アンナ、江草啓太などに愛され、演奏されているという。本人の歌声も魅力的で、語りにもユーモアがあった。帰宅後、CDを発注した。
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土浜展望台。展望台といっても短い階段のついたデッキがあるばかりだった。ただ、前にも書いたように海に向かっての傾斜が強いから見通しが悪いわけではない。とはいえ海岸に出た方が楽しそうだったので坂道を降りていく。何のためなのか不思議なプレハブが建っている。近くには奄美テレビ放送北大島局という2階建ての建物もあったが。
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 ここもZR4000の方が描写がよかった。
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 太平洋である。昨年のNHKの大河ドラマは「せごどん」であった。各地に西郷隆盛ゆかりの場所があり、ドラマの撮影地になった場所があると紹介されたが、いずれも車中だったので写真はない。プロローグで相撲をとる場面は確かこんな砂浜だった。
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 ハマヒルガオではなくてグンバイヒルガオ。ヒルガオ科には違いないが熱帯の海浜に群生するとのこと。これはG8で。
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 実は展望台というよりハブ屋がメインであったようだ。それほど大きな店ではなかったが、ハブショーが催されたり(私は見なかった)、ハブの革製品が販売されたりしていた。生きたハブも何匹が展示されていた。確かに頭のかたちが三角である。夜行性で、昼行性のマングースは駆除のために何の役に立たなかったばかりか、島の生態系に重大な影響を与えるに至ったというのは有名な話である。
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 笠利崎灯台。これが最北端である。四角い灯台が特徴的である。灯台までの階段は閉鎖中とのこと。
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 灯台前からの景色。
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 あやまる岬に到着する。高台になっているのか、こちらの方が展望がよい。
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 さきほどの笠利崎灯台も遠望できる。
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 デッキが設置されており、デッキに乗るとさらに展望がよい。
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 下は遊園地になっているようだ。
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 景色を堪能する。
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 シャリンバイである。これは駐車場付近で。
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 駐車場のある敷地内に建っていたカフェ。
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 店内はなかなかオシャレ。個人で来てこんな店で1、2時間のんびり過ごすのも悪くなさそうである。
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 こちら側にも海岸線が広がっていたので、名残を惜しむ。
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 すると目にも色鮮やかな鳥がそばの柵にとまった。こんなとき、得てしてカメラを向けようとすると、とたんにどこかへ飛んでいってしまうものだが、不思議なことに私が帰るまでじっとしている。何ショットか撮ることが出来た。言い忘れたが3日間同乗してくれたバスガイドさんはかなり優秀だった。モニターを見せて鳥の名前を聞くと、ハマヒヨドリだと教えてくれた。ここから空港まではものの20分ほどである。まるで見送りに来てくれたようだった。
  
 G8+12-60mm、ZR4000







by yassall | 2019-12-21 16:07 | 風景 | Trackback | Comments(2)

