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中原中也「曇天」

 岡林信康の「ガイコツの唄」を聞いていて、中原中也の「骨」を連想したことを記憶しているから、私が中也を読んでいたのはその頃だったのだろう。もちろん、詩想はずいぶん違っていて、中也の場合には「ホラホラ、これが僕の骨だ」と、自分の骨を見つめている自分がいて、しかもそれを他者に提示している私がいる。しかし、なぜかそのとき、そこはかとないユーモアに共通なものを感じたからか、私は岡林信康は中也を読んだに違いないと思い込んだのだった。
 それでは、私は熱烈な中也の信奉者であったかといえば、そんなことはないのである。実際、「汚れちまった悲しみに」などはナルシシズムが臭って耐え難かったし、「サーカス」あたりは完成度が高い方だと思われるが、それでも舌足らずな甘さが感じられた。ダダイスト高橋新吉の洗礼を受けたというけれど、「トタンがセンベイ食べて」と書かれても児戯の域を出ていないと思われた。
 ただ、「生い立ちの歌」や「砂漠」などは、後年になって演劇部のレッスンで群読してみたりすると、言葉が響き合い、朗読して初めて真価が分かる作品であるかと思われた。
 「帰郷」の、

  あゝ おまへはなにをして来たのだと……
  吹き来る風が私に云ふ

 の一節には、夢破れ、傷心の心を抱える帰郷者の表白がある。だが、誰かが書いていたのだが、たとえば石川啄木にとっての故郷と比較してみれば、中也のそれはいつでも自分を包み込み、癒やしてくれる温かさに満ちていた、といわれてみると、確かにどこか自己慰謝的であるような気がしてくる。
 ただ、最近になって読んだのだが、岩波明の『文豪はみんな、うつ』(幻冬舎新書)によれば、中也は短い生涯のうちに何度か精神変調に襲われたことがあり、とくに幼い長男を病で失った頃、「巡査の足音が聞こえる」とか「近所の人の悪口が聞こえる」など幻覚妄想状態が顕著になったことがあるとのことだ。
 そうした病質な敏感さを持っていたとすれば、このとき聞いた「風」の音も、中也の心の傷を覆ってくれる優しさというのではなく、もっと激しい指弾の響きであったという可能性はある。
 さて、中也の作品で私が今も忘れがたく思い出すのは以下の詩である。黒旗のイメージが今一つ鮮明でない恨みもあるが、年若いうちに自分の運命を見てしまった者の孤独が伝わって印象深い。

「曇天」

   ある朝 僕は 空の 中に、
  黒い 旗が はためくのを 見た。
   はたはた それは はためいて ゐたが、
  音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

   手繰り 下ろそうと 僕は したが、
  綱も なければ それも 叶はず、
   旗は はたはた たかめく ばかり、
  空の 奥処に 舞ひ入る 如く。

   かゝる 朝を 少年の 日も、
  屢々 見たりと 僕は 憶ふ。
   かの時は そを 野原の 上に、
  今はた 都会の 甍の 上に。

   かの時 この時 時は 隔つれ、
  此処と 彼処と 所は 異れ、
   はたはた はたはた み空に ひとり、
  いまも 渝らぬ この 黒旗よ。

(なかはらちゅうや,1907-1937)


蒼穹に黒き旗はためく憩えよ  望
by yassall | 2013-01-27 16:29 | 詩・詩人 | Trackback | Comments(0)
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