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2014年 12月 01日 ( 2 )

菅原文太の死

 菅原文太が死んだ。かねて体調不良とは聞いていたが、TVのコマーシャルに出演していたり、最近では沖縄知事選で翁長候補を応援したりといったニュースが報じられていたので、急逝との感を禁じ得ない。
 先に高倉健が亡くなった。高倉健について何か書こうと思っていた矢先だった。同じヤクザ映画でも高倉健には任侠ということばが似合い、菅原文太には極道ということばが似合うように感じる。深作欣二の「仁義なき戦い」シリーズには戦後裏面史という一側面があった。
 高倉健と菅原文太が人気を二分した時代があった。私の周りにいた女子学生の間では文太の人気が高かった。ヤクザ映画路線が下火になった後、二人の進んだ道はずいぶん違った。高倉健もTVのコマーシャルに出たことがないわけではないが、職業は映画俳優ですと自称したというだけあって、仕事ぶりはストイックだった。そこに高倉健の魅力もあるのだろう。
 一方の菅原文太であるが、TVドラマにも活動を広げていった。一時期、確か野村秋介の「風の会」に名をつらねていたような記憶があり、私生活上の先行きを危ぶんでいた。その後、耕作放棄地を活用して若者達と農業を手がけるなど、独創的で時代を先がけた活動で存在感を顕した。最近では秘密保護法反対や、集団的自衛権の行使反対の運動に、積極的に関わるなどの活動が報じられていた。
 仙台生まれということもあってか、福島原発事故にはいち早く反応し、脱原発運動にも熱心だったようである。重大な病をかかえながら、最後の生きざまを探究していたような気がする。
 高倉健と比較すると、紆余曲折も多く、多弁すぎることもあったのかも知れないが、それはそれで一人の人間の生き方であったと思う。うむ、もうこの世にいないのか。

by yassall | 2014-12-01 21:20 | 雑感 | Trackback | Comments(0)

つい一言 2014.12

  安倍政権は、2015年度予算の概算要求で3794億円を計上していた沖縄振興予算を減額する検討を始めた。(朝日デジタル)
 普天間基地の県内移設阻止を掲げる翁長知事を牽制する狙いがあることは明らかだろう。まあ、その程度の政権でしかないということだ。「札束」で人の心を買おうとし、シッポを振らないとみるや、今度は予算をしめあげて屈服させようとする。……でも、それくらいの覚悟が出来ていなくて戦いを挑んだと思ったら大間違いだろう。(12月27日)

東京新聞でコラムを担当している一人に竹田茂夫法政大教授がいる。地味だが、その分学者らしい、的確な時事評をする。その竹田氏が、今回の衆院選の低投票率は国民の様子見だったと分析しながら、次のような警告を発している。
 「現政権は経済で行き詰まれば下からのファシズムに呼応して国家主義の冒険に乗り出すはずだ。」
  ※
 あながち杞憂だと断じえないのは、解散前の安倍内閣の目玉だった高市氏や稲田氏が「ネオナチ」思想を掲げる活動家(「国家社会主義日本労働者党」と名乗る)とツーショットにおさまっていたことが問題になったりと、その前兆が感じられるからだ。
 海外メディアでは、「安倍政権の右傾化ますます進むとの批判強まる」(英ガーディアン紙)などと取り上げられたが、日本ではそれほど強く追及されなかった。根本的には、アジア太平洋戦争に対する反省が本格的にはなされなかったからだろうが、あまりにも感度が低すぎる気がする。
 そんななか、従軍慰安婦の誤報問題で脅迫を受けていた北星学園大学が、元朝日新聞の記者である講師の任用継続を発表した。陰謀やテロをも辞さないのがナチスの手法だった。最初は小さな炎でも、容認したり、どこかで喝采を送るような愚挙を許さないことが大切なのだろう。北星学園大学の決断とこれを支えた人々の勇気を讃えたい。(12月18日)

