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フランケンシュタイン

 メアリー・シェリー(1797 1851)が『フランケンシュタイン』(1818)を書いた動機については有名なエピソードが残されている。
 1814年、16歳のメアリーは21歳のパーシー・シェリーと駆け落ちした。1816年、父の再婚相手の連れ子であったクレアを介してバイロンとスイスで合流し、レマン湖半にあったバイロンの別荘に滞在することになった。長雨が続いた初夏のある日、バイロンの発案でそれぞれが幽霊話を創作しようという遊びがはじまった。どうやらバイロンはすぐに飽きてしまったらしいのだが、メアリーはそのとき頭の中にひらめいた人造人間の物語を書き続け、完成させた。他にバイロンの侍医であったポリドリも後に『吸血鬼』(1819)を執筆した。
 イギリス小説の研究者で『批評理論入門  「フランケンシュタイン」解剖講義』(2005、中公新書)の著者である廣野由美子(京都大学大学院教授)は、『フランケンシュタイン』の文学性を高く評価し、「映像作品の恰好のネタとして、あるいは典型的でありふれたゴシック小説としてのみ」評価することに強い疑問を投げかけている。(『100分で名著 フランケンシュタイン』2015、NHK)
 中学時代、何も知らずに映画の原作だろうくらいのつもりで文庫本を買ったとき、内容があまりにも違うので驚いたという経験が私にもある。最大の違いは人造人間がただ粗野で、知能の低い野獣のような存在ではなく、人並み以上の知性を持ち、何より雄弁であることだった。確かに、後に連続して凶悪な殺人事件を引き起こすのではあるが、それ以前には盲目の老人ド・ラセーの一家の暮らしを覗き見ているうちに言葉を覚え、たまたま森で拾った鞄の中に入っていたミルトン『失楽園』、プルタルコス『プルターク英雄伝』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』を読みこなし、とくに『若きウェルテルの悩み』に強い感銘を受けたというのである。
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 しかし、それらを知ってなお私が愛するのはユニバーサル・スタジオの映画『フランケンシュタイン』(1931)である。
 また遠回りになるが、コッポラがプロデュースし、ケネス・プラナー監督・主演(※人造人間はロバート・デ・ニーロ)の『フランケンシュタイン』(1994)は比較的原作に沿った映画として知られている。だが、廣野由美子が「映像化すると、視覚的な効果が優先され、本質的な魅力が抜け落ちてしまう」というとおり、おぞましさだけが先にたってしまい、とうてい物語に引き込まれるということにはならない。原作ともだいぶ異なる点もあり、とくにフランケンシュタインがエリザベスを再生させようとするが、これなどはあってはならない改作だった。「父親に愛されなかった息子の物語」の視点は間違ってはいないと思われるが、記憶にとどめておきたい映画とはとうていならない。今回、この文章を書くにあたってクリストファー・リーが人造人間を演じた『フランケンシュタインの逆襲』(1957)も一応みたが、ただグロテスクなだけで、映像としても物語としてもまるでお話しにならない。
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 コッポラでもなく、ハマー・フイルムでもなく、ユニバーサルの映画(それも第1作!)に心引かれる理由をいくつか述べてみたい。
 まずは人造人間を演じたボリス・カーロフ(1887 1969)の魅力だろう。ボリス・カーロフはイギリス・ロンドン出身で、第二次世界大戦後も怪奇映画の大御所格として活躍したという。最初、ユニバーサルはベラ・ルゴシ(1882 1956)を怪物(人造人間)に当てようとしたのだが、セリフがないという設定をルゴシが嫌った結果、当時脇役しか回って来なかったボリス・カーロフに白羽の矢が立ったということだ。以後、カーロフはずっと怪奇映画俳優として人生を送っていくことになるのであるが、謙虚で物静かな人物であったカーロフは、その役を与えられたことに感謝し続けたということである。
