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J.S.ミルの個人主義と民主主義

J.S.ミルは「集団(多数派)の凡庸」と「集団(多数派)の圧力」は民主主義の敵であるといっているそうです。ミルといえばイギリス功利主義、功利主義といえば「最大多数の最大幸福」(実はミルに先立つベンサムの言葉)というくらいの理解でいた私には少なからず衝撃でした。
そうと知ったのは加藤周一『「日本文学史序説」補講』(ちくま学芸文庫)で。『日本文学史序説』は長いこと我が家で積んドクになっていたのを昨年ようやく読み終えました。だから、本屋でこの本を見つけたときは「もうイイヤ」と最初は思ったのですが、やはり本に呼ばれてしまったのでしょう。それにしても加藤周一はまさに「知の巨人」ですね。
ミルのいわんとするところは、まず〈個人〉で考え、判断しろ、その〈個人〉を尊重すべき、さもないと民主主義は危ういぞ、というところなのでしょうが、民主主義はこうして鍛えられて来たのだなあ、鍛えられていかないとならないのだなあ、とつくづく考えさせられました。


『日本文学史序説』についていうと、背景にある文学史観は「日本文学史の方法論への試み」で提起されたものに依っている。文学史を文芸作品に限定せず、思想、漢文、大衆文学までを視野におさめていこうとするもの。そのこと自体には納得するのだが、いざ読み始めてみるとその博覧強記ぶりに圧倒され、文学史体験を同じくするのはとうてい無理だと断念させられてしまう。
そんなわけで、『日本文学史序説』については読んだということでイイヤとなってしまうのだが、『「日本文学史序説」補講』の方は、博覧強記ぶりは変わらないのであるが、講義プラス座談会記録であるだけ、機知や飛躍に富んでいて啓発されるものが多い。
by yassall | 2012-12-07 15:46 | 雑感 | Comments(0)
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