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憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
![]() たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに! この一枚 森林公園ダリア園(10月15日) TX1 #
by yassall
| 2020-12-31 23:59
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私が子どもの頃、我が家の庭に植わっていた樹木といえば八重桜、椿、イチジク、ダリアと言うところだろうか。今でも樹木の名前には弱く、白い花が生け垣のようになって咲いていたが、クロッカスよりは背が高く、調べてもいまだ名知らずである。たいして広くもない庭だったが真ん中に柳まで植えられていた。
それらの樹木を私はあまり好きではなかった。八重桜は葉桜で色が濃く、ソメイヨシノを桜だと認識している目から見ると、サクラと認めてはいけない気がしていた。イチジクは鳥やアリはよくたかっていたが、人間が食するような実はならなかった。柳にいたっては夏になると芋虫が大量発生し、家の中まで侵入してくる。それを捕まえては駆除するのは私の役目だった。色は明るい緑色でけっこう大きな芋虫だった。子どもにとってはおもちゃみたいなところがあった。 手入れがたいへんなのと、家族がそれほど関心を示さなかったからだろうか、ある日庭からすべて消えてしまった。それとも二階屋を建て増したとき、資材の置き場や作業場にするためだったかも知れない。昔の大工は鉋がけも現地で行ったものだから。どうもその辺の記憶は定かでない。 今ではそれらの庭木を懐かしく思う。植えたのはたぶん父だったと思う。まだ若い父がマイホームづくりに夢を抱いていたのだろうと思うといとおしくもある。ダリアは母と一緒に買いに行ったらしい。そんなことがあるのかどうか知らないが、赤と白のダリアを買ってきたのに、何年かたつ内にピンクのダリアが咲くようになったと話していたことを覚えている。森林公園で期間限定のダリア園を公開すると聞いて、行ってみたいと思ったのはそんな記憶があったからである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() TX1 [追記] 文中で話題にした名知らずの白い花のことを妹に聞いたら玉すだれそうだ。いろいろ思い出話をしているうちに、他に棕櫚や八つ手も植えられていたことを思い出した。ダリアは田舎からもらってきたという説も聞いた。 #
by yassall
| 2019-10-17 19:07
| 散歩
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10月1日付の聯合ニュースによれば、日本が半導体・ディスプレー材料3品目の韓国への輸出規制強化に踏み切って約3か月が過ぎたが、主に半導体の製造工程で使われる液体のフッ化水素の輸出許可が1件も出ていないことが分かったとのことだ。 こうした半導体素材の国産化は文在寅政権の方針のもとにすすめられている。今度のことで財閥系企業としても日本に生殺与奪を握られることには警戒心を強めだろうし、相当規模の予算も投じられていることから、たとえ文政権に批判的であっても国産化の推進は歓迎していることだろう。 韓国の文政権は、この構造に挑戦する意志をもっているようにみえる。(中略)(日韓条約を)締結したのは、軍事独裁政権であった李承晩や朴正煕政権である。現在の文在寅大統領からみれば、このふたつの政権自体が、正統な政権ではなかったということだろう。それは朝鮮戦争を背景にしてアメリカがつくりだした傀儡政権にすぎない、ということである。だからこの政権が結んだ日韓条約も、みなおす必要があるというのが、現政権の本音であるように思える。(「新しい激動のはじまり」/『東京新聞』「時代を読む」2019.9.8) このような動きが生まれた大きな原因は、アメリカの力の低下と中国の台頭だろう。力を低下させたからこそアメリカは、外交を国家間商取引としか考えない大統領を生み、中郷は自国を柱とした新しい世界秩序の創造を要求している。(同前) として「戦後の終わりと新しい激動のはじまり」を予言し、「戦後的安定とは異なる」世界をつくるための構想力が求められるとしている。 (戦後冷戦構造の)呪縛から自らを解放し、パワー・ポリティックスにしがみつくアメリカとの関係を批判的に総括するとともに、脱パワー・ポリティックスの新しい国際秩序を提唱する中国を直視し、その中国との協力の可能性を視野に入れる真新しいパラダイムを我がものにしない限り、私たちが「脱冷戦の新たな北東アジアの秩序」形成の主体的担い手になることは難しいと思います。 