憲法9条を守ろう!原発から撤退しよう!

 憲法改悪反対!原発撤退!これだけは巻頭から外すわけにはいかない!(その理由は口上で)
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ご案内
 たいがいが趣味(夏炉冬扇?)のブログですが、ときに真面目?になって、つい一言もの申したり、語ったり(竹頭木屑?)しています。多少とも関わりのあった「学校図書館」や「高校演劇」についても応援していきたいとカテゴリを設けました。初心を忘れず、ということで「国語・国文」を起こしましたが、あまり更新できずにいます。他は、最近何してる?は「日誌」に、何か考えてる?は「雑感」に、という塩梅です。
 あ、写真をご覧になっていただけるかたは主に「風景・散歩」のカテゴリーに!

この一枚

 向日葵…近くの公園で。(7月18日)
 

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# by yassall | 2018-12-31 23:59 | お知らせ | Comments(0)

山下雅美詩集

 7月、鎌倉から帰って後、山下さんの詩作品をまとめてみた。とはいえ、学窓を共にした時期は1年間しかなかったから、入学時に手渡された部誌『白雉』に掲載されていた山下さん3年生以降の作からということになる。ただ、やはり『斜々路』創刊からの作品が完成度が高いから、(それ以前の作も揺籃期の混沌があって興味深いが)、山下さんも納得してくれるのではないだろうか?
 この投稿はご遺族たる奥様の同意を得て掲載している。元文芸部諸氏にあってはダウンロード(コピー&ペイスト)をするのは差し支えないと思うが、転載にあたっては著作権はご遺族にあることを踏まえていただきたい。また、ご遺族から不快であるとの意思表示があればただちに削除することになる。なお、漢字・送り仮名等は初