奄美大島の旅 2日目

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 2日目、出発は朝8:30。食堂は6:00に開くという。早めの朝食の後、付近を散策した。奄美大島はおおよそ鹿児島と沖縄の中間点に位置し、東は太平洋、西は東シナ海に挟まれているということになる。名瀬港は東シナ海側である。後から聞いたところではこの日は時化で漁には出ていないそうだ。
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 名付けてみれば今回のツアーは奄美一周の旅ということになるのだろう。まずは南端の古仁屋せとうち海の駅までバスを走らせ、水中観光船せと号に乗船する。
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 大島海峡の内だと思われるが水中観察スポットまで船で移動する。
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 エンジンを停止させると乗客は船底に移動し、丸窓から水中を観察する。熱帯特有の色鮮やかな魚や、やたら細長い魚が泳いでいる。運が良いとウミガメやサメも姿を現すらしいが、残念ながらこの日は遭遇には至らなかった。
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 出発前の奄美地方の天気予報は曇りのち雨。直前になって雨の確率が下がり、まあ雨に打たれなければ良しとするかぐらいに思っていた。ところが見ての通りの上天気である。旅は何といっても天気である。
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 港に帰ってしばらく時間があったので付近を散策する。けっこう波が大きくうねっている。対岸は加計呂麻島である。
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 島の中部まで引き返す。黒潮の森・マングローブパークに到着する。昼食もここで摂る。
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 オプションでカヌー体験があったのだが、沖縄で経験済みだったので私はパス。地上からのマングローブ撮影を選択した。
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 100何段だかの階段を登る展望台から撮影した。何でも山城の跡らしく、石原イシハラウエノ遺跡という案内板があった。何枚か続けてアップする。
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 ここまではG8によるもの。どういうわけか、ここではZR4000の方が結果が良かったような気がしたので、同じような写真になるが続けてアップする。
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 施設としてはミニゴルフ場を併設した公園になっている。人工的なきらいはあるが、公園内で見つけた奄美らしい植生をいくつかアップする。
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 椿は奄美特有とはいえないが蜂がなかなか大きくて立派だったので。
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 昼食後、バスは東シナ海側へ方向を変える。途中、宇検、田検、芦検といった地名標記があらわれる。検が何を意味しているのかは不明である。
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 アランガチの滝を見物する。
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 落差は30m。湯湾岳を水源とするが上流に湖のようなものがあるわけではないという。
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 けっこう水量は多いようで付近の農地の水源となっているそうだ。観光スポットということになっているが、すぐ隣がミカン畑だったりで観光に特化した様子ではない分、好感が持てる。
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 駐車場からも小川沿いに15分ほど歩かなければならないし、途中にはこのような民家も見える。
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 ヒカゲヘゴ。大型木生シダで、名前の由来は日光を求めて高く高く成長するので日陰を作ってしまうということからだそうだ。
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 長く伸びた幹の尖端は確かにシダ類であることを示すような葉が茂っている。ゼンマイを大きくしたような姿が特徴的だ。この後、あちこちで見ることになる。
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 嶺山公園。東シナ海側へ出る。
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 奄美大島の地形的な特徴は山がちであることだろう。絶壁からストンと海になる。道路もトンネルが多かった。完成は近年らしく、現在も新たなトンネルが掘られていた。それまでは島内の移動にも難渋したとのことだ。
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 心なしか波が荒いような気がする。
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 さらに北上する。建物は大浜海浜公園内の奄美海浜展示館。
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 中へ入ると中央に吹き抜けの2階までの水槽があり、ウミガメが飼育されている。近くの浜辺が産卵場所で、海に向かえず、迷子になってしまった子亀を育てているのだそうだ。まだ6、7歳で、もう10年ほど経たないと産卵には至らないという。
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 階段を上って2階まで行くとエサやりが出来る。エサはキャベツだった。
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 展示館は有料でオプションだったが、それほど見るべきものはなかろうということで海岸に出てみる。日暮れも近づいてきた。
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  正面の岩礁を真ん中に絵づくりをしてみる。
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 そうこうしているうちに日没が迫ってきた。
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 宿のある名瀬のすぐ近くまで来ていた。荷物を片付けて18:30ロビー待ち合わせで夕食に出る。Kさんと一緒なら今夜も迷うことなく居酒屋だ。せっかくなら地魚がおいしいところと、配布された情報誌でゆらい処大蔵という店をたずねる。選択は当たりだったようで(ネットでも評判がよいらしかった)、刺身もあら煮も美味だった。魚の名前を聞いたが忘れてしまった。一匹はアカダイと聞いたような気がしたが、帰宅してから調べるとどうやらアカマツという魚らしい。
 漁協と特別な契約をしているとのことで、昨日は時化で漁は中止だったということもここで聞いた。そんなときは別ルートで新鮮な魚が入手出来るらしい。まだ開店早々で他に客もいなかったこともあって、大型の魚を捌きながらいろいろ話しかけてくれた。石の採掘が趣味のKさんがせとうち海の駅で見た夜光貝の貝殻が欲しかったという話をしたら、ウチで捌いて残った貝殻がある、よければ差し上げるという話しになった。Kさんが大喜びの一段であった。(後日、グラインダーは使わず、手で磨き込んでいる最中とのことだった。)

 G8+12-60mm、ZR4000


by yassall | 2019-12-20 03:17 | 風景 | Trackback | Comments(0)

