憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう!

 憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
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ご案内
 たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
 あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに!
この一枚

 柳瀬川の桜堤(4月4日)


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# by yassall | 2018-12-31 23:59 | お知らせ | Comments(0)

2017年度 西部A地区春季演劇発表会

2017年度 西部A地区春季演劇発表会のお知らせがありました!

4/29(土)
9:40
和光国際高校
「さいまじょ・めらんこりあ」
萩原康節

11:00
新座総合技術高校
「海がはじまる」
曽我部マコト

12:40
朝霞高校
「酔・待・草」
竹内銃一郎

4/30
(日)
9:30
朝霞西高校
「ある日、ぼくらは夢の中で出会う」
髙橋いさを

10:50
細田学園高校
「七人の部長」
越智優

12:30
新座高校
「夏芙蓉」
越智優

14:50
新座柳瀬高校
「Article30」
稲葉智己

会場はいつもの朝霞コミュニティセンター、あと1週間後です!!

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# by yassall | 2017-04-22 18:30 | お知らせ | Comments(0)

桜2017⑤法明寺

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 荒川線を都電雑司ヶ谷駅で降りる。写真は反対側のホームにに到着した電車。なかなかオシャレである。これから目の前の道を左に歩く。めざすのは法明寺である。
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 法明寺は日蓮宗の古刹。飛地境内の鬼子母神堂の方が有名かも知れない(恐れ入谷の鬼子母神に対して雑司ヶ谷鬼子母神として江戸三大鬼子母神に数えられる)。桜の名所として知られることは今年になって知った。
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 境内はさほど広くない。参道はそれなりのにぎわい。
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 実は歩いて来た道沿いに最初に見えて来たのは本堂裏手の墓地。路地を入ると本堂の脇へ出た。こちら側が参道の入口にあたる。
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 だいぶ日が傾いてしまったが、何枚か絵づくりをねらってみる。
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 法明寺の住所は豊島区になる。名墓案内には武蔵国一帯を支配していた豊島氏の名があった。
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 他に楠正成息女との名もあったがいかなる縁であろうか。
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 15:30を過ぎたころ、そろそろ撮影を切り上げることにした。元の道に戻り、さらに北西へすすむとジュンク堂の脇へ出た。そのまま歩いて駅へ向かう。

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# by yassall | 2017-04-09 19:27 | 散歩 | Comments(3)

桜2017④江戸川公園

 江戸川公園というが所在地は文京区である。神田川にそって南北に公園として整備されている。昔、この一帯の神田川を江戸川と呼んでいたことからだという。
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 最寄り駅は有楽町線の江戸川橋駅。さて、どうやって高田馬場から回ったものかと思っていたら、高田馬場と江戸川橋を経由する上野行きの都営バスがあることを知った。山手線で池袋に戻るのもなんとなく癪だし、地下鉄を乗り継ぐとかえって遠回りになるので、迷わずバスを利用することにした。
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 桜並木を上流方向へすすむ。
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 橋の上から振り返ってみる。
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 天気も良く、花見客でにぎわっている。あちこちでシートをひろげ、お弁当や飲み物を並べ、談笑している人々がいる。
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 桜並木を追っていく。
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 流れが大きくカーブするところには花筏が出来ている。
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 川面を覆うようだ。
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 橋があると別のアングルを探してみる。
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 アップも何枚か撮った。
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 さて、江戸川公園で見たかったものの一つは関口大洗堰跡である。大洗堰は神田川からの取水口としてつくられた。写真はもちろんレプリカだが、石材の一部は当時のものを使用しているということだった。
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 その大洗堰の改修工事に芭蕉が工事監督としてたずさわったことから、ほど近くに芭蕉庵が残されている(空襲にあっているので再建されたもの)。芭蕉は深川に移り住むまえの4年間をこの地で過ごしたということだ。
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 普段は並木道沿いの正門からは中に入れない。胸突坂を登る小道を右へ折れた通用門から入れる。入場は無料。
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 内部は庵風の休憩所があり、規模は大きくないが感じのよい日本庭園が造園されている。あちこちに句碑も建っている。
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 奥まったところに「芭蕉翁之墓」がひっそりと建っている。はて、芭蕉は大阪で死去し、遺骸は近江の義仲寺に葬られたはずだが……。調べてみると、大阪にもいくつか芭蕉の墓とされるものがあるそうだ。ならば江戸にもなくてはなるまい、ということで建てられたのだろう。
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 芭蕉庵と隣り合っているのが肥後細川庭園。地図上には新江戸川公園とあったが、この3月に名称変更したらしい。現在は都立公園だが、江戸時代には細川家の下屋敷があったことからだろう。
 ※その後調べたところ、1975年に東京都から文京区に移管、今年3月の新装オープンにあたっては指定管理者による管理下におかれたとのことである。
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 関口台地の高低差を生かした造園になっている。
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 そのため、都心の大名庭園としては借景も生きている。
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 東側の入口から入ってしまったが、西側が正門らしい。
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 神田川にもどり、ふたたび桜を楽しむ。
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 ビルに囲まれているせいもあるだろうが、少し日が陰ってきただろうか?
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 桜並木はまだまだ続くのだが、このあたりで神田川とは別れを告げる。
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 都電荒川線の早稲田駅には歩いて数分。荒川線は鬼子母神前で副都心線、東池袋で有楽町線、大塚で山手線、王子で高崎線・宇都宮線に接続する。一度、乗ってみたいと思いながら、なぜか縁がなかった。今回、荒川線に乗ってみるのもコース作りの目的のひとつだった。

