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憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう!

 憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
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ご案内
 たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
 あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに!

この一枚

 白山神社のあじさい(6月6日 sdQ)





 




 

# by yassall | 2020-12-31 23:59 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

今度の日曜日です!

コピスみよし2019高校演劇フェスティバルはいよいよ今度の日曜日に開演です。どうぞご参加下さい!!
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# by yassall | 2019-06-12 02:28 | お知らせ | Trackback | Comments(0)

平和憲法を守ったロベルト・サモラ弁護士と語る東京集会

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 先日、6.3オール埼玉行動でお会いしたTさんから案内をいただき、標記の集会に出かけて来た。「コスタリカに学ぶ会」も「9条地球憲章の会」も初めて知った。最近Tさんがどのような活動に関わっているのかという関心が先だったが、認識を新たにしたり、いろいろ考えさせられる機会となった。
 コスタリカがコスタリカ共和国として独立したのが1848年、1869年に義務教育を実施、1882年に死刑制度を廃止するなど、国づくりは先進的であったようだ。1948年に大統領選挙不正問題から内戦がおこり、翌1949年のコスタリカ憲法によって女性参政権の保障とともに常備軍の廃止が決められた。
 その内容は「常設の組織としての軍隊はこれを禁止する。公の秩序の監視と維持に必要な警察力はこれを保有する。大陸内の協定または国内防衛のためにのみ軍事力を組織することができる。(憲法第12条)」というものである。
 世界には軍隊を保有しない国家が30余り存在する。その理由は様々でそれぞれの国情による。コスタリカでは内戦の予防というような意味合いがあったとも考えられる。ただ、1980年にはコスタリカを本部とする「国連平和大学」を創設し、1983年には「永世非武装中立宣言」を行ったりと、平和国家としての歩みは確固としている。また、最高選挙裁判所(憲法評議会)や人権裁判所が設置されるなど、民主主義の内実化もすすめられている。
 アメリカは中南米を自国の「裏庭」視し、CIAによって国家転覆を謀ったり、直接軍隊を送り込んだりしてきた。最近でもベネズエラの大統領選挙に介入している。そのような中でコスタリカはどのようにして自主独立を守れているのだろうか、話を聞いているうちにそんな疑問が湧き起こってくる。すると1980年代初め、レーガンがニカラグアのサンディニスタ政権を公然と敵視し、隣国ホンジュラスを基地に反政府組織に武器を提供するなど介入を強めた時代のことが話題にとりあげられた。このとき、レーガンは南側の隣国であるコスタリカにも基地の提供を迫ったという。だが、ときの中道左派リベラシオン党のモンヘ大統領は厳しい外交交渉の末にこれを拒否、先の「永世非武装中立宣言」はそのときになされたものだという。決して係争から遠い幸運な条件の下でではなく、むしろ緊迫した国際情勢の中での選択であったことに思いを深くする。
 集会の中心であるロベルト・サモラ氏は38才の若き弁護士である。もともとはIT技術者を志していたが、人々の役に立つ仕事がしたいと法学部に志望をかえた。コスタリカ大学3年のとき、2003年の米イラク侵攻にコスタリカ大統領が支持を表明したことは憲法違反だとして憲法裁判所に提訴し、違憲の判断を勝ち取ったという来歴がある。ホワイトハウスはこれを受けてコスタリカを「支持」のリストから除外したという。弁護士となってからも国を糺すいくつもの裁判を闘い続けているという。
 発言の中でサモラ氏はコスタリカの現状は必ずしも望ましいものではなく、格差の拡大など、解決すべき様々な問題をかかえていると告白する。ただただ理想化するのではなく、どのような歴史の中で今日のあり方を選び取ってきたかの方に学ぶべきことがあるのだろうと漠然とながら私も考える。
 それでもイラク戦争に際していち早く支持を表明し、自衛隊の派遣を決めた日本、はるか1959年の砂川裁判で「日米安保のような高度な政治性をもつ条約については……違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」とする統治行為論によって最高裁による憲法判断を避けた日本と比較し、どちらが憲法を遵守し、民主主義を生きたものとしようとしているかは明白であるといわざるを得ない。なぜコスタリカで出来たことが日本で出来ないのか、真剣に考えなくてはならないと思った。
   ※
 オール埼玉行動のパレードで一緒に歩いていたとき、Tさんとどんな話をしたかについて少し触れる。最初に話題にしたのは「徴用工問題」についてだった。Tさんの見解は明快で、日韓条約そのものが対等平等な国家間で結ばれたものとは見なしがたく、日韓請求権協定によって植民地時代の清算がなされたとはいえないということである。それが国民全体の共通認識になれば話は早いのだが、と話を続けていると北朝鮮にも話題が及び、「制裁」って何だ、壊滅させてしまえということなのか、そうではなく「非暴力」という位置に立たなくてはならないのではないか、というのである。
 そこから今回の集会の話になった。私の中でどこまで深まったかは分からないが、最近日韓の防衛相の会談があったとき、岩屋防衛相が韓国の防衛相と笑顔で握手したことが過剰な非難を浴びていることなどをみると、今の日本に外交による紛争の解決などが可能なのだろうかと考え込んでしまうのである。
 太平洋戦争緒戦でシンガポールを攻略した山下奉文が「イエスかノーか」と降伏を迫ったことに当時の国民は快哉を送ったという。しかし、これは通訳が稚拙だったことにあわせ、マスコミが「マレーの虎」という英雄を作りだすための虚像であったらしい。その話題になると、山下は「敗戦の将を恫喝するようなことができるか」と否定したという。つまり強力な外交姿勢に国民は「強い日本」を見いだし、さらには「強い日本人である自分」という幻想に酔おうとしたということなのだろう。そのころから日本人はどのくらい成長できているのだろうか?