奄美大島の旅 1日目

年の瀬も押し迫ってきた。いろいろ括りをつけて置かなければならないことが溜まっている。年末までに間に合うかどうか見通しもつかないが、まずは手つかずにいた旅行記である。
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 12月2日から4日まで奄美大島を旅行してきた。6月に北海道を旅行した後、半月ほど入院する羽目になり、消極的になっていた。旅行どころか秋の紅葉撮影も今年はどこへも出かけていない。このまま一年を終わってしまうのも何だか寂しいなあ、と思っていたところにツアー情報が目に入った。一人旅でも良かったのだがKさんを誘ったところ、話しに乗って来てくれた。
 出発は羽田12:20。11:30に出発ロビー集合という余裕のある旅程も気に入った。北海道旅行のときは6:10集合という指示であった。天空橋に前泊したが夕食に出た帰りに雨に降られたあたりから体調を崩したような気がする。若いころなら昼ごろ出たのでは時間がもったいないと思うところだが、今となってはのんびり旅の方がぜいたくというものである。東松山在住のKさんも無理なく集合できる。
 家を出るころは小雨。たたんで仕舞えるよう折りたたみ傘で出かける。赤羽に到着すると京浜東北線に遅延があり、湘南ラインに予定を変更したり、空港では手荷物預かり所がやけに混んでいたりなどあったが、まずは順調。と思っていたら整備に手間取ったのか、40分ほど出発が遅れた。写真は奄美空港である。到着は15:30くらいだっただろうか。
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 田中一村記念美術館は空港にほど近い奄美パークにある。奄美に行きたいと思った主たる動機はこの田中一村美術館である。1日目の立ち寄り先は実質的にここだけという予定であったから飛行機の遅れもそれほど影響しない。
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 奄美に独特の高倉をかたどった展示室。東京時代、千葉時代、奄美時代を順を追ってたどれるように配置されている。内部は撮影禁止であるから写真はない。感想としては奄美時代があっての田中一村であるということである。一村が奄美に移住したのが50歳。いかなる磁力が一村を引きつけたのか、一村はこの地で初めて自分が描きたいものと出会ったのではないだろうか。保護のため所蔵作品は常時公開ではなく、年4回の入替で展示されているということだった。一村の奄美をもっと見たいと思った。
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 順序が逆になったが正面に見えるのが奄美パークの中心となる建物である。観光拠点施設として建てられ、ライブや講演もできるホールや各種の展示コーナーがある。
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 美術館の反対側に出ると広々として気持ちのよい空間がある。奥には野外ステージも設えられている。
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 建物もなかなか凝った作りである。
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 建設は2001年。旧奄美空港の跡地を活用して建てられたとのこと。展望台に登ると元の滑走路跡が見える。これも順序が逆になったが美術館に行く前、暗くならないうちにということで上がった。
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 宿は名瀬市のHOTELニュー奄美である。到着したころは日もすっかり暮れていた。撮影は翌日の朝の散歩のときである。
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 1日目の夕食会場の居酒屋。これも写真は翌朝である。経営者なのか、特別に契約しているのか、お弟子さん2人を引き連れた演奏者による島唄と手踊りの時間があって楽しませてもらった。

 G8+12-60mm、ZR4000 

by yassall | 2019-12-18 19:05 | 風景 | Trackback | Comments(0)

