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2017年 05月 31日 ( 1 )

ブリューゲル「バベルの塔」展

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 30日、「バベルの塔」展を見に東京都美術館まで出かけて来た。昨年、開催のアナウンスがあってからずっと楽しみにしていたのだが、開催期間もちょうど中頃、そろそろ見どきだと思ったのだ。
 近所の古書店で『ボッシュとブリューゲル』の画集を買ったのは高校時代のことだった。(最近ではボスBoschがボッシュと表記されることは滅多にないが書名なのでそのままにしておく。)二人を比較してみると、先行したボスの独創性がきわだっていた。「快楽の園」はどうしても一度は見てみたい絵の一枚だが、図版でみていても、のちのシュールレアリストたちが自分たちの始祖とした理由がうなずける。それくらい幻想と怪奇に満ち満ちた絵であり、一見快楽の肯定を描いているともとれるので宗教的異端として弾圧されることはなかったのかと考えたが、当時からそのようなことはなかったという。
 ボスと比較するとブリューゲルには社会性が感じられた。「快楽の園」の右翼は地獄の風景なのであろう。快楽に溺れた報いとして楽器の弦に身体を貫かれている罪人の姿が描かれている。しかし、残酷には違いないがどこかユーモラスである。
 ブリューゲルの「死の勝利」では荒涼とした大地のあちこちに戦火が立ちのぼり、押し寄せる軍勢こそ骸骨の姿(たぶん死神)をしているが、絞首台に吊されている者、今まさに剣で首を打ち落とされようとしている者、川に突き落とされようとしていたり、犬に食われようとしている死体など、来世としての地獄の出来事ではなく、現世で繰り広げられている惨事として描かれている。魔女裁判の本を読んでいるときだったか、西洋中世の刑罰に車輪の刑というのがあった。絞首台に並んで、さらし者にされた人間を乗せた車輪を高々と差し上げた長い杭が何本も立てられている。
 ブリューゲルの絵はもはや風刺や戒めの域ではなく、告発であるように思われた。(どの絵かは分からないが、野間宏の「暗い絵」の冒頭にブリューゲルの絵の描写が延々と繰り広げられる。野間は大阪空襲の悲惨さをブリューゲルに見いだしたのである。)
 ボスの死が1516年、その翌年の1517年からルターの宗教改革運動がはじまる。カール5世がネーデルランドの改革派を弾圧する最初の王令を出したのが1520年である。ブリューゲルの生没年は1526年頃から1569年である。宗教戦争が本格化するオランダ独立戦争が開始されたのが1568年であるから、「死の勝利」が宗教戦争を描いたのでないのは確かだが、カール5世・フェリペ2世と続いた低地諸邦支配と新教徒弾圧、激しい異端審問が背景になっているのは間違いないと思われる。
 さて、ブリューゲルは3枚の「バベルの塔」を描き、そのうちの1枚は現存せず、1563年に制作されたウィーン美術館所蔵のもの、1568年に制作されたとするボイマンス美術館所蔵のものがある。有名なのはウィーン美術館のもので、今回来日したロッテルダムの絵はサイズ的にも小ぶりで「焼き直し」とみられがちだそうだ。
 図版で見るとウィーン美術館の作品の方は左下に塔の建設を命じたとおぼしき王の姿が描かれ、建設もまだ進んでいない様子である。ボイマンス美術館の作品の方はかなり建設もすすみ、塔は雲の上まで顔を出しているが、まだまだ新しい階が積み上げられようとしている。目を凝らして見ていると、「マクロとミクロの融合」という点で(ウィーン美術館版は実物は見ていないが)少しも引けをとるようには思えなかった。むしろ、王を描き入れることを省いたことで、聖書上の挿話という位置づけを離れ、「バベルの塔」そのものを画題にしているように思われた。
 中野孝次は『ブリューゲルへの旅』で、この絵が人間の傲慢に対する「戒め」を超えて、「崩壊する科学技術文明の予言のような不吉」さを表現しているとしている。分かるような気もするが、私の感想は少し違う。
 絵の右側には港が描かれ、無数の船舶が行き来している。それらの船の多くは商船であろう。絵の左側には田園地帯が描かれ、街や田畑が描かれている。すると、この絵には農・工・商のすべての人間の姿が描かれていることになる。
 私たちは聖書に著された「バベルの塔」の結末を知っている。確かに、次の瞬間にやってくるのは破滅かも知れない。それは人間には知り得ない。それでも少しでも高みをめざして創造の手を休めようとしない人間の有り様こそがこの絵の主題ではないのか? 実際、塔の崩壊後、散り散りバラバラになった人間たちはその後もその営みの手を休めることはなかったのだから。エラスムスやモアを愛読していたという人文主義者ブリューゲルの姿をそこに見たいように思うのだ。
  ※
 ボスの絵も2点来ていたし、版画作品も充実していた。「バベルの塔」以外の作品も見ごたえがあった。満足した。
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 展覧会の企画の中で大友克洋の「INSIDE BABEL」も評判になっていた。出口を出てしまってから、「あれ、どこにあったののだろう?」と慌てたが、企画展入口隣りのホワイエに展示されていた。撮影フリーのようだったのでカメラにおさめたが、ガラスに反射してうっすらと自分の姿が映り込んでしまった。

 ブリューゲル「バベルの塔」展  東京都美術館 ~7/2
 


by yassall | 2017-05-31 17:03 | 日誌 | Trackback | Comments(2)