 

# by yassall | 2019-06-10 18:32 | 日誌 | Trackback | Comments(2)

白山神社で紫陽花

 6日は車の6ヶ月点検。蓮根のディーラーに車をあずけ、いつものように三田線沿線を散歩した。ちょうど季節もよかろうとsdQの試写がてら白山神社のあじさいを撮りに出かけることにした。

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 白山神社は2年ぶりである。手水舎を囲む竹垣はプラスチック製に変わってしまっていた。天然の竹に比べて風情が失われてしまったの感はぬぐえない。
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 8日から紫陽花祭が始まるとのことで、日本に亡命中の孫文が宮崎滔天と語らったという記念の座石は飾り付けされていた。
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 少し時期が早かったということなのか、前回来たときと比べて開花は明らかに見劣りする。
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 神社の裏手の公園でも同じような状況であった。
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 その分、若々しいといえば若々しい。
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 この2枚が今回のベストショットだろうか。

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 sdQの試写ということで紫陽花以外のものも撮ってみる。石像の質感はなかなかよいのではないだろうか?

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 モノクロ撮影も試みる。
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 このあたりで白山神社を後にする。
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 西巣鴨でも途中下車した。大正大学の敷地内にさざえ堂が建立されているというので見に行ったのである。2013年に建てられたばかりですがも鴨台観音堂が正式名称だということだ。二重螺旋構造で往路と復路が交わらないようになっている。せっかくなので最上階に安置されている聖観自在菩薩をお参りさせてもらった。

 sdQuatrro+17-70mm

 

# by yassall | 2019-06-07 17:19 | 散歩 | Trackback | Comments(2)

6.2オール埼玉総行動

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 6月2日、立憲主義を取り戻す!戦争させない!9条こわすな!6.2オール埼玉総行動が今年も北浦和公園を会場に開催された。市民団体、生協や埼商連、連合系・全労連系の労組などの諸団体のほか、小選挙区ごとに結成された連絡会が集った。ゲストスピーチは国際ジャーナリスト・「九条の会」世話人の伊藤千尋氏だった。
 昨日、夜遅かったせいもあって、私は少し遅れて参加。政党あいさつは立憲民主党・枝野幸男氏、国民民主党・大島敦氏、日本共産党・塩川鉄也氏、社民党・福島瑞穂氏がスピーチに立った。枝野氏からは来る参院選でほとんどの一人区で野党統一候補が決まったとの報告があった。まずは「野党と市民の共闘」を本気で追求することが大切だ。
 参加者は12000人と発表された。集会終了後、二手に分かれて市内をパレードした。


