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Tさんからのメール  県中央発表会に関連して

 今年の地区発表会で一緒に審査員に当たったTさんからメールをいただきました。ご本人の許可を得て掲載させていただきます。

 ブログ、読ませていただきました。
 Sさんが指摘されていた6項目、私も同じように考えます。
 コピーの批判はおかしいですよ。
 劇を観て感動し自分達もこのような劇を創りたい、同じような感動を与える芝居にしたいと思い、かなりのレベルまでやり遂げた芝居だったと感じています。
 県大会は残念ながら観られませんでしたが、地区大会では私たち観客にメッセージがきちんと伝わってきました。

 その土地の者しか演じ切れないみたいな感じかたも随分おかしなはなしですね。

 また、機会がありましたらご一緒できたら嬉しいです。  T

 審査は二人で行ったもので、私ばかりが先走ってもいけないと思い、ブログに投稿したことをお知らせしたことによるものです。私からは次のような返信を差し上げました。

 感想ありがとうございます。
 同感とのご意見をいただいて心強いばかりです。
 本文でも書きましたが、他人の読書感想文を丸写しにするのとは訳が違います。
 丸写しは頭も使いませんし、場合によっては本を読まなくてもいいのです。
 演劇の場合は、それが優れた作品であればなおさらのこと、たとえそっくり真似しようとしても簡単なことではないはずです。

 実は、意見を言いに来た人が指摘したようなことは、私たちも考えなかったことではありませんでした。(でなければ、前稿のような見解をすぐさま表明することはできません。)様々な問題に配慮を怠らないようにし、熟議を重ね、真摯に審査に当たったことは強調しておきたいし、信じてもらいたいと思っています。
 少し冷静になって考えてみると、意見を言いに来た人も単純にオリジナル性を問題にしたということではないのかも知れないと思い直しています。
 話題になった学校として独自の表現の追究がなかった訳ではないことは前稿でもふれましたが、問題はむしろ直近の全国大会で高評価を受けた作品を、数年を置かずして他の県・学校で手がけることの是非でしょう。たぶん、10年も前の作品であれば、「そのまま」であったらともかく、「似ている」から審査から除外すべきだと主張する人はいないでしょう。
 ただ、この芝居に関しては10年後にどこかが再演するのでは遅い、青森から発せられたこのメッセージにいち早く反応し、埼玉の地から答えたことにこそ価値があったのだと思うのです。原発も処分場も持たない県で、問題を共有化し、「我がこと」としてとらえる契機となったことに意義があったと思うのです。
 それでも私たちは慎重でした。「2016秋の高校演劇 Cブロックを振り返って①」でも書きましたが、プロパガンダであるよりも、あくまで「演劇として魅力あるものとして舞台化」されたかを基準に審査しました。
 私個人としては県中央発表会での到達点であれば関東大会に推薦されても少しもおかしくはなかったと思っています。真相は分かりませんが、もしかすると審査員の方々に先ほどと同じような理由から関東大会・全国大会へ進めていいのだろうか、というような迷いがあったのではないか、とも考えないではありません。それは審査員の責任と判断ですからそれでいいのです。
 ただ、地区発表会の審査員を務めた身としては、あれだけの心意気と到達度を持った芝居を地区発表会の段階で落選させることは到底できない、少なくとも「似ている・かも知れない」(他にもそんな上演はいくらでもあるかも知れないのに)などという曖昧な理由で審査から除外することは適当でない、と判断したということなのです。
 重ねてのことになりますが、県中央発表会で上演され、観客の惜しみない拍手に接したとき、私たちの判断が間違ってはいなかったと確信しました。私はそのような埼玉県中央発表会であり続けて欲しいと思っています。

by yassall | 2016-11-24 13:03 | 日誌 | Trackback | Comments(0)
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