《原発関連4題》
①大間原発の審査請求:
 16日、電源開発は建設中の大間原発の適合性審査を請求。プルトニウムを混ぜて使うMOX燃料は制御棒の効きが悪くなるなどの危険性が指摘されている。対岸にある函館市は建設差し止めの訴訟を起こしている。
②高浜原発の適合審査合格:
 17日、原子力規制委員会は関西電力高浜原発(福井県)3、4号機が新しい規制基準に適合しているとの審査書案を了承した。事故時の対策拠点(重要免震棟)は建設中、資材運搬の道路にも不安、近隣は原発密集地帯、京都・滋賀にも隣接。
③建て替えで将来の原発維持:
 16日、経産省の有識者会合「中間整理」最終案で、既存原発の敷地内で古い炉を廃炉にし、新しい炉を設置する建て替えを今後の課題として新たに盛り込み、将来の原発維持に向けた姿勢を打ち出した。
④再生可能エネルギーの受け入れはすでに上限と試算:
 16日、経産省と電力7社は太陽光発電の受け入れ可能量を試算、中国電力をのぞき、すでに上限を上回っていると発表した。試算は保有する原発がすべて震災前の30年間の平均稼働率で発電する非現実的な前提によるもの。
  ※
 今日は短くしようと思ったが、書ききれないほど動きが起こった。震災からそろそろ4年、「原発に依存しないエネルギー計画」「再生可能エネルギーへの移行」を本気ですすめていれば、こんな事態にはならないはずだ。(12月17日)

 次世代の党はネット世界ではたいへんな人気だったらしい。その世界では、田母神氏などは「閣下」と呼ばれているとのことだ。ところが衆院選の結果、次世代の党は惨敗した。ネット人気が得票に反映されなかった結果を見て、幹部たちがさかんに首をひねっていたようだ。
 そのことをもって、ポジナショナリズムに逆バネが利いてきたと考えるのは早計で、本気で「自主憲法制定」などと考えている勢力は、大半が安倍自民党に流れたとみる方が正しいのだろう。
 衆院選の最終日、安倍氏は(麻生氏もいたとのこと)秋葉原で最後の街頭演説を行った。その際に、日の丸の小旗(大旗もあったらしい)を持った一団があらわれ、あろうことか「大日本帝国憲法万歳!」などと連呼したらしい。
 ネトウヨの世界ではマスコミのことを「マスゴミ」と呼ぶのだそうだが、終了後には「ゴミ帰れ!」のコールが起こったという。彼らにいわせると、マスコミは「偏向」していて、「ネットの世界だけで真実を知ることができる」のだそうだ。
 「あべしんぞう」コールに迎えられた安倍氏の方も、「新しい日本の力、国民の本当の声がここにある」と、「ハナからすっかりご満悦の様子だった」(マガジン9)という。
 だが、と考える。安倍氏が本気で「国民の本当の声」がここにある、と考えているとしたら、それは次世代の党の幹部たちと同じような見誤りではないのか?
 確かに自民党は291議席を獲得した。しかし、自民党に投票したすべての人がその極右化を支持しているわけではないだろうし、ましてや大多数の国民の支持をとりつけたわけでもない。
  ※
 上記で紹介した演説会の光景はいかにも異様であったらしく、(だからこそ、彼らはマスコミの取材を嫌ったのだろうが)、ネットの世界でも冷ややかな反応や批判の声は高い。
 いずれにしても、「憲法改正」の動きはやってくる。彼らのいう「国民へのていねいな説明」の正体はこの2年間で実証済みだ。
 上から、下から、あれやこれやの攻撃に対して警戒は怠らず、また必要以上に悲観的になったり、恐れたりしないためにも、まずは言いたいことはいう、言うべきことは言うべきときに言う、ということを習慣にしたい。
 だいたい、ネットの世界をネトウヨの諸君にだけ牛耳られていたら面白くも何ともないではないか? そんなつもりで「つい一言」を書き続けている。(12月16日)

 [安倍晋三首相は14日、与党圧勝を受けて憲法改正を進めるかを問われ、「そういうことですね」と応じ、意欲を示した。テレビ東京の番組で述べた。](朝日デジタル)
 選挙前から多くの人々に指摘されていたことが懸念で終わらないことが早くも露呈された。だが、国民の願いと合致するのかどうかはいずれ明らかになる。隠れ蓑にしたアベノミクスを含めて、国民の生活と安全との矛盾は深まって行くだろう。(12月15日)

 小選挙区制という壁がたちはだかり、ましてや自民圧勝との中間予測まで出てしまうと、なんだか最初から気力も失せてしまいそうになる。
 だが、この2年間を振り返っても、このまま安倍自民党に白紙委任状を渡してはなるまいとの思いは強まるばかりだし、その意志だけは伝えなければならないと思うのである。
 今年1年、大雨や台風、竜巻や火山の噴火、南国にまで大雪を降らした寒波の到来、日本の山や川が怒っているとの感を深くした。東日本大震災以来、日本の火山活動が活発化していることは明らかだという。こんな中、本当に川内原発を再稼働しようというのだろうか!?
 株高やオリンピック招致で国民に夢をふりまいているつもりかも知れないが、根本的な問題は何一つ解決していないし、大企業優先、アメリカいいなり、弱者切り捨て、地方切り捨ては加速するばかりだ。
  たとえ選挙制度に欠陥が多いにせよ、国民が平等に選挙権を行使できるというのは実に貴重なことだ。世界各国をみれば、選挙権そのものが与えられていない国も多数あるし、命がけでなければ投票にも行けない国もある。
 明日は小選挙区と比例区の2度のチャンスを逃さないようにしたいと思う。(12月13日)

