憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう!

 憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
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ご案内
 たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
 あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに!

この一枚

雨のひたち海浜公園で。(10月13日)

 

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# by yassall | 2018-12-31 23:59 | お知らせ | Comments(0)

つい一言 2017.10

 明日が投票日である。先日書いたように私はもう投票をすませてしまった。2012年12月に第2次安倍政権が発足してから4年10ヶ月。2回目の総選挙である。

 2013年12月6日 特定秘密保護法成立
 2014年4月11日 原発を「重要なベースロード電源」とするエネルギー基本計画を閣議決定
 2014年7月1日 集団的自衛権行使を容認する閣議決定
 2014年12月14日 第47回衆議院選挙
 2015年9月19日 集団的自衛権行使を可能にする安保法制(戦争法)成立
 2016年11月15日 南スーダンでのPKOで「駆け付け警護」の新任務付与を閣議決定
 2017年5月1日 海上自衛隊が「米艦防護」を初実施
 2017年6月15日 「共謀罪」成立

 もし、自民党が勝利し、またもや安倍内閣が誕生したら、いったいどのようなことが日本で起こっていくのか、そのことを考えながら明日の投票日を見守りたい。今年の5月3日には首相は2020年までの「改憲」施行の方針を表明している。今回の公約では明確に9条「改正」を謳っている。(10月21日)

 5日、四国電力は定期点検中の伊方原発3号機で、放射性物質を含んだ1次冷却水が漏れるトラブルがあったと発表した。原子炉格納庫内にとどまっており、環境への影響はないという。
 それにしても『赤旗』以外でニュースとなった形跡がないのはなぜだろう。原発の再稼働が相次ぐ中で、この程度の事故は問題にもされないくらいに国民の感覚がマヒしてしまったということなのだろうか?
 伊方では1号機こそ廃炉が決まったが、間近に中央構造線断層帯が走り、南には南海トラフが走っている。事故が発生した場合、その細長い地形からして住民には避難のルートがない。日本でもっとも危険といわれる原発のひとつである。
 突然の解散風による総選挙は明日が公示。本気で原発ゼロをめざす政党が伸びて欲しいと思うのである。(10月9日)


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# by yassall | 2017-10-21 13:53 | つい一言 | Comments(0)

有効求人倍率がはじめて1倍超え? ~投票日を前に~

 昨日のうちに期日前投票をすませてきた。世界各国をみると投票日が1日しかないというのはむしろ稀らしい。それが投票率が低い原因でもあるかも知れないと思ったこともあるが、期日前投票制度があるのだから、投票先に迷いがないのなら積極的に活用した方がよいと思う。
 投票の秘密は民主主義を守る上で大切な仕組みであると思う。だからどこの誰に投票したかについては公開しない。「戦略的な投票を」というような呼びかけもあった。一時的な「戦術」ではなく、中長期的な「戦略」も考慮したつもりである。
 もちろん自民党には投票していない。というより、選挙戦をみていて、どうしても腹が立ってならないことがあったのでこの記事を投稿しようと思ったのだ。
   ※
 それは「政権党」の「実績」とした、「自民公明が政権をとって有効求人倍率がはじめて1倍を超えた」という宣伝文句を聞いてのことである。
 だいたい、「はじめて」というのは何時を起点にしてのことなのか? 長く高校現場にいて卒業生の進路に従事してきた実感としても、また厚生労働省のデータをみても、1倍を超えたのが「はじめて」などということはない。第2次オイルショック以降とか、平成以降に限定しても、景気の波はあったし、それにしたがって有効求人倍率は変化している。長く低迷期が続いているのは確かだが、それをいうなら前回自民党が政権を失う前からの傾向で、政権交代がもたらしたものではない。
  ※
 そのことを踏まえた上で何点か述べたい。
 ①有効求人倍率は全国的な統計である。地方による格差は統計からは見えてこない。数字のマジックを喧伝されても、実感とはかけ離れていると感じている人の方が多いのではないだろうか?
 ②外食産業の人手不足が以前からニュースになっていた。統計でも「飲食物調理の職業」「接客・給仕の職業」は3.23倍と3.93倍と高率で全体の数字を引きあげているそうだ。だが、人手不足ということは職場環境も厳しく、離職率も30%に達している実態を見逃してはいけない。
 ③若者層に自民党支持者が多いのは「就職をよくしてくれるから」という理由が大きいのだという。切実で、現実的な声だろう。だが、これだけ少子化がすすんで、働くことを望んでいる若者たちに職業を提供できないとしたら社会のどこかが間違っていると考えるべきではないのか?
  ※
 企業は利潤を追求する。それは当然である。しかし、企業も社会あっての企業ではないのか? 具体的にいえば労働者がいなければ生産も流通も成り立たないし、いくら製品をつくっても消費者がいなければ利益は生まれない。海外に生産拠点を移したり、AI化をすすめて人減らしをすれば当面のコスト削減には利するだろう。だが、それでは社会は維持されなくなってしまうし、ひいては企業活動も衰退してしまう。
 「働き方改革」とか称して「残業代0法案」が出かかった。総選挙が終わったら再浮上するのは必至だといわれている。
 「職が欲しかったら資本家のいいなりになれ」ではなく、強欲資本主義に歯止めをかけ、若者たちが胸を張って社会に出て行けるようにしてから政治家らしい口をきけ、といいたい。
 一定の割合で若い世代を入社させていかないと、生産のノウハウも引き継がれていかないし、開発に向けての活力も失われてしまう、という危機感は企業側にもある。若者たちにしても、やがては企業を背負って立つくらいの気概をもって職につきたいはずだ。希望を持つとはそういうことだ。
  ※
 憲法9条を改悪すれば近隣諸国には戦争準備とうつるだろう。緊張を高めこそすれ、「抑止力」などになるはずがない。以前はまがりなりにも「安全性が確かめられてから」としていた原発再稼働もなし崩し的にすすめられている。
 自民党が本当にやりたがっていることは目にみえているのに、見せかけの「実績」をちらつかせて有権者をまどわそうとする。それが許しがたい。


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# by yassall | 2017-10-19 14:26 | 雑感 | Comments(0)

島薗邸で「リンドバーグたちの飛行」ゲッコーパレード出張公演

 14日、ゲッコーパレード出張公演に出かけて来た。
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 島薗邸は国登録有形文化財。生化学者である島薗順雄(1906-92)の自邸として1932年に建てられた。設計は矢部又吉(1888-1951)。表の洋館に和館がつながる和洋併置の住宅。たてもの応援団の管理の下、月2回だけ一般公開されている。別にイベント等にも貸し出されている。文京区千駄木3-3-3
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 「リンドバーグたちの飛行」は昨年12月にゲッコーパレード本拠地公演vol.5として上演された。建築内の各部屋を移動しながら、従ってそのつど客を誘導しながらの公演であるので、1公演あたりの観客数を10人程度に限定している。そんな小規模な公演ではあったが、演劇誌『悲劇喜劇』の2016年の演劇シーンを総括した対談でとりあげられたりしたらしい(『悲劇喜劇』2017年3月号、早川書房)。
 そんなことがあってか、出張公演と銘打って今回の島薗邸公演となった。チラシには「家を渉る劇」なるフレーズとともに移動型の連続プロジェクトとの宣言があるから、今回だけでは終わらないのかも知れない。
 戯曲については以前(2016.12.20)に書いたので繰り返さない。2回目の観劇になるのに却って新鮮に感じられたのは会場(小屋)のためだけではあるまい。会場(舞台)が変わったのだから演出も多少とも変わっているが、それ以上に役者たちの進化を感じた。
 出演は河原舞、崎田ゆかりは変更なく、渡辺恒に変わって林純平が加わった。飛行服を着た河原舞はどこか少年性をただよわせ、もしかすると大西洋横断に踏み切ったリンドバーグもまた少年の無謀さと野心の持ち主であったのではないかと思わせた。崎田ゆかりの声は芝居をおしすすめる力、立ち上がらせる力があり、林純平にはやわらかさがあった。
 吹雪の場でのピアノ演奏は今回も本間志穂。前回の空気が抜けていくような古オルガンもよかったが、今回のピアノの1音1音が鮮明で転がるように変転する音の連続打も作品にはふさわしかったかも知れない。
 今回も観客を屋外へと引き連れての終章だった。前回は蕨市の平日の住宅街ということでほとんど人通りもない中であったが、土曜日でしかも千駄木祭の最中ということで通行人の反応も芝居に織り込まれた。ハプニング劇は60・70年代の手法かも知れないが、当時のような気負いがない分、驚きは自然だった。
 
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 次回は本拠地公演。
  テキスト:岸田國士『チロルの秋』
  12月8-18日
  旧加藤家住宅
  構成・美術:柴田彩芳  演出:黒田瑞仁
  出演:崎田ゆかり、河原舞、黒田瑞仁、岡田萌

おっ!岡田ことヨージも久しぶりに舞台に乗るのか、これは見逃せないなあ。


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# by yassall | 2017-10-15 01:01 | 日誌 | Comments(0)

