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憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう!

 憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
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ご案内
 たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
 あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに!

この一枚

 富良野にて(6月25日 G8) 

# by yassall | 2020-12-31 23:59 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

つい一言 2019.8

 5日の『赤旗』でリニア新幹線建設工事の残土から微量のウランが検出されたという記事が掲載された。

JR東海が進めるリニア中央新幹線建設工事の日吉トンネル南垣外工区(岐阜県瑞浪市)で残土から複数回、放射性物質である微量のウランが検出されていたことが分かりました。この地域には日本最大のウラン鉱床が広がっています。トンネル掘削には住民から不安の声が相次いでいましたが、同社は公表していませんでした。専門家は、住民の信頼を得るためには公表が必要と指摘しています。

 見過ごしてよいことではないと思ったので他紙やTVでどのように取り上げられることかと注目していたが、今のところいっこうに問題視されていない様子である。どうも変だと思って少し調べてみた。すると、リニア新幹線の地下走行ルート上の岐阜県東濃地区には、実は日本屈指のウラン鉱床が存在することが知られており、JR東海のHPを見ると着工前の2012年当時の説明会で次のように回答していることが分かった。

  •  ウラン鉱床については、独立行政法人日本原子力研究開発機構(旧動力炉・核燃料開発事業団)や専門家から、関連する文献・資料を収集するとともに、聞き取りを行い、把握に努めております。
  •  独立行政法人日本原子力研究開発機構は、資源開発を目的に約1400本のボーリング調査を行い、ウラン濃度を確認し、ウラン鉱床の位置を把握しています。
  •  東濃地域のウラン鉱床は、その成り立ちとして、おわん形に窪んだ花崗岩の上部に堆積した瑞浪層群のうち有機物を多く含む土岐夾炭累層との境界部分に蓄積することが分かっていますので、ルートの絞込みに際しては、このウラン鉱床を回避します。
  •  こうしたことから、ウランに関する問題は生じないと考えておりますが、掘削にあたっては、必要に応じて線量計により状況を確認しながら施工することなどを考えています。

     ウランを含んだ残土からは肺がんを引き起こすラドンガスが発生する可能性が高いという。JR東海はウラン鉱床の存在を知っていて着工した。上記のように回答していたということは住民の不安も認識していたはずである。掘削にあたっては鉱床を「回避」したとしているが現実にウランが検出されたからには公表と対策の発表が必要なのではないか? いったい残土はどのように処分するつもりでいたのか? 黙っていれば分からないだろうというのは隠蔽と同じである。どうも政財官そろって体質は改善されていない模様である。(8日)


     昨日投稿した「表現の不自由展・その後」中止問題に引き続き、今日の朝刊にまたまた気味の悪い記事が掲載された。

  •  自衛隊に一審札幌地裁で違憲判決が出た長沼ナイキ訴訟や、沖縄の米軍用地の強制使用を巡る代理署名訴訟をはじめ、合憲違憲などが争われた戦後の重要な民事裁判の記録多数を、全国の裁判所が既に廃棄処分していたことが分かった。代表的な憲法判例集に掲載された百三十七件について共同通信が調査した結果、廃棄は百十八件(86%)、保存は十八件(13%)、不明一件だった。判決文など結論文書はおおむね残されていたが、審理過程の文書が失われ、歴史的な憲法裁判の検証が不可能になった。(「東京新聞」8/5朝刊)

     政府による公文書の隠蔽・改竄事件にもあきれるばかりだったが、司法の分野でも重大な記録がこっそりと廃棄されようとしている。歴史の検証というのは世紀を超えて行われるものだと思う。いったい日本の権力の座にある人々は日本という国が世紀を超えて存続するとは思っていないのだろうか?
     長沼ナイキ訴訟では、「憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」(平和的生存権)」が一審で認められ、住民側の勝訴となったが、二審・三審では「住民側の利益なし」として判決は覆された。さらに、二審判決文では「高度に政治性のある国家行為は、極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法審査の範囲外にある」とする「統治行為論」が砂川裁判に続いて併記された。判例としては残るが、その間にどのような審議がなされたのか、検証が求められるときが必ずあると思うのである。
     施政者は未来における歴史の審判を恐れているのかも知れないが、そんなことではもはや文明国とはいえないのではないだろうか?(8月5日)
     

