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谷川雁「雲よ」

 一年前、この「詩・詩人」のカテゴリで茨木のり子の「六月」をとりあげた。茨木のり子の人気は高く、今年に入ってもアクセスが多数あるのはうれしいことである。私のようなブログにも、である。

  どこかに美しい村はないか
  一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
  鍬を立てかけ 籠を置き
  男も女も大きなジョッキをかたむける

 さて、上から始まる一篇を転記しながら、実はあるもの足りなさをずっと感じていた。もっと印象的な、心の深いところに触れてくるような数行があったはずなのだが、という思いであった。
 最近出版された、松本輝夫『谷川雁』を読んで、その理由が分かった。茨木のり子の「六月」と、谷川雁の「雲よ」が記憶の中でいっしょになってしまっていたのだ。
 (思潮社版の「現代詩文庫」には収録されていないことも思い出せなかった原因の一つだろう。たぶん、国文社版の『谷川雁詩集』で読んだのだと思う。)

 
    雲よ

  雲がゆく
  おれもゆく
  アジアのうちにどこか
  さびしくてにぎやかで
  馬車も食堂も
  景色も泥くさいが
  ゆったりとしたところはないか
  どっしりした男が
  五六人
  おおきな手をひろげて
  話をする
  そんなところはないか
  雲よ
  むろんおれは貧乏だが
  いいじゃないか つれてゆけよ

 初期の作品であるということだが、山村暮鳥と詩想を同じくするような素朴さは、晦渋な暗喩で成り立つ作風が確立する以前のものなのだろう。だが、〈アジア的〉なもの、〈村的〉なもの、〈前プロレタリアート的〉なものという、谷川雁の思想的な原点は出そろっているようだ。

  (たにかわがん,1923-1995)

 松本輝夫『谷川雁 永久工作者の言霊』平凡社新書(2014)

 松本輝夫は東大在学中に谷川雁を筑豊にたずねた機縁から、テック(=ラボ)に入社。組合運動に従事し、〈経営者〉谷川雁と対立した経緯があるが、後にラボ教育センター会長をつとめ、退社後に谷川雁研究会を起こした人物である。詳しい内容にはふれないが、谷川雁=実践者(雁みずからが「工作者」と自己規定した)という位置づけから展開される谷川雁論は、詩人の全体像にせまるものである。吉本隆明との対比も興味深く、3.11後における再評価をうながしていることにも説得力がある。



by yassall | 2014-07-10 20:16 | 詩・詩人 | Comments(0)
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