# by yassall | 2019-06-04 02:38 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

蔵王お釜と東北絆まつりの旅

 5月31日-6月1日の日程で蔵王お釜と東北絆まつりのツアーに参加してきた。
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 日程の組み立てからして東北絆まつりに焦点をおいたツアーなのだろう。ただ、私が参加しようという気になったのは、以前からお釜を写真に撮ってみたいと思っていたからである。
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 あいにくの曇り空で、水の色はあまり良くないようだ。
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 水の表情をとらえようとアップしてみる。
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 火口湖の水は酸性で生物は生息出来ないのだという。周囲の山々もどこか荒涼とした雰囲気である。
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 写真としての出来栄えは満足のいくものではなかったが、この雰囲気は心惹かれるものだった。そうこうしているうちに冷たい雨が落ちてきた。そのまま蔵王温泉に向かう。昨年の秋からずっと温泉に行こうと行き先を探索していた。早い宿入りになったので時間はたっぷりある。こちらもやっと念願が叶ったというわけだ。
    ※
 翌朝も9:30出発ということで朝風呂にもつかった。途中、土産物店などにも寄りながら11:50には会場の福島入り。パレードは14:30スタートで例年より遅いらしい。開始までに腹ごしらえをしておこうと出店などをひやかすが、それでも時間がかなり余ってしまった。
 写真を撮るにはそれなりのポジションを確保しなければと沿道にもどる。昨日とは打って変わった晴天でかなり強い日差しが照りつける。まあ雨よりはましか、などと気持ちを切らさないようにしているうちにようやくパレードが始まった。
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 台北慶和館、相馬野馬追などの先行パレードに続いて、開催地の福島わらじまつり(400名)を先頭に、山形花笠まつり(150名)、盛岡さんさ踊り(130名)、仙台七夕まつり・すずめ踊り(170名)、青森ねぶた祭(200名)、秋田竿灯まつり(16本、125名)が競い合った。
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 わらじまつりは名前だけ聞いていたが、わらじがどのように扱われるのかは知らなかった。男性を乗せて大勢で担ぎあげているのが大わらじである。なんだか、それだけで滑稽味がある。元になった祭があり、わらじまつりとして始まってからでも50回を数えるのだという。
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 続いて花笠まつり。花笠のさばきはなかなか見事だった。
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  さんさ踊り。華やかかつ賑やか。
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 仙台七夕まつりといえば灯籠だが、灯籠は別会場に展示されているらしい。すずめ踊りというのは初めて聞いた。裏表で色の違う扇をさばきながらの軽快な踊りだった。外国人も数人混じっていて国際色があった。
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 さて、いよいよねぶた祭である。ねぶたの屋台はまだ遠い。
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 近づいてくると気持ちがわくわくして来る。八幡太郎義家の人形は会場である福島にちなんだのだというアナウンスがあった。
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 アップで撮ってみる。昨年NHKでねぶた師である北村隆・麻子親子を特集していた。今回の義家人形の作者である北村蓮明は北村隆と双子の兄弟で弟の方だという。
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 さらにアップしてみる。今回は昼間であるが夜になって照明をいれたらさらに幻想的で迫力を増すのだろう。
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 最後は竿灯祭りである。実は竿灯祭りは最初と最後の二度の演技だった。竿灯を支えたままでパレードというわけにはいかないので寝かしたまま数カ所に分かれ、各箇所で演技を披露するという体裁だった。
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 いよいよ竿灯が高く差し上げられる。沿道からは歓声とともにかけ声があげられる。
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 竿灯祭りも一度見てみたいと思い続けてきた。竹を継ぎ足しながら次々と高く差し上げていくので、そのつど撓りが強まっていく。バランスをとるのはまさに妙義といってよい。
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 竿灯まつりも本来は夜の祭なのだろう。太陽光に透けたすがたを撮ってみた。
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 東北絆まつりは2011年の東日本大震災の年に開催された東北六魂祭を引き継ぎ2017年から始まった。折り返し点から引き上げてくるときはオリンピックの閉会式さながらの各団混在のパレードだった。そういえば2020年の東京オリンピックで福島が野球・ソフトボールの会場となることも強調されていた。
 来場者は1日目だけで16万人超、2日間で30万人を超えたということだ。