 G8+12-60mm


オリジナル画像をDropboxからダウンロードできます。
https://www.dropbox.com/sh/ka9u1a96sudrfh5/AACw9Mb_dRLaKuyKwUtjHhUSa?dl=0


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# by yassall | 2017-04-09 00:35 | 散歩 | Comments(2)

大岡信「青春」

 あてどない夢の過剰が、ひとつの愛から夢をうばった。おごる心の片隅に、少女の額の傷のような裂目がある。突堤の下に投げ捨てられたまぐろの首から吹いている血煙のように、気遠くそしてなまなましく、悲しみがそこから吹きでる。

  ゆすれて見える街景に、いくたりか幼いころの顔が通った。まばたきもせず、いずれは壁に入っていく、かれらはすでに足音を持たぬ。耳ばかりが大きく育って、風の中でそれだけが揺れているのだ。

  街のしめりが、人の心に向日葵でなく、苔を育てた。苔の上にガラスが散る。血が流れる。静寂な夜、フラスコから水が溢れて苔を濡らす。苔を育てる。それは血の上澄みなのだ。

  ふくれていく空。ふくれていく水。ふくれていく樹。ふくれる腹。ふくれる眼蓋。ふくれる唇。やせる手。やせる牛。やせる空。やせる水。やせる土地。ふとる壁。ふとる鎖。だれがふとる。だれが。だれがやせる。血がやせる。空が救い。空は罰。それは血の上澄み。空は血の上澄み。

  あてどない夢の過剰に、ぼくは愛から夢をなくした。 (「青春」

 「青春」は大岡信の第一詩集『記憶と現在』(1956)の巻頭におかれた作品である。1969年、高田馬場の古書店でばら売りしていた思潮社の『現代詩体系』で私は出会った。全7巻のうち2冊しか手に入らなかったが、この詩集によって飯島耕一、長谷川龍生、吉岡実といった現代詩人たちの世界が私の前に開かれたのである。
 そうした中でも、大岡信の「青春」はひときわ私の心をとらえた。思潮社が現代詩文庫の刊行を始めたころで、『大岡信詩集』は24冊目、1969年が初版である。本棚から探し出してみたら出版されてすぐ買っていたことが分かった。
 大岡信は飯島耕一と「シュルレアリスム研究会」を開いていたことがある。オートマチズムによったともみえる散文体の詩に新しい才能による新しい表現の可能性を感じたのだった。

 「地名論」はその少し前に『現代詩手帖』で発表されたと記憶している。現代詩文庫版『大岡信詩集』の最後に収録されている。たいへん高く評価されていたのをおぼえているが、次のように書かれてもこちらの方はどうもピンと来なかった。

 水道管はうたえよ
 お茶の水は流れて
 鵠沼に溜り
 荻窪に落ち
 奥入瀬で輝け  (「地
名論」冒頭)

 思うに『記憶と現在』はモダンな装いをまとってはいるが、その詩精神の向くところは抒情である。きっと自らの内からわき起こってくる感情の正体をつかめず、ただもてあましていた10代の私は、「夢の過剰」という言葉に反応し、過剰ゆえに血しぶきをあげて傷つくすがたに共感したのだろう。抒情といえば最初期の「木馬」という作品にも私は鉛筆で小さな丸印をつけている。
 
 日の落ちかかる空の彼方
 私はさびしい木馬を見た
 幻のように浮かびながら
 木馬は空を渡っていった

 やさしい人よ 窓をしめて
 私の髪を撫でておくれ
 木馬のような私の心を
 その金の輪のてのひらに
 つないでおくれ
 手錠のように   (「木馬」)