個人的には、今日の香港情勢などを直視すると、「中国との協力」にはまだまだいくつもの障壁があるように思われる。しかし、無視し得ない巨大な力を蓄え、一帯一路構想やアジアインフラ銀行を実行しつつある中国に対して、たとえば中国の海洋ルート確保に敵対し続けるような防衛構想を持ち続けることが真に国益にかなっているのか、日本も再検証のときが来ているように考えるのである。 日韓基本条約と日韓請求権協定が結ばれたのは1965年。(中略)当時は日韓の間に明確なパワーバランスの差があった。しかし、韓国の国力の飛躍的高まりにより、両国の関係性が変化した。「朝鮮戦争後、『外勢』に押し付けられた休戦協定体制から、『朝鮮半島における平和体制』を自ら創っていこうとしている。」(「韓国と『友人』であることは諦めた方がいい」文春オンライン、2019.8.7) ジョージメイソン大学博士課程にあってメッセージを送り続けている古谷有希子氏も「60年代から70年代の韓国にとって、日本は貿易対象国としても、また国家の発展モデルとしても重要な存在」であったが、その重要性は時を経て「徐々に下がっていく」として、次のようなデータをあげている。 1960年の貿易対象国の中では、日本は輸出の6割を占めていたが、1975年には25%、1985年には15%、そして2005年には5%まで下がっている。 そして日本の政府要人が繰り返す歴史修正主義的発言の裏にあるのは、「韓国ごとき」「日本より格下」といった植民地的差別心であり、「馬鹿にしていい相手」「何をしてもやり返せない相手」といった認識を改めない限り、いつまでも韓国を相手に歴史問題を先に進めることはできないとしている。 #
by yassall
| 2019-10-11 13:23
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![]() 1日目は和光国際高校、新座高校、朝霞西高校の3本を、2日目は午前中の細田学園高校、新座総合技術高校を失礼して、午後の新座柳瀬高校の1本を観劇した。朝霞高校は不参加だったが、1年生にやる気のあるのがいるので、来春には出場したいとのことだった。 ※ 和光国際高校『大正ガアルズ時々ボオイ』萩原康節・作 「風の又三郎」を意識していることはすぐに分かった。主人公の名前も風野佐那である。ある夏の初め、両親を亡くした佐那は慶園塾に引き取られる。慶園塾の塾長は大妻コタカで、どこか現在の大妻女子大を連想させる。女子教育が目的らしいが男子生徒も在学し、男女平等教育に重点があるのかも知れない。武道も盛んである。慶園塾で一夏を過ごした佐那は夏の終わりに九州の親戚に引き取られていく。ますます「風の又三郎」である。 殺陣を組み立てながら見せ場を作っていく手法は萩原さんが得意とするところだ。部員たちも相当稽古を積んだのだろう。危なっかしいところは少しもなく、なかなか見事な木刀さばきだった。殺陣にからんだ5人が5人ともだから、それだけでもたいへんなことである。 これまでの作品には過去の何かの出来事から骨肉の間に強い葛藤があり、それが年下の者の方の忍耐とか努力、ときによって捨身によって克服されていくといったストーリーが多かった。今回も慶園塾の塾生の中に佐那の父親の道場を破門された父親を持つ諫早がおり、無念を晴らすことを胸に秘めていたというような設定があるのだが、同年代ということもあり、稽古で木刀を交えるうちに早いうちから気心が知れるようになるという具合で、殺伐としたところは少しもない。 それは佐那のキャラクター設定に理由がある。剣術の技量は飛び抜けている。だが、艱難に耐えてとか、克己によってというような悲壮なところは少しもない。勝敗にもこだわらない。強い相手と木刀を交えているうちに、親友の仇を討つことも、塾の名誉を守ることもどうでも良くなり、魂と魂のぶつかり合いを感じ取り、楽しくなったというのである。 作品としての完成度はどうだったのだろうか。いつもさまざまな要素を詰め込みすぎだな、と感じていたが、今回は引き算が利いたのか、窮屈な感じはなかった。ただ、その分、話が飛び飛びでストーリー展開に説得力が乏しかった。何か、大切な要素を置き去りにしながら、無理に進行させてしまっているような気がした。 審査員の方の講評を伺っていたら初稿では平塚雷鳥を登場させていたらしい。それなら題名の「大正ガアルズ」も腑に落ちるし、塾長の女子教育に対する熱意にもつながってくる。塾生には他に旧藩の家老の娘として生まれ、親が家督を嗣がせるために養子をとったことから家に居づらくなった八重も登場させている。