北海道の旅3日目

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 北海道旅行も最終日となった。宿舎を出て向かったのは知床峠。斜里町と羅臼町の中間に位置する知床峠展望台から羅臼岳を撮った。重そうな三脚を立て、高そうな超望遠レンズ付きのカメラをかまえている人たちがいたので「何を狙っているのですか?」と聞いたら鳥の名前(忘れた!ライチョウだったかな?)が返って来た。知床峠は野鳥スポットなのだそうである。
 ここで昔話をひとつ。大学時代に知り合いとなり、今も交流の続くNと並んで日華比較文化論の講義を受けていたときのこと。何やらNがノートに詩らしきものを書き付けている。私がのぞき込むとノートを私の方に示して見せてくれる。世事にうとかった私は、それが加藤登紀子歌うところの「知床旅情」(森繁久弥作詞作曲であることは後に知った)の歌詞であることを知らなかった。てっきりNの即興詩であると思い込んだ私は「なんて才能のあるヤツなんだ!」と驚嘆したのだった。
 森繁久弥の「知床旅情」には「オホーツクの舟唄」という別バージョンがあり、こちらは倍賞千恵子が歌い継いでいる。どちらも名曲である。それはともかく、いつか知床を旅してみたいと思うようになったのはそのころからなのである。
 さて、「知床旅情」も「オホーツクの舟唄」も背景に北方領土の存在がある。この知床峠展望台からは国後島が見えた。ちょうど知床半島と並行しているかに青くかすんだ島影が見えたのにカメラに収めるのを忘れた。
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 バスが羅臼町方面に向けて出発して程なく乗客のひとりが「あっ、クマ!」という。これまでエゾジカは何度も見たがクマと遭遇出来るとは思わなかった。運転手がバスを止め、少しバックしてくれたので写真をとることが出来た。
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 サービス精神(?)が旺盛なのか、道路脇まで出て来てくれる。まだ子熊なので警戒心が薄いのだろうということだった。もちろん、親熊がそばにいたことだろう。
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 バスは中標津町まですすみ開陽台に立ち寄った。バイクによるツーリング族の聖地であるとのことだが、この日はバイクはあまり見られなかった。ここからも国後島が見えるというのだが、ガイドが「ほら、あれです」と指さしてくれてもはっきりとは識別出来なかった。
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 開陽台からの眺め。この日は空も曇りがちだった。
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 それでも北海道の広大さは伝わって来る。
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 摩周湖である。摩周湖を知ったのも布施明の歌う「霧の摩周湖」からだ。実際、霧に包まれていることが多いのだそうだ。この日は湖面が奥の方まで見渡せた。
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 岸辺は断崖になっていて容易には人が近づけないようである。
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  いつだったか、過去に放流されたザリガニが大量に繁殖していると聞いたことがある。今はどうなっているのだろうか?
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 これまでいだいてきたイメージ通りだったかどうかはともかく、一度は見ておきたいという長年の思いを果たすことが出来た。
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 釧網線の塘路駅に到着する。ここから釧路までノロッコ号で釧路湿原を走ろうというのである。
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 やがて我々の乗る車両が入線してきた。観光用の貸し切りである。
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 釧路方面から入線してきたので機関車は後ろ側から車両を押していくことになる。
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 こちらが進行方向。
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 車両の中は新しい。指定席になっていた。
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 いよいよ列車が走り出す。樹木が生えてきても森林化する前に湿原に戻ってしまうのが釧路湿原の特徴だという。すると、このあたりは湿原としては不完全であるのかも知れない。あるいは鉄道を通すためには地盤がしっかりしたところを選ばざるを得なかったということかも知れない。まあ、素人考えはこの辺で。
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 釧路川である。滔々とした流れである。
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 タンチョウが見えた。このあと、もう一度見ることが出来た。
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 釧路駅に到着した。ここでは回送されたバスと合流しただけ。
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 釧路湿原国立公園という看板のある高台に立ち寄る。
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 もう夕暮れに近いこともあり、眺めは旅の名残を惜しんだ、というところ。もう旅も終わりなのである。
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 帰りの飛行機はとかち帯広空港から20:05発のJAL。なんども念を押された通りの小さい空港である。早めに出発ロビーに上がると柱に現在放送中のNHKの朝ドラ「なつぞら」のポスターが貼ってあった。

 G8+12-60mm、ZR4000



by yassall | 2019-08-07 14:34 | 風景 | Trackback | Comments(0)