    # by yassall | 2019-08-08 12:53 | つい一言 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅3日目

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     北海道旅行も最終日となった。宿舎を出て向かったのは知床峠。斜里町と羅臼町の中間に位置する知床峠展望台から羅臼岳を撮った。重そうな三脚を立て、高そうな超望遠レンズ付きのカメラをかまえている人たちがいたので「何を狙っているのですか?」と聞いたら鳥の名前(忘れた!ライチョウだったかな?)が返って来た。知床峠は野鳥スポットなのだそうである。
     ここで昔話をひとつ。大学時代に知り合いとなり、今も交流の続くNと並んで日華比較文化論の講義を受けていたときのこと。何やらNがノートに詩らしきものを書き付けている。私がのぞき込むとノートを私の方に示して見せてくれる。世事にうとかった私は、それが加藤登紀子歌うところの「知床旅情」(森繁久弥作詞作曲であることは後に知った)の歌詞であることを知らなかった。てっきりNの即興詩であると思い込んだ私は「なんて才能のあるヤツなんだ!」と驚嘆したのだった。
     森繁久弥の「知床旅情」には「オホーツクの舟唄」という別バージョンがあり、こちらは倍賞千恵子が歌い継いでいる。どちらも名曲である。それはともかく、いつか知床を旅してみたいと思うようになったのはそのころからなのである。
     さて、「知床旅情」も「オホーツクの舟唄」も背景に北方領土の存在がある。この知床峠展望台からは国後島が見えた。ちょうど知床半島と並行しているかに青くかすんだ島影が見えたのにカメラに収めるのを忘れた。
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     バスが羅臼町方面に向けて出発して程なく乗客のひとりが「あっ、クマ!」という。これまでエゾジカは何度も見たがクマと遭遇出来るとは思わなかった。運転手がバスを止め、少しバックしてくれたので写真をとることが出来た。
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     サービス精神(?)が旺盛なのか、道路脇まで出て来てくれる。まだ子熊なので警戒心が薄いのだろうということだった。もちろん、親熊がそばにいたことだろう。
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     バスは中標津町まですすみ開陽台に立ち寄った。バイクによるツーリング族の聖地であるとのことだが、この日はバイクはあまり見られなかった。ここからも国後島が見えるというのだが、ガイドが「ほら、あれです」と指さしてくれてもはっきりとは識別出来なかった。
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     開陽台からの眺め。この日は空も曇りがちだった。
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     それでも北海道の広大さは伝わって来る。
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     摩周湖である。摩周湖を知ったのも布施明の歌う「霧の摩周湖」からだ。実際、霧に包まれていることが多いのだそうだ。この日は湖面が奥の方まで見渡せた。
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     岸辺は断崖になっていて容易には人が近づけないようである。
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      いつだったか、過去に放流されたザリガニが大量に繁殖していると聞いたことがある。今はどうなっているのだろうか?
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     これまでいだいてきたイメージ通りだったかどうかはともかく、一度は見ておきたいという長年の思いを果たすことが出来た。
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     釧網線の塘路駅に到着する。ここから釧路までノロッコ号で釧路湿原を走ろうというのである。
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     やがて我々の乗る車両が入線してきた。観光用の貸し切りである。
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     釧路方面から入線してきたので機関車は後ろ側から車両を押していくことになる。
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     こちらが進行方向。
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     車両の中は新しい。指定席になっていた。
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     いよいよ列車が走り出す。樹木が生えてきても森林化する前に湿原に戻ってしまうのが釧路湿原の特徴だという。すると、このあたりは湿原としては不完全であるのかも知れない。あるいは鉄道を通すためには地盤がしっかりしたところを選ばざるを得なかったということかも知れない。まあ、素人考えはこの辺で。
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     釧路川である。滔々とした流れである。
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     タンチョウが見えた。このあと、もう一度見ることが出来た。
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     釧路駅に到着した。ここでは回送されたバスと合流しただけ。
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     釧路湿原国立公園という看板のある高台に立ち寄る。
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     もう夕暮れに近いこともあり、眺めは旅の名残を惜しんだ、というところ。もう旅も終わりなのである。
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     帰りの飛行機はとかち帯広空港から20:05発のJAL。なんども念を押された通りの小さい空港である。早めに出発ロビーに上がると柱に現在放送中のNHKの朝ドラ「なつぞら」のポスターが貼ってあった。

     G8+12-60mm、ZR4000



    # by yassall | 2019-08-07 14:34 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅2日目

     1日目は新千歳空港から温根湯温泉までバスは345kmを走った。2日目は知床ウトロ温泉まで208kmを走る。
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     道路脇にバスが止められたのはメルヘンの丘を望むフォトポイントである。7本のカラマツが並んでいる。黒澤明の『夢』の撮影地になって知られるようになったそうだ。丘の上に登ることも出来なくはないようだが観光客が殺到するようになっていないのが好ましい。
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     向かって右奥に広がる景色。
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     こちらは左隣り。3枚を合成写真に出来るとよいのだが。
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     博物館網走監獄に到着する。網走刑務所の改築にともない旧建造物の保存のために移築されたとのことである。
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     ゲートをくぐるとレンガ造りの正門が見えてくる。レンガは囚人たちが焼いたものであるという。この写真では小さくしか写っていないが、右横に木製の正門跡も保存されている。
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     正門を過ぎると庁舎。重要文化財で現在は資料の展示室になっている。
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     敷地内の様子。
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     きれいに整備されている。
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     左回りに監獄歴史観等を見学しながら庁舎の後ろに回ると獄舎である。公開されるようになったのは1985年からであるという。
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     こちらが入口である。
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     入口を入ると真ん中に六角形の中央見張所があり、5方向に舎房が伸びている。フーコーの「パノプティコンの監獄」を思い出した。
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     「五翼放射状平屋舎房」と呼ばれる構造は刑務所の施設としては国内最古であり、木造の行刑建築としては世界最古であるという。
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     棟によって雑居房と独房に分かれているそうだ。冬の独房は辛いので雑居房の方が好まれたという。
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     レンガ造りの独居房。窓がなく光が差し込まない構造になっている。懲罰房である。こんなところに長期間閉じ込められたら失明してしまうだろうと思った。
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     こちらは教誨堂。囚人たちのレクレーション施設にもなっていたらしい。北海道開拓のために過酷な重労働を強いられた囚人たちであったが、次第に人権の光が届くようになったのだろう。
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     何だか網走監獄のところが長くなってしまった。写真はバス内から写した網走駅である。
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     昼食に立ち寄った海鮮問屋から知床半島を望んだところ。いよいよ目的地に近づいてきた。
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     知床半島の旅の始まりはオシンコシンの滝である。幹線道路からすぐのところに入口があり、拍子抜けがするようだったが、滝そのものは落差50mという豪快なものだった。
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     滝は二つに分かれているところから双美の滝と呼ばれることもあるという。
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     水量は豊富だ。
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     滝壺からの流れも荒々しい。
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     ウトロ港からクルーズに出る。以下のように海岸美を楽しんだ。
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     滝が落ちているのが見える。乙女の涙(フレベの滝)の方だったが男の涙(湯の華の滝)の方だったか。岩が黄色く染まっているのは硫黄を含んでいるせいだという。
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     奇岩が続く。
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     象岩と呼ばれているそうだ。
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     カムイワッカの滝。岩の途中から吹き出しているのではなく、もっと上の方から落ちてきているらしい。カムイワッカとはアイヌ語で「神の水」という意味。硫黄を含んだ熱湯で神しか飲むことが出来ないからとか、あるいは「魔の水」という意味であるともいわれているそうだ。
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     羅臼岳。知床七山の最高峰である。翌日は知床峠側から望んだ。
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     はるかに知床岬の尖端を望ながら、このあたりで遊覧船は引き返す。
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     ウトロ港付近も奇岩が立ち並んでいる。無数のカモメが群がっている。巣になっているのかも知れない。
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     この日はこれで終わりではなく、今度は知床五湖をトレッキングする。まあ、トレッキングといっても高架木道を歩き、回るのも一湖だけだが。写真の二人は案内をしてくれるネイチャーガイドである。
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     二班に分かれて出発。我々の班は女性の方になった。こうした若者たちが活躍する場があるというのはいいことだ。
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     高架木道はこんな感じ。ところどころに「クマにえさをやるのはクマを殺すこと」という掲示がかけられていた。ただし、この日はクマは現れなかった。暑いときはクマの活動も鈍るのだそうである。
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     木道からの眺望。
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     ところどころに池が出来ている。
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     そうこうしているうちに一湖が見えて来た。
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     なかなか美しい。
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     振り返ってオホーツク海を望む。ぼやけてしまってよく見えない。この日の宿泊地はウトロ温泉である。



