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中村稔「鵜原抄」

  海は藍よりもさらに青く
  時は物言わぬ果実のように熟れている。
  --ああ誰にもこんな恍惚たる時を持つ権利がある。

 外房・鵜原はリアス式海岸特有の狭い入り江に白砂の印象的な美しい海浜である。突きだした岬の先端には三角岩がそそり立ち、その向こうには太平洋がどこまでも潮を広げていくのだが、入り江の中は穏やかで、とくに白い波頭も、砂の一粒一粒も、陽光の中に溶け込むような、晴れた春の海で過ごす一日は、まさに恍惚たる忘我の時である。若き日のさすらい、友たちとの語らい、野望も傷心も、そのものを現前せしめながら、静かに洗い清めてくれるのである。
 鵜原を訪れるようになる以前に、私は中村稔を知り、「鵜原抄」を読んでいたのだが、「鵜原抄」を愛吟するようになったのはもちろんその後である。年経てからも思い立っては何度も足を向けた。
 
 中村稔はソネット形式にこだわった詩人。ソネット形式といえば立原道造、さらには加藤周一や福永武彦らのマチネ・ポエティクによる試みが知られているが、道造は夭折してしまったし、マチネ・ポエティクは、フランス本来の定型にならって脚韻を踏むという凝りようであったが、戦時下での抵抗精神を根拠とする実験のうちに終わってしまった。その意味でいえば、中村稔は日本でもっとも長くソネット形式によって詩作を続けている詩人であるかも知れない。
 次は連作の第2作。そうだ、確かに鳶も飛んでいた。鳶は本来はタカの仲間で、大型の、堂々たる風格の持ち主であるが、少しも暴力的なところのない鳥である。人間の生活圏の近くに生息するが、人にはなつかず、上昇気流に乗る姿は孤高ですらある。
 

  「鵜原抄」

  隧道をぬければ豁然と海はひらけ
  汀は弧をえがいて岩礁につづく。
  岩礁をこえ岬の大地に立ち
  ふたたび隠顕する入り江を臨む。

  物言うな、
  かさねてきた徒労のかずをかぞえるな、
  肉眼が見わけうるよりもさらに
  事物をして分明に在らしめるため。

  海を入り江にみちびく崖と崖の間に
  鳶は静止し、静止して飛翔し
  その影は群青の波に溺れる。

  知らない、
  同じ日、同じ時刻、同じ太陽が
  かの猥雑な都会の上の空をわたる、と。

  (なかむらみのる,1927-  )

中村稔「鵜原抄」_c0252688_1311952.jpg

鵜原海岸
 中村稔について書くなら鵜原に行って写真を撮ってこなければと思い立ってから、そのまま数ヶ月か経過してしまい、ようやく先週になって出かけて行った。この間、記事そのものはお蔵入りしていたというわけだ。 他にも写真を撮って来たので[風景]の方にアップしておく。
by yassall | 2013-05-26 13:24 | 詩・詩人 | Comments(0)
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