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リコー GR1S

 リコーはカメラメーカーとしても老舗である。そして個性的な製品と独自の販売戦略で今日まで生き残って来た。
 記憶に残っている中ではRICOH AUTO HALF SEがある。どこがオートなのかというと、フィルムの巻き上げがゼンマイによるスプリング式になっていたのである。つまり、オートといっても電動化されているわけではないのだが、巻き上げレバーが省略されたスタイルは、当時としてはたいへんモダンなデザインに見えたものだった。
 ハーフというのは、まだフィルムが高価であったころ、1枚分を半分ずつにして撮影する(つまり、12枚撮りフィルムであれば、24枚撮せることになる。ただし、普通にかまえると画面はタテ位置になる)ことができるように考案された方式である。この分野でリコーはオリンパスと人気を分け合った。
 そうした大衆化路線ではリコーXR 500 も印象深い。普及価格帯の一眼レフとして発売されたその価格は39,800円、TVでは「サンキュッパ」のキャッチフレーズが大評判となった。自分にも一眼レフが持てそうだ、という気にさせた功績は大きい(それでも当時の初任給の半額程度だが)。
 ついでにいうと、リコーの一眼レフはペンタックスのKマウントを採用していた。もしかするとリコーがペンタックスを吸収合併するにいたる縁はこのときすでに始まっていたのかも知れない。

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 さて、GRには前史がある。それは1994年に発売されたR1である。17×61×245mmという大きさに145gという軽量ボディーは限りなくパトローネの大きさに近づけたのだという。大げさでなくワイシャツの胸ポケットにおさまった。
 レンズは30mmF3.5(4群4枚)で、のちにマルチコート化された。基本的なデザインは変わらなかったが、さまざまな進化形に発展し、ローライがOEMを出したり、フランスのファッションブランドとのライセンス契約によるELLEが発売されたりした。写真でみると瀟洒なデザインのものがたくさんあり、どうして買っておかなかったのかと今さらながら悔やまれてならないときがある。
 そのR1のデザインを踏襲しながらハイエンド機としてのコンセプトをもってGR1が発表されたのが1996年のことである。新素材であるマグネシウム合金のボディーに28mmF2.8(4群7枚)のレンズを搭載させた。R1と比較すると厚さが26.5mmとなり、重量が175gとなったが、それでも軽さは際立っていた。
 私がGRを使い出したのは1998年のGR1Sからである。とにかくそのレンズの評価が高かったことと、つねに持って歩けるカメラが欲しかったからである。その後も「さあ、今日は写真を撮るぞ」というときはTVSを持ち出したが、375gという重さは常時携帯をためらわせた。シャッターチャンスとめぐりあったとき、すぐに取り出せるカメラというぜいたくを満たしたかったのだ。
 使ってみて、世評にたがわぬその性能に驚嘆した。よく試し撮りに池袋西口の芸術劇場前公園を使ったのだが、プリントを見るとその緻密さはもちろん、石畳の質感、噴水の量感、木立のような自然物から芸術劇場のような人工物にいたるまで、描線の繊細さと色彩の鮮やかさはなみなみでない実力をうかがわせた。
 リコーのレンズは確かリノケンというブランド名を持っていたと記憶しているが、このレンズについてはGRを名乗り、限定販売ではあったがLマウントによるものも作製された。それだけのことはあった。

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               (117×61×26.5mm、180g)

 GRは2001年に完成形であるGR1V、1999年に21mmF3.5を搭載させたGR21、廉価版でステンレス外装のGR10(1988年)が発売された。
 リコーのすごいところは、デジタル時代になっても同様のデザイン、同様の28mm(相当)レンズによってGRをシリーズ化してしまったところである。1号機から評価は高かったが、APSサイズの撮像素子を積んだ最新版にはときおり食指を動かされないでもない。


by yassall | 2014-02-22 14:49 | カメラ談義 | Trackback | Comments(0)
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