雨のひたち海浜公園

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 13日、ひたち海浜公園へコキアを撮りに出かけて来た。いよいよ紅葉のシーズン、まず手はじめにと以前から行ってみたかった場所を選んだのだ。
 ところが前日までの真夏の再来という天気から一変して冷たい雨。天気予報で事前に雨支度をしていたとはいえ、散策にも撮影にも悪条件のツアーとなった。
 1枚目。前景が蕎麦、中景がコスモス、そして遠景がコキアが植栽されたみはらしの丘である。ここまでで入口から15分ほど。観光客はみな傘をさしている。
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 コスモスの丘。
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 ルキア。今年は紅葉が遅れているとのことで、下旬頃には真っ赤になるだろうとのことだった。
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 頂上は標高58m。ひたちなか市でも最高地点であるという。海岸線がすぐそばで、ただでさえ風が強いところに、雨がしぶきとなって降りかかって来る。
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 頂上からのながめ。コキアは別名ホウキギ。ホウキギの種子はとんぶりであるが、ここに植栽されているのは観賞用の品種で食用にはならないとのことであった。
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 雨支度と書いたのはカメラもレンズも防滴仕様なのだが、拭いても拭いてもフィルターに雨滴がついてしまい、やはり絵にならない。
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 ひたち海浜公園は初めてだった。広大な敷地には砂丘エリアや樹林エリアもあるとのことで、交通の便さえよければ個人で来てみてもよいと思った。春のネモフィラ、秋のコキアのツアーには根強い人気があるとのことだから、また参加してみよう。
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 ところで、このツアーには他にもお楽しみが用意されていた。前後するが、最初についたのは大洗漁港の産直販売所だった。
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 買い物には興味がなかったので先に漁港に出てみる。空の色も海の色も、コンクリートの色も見分けがつかないような写真になってしまう。
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 身体が冷えてしまうので店の中へ入ってみる。
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 魚類というのは被写体としても面白いと思った。
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 昼食として出た寿司としらす汁。まったく期待していなかったのだが、レベルはけっこう高かった。
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 こちらは海浜公園を出たあと。キリンビール取手工場を見学した。もちろん見学後は出来たてのビールの試飲会がセットになっていた。

 G8+12-60mm、ZR4000



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# by yassall | 2017-10-14 19:33 | 風景 | Comments(0)

2017秋の高校演劇④大宮地区発表会

 大宮地区の各校について感想を述べる。1年生が主体の若いチームが多かったので、これからの劇づくりに参考になりそうなことを話させてもらった。ベテランの人にはお耳汚しかも知れない。

上尾高校「ミス・ダンデライオン」成井豊・作
 2年生5人、1年生7人という安定した力を発揮できそうなチーム。顧問は西部A地区でもご一緒したKさんである。演目の選び方にしても、出演人数にしても、ともかく皆で演劇を楽しもうという姿勢がみえる。
 科白はしっかり伝わって来た。ことばを大切にしている姿勢がうかがえる。場面場面のやりとりもしっかりしており、感情も乗せられていた。
 芝居のテンポも作られていたが、芝居を進行させるためであることは理解できるものの、語気が強すぎるところが多かった。強い感情を強い声で表現しようとばかりすると芝居が薄っぺらになってしまうものだ。
 客は役者の顔をみたいもの、声を聞きたいものとはいえ、正面を向きっぱなしで会話として成立していないところもあった。くすぐりの呼吸なども覚えていって欲しいところだ。
 キャラメルボックスのクロノスもの(タイムマシンもの)では一番上出来の作品だと思う。みな好人物ばかりで、劇中に人間的な対立はない。最大の対立は人間対時間なのであろう。ハッピーエンドの向こうに、人間の根源的な悲しみを見るのは私だけだろうか?

桶川高校「ハッピーエンドには優しい嘘を添えて」ひよこ大福・作
 不思議な台本である。たった1人のテロリストによって壊滅した世界、人々は復讐の連鎖の中にあり、生きる目的を失っている。絶望の中で一筋の光明を見いだそうとしている。
 描き出したい世界があるのだろうが、描き切れなかった。まず、それらしい舞台美術を作り上げなければならなかったが、装置も衣装もきれい過ぎた。ドアなどはとてもしっかり作られており、室内の調度類もレイアウト良く並べられている。だが、犯罪者たちの町で身の置き所とする砦あるいは隠れ家というより、地方から進学してきたそれなりに裕福な大学生が借りたワンルームマンションという風情だった。
 昔、「身体が嘘をついている」というような批評のされ方をよくした。科白回し自体は男のニヒルさや、少女の世界に対する憎悪、運び屋の斜にかまえた感じは出ているのだが、身体に現れていないからよけいに嘘っぽく見えてしまうのである。眼をさましたとき、自分が睡眠薬を盛られたことに気づいたときの反応はそんなものだろうか? と例をあげたが、そこは理解してもらえたように思う。

大宮商業高校「犯人(ホシ)に願いを★」武庫次元・作
 警察署内に女性に対する犯罪を専門にあつかう浜崎レディースを創設するという物語。あれこれ難しいことを考えずに、いかに楽しみ、楽しませる芝居ではないかと思った。
 リアルさよりはオシャレ感を出した方がよいと漠然と考えていたが、慣れないヒールを履いて、それなりに頑張っていた。ただ統一感は今一つで、上司とされた石原こそスーツで決めて欲しかったし、他の署員たちはもっとカラフルでもよいと思った。
 芝居の方はまだまだ台本を追いかけている段階だと思った。客は芝居には台本があるのは知っている。だが、役者たちがただ順番通りに台本に書かれた科白をしゃべっているだけ、と見えた途端に引いてしまうものだ。
 舞台の上では一つの時間が流れていて欲しい。それは現実の(リアルな)時間と隔たったものではあるまい。例えばラストで、電話がかかってきて本格的な捜査が始まろうという場面で、事件の概要をつかむための時間はあんなに短くてよかったのか、というようなところを再点検してもらいたい。
 一人一人は熱演しているし、船越の飄々とした感じなどには惹かれるものがあるのだが、ライバル同士だという哀川と間などの対立軸なども生かされていない。そのあたりの勘所がつかめたらきっと伸びていくだろう。まずは芝居が好きになることだ。

伊奈学園総合高校「破稿 銀河鉄道の夜」水野陽子・作
 初見だがいい台本を選んだと思った。題名には「銀河鉄道」とあるが宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をなぞったものではない。すでに3年生で演劇部を引退し、受験の準備をしなければならないカナエであるが、1・2年生が大会の打ち合わせで不在の部室で、今は亡き友であるトウコと会話をするという内容である。
 受け取った台本に、元々は関西弁で書かれていたが標準語に改めた、との断り書きがある。科白の端々や年月日などから背景には阪神淡路大震災があるようだ。トウコと二人で読み合わせをしている台本「想稿・銀河鉄道の夜」(北村想)は震災のために春の発表会が中止となり、上演されずじまいとなったときのものらしい。トウコの死が震災と関連があるのかどうかは不明だが、それ以上に深入りされていなのでそれ抜きでも成立可能な芝居であるかも知れない。
 ※実は最初のうち、私は背景として阪神淡路大震災があるのに気づかず、相方のFさんに指摘されてそれと知れた。それくらい前面に出されてはいないが、きっと関西の人々は「地震」という一言や年月日からすぐにピンと来るのだろう。
 3.11のあと、私たちは自分の生き方はこのままでいいのか、日本はこのままでいいのか、という深刻な問いを投げつけられた。震災のためか、友の死のためかは判然としないが、カナエも自分の生き方あり方はこのままでいいのか、という問いを突きつけられたようだ。単に受験勉強から逃げているのではなく、停滞していたり、ましてや逆行しているのでもないのだろう。
 そんなカナエにトウコは語りかけ、自分を取り戻すための手助けをし、やがて銀河鉄道に乗って去っていく。冒頭に述べたように宮沢賢治の作品をなぞったものではないが、一時を死者と共に過ごすという点で作品の核心をつかんでいると思った。
 芝居の方は演技エリアを広く取りすぎたためか、単調になるまいとの工夫からだとは思うが不自然な動きが目立ち、やはり科白と身体とがバラバラだった。距離感のとり方などをつかんでいくと芝居も向上していくだろう。台本に真摯にとりくんでいることは伝わってきたから。

上尾南高校「海がはじまる」曾我部マコト・作
 客電が落ちると同時に波音とウミネコの鳴き声が聞こえてくる。それだけで客の期待感を高めてくれる。なかなか力のある学校だと思った。
 目線・距離感・声量なども正確だ。遠く沖合を見つめている目と隣にいる級友を見つめる目とはきちんと区別がついたし、立ったまま話しかけているときと隣のイスに腰かけているときの声量も使い分けている。前の学校では演技エリアを広く取りすぎないようにとアドバイスしたばかりだが、4人で舞台いっぱいを使っても不自然でなく、3対1、2対2の関係をきちんと作り出している。無対象演技も出来ている。
 舞台装置(具体的には来賓用のイス)がもの足りなかったのと、受けの演技の崩れ、バランスの悪いところがあったことで点数を下げたが、稽古もしっかり積んで来たことは見てとれた。
 ラストは地明かりを消してホリのみとし、4人のシルエットを見せた。きれいだったし、この瞬間が記憶として心の中に長く残っていくことを暗示させたが、表情をみせたままのドン切りでも良かったのではないかと思った。

