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つい一言 2017.6

(承前)共謀罪法案が法務委員会での採決を省略していきなり参院本会議での採決にいたったのは、与党内で公明党からの要望があったからだという説が流れている。委員長の秋野氏の会派は公明党で、都議選を前に委員会採決でもみくちゃ(?)にされる委員長の画像が流れることを避けたかった、というのが理由だという。TVのインタビューでは公明党の山口代表は否定しているから真偽のほどは分からない。
 安倍一強といわれる背景には小選挙区制があるという。公認が受けられなければ立候補すら出来ないから、いきおい執行部には従順にならざるを得ない。かつては自民党内にタカ派からハト派までの派閥があり、バランスが働いていたがそれが機能しなくなった、というようなことが言われる。
 そこで、公明党には与党内でかつての派閥のようなバランス機能、あるいは歯止めのようなものが期待されていた。だが、このところ、何か相当の弱みを握られているのではと疑いたくなるほど、公明党は自民党のいうがままである。
 だいたい、上記のような流言を立てられて悔しくはないのか? 安倍という人物は消費税の値上げを見送ったように、自分では泥をかぶろうとしない小ずるい男なのだ。今度の強行採決も公明党のせいにして非難を緩和しようとしているのではないのか?
 知人にもご近所にも創価学会の人は大勢いる。戦中、治安維持法および不敬罪で検挙され獄死した初代会長の牧口常三郎の本をもらったのは元同僚からだ。その創価学会に支持基盤をおく公明党が共謀罪法案に賛成すること自体が理に合わない。ましてや安倍の支持母体である日本会議とは懸隔の関係にあるはずだ。いつまでも与党にしがみつかず、本来のあり方に立ち返るときではないのか?(6月17日)

 (承前)それにしても日本はこれからどのような国になっていくのだろう。戦前、治安維持法が制定されたのが1925年。1928年には共産党員をいっせい検挙した3.15事件が起こっている。その3.15事件を小説に書いた小林多喜二が特高によって拷問死させられたのが1933年。治安維持法が改定された1941年に15年戦争は太平洋戦争に拡大し、1945年に日本は敗戦を迎えた。治安維持法制定から、たった20年後のことだった。
 「共謀罪」は現代の治安維持法だとも批判されている。そのような猛威をふるわせない運動と世論が必要だろう。それは国の進路を過たないためにもだ。
 いずれにしても、人々が自由であるためには自由であるための知恵や工夫、自由を守るための連帯やたたかい、そして何よりも自由であろうとする意志が必要な時代が到来したことは確かなことであると考えるのだ。(6月16日)

 昨日14日の昼頃から「委員会での採決を省略して本会議で採決」という情報が伝えられた。その時点で自民党と民進党との国対委員長会談は決裂、あとは夜討ち朝駆けとでもいうのか、夜を徹した攻防ののち、一気に参院本会議での強行採決に持ち込まれた。
 それにしても衆参両院で圧倒的な多数を占め、会期の延長も自由自在な与党・自民党はなぜこれほど乱暴な一手に出たのだろうか? 「加計隠し」とか都議選対策とかいわれているが、そればかりではないように思う。
 特定秘密保護法や安保法制のときと同様、今回も「共謀罪」反対の市民運動が繰り広げられた。とくに安保法制反対運動では車道を埋め尽くした国会前集会など、若者たちも含めた大きな運動になった。それらを乗り切ってきた自信ともみえるが、むしろ反対運動をどうしても挫けさせたい、圧倒的な力を見せつけることで無力感というダメージを与えたいということではなかったか、と考えるのだ。
 つまり、通常の国会運営のルールを踏みにじって強行された今回の採決は、与党・自民党の強さの表れというより、彼らの危機感や焦燥感の表れではなかったか、ということなのだ。
 「共謀罪」の成立を許したのはもちろん反対運動がまだまだ弱かったからであるのは確かだろう。だが、ここで無力感や虚無感にとらわれたらまさに権力側の思うつぼだと思うのである。(6月15日)