元々は理不尽な封建遺制との抗いというテーマも持っていたのだろう。それはそれで、2時間ものくらいに拡大して、見てみたい気はする。だが、このままではそうした物語の厚みまで想像しろというのは無理である。 エネルギーを客席に届けたいということなのだと思うが、怒鳴り声になってしまって会話に聞こえて来ないし、人間関係の変化も読み取れない。新田五郎のような魅力的なキャラクターが提示されながら生かしきれていないのが残念だった。審査員も指摘していたが、人物たちがつねに木刀を携行しているのは不自然だった。皆、「剣では守れないものがある」ことに気づいたのだから。 新座高校『夢遊少女』別役慎司・作 顧問・潤色 朝霞西高校『ラストチャンスは二度やってくる』中村達哉、久米伸明・作 新座柳瀬高校『 [Henri]!』G・バーナード・ショウ・作 稲葉智己・翻案 #
by yassall
| 2019-10-10 01:36
| 高校演劇
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![]() Kさんからの最初のメールには「東日本大震災を扱ったもので、簡単に言うと1ミリも笑うところがない深刻な芝居です。ですがエンディングは美しいかも知れません。」とあった。実はこの時点で心はだいぶ傾いていた。それでもその直後に話が来たので、私は公開リハの方を見せてもらうことにした。西部Aも春は朝霞高校しか見られず、他の学校がどうしているか気になっていたのである。まあ、私が行ってどうなるものでもないのは分かっているが、激励したい気持ちがあったのである。 ※ 東大附属の銀杏祭公演は2016年の「宇宙のみなしご」以来である。同作品は森絵都の小説を戯曲化したものだが、秋にはずっと創作劇で臨んできた。そこでてっきり今回も創作なのだろうという先入見で見てしまった。既成台本であると知ったのは部員たちとの交流も終わり、片付けが始まったころだった。それでもまだ気づかず、「以前にもブルーシートを広く敷き詰めた真ん中にエリアを作り、両脇で役者が控えていたり、衣装替えをしたりする設定の芝居があったなあ。」という話をしたら、「きっと同じ芝居ですよ。新潟の学校です。」と言われ、やっと思い出したのだ。2016年に関東大会が彩の国芸術劇場で開かれたとき、新潟県立長岡大手高校が上演し、創作脚本賞を受賞した作品だった。「同じ芝居に見えませんでしたか?」と聞かれ、すっかり面目を失った。 作品は1つの始まりと終わりを持つストーリーではなく、いくつものエピソードを積み重ねていく手法によっている。それが震災や、津波や、あるいは原発事故によってバラバラにされた人々の思いや記憶を拾い集めていく作業と重なっているようで、そこで成り立っていく芝居なのだと思う。ただ、役柄を変えながら、たとえば一冊のノートが人から人へと手渡されているうちに、いったい今、誰と誰が語り合っていて、どのような思いを交換し合っているのか、つい追いかけ損ねてしまうことがしばしばあった。そんなこんなで、終演後の部員たちとの交流会はずいぶんトンチンカンなものになってしまった。(音楽座からも2人来訪していて、そちらからのアドバイスは的確なものだったから、交流会自体は部員たちにとって有意義だっただろう。) ※ というわけなので、とくに今回はこうして「感想」めいたものをアップしようというのは申し訳ない限りなのだが、約束なので少し書くことにする。 まず秋のコンクールに向けてこの作品を選んだことを(私の観劇態度を棚に上げて)褒めておきたい。自分たちが演劇という表現手段を通じて、何を演じ、何を伝えたいのかというときに、本作に向かっていったことに頼もしさを感じたのである。 パンフには千葉を襲った台風被害も一通りの報道が終わった後、話題はラグビーW杯に移ってしまう、震災の3年後東京オリンピックが決定し、来年の開催に夢中になっている、果たしてそれでいいのか、という疑問をぶつけている。いつまでも記憶していなければならないこと、むしろ新たにしていかなければならないことがあるのではないか、彼・彼女らが(キャストは女子だけだったが部員には男子もいるようなのでこう言っておく)自分たちの日常を振り返り、そのような疑問、そのような気づきがあったとしたら、それだけで素晴らしいことだと私は思うのだ。 8.15後の文学が戦後文学であるように、3.11後の文学を震災後文学と呼ぶことを提起したのは木村朗子である(『震災後文学論』青土社、2013)。木村は、いとうせいこうの『想像ラジオ』が2012年上半期の芥川賞の最終候補作となったとき、「安易なヒューマニズム」というような心ない非難を浴びながら、いとうせいこうが語った次のような言葉を紹介している。 