大宮開成高校「夏芙蓉」越智優・作
 パンフに学年が記載がなかったのであとで聞くと、2年生が1人いて今回はスタッフに回った、昨年は出場せず、今年は1年生のみのキャストで臨んだとのことである。いうなれば再スタートの開成高校が選んだ台本は夏芙蓉。しかも、4人のうち2人は男子というキャスティングである。
 しっかりした台本に取り組むのはいいとして、いったいどうなることかと心配だったが、男子の1人のキャラクターに助けられてあやうく成立したような、しないような……。
 だが、声量はバラバラだし、立ってはポケットに手を突っ込んだまま、坐っては中心となる千鶴と舞子が向かい合ったのはいいがずっと横向きのままという、たぶん本人たちとしてもほろ苦い出発だったのではないか。それでも、ともかくも一本の芝居を作り上げたという充実感、スポットライトを浴び、幕が降りるのと同時に起こる拍手につつまれた快感を味わったら、また次の芝居づくりに意欲を燃やしてくれるに違いない。
 その参考になれば、ということだが、私が生徒たちに言ってきたことは「台本が手から離れてからがはじまりだ」ということ。ややもすると、科白を覚えたときが稽古の終わりになりがちで、実際そこまでが苦労なのだが、芝居づくりもその面白さもそこからなのである。
 大事なことは相手の科白をよく聞くこと。そうすることで受けの演技が出来るというのはもちろんだが、その次の自分の科白がどうして出てくるのかは相手の科白を聞いて初めて理解できるのである。
 すぐに演技をしようと思うのではなく、最初のうちは棒立ち状態であったとしても、まずは科白のやりとりを何遍も繰り返すこと。いきなり味付けから入るのではなく、じっくり煮込んでいく時間が必要なのである。
 演技といえば、最初の明かりのスイッチを探す仕草がいただけないという話もした。場所は教室であることは分かっているのだから、少なくともスイッチがある高さに対する見当はつくはずである。やみくもに手を動かせば手探りしている演技になるというわけではない。これも良く言われたことだが、芝居という大嘘をつくためには小さな嘘をつぶしていかなくてはならないのである。

岩槻高校「前略 工藤俊作様」坂本鯉兼・作
 これも不思議な台本。「探偵物語」に憧れを持つらしい私立探偵須藤順作が繰り広げるアクションドラマというところだろうか? 
 オープニングは成功したといっていいのかも知れない。客電落ちと共に派手目の音楽が鳴り響き、緞帳が上がると探偵事務所らしいセットが浮かびあがる。上ソデから出前持ちの声がするどんぶりを捧げ持った順作があらわれ、真ん中のデスクでラーメンをすすり始める。そのいでたちは真紅のシャツに黒のスーツ、ネクタイは白という取り合わせである。
 だが、中途から失速してしまったのは、どのようなトーンで芝居づくりをしていくのか、共通意思の形成が不十分だったのではないか?
 台本選び、キャスト決め、読み合わせという初期段階で、キャスト・スタッフ全員で芝居のトーンをどうするか、その方向性について話合っておかなくてはならない。この芝居でいえば、リアルさやシリアスをめざす芝居ではなく、コメディタッチのアクション芝居であるというようなことになるのではないか? そうすれば、めざすところはスピード感に富んだオーバーアクション、多少の台本の矛盾や無理すじを突き抜けてしまう勢いが命になることが理解できるはずである。

大宮高校「憂鬱傀儡めらんこりっくまりおねっと」結城和奏・作(創作)
 不思議を超えて摩訶不思議ともいうべき台本。「不思議の国のアリス」をベースにしたファンタジーということになるだろう。舞台美術・衣装・メイク・小道具を動員して、いかにファンタジーの世界を作れるかが芝居に入ってもらうための入口かなあ、と考えながら幕開けを待った。
 舞台装置については会館の制約や予算の関係もあって、そう大がかりなものは作れないという場合もあるだろう。最低限必要なものを効果的に配置することで、あとは客の想像力に頼るという選択もある。その場合でも可能な限り質感の良いものを揃えたい。
 また、特にこの芝居のような場合には、衣装や小道具にはぜひこだわりを持ってもらいたい。大道具の方には疑問があったが、衣装の方はかなり作り込んで来たことが見て取れた。デザイン・素材・色彩もあれこれ吟味し、全体の取り合わせにも注意を払い、衣装合わせを繰り返しながら準備していったのだろう。意気込みが伝われば芝居の方にも集中力が向く。
 ファンタジーといってもほのぼのとしたところは全くない芝居だった。Fさんからダークサイドということばを教わったが、帽子屋が血染めの衣装であらわれたり、時計屋が後ろから首を絞められたり、殺伐といっていいような光景が繰り広げられる。ファンタジーは人間の深層心理に迫るものだから、ある種の残酷さを秘めているのはむしろ当然なのかも知れない。「アリス」にだって女王は年中「首をはねてしまえ!」と命令を発している。ただ、どうせならもっと人間の深いところに触ってくるようであって欲しかった。
 描きたい世界があるらしいのは理解できる。思いがけない黒幕がいたり、一度示された結末をもう一度ひっくり返してしまうようなどんでん返しがラストに準備されていたり、ドラマチックさも出したかったのだろう。だが、最後まで秘密にしておきたかったのは分かるとしても、それなりの伏線が用意されていないと突然芝居が飛んでしまったという印象しか持ち得ない。ドラマなくしてドラマチックはない。
   ※
 以上で劇評を終える。今年のCブロックは西部B地区と大宮地区との組み合わせである。Cブロックの中から2校を11月の県中央発表会に推薦するまでが私たちに委任されたお務めである。結論からいうと、芸術総合高校と所沢北高校を選ばせていただいた。
 選んだ理由についてはこれまでの文章を読んでもらいたい。
 西部B地区では他に所沢高校、飯能高校を候補にあげ、4校の中から選抜した。大宮地区では上尾南高校、上尾高校を評価したが西部B地区の2校には及ばないと判断した。
 西部B地区の発表会は約1月前であった。2校には結論が出るまでずいぶん長い期間をお待たせすることになった。もう一度モチベーションを引き上げてさらに芝居を作り込んでもらいたい。
  ※
 前回、審査員としてのあり方を考え直す時期が来たかも知れない、というようなことを書いた。あまり考えが深まってはいないのだが、定年後これだけの年月が経過すると、同じように学校現場で芝居づくりに関わってきた者の立場というには隔たりを感じるようになった。とすれば、まずは1人の観客として芝居をどのように見、どのように感じ、何を考えたかを根拠にするしかないのではないだろうか?
 キーワードは「変わる」ということではないかと漠然と考えている。高校生たちが演劇に関わることでどう変わったのか、人間理解は深まったのか、人と協力しながら何かを作り上げることを学んだのか、テーマの追求を通して何かを考えるようになったのか、創造のよろこびを感じ取ったのか?
 演劇には人を変える力がある。それは芝居を見た人の側も同じだろう。新しいものの見方を知って世界が変わって見えた、おなかの底から笑うことで心のこだわりが消えた、などなど。
 上手な芝居と下手な芝居とは確かにある。だが、上手な芝居であるから心に届いてくるとは限らない。舞台に立った高校生が、ああこの生徒は今、本当の自分と出会っているのだな、ということが確かに伝わってくる一瞬がある。そんな一瞬に立ち会えたらこの上ない喜びである。
 観客もまた、自分が変わることを期待して劇場に足を運ぶのだろう。演劇は人を変えるが、それは人に自分を変える力が秘められているからである。その変化が自分の深いところで起こったとしたら私はそれをすぐれた芝居であるというだろう。

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(写真は大宮地区の発表会場となった宮原コミュニティセンター。間口はそれなりにあるのだが奥行きが狭かったり、ソデ中にピアノが置かれていたり、バック幕が大黒ではなく赤幕であったり、条件として良かったとはいえない。いつもは西部文化センターを使っているのだが、今年は予約がとれなかったそうだ。もちろん、その辺は頭に入れながら芝居を見せてもらったが、やりたいと思っても出来なかったことがさぞ多かっただろう。)


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# by yassall | 2017-10-10 16:12 | 高校演劇 | Comments(0)

2017秋の高校演劇③西部B地区発表会(続)

 10月7・8日に大宮地区発表会が開催され、Cブロックとしてのコンクールも終了した。前回、今年も劇評をアップするかどうかについては考慮中だと書いたが、やはり掲載することにした。審査に当たった者としての責任ということを考えたし、選外としてしまった各校についても一言なりとも書き残しておきたかったからである。それよりも何よりも、やはり講評で述べただけでは足りないという気持ちが残ったからだ。そういう気持ちにさせたのも各校の芝居に後押しされたということだろう。
 最初に9月7・9・10日に開催された西部B(所沢・入間・飯能)地区の各校分をアップする。大宮地区については数日中を目標としたい。審査結果については最後に述べる。

西武文理高校「I'm HOME」藤原瑛理子・作(創作)
 家族の再生あるいは新しい家族像の模索がテーマだと思った。この本の場合は子どもを持った親同士の再婚と、その後に父親が死去してしまったことから生じた家族構成で、成り立ちとしては比較的単純である。しかし、都市化社会がすすむにつれ、血縁によらない家族というのは増えていくのではないか? そうした時代の到来を感じ取って新しい家族像を模索しようというのであれば興味深いと思った。
 芝居としては展開が急すぎたり、必然性に乏しかったり、さまざまな問題を持ち込みすぎて焦点を絞りにくかったりした。認知症の母親が家出した次女に手紙を書き残していたりなどの無理すじも気になった。「なぜ次女は家に帰ってきたのか?」をもっと突き詰めて欲しかった。もっとも激しく反応した次女が、もっとも強く家族を愛していた可能性があるのだから。引きこもりの三女の人物像は面白かった。

