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OLYMPUS XA

 一般的にいってカメラも大型になるほど高性能になるのは確かなことだろうと思う。登山に出かけて山の写真を撮るにはカメラは小型の方がいいと普通は思う。可能な限り装備を軽量にするためには当然である。だが、精密な山岳写真を撮るためには大判でなくてはならないとし、カメラ本体はもちろん、重量級の三脚を担いで平然と山に向かう写真家もまた多い。
 ニコンがF6を出したとき、これがF5の買い時かも知れぬと思い、F90を下取りにして中古を買った。一台くらい究極の性能を持ったカメラを所持しているのも悪くないと思ったのだ。
 (中古とはいえ、それでもけっこうな値段だった。ミヤマ商会池袋店にはよく通ったが、今はもう店をたたんでしまった。新宿店は健在のようだがまだ行ったことはない。)
 では、実際の撮影においてF5を持ち出す機会がどの程度あったかというと、恥ずかしながら指折り数えるくらいしかない。その重さに比してハンドリングは決して悪くはないのだが、それでも相当の気合いが入らないと持ち出す気になれない。
 F5は、少なくとも35mmフィルムカメラにおいては頂点を極めたとカメラだと思っている。そういうカメラはまた、それに見合うレンズも要求するのである。2代目の24-120mmを新調して装着してみたりしたが、どうもしっくり来なかったというのも持ち出す機会が減った理由である。

 さて、前置きが長くなったが、カメラ談義をどこから始めようかと考えた末、いわゆるサブカメラから話題にしてみようと思う。
 35mmサイズをライカ判というのは、ライツの技術者であったバルナックが映画用フィルムを使用した小型カメラを試作したことから始まり、その理由が「無類の写真好きであったが、小柄で体力もさほどなかったバルナックにとって木製大型カメラを持ち歩くことは難儀であったため。」という説がある。精緻な写真を撮るには大判のフィルムを使用するカメラの方がいいに決まっている。だが、今日のようなカメラの普及にはライカ判の完成にあずかることが大きかった。だとすれば、小型軽量であることもカメラの進化の方向のひとつなのである。

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 と、また遠回りをしてしまったが、最初にとりあげるのはOLYMPUS XAである。私の一眼デビューはニコンFEからで、これとはずいぶん長いつきあいになった。これをメインにしながら、もう少し気軽に持ち出せるカメラが欲しくなり、行き着いたのがXAである。
 XAは1979年の発売。私は自分が買ったことのあるカメラのパンフレットはすべて保存してあるのだが、そこには「凝縮されたメカニズムのハイテクニカルオート。だから、一眼レフのサブカメラ。プロの休日カメラ。」なる宣伝文句が書き込まれている。少々大げさだなと思うのだが、姉妹機のXA2がゾーンフォーカスであるのに対して二重像合致式一眼連動距離計を備え、露出制御も絞り優先式AE、切り換えレバーで+1.5EVのワンタッチ逆光補正も可能という凝った内容だった。(露出補正ダイヤルはついていない。自分で調整したいときはASA感度設定を変更すればよいのである。)
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 バリアを閉じた状態。この電源スイッチをかねたスライド式のバリアも当時としては個性的でなかなかオシャレだった。レンズは35mmF2.8。Fズイコー5群6枚構成で、これもDズイコー4群4枚構成のXA2と差別化していた。
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 ストロボは別売。A11とA16があったが、ガイドナンバーが少し大きいA16を選んだ。その当時の高感度フィルムはASA400程度でも役に立たなかったのでそうしたのだが、実際にはあまり使わなかった。

 シャッターは電子シャッター。「フェザータッチ」が謳い文句だったが、個体のせいなのか、私のは感度があまりよくなく、ときどきシャッターチャンスを逃した。絞りはF2.8~22まで選択できたが、絞り羽根が二枚式で、ここは手抜きだった。それでも当たるときにはそれなりの絵をものにすることが出来たからよく持ち歩いた。

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             (102×64.5×40mm、225g)


 ※ASAはフィルム感度をあらわす数値。今はISOというが、当時の言い方にならった。
 ※35mmフイルムをカメラで使おうという試みはライカ以前からあったとのことである。それでもライカ判と呼ばれるのはカメラとしての完成度が高かったからに違いない。
 ※ズイコー(Zuiko)は、オリンパスのカメラレンズのブランドである。ズイコーは「瑞光」から来ているのだろう。他社がニッコールとかフジノンとかヘキサーとか命名したのと比較するとずいぶんと古式ゆたかな名前である。なお、ミノルタのレンズ名がロッコールなのは六甲山から来ているというのは最近になって知った。


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by yassall | 2014-02-01 02:38 | カメラ談義 | Comments(0)
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