「この小説の第二章に「当事者でないものは語るべきではないのか」っていう論争があるんだけど、まさにあの論争の通り、この小説自体に対して当事者のことを考えて書けよと言われたら僕はもう何も言えないんです。」 当事者でなければ語るなとか、自身の作品に利用するな、とか、厳格さを装ったかの言説は流行しやすい。しかし、当事者であればよけいに声にし難いことを棚上げしたこれらの妄言は、つまるところ言論の封殺につながり、人と人とが結びつくことを断ち切っていく。 「死者と共にこの国を作り直していくしかないのに、まるで何もなかったように事態にフタをしていく僕らはなんなんだ。この国はどうなっちゃったんだ」 芝居の出来栄えを(またまた、私の観劇態度を棚に上げて)言うと、そうした死者たちの声が聞こえて来たかといえば、残念ながらそうはならなかった。テクニック的なことを言えば、声が甲高いのは地声だから仕方ないとしても、いつも同じように強い科白が続くと客は疲れてしまうものだ。どのような人間関係があり、どのような感情を交換し合っているのか、何をどう伝えるのかについて、もっと掘り下げる必要があったのではないかと思う。鎮魂の思いも込められているとしたらなおさらである。 ![]() #
by yassall
| 2019-10-08 19:51
| 高校演劇
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(承前) 「朝鮮半島平和のために日本との協力も強化します。「己未独立宣言書」は三・一独立運動が排他的感情ではなく全人類の共存共生のためのものであり、東洋平和と世界平和に向かう道であることを明確に宣言しました。「果敢に長年の過ちを正し、真の理解と共感を基に仲の良い新たな世界を開くことが互いに災いを避け、幸福になる近道である」ことを明らかにしました。今日も有効なわれわれの精神です。 個人請求権については、大法院判決の反対意見にあった「日本政府が自国の国民に対する補償義務を回避するため」と見透かされたように、当面の責任を回避するための姑息な言い逃れだったのかも知れない。だが、真に個人の人権を保護しようという、新たな理念として捉え直したとすれば人類にとっての偉大な前進といえる。 [補足1] 日本政府の主張は1965年当時国際的に広く共有され、通用していた、しかしその後、国連憲章(人権関連条項)、世界人権宣言(正確に言えば法的効力はない)、国際人権規約をはじめとする国際人道法が国際的に承認されるに至って、日本政府の主張はもはや法的正当性を主張できなくなった、ということであります。 植民地支配の責任を認め、補償を行ったケースとしては、2008年8月31日にイタリア(ベルルスコーニ首相)とリビア(カダフィ最高指導者)との間で締結された友好協力条約、いわゆる「ベンガジ条約」が重要です。イタリアはこの条約で、過去の植民地支配について謝罪するとともに、補償としてリビアのインフラ整備に50億ドルを投資することを約束しました。カダフィ政権が崩壊したために条約は中断されましたが、2008年7月8日に、国連が支援するリビア暫定政府のシアラ外相とイタリアのミラネシ外相との間で条約を復活することが合意されました。 そして、宇都宮賢健児氏も紹介していたドイツ政府と企業による「記憶・責任・未来」基金を事例にあげながら次のように指摘している。 安倍政権は徴用工、「従軍慰安婦」などの「請求権問題は日韓請求権協定ですべて解決済み」という主張にしがみついています。しかし、以上の国際的事例が明らかにしているのは、人権問題に関しては法律上の「不遡及原則」の適用は認められないということです。 [補足2] 山本晴太『徴用工裁判と日韓請求権協定: 韓国大法院判決を読み解く』現代人文社 [蛇足的な補足] #
by yassall
| 2019-10-02 16:32
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(承前) (a)『財産、権利及び利益』とは法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利をいうことで了解された。 ここでいう「法律上の根拠に基づいて財産的価値が認められる全ての種類の実体的権利」という表記で思い出されるのは、1991年の柳井答弁で「慰謝料は実体的な財産権に該当しない」とされたことである。「対日要求項目」5項の「被徴用韓国人の未収金、補償金およびその他の請求権」と「強制動員慰謝料請求権」とは区別されるべきではないか? 新日鉄住金を訴えた元徴用工は、賃金が支払われずに、感電死する危険があるなかで溶鉱炉にコークスを投入するなどの過酷で危険な労働を強いられてきた。