 EM5+9-18mm、TX1





# by yassall | 2019-06-03 20:01 | 風景 | Trackback | Comments(0)

国会前反原連行動

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 上野で東寺展を見たあと、有楽町で有楽町線に乗り換え、国会前の反原発行動に参加してきた。実はこの日の外出の目的はこちらが先で東寺展はその前の時間の余裕をみて決めた。
 この国会前行動は毎週金曜日に行われている。せめて月1回は参加しようと思いながらおっくうになっているうちにずるずると時は過ぎてしまう。このところ参加人数が減っているとのことだ。以前はそれでも1000人2000人参加と発表されていたのに、ここ数ヶ月は500人前後になってしまっている。この日も350人と発表された。
 久しぶりに参加してみると20:00だった終了時間が19:30に繰り上がっていた。早めに終わるようになっても、帰宅して入浴をすませ、食事の支度をすると22:00ころになってしまう。遠方から参加している人はもっと大がかりなことになるのだろう。
 災害は忘れたころにやって来るという。原発事故も同じだったら忘れることはやはり出来ない。誰かが参加しているかぎり、また参加しようと思う自分でいたいと思った。
 

# by yassall | 2019-05-25 17:29 | 日誌 | Trackback | Comments(0)

東寺 空海と仏像曼荼羅

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 24日、東寺展を見に上野の国立博物館まで出かけて来た。coopを通じて前売券は買っておいた。
 東寺または教王護国寺の仏像曼荼羅のことを知ったのはいつ頃のことだったか、仏像に関する本を読んでいて、掲載されている写真によってだけでもその迫力には圧倒された。
 東寺は京都駅の南側にあたり、いわゆる観光地からは離れている。徒歩で行けるが道筋はまったくの住宅地である。史跡としてだけ残っている西寺の方は児童公園のようになっている。ときたま京都に出かけたときも、つい足を向けずに済ませていた。だが、いつだったか、仏像曼荼羅のことを思い出し、京都旅行の最後の日、初めて東寺を訪れた。以来、京都に出かけたときは必ず寄るようになった。
 国立博物館に来ると聞いて出かける気になったのは、東寺では正面から拝観するしかなく後ろ姿までは見ることが出来ないこと、寺院の施設としての講堂では照明に限度があることからである。つまり、曼荼羅として総体を見るのではなく、個々の仏像を芸術品として見ようということになるから、正しい見方とはいえなくなるということもあるだろう。それをおいても、二度とはない機会かも知れないと思ったのだ。
 展示は4部構成になっており、第1章は「空海と後七日御修法」、第2章「真言密教の至宝」、第3章「東寺の信仰と歴史」となっている。いずれも、ただ東寺を参拝しただけでは目にすることが出来ないものばかりで、真言密教の秘儀の一端に触れることができた思いはあった。だが、やはり興味は第4章「曼荼羅の世界」だった。
 密教であるから中心仏は大日如来ということになるのだと思うが大日如来像は来ていなかった。もともと如来や菩薩像よりも明王部・天部の仏像に惹かれるところが大きい。なのであまりがっかりすることはない。四天王では持国天と増長天の二体が来ていた。広目天・多聞天は東寺でも後方に位置しているから、この機会に間近に見られなかったのは残念だったが、二体だけでも来た甲斐があったと思った。ちょうど雨宮処凛の『生き地獄天国』を読んでいたところだったので、この憤怒の形相によってだけでも救われる人間がいるだろうとへんに納得した。他には、仏像曼荼羅には入らないが毘沙門天立像の若々しさに心惹かれた。
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 帝釈天騎象像のみ写真撮影がOKだった。初めて見た頃は物足りない感じだったが、男前といっていい端正な顔立ちだと改めて思った。モダンでもあると思った。