所沢西高校「残夏の朝顔」山本岳輝・作(創作)
 主人公大地は父と母をあい次いで亡くす。深い喪失感から孤立する大地を幼なじみや学友たちが支える。人の往来に不思議感があった。一人住まいをしている大地の家に幼なじみの女子が勝手に上がり込んでいたり、他の学友たちと泊まり込んだりと、設定上に無理なものを感じながら、あまりにもあっけらかんと進行していくので、男女間や先輩後輩間に対する人間関係のとらえ方として現代的なのかも知れないと感じた。もちろん感覚的なものだろうが。人物像の造形、人間関係における対立の見せ方、場面転換の工夫など、芝居づくりにはまだまだ工夫が必要だと思った。

狭山経済高校「これからはそういう『設定』で!」なつみ「ダブルクラブ」・作
 ネットからの台本だと思うが、面白いところがあると思った。神、自然法則、遺伝子など、人間を超えた力によって世界は支配されているという感覚は普遍的に存在するのではないか? コンピュータ時代にあって、何者かの「設定」によって自分のあり方も支配されている、という不安感にはリアリティがある。ただ、「神」による支配と比較すると世俗化されており、当然そこには「設定」しだいによって変化がありうるという隙間が生じる。主体的にとらえれば、それは変化への可能性であり、人間による働きかけの余地をあたえるものである。「取り戻そう」とする「プライド」とは人間の主体性や自由ということであろう。台本の最後を自分たちで書き換え、「自分の設定は自分たちで作り上げる」と宣言することに集約させてしまった。芝居としてどちらが面白かったかは不明だが、この台本で自分たちは何を伝えようとしているのかについてディスカッションした結果であるなら尊重したい。

所沢北高校「のぞく・はいる・ほる」古谷泰三・作
 直接的には阪神淡路大震災を背景にした作品であるらしい。「当事者」でないのに書きすぎだという人もいるかも知れないが力作だと思った。3.11後の今日、震災体験の深化という点で普遍性を持ったと思った。台本上、登場人物はA・B・C・D・Eとしか書かれていない。互いを名前で呼び合うシーンがない(だから名前をつける必要がない)以上に、誰の身の上にも起こり得る出来事として描いたということではないだろうか?
 5人が5人とも重要な位置付けがなされている。比較的早くに出番がなくなるAとBにしても、お互いがお互いを見失い、すれ違い、それでも互いを探しに行くのである。結婚し、子どもをつくり、つまり生活の再建のため階段を登ろうとするDがいて、自分にそれを許さず井戸を掘り続けようというCがいる。もちろん作品はCの選択に重きをおこうとするのだが、DにはDの苦悩があったこともきちんと描き切っているのである。
 大澤真幸の本で知ったのだが、「ソフィーの選択」という重いテーマがある。Eの抱えた苦悩は「命の差別」という点で「ソフィーの選択」と同質であると思った。Eは最初に発見した「草食動物の目」をした「あいつ」ではなく、その声にしたがって救援に向かったCを助けた。以前、「隙間に入ることによって誰かの役に立ちたいんだ」と語ったという「あいつ」にCは神を見たのかも知れない。それ故に憎み、見殺しにした罪悪感に耐え難かったのだ。
 だがしかし、その重さは助けられたCも背負わざるを得なかったものである。そのCが井戸を「ほる」ことを決意し、心の痛手を癒やし、いつか罪を洗い流す「水」を掘り当てようとする。その勇気の確かさを思った。
 生徒たちはこの芝居の重さを受け止めきれるだろうか、ただ台本をなぞるのではなく、自分たちの肉体を通して表現できるだろうか、というのが課題だと思った。最後まで緊張感が失われることなく、みごとにやり遂げた。
 最後に舞台装置について。階段はきれいに作り込まれていた。散乱する瓦礫はどうかと思ったが、登場人物たちにとって「その日」の風景は少しも変わらないのだとすれば、彼らの選択の方が正しかったのかも知れない。中空に斜めに吊された十字架も不要だと思ったが、ふとA.ワイダの「灰とダイヤモンド」で、廃墟となった教会でマリア像が逆さに吊されていたのを連想した。

入間向陽高校「靴下スケート」中村勉・作
 明日処分する予定であるらしい、これまでに溜めこんだ雑多な品々を詰め込んだ「100か200」のゴミ袋の山から加奈子が登場する。学校には通っているらしいから引き籠もりとは違うのだが、明らかに周囲に適応できずにいる加奈子と、何人目かの家庭教師として傭われた優子との二人芝居である。いつしか共感や連帯感で結ばれていくのだが、会話自体はたわいもなく、ナンセンスに終始している。きっと、そのナンセンスさを楽しむ芝居なのだろう。会話はことばのやりとりには違いないが、必ずしも意味を伝達することを目的としているとは限らず、他者を身近に感じ、感情を共有することに価値があることもあるのだ。袋の中味は加奈子には宝物であったのだろう。それがゴミ袋に収められているということは、加奈子自身が自分を変えようと思う時期に差しかかったと見ることも出来る。その意味では品々の中で仮面は象徴的である。ペルソナはパーソナリティーの語源である。パーソナリティーとして社会参加することとは仮面をかぶることであるかも知れないのである。もっと弾んでもいいとも思ったが、向陽らしい丁寧な芝居づくりで好感が持てた。ラストの靴下スケートは舞台の真ん中でやって欲しかった。

芸術総合高校「朝がある」柴幸男・作
 作者の柴幸男氏は2010年の岸田賞受賞者であるとのことだ。本来は一人芝居であったものを集団劇に脚色したらしい。さらに元をただすと、柴氏は太宰治の「女生徒」の世界を表現しようとしたのだという。
 あとから聞くと、脚色や科白の分担、フォーメーションやモーションは生徒たちがあれこれ工夫しながら決めたらしい。公演1週間前まで詰めの作業をおこなっていたというから、確かに若干のぎこちなさは残っていたかも知れない。しかし、それも言われてみればの話であって、むしろ固められていないみずみずしさと伸びやかさがあった。
 主題は時間だと思った。私たちが直面している時間は「明日、そしてまた明日」という無秩序に連続していく時間であり、たちまちに過ぎ去り、失われていく時間である。この劇でいえば「ゆう子さんにきちんとお礼をいわないうちに機会を失ってしまった」と悔やむしかない時間である。
 しかし、AからJまでの無数の私たちは自由に時間の中を行き来する。それは、この劇で描かれた時間は「一瞬」であるからだ。いうなれば水平の時間ではなく垂直の時間、「一瞬」から永遠へとつながっていくような時間なのである。その象徴が「くしゃみ」である。くしゃみは思考と行動のズレさえも無化してしまう。
 本来、このような時間は詩の持つ時間である。演劇でありながら表現されたのは詩なのである。今回はその実験精神を買いたい。

聖望学園高校「七人の部長」越智優・作
 良く書けた台本だと思う。「生徒の自主性尊重」は形式的なタテマエで終わっていないか、という学校批判の要素が認められる。どこまで高校生たちを啓発しようという意図が働いているかは分からないが、大いに刺激されて欲しいところだ。
 ただ、「会議」によって生徒自身で何かを決めたい、たとえ結果がついてこなくても職員会議に働きかけてみたい、という生徒会長の問題意識は部長会議のメンバーには理解されず、共有されるところにはならなかった。不満といえばそこが不満だったが、もともと啓蒙的に作られた劇ではないから仕方ないだろう。
 その分、帰れる・変えられないの混乱とか、マラソンの話題への脱線とか、剣道部とアニメ部の対立と和解とか、客席を笑いの渦に巻き込んでしまえるかどうかが勝負どころとなる。実際、何度もこの芝居を見ているはずなのに思わず笑ってしまうくらいに仕掛けに手が込んでいる。あとはいかに客席の呼吸をつかむかだ。
 女子は顔が見えるようにきちんと髪を束ね、履き物も(体育館履きではなく)上履きを用意してきた。丁寧に芝居づくりをして発表会に臨んで来たことは分かる。生徒会室を教室型にしたが、自分たちもあとから言っていたように机と机の間隔が開きすぎて、会話や動きのテンポが狂ってしまったのが残念だった。ふだんの練習場所より舞台のスペースが広いと、つい演技エリアをひろげ過ぎてしまうが、そんな必要はないばかりか不自然になってしまうのである。

豊岡高校「ホットをひとつ、お願いします。」福原未希・作(創作)
 作品に対してはツッコミどころ満載なのだが演技力で引っ張った。とくにサラシナ(作者でもある)を演じた女子の柔らかい、ふくらみのある演技が光った。変転する心の動きが伝わってきた。そのサラシナのリードによるものだと思うが、ユキモト役の不思議な人感(何しろ天国でカードに興じるという場面で始まるのだから)、動きにキレのあるアイダ役のズッコケ感、アイダの上司であるホヅミ役のしっかり感がうまく噛み合い、飽きさせない。互いの距離感も正確だと思った。
 サラシナは自分のためにユキモトを死なせてしまったという「心的外傷」をかかえている。一方、ユキモトは先に天国にいてサラシナを案じている。その「心的外傷」をどう克服していくかが課題になるのだろうが、サラシナは最後まで自分を許すことが出来ず、またユキモトを受け入れることも拒否する。そのギリギリのところを追求しようとしたことは理解できる気がする。安易なハッピーエンドに終わってしまうことを否定したかったのだろう。ただ、どうしてもそこで芝居が止まってしまうし、複雑な心情をことばで説明してしまうから、客は演技よりことばに集中してしまう。
 結局、二人は転生した後に再会を果たすのだが(そうでないとドラマにならないのだから、それはいいのだが)、先の結末からどうしてそれが可能だったかもことばによる(それもとってつけたような)説明になってしまった。
 と、批評がましいことを書いたが、それは「ツッコミどころ満載」と書いてしまった手前であって、思いがけない見つけ物をしたという感想に偽りはない。