    # by yassall | 2019-08-06 15:13 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    北海道の旅1日目

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     北海道旅行のツアーに参加したのは6月25日-27日のことだった。ようやくの旅行記のアップになる。遅くなった理由は帰宅の翌日から2週間ほど入院生活を余儀なくされたからである(すでに未公開にしてしまったが詳しいことは〈お知らせ〉で報告した)。旅行中から異変は感じていたが、やはり好きなことをしていると多少の体調の乱れなどは忘れてしまうらしく、天候にもめぐまれ旅行そのものは充実したものであった。
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     飛行機は羽田7:00発で旅行社のカウンターでチェックを受けるのが6:10という指定だった。調べてみると当日の一番電車で羽田第2ビル駅到着がちょうど6:10、何かあるといけないので天空橋で前泊することにした。19:00ごろチェックインし、受付カウンターでカード型のルームキーを受け取る。エレベーターに乗ると降りる階のボタンを押してもうんともすんともいわない。慌てていると乗り合わせた外国人の少女がカードをセンサーにかざすのだと教えてくれた。最先端に慣れた人なら何でもないのかも知れないが、別世界をのぞいたような気がして少し得したような気になった。翌朝も無料の送迎バスが出ていた。バス乗り場は地階でここでもカードでチェックアウトが出来た。
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     8:30、新千歳空港着。今回のツアーはここから富良野・美瑛を経て知床半島まで、折り返して摩周湖に寄りながら釧路湿原を横断しようというものである。これまで一度は行ってみたいと思っていた箇所がかなり網羅されている。しかし、2泊3日で回るとなると、いわゆる観光スポットを点として追うだけになってしまうかとか、点と点を追うために、実はほとんどバスの中になってしまうかとかためらいもないわけでもなかったが、バスの車内から延々と続く草原を眺めるのも北海道を実感することになるかも知れないと参加を決めたのである。
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     最初に到着したのは富良野・ファーム富田である。満開には少し早く、ロングショットを狙えるような撮影スポットがあればまた違ったのだろうが、「花の絨毯」という写真にはならない。それでもこの季節ならではの風景が楽しめた。
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     ラベンダーも満開にはもう少し。以下、園内の景色を。
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     この一枚あたりがここでのベストショットかな。
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     美瑛・青い池。山奥深くにあるというのでもなく、青森の白神山地の青池と比べると神秘感は感じられなかった。
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     続いて美瑛・四季彩の丘。富良野でも遠く望む山々の姿に惹かれたが美瑛ではより広大感があった。こんな風景を見たかったんだという気にさせられた。
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     天空を流れる雲の影が映し出されている。
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     今回のツアーで唯一外してもよいのでは、と思ったのが旭山動物園である。ただ、高名でもあることだし、丘の斜面に作られた園内を見て歩いた。トナカイとオオカミ(シンリンオオカミ)を見られたのは良かったと思った。オオカミの遠吠えを間近に聞いたときはジャック・ロンドンの動物小説を思い出した。
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     とはいえ、檻の中に閉じ込められた動物たちの写真をアップするのも何となく忍びない。オオタカの写真を一枚だけ掲載する。
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     こちらは美瑛で。1日目の宿泊地は温根湯温泉である。