提供される食料もわずかで粗末なものであり、外出も許されず、逃亡を企てたとして体罰をかせられるなど、極めて劣悪な環境に置かれていた。これは強制労働(ILO第29号条約)や奴隷制(1926年奴隷条約)に当たるものであり、重大な人権侵害である。 徴用工問題に関しては、劣悪な環境に置いた日本企業に賠償責任が発生するのは当然のことであるが、日本政府・日本国の責任も問題となる。なぜなら、徴用工問題は、1910年の日韓併合後朝鮮半島を日本の植民地とし、その下で戦時体制下における労働力確保のため1942年に日本政府が制定した「朝鮮人内地移入斡旋要綱」による官斡旋方式による斡旋や、1944年に日本政府が植民地朝鮮に全面的に発動した「国民徴用令」による徴用が実施される中で発生した問題であるからである。 そして、中国人強制連行事件である花岡事件、西松建設事件、三菱マテリアル事件などでは、日本企業が事実と責任を認めて謝罪し、基金を設立して被害者全員の救済を図ったばかりか、受難の碑ないし慰霊碑を建立し、中国人被害者等を招いて慰霊祭等を催すなどしている例を引いて以下のように述べている。 ナチス・ドイツによる強制労働被害に関しては、2000年8月、ドイツ政府と約6400社のドイツ企業が「記憶・責任・未来」基金を創設し、これまでに約100カ国の166万人以上に対し約44億ユーロ(約7200億円)の賠償金を支払ってきている。このようなドイツ政府とドイツ企業の取り組みこそ、日本政府や日本企業は見習うべきである。 最後に、日本弁護士連合会(日弁連)と大韓弁護士協会(大韓弁協)が、2010年12月11日に日本国による植民地支配下での韓国民に対する人権侵害、特にアジア太平洋戦争時の人権侵害による被害と被害回復に関する共同シンポジウムを開催し、「慰安婦」問題や強制動員被害の救済のために「共同宣言」を発表したことを紹介している。参考として、その骨子を掲載しておく。 [参考]
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by yassall
| 2019-10-01 16:00
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今回は「損害賠償請求権」の正否について考える。これをもってひとまず「徴用工」問題についてのまとめとしたい。 「日韓請求権協定」第二条 1.両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。 「韓国の対日請求要綱」(8項目) 「日韓請求権協定」第2条第1・3項には、両国及び国民の間の「請求権に関する問題が(中略)完全かつ最終的に解決された」ことが明記されており、協約の締結以降は「いかなる主張もすることができない」とあるのだから元「徴用工」らは賠償請求をすることが出来ないとする意見は韓国内にも存在する。 「日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。(中略)これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。」 ②韓国のこと(5)ですでに触れた第5次日韓会談時に韓国側が『苦痛を受けた歴史的被害事実』に基づく政治的補償を求めた事実があったこと、対日要求8項目の5との関連については最後にもう一度述べる。 #
by yassall
| 2019-09-30 15:15
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ポツダム宣言第8項は「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州、四国及吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」としている。1945年8月14日、日本のポツダム宣言の受託によって朝鮮は日本の統治から離れた。
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by yassall
| 2019-09-27 18:38