所沢高校「オイデイプス」岡谷南高校演劇部・作
 芝居づくり・舞台づくりをよく心得ている学校だなと思った。現代のマスコミ社会を外枠にして古代ギリシャ悲劇が同時進行していくという劇である。舞台に大がかりなギリシャ神殿風の舞台装置を飾り込んだ。二重舞台になっているからそれぞれの世界が同時に展開しても観客は直感的に理解できる。主要なキャスト以外は一人で何役も受け持つことになる。衣装を黒で統一して色のついた布を身にまとうとか、腕章を腕にはめるとかしてシンボライズし、役どころを明確にした。オーソドックスではあるが、演者を交代させながら単サスの点灯・消灯を繰り返すことによる場転にはスピード感があった。
 台本も興味深いものだった。古代ギリシャ悲劇は託宣(という神の意志)によって定められた運命から逃れ得ない人間たちの物語である。近代化とは、しかしその神々の世界の世俗化だった。現代マスコミにとって、王たちの悲劇は視聴者を刺激する話題性という価値に一元化され、視聴率かせぎの餌食でしかない。その対立が劇の骨格になるだろうと思った(あとからの懇談によると、生徒たちもそういう認識でいたらしい)。
 しかしながら、これは台本通りなのだから仕方ないのだが、とくに前半のオイデイプスが妙に子ども子どもして作られていたり、明快で論理的な弁護が魅力的だったクレオンが結果的にはオイデイプスを追放することになるのだが、人間の運命や悲劇に対する共感を欠いているように見えたりするところが残念だった。「みなまで言うな」というオイデイプスの科白は、己の運命を引き受けようとの勇気の証だろう。この場面はなかなか堂々と演じられていた。ディレクター役の女子も好演だった。

所沢商業高校「タナトピア」穂村一彦・作
 死んだときの姿のまま死体が永久に保持されるというタナトピアで、愛する(した)人との生活を選択した者たち。破綻も多いが選びたくなる気持ちも分からなくもない。古事記にも、ギリシャ神話にも、中国古典にも現れる世界である。タナトピアからの脱出を試みた由佳がもっとも非人間的な存在に描かれる。
 グロテスクさとロマンティシズムとの共存とでもいうのだろうか、怪奇ロマンというような雰囲気をもっと濃厚に出せれば面白い芝居になったかも知れない。舞台の作り込みが不足していたのと、場面転換の仕方にも工夫が必要だった。芝居づくりの基礎をどこかで学べればよいのだが。
 2年生が1人(もう1人、死体役で友情出演)、1年生が3人。2年生のひかり役の生徒には見覚えがあった。昨年からの急成長に驚かされた。感情表現、目線の送り方がよく、意味のない動作がなく、感情の変化の裏付けがしっかりしていた。せっかく多人数で入部してきた1年生を引っ張っていって欲しい。

所沢中央高校「そうーゆーことも」小林洋・作
 4人連れのクラスメートが高校最後の夏休みの記念にキャンプに出かける。そこで思いがけない出生の秘密が明らかになる、というけっこう深刻な内容なのだが、「そうーゆーことも」あるさという軽妙さを基調としようという芝居なのだろう。
 「それでミナミがいてくれるならよかったのかな」という科白のためにある芝居なのかな、と思った。どのようにしてこの世に生を受けたかには関わらず、一人ひとりの命と人生に価値があるのだから。
 アンサンブルがよく、幕が降りたあとにさわやかさの残る演技であった。そこのところは評価できるのだが、やはり台本には無理があると思った。米を研ぐのに洗剤を使おうとしたというのは受け狙いでしょう、と講評で述べた。ネットの世界では、洗剤で米を洗って電気釜にかけたら泡だらけになってしまった、というような逸話が確かに出てくる。しかし、私は猫チン事件(アメリカで猫を電子レンジでチンしてしまった、取扱説明書には禁止の項目がなかったので訴訟を起こし、勝訴した)と同じような作り話であろうと思っている。もし家でも学校の調理実習の時間でも、一度も米を研いだことがない、家族や級友が研いでいるところを見たことがない、という生徒が仮にいたとしても、その生徒が「ああ、じゃあ私が行ってくるよ」と名乗りをあげたりするだろうか? 

狭山清陵高校「ぽっくりさん」亀尾佳宏・作
 台本に対する疑問は以前(9月21日)に書いたとおり。クライマックスには劇的な結末と、「死を選ぶな!」という強いメッセージが発せられるが、果たして自死願望を懐いてしまった人たちにどれだけ届くだろうか?
 前半のコメディタッチの「学校の怪談」テイストから、後半のシリアスへの変化をメリハリをもって作り出せるか、教室の中で傘をさして歩くなどの場面を幻想的に作れるか、あたりが見どころになるなと予想していたが、生徒たちもどこか納得できていないのか、なかなか素直には芝居が進行していかないようにみえた。「目に見えないものを見てきた」という子どもたちの気持ちを、私が理解できないというのとは違うのである。
 部活の雰囲気はなかなかよいのではないだろうか? ぽっくりさん役に力量を感じたが、他のキャストも個人で工夫したり、皆で相談したりしながら役作りをし、芝居を作り上げていこうとした跡は確かに伝わって来た。 
飯能高校「DAWN 「ドーン」」飯能高校演劇部・作
 場転につぐ場転、スピード感あるパフォーマンス、圧倒的な稽古量と不要な自意識は捨て去ってしまおうという覚悟で客席を興奮の渦で巻き込んだ。
 監禁か密室か(密室は内側からは容易に鍵を外せるのだそうだ)、つまり人間の自由? はたまたエロスの復権? そのあたりにテーマがあるのではないか、と検討をつけてみる。如来、菩薩、明王という日本の神仏たちとミカエル、ガブリエル、アズラエルという西洋の神の使いたちとが協力して星明という男子生徒の獣性=煩悩を呼び覚まそうとする。しかし、どうやら西洋側には別の意図があった様子でサタン(ルシファー=明けの明星=サタン)の復活を企んでいたらしいことが発覚する。しかし、星明はサタンとしては復活せず、西洋側の企みは挫折する。「これで日本は守られた」というのは人間の理性と感情に対する東西文明の差異を表現しているのだろうか?
 ところがミカエルが仕えているのがギリシャ・ローマ神話の主神ゼウスであったり、そのミカエルのいでたちはどうみても修道士であったりと、どこまで本気でテーマを追求しているのかは不明である。
 はたと、これはパフォーマンスそのものを楽しめばよいのでは、と考えを変えた。すると冒頭に述べたように感嘆すべき芝居はこびが見えて来たのである。
 昨年も1人の3年生が中心になっていたが、その3年生の芝居をみごとに受けていた2年生(つまり今年3年生)がミカエル役で出演していた。この3年生が昨年に増してパワーアップしていた。ほぼ袖幕に隠れ、審査員席か両端の最前列席からしか見えないだろうという場所に入ってからもしっかり演技が出来ていた。1年生のただ1人の男子も含め、他のキャストも鍛えられた演技であったが、中でも伝達役の柔軟でキレの良い演技が光っていた。先が楽しみである。


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# by yassall | 2017-10-09 14:40 | 高校演劇 | Comments(0)

つい一言 2017.9

 明日にはどんな言い方をするのかは知らないが、「国難突破解散」には空恐ろしさをおぼえた。戦争前夜の「国家総動員」を連想させられた。まさにファシズム(全体主義)は国民の不安と動揺に乗じて生まれてくる。これで自民党が勝利することがあったら、今度こそ日本の民主主義は死ぬ。
 民進党の代表選挙で前原氏が勝ったころから暗雲がたちこめてきた。一度、4党による「野党共闘」にもどるきざしもあったが、今日の希望の党の発足で民進党はいっきに腰砕けになってしまったようだ。
 希望の党の政策発表は来週であるという。あれほど「政策の一致」にこだわっていた民進党であるのに、「希望者は希望の党から立候補させる」とか「合流を模索する」とか対応が早すぎませんか、と突っ込みたくなる。まあ、情報は事前につかんでいたということかも知れないが、「民進党は終わった」と思った人は少なくないのではないだろうか。
 二大政党制は日本では実現しないし、政界再編は自民党が分裂しない限りあり得ないと思って居る。ただ、保守とリベラルがきちんと分離されれば、(それぞれの政党が複数であったとしても連立は可能なのだから)、国民にとって選択を問う体制は築かれるだろう。
 「野党共闘」は市民運動と結びつきながら、やっとここまで積み上げられてきたものだ。民進党の中にも中道からリベラルに近い人たちはいるはずだ。たとえ少数でもその立場でとどまろうという人たちで立て直しをはかり、旗幟を鮮明にしてもらいたい。そのために、これまで内部で足を引っ張ってきた人たちには早々に立ち去ってもらおうではないか。
 「1対1」は実現しないかも知れない。しかし、「1対1対1」を必要以上に恐れるなといいたい。そのうちの「1+1」は保守の分裂なのだから。
 最後に、小池百合子氏の「改革保守」についても一言。私は戦前に戦争体制を押し進めていった岸信介らが「革新」官僚と呼ばれたことを想起した。多少とも期待するという人々は「改革」の中味をよく見てから判断しよう。(9月27日)

