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岡野雄一『ペコロスの母に会いに行く』

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  著者岡野雄一は昭和25年長崎生まれ。20歳で上京。40歳で故郷にUターンし、父母と同居するようになった。
 この間のいきさつについて、著者は次のように回想している。
  「幻聴幻覚の中に生きる父を捨て、包丁を持った父から追いかけ回される母を捨て、神経に絡みついてくる触手のような段々の街を捨て、文字通り逃げた。」
 「そしていろいろあって、40歳で、子どもを連れてこの街に戻ってきた。
 (中略)僕の両親、は居た。
  父は酒をやめて、穏やかでおとなしいお爺さんになり、母もまだ元気だった。
  間に合ったんだ、と思ったのを覚えている。」
 作品はその父親が亡くなったころから認知症を発症しだした母との日々を描いたもの。最初は自ら編集長を務めていた月刊タウン誌の片隅に連載していたのが始まりで、詩人の伊藤比呂美に見いだされるなどしながら広まっていったとのことだ。
  「介護に携わる方々からの温かい共感の言葉は、実はとても意外でした。父の遺族年金を元に母を施設に預けている自分にとっては、介護という言葉は縁遠く畏れ多いと思っていたからです。「母に会いに行く」というタイトルにもその気持ちを込めています。」
 とあとがきに書く。
 私が本書を知ったのは「文藝春秋」3月号によってだが、書き下ろしの「ペコロスの春よ来い」によれば、介護福祉関連の人から、「今、老々介護が問題になっています。親も子も疲弊して、生活から笑いや余裕をなくし…そういう方こそあなたのマンガを読んでいただき…」と認めてくれる人が現れ、書き続けるにいたったとのことだ。
 まだ認知症が進行する以前なのだろうか、夫を失い、また自らの病に不安を感じ始めた母が、息子の帰りを駐車場で待ち受け、「母ちゃん、なんばしょっとか!? 危なかろうがア!」とたしなめられるという作品がある。
 「もうしえんけん、怒るなあ」と母は謝るが、駐車場で帰りを待つ日々は止まらない。息子ももう母を責めることはなく、自宅のある坂道を上りながら「もうしえんて」「わかった、わかった」「怒っとらんや?」「怒っとらんて」と会話がつづく。
 そしてコマが変わると、それらは回想シーンであったことがわかり、車椅子で俯く母の「もうしえんけん(もうしないから)」「なーんもしーきらんけん(何も出来ないから)」という呟きにつながる。
 私の亡くなった母も、よく「もう何も出来なくなった」と嘆いていた。認知症ではなくとも人は老い、無力になっていく。老親を見守り、また自らの老いをも見つめるものに切ない。
 母の少女時代や新婚当時の時間との接続と往還、さらには父なるものの狂気や孤独、原風景としての原爆被爆などが描かれて、なみなみでない画力が伝わって来る。

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岡野雄一『ペコロスの母に会いに行く』西日本新聞社(2012)
by yassall | 2013-03-18 15:57 | | Trackback | Comments(3)
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Commented by torikera at 2013-03-26 22:51 x
我が家でも認知の出た義母の看病のことや実母と子どもたちとの関係とか難問続出です ホッとする絵ですね
Commented by yassall at 2013-03-27 10:32
岡野雄一さんはアマチュアのミュージシャンでもあるみたいですよ。
Commented by yassall at 2013-07-26 00:21
そろそろ映画が封切りになるのではないでしょうか?
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