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2014年 11月 06日 ( 1 )

森川義信「勾配」

 武蔵大文芸部のY先輩に会った。鎌倉に転居されてから20数年になるというお話だったから、もう四半世紀ぶりの再会となる。
 Yさんは経済学部の出身だから、長く実業界で活躍なされた方なのだが、会話がはじまるとまたたく間に文学青年Y先輩が現れ出て、本当に楽しいひとときを過ごすことが出来た。
 さて、そのYさんが一冊の詩集を持って来てくれた。母岩社版『森川義信詩集』である。Yさんの卒業にあたって、親しくさせていただいていた数人でプレゼントしたものを、大切に持っていて下さったのである。おそらくはMさんの発案だったと思うのだが、手にさせてもらうと扉裏に認められた寄せ書きの中に、確かに私が書いた1行もあった。
 奥付を見ると1971年12月20日発行とある。Yさんの卒業はその年の3月だったはずだから、卒業して1年ほどしてからのことだったのかも知れない。Yさんの手に渡ってから40年以上の時をへだてて詩集とも再会することになったわけだが、そのこと以上に森川の詩作品、とりわけ「勾配」に胸を突かれるものがあった。

 森川義信については鮎川信夫のところでもふれた。早稲田大学時代に鮎川らと第一次「荒地」を創刊、その後出兵し、ビルマで戦病死した。
 先日、鶴岡善久の『日本超現実主義詩論』(思潮社)を再読していたら、森川義信についてふれている箇所があったので書き写してみる。

 「森川義信は昭和17年8月13日ビルマで戦病死した。数え年25歳であった。彼の最期は妹尾隆彦が「カチン族の首かご」という著書のなかで描いている。妹尾の記述によると、半ば発狂しかけた森川は「原始林。澄んだ月。乳のような霧。文明を寄せつけぬ静寂。……いいなあ、この高原は……キミここに残り給え。日本軍のいなくなった後もキミが残るならボクも残る。そして二人とも原始人に戻ろう。……」と妹尾に話しかけながらその日のうちに気がふれて虚ろな眼をした廃人になってしまいまもなく死んだらしい。また黒田三郎の「荒地論」によれば、鮎川信夫の「死んだ男」という詩のなかの「M」とは森川義信がモデルであり、また彼は戦地へたつ時、鮎川にトーマス・マンの「魔の山」の最後の部分を最後の手紙だと思ってよみかえしてくれと走り書きをしていったという。マンの「魔の山」の最後の部分には、「生きているにしても倒れているにしても、お前の行手は暗い」ということばがある。」

 さらに鶴岡は、

 「森川義信にいたってはとくにシュルレアリスムとは直接のかかわりはほとんどない。しかしわが国のシュルレアリスムの詩の運動の流れが、北園、春山、山中ラインでうけつがれずに、滝口修造、富士原清一、楠田、森川といった詩人たちの手で進められてきたならば、わが国のシュルレアリスムやモダニズムの詩の運動がもっと本来的な姿で存在したのではないかとしきりに思われてならない。」

 と書き、その才能を惜しんでいる。

 「非望」とは辞書的には「分を越えた大きな望み」であるが、ここでは一切の「希望」の否定でありながら、それを「絶望」とは呼ぶまいという強い意志によって選択されたことばと解釈したい。
 「階段」を降りていった先にあるものはもちろん「死」であることだろう。自らの「死」は太陽と同じように何人も直視できないものだという(ラ・ロシュフコー)。だが、この詩において森川は、「はげしく一つのものに向か」うようにして、己れの「死」と対峙しているのである。そのようにして、現在の「生」を確認することによって、実は人間は「いくつもの道」を見いだせることを知っているかのように。
 してみると、「非望」とは避けがたい「死」=「絶望」を直視することによって、かえって「はげしく」も「たかだか」と「生」に向かおうとするという意味で、やはり大いなる希望ととるのが正しいのかも知れない。



    「勾配」

 非望のきはみ
 非望のいのち
 はげしく一つのものに向つて
 誰がこの階段をおりていつたか
 時空をこえて屹立する地平をのぞんで
 そこに立てば
 かきむしるやうに悲風はつんざき  
 季節はすでに終りであつた
 たかだかと欲望の精神に
 はたして時は  
 噴水や花を象眼し
 光彩の地平をもちあげたか
 清純なものばかりを打ちくだいて
 なにゆえにここまで来たのか
 だがみよ
 きびしく勾配に根をささへ
 ふとした流れの凹みから雑草のかげから
 いくつもの道ははじまつてゐるのだ


 森川の出身地、香川県観音寺市の生家前には、この「勾配」の詩句を刻んだ石碑が建てられているとのことである。また、『森川義信詩集』は国文社から出ている増補版が入手可能なようである。

 (もりかわよしのぶ、1918-1942)


by yassall | 2014-11-06 00:17 | 詩・詩人 | Trackback | Comments(0)