 1923(大正12)年の関東大震災直後、折口信夫は帰宅途中にいわゆる自警団に呼び止められ、発音が特異であったため朝鮮人と間違われ、あやうく命を奪われそうになった。後年、その体験を次のように記している。

 大正12年の地震の時、9月4日の夕方ここ(増上寺山門)を通つて、私は下谷・根津の方へむかつた。自警団と称する団体の人々が、刀を抜きそばめて私をとり囲んだ。その表情を忘れない。戦争の時にも思ひ出した。戦争の後にも思ひ出した。平らかな生を楽しむ国びとだと思つてゐたが、一旦事があると、あんなにすさみ切つてしまふ。あの時代に値(あ)つて以来といふものは、此国の、わが心ひく優れた顔の女子達を見ても、心をゆるして思ふやうな事が出来なくなつてしまつた。(折口信夫による自歌自註。『日本近代文学大系 46巻 折口信夫集』)

  おん身らは 誰をころしたと思ふ。
   かの尊い 御名において─。
   おそろしい呪文だ。
   万歳 ばんざあい
(初出では)
  おん身らは、誰を殺したと思ふ
   陛下のみ名においてー。
   おそろしい咒文だ。
   陛下万歳 ばあんざあい


 9月1日、墨田区の横網町公園で、関東大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式典が、市民団体によって開催された。小池百合子都知事は、例年知事が出していた朝鮮人犠牲者への追悼文を拒絶、さらに墨田区の山本亨区長も追悼文を断った。
 小池氏は「民族差別という観点というよりは、災害の被害、さまざまな被害によって亡くなられた方々に対しての慰霊をしていくべき」と拒否の理由を記者会見で説明した。「自然災害と民族差別による被害とを混同してよいのか?」という追及を受けながら、のらりくらりとインタビューをかわし持論は撤回しなかった。
 そんな中、同じ横網町公園で、朝鮮人犠牲者追悼碑の前で行われた追悼式典のほんの10数メートルの地点で、“虐殺否定論”に立つ在特会系市民団体「そよ風」が仕切る集会が行われたという。
 集会は30人ほどの規模であったらしい。大量の警察官が動員され、関係者以外の立ち入りを制限するという中での開催だった。その様子は集会を取材した写真からも知れる。
 集会名は「真実はここにある!関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」とあるが、「慰霊祭」とは名目にすぎず、「六千人虐殺は本当か! 日本人の名誉を守ろう!」いう看板を掲げて朝鮮人虐殺を否定し、毎年開かれてきた追悼式典に対抗しようという集会であることは明らかである。
 ゆゆしきは在特会などヘイト運動界隈でおなじみの顔ぶれだけでなく、現役の墨田区議会議員・大瀬康介氏までも参加し、スピーチをおこなったというのである。
 同氏に対する後の取材では、「朝鮮人暴動は流言飛語ではなく事実です」と主張しているという。つまり、デマにまどわされた「虐殺」ではなく、「正当防衛」だという論理?である。
 さすがに多数の朝鮮人殺害の事実までは否定できなかったというところだろうが、「あったこと」を「なかったこと」にするために、「なかったこと」を「あったこと」にしてしまおうというのは反知性主義・歴史修正主義のきわまった形態である。
 しかし、そのことによって「日本人の名誉」を守ったことになるのだろうか? むしろ「恥」をさらしたことになるのではないだろうか? 
 どのような民族、国家にも「負」の歴史はある。その「負」の歴史を真正面から受け止めてこそ、民族の尊厳は守られるのではないだろうか? そうでなければ、きっと同じ歴史を繰り返すことになる。(9月5日)
 http://lite-ra.com/2017/09/post-3426.html
  ※
 久しぶりの「つい一言」である。やはり黙っていてはいけない、と思った。それにしても安倍晋三にせよ、小池百合子にせよ、トップに立つ者の姿勢によって、こんなにも歴史修正主義者や排外主義者の跋扈を許してしまうものなのか? 「平らかな生を楽しむ国びと」の伝統はどこへ行った。



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# by yassall | 2017-09-27 20:21 | つい一言 | Comments(0)

2017秋の高校演劇②西部A地区秋季発表会

 9月23・24日、西部A地区秋季発表会へ出かけて来た。どんなに頼まれても、古巣であるこの地区の審査員だけは引き受けまいと思ってきた。審査とはかかわりのない目で芝居をみたいと思っているからだ。
 とはいえ、やはり秋は秋なりの緊張感のある発表会となった。もちろん、各校もコンクールだけを目当てに芝居づくりをしているわけではないだろうが、それぞれに特色を出しつつ、高みをめざしていこうという意欲が伝わってきた。
 長い夏休みを芝居づくりについやして来たことだろうから、見せていただいた礼儀として感想を書いてみたい。芝居の出来不出来ということとは関係なく、書きたいことが次々と浮かんでくる芝居とそうはならない芝居とがあるから、長短に差が出てしまうのはご容赦願いたい。

和光国際高校「たりたの疾風」萩原康節・作
 顧問のHさんとは長いつきあいになった。ご自分でも武道をたしなんでいらしたから、その経験をいかして殺陣をとりこんだ作品が多かった。和国に異動して来られてからは初めてだと記憶している(昨年も柔道部ものではあったが)が、Hさんの作品の中では一番の出来だと思った。
 それは題材とその扱いの面白さによるところが大きい。その題材とは明治28年に創設された大日本武徳会の大会に参加し、のちに薙刀術範士の称号を受けた園部たりたの生涯である。実在の人物であるから一個の人間として人物像が浮き彫りにされ、あるいは制約され、対立軸を浮き立たせるために「作られた」人間像になってしまうという弊をまぬがれることができた。
 ネットで知れる範囲のことだが、園部たりたは明治3年仙台藩馬廻役日下陽三郎の六女として生まれた(明治3年は会津戦争後であるから仙台藩が藩として存続していたといっていいか、どうかは不明)。撃剣興業に参加しながら薙刀術をまなび、18歳で印可状を受け、秀雄と名のることを許された。劇はたりた18歳のころから数年間を描く。(劇はたりたと渡辺昇との試合がクライマックスであるが、実際にたりたと渡辺昇が大演武会で試合をおこなったのはたりた29歳とあるから、かなり作者による創作の手が加わっているのは確かだろう)。
 こうした芝居が劇として成立するかどうかはその武具のとりまわし、稽古における型や演武の迫真性だろう。稽古風景を最初に見せて、そのキレのよさで客を引きつけたし、とくにたりた役の生徒のさわやかさが伝わる演技で、嫌な味わいが混ざり込むのを退けた。稽古用の棒薙刀をきちんと袋に収めているところなどにもきめ細かい作り込みがうかがえた。
 だが、私がもっとも引かれたのは師範役に位置づけられた中澤琴乃の人物像である。たりたと同じ仙台藩の出身で西南戦争時には抜刀隊にも加わったという設定になっている。たりたより年長であるから戦闘に加わったかどうかは別として会津戦争も記憶にあったに違いない。二度の戦乱の経験者である中澤は、日清戦争を前にして渡辺が戦意高揚のために全国の陸軍の基地を巡回興行させようとするのを必死に拒否しようとした、というのである。
 大日本武徳会の創設には二面性があったのだろう。国民の戦意高揚、敢闘精神の涵養に役立つという富国強兵政策との合致から財団法人として認可された、という一面はもちろんあっただろうし、また近代戦においてほとんど価値を失った古武術の伝統を守りたい、とする武道家たちの切なる願いもあったことだろう。劇中では「武術の近代化」ということばで表現される。中澤は薙刀の「近代化」をめざしたということになっていた。
 ※薙刀は南北朝以降はほとんど実戦では使われなくなった武器であるから、伝統やたしなみという側面が特に強かっただろう。
 ※武術の近代化という面でもっとも成功した例は講道館柔道だろう。
 また、劇は女性の地位向上という主題も秘めていた。先ほども書いたように武道家としてのたりたは実際には秀雄を名のっていたようである。それを「もう女子は足りた」から名づけたというたりたという名をあえて残しているところからも知れる。
 脚本としての作り込みに荒っぽさがあったことは否めない。劇中で何度か「追い込まれたときこそ前に出る。逃げ場がなくなってから逃げたら負けなんだ」という、たりたのモットーだったらしい科白が使われていた。このことばなども、単に試合に臨んだときの心得、あるいは勝利へのこだわりとだけ受け取られていたらもったいない。逆境に抗う力、自らの運命を自らの力で切りひらく固い決意のことばとして伝わるようになっていたら、と思った。
 日清戦争前夜という重い問題を提起しながらそのままになってしまったことの消化不良感はその通りだと思う(実際には国民の多くは戦勝ムードに湧いたというのが本当のところだろう。だが、そこには多大の犠牲があったはずだ。中澤の「また人が死ぬんですね」という述懐はもっと光ってよいと思った)。
 中澤のその後の消息として、満州に渡ったそうだ、という点についても考えるところは多々あるが、ここでは触れない。ただ、いろいろな人々がいろいろな動機と目的をもって大陸へと渡っていったのだろうとだけいっておく。小説上のことだが、五味川純平『人間の條件』の梶だって戦争に疑問を持ち、兵役から免除されようと満鉄職員になったことになっている。
  ※
 たりたの曾孫だという大志は狂言回しに徹底した方が成功したのではないか? ただ、合気道をやっていたという大志に、もし仮に多少とも作者の影が投影されていたとするなら、(年上らしい口の利き方をさせてもらうなら)もっと自信を持てよ、そうすれば人の批判ももっと素直に、余裕をもって受け入れられるはず、そのことでさらに成長できるはずと言いたい。
  ※
 のっけから長文になった。本当はHさんに読んで欲しいがHさんは私のブログは読んでいないだろう。つまりは自分のために書いておきたかったと言うことだ。
  ※
 さて、この調子だといつまでたってもアップできそうもないので、少々スピードアップ。冒頭に書いたように芝居の出来不出来、印象に残った残らないとは別なのでご容赦!