    # by yassall | 2019-08-05 15:54 | 風景 | Trackback | Comments(0)

    「表現の不自由展」の中止について思う

     3日、愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を決めたというニュースが流れた。慰安婦を表現した少女像など、各地の美術館から撤去されるなどした二十数点を展示する企画であったが、内容が発表されるや抗議の電話が殺到するなどしていたという。
     こうした内容の催しがあったとき、抗議というより脅迫に近いような圧力が加えられるような事例が横行している。昨日、このニュースを聞いたとき、これはあまりにも異常だと感じたのは、中に「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」というFAXまで届いたという説明を聞いてである。もちろん最近起こった京アニ放火・殺人事件が背景になっている。おそらくFAXの送り主は自らの脅迫に切迫感を付加しようとしてのことだろう。だが、あまりにも生々しい事件を連想させようとする精神性は何だろう。そこには降って湧いたような災難に遭われた方々の無念への同情も、遺族の悲しみへの共感も、失われた命への愛おしみも感じられないではないか。私にいわせればまさにモンスターが出現したような恐怖を感じる。
     そして今日、詳細を知ってさらに気味の悪さを感じたのは幾人かの政治家の姿勢である。大村愛知県知事については「行政がコミットしてしまうのは控えなければならない。そうでなければ芸術祭ではなくなる」、中止を決めたのは「(抗議等が)これ以上続くと安心して楽しくご覧になっていただくのが難しいと危惧」したからだという。日ごろ問題を感じないでもない大村知事ではあるが、前半はしごくまっとうである。そのまっとうな姿勢がテロまがいの脅迫に屈してしまったことは、その立場を理解できないのではないということとは別に、まるで昭和初期のテロが横行した時代の再来が予感されてならないのである。 
     驚かされたのは河村名古屋市長の発言である。どうやら河村氏は少女像の展示を表現の問題ではなく、「政治」的な行為としてとらえたらしく、「(少女像の展示は)『数十万人も強制的に収容した』という韓国側の主張を認めたことになる。日本の主張とは明らかに違う」「国などの公的資金を使った場で展示すべきではない」と大村知事に中止を求め、中止が決まった後も関係者に謝罪を求めているとのことだ。「公的資金」云々は減税を訴えている河村氏らしいといえばいえるが、これだけでもかなり大きな問題を含んでいることに気が付かないでいるのだろうか? 芸術と政治の問題、検閲の問題、「日本の主張」というが学問的研究も含めて一様にはいえないこと、公的資金による芸術活動の支援のあり方、そして何よりテロまがいの脅迫に結果として同調してしまったこと、河村氏の罪と今後に与える影響は重いといわざるを得ない。さらに菅官房長官までも今後の交付金決定について「事実関係を確認・精査して適切に対応したい」と発言したということだ。
     もっと奥深い問題としては今日の「徴用工問題」に関連する「輸出規制問題」「ホワイト国除外問題」があるのだろう。この問題についてはいずれ考えをまとめてみたいと思っている。少なくとも1965年の「請求権協定」ですべてが解決したとは私は思っていない。日本側も1965年の経済支援によって「賠償」が行われた、とは発言していない。「未払い賃金」等の「財産」については補償したとしている。朝鮮の植民地支配は「日韓併合条約」によって合法的に行われたという立場をとっている限りは当然のことである。
     「経済戦争」というような規定のされ方もしている。戦争であれば相手を「鬼畜」呼ばわりすることも始まる。ヒートアップへの動きはますます強まるだろうが、少しでも冷静でありたいと思っている。そうでなければ日本人同士の対話すら困難になり、「問答無用」の社会が到来する。

    〈関連ニュース〉
    http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e6%85%b0%e5%ae%89%e5%a9%a6%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%ae%e5%b0%91%e5%a5%b3%e5%83%8f%e5%b1%95%e7%a4%ba%e4%b8%ad%e6%ad%a2%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e3%80%81%e6%96%b0%e3%81%9f%e3%81%aa%e3%80%8c8%e6%9c%88%e3%81%ae%e6%98%8f%e3%81%84%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%80%8d/ar-AAFjcEy?ocid=LENOVODHP17#page=2

    http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%81%be%e3%81%95%e3%81%ab%e8%a1%a8%e7%8f%be%e3%81%ae%e4%b8%8d%e8%87%aa%e7%94%b1%e2%80%a6%e3%80%8c%e6%9a%b4%e5%8a%9b%e3%81%a7%e5%b0%81%e6%ae%ba%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%aa%e3%80%8d%e7%8f%be%e5%9c%b0%e3%81%a7%e6%8a%97%e8%ad%b0%e3%82%82/ar-AAFk4ir?ocid=LENOVODHP17