 頭頂部が平たいのは脳を入れ替えるためだという。その特徴的な怪物のイメージはゴヤの絵をヒントにしているのだという。メイクにあたったジャック・ピアースはモンスター・メイカーと呼ばれ、ユニバーサルが生み出したすべての怪物たちのメイクを担当したとのことだ。フランケンシュタインでは固めた綿で頭部を造形し、1回のメイクに6時間を要したという。脚にはギブスをはめ、自然な動きを制限した。
 しかし、そのメイクをして怪物の怒りや悲しみを表現し得たのはボリス・カーロフの才能のゆえであると評されている。フランケンシュタイン物は続編が数多く作られているが、カーロフが演じたのは3作目までである。怪物のメイクの特許はユニバーサルが所有しているから、ユニバーサル映画ではその後も同じ姿かたちで登場する。『フランケンシュタインの幽霊』(1942)ではロン・チェイニー・ジュニア(1906 1973)が、『フランケンシュタインと狼男』(1943)ではベラ・ルゴシが怪物を演じた。だが、二人ともボリス・カーロフには及びもつかない。カーロフの怪物には、ふとした横顔にも眼に表情があり、唇に感情がこもっているのである。
 つぎは怪物を作り出したフランケンシュタイン男爵のマッド・サイエンティストぶりだろう。怪物に生命を与えた力は電気である。昔、NHKBSで放送していた『知への旅』によると、メアリーが生きていたころ、死んだカエルに微電流を流すと足が動くという実験をみてショックを受けた、というようなことが紹介されていた(ただし、原作には雷や電気のことは出てこない)。あちこちに怪しい放電現象が起こっている実験室も実に魅力的だったが、屋上から引き下ろされた実験台の怪物の手が動くのをみて、フランケンシュタインが「It's alive!」と叫ぶシーンには今でも鬼気迫るものがある。
 原作ではフランケンシュタインのファーストネームはヴィクターだが、1931年の映画ではヘンリーとされている。これは原作に対する遠慮というより、原作と映画とは異なる作品であるという制作者の意志を感じる。
 原作ではフランケンシュタインは人造人間を作り出すことに成功したとき、そのあまりの醜悪さに実験室を逃げ出し、創造主としての責任を負うこともなく怪物を放り出してしまう。映画はそうでなく、ヘンリーは成功のよろこびに興奮し、恩師であるウォルドマン教授が破棄をすすめるのも聞かず、実験を続行させようとするのである。ヘンリーが怪物の始末を決意するのは新妻であるエリザベスが襲われてからである。必ずしも「父親に愛されなかった息子」ではないのである。
 怪物の方の行動にもかなりの違いがある。怪物が凶暴になったのは助手のフリッツに虐待されたからである。そのフリッツが殺害され、ウォルドマンはヘンリーをうながし、劇薬で怪物を気絶させる。その際ヘンリーは負傷するが、エリザベスの看護もあって回復し、ヘンリーとエリザベスは結婚式をあげる。ウォルドマンはその間に怪物をなき者にしようとするが、意識をとりもどした怪物に殺されてしまう。
 屋敷から逃亡した怪物は村はずれで出会った少女マリアを湖に投げ込み、溺死させてしまうという事件をおこす。前の二人と違って少女は怪物に何も危害を加えようとはしていない。そのことで怪物は村中の人々から追われるところとなり、逃げ込んだ風車に火を放たれる場面でラストシーンとなる。報いは当然なのであるが、怪物が少女を湖に投げ込むにはつぎのようないきさつがある。
 怪物と出会ったとき、少女は花を摘んでは湖に投げ込むという遊びに興じており、怪物にもそれをすすめる。自分のことを怖がらず受け入れてくれたうれしさから怪物も少女をまねる。野原に摘む花がなくなったのをみて怪物は少女を抱え上げるのである。愚かといえばあまりに愚かであるが、敵意とか憎悪が理由ではなさそうなのである。湖畔で少女と向かい合わせに膝をつき、花を摘んでいるシーンは映画の中で最も有名な画像である。
 新婚早々のエリザベスのいる部屋に怪物が突然姿をあらわす場面がある。これも原作ではエリザベスは復讐心に燃える怪物の手にかかって殺されてしまうのだが映画では怪我で終わっている。森の中で怪物とであったヘンリーは殴り倒され、やすやすと風車小屋まで連れ去られてしまう。そして風車小屋が火で包まれる中、屋上から投げ捨てられてしまう。しかし、これもまた、火災によって焼死してしまわないためと見えなくもないのである。ヘンリーは重傷を負いはしたが、村人たちに助け起こされ、「奥さんの待つ屋敷」へと送り届けられるのである。