北海道の旅2日目

 1日目は新千歳空港から温根湯温泉までバスは345kmを走った。2日目は知床ウトロ温泉まで208kmを走る。
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 道路脇にバスが止められたのはメルヘンの丘を望むフォトポイントである。7本のカラマツが並んでいる。黒澤明の『夢』の撮影地になって知られるようになったそうだ。丘の上に登ることも出来なくはないようだが観光客が殺到するようになっていないのが好ましい。
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 向かって右奥に広がる景色。
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 こちらは左隣り。3枚を合成写真に出来るとよいのだが。
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 博物館網走監獄に到着する。網走刑務所の改築にともない旧建造物の保存のために移築されたとのことである。
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 ゲートをくぐるとレンガ造りの正門が見えてくる。レンガは囚人たちが焼いたものであるという。この写真では小さくしか写っていないが、右横に木製の正門跡も保存されている。
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 正門を過ぎると庁舎。重要文化財で現在は資料の展示室になっている。
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 敷地内の様子。
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 きれいに整備されている。
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 左回りに監獄歴史観等を見学しながら庁舎の後ろに回ると獄舎である。公開されるようになったのは1985年からであるという。
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 こちらが入口である。
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 入口を入ると真ん中に六角形の中央見張所があり、5方向に舎房が伸びている。フーコーの「パノプティコンの監獄」を思い出した。
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 「五翼放射状平屋舎房」と呼ばれる構造は刑務所の施設としては国内最古であり、木造の行刑建築としては世界最古であるという。
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 棟によって雑居房と独房に分かれているそうだ。冬の独房は辛いので雑居房の方が好まれたという。
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 レンガ造りの独居房。窓がなく光が差し込まない構造になっている。懲罰房である。こんなところに長期間閉じ込められたら失明してしまうだろうと思った。
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 こちらは教誨堂。囚人たちのレクレーション施設にもなっていたらしい。北海道開拓のために過酷な重労働を強いられた囚人たちであったが、次第に人権の光が届くようになったのだろう。
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 何だか網走監獄のところが長くなってしまった。写真はバス内から写した網走駅である。
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 昼食に立ち寄った海鮮問屋から知床半島を望んだところ。いよいよ目的地に近づいてきた。
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 知床半島の旅の始まりはオシンコシンの滝である。幹線道路からすぐのところに入口があり、拍子抜けがするようだったが、滝そのものは落差50mという豪快なものだった。
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 滝は二つに分かれているところから双美の滝と呼ばれることもあるという。
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 水量は豊富だ。
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 滝壺からの流れも荒々しい。
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 ウトロ港からクルーズに出る。以下のように海岸美を楽しんだ。
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 滝が落ちているのが見える。乙女の涙(フレベの滝)の方だったが男の涙(湯の華の滝)の方だったか。岩が黄色く染まっているのは硫黄を含んでいるせいだという。
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 奇岩が続く。
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 象岩と呼ばれているそうだ。
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 カムイワッカの滝。岩の途中から吹き出しているのではなく、もっと上の方から落ちてきているらしい。カムイワッカとはアイヌ語で「神の水」という意味。硫黄を含んだ熱湯で神しか飲むことが出来ないからとか、あるいは「魔の水」という意味であるともいわれているそうだ。
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 羅臼岳。知床七山の最高峰である。翌日は知床峠側から望んだ。
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 はるかに知床岬の尖端を望ながら、このあたりで遊覧船は引き返す。
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 ウトロ港付近も奇岩が立ち並んでいる。無数のカモメが群がっている。巣になっているのかも知れない。
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 この日はこれで終わりではなく、今度は知床五湖をトレッキングする。まあ、トレッキングといっても高架木道を歩き、回るのも一湖だけだが。写真の二人は案内をしてくれるネイチャーガイドである。
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 二班に分かれて出発。我々の班は女性の方になった。こうした若者たちが活躍する場があるというのはいいことだ。
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 高架木道はこんな感じ。ところどころに「クマにえさをやるのはクマを殺すこと」という掲示がかけられていた。ただし、この日はクマは現れなかった。暑いときはクマの活動も鈍るのだそうである。
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 木道からの眺望。
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 ところどころに池が出来ている。
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 そうこうしているうちに一湖が見えて来た。
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 なかなか美しい。
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 振り返ってオホーツク海を望む。ぼやけてしまってよく見えない。この日の宿泊地はウトロ温泉である。



by yassall | 2019-08-06 15:13 | 風景 | Trackback | Comments(0)

北海道の旅1日目

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 北海道旅行のツアーに参加したのは6月25日-27日のことだった。ようやくの旅行記のアップになる。遅くなった理由は帰宅の翌日から2週間ほど入院生活を余儀なくされたからである(すでに未公開にしてしまったが詳しいことは〈お知らせ〉で報告した)。旅行中から異変は感じていたが、やはり好きなことをしていると多少の体調の乱れなどは忘れてしまうらしく、天候にもめぐまれ旅行そのものは充実したものであった。
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 飛行機は羽田7:00発で旅行社のカウンターでチェックを受けるのが6:10という指定だった。調べてみると当日の一番電車で羽田第2ビル駅到着がちょうど6:10、何かあるといけないので天空橋で前泊することにした。19:00ごろチェックインし、受付カウンターでカード型のルームキーを受け取る。エレベーターに乗ると降りる階のボタンを押してもうんともすんともいわない。慌てていると乗り合わせた外国人の少女がカードをセンサーにかざすのだと教えてくれた。最先端に慣れた人なら何でもないのかも知れないが、別世界をのぞいたような気がして少し得したような気になった。翌朝も無料の送迎バスが出ていた。バス乗り場は地階でここでもカードでチェックアウトが出来た。
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 8:30、新千歳空港着。今回のツアーはここから富良野・美瑛を経て知床半島まで、折り返して摩周湖に寄りながら釧路湿原を横断しようというものである。これまで一度は行ってみたいと思っていた箇所がかなり網羅されている。しかし、2泊3日で回るとなると、いわゆる観光スポットを点として追うだけになってしまうかとか、点と点を追うために、実はほとんどバスの中になってしまうかとかためらいもないわけでもなかったが、バスの車内から延々と続く草原を眺めるのも北海道を実感することになるかも知れないと参加を決めたのである。
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 最初に到着したのは富良野・ファーム富田である。満開には少し早く、ロングショットを狙えるような撮影スポットがあればまた違ったのだろうが、「花の絨毯」という写真にはならない。それでもこの季節ならではの風景が楽しめた。
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 ラベンダーも満開にはもう少し。以下、園内の景色を。
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 この一枚あたりがここでのベストショットかな。
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 美瑛・青い池。山奥深くにあるというのでもなく、青森の白神山地の青池と比べると神秘感は感じられなかった。
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 続いて美瑛・四季彩の丘。富良野でも遠く望む山々の姿に惹かれたが美瑛ではより広大感があった。こんな風景を見たかったんだという気にさせられた。
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 天空を流れる雲の影が映し出されている。
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 今回のツアーで唯一外してもよいのでは、と思ったのが旭山動物園である。ただ、高名でもあることだし、丘の斜面に作られた園内を見て歩いた。トナカイとオオカミ(シンリンオオカミ)を見られたのは良かったと思った。オオカミの遠吠えを間近に聞いたときはジャック・ロンドンの動物小説を思い出した。
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 とはいえ、檻の中に閉じ込められた動物たちの写真をアップするのも何となく忍びない。オオタカの写真を一枚だけ掲載する。
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 こちらは美瑛で。1日目の宿泊地は温根湯温泉である。