 大岡信は評論家としても高い評価を受けている。『超現実と抒情 昭和十年代の詩精神』(1965)は卒論で昭和10年代文学と格闘していた学生時代の私に大きな示唆を与えてくれた。どうも昭和10年代を論じると、誰もが一方的な断罪を下そうとするか、やたらねじくれた情念の表白者になってしまいがちな中で、明晰な分析と批評によって際立っていた。
 近年では「マスコミ九条の会」の呼びかけ人になるなどの活動にもかかわっていたという。茨木のり子、吉野弘のときにも書いたが、「櫂」の世代の詩人たちは政治性とは無縁のようにみえて、決してそうではない。戦中世代として社会の中で果たさなければならない役割に自覚的だったということだろう。
 しばらく大岡信の詩からは遠ざかっていたが、訃報に接して思い出のようなことを書いた。

(おおおかまこと,1931-2017)


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# by yassall | 2017-04-08 00:22 | 詩・詩人 | Comments(0)

桜2017③新井薬師

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 「名にし負ふ」からというわけでもないが、桜の季節になるとどうしても撮り歩きをしたくなる。せっかくだから新しい撮影スポットを、ということで新井薬師に出かけて来た。
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 6日、西武新宿線新井薬師駅から歩いて10分ほどか、街中の道の奥に山門が見えて来た。
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 寺の正式名称である。天気もよいので花見がてらの参拝客が後から後からやって来る。
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 濃いピンクの桜はプリンセス雅。皇太子成婚の際に新種の桜として登録されたという。
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 新井薬師と呼ばれるのはもちろん薬師如来が本尊だから。とくに眼病に霊験があるというので、殊更ていねいに参拝したのち、撮影にとりかかる。
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 東京は全国にさきがけて満開となった。
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 境内はそれほど広くはない。アングルを変えて絵づくりをねらう。
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 何種類かの桜が植樹されているようだ。
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 なかなかみごとな枝振りの古木である。
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 外壁ごしでも一枚。電柱が写り込んでしまったのはご愛敬で。
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 隣の公園は桜まつりの真っ最中であった。
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 新井薬師にいたのは12:30ころまで。高田馬場までもどり、今度は江戸川公園に向かう。

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オリジナル画像はDropboxからダウンロード出来ます。

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# by yassall | 2017-04-07 15:35 | 散歩 | Comments(0)

桜2017②柳瀬川桜堤・森林公園

 4日、恒例の森林公園観桜会があった。朝、余裕があったので柳瀬川で途中下車し、桜堤を回ってみることにした。
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 以前から桜の名所として聞いていたが、せいぜい車窓から眺めるばかりだった。駅から5分も歩かずに堤に出る。平日なのにけっこう花見客でにぎわっている。
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 屋台も奥まで並んでいる。時間的なこともあるのか、花見客は子どもづれが多かった。入口にずいぶん自転車が並んでいたから地元の人たちが多いのだろう。
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 東上線の鉄橋方向を振り返ってみる。
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 しばらく桜の花天井を楽しむ。
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 満開となればもっと密度を増すのだろう。
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 ここで花見酒をはじめるわけにも行かないので適当なところで引きあげる。
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 森林公園駅には12:53着。Kさん、Nさんも約束の時間前に到着。13:12のバスで森林公園へ向かう。
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 Kさんの案内でまず枝垂れ桜から回る。
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 山桜が花を付けているのは以前雨中の酒宴会場となった四阿付近。
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 こちらもまだまだ満開には遠いようだ。
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 例によって園内を散策してから目的地である花木園に到着する。何が目的かといえばこのベンチを借りて花見の宴を始めるのである。
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 丘の麓のような場所で、満開になると花天井で囲まれるようになるのだが、今年はせいぜい三分咲きというところだろうか。昨年は雨で延期し、前日が大風だった。毎年絶好とはいかないから続ける楽しみもあるのだろう。
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 16:22のバスで森林公園駅までもどる。いつもの店で宴会の続きをやるのだが、何と6時台には上がってしまった。皆、弱くなったものだ。1日暖かかったこともあり、すでに公園内で大いに盛り上がったためでもあるが。

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https://www.dropbox.com/sh/qzx0pquit8vdomu/AAAr0w_HDnielbA0ZuBdNCIWa?dl=0



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# by yassall | 2017-04-05 19:15 | 散歩 | Comments(0)

又吉直樹「劇場」

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 通常1万部のところ4万部印刷したが、たちどころに完売したらしい。近所の本屋へ行ったときには売り切れだった。その後にもう1万部増刷したと聞いた。今度は買いそびれないように急いで本屋へ行った。