    # by yassall | 2019-08-04 17:49 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

    歴教協埼玉大会講演「学校をカエル!」内田良氏

     朝霞高校時代の同僚であるKさんからメールをもらったのは7月14日のことである。その内容は、8月3-5日の日程で歴史教育者協議会の全国大会が埼玉県草加市で開催される、第1日目は草加市文化会館大ホールで一般の市民の方も参加できる全体会を開く、記念講演は『ブラック部活』や『学校ハラスメント』の内田良さん(名古屋大学准教授)による「学校をカエル!~教育の病から脱け出すために」、その後高校生も登壇して中学校の総合学習の実践を報告してもらい、続いて会場に集まった参加者全員をグループに分け、学校を変えるために何ができるかを話し合う、ぜひ参加されたいというものだった。
     研究大会の全体会としてはかなり凝った企画のようだった。Kさんが全体会担当とある。たまには学校現場の話を聞くのもいいか、というのと、細面に金髪メガネという特異な風貌で知られる内田氏がどのような話をするのかという興味、他にも知り合いの先生に会えるかも知れないという懐かしさ半分・応援半分で出かけて行くことにした。
     会場の草加市民文化会館大ホールは東京スカイツリーライン獨協大学前(草加松原)駅から徒歩5分。バスで赤羽へ出、京浜東方線南浦和駅で武蔵野線乗り換え、さらに南越谷駅で乗り換える。約1時間20分くらいの行程だろか。東口を降りて綾瀬川を越えたすぐが会場だった。
     主催者あいさつ等の開会セレモニーのあと内田氏の講演となった。時間は48分間であるという。名古屋から来てもらったというのにずいぶん短いな、と思ったが、会場トークの合間に質問用紙に答える時間、さらに全体会最後の企画であるシンポジウムにも参加してもらうというようなことであったらしい。通常であれば講師は持ち時間が終われば引き上げてしまうものだが、研究活動に寄り添おうという姿勢がみられて好ましかった。
     講演の内容も聴衆を引きつけるものだった。著作名は『ブラック部活』とか『学校ハラスメント』などセンセーショナルなイメージがあるが、自分の目標は「リスク低減」、「持続可能」であるとし、生徒の側にも教師の側にも目配りをし、データに基づいた問題点の指摘や解決策の提案は説得力に富むものだと思った。
     部活動で起こる事故の中で際立っている種目は柔道である。そこまではデータを示されなくてもそうかも知れないという予想は誰にでもつく。さらに細かく分析をすすめると5月から8月までの期間に集中していることがわかる。すると事故は柔道という種目と結びついているというより、新たに入部してきた生徒のうちの未経験者がまだ身体が十分に出来ていなかったり、しっかり受身が身についていないうちに大会向けの練習をさせていたことに主因があることが分かる。実際、その指摘を受けて柔道における事故は減っているのだそうだ。
     学校を変えていくにはまず周囲の人と話合うことから始まる、ただしそれなりの戦略を持つ必要があるという。その話し合いを可能にする同僚性が難しくなっているんだよなあ、ともう少し話を聞いてみたいところで講演は終わった。休憩時間に入ったのでこの後どうしようかと考えていたら志木高校時代のKG氏と会い、進行予定を聞き、もう少しいることにした。実践報告といっても社会科は専門外だしなあと思ったが、生徒を主体にした発表形式は成功していたし、ただ一方的な聴衆になりがちな全体会参加者にトークタイムを設けることによって双方向性を確保しようとするなどに工夫を感じた。
     私は教科も違うし現役でもないからとトークには参加しなかったが、後ろの方のグループの話し合いを聞いていたら、「憲法を変えるべきか」というテーマで議論をさせたところ、「現憲法の9条は日本を弱体化させるために連合軍が押しつけた憲法なのだから変えなくてはならない」というような発言をする生徒がいて、それほど深く考えたことのない生徒は「なるほどそうだったのか」と同調してしまう傾向があるのだという。そこで「こんな考え方もあるんじゃないか?」と教師がアドバイスすると、「先生は遊動しようとしている」と拒否されてしまうのだそうだ。「押しつけ」の問題もだが、それでは「軍備」を持ち、「交戦権」を持つべきなのか、していい戦争として悪い戦争があるのか、といったところまで深めて欲しいと思っても、一つの「強い」意見、実はそうだったのかという「事実」(?)が強い影響力を持ち、大勢を支配してしまうというのは現代社会全体にもみられる傾向である。その大勢に入らない意見の持ち主は排除されてしまうということになったら危険この上もない。
     なお、開会式では韓国の「全国歴史教育の会」の事務局長も登壇してあいさつしていた。大会日程では「日韓交流」の分科会ももうけられているようだ。今日に情勢下でこのような日韓交流が行われているのは心強いと思った。(その日韓問題ではなはだ気持ちの悪い事件が起こった。そのことは別項で触れる。)
    # by yassall | 2019-08-04 16:18 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

    コピスみよし2019第18回高校演劇フェスティバル『勝手に名場面集』

      6月16日、コピスみよし2019第18回高校演劇フェスティバルが開催された。6月28日のまとめの実行委員会の報告によれば観客動員も昨年からV字回復を果たしたとのことだ。まずはフェスティバルの成功を喜びたい。
     今年も写真記録係を担当した。各校の許可を得て、今年も「勝手に名場面集」をアップしたい。ただ、諸事情があって時機を大きく外してしまったこともあり、いつもの「やぶにらみ観劇記」の方は簡素になってしまいそうである。
     私が現役としてこのフェスティバルに関わったのが第9回まで。今回が第18回と聞けば本来は感慨もひとしおなのであるが、それらの思いも省くことになる。
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     とはいえ、いつものようにまずはひとくさり。斎藤美奈子が『日本の同時代小説』(岩波新書、2018)で、「小説は「何を(WHAT)いかに(HOW)書くか」が問われるジャンルです。その伝でいくと[HOW(形式)」に力点があるのが純文学、「WHAT(内容)」に力点があるのがエンターテイメント。」と書いている。
     1960年代論から稿を起こした斎藤美奈子としては、「知識人/大衆という階層の解体」の中で「純文学」が通用しなくなった、という文脈の中で語られる箇所なのであるが、ふと演劇でも同じようなことが言えないかと連想が広がったのである。
     もちろん表現者の側からすれば「何を」と「いかに」はどちらに力点を置くかという選択の問題ではなく、二つをどう結合させるかという問題設定になるだろう。それは脚本の段階でもいえるし、演技者・演出家のそれぞれに葛藤やひらめきや創意として表れることになるだろう。
     一方、鑑賞者の側からすると「感動した」や「面白かった」というとき、「何を」に力点を置いていたか、「いかに」に力点を置いていたかの違いは出てくるような気がする。私などはどちらかといえば「何を」の方に重点を置くタイプのように思えるし、おそらくは一般的な観客もそうではないかと考えている。その意味では「いかに」に重点を置いている鑑賞者は、本当の意味での見巧者ということになるのかも知れない。
     ただ、ここが演劇の不思議なところで、あまりにもパターン化された(陳腐な)感情表現や、肉声とならない観念語の羅列や、ちぐはくな身体と科白といったものからはその「何を」は少しも客席に伝わって来ないのである。「何を」に感動しているようにみえて、実は「いかに」に心震わされているというのが観劇の醍醐味かも知れない。 
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     坂戸高校『修学旅行~鬼ヶ島編~』畑澤聖悟・作 県坂演劇部・潤色
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     一昨年に坂戸高校は『修学旅行』正篇を上演している。正篇は高校演劇の傑作であると思う。沖縄修学旅行を題材に、教師側のいわゆる平和教育がどのくらい生徒に届いているか、という問題設定から始まって、一班に割り当てられた部屋の中で高校生たちが繰り広げるドタバを描きながら、実は隣国からの脅威や国境侵犯、エスカレートする対立など、世界で起こっている紛争の有り様がカリカチュアライズされていて、高校生たちもその現実から無関係ではいられないという事実に直面していくという構成になっている。
     しかしながら、この『鬼ヶ島編』には少なからず疑問を感じざるを得なかった。鬼ヶ島といえば桃太郎が出てくる。実際、劇中でも桃太郎が過去に鬼たちを襲撃し、打ち負かしていった回想シーンとして登場する。さらに、青鬼と赤鬼を分断させ、島を支配していったというような歴史が語られる。とすれば桃太郎はここではかつての大日本帝国の象徴、あるいは戦後沖縄を統治したアメリカ帝国主義を象徴しているようにも解釈できる。
     しかし、そのようにして蒔かれた種はちっとも育っていく気配がなく、最後まで回収されずに終わってしまっているようだった。後に残るのは鬼が登場して高校生たちと会話をしたりという虚と実の境界を失ってしまった無秩序感であり、赤鬼と今は亡霊となった青鬼の百年だか千年だかの恋の成就を見せられても伝わって来るものがなかった。
     写真1はその桃太郎の闘争シーンである。桃太郎は台本上でも武器を手にしていないのだろうか? 日本刀なり、あるいは衣装に似つかわしくない近代兵器を持たせた方がその暴力性が表現できたのではないだろうかと思った。写真2はラストシーン。このところ坂戸高校は部員確保に成功し続けており、ともかくも大人数によるパワーは伝わって来る。
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     星野高校『僕らの青春ドキュメント』ユウと愉快な仲間達・作 星野高校演劇部・潤色