細田学園高校「ぼくんち」廣井直子・作
 公園にいつも集まって来る5人の仲良しの子どもたち。ママゴト遊びや隠れん坊で取り残され、泣き出した弟と兄との葛藤などを通じて、各家庭の内情や子どもたちが抱いている心の不満などがあきらかになるというお芝居。
 いきなり鬼婆退治という場面で始まるからドッキリさせられるが、昔風の嫁いびりの姑のいる家庭だったら、心を痛めている子どもたちがいることも想像できる。まあ、「本当に殴っちゃだめなんだよ。」と戒めているところにかわいげがある。
 春の「七人の部長」と比較すると「作ろう」「見せよう」が優先していない分、演技は素直で好感がもてる。ただ、今度は芝居はこびが坦々としてしまって、子どもたちの心の動きがみえず、芝居の展開を見失ってしまう場面が多かった。あれ、あの兄はどうして急にすねだしたのだろう?と、首をかしげてしまうのだった。それは役者自身の心がきちんと動いていないとき、つまりなぜその科白が出てくるのか理解できていないことが多いのだ。
 舞台装置の黒ボックスは審査員の指摘があったとおり。とはいえ、舞台装置はトータルな世界観、といいながら、私も芝居の都合を優先させてしまったことは多々ある。だが、とくに具象(滑り台やジャングルジム)と抽象とを混合させる場合には細心の注意が必要だ。
 顧問のEさんには次世代のホープとして皆期待している。がんばろう!

新座総合技術高校「アメリカンに謎解きを。」NSG演劇部・作
 新総ワンダーランドというところだね。以前にも、このゆるい感じがかえって魅力なのかも知れない、と書いたことがある。今回もなかなかのスタイルの持ち主が金髪とピンヒールといういでたちで登場、観客を煙に巻いた。
 ただ、その意味でいうと服飾科、デザイン科をかかえる新総としては、まだまだビジュアルのパンチ度が弱かった。新総の独自路線をつらぬくのか、それとも本格的にドラマづくりをめざすのか、選択のときではないだろうか?
 春にせっかく「海がはじまる」で開いた新境地を追求してもらいたいという気持ちが残る。見ていると、いつも一定の部員数は確保できているのだから。

朝霞西高校「スナフキンの手紙」鴻上尚史・作
 料理しがいのある芝居だ(劇中にフライパンを持った後藤田が登場するから、というわけではないが)。
 朝霞でも春季発表会で1度(その頃は私はまだ志木にいたが)、新1年生のアトリエ公演で1度とりくんだことがある。その頃は春は特に時間制限はもうけていなかったから90分くらいにはなっていたと記憶しているし、アトリエはそもそもエンドレスである。だから60分芝居におさめるのはかなり苦労があったのではないか、と推察する。
 ただ、今回の朝西の芝居についていえば、かえって無駄をそぎ落とした、テンポのよいしまった芝居になっていたのではないだろうか? 幕開け早々から高速で舞台を駆け回る役者たちの動きで観客を演劇空間に引きこんでいく。
 キャンディー追跡の場面に突然サラリーマンが登場するシーンがある。昔、生徒が欲しいというのでドンデンを作ったが、朝西は大黒の前に置かれた黒ボックスにダークスーツをきた山室が後ろ向きに座っているというスタンバイの仕方で処理していた。その方がスピード感も出るし、十分成立していたと思う。
 さて、「理想の60年代」「内戦の70年代」「流血の80年代」(詳しくは忘れたが)という時代認識が示されたあと、「希望の90年代」が提起される。では自殺衝動も乗り越え、どのように「希望の90年代」に飛躍するのか? 「閉ざされた扉」という閉塞状況を打破するのか?
 もし、不満があるとすれば、サイコダイブしたあと到達した新世界で、面々にはもっと新鮮な自己と世界との出会い感が欲しかった。そうでなかければ新しい出発もあり得ないのだから。

朝霞高校「りんごの木の下で」カメオカマミ・作
 緞帳が開いて、ああ、よくここまで和室の一部屋を作り込んだな、というのが第一印象だった。あとから見せてもらうと畳の敷き方や柱の造作など、けっして丁寧ではないのだけれど、客席からは十分観賞に耐えるものだった。
 階段のつけ方には指摘があった。前の私の家でも2階はあとで建て増ししたこともあり、(居間ではなかったが)畳の部屋に階段がつくことになった(その部屋は納戸のようになった)。居間だと風の吹き込みが心配は心配だが、許容範囲かとも思う。だが、縁側の位置は約束事をしっかり決めておいて欲しかった。外にいた長女を室内に呼び戻したとき、縁側があるとされた面とは違う面から入ってきた。おい、そこは壁でTVが置いてあったはずだろう、と突っ込みたくなった。もう夜だし、遅れて玄関から戻ってきた長女が皆が空けておいた席につくことで全員がそろった、ということでよかったのではないだろうか?
 台本は審査員が二人とも評価なさっていたが私には無理すじに思われた。いくら寝起きが悪くても親にカッターを投げつける娘がいて、その親子関係や家族関係からこのようなストーリーが展開していくだろうか、と首をかしげた。その次女が父親にしかけたいたずらの始末がどうなったかも霧散ししてしまったし、フィアンセがもうすぐ訪ねてくるという直前になって美容院にでかけるという設定も、長女が居合わせないことによるドタバタのためのご都合と思われてしかたがない。
 それでも客席に一定の笑いが生まれたのは脚本の力というより演技の力だった、と何人かの方からはお褒めのことばをいただいた。まあ、こちらももっと作り込めるとは思ったが(と相変わらず朝霞には厳しめにいっておく)。

新座高校「お葬式」亀尾佳宏・作
 この演目については「女の子が抜けだして来たのは「知らない人が大勢集まって」「みな嘘泣きしている」のにいたたまれなかったからではないだろうか? 幼いために人の死を理解できないでいる、というのではなく、大好きだった祖父の死を受け入れられないでいるからではないだろうか?」というようなことを以前に書き、また「お葬式ごっこ」はその儀礼としての葬式をいったん無化し、真に人の死を悼み、弔うことの意味をもう一度問い直すということだったのではないか、とも書いたことがある。
 実はそのような考え方をするようになったのは、以前に同じ新座高校がとりくんだ「お葬式」を見てからなのだ。ところがその後、他の学校が上演した「お葬式」を見ると、どうも違っているような気がしてならなくなった。
 今回、新座高校の芝居を見て、その理由が分かったような気がした。今回の「お葬式」はその後に見た「お葬式」と同じなのだ。つまり、こちらの方が脚本そのままで、その意味でいったら前回見た「お葬式」だって脚本に忠実だったのには違いないのだが、生徒たちの演技がどこかで私の想像力と思考回路を刺激してくれたのだった。
 丁寧に芝居を作っていたし、演じていた。だが、そうするとやはり子どもの芝居になってしまう。それもかなり無理すじの子どもだったということになってしまう。(ああ、また亀尾氏の脚本を否定するような言い方になってしまった。)