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![]() 演目は、 『君恋し』〜ハナの咲かなかった男〜 作=中島淳彦 演出=黒岩亮[劇団青年座] チラシによるあらすじは、 戦争の記憶が巷に残る頃。舞台は千葉の場末の芝居小屋「白川座」。小屋主の白川伍市は金策に駆けずり回りながらも、いつか浅草に戻ることを夢見ている。その彼に声を掛けられやってきたのが、梅園香代子率いるレビュー一座。座長に惚れて教師を辞めた亭主兼マネージャー、警官を辞めて劇作家を決意する井上ひさしらしき男、浅草を夢見て芸人を目指そうとする渥美清らしき男。そんな一座の面々はゲストに迎えた一人の男を待っている。男の名は二村定一。かつて浅草でエノケンと二枚看板を張った名俳優。しかし現れた二村は酒で足元も覚束ない酔っ払い…。 ※ その白川座の楽屋兼控室らしき広間を舞台にした一幕物。かつて浅草で小屋をかまえていた白川伍一が元映画館を改装して芝居小屋を立ち上げた。極度に警官を嫌うのは戦時中にさんざん酷い目に遭わされたからだという。いつか浅草に戻ると意気込んでいるが酒と病気でかなり身体は蝕まれている様子である。梅園一座はその白川と古いなじみらしく、明日に初日を迎えるというレビューの稽古中である。どうもそれだけでは集客に不安があるというので伝手をたよって二村定一を呼んだ。その二村定一は満州時代に酒浸りとなり、往年の輝きは影を潜めたが、芸に対する執念と誇りは失われていなかった。渥美清や井上ひさし(らしき)人物も登場するが、これは数年の差で創作としても時代が合わない。ただ、終戦直後という混沌とした時代はよく表されていた。 芝居はベテラン陣と若手とが競い合ったようなというのが印象だ。変な言い方だが、ベテラン陣からは「俳優」が見えて来た。若手たちからは「人間」が見えて来た。これは先月、劇団「銅鑼」の芝居を見ていても感じたことだ。「俳優」が見えて来た、というのは否定的に断定しているのではなく、もともと「昴」の芝居を見たいと思ったというのも、演技力のしっかりしたホンモノの役者が見たいということだった。その点では今回も満足している。 若手たちのうち、二村定一を演じた白倉裕人、座長の娘梅園志津子を演じた松村凪、小屋の雑用係佐久間を演じた桑原良太の三人は広瀬と同期だということを舞台がはねてから聞いた。そういえば研究生時代の試演会や卒業公演で見覚えがあった。そのころと比較して飛躍的といっていいくらい演技力は向上していた。だから「人間」が見えたといってもけっして「素」の顔が見えたという意味でないのはもちろんである。それでもどこか演技に若々しさがあったのか、これから伸びていこうとする若き俳優たちの役づくりへのひたむきさであったのか、今日のこの芝居の中だけに収まりきれない生命感のようなものを感じたのだ。 芝居を見終わって、どうして今、戦後なのだろう?というようなことを考えた。劇中で、「時代は新しい時代にふさわしい芸術を求めている。観客が今、何を求めているかをつかまなくてはならない。」というような科白が出てきた。古い時代が去り、新しい時代が幕上げを告げようとする、その時代と時代がすれ違うさまを描こうとしたのであろうか? 二村定一が一世を風靡したのは関東大震災前だという(その後も活躍した)。その意味では二村は去りゆく世代の象徴である。しかし芝居はその二村のプライドやその裏付けとなっている才能や鍛錬を否定的には描いていない。「この世界は一度入ったら簡単には抜け出せない。」というような科白も出てくる。小屋主の白川、座長の梅園を含め、「皆変わり者」で他の世界では生きていけない、そこだけは時代を違えても変わることのない演劇人へのリスペクトが芝居を支えているのだろうか? 今日、また別なことをふと考えた。二村定一が公演中に吐血し、48才で命を落としたのは昭和23年(1948年)だという。それは太宰治が入水自殺をとげたのと同年である。「富岳百景」にはじまる中期、戦時中にも「津軽」など穏やかな作風に変わった太宰が、なぜ戦後になって逆戻りしたかのように「人間失格」や「ヴィヨンの妻」のような破滅的な作風に急変したのか、太宰にとっての戦後体験とは何であったのか。学生時代、そんなことをテーマにしてみたいと考えたことがあった。日本浪蔓派のゼミに首を突っ込んだのもそれが動機だった。 戦後直後を一言でいえば混沌と可能性の時代ということになるのだろう。だが、すぐさま「新しい可能性」へと続く道筋を見いだせたり、確信を持てたりしたわけではないだろう。時代の変化を感じ取ったり、またその必要性を認識しながら、どこへ向かったらいいのか、誰もがもがき苦しんでいたのではないのか。 最近、また太宰治を主人公にした映画が公開されたらしい。もしかすると今、新しい「戦後」(価値観の転換)が求められているのも知れない。あるいは原点としての「戦後」に立ち返ることが求められているのか。だとすれば今回の芝居も時宜にかなっていたということになる。 26日(木)まで 会場 ![]() #
by yassall
| 2019-09-25 15:09
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