 
 

# by yassall | 2019-05-25 17:10 | 散歩 | Trackback | Comments(0)

旧古河庭園のバラ2018

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 そういえば昨年の春も旧古河庭園にバラを撮りにいったことを思い出した。D750にTAMRONの90mmMACROを付けてみたいと思ったのだった。何が気に入らなかったのか、昨年はブログにもアップしなかったのだが、思い出して画像を開いてみるとそれほど悪くない気がして来た。遅ればせながらこちらも何枚か選んでアップしてみる。撮影日は5月12日だった。
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 私の90mmMACROはAF化された最初の代だっただろうか? その後、代替わりしたり、手ぶれ補正がついたレンズが発売になったりした。
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 90mmMACROは中望遠にも使えると思って買った。ただ、不精者なのでどうしても単焦点レンズは出番が少なかった。
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 中望遠らしいボケを活かそうとしたのだと思うが上の写真と比べてもまだボケが足りない。もっと寄って絞りを開いて、ということなのだろう。
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 どの花びらにピントを合わせるか、狙いを持ちながら撮ったつもりではあるが、これでもまた足りない。
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 これくらいになって、やっと中望遠を持ち出した意味があるということになるのだろう。今度は色味が満足できなかったのかも知れない。

  D750+TAMRON90mmMACRO


# by yassall | 2019-05-23 15:59 | 散歩 | Trackback | Comments(2)

旧古河庭園でバラ

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 17日、旧古河庭園までバラを撮りに行って来た。つい最近、SIGMAsdQuattroを入手した。Foveonにはもともと興味があったが、扱いがかなりやっかいそうな噂ばかりが聞こえてくるので、今まで手を出さずじまいであった。どうしてその気になったのか、もう少し使い込んでから年末の今年のニューフェイスででも紹介したいと思っている。この日はいわば試し撮りなのである。試し撮りであるからには比較の対象が必要だろうと、D750も持って行った。
 上段がsdQuattro、下段がD750。なるべく対象を揃えたが、多少のアングルの違いは仕方がない。リサイズしてしまって比較に意味があるのかという疑問もあるが、ご覧にいれることにする。なお、PhotoProをダウンロードしてRAW現像も試している最中だが、jpgでも聞いていたよりはるかにきれいに撮れることが分かったので、今回はsdQuattroもjpgで撮った。
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 こうして比べてみると解像度については同等か、わずかにsdQがまさるようだ。ただ、フォーカスポイントがどこにあるかに関係するのでまだ断言はできない。発色についてはD750の方が色が鮮やかに出る率が高いように感じた(※)。これもレンズの特性もあるかも知れない。カメラとレンズのクセをつかんで使い込んでみたいと思っている。両方で2kg超、軽量志向の私としてはよく持ち歩いた。
 ※あとで調べてみたらD750の方はピクチャーコントロールがVividになったままだった。比較作戦は失敗だったということになる。以前はリバーサル風なVividが好みだったが、このところStandardに変えている。sdQでもピクチャーコントロールをあれこれ試しているところだったのにこの日は忘れていた。)

  SIGMAsdQuattro+17-70mm
  D750+SIG50mmMACRO

 ※SIG50mmMACROを選んだのはD750を購入した動機のひとつが旧レンズを使いたかったからと、D90を使っていたころ、SIG50mmMACROの解像度と発色に確信を持ったからである。古いレンズがそのままお役ご免になってしまうのが寂しくも申し訳なく思ってしまうのである。

# by yassall | 2019-05-20 15:29 | 散歩 | Trackback | Comments(0)