真壁仁編『詩の中にめざめる日本』(岩波新書)で出会った詩・詩人は多い。山田洋次の「男はつらいよ」シリーズの何作目だったか、定時制高校の教師が生徒に朗読して聞かせる浜口国雄の「便所掃除」も同書で読んでいた。
中野鈴子「なんと美しい夕焼けだろう」を知ったのもこの書によってであった。その鮮烈な印象は今も薄れることがない。これ以後、このように美しい恋愛詩を読んだことがない。 中野鈴子の略歴をたどってみる。1906年、中野重治の妹として福井県の小地主の家に生まれた。郷里で二度結婚するが離婚、1929年上京して重治と生活をともにしながら、プロレタリア文化運動に加わっていく。「戦旗」「ナップ」「働く婦人」などに詩・小説を発表。小林多喜二が特高の拷問によって虐殺された後、その母をかばい、多喜二作品を脚色した築地小劇場での公演に同伴して、「沼尻村を見てうなづく同志小林多喜二のおつ母さん」を書いたというエピソードも残されている。戦時下となり東京での活動が困難になる中、病気療養もあり帰郷、老齢となった父母を助けて家を守ることになった。戦後、新日本文学会福井支部を結成、文学誌『ゆきのした』を創刊。病苦の中、農業や共産党員としての活動のかたわら詩作を続けた。生前の詩集に『花もわたしを知らない』(1955年)、没後に『中野鈴子全著作集』(1964年)がある。 苦難に満ちた激動の人生であった。そうした中でも、真っ直ぐに、ひたむきに、たじろぐことなく、己の信念にしたがって生きた、意志的な姿が浮かんで来る。その作品は社会主義リアリズムに貫かれ、働く者、社会の底辺に押しやられた者たちの悲しみや怒り、喜びや力強さが表現される。 このように人間像をつかんでみると、この詩が中野鈴子によって書かれたことが意外な気がしてくる。しかし、よくよく考えてみれば、戦前から戦後という時代に、プロレタリア運動に身を投じるようなことは、激越なまでのロマンチシズムを併せ持っていなければなし得なかったに違いない。 残された若き日の写真をみると、聡明そうな額と、涼やかな目と、やさしい口元がいつまでも心に残る。 「なんと美しい夕焼けだろう」 なんと美しい夕焼けだろう ひとりの影もない 風もない 平野の果てに遠く国境の山がつづいている 夕焼けは燃えている 赤くあかね色に あのように美しく わたしは人に逢いたい 逢っても言うことができないのに わたしは何も告げられないのに 新しいこころざしのなかで わたしはその人を見た わたしはおどろいて立ちどまった わたしは聞いた ひとすじの水が せせらぎのようにわたしの胸に音をたてて流れるのを もはやしずかなねむりは来なかった そのことを人に告げることはできなかった わたしはただいそいだ ものにつまずき 街角をまがることを忘れて わたしは立ちあがらねばならなかった 立ちあがれ 立ちあがれ かなしみがわたしを追いたてた わたしは 忘れることができない 昔もいまも いまも昔のように 夕焼けは燃えている あかね色に あのように美しく (この稿を起こすにあたって舟木信夫『詩人中野鈴子の生涯』光和堂(1997)を読んだ。『ゆきのした』の活動に参加し、鈴子の身近にいた位置から、その恋愛や人生を書き留めている。戦中から戦後にかけての変転があった。鈴子の人生は決して安楽ではなかった。晩年は辛い闘病生活となった。しかし、舟木は「むしろ悲惨よりは栄光を示している」と書いている。共感する。「その人」が誰かを特定しうる記事もあったが、ここでは触れない。) (なかのすずこ, 1906-1958)
by yassall
| 2013-03-09 01:24
| 詩・詩人
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Comments(2)
Commented
at 2013-03-12 09:46
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ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
at 2013-03-12 11:56
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