by yassall | 2019-08-05 15:54 | 風景 | Trackback | Comments(0)

蔵王お釜と東北絆まつりの旅

 5月31日-6月1日の日程で蔵王お釜と東北絆まつりのツアーに参加してきた。
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 日程の組み立てからして東北絆まつりに焦点をおいたツアーなのだろう。ただ、私が参加しようという気になったのは、以前からお釜を写真に撮ってみたいと思っていたからである。
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 あいにくの曇り空で、水の色はあまり良くないようだ。
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 水の表情をとらえようとアップしてみる。
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 火口湖の水は酸性で生物は生息出来ないのだという。周囲の山々もどこか荒涼とした雰囲気である。
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 写真としての出来栄えは満足のいくものではなかったが、この雰囲気は心惹かれるものだった。そうこうしているうちに冷たい雨が落ちてきた。そのまま蔵王温泉に向かう。昨年の秋からずっと温泉に行こうと行き先を探索していた。早い宿入りになったので時間はたっぷりある。こちらもやっと念願が叶ったというわけだ。
    ※
 翌朝も9:30出発ということで朝風呂にもつかった。途中、土産物店などにも寄りながら11:50には会場の福島入り。パレードは14:30スタートで例年より遅いらしい。開始までに腹ごしらえをしておこうと出店などをひやかすが、それでも時間がかなり余ってしまった。
 写真を撮るにはそれなりのポジションを確保しなければと沿道にもどる。昨日とは打って変わった晴天でかなり強い日差しが照りつける。まあ雨よりはましか、などと気持ちを切らさないようにしているうちにようやくパレードが始まった。
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 台北慶和館、相馬野馬追などの先行パレードに続いて、開催地の福島わらじまつり(400名)を先頭に、山形花笠まつり(150名)、盛岡さんさ踊り(130名)、仙台七夕まつり・すずめ踊り(170名)、青森ねぶた祭(200名)、秋田竿灯まつり(16本、125名)が競い合った。
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 わらじまつりは名前だけ聞いていたが、わらじがどのように扱われるのかは知らなかった。男性を乗せて大勢で担ぎあげているのが大わらじである。なんだか、それだけで滑稽味がある。元になった祭があり、わらじまつりとして始まってからでも50回を数えるのだという。
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 続いて花笠まつり。花笠のさばきはなかなか見事だった。
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  さんさ踊り。華やかかつ賑やか。
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 仙台七夕まつりといえば灯籠だが、灯籠は別会場に展示されているらしい。すずめ踊りというのは初めて聞いた。裏表で色の違う扇をさばきながらの軽快な踊りだった。外国人も数人混じっていて国際色があった。
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 さて、いよいよねぶた祭である。ねぶたの屋台はまだ遠い。
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 近づいてくると気持ちがわくわくして来る。八幡太郎義家の人形は会場である福島にちなんだのだというアナウンスがあった。
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 アップで撮ってみる。昨年NHKでねぶた師である北村隆・麻子親子を特集していた。今回の義家人形の作者である北村蓮明は北村隆と双子の兄弟で弟の方だという。
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 さらにアップしてみる。今回は昼間であるが夜になって照明をいれたらさらに幻想的で迫力を増すのだろう。
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 最後は竿灯祭りである。実は竿灯祭りは最初と最後の二度の演技だった。竿灯を支えたままでパレードというわけにはいかないので寝かしたまま数カ所に分かれ、各箇所で演技を披露するという体裁だった。
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 いよいよ竿灯が高く差し上げられる。沿道からは歓声とともにかけ声があげられる。
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 竿灯祭りも一度見てみたいと思い続けてきた。竹を継ぎ足しながら次々と高く差し上げていくので、そのつど撓りが強まっていく。バランスをとるのはまさに妙義といってよい。
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 竿灯まつりも本来は夜の祭なのだろう。太陽光に透けたすがたを撮ってみた。
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 東北絆まつりは2011年の東日本大震災の年に開催された東北六魂祭を引き継ぎ2017年から始まった。折り返し点から引き上げてくるときはオリンピックの閉会式さながらの各団混在のパレードだった。そういえば2020年の東京オリンピックで福島が野球・ソフトボールの会場となることも強調されていた。
 来場者は1日目だけで16万人超、2日間で30万人を超えたということだ。