各電力会社が再生可能エネルギーの買い取りを中断したことは既報の通りである。それでも、これまではメガソーラー(大規模太陽光発電所)に限られてきたのが、ここへ来て家庭用も中断するとの新聞報道があった。
(※正確には電力会社が出力の抑制を要請できるようにすることを経産省が検討しているとのこと。)
 福島原発事故も収束しないうちに、このまま原発容認、さらには推進に舵を切っていくのだろうか? 日本が変わっていくチャンスをみすみす見逃してしまうのだろうか?
 電力会社といえば、一企業というより日本を動かすような力をもつ大資本である。その電力会社から莫大な献金を受け取っているのが自民党である。
 おのれの利益のために社会的責任を放棄する大企業や、経世済民を忘れた政治家に、日本の未来を託す切符を渡していいのだろうか?(12月12日)
  ※
 補助金制度があるとはいえ、自宅の屋根にソーラーパネルを設置するにはまだまだ大金がかかる。これから太陽光発電をと考えている人たちは、電気代の心配よりは地球環境に対する配慮からに違いない。そうした人々の良心を無にしてしまうようなやりかたには本当に怒りを感じる。

 満州事変が関東軍の謀略から始まったことを国民が知らされたのは、戦後の極東裁判においてであったという。今は日本史の教科書にも書かれていることだが、戦前は国民の目には隠されてきた。
 だが、と考える。国民の中でうすうすででも真相を感じ取っていた人はいなかったのだろうか? 「見て見ぬふり」を決め込んだり、自ら考えることを止めて「お国」のいうがままを信じようとした人たちは、きっと猛省を迫られたはずだ。戦争体験がそうした苦さをともなっていたからこそ、戦後の平和主義も今日まで守られてきた。
 今日、特定秘密保護法が施行された。1年間の準備期間をへて、いよいよ新たな「戦前」が始まろうとするのであろうか?
 恐ろしいのは、政府が「隠す」ことだけでなく、「秘密」にふれることを恐れるがあまり、私たち国民が「見て見ぬふり」を再び習慣化してしまうことである。
 昨今、「従軍慰安婦」は存在しなかったとか、「日本の戦争は侵略戦争ではなかった」とかいう、歴史修正主義がまかり通ろうとしている。そのうち、過去も「秘密」とされ、満州事変などなかったということになりはしないか? 何しろ、第2次世界大戦で日本がアメリカと戦ったことを知らない若者までいるこのごろなのだから。(12月10日)

※昨日、「特定秘密保護法に反対する学生有志の会」が官邸前で抗議行動を行っている。問題意識にめざめた青年たちの行動力に対する賞賛を忘れているわけではない。ちょっと補足。

 内閣府は8日、7~9月期の国内総生産(GDP)の改定値を発表した。
 物価の変動の影響を除いた実質GDP(季節調整値)は前期比0・5%減で、このペースが1年間続くと仮定した場合の年率換算は1.9%減だった。11月に発表した速報値(年率1.6%減)から0.3ポイントの下方修正となった。民間調査機関の大半が上方修正を見込む中での予想外の結果となり、消費税率引き上げ後の景気低迷が改めて鮮明になった。(読売デジタル) ※ちなみにこのニュース、NHKはスルーした。

 今日は原発のことを書こうと思ったが、これまでアベノミクスを批判的に検討してきたことを裏付けるような数字が出て来たので紹介する。これでも「この道しかない」と言い張るのだろうか?
 先日の麻生財務相の「利益出していない企業は運が悪いか能力がない」発言のとおり、一部の大企業だけが莫大なもうけをあげる仕組みでしかないのである。

 次のような数字もあるので参考まで。
 民主党政権の3年3ヶ月で日本のGDPは5%強も成長したのに対して、安倍政権の2年間で成長したGDPの値は僅かに1.5%だけとなっています。また、実質賃金に関しても民主党政権はリーマンショック時のマイナス5%から1年でプラス3%に回復させました。(12月9日)