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     富山第一高校放送演劇部による2018年度全国大会出演作品。パンフレットによるあらすじ紹介には、「春山高校2年4組の放送部は番組制作に苦戦していた。そんなある日、文化祭のクラス別出し物で演劇をすることが決まった。そこで、その様子を撮り番組を作ることにした。お互いを傷つけながらも成長していく「青春」物語。」とある。
     ストーリーが進行していくといわゆる「スクールカースト」の問題が提示される。総勢25名を舞台にあげたところはいかにも星野高校らしいところだが、そのスクールカーストの存在を表象しているかの縦長の階段上の舞台装置が効果的で生徒達が大人数に埋もれてしまうことなく、それぞれのグループや個人が浮き彫りにされていく。スクールカーストといってもクラス内が分断されているというばかりでなく、実は皆がラインで結ばれているといったところがあり、特定の個人が徹底的に除外されていくといった悲惨からは免れ、現代的であると同時にまたかすかな希望のようなものも提示されている。
     そうしたクラスの実態を番組制作と称してカメラに収めていく突き放した視線の存在が芝居にどう絡んでくるのか、もう一つ理解できなかったが、人物もなかなか魅力的に造形されており、好演だったと思う。
     写真1は期末考査が終わったばかりのところに特別授業の開始を告げられるクラスの全景である。写真2はクラスの出し物の稽古風景。蜘蛛の女王の登場シーンである。
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     東大附属中等教育学校『Alice!~白うさぎのお見合い!?編~』稲葉智己・作 ルイス・キャロル・原作

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     新座柳瀬高校は昨年のコピスで『Alice!~響け、ウエディング・マーチ!編~』を上演した。後述するように、今年は同題名でこのシリーズの総集編というべき作品を持って来た。
     シリーズと書いたが、今回東大附属が上演した『白うさぎのお見合い!?編』は昨年と今年との間をつなぐ作品らしい。私は初見なのだが、どこかで上演したのを顧問のKさんあたりが見ていたのだろう。コピスの観客たちにとっては親切な上演となった。
     幕が開いてみるとKさんがなぜこの台本を選んだのか理解できたような気がした。中高一貫校らしく、高二は一人きりで、他は中二から高一までの混成チームなのである。まだどこかしらあどけなさの残るキャスティングで(こう書くと本人たちは怒るかも知れないが)、きっと子ども達が見たら親近感が湧くだろうという舞台になった。
     とはいえ、演技はしっかりしており、舞台運びのテンポもよかった。衣装などもかわいらしく雰囲気をよく出していたと思う。些末なことのようだが、メイクでうさぎたちに髭を描き込んだのは不要だったのではないだろうか? 顔をしっかり見せた方が伝わる力が強まったと思う。写真1,2とも舞台風景である。
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     東京農大第三高校『ルート67』鹿目由紀・作