 瞼を閉じても瞼の裏側の皮膚は見えない。これは嘘だと分かるから作り物感は残る。だが、作品全体を予感させるような巧みな書き出しだと思った。終いまで読み終わって、この感慨はいつの時点のものだろう、とまた考えこんだ。

 青山という「僕」とは異質な存在を挿入したことで小説として成功した、と思った。青山の書いた小説を「嫉妬で感情的に読んでもうたかも知らん」から「もう一度読んでみる」という「僕」に、青山は「永田さんが自分で思っているほど私にとって永田さんの評価って重要じゃないから」と、多分に棘を含んだ言い方ではあるものの、過去にわだかまりのないことを伝える。それでも「僕」は「いや、絶対読む」と答えさせているところで、「僕」は変わったと思った。その前のメールのやりとりでは、「お前の思考には人間が変化するという当然の節理が抜け落ちている」といっている。本当は、これは「僕」が自分に対して突きつけた言葉ではないのか? つまりは「他者」ときちんと向き合えるかどうかであり、はね返ってそれは「自己」とどう向き合うかという問題であろう。

 もう一度、書き出しにこだわってみる。「僕」が見ようとしているのは「風景」=世界なのか、「瞼」の裏側=自己の内面なのか?
 「変化」という言葉は冒頭部分にも出てくる。高校時代、心斎橋の小劇場ではじめて小劇団の芝居に触れたとき、「客席で観ている自分自身の内部にまで変化をもたらすことが面白くてしかたなかった」という。だが、この時点で「僕」に自分がつかめていたとは思えない。沙希と出会うころの「僕」の自己認識は「肉体を使いこなせていない虚弱な幽体」であり、「知らん人と話す」のが苦手で、「頭の中で言葉はぐるぐる渦巻いてんねん。捕まえられへんだけ」と告白する。自分の尾を追いかけて同一箇所を回り続ける子犬を想起させる。あるいは自分の尾を飲み込もうとする蛇のようとでもいうのか。未熟さ、またはグロテスクさを感じる。
 決して否定的に述べているのではない。言葉にならないものを言葉にしてみようとすること、見えないものに輪郭を与え可視化していくことを避けたら文学ではない。又吉は文学に挑んでいるのだと思った。ありきたりの表現を剥ぎ取って、どれだけ根源に迫ることが出来るのか、読者として見届けてやろう。グロテスクであるのは当然である。

 言葉にならないものを言葉にしよう、見えないものをみよう、というのだから、最初はつきあうのもつらかった。なかなかストンと落ちてこないから、読むスピードも上がらなかった。新しい表現は作り物と紙一重である。
 恋愛小説を書こうとした、というが、これは恋愛小説といえないという気がした。「僕」は沙希を「支配」しようとし過ぎたというが、「支配」というより「独占」であり、独占し得ていないという焦燥が「嫉妬」となって噴きだしている、という感じである。つまり、相手には常に自分の方のみを向いていて欲しいという承認願望ではないのか? しかし、恋愛とは相手を「支配」するというより、相手に「支配される」という感情に近いはずだ。これを「純粋」とはいわない。目の前にこのようなカップルがいたら、青山と同じように私もすぐさま別れることをすすめる。
 自己愛の投影、しかも相手に映し出されることによって、かろうじて自己を保持できるという構造。「僕」自身がもてあまし、振り回されている。

 NHKスペシャル「又吉直樹 第二作への苦闘」を私も見た。又吉が「人物たちが作家の手を離れて勝手に動き出すのを待っている」というような意味のことを語っていた。「動き出した」という言葉はなかったが、後半に入ると明らかに文章の速度感が変わってきた。
 「火花」を読んだとき、この作家は文章は書けるが「物語」は書けない、という印象を持った。大きな「物語」は書けていないが、今回は小さな「物語」は書けていると思ったし、さきほどの恋愛小説の問題にもどれば、もしかするといたるところで孤立化を深める現代青年をめぐる事情からすると、けっこう核心に迫っているのかも知れないと思い直した。
 それはむしろ沙希が動き出すことによってはじまった。沙希は「永くん一人で大丈夫?」と東京を去る直前に「僕」にたずねる。客観的には「従属」でありながら、その自分がいなければ相手はダメになってしまうのではないか、と考えるのは、自分の存在意義=居場所を相手の内側に見いだしているということだろう。少し健康を回復し、部屋の撤収のために上京した沙希は「私ね、東京来てすぐにこれは全然叶わないな。なにもできないなって思ってたから、永くんと会えて本当に嬉しかった」と語る。だが、沙希はそれを「何か吹っ切れたように」言ったのであり、沙希は変わったのである。
 沙希が「私の宝物」という昔の脚本を読み合わせるところからはじまったアドリブで、沙希は「あんたなんかと一緒にいられないよ」というセリフを発する。「僕」は「何かを消すためではなく、背負うところから沙希の言葉を聞きたいと思っていた」と書く。沙希と「僕」とは切り離され、ようやくにして対の関係が生まれる。「僕」も変わったのである。
 ラストまで読んでも、それが出口となったかどうかは分からない。「日常が残酷だから小説を読んでる時間くらいは読者に嫌なことを忘れてもらいたかったんだ」は青山の言葉である。「僕」は実は「ハッとした」という。だが、同調したわけではあるまい。そのギリギリのところで又吉はこれを書いたのだなと思った。