 公営掲示板以外にはポスターを貼れないはずなのだが、顔写真つきのポスターがあちこちで目につく。公示直前にかけこみで張り出したのだろう。
 「この道しかない、景気回復」とか、「景気回復まっすぐ」などと、明らかに選挙向けのフレーズが書き込まれている。
 では、本当に経済政策に特化して選挙をおこない、政権についてからも他の余計なことはすまいとしてるのだろうか? 公約には原発の再稼働、自衛隊の海外派兵、さらに憲法改悪は書かれていないのかといえば、きちんと書いてあるのである。
 それらを見逃すようでは、私たちは民主主義国家の主権者とは言えない。ここ数日、アベノミクスの虚妄を批判してきたが、最大の争点はその暴走を許すかどうかなのである。
 今日は真珠湾奇襲の日である。(12月8日)

 アベノミクスで新しい経済政策といったら「武器輸出」があるだろう。これまでは三原則によって武器輸出は禁じられてきたわけだから、新しいフロンティアを開拓して利潤を上げようということなのかも知れない。だが、日本が「死の商人」となることで富を拡大するというのでいいのだろうか?
  ※
 さて、「武器輸出」の問題は「安全保障問題」とも結びついているわけだが、池上彰・佐藤勝『新・戦争論』(文春新書)を読んでいて、えっ!と思うことがあった。
 外務省のHPでも確認したのだが、今年の5月12日に阿部首相はネタニヤフ・イスラエル首相と首脳会談を行い「共同声明」を発表、「特に安全保障・防衛分野では,国家安全保障局間の意見交換開始,防衛当局間の交流促進,サイバー・セキュリティ分野の協力を確認」したというのだ。
 中東においてイスラエルと「防衛協力」をすすめるとどういうことになるのか? ましてや「集団的自衛権」の行使によって武力衝突にかかわるような事態が起こった時、他のイスラム諸国と敵対することになりはしないのだろうか? テロ組織はどのように反応するのだろうか?
 阿部内閣が進もうとする「道」がいかに日本の安全と平和を脅かそうとするものなのか、今は目に見えるようにはあらわれていなくとも、この先に潜んでいるものの一端をうかがい知ったような気がしたのだった。(12月7日)

 アベノミクスなどといっても、新しいのは名前だけで、その経済政策は手垢のついたものばかりである。だから「この道の先」に待っているのが何かを知りたければ、この2年間で何が起こったかをみればよいのである。
 仕事についていながら年収200万円以下の労働者はワーキングプアとよばれる。ワーキングプア=働く貧困層は2013年統計で1100万人を越え、安倍内閣発足1年で30万人増えた(国税庁調査)。
 「新自由主義」の下で、「資本配分を市場に任せれば労働分配率を下げ、資本側のリターンを増やす」(水野和夫)ばかりなのだ。「賃金を上げよ」「正社員を増やせ」は政府としても経営者側に要請している、などといっているが、ポーズだけだというのは、一方で労働者派遣法の改悪をすすめようとしているのでも分かる。
 それでも国民は忍耐強く勤勉に働いているが、ひとたび倒産や病気で失業したときのセーフティネットがまたなし崩しにされようとしている。口では「安心できる社会保障」などといっているが、生活保護の日常生活費を15年度までに670億円削減しようとしているのである。
 利潤率が頭打ちになっているなかで、無理矢理にでも利潤を拡大させようとすれば、いわゆる中間層を解体させ、格差を押し広げていくしかない。資本主義のもつ貪欲さがむき出しになっている。
  ※
 有権者の4割強が投票先未定という状況をどう考えるか? 問題は「投票には行かない」のか、「投票はしようと思っているが、投票先がない」のかだと思う。
 「どうでもいいから」「どうせ変わらないから」投票には行かないというのは、現状を追認することでしかないだろうし、現状を変えたいけれど「投票先がない」と考える人はもう1週間大いに悩むべきだと思う。4割の半分、2割の人が動くだけでも流れは大きく変わる。(12月6日)