新座柳瀬高校「Lonely my Sweet Rose」サン・テグジュペリ・作 稲葉智己・脚色
 2014年の秋に初演されている。その時、私は「感心したのは俳優たちのセリフの美しさだ。本当に美しい詩の朗読を聞かされているような酩酊感があった。」と書いた。
 台本はほぼ変わっていないのだという。しかし、私には一段と作品としての完成度が増したように思えた。役者の力量、ということではないと思う。前回も役者のレベルは相当に高かった。
 演出は変わったところがある。前回、王子は円錐形の台の中で蛇に咬まれて消えていったと記憶している。しかけはほぼ同じだが、今回はセンターで蛇にからまれ、暗転ののち、円錐形の台の中で現れる。あまり詳しく書いてしまうといけないのかも知れないが、バラが現れる場所も違った。
 エンディングの変更で芝居にドラマチックさが生まれたと感じたが、それ以上の変化があった。それは飛行士である。飛行士の受けの演技がみごとだったのだ。ほぼ王子の独白で進行していく芝居が受けの演技のおかげできちんと会話として成立していったのだ。飛行士がしだいに王子のことばに引きこまれ、その存在を「飼い慣らし」「飼い慣らされ」ていく様がみてとれたのだ。
 そのことについては照明効果も有効だった。飛行士の目に光をあたえ、表情に陰影をもたらした。だから、王子が消えたあとで飛行士が「王子様!」と嘆きの声をあげることの必然性も伝わった(ただし、声はもう少し抑え気味で悲しみが表現されていた方がよかった)。
 中央の台上の長身の地理学者も存在感があり、声も美声だった。バラ役の女子は確かはじめての女性役だったが、どこか投げやりな感じをよく醸し出していた。ヘビ役、キツネ役もきちんと役どころを果たしていたと思う。
  ※
 この地区段階での中央発表会への推薦のための候補校については、もう一つの地区の発表会がこれからであり、途中経過なので聞きはしたが公表および論評は差し控える。ただ、2日間を通して全部の上演を見せてもらった身として結果は順当であったと思う、とだけ言っておきたい。
  ※
 さて、今回は最後にnatsuさんとの交遊記のようなことを書いておきたい(きっと、何を勝手な!と怒られることだと思うが)。
 natsuさんが所沢から新座北(新座柳瀬の前身)に異動してきたのは私が志木に転勤になった1年後のことではなかっただろうか?
 最初のうち、私は演劇部には熱心でなかった。まったくの初心者で指導らしきことも出来なかった。新しい学校に定着するためにはまず学年にしっかりとりくもう、と思っていたし、実は学校図書館関係でも全国大会の開催をひかえていた。
 ところが異動3年目の夏、その全国大会準備の疲れもあったのか、私は大きな病気をして半年ほど休職し、学年も外れることになった。復帰後の冬、地区の顧問会議があった。次年度の常任委員が志木に回って来る番だったらしいのだが、立教のTさんが気を回してくれ、順番の変更を提案してくれた。そのとき、「ああ、いいよ」と気楽に引き受けてくれたのがnatsuさんだったのだ。
 その時までにも何度か顔を合わせているはずだったのだが、natsuさんという人物をはっきりと意識したのは初めてだった。それ以来の交遊のはじまりだった。
 その後、私の方は手術後の痛みや不具合からもそろそろと回復し、学年を外してもらったものの、もう少し生徒と関わり合いたいなと思い始めていた。演劇部には新入部員がなく、もと所属していた学年の3年生が3人ばかりいるだけだった。そこへ入試の面接で演劇部への入部を希望していた生徒と掃除監督で出会ったのである。その生徒は入学後、すぐには演劇部には入部しなかった。「あれ、君は演劇部に入部したいと言っていた子ではなかったっけ?」とたずねると、今でもやってみたいとは思っているという。そこで「一人じゃできないから誰かつれておいで」といったら、程なくして中学の同級生だという生徒と一緒にやってきたのだ。
 一方で常任委員を外してもらうという配慮をしてもらいながら、一方で顧問生活の続行(実質は開始)をはかるという。矛盾しているようだが、演劇部顧問としての人生も、西部Aとのかかわりもこうしてはじまった。
 それ以前は知らないが、西部Aの地区としての立て直しの時期であったようで、その中心になったのがnatsuさんだった。それも幸い?したのか、私としてはすでに出来上がった仲間の中に入っていくというより、最初から運営体制づくりの中に組み込まれていくことになった。反対にいえば逃げ隠れ出来ないことになった。
 とはいえ、初心者であることには変わりがない。natsuさんには本当にいろいろなことを教わった。照明の基本的な考え方からパネルの作り方、そして芝居のあり方・考え方、脚本の読み方から稽古の仕方……。私はすでに45歳をすぎていたが、natsuさんは私より若干年長であったから尋ねやすかったし、natsuさんとしても教えやすかったのだろう(覚えの悪い奴だとは思っただろうが)。直接教えてもらったことも多いが、照明の仕込みでも最初は綱元などを任されながら「見て」覚えたことも多い。
 後年のことになるが、数年前に定年となったAさんから「Sさんは他校の生徒のことも同じように考えてくれたり、相談にのってくれた。」ということばをかけてもらった。ヒアリングやリハーサルなどでの立ち位置などもnatsuさんから受け継いだスタイルだ。「昔は自分のところのことしか考えいなかった。今はその罪滅ぼしだ。」というのが口癖だった。
 「(演劇部以外の)他のところで出会ったら、きっとお互いに何てヤツだ、と思い合っていただろう。」というのも口癖だった。だが、お互いに酒好きだというところでは気が合った。お互い現役だったころは、ことあるごとに居酒屋通いをした。他にも声をかければお仲間が大勢集まって来た。
 natsuさんは自分はやさしくないという。だが、他人にやさしくない人間がいっしょに酒を吞むことを好んだりはしないものだ。確かに大いに頑固で、少々?怒りっぽく、歯に衣着せぬところはある。だが、後腐れのないところもあって、相手がいい芝居を作れば過去のいきさつは抜きにして讃辞を送るというような場面には何度も遭遇している。
 相手を見てものをいうことを知っているのはもちろんである。私も志木にいるときより、朝霞に移ってからの方がきつい言われ方をした。朝霞をあずかったならもっとしっかりしろ、と言いたかったのだろう。当初はいろいろ難題もあったから、かえって励ましのことばと受け取った。それでも、私が初めて中央発表会への出場を決めた芝居のとき、バラシの最中に「段取りはみんな決まったね」とニコニコしながら声をかけてくれたのを印象深く覚えている。
 こんなことを書き出したのは、このところ何回か触れている西部A地区との接し方についてである。幸い古くからの付き合いの人も、新しく顔なじみになった人も、我々が行けばあたたかく迎えてくれる。打ち上げの席にも招待してくれる。だが、ときどき、このままでいいのかと思わないでもないのである。natsuさんの観察眼は変わらず鋭く、せっかくのチャンスがあるなら聞かなくては損だと私などは思うのだが、やはりヒアリングでさまざまな助言を得たり、ライトを吊ってもらったり、ときには同じ悩みをかかえる同志としての一面をみたりという関係性が薄れていくと、なかなか素直に耳を傾けてもらえないという場面も増えているのではないかと感じているのである。いつか、そんなことをゆっくり話合ってみたいと思っている。(書き過ぎも多々あっただろう。しかも、ながながと。natsuさんごめんね!)


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# by yassall | 2017-09-26 02:28 | 高校演劇 | Comments(4)

近江丹後若狭の旅③長浜・彦根城

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 最終日のホテル発は10:00。この日の日程である長浜街歩きの店開きや彦根城の開園を待つためだろう。朝、時間に余裕があったので、琵琶湖湖畔を散策する。写真は宿泊した長浜ロイヤルホテル。
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 長浜・大手門通りの入口に掲げられた額。描かれているのは曳山祭で演じられる子ども歌舞伎である。
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 オルゴール館だとか巨大万華鏡だとかにはまったく興味がなかったので、まず街中を歩いてみる。
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 曳山博物館とあるのが目にとまった。ここに入ってしまったことで時間を食ってしまった。
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 とはいえ展示されている山車は見ごたえがあった。さすがは日本三大山車祭のひとつである。
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 山車の制作には仏壇づくりの技法が生かされているいう。
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 つぎに訪れたのは長浜別院大通寺である。山門は威風堂々としている。
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 本堂も堂々たるものである。大通寺は真宗大谷派の寺である。
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 土足厳禁とはあったが入場禁止とはなかったので中ものぞかせてもらう。同じ真宗でも大谷派と西本願寺派との荘厳の違いは黒塗りの柱に金箔を施したのが大谷派、柱を金箔で覆い尽くしてあるのが西本願寺派と聞いたことがある。仏壇はお内仏という言い方がある通り、本来は家内に置かれた寺院である。真宗独特の金仏壇もおなじ荘厳になっている。
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 集合時間が迫って来てしまったので街中の風景を楽しみながら帰路につく。
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 あまり観光地ずれしていないところが気に入った。土産物屋ばかりが軒をつらねているとそれだけで興ざめしてしまうものだ。
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 駐車場脇の豊国神社。長浜は秀吉に縁の深い土地である。江戸時代は幕府をはばかって、表向きは恵比須宮として建てられたが、土地の人々の信仰を集めたという。
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 彦根城には佐和口(左側)から入る。最初に見えてきたのは馬屋である。城内に残る馬屋は彦根城にしかないという。
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 馬屋に面して内堀が掘られている。奥手が表御門跡で入口になっている。

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 入口を入ると急な山切崖になる。威厳を見せつける城というより実戦に備えた城であることがここでも知れる。
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 その山切崖を登っていったところに見えてくるのが天秤櫓である。
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 容易には城内に入り込めないように、まず左に折れ、回り込んだところで橋を渡る。戦さのときは橋は落としてしまうことになっていたともいう。
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 天秤櫓をすぎてほどなく天守閣が見えてくる。本丸に到るにはさらに太鼓門をくぐらなければならない。
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 天守閣には登らないつもりでいたのだが、再訪することもないかも知れないと思い直し、行列について登った。眺めはあまりよくなかった。写真は天守閣の裏手に回ったところ。なかなかのバックシャンである。
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 時間がなかったので西の丸には向かわず、黒御門方面へ降りていく。急坂でいかにも要害堅固という感じである。
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 黒御門を出たあたりの内堀。静かないい雰囲気である。

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 井伊直弼生誕の地なる石柱が立っている。
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 玄宮楽々園はもと彦根藩の下屋敷であるという。建物部分が玄宮、庭園部分が楽々園として公開されている。
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 この庭園がなかなかの造営であった。天守閣で時間を潰したのが悔やまれた。
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 大急ぎで撮影ポイントを探ってみる。
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 回遊式庭園らしくいろいろなアングルから絵づくりが出来そうだ。
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 このへんでタイムアップか。楽々園をあとにし、この旅も終わった。

 G8+12-60mm、RZ4000



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# by yassall | 2017-09-22 18:38 | 風景 | Comments(0)