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菅原文太の死

 菅原文太が死んだ。かねて体調不良とは聞いていたが、TVのコマーシャルに出演していたり、最近では沖縄知事選で翁長候補を応援したりといったニュースが報じられていたので、急逝との感を禁じ得ない。
 先に高倉健が亡くなった。高倉健について何か書こうと思っていた矢先だった。同じヤクザ映画でも高倉健には任侠ということばが似合い、菅原文太には極道ということばが似合うように感じる。深作欣二の「仁義なき戦い」シリーズには戦後裏面史という一側面があった。
 高倉健と菅原文太が人気を二分した時代があった。私の周りにいた女子学生の間では文太の人気が高かった。ヤクザ映画路線が下火になった後、二人の進んだ道はずいぶん違った。高倉健もTVのコマーシャルに出たことがないわけではないが、職業は映画俳優ですと自称したというだけあって、仕事ぶりはストイックだった。そこに高倉健の魅力もあるのだろう。
 一方の菅原文太であるが、TVドラマにも活動を広げていった。一時期、確か野村秋介の「風の会」に名をつらねていたような記憶があり、私生活上の先行きを危ぶんでいた。その後、耕作放棄地を活用して若者達と農業を手がけるなど、独創的で時代を先がけた活動で存在感を顕した。最近では秘密保護法反対や、集団的自衛権の行使反対の運動に、積極的に関わるなどの活動が報じられていた。
 仙台生まれということもあってか、福島原発事故にはいち早く反応し、脱原発運動にも熱心だったようである。重大な病をかかえながら、最後の生きざまを探究していたような気がする。
 高倉健と比較すると、紆余曲折も多く、多弁すぎることもあったのかも知れないが、それはそれで一人の人間の生き方であったと思う。うむ、もうこの世にいないのか。

by yassall | 2014-12-01 21:20 | 雑感 | Comments(0)
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