<< 自己責任論の2004年と2018年 今年の読書から >>

今年の発句

無明坂やすやすと越ゆ梅うらうら
来し方を遠しと見れば梅うらうら

c0252688_18105112.jpg

                                  (武蔵丘陵森林公園の白梅)

 新年明けましておめでとうございます。
 今年も年賀状からの再録です。俳句はひねるといいますが、こんなのでもけっこうひねり出すのに苦労します。無明坂というのはもちろん造語です。自分は今、坂を登っているのか、下っているのか、どっちなんだろう? というような心境を表現したとでも思っていただければ幸いです。人間のそんな悩みをやすやすと越えて、梅は咲くべき時を誤らない……てなところでしょうか?
 NHK「日本人のお名前」正月特集や「赤旗」の坪内稔典さんの寄稿を読んだりすると、寝正月というのが正月の正しい過ごし方のようです。正月三が日は年徳神をお迎えし、接待する期間であって、そのために暮れの内に玄関を掃き清め(正月になってからはせっかくやって来た神様を掃き出してしまうのでNG!)、竹松の飾り付けをし、依り代となる餅を供える。初詣なんていうのも江戸時代になってからの風習で、本来は自宅にお招きする神様なのに、遠くの神社仏閣に参拝するのはおかしいらしい。そんなわけで朝から御神酒をいただきながら寝正月を決め込んだしだいでした。
 NHKの正月ドラマ「江戸を建てる(前編)水を制す」はけっこう面白かった。家康は国づくりにあたって治水と飲料水の確保を最重要課題とした。利根川の流れを変え、井の頭に水源を求めて神田上水を引いた。最初はたいして出来のよくないドラマだな、くらいの印象だったのですが、見ているうちに昨年の国会で採決が強行された水道民営化法を暗に批判しているように思えてきたのです。門井慶喜という小説家に原作があり、そのドラマ化だそうなので偶然かも知れませんが、例の「面従腹背」ということばを想起したわけです。もしそうであるとすれば、国民の側はそうして送られてくるメッセージを受けとめ損ねないようにしないといけないと思いました。
 何だか寝正月やら、TVにかじりついているのを正当化しているだけのような気もしないではありません。今年こそ、「ボーッ」としていないようにしようと思いながら、なかなか始動しません。まずは新年のごあいさつでした。
(あれ? 「チコちゃん」の「ボーッと生きてんじゃねえよ!」も我々を覚醒させようとする隠されたメッセージなのかな?)
 






by yassall | 2019-01-04 19:09 | 雑感 | Comments(0)
<< 自己責任論の2004年と2018年 今年の読書から >>