 EM5+9-18mm、TX1





by yassall | 2019-06-03 20:01 | 風景 | Trackback | Comments(0)

桜2019⑥妙義山さくらの里

 4月22日、妙義山さくらの里ツアーに参加してきた。
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 志木高校にいたころは所沢インターが近かったので妙義山にはときどき出かけた。中間考査のときなど、1時間目の監督を終えた後で年休をとり、ドライブと写真撮影を楽しんだ。中之嶽神社前の駐車場を利用したので妙義公園さくらの里の存在はそのころから知っていた。いつか桜の季節に来てみたいものだと思いながら機会を逸していた。たまたま願ってもないツアーが見つかったので参加することにした。開花予想もちょうど満開のころとある。
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 ツアーの最初はめがね橋。ここも何回か来たことがある。前回は碓氷峠アプトの道を歩いた時であった。そのときは紅葉のころだったから、今回は新緑を期待していたのだが、まだ少し早かったようである。
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 せっかくなのでさまざまなアングルを狙ってみる。
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 スケール感が出せたかどうか?
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 おぎのやの釜飯をいただいてからだったがずいぶん早めの昼食で12:30には到着した。しかし、光が回っていないせいなのか、レンズの選択を誤ったのか、はたまたさらに腕が落ちたのかは不明だが、どうも解像感の足りない写真になってしまった。絞りもシャッタースピードも十分なはずなのだが。期待が大きすぎたということなのか。
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 中之嶽神社からだからさくらの里へは谷へ降りていくことになる。敷地は広大だがどうやら今満開を迎えているのは管理事務所のある東側らしい。まあ、個人で来ても中之嶽神社の駐車場を利用しただろうし、案内図ではこのあたりもソメイヨシノやオオヤマサクラの植林地なのだ。
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 初めて来て絶好期に遭遇するというような幸運がそうあるわけではない。
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 かたちのよいものを探してみる。
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 中之嶽神社に参拝するのも忘れなかった。
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 境内の様子は昔と変わったところはなかったが、ひとつだけ異様な建造物が…。中之嶽神社は大国神社でもあるので大黒様の建立と相成ったのだろう。
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 確かに存在感はある。

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 神社の境内から駐車場付近を振り返ったところ。かなり人工物が写り込んでしまうが、山の全容が桜に彩られているという雰囲気はこの方がよく伝わる。
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 陽当たりがいいのか、桜も美しい。
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 かたちもまだ全然崩れていない。
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 ツアーの最後は富岡製糸場である。
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 ここも2回目。確か、前回も案内人付きだった思うが、案内の仕方などは洗練されてきたという印象だった。
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 一人になってからは裏手に回って桜を探す。
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 5月に入っても北海道までも行こうという気になればまだまだ桜前線を追えるのだろうが、今年の桜探訪も今回が最後である。前回も今回も2人分のシート独占で旅自体は快適だった。

 G8+14-140mm、GM5+OL9-18mm

 
by yassall | 2019-04-27 16:30 | 風景 | Trackback | Comments(0)