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     題名はもちろんアメリカ大陸を横断するかつての国道「ルート66」をもじっているのだろう。「ルート66」は廃線になってしまったが、この「ルート67」も廃線の危機に直面している。何とか廃線を回避できるようにとランナー(ライダー?)たちが国道を疾駆する。
     パンフレットには、「いつからだろう。この世界はこんな風になってしまった。地球温暖化を防ぐため、人間は科学技術を推進させ、人間と車が融合することを発明した。車人間たちが繰り広げる過激なデットヒート。リアルとバーチャルが錯綜するスピーディーなSFファンタジックドラマ。」との作品紹介がある。
     とにかく役者たちがよく動いた。たちどころに後景に飛び去っていくドライブインの看板やら、工事中の看板の付近にいた工事人たちが飛び上がっては消え去っていくありさま、そして様々なパフォーマンスをまじえながらルート67を疾走していくランナーたち。昨年の『バンクバンレッスン』で見知った役者たちも多数認められたが、誰も彼も見違えるように動きもよく表情も生き生きとしていた。
     写真1はルート67を疾駆するランナーたち。それぞれに表情がある。写真2は工事の進行を遅らせようと毎日のようにやってきては徒歩で道路を行きつ戻りつする少女とその少女を見守ろうと、あるいは説得のために集まってきた人々。少女の行為は入院中の妹を激励するためであり、実はルート67の物語はパソコンを使って少女が書き続けている創作であることが判明する。この少女が醸し出す雰囲気には惹かれるものがあった。
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     農大三高だけもう一枚。写真はルート67上でのパフォーマンスの一場面。シャッターは1/80秒でしか切れていないのに全員がよく止まっている。次の動作に移る前に一瞬の静止があるものだが、よほど息が合っているのだろう。プリントした方がきれいな写真になった。今回の私的ベストショットである。
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     川越高校『パンツァー☆ぼぉいず』阿部哲也・作

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     TVアニメ『ガールズ&パンツァー』を下敷きにしているのだという。戦車同士の模擬戦が伝統的な女性向けの武道として競技化され、華道や茶道と並ぶ大和撫子の嗜みとして認知されており、女子高校生たちが全国大会で優勝を目指して奮闘するといったような内容らしい。その戦車道に男子高校生の部があり、全国大会に出場することで落第を免れようとする高校生とその仲間たちを描く。
     その奇抜さとたぶんわざとチープに(しかしある意味で実に精巧に)作られた2台の戦車が見どころの舞台だろう。以前、同じ川越市内の高校に勤めていた身として、これは川越高校ならではの芝居だなと感じていた。
     旧制川越中学校を前身とし、陸軍特別大演習では大本営がおかれ、大正天皇を迎えたというような歴史がある。戦前、天皇から下賜された戦車が倉庫に眠っていた、などという設定は他の新制高校では想像上でもあり得ない。もちろん川越高校でもあり得ないのだが、何となく説得力が生まれてしまう。
     そして何より川越高校水泳部の存在が大きい。それまで女子の競技とされてきたシンクロナイズドスイミング(今はアーティスティックスイミングというらしい)を引退した3年生の水泳部員が文化祭での出し物として披露し大人気となったのである。私は見に行ったことはないが、ともかく年を追うごとに観客が殺到するようになったという噂を聞いていた。その後、映画『ウォーターボーイズ』(2001)のもとにもなった。「ガールズ&パンツァー」で女子の競技とされた戦車道を男子が競うというのとどこか構図が似ているような気がする。
     写真1は川添高校の選手が乗り込む九七式中戦車チハとその運転席。迷彩色が効いている。写真2は中戦車の元乗組員らしい旧日本軍人の霊と対話する男子。軍国主義の復活ではないスポーツとしての戦車道を認知するために登場させたらしい。ポツダム宣言受諾後のソ連軍との戦闘により、オホーツクで戦死したとある。日本の戦車は東南アジアを走り回るのには適していたのかも知れないが、ノモンハンではソ連に、太平洋諸島では米軍に徹底的にやられている。
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     新座柳瀬高校『Alice!~響け、ウエディング・マーチ!編~』稲葉智己・作 ルイス・キャロル・原作

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     東大附属のところで触れたようにシリーズの集大成的な作品であると思われた。白うさぎとアリス、帽子屋とチエシャといったカップルが、それまでのわだかまりを乗り越えて心を通わせていくという大団円を迎える。これまで暴君さながらであった女王は今回は縁結びの役割を果たしている。
     シリーズの集大成というだけなく、これまでの総決算を意識しているようにも思われた。オープニングで紗幕に映し出された回想的シーンなどの作り方にも感じたし、繰り返し使われてきたテディベアによるプレゼント攻勢などにも感じた。
     今年は新入部員が多かったらしく、キャスティングには余裕があったようである。1年生も多数出演させているようなのに、東大附属の「Alice」と比べると大人びた舞台となった。ただ、急ごしらえであったのか、脚本にももう少しひねりが欲しかったような気がするし、演技・演出にも詰めが不足していたように感じた。まあ、最近の多忙ぶりを知っていて書いているのだが。
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     ※今年も使用機材はD750+TAMRON28-300mm