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 第2作の『フランケンシュタインの花嫁』(1935)はフランケンシュタイン物の中では最高傑作とされているらしい。それは怪物が川で溺れそうになった少女を助けてやりながら通りかかった村人から銃で撃たれたり、盲目の老人の家に迎え入れられて心をひらき、言葉を覚えたり、女の人造人間が作られたりするところから、原作に近いと考えられたからだろう。だが、女の人造人間が作られるのも原作では自分の孤独を癒やすための仲間を作ってくれれば姿を消す、という怪物の要望によるものだったのに対し、映画ではプレトリウスという怪しげな科学者に協力を強いられたからである。
 第2作について唯一私が認められるのは、その女人造人間にも嫌われた怪物が「お前たちは生きろ!」といってヘンリーとエリザベスを実験室から逃がし、プレトリウスと女人造人間ともども実験室のある塔を倒壊させてしまう装置のレバーを引く場面である。他は物語としておかしなところばかりでなく、メイクにもカーロフの演技にも納得できないところが多々あったが、監督のジェームス・ホエールはこの第2作をコメディとして作ろうとしたという話があることを知り、何となく理解できたような気がしたのである。
 第3作の『フランケンシュタインの復活』(1939)はボリス・カーロフが怪物を演じた最後の作品である。フランケンシュタインの息子が廃墟となった実験室跡に眠っていた怪物を再生させるというすじがきである。怪物は言葉を失っており、毛皮のベストを着用していることに象徴されるように、すっかり野獣のような状態にもどっている。フランケンシュタイン父の助手であったイーゴリ(第1作で殺されたはずのフリッツといつのまにか入れ替わっている)の操り人形と化し、指示されるままに殺人を繰り返す。それでも鏡に映る自分の姿に激しい嫌悪感をあらわす様子などはカーロフの怪物らしい。また、子どもにはやさしい一面をみせる。映画としては格が落ちるが、子どもの時に怪物によって右腕を失ったというクローグ警視に存在感がある。
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 最後に監督のことを書く。ジェームス・ホエール(1889 1957)はイギリス生まれ。製鉄業者である父と看護師である母との間に生まれた7人兄弟中の6番目の子供であった。 兄弟達のように重工業の仕事につくのを望まなかったホエールは、自分に絵の才能があると知り、アート&クラフト・スクールの夜間クラスに通った。
 1915年に第一次世界大戦に参加、1917年に捕虜になり、その間に舞台制作の才能に目覚めた。停戦後、ホエールはバーミンガムに戻り、プロの舞台関係者としてのキャリアを積み始めた。やがて当時あまり知られていなかった若手俳優ローレンス・オリヴィエの舞台を成功させるなどの実績を積みながらアメリカに渡り映画監督として活躍した。
 ホエールはハリウッドで活躍している間、自分が同性愛者であることを公表していた。1949年を最後に映画界を引退し、1957年ハリウッドにある自宅のプールで溺死体で発見され、警察の捜査で入水自殺と断定された。
 ホエールの晩年を描いた映画に『ゴッド・アンド・モンスター』(1998)がある。脚本も手がけた監督のビル・コンドンはアカデミー脚色賞を受賞した。この映画でも第1次世界大戦での塹壕体験や同性愛のことが取り上げられている。重くなりすぎないようにユーモラスに描かれてはいるが、言い知れぬ寂しさとともに人間の尊厳のようなものが伝わってくる。名画だと思った。この映画を見ながら、もしかするとフランケンシュタインの怪物には世に受け入れられず、世界との違和と孤独に苦しんだであろうホエールの姿が投影されているのかも知れないと思った。


by yassall | 2018-04-08 10:49 | 雑感 | Comments(0)
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