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2013年 05月 07日 ( 1 )

中村圭子編『昭和美少年手帖』

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 中村圭子氏は弥生美術館学芸員。先日、初めて弥生美術館を訪れたとき、そのお名前を知った。もちろん直接面識を得たということではなく、おそらく弥生美術館の企画展をベースに、何冊も上梓なさっている編著書を通してのことだ。
 先の企画展で展示販売されていた『魔性の女挿絵集』を買い求めて読み、ネットで他の著作についても検索してみたところ、『昭和美少年手帖』のあることを知った。早速、amazonを通して注文したのは収録されている画家の中に伊藤彦造の名前を発見したからである。

c0252688_12403916.jpg 話が回りくどくなるが、私が伊藤彦造を知ったのは石子順造『俗悪の思想』(1971)を読んだときである。それは遙か昔のことになるが、そのときキッチュ(この語もこの書で知った)なるものが、私の中の五角形だか六角形だかの一角を占めるようになったのは確かだろう。(私の、と書いたが、大衆に受け入れられてこそのキッチュであり、その庶民的美意識はきっと私たちの底流を流れているに違いない。)









 伊藤彦造(1904 - 2004)は、大分県大分市出身。剣豪、伊藤一刀斉の末裔とされている。大正から昭和にかけて活動、なかでも講談社『少年倶楽部』の挿絵が評判を呼んだ。戦時中は憂国の士という一面をみせるようになり、神武天皇の立像を日本画に描くにあたって自らの鮮血を絵の具がわりに用いたというエピソードも残されている。戦後も『少年画報』や『吉川英治全集』に挿絵を描くなど活躍した。

 本書には高畠華宵、山口将吉郎、伊藤彦造、山川惣治、石原豪人の絵が収められている。表紙を飾っているのは高畠華宵の絵である。中村氏によると華宵も少女画より少年画の方が先行していたとのことであるが、私はやはり少女画の方が優れているように思われる。中村氏は、その華宵と比較しながら、伊藤彦造について次のように論じているが至言であると思う。
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「彦造には、華宵の絵にある楽天的なおおらかさはない。ぎりぎりと自らを追いつめてゆく煮詰まった自虐性が、見る者を息苦しくさせるほどである。/取りつかれたような三白眼、闘いの激しさにはだけた手足の肌。彦造の少年の官能性は、闘いに命をかける少年の、死に直面した極限状況によってもたらされたものであった。/(中略)彦造少年の、惜しげもなく美しい肉体を相手の刃にさらしていく潔さは、人間の心にあるそのような死への渇望を目覚めさせる。悪魔的な魅力であり、怖い美しさなのである。」




 ところで私がこのような書を紹介したからといって、私が特別な趣味の持ち主であるようなことはないのは、華宵の少女画を賛美したからといって私がロリータ趣味でないのと同様なのであるが、その特別な趣味性からすると石原豪人の描くところの世界が際立っているだろう。だが、その豪人画にしても「好き嫌いがなくてこそ高級な人間」をモットーに、依頼されれば何でも描くというプロ魂のなせる技だったのであり、画家その人の趣味を疑ってはならないのである。

中村圭子編『昭和美少年手帖』河出書房新社(2012)

《追記》
『伊藤彦造イラストレーション』河出書房新社も注文した。以前、古書を探したときは手を出しにくい価格だった記憶があるのだが、新装版で2940円はお買い得だと思う。580作品が収録されている。
2013.5.9
by yassall | 2013-05-07 12:48 | | Trackback | Comments(2)