    # by yassall | 2019-07-17 17:37 | 高校演劇 | Trackback | Comments(0)

    平和憲法を守ったロベルト・サモラ弁護士と語る東京集会

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     先日、6.3オール埼玉行動でお会いしたTさんから案内をいただき、標記の集会に出かけて来た。「コスタリカに学ぶ会」も「9条地球憲章の会」も初めて知った。最近Tさんがどのような活動に関わっているのかという関心が先だったが、認識を新たにしたり、いろいろ考えさせられる機会となった。
     コスタリカがコスタリカ共和国として独立したのが1848年、1869年に義務教育を実施、1882年に死刑制度を廃止するなど、国づくりは先進的であったようだ。1948年に大統領選挙不正問題から内戦がおこり、翌1949年のコスタリカ憲法によって女性参政権の保障とともに常備軍の廃止が決められた。
     その内容は「常設の組織としての軍隊はこれを禁止する。公の秩序の監視と維持に必要な警察力はこれを保有する。大陸内の協定または国内防衛のためにのみ軍事力を組織することができる。(憲法第12条)」というものである。
     世界には軍隊を保有しない国家が30余り存在する。その理由は様々でそれぞれの国情による。コスタリカでは内戦の予防というような意味合いがあったとも考えられる。ただ、1980年にはコスタリカを本部とする「国連平和大学」を創設し、1983年には「永世非武装中立宣言」を行ったりと、平和国家としての歩みは確固としている。また、最高選挙裁判所(憲法評議会)や人権裁判所が設置されるなど、民主主義の内実化もすすめられている。
     アメリカは中南米を自国の「裏庭」視し、CIAによって国家転覆を謀ったり、直接軍隊を送り込んだりしてきた。最近でもベネズエラの大統領選挙に介入している。そのような中でコスタリカはどのようにして自主独立を守れているのだろうか、話を聞いているうちにそんな疑問が湧き起こってくる。すると1980年代初め、レーガンがニカラグアのサンディニスタ政権を公然と敵視し、隣国ホンジュラスを基地に反政府組織に武器を提供するなど介入を強めた時代のことが話題にとりあげられた。このとき、レーガンは南側の隣国であるコスタリカにも基地の提供を迫ったという。だが、ときの中道左派リベラシオン党のモンヘ大統領は厳しい外交交渉の末にこれを拒否、先の「永世非武装中立宣言」はそのときになされたものだという。決して係争から遠い幸運な条件の下でではなく、むしろ緊迫した国際情勢の中での選択であったことに思いを深くする。
     集会の中心であるロベルト・サモラ氏は38才の若き弁護士である。もともとはIT技術者を志していたが、人々の役に立つ仕事がしたいと法学部に志望をかえた。コスタリカ大学3年のとき、2003年の米イラク侵攻にコスタリカ大統領が支持を表明したことは憲法違反だとして憲法裁判所に提訴し、違憲の判断を勝ち取ったという来歴がある。ホワイトハウスはこれを受けてコスタリカを「支持」のリストから除外したという。弁護士となってからも国を糺すいくつもの裁判を闘い続けているという。
     発言の中でサモラ氏はコスタリカの現状は必ずしも望ましいものではなく、格差の拡大など、解決すべき様々な問題をかかえていると告白する。ただただ理想化するのではなく、どのような歴史の中で今日のあり方を選び取ってきたかの方に学ぶべきことがあるのだろうと漠然とながら私も考える。
     それでもイラク戦争に際していち早く支持を表明し、自衛隊の派遣を決めた日本、はるか1959年の砂川裁判で「日米安保のような高度な政治性をもつ条約については……違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」とする統治行為論によって最高裁による憲法判断を避けた日本と比較し、どちらが憲法を遵守し、民主主義を生きたものとしようとしているかは明白であるといわざるを得ない。なぜコスタリカで出来たことが日本で出来ないのか、真剣に考えなくてはならないと思った。
       ※
     オール埼玉行動のパレードで一緒に歩いていたとき、Tさんとどんな話をしたかについて少し触れる。最初に話題にしたのは「徴用工問題」についてだった。Tさんの見解は明快で、日韓条約そのものが対等平等な国家間で結ばれたものとは見なしがたく、日韓請求権協定によって植民地時代の清算がなされたとはいえないということである。それが国民全体の共通認識になれば話は早いのだが、と話を続けていると北朝鮮にも話題が及び、「制裁」って何だ、壊滅させてしまえということなのか、そうではなく「非暴力」という位置に立たなくてはならないのではないか、というのである。
     そこから今回の集会の話になった。私の中でどこまで深まったかは分からないが、最近日韓の防衛相の会談があったとき、岩屋防衛相が韓国の防衛相と笑顔で握手したことが過剰な非難を浴びていることなどをみると、今の日本に外交による紛争の解決などが可能なのだろうかと考え込んでしまうのである。
     太平洋戦争緒戦でシンガポールを攻略した山下奉文が「イエスかノーか」と降伏を迫ったことに当時の国民は快哉を送ったという。しかし、これは通訳が稚拙だったことにあわせ、マスコミが「マレーの虎」という英雄を作りだすための虚像であったらしい。その話題になると、山下は「敗戦の将を恫喝するようなことができるか」と否定したという。つまり強力な外交姿勢に国民は「強い日本」を見いだし、さらには「強い日本人である自分」という幻想に酔おうとしたということなのだろう。そのころから日本人はどのくらい成長できているのだろうか?


     

    # by yassall | 2019-06-10 18:32 | 日誌 | Trackback | Comments(2)

    白山神社で紫陽花

     6日は車の6ヶ月点検。蓮根のディーラーに車をあずけ、いつものように三田線沿線を散歩した。ちょうど季節もよかろうとsdQの試写がてら白山神社のあじさいを撮りに出かけることにした。

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     白山神社は2年ぶりである。手水舎を囲む竹垣はプラスチック製に変わってしまっていた。天然の竹に比べて風情が失われてしまったの感はぬぐえない。
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     8日から紫陽花祭が始まるとのことで、日本に亡命中の孫文が宮崎滔天と語らったという記念の座石は飾り付けされていた。
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     少し時期が早かったということなのか、前回来たときと比べて開花は明らかに見劣りする。
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     神社の裏手の公園でも同じような状況であった。
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     その分、若々しいといえば若々しい。
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     この2枚が今回のベストショットだろうか。

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     sdQの試写ということで紫陽花以外のものも撮ってみる。石像の質感はなかなかよいのではないだろうか?

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     モノクロ撮影も試みる。
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     このあたりで白山神社を後にする。
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     西巣鴨でも途中下車した。大正大学の敷地内にさざえ堂が建立されているというので見に行ったのである。2013年に建てられたばかりですがも鴨台観音堂が正式名称だということだ。二重螺旋構造で往路と復路が交わらないようになっている。せっかくなので最上階に安置されている聖観自在菩薩をお参りさせてもらった。

     sdQuatrro+17-70mm

     

    # by yassall | 2019-06-07 17:19 | 散歩 | Trackback | Comments(2)