桜2019⑤高遠城趾公園

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 高遠城趾公園到着は13:00少し過ぎ。いちおうお約束の桜雲橋を撮っておく。城趾公園といっても城跡らしい痕跡は縦横に掘られた空堀を残すのみである。
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 桜雲橋を渡り、問屋門をくぐった先が本丸跡である。公園全体では北側になり、満開にはまだまだ日数がかかりそうな咲き具合であった。
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 南側に出るとかなり開花がすすんでいるとのことだったので向かってみる。一度、南口を出たあたり。観光客も大勢集まっている。
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 これくらい咲いていてくれれば来た甲斐があったというものである。
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 さらに高遠湖の方まで足を運ぶといっそう花盛りとなる。
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 遠いアルプスとのマッチングもいい。
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 高遠美術館のあるあたりまでもどる。
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 遠足らしい何組かの中・高校生の集団が来ていた。左端の女子高校生は髪に桜の花びらをあしらって写真を撮りっこしている。インスタにでもアップするのか、髪に桜をかざして花見を楽しむのは伊勢物語にある。知ってか知らずでか、風流である。
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 以下、しばらく桜三昧である。
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 やや小ぶりなコヒガンザクラ、なかなか品格がある。
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 城内に河東碧梧桐・広瀬奇璧とつぎの荻原生泉水の句碑が建立されている。
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 河東碧梧桐も荻原生泉水も時代を違えこそすれ自由律俳句にとりくんだ俳句革新運動の旗頭である。どんな所縁でこの地に建立されているのかは調べていないが何か不思議な思いが残った。
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 バスにもどる前にもう一枚。今回は主として南斜面側を探訪したが、もちろん城内には無数の桜が植えられている。満開のときを迎えたらさぞやと思わないではないが、もう一度来たいと思うかどうかは微妙なところである。旧藩校の進徳館を見学し損なったのは心残りであった。

 G8+12-60mm、ZR4000

 

by yassall | 2019-04-13 15:31 | 風景 | Trackback | Comments(2)

桜2019④馬見塚公園・光前寺

 11日、高遠コヒガザクラをメインとする信州桜めぐりのツアーに参加してきた。高遠城趾公園は昨年4月19・20日の雪の大谷ツアーのコースにも入っていた。こちらも楽しみにしていたのだが、15日にはすべて花は散ってしまったとのアナウンスであった。今年こそ時機を逃すまいと少し早めの日程をとったが、今度は桜が足踏み(実は例年なみ?)、あまつさえ前日は季節外れの大雪という展開となった。
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 7:00に上野を出発した。最初の到着地は信州駒ヶ根の馬見塚公園、一周15分ほどの池を中心とした小さな公園である。前日とは打って変わってこの日は朝から晴天、空はきれいに晴れ渡っているのと対比するかのように残雪が敷地を覆っている。
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 入口を入ると左側に桜、右側にミツバツツジが植えられている。元は農業用の溜池で、初めて桜が植えられたのが大正時代、それ以来桜の名所として地元の人びとに愛されてきたという。
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 まだ二分咲きというところだろうか。初々しいといえば初々しい。
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 雪と桜、絵になるといえば絵になる。
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 枝垂れ桜の方は七分咲きというところだろうか。
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 ツツジの側もまだまだだった。
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 ツツジのアーチという謳い文句だったが盛りを迎えるまでは無理だろう。
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 入口付近に立っていた傷痍軍松。気になったのでカメラにおさめ、解説板は帰宅してから読んだ。戦争末期、不足する燃料の代替品として松脂を採集したということを聞いたことがあったが、その痕跡が残った松であった。樹皮を剥がされ、斜めに傷が付けられた松が何本もあったという。こうしたかたちで戦争の傷跡を残そうとしてきた地域の人びとの思いを思った。
桜2019④馬見塚公園・光前寺_c0252688_13304382.jpg
 つぎは光前寺である。枝垂れ桜の名所として知られているとのことだが、こちらはまだ開花もしていないような状況であった。しかし、寺そのものはいかにも古刹然として見応えがあった。参道の石垣の隙間からヒカリゴケも見えた。
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 本堂。裏手はずっと山になっている。
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 雪景色ともあいまって何ともいえない枯れたたたずまいである。
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 霊犬早太郎伝説は日本昔ばなしにも登場したとのことだ。その早太郎の墓の前には真田幸村とともに大坂冬の陣・夏の陣を戦った上穂十一騎之碑が建っていた。風雪に耐えてきた墓石たちが並んでいる。
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 大講堂は参道を入口付近までもどったあたり。マンサクの命名は「まず・咲く」ことからだという。
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 桜の方はまったくのつぼみ状態である。
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 光前寺はむしろ紅梅の赤が鮮やかであった。
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 枝垂れ桜が満開を迎えていたのは駐車場付近であった。高遠コヒガンザクラは別項で。

  G8+12-60mm、ZR4000



by yassall | 2019-04-13 14:49 | 風景 | Trackback | Comments(0)