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2014年 04月 17日 ( 1 )

続・勤王党あれこれ

 ここから先へすすむにはもう少し勉強が必要だ。しかし、昨日のところで止まってしまっては何も明らかにしたことにならない。どのみち〈あたり〉をつけてみることが目的だから、目検討でもう少し書いてみる。

 問題は、近代日本では天皇制によるしか国家としての統合原理を持ち得ないのであろうか、ということである。
 (日本史全体を見渡してみれば、もしかすると日本が日本であるという統一性の保持、ときどきの政権が行使した支配権の根拠もまた、ついに天皇制を離れられなかったという見方もある。とすると、古代天皇制の支配が及ばなかった沖縄や東北・北海道が領土外ということで軽視される原初であったとしたら大問題である。)
 「古事記」「日本書紀」以外に建国神話(物語)を持ち得ていないとすれば、いつまでたっても日本は「万世一系のスメラミコトのしろしめす」国ということになってしまうのか。
 アメリカの「独立宣言」やフランス市民革命の「人権宣言」、植民地支配からの独立戦争を勝ち抜いた中国やベトナムにはそれぞれの建国の物語があり、しかもその物語には民衆自身が主人公として登場する。日本の民衆(国民)にはそうした建国物語が欠如しているということなのだろうか。 

 「抵抗権」「革命権」をテコに考えてみよう。アメリカの独立戦争もフランスの市民革命も抵抗権・革命権の存在を前提にしなければ単なる反逆罪である。抵抗と革命の歴史を通して民衆(国民)は建国物語を持つ。
 それでは、日本には抵抗や革命の歴史はなかったかといえば、そんなことはないはずである。それらは隠蔽されてしまったか、変質・変形されたかたちで記録されたかなのである。そうした歴史を発掘し、取り戻す作業が必要なのではないだろうか。

 宗教と信仰の問題も大きい。その観点から日本の天皇制を見直してみると、「現人神」というのはまことによく出来た装置だと思ってしまう。「神」が人間を超越した存在であるならば、その「神」をどちらの側の味方につけることも出来る。だが、「現人=神」である限り、支配権の所在は動くことがない。(それこそ不勉強なのであるが、その意味で戦後になって折口信夫が新しい世界宗教としての神道の確立をめざしたというのは興味深い。)
 しかし、日本人の宗教意識は本当に天皇教に集約されていくのだろうか。歴史の上でも天皇制の宗教基盤は神道と仏教の間を揺れ動いたし、神道もまた仏教および儒教から多大の影響を受けてきた。それらをきちんと分析し、純化してとりだすことは、おそらくは無理なのではないだろうか。タタリやケガレといった日常感覚としての宗教意識は残るとして、天皇教がその最後の救済システムだとは思っていない人びとの方が多いのではないだろうか。

 国家や社会の支配原理にしても同様である。その時代の超越的な権力の保持者が誰であったかは、「直訴」の相手が誰であったかで明らかである。天皇一人がその対象であったことはない。

 また、日本はタテ社会であるともいわれるが、「寄合・談合」の伝統や「話を通す」「根回しをする」ことが重んじられているとおり、絶対的権力というのはむしろ嫌われ、「話し合い」が尊重されてきた歴史は少なくとも民衆の間ではあるのだ。「日本型民主主義」がはぐくまれる可能性は存在していると思うのである。

《補足》
 沖縄のことを書いていて、また考えが発展した。「琉球王国」は明治の廃藩置県で日本に編入された。沖縄を日本の一部と確かに感じ取り、考えることは、もしかすると太平洋戦争の末期に沖縄が「国内唯一の地上戦」の戦場となったからではないか? しかもそれは、おそらくは支配層の側においてではなく、民衆(国民)の側のおいて。沖縄の平和の礎には日本各県から徴兵された戦没者の名が刻まれている。甲子園では毎夏、沖縄県の代表チームが声援を浴びている。太平洋戦争の敗戦の記憶、戦後からの新しい出発をどのようにとらえ、受け継いでいくかが、今日の日本の統合原理を根拠づけ、強固にすることが出来るかどうかを決定していくのではないか?


by yassall | 2014-04-17 11:48 | 雑感 | Trackback | Comments(0)