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2016年 12月 30日 ( 2 )

2016高校演劇  「沖縄」前後

 「リンドバーグたちの飛行」で、演劇三昧の3日間だったと書いた。その後、23日から26日まで沖縄「ゆいま~る」に参加してきたことを別稿で紹介した。実はその前後にも高校演劇関連で報告しなければならないことがあった。

 22日は朝霞西高校演劇部のクリスマス公演だった。昨年もnatsuさんに誘われて出かけたが、なかなか面白かった。日程的には少々辛かったが(natsuさんも新潟入りを直前にしていたので今回は遠慮したようだった)、今年はどんな芝居をしかけてきたのだろうとの期待もあってお誘いを受けることにした。
 演目は恩田陸・作の「猫と針」。調べてみると初演は2007年、キャラメルボックスとしては脚本も演出も成井豊によらない、かなり異質な公演であったとのことである。
 ミステリー仕立てながら、謎解きが中心ではなく、人間の猜疑心というのか、隠されていた本心や閉ざされていた過去が会話の中でしだいに暴露されていくという心理劇である。
 新潮文庫になっているということで、読んでもいいなと後から思ったし、もう少し作り込めば芝居も格段によくなると思った。
 出演は3年生2人、2年生1人、1年生2人。やはり演技は学年順で、その存在感の示し方を含めて上級生が上だ。モノローグのシーンに移るときなども、1年生だとどうしてもドッコイショという感じになってしまう。
 だが、「これも西高カラーだな」と感じた。こうした「大人の」「難しい」芝居に挑戦している姿には素直に好感を感じる。昨年も書いたが、自分たちより少し先の世界をのぞき込んでみるというのも、むしろ高校生の本来的な姿だと思うのだ。
 演者にとっても、観客にとっても、芝居にとって最も大切なことは想像力であるのだし、想像力を刺激されたり、ふくらませたりを欠いた芝居ほど魅力に乏しい芝居はない。この芝居にとりくむことで1年生も大いに力をつけたに違いない。また先が楽しみである。

 さて、「沖縄」前後というより真っ最中に飛び込んできたのが、新潟で開催中だった関東大会で新座柳瀬高校が最優秀賞を射止めたというニュースである。同校は脚本賞も受賞し、全国大会に進出することになる。この報をもたらしてくれたのは応援団として新潟入りしていたnatsuさんからのメールによる。natsuさんのメールでは秩父農業科学高校が第2位、つまり埼玉でワンツーフィニッシュ、2校同時全国大会出場をものにしたということも伝えてくれた。
 私の方は沖縄ツアーの最終日を翌日に控え、同行した埼玉勢で最後の夕食会を開いている最中だった。これは黙ってはいられないと団長に時間をくれるように頼み、閉会時に報告させてもらった。西部A、コピス仲間、演劇部仲間だけでなく、埼玉で高校教育の現場にたずさわる人たちの共通の喜び、また激励になると思ったからである。
 智さん、おめでとう!


by yassall | 2016-12-30 01:33 | 日誌 | Trackback | Comments(4)

いきなりのオスプレイ 沖縄「ゆいま~る」に参加して

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 12月23日から26日の日程で、全教「未来をひらくプロジェクト ゆいま~る 見て・聞いて・学んで・つながろう」に参加してきた。
 「次世代を担う組合員が1000人の規模で沖縄」に集い、「地方自治と民主主義の憲法原則を踏みにじる政権の暴政に県民ぐるみでたたかう沖縄で憲法を守りいかす運動を交流し、学び」あおうというこのとりくみは、各県から選出された実行委員を中心にずいぶん以前から準備されたらしい。
 「ゆいま~る」の本体は24・25日の日程で、1日目はリザンシーパークホテル谷茶ベイを会場とした全体会、2日目が県内各地に分散してのフィールドワークという内容であったのだが、埼高教では前後に1日ずつ日程をふやして沖縄ツアーとしたのだった。(せっかく沖縄に入るということで多くの県が同様のとりくみをしたようだ。)
 埼高教からは15人が参加。「次世代を担う」とあるとおり、新任早々の初々しさの残る若者をメンバーとした青年教職員が中心のツアーとなった。そこへなぜ私が? ということになるのだが、もちろん私は現役の組合員ではない。私は「九条の会」からの便乗参加なのである。どうしてそうなったかについては、ちょっとしたエピソードがあるのだが、その話は後日とする。
 暮れも押し迫ってからの沖縄行きだったで、後回しにした用事もあれこれあり、ようやくブログでの報告となるが、まだ写真の整理も十分ではなく、まずは第一報というところである。年明けには順次詳報をアップする予定でいる。
 朝9:15に羽田を飛び立って、12:50に那覇に到着した。用意されたバスに乗り込もうとして空港を出た途端に、頭上を飛行していたのがオスプレイである。13日に名護市沖で墜落事故を起こした矢先で、本州にいても強く意識にあったつもりでも、つまりはニュースで放映される映像の中のことであった。辺野古でも「あの半島の向こうに墜落したのです」という説明があったが、日常の中にオスプレイがある!というだけで、沖縄入り早々に強烈な洗礼に見舞われたのだった。
 嘉数高台は沖縄戦の激戦地であった。天辺の展望台からは普天間基地が一望できる。その一角にオスプレイは整然と機体を並べている。写真の紹介を含めて詳細は後にゆずるとして、下は今は公園として整備されている高台からの、帰りの坂道に花開いていた早咲きの桜である。
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by yassall | 2016-12-30 00:40 | 日誌 | Trackback | Comments(0)