 YouTubeで先日の金田法相の発言を確かめて見た。質問は事前通告されていたのだから当然といえば当然だが、金田法相の答弁は文書を読み上げながらだった。(たぶん、自分で作成した文書ではあるまい。)つまり、「治安維持法は適法」発言は金田法相個人の思想や資質によるものではなく、内閣としての統一見解であるということになる。治安維持法による恐怖政治、社会運動の弾圧、言論封殺、多くの冤罪に対してまったく無反省であるということは、現政権の本質を示しているし、そのような答弁を行っても国民は抵抗しないと踏んでいるのだろう。
  ※
 安倍首相はもともとだったが、冷静と見られていた菅官房長官も、国会答弁や記者会見での激昂ぶりや個人攻撃があからさまになっている。菅官房長官は前川前文部次官を攻撃して記者会見の後、オフレコながら「出会い系バーに50回も100回も通っている」などと付け加えたそうである。その回数を本当に把握していたとしたら、たまたま偶然にも誰かによって目撃された情報が伝わったのではなく、明確なターゲットとして継続的に尾行したり監視したりしていたことになる。
 「共謀罪」法案が監視社会を生み出すと指摘されているが、監視社会はすでに進行しており、それが合法化され、「共謀」や「準備」の段階でフリーハンドに罪に問うことができるようになると考えるべきなのだろう。(6月6日)

 あたかも「共謀罪」法案が審議中の折も折、よくもこのような発言が飛び出したものだ。しかも金田法相は(仮にも)担当大臣ではないか!
 2日の衆院法務委員会で戦前の治安維持法への認識を問われ、金田法相は「(同法は)適法に制定され、勾留・拘禁、刑の執行も適法だった」と言い放ち、「損害を賠償すべき理由はなく、謝罪・実態調査も不要だ」と切り捨てた。質問に立った畑野議員(共産党)は1976年に当時の三木首相が「治安維持法については、その時でも批判があり、今日から考えれば,民主憲法のもとではわれわれとしても非常な批判をすべき法律である」と答弁したことを示し、金田法相の異常な態度を追及したという。
 「悪法も法なり」という言葉があることはある。治安維持法が戦前の帝国議会で一応の審議をへて制定された、という程度の認識なのだろう。だが、国民よりも国家を優先させる強権政治がもたらした反省から戦後政治が出発したという観点がまったく抜け落ちている。戦前の国家主義と強権主義が最後は国を滅ぼしたことを振り返れば、治安維持法は繰り返し実態を明らかにし、反省し、否定しなければならない。
 「共謀罪」審議において答弁不能な単なる無能力者ではなく、きわめて危険な思想の持ち主であることが明らかにされたし、その所属する内閣が最終的にめざす国家像ももはや隠しようがなくなったと言わなければならない。(6月4日)
 ※付け加えれば、またしてもマスコミはこの重大発言をまともに取り上げようとしない。今日の「オール埼玉」集会のゲストスピーチで伊藤千尋さんは「韓国では国民はマスコミを信じていない。だからネットを通じて自分たちで情報発信をし、100万人集会を実現させたと述べていた。日本も民衆からの情報の発信と普及が必要な社会になっているのではないか?

 東京電力が水力でつくった電気だけを販売する家庭向け電気料金プラン「アクアエナジー100」を発表した。
 東電は水力発電所を163カ所保有しており、毎年100億kw/h超を発電。そのうち1億kw/hを新プランに割り当てるという。電気料金は通常より1割程度高くなるが、火力発電との差異として燃料費の影響を受けないため、円安がすすんだ場合はかえって安価になる可能性もあるという。
 すでに新電力への移行をすませてしまった私としては今のところ検討材料にはならない。ただ原発に頼らず、CO2を排出しない再生可能エネルギーによる電力を求める声に、東電も耳を傾けざるを得なくなったということだと受けとめたい。(6月3日)

by yassall | 2017-06-15 15:13 | つい一言 | Comments(0)
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