 「この道しかないんです!」「この道には先がない!」……さて、この応酬の結末は!?
  ※
 突然の解散騒ぎでうやむやになってしまった法案のひとつに「カジノ法案」がある。このまま廃案になってしまえばよいのに、と私などは考えるものだが、ふと「アベノミクス」というやつはギャンブルと同じようなものではないかと思い当たったりする。
 やっていることがマネーゲームそのものなのではないか? 政府が「年金の積立金を株式に投資する」という方針を出したあたりから誰の目にも明らかになってきたが、「株価」の上下が最大の経済指標となりだしたころから気がつくべきだった。
 (お金は株式=資産を有する者のところに集まるだけで、つまりは投資家を潤すだけの政策なのであり、結果はトリプルダウンどころか格差の増大でしかない。)(12月3日)
(昨日の続き)
 デフレ脱却のためといって、日銀が貨幣を増刷した。貨幣数量を増せば物価が上昇するという経済理論によるらしいが、本当に正しいのだろうか? 素人考えかも知れないが、需要に供給が間に合わないからインフレが起こるのであって、実体経済が拡大していなければ、需要も供給も伸びるはずがないのではないだろうか? どうも原因と結果が逆なような気がしてならない。
(日銀の黒田総裁も「金融緩和は経済成長の矢の成功が前提」と発言していた。経済学者の水野和夫氏は、上記のような貨幣数量説は国民国家のような閉じた経済の枠内でしか成立せず、グローバル社会では「インフレは貨幣現象である」というテーゼは成り立たないとしている。)
  ※
 それでも物価は上がっているではないか、といわれるかも知れない。だが、今日の物価上昇の要因は円安によるものであり、そこへ消費税8%が追い打ちをかけ消費=需要は冷え込むばかりだから、供給=生産・流通の側だって伸びるはずがない。(水野和夫氏も、貨幣が増加しても金融・資本市場に吸収されるばかりで、バブルを加速させるだけだと述べている。)
  ※
 近所のスーパーが2月いっぱいで閉店することになった。食料品・生活雑貨ばかりでなく、衣料から電気製品までを扱い、本屋・時計屋・薬屋・写真屋などの専門店が入り、郵便局や銀行のATMまである、本当に便利な毎日の買い物の拠点だった。近所にホームセンターが出来たりなどの影響もあるのだろうが、消費税の8%へのアップも大きいのではないかと踏んでいる。(12月3日)
  ※
 アベノミクス=ギャンブル説が発端だった。
 ギャンブルには中毒性がある。一度はまり込むとなかなか抜け出せない。なまじ「ビギナーズラック」をつかんだりすると、どんなに負けが込んできても(いや負けが込めば込むほど)つぎの「ラック」に賭けようとする。それこそ丸裸になるまで。
 「失われた20年」などといういわれ方をするが、20年前に起こったことはバブルであった。「高度経済成長」を再び、などという夢を本気で見ようとしているのか、それとも夢をふりまくことで国民を欺こうとしているのかは知らないが、無理矢理「成長」をおしすすめようとすれば、またまたバブルを呼びおこすしかない。まず、国民が夢から覚めるべきだ、と私は思う。
 「経済」とは「経国済民」の謂いであるとすれば、もっと堅実で、国民一人ひとりが幸せになれる道を探究すべきなのだ。(12月4日)

 ※今朝、新聞各社の中間予想が発表された。それによると自民圧勝ということだ。もしかして、またあの顔と声を4年間見たり聞いたりしなくてはならないかと思うとうんざりだが、統計学の進歩から考えるとかなり固い数字とみることができる。
 無党派層でも自民が支持を伸ばしているのは昨今の政治状況、経済状況、国際情勢を鑑みると理解できないことではない。保守層の多くが求めているのは安心であるのだろう。だが、その安心を自民が満たしてくれるとは私は思っていない。
 民主は伸び悩みで、野党で議席を増やしそうなのは共産党ということだ。政府批判のしっかりした受け皿になる政党がどこかを、みな一所懸命になって考えているのだろう。

 衆議院選挙が公示される。すでに各党の公約も出そろい、投票日まで激しい選挙戦がたたかわれることになる。
 どのような公約をかかげているかも大切だが、どのような政権を選択するかにあたっては、何より「本当は何をしてきたか」を尺度としなければならない。
 悪かったら4年後に選び直せばいいというが、私は現政権がこのまま存続するようなことがあったら、4年後にはもうリセット不能の事態になるのではないかと危惧している。
 特定秘密保護法で国民の知る権利を奪い、国家安全保障会議による独走を許し、集団的自衛権の行使によって日本を武力行使の道に進ませる……そのための種がまかれたのがこの2年間であったとすれば、いよいよその実を結ばせる土壌を与えることになってしまうのだ。
 第1次安倍内閣が憲法改正のための国民投票法を制定したことを思い返してみれば、今度は憲法改悪までいっきに突きすすんで行くこともあり得ないことではない。
 選挙によって国会議員を選び直し、国民の意志を反映させることは、民主主義にとって大切な制度である。小選挙区制になって、それが正常に機能しているかどうか大問題だが、そのことで無力感が先に立つようであってはならない(完全比例代表制であれば、一票の格差も解消するし、もっと投票率も上がるのではないかとだけおっておく)。
 選挙権という権利を後になって悔いることなく行使できるように、緊張感をもってこれからの時期を迎えたい。(12月2日)


by yassall | 2014-12-01 01:29 | つい一言 | Trackback | Comments(0)