 「劇作家」という設定には苦しいものがある、と思っていた。だが、随所にあらわれる演劇論はけっこう面白かった。「自分のなかのどうしようもない感覚や摑み切れない感情に無理やり形式を与えたりせず、その奇妙は形のまま表出してみる」などという箇所と出会うと、自分で脚本を書いたことがあるかどうかはともかく、少なくともいろいろな芝居を観ているのは確かだろうと思った。かといって、そのような演劇がメジャーになっていくとは思えないが。


 又吉は大阪出身であるが、出自は沖縄であるらしい。彼の持つ疎外感や孤立感は思いの外、複雑であるのかも知れない。これは又吉の「東京物語」ではないか、という勘も働いたが、もうここでは触れない。


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# by yassall | 2017-04-03 19:42 | | Comments(0)

それぞれの紙 小江戸蔵里ギャラリー

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 木藤恭子さんから案内をいただいのはずいぶん前。開催期間は3日間きりだから、中日の30日、今度は見逃さないようにして出かけて来た。木藤さんが初めて個展を開いたのは2013年8月だった。代官山だった。それからもう一度案内をいただいたことがあったが、そのときは行きそびれてしまったのだ。
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 今回は「それぞれの紙」とタイトルをつけた3人展。長谷川博氏は東京都の美術の先生であった方だそうだ。クレヨンのようなもので下地を作って引っ掻いたものかと思っていたら、すべてボールペンで描かれているのだという。
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 打越君孝氏は志木高校の卒業生とのこと。二人とも木藤さんつながりで合同展のはこびとなったらしい。水彩によるもの。やわらかい色彩の妙が写真では写し取れていないのが残念だ。
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 木藤さんの作品。紙へのこだわりは変わらないが、最近はコラージュに凝っているとのことだった。新境地を求めているのだろう。
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 木藤さんの作品をもう一枚。「言葉を紡ぐ」というシリーズの一枚である。これも新境地。背後の土壁は保存の対象であるため、直接貼り付けることが出来ず、上から吊しているのだという。展示が傾いでしまっているのはそのためだが、これも味わいのうちである。
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 「蔵里(くらり)」とは聞き慣れないなあ、と思っていたら、元の鏡山酒造の跡地を再整備したものだという。メインストリートから入ると、多くは商業施設に改築されているのだが、一番奥まったここは「つどい処」と名付けられて展示スペースが設けられている。鏡山酒造時代は瓶詰め工場だったそうだ。
 木藤さんとも久しぶりだったが、会場には志木高時代の同僚、Fさんもご夫婦でいらしていて、懐かしい再会となった。


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# by yassall | 2017-03-31 20:19 | 日誌 | Comments(0)

桜2-17①中院の枝垂れ桜

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30日、川越に用があって出かけることになった。せっかくなので中院の桜でも撮ろうと、少し早めに出た。今年は桜が遅れているようなのであまり期待しなかったのだが、満開とまではいかないまでも、けっこう見ごたえがあった。
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川越時代、何度も前を通りかかったし、参拝したのも一再ならずである。ただ、あまり詳しくなかったので調べてみたら、宗派は天台宗とあった。なぜ日蓮の名前が出てくるかというと、鎌倉時代に寺を再建した尊海僧正が日蓮に伝法灌頂を授けたという経緯があったようだ。本尊は阿弥陀如来ということで、境内に無量寿と刻した石碑が建っているのはそのためだろう。
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 絵づくりをねらってみた。暑いくらいの一日だったが、空が曇っているせいか、コントラストが低い。まあ、ピーカンだと今度は高すぎて像が乱れてしまう。頃合いが難しいところだ。
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 背景が暗い方が少しすっきりするか?
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 光が十分に当たったあたりがやはり輝くか?
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 島崎藤村の妻加藤静子が川越出身だったので、このような碑が建っている。義母みきの墓は中院にある。藤村はみきと仲が良く、頻繁に川越を訪れたそうだ。

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# by yassall | 2017-03-31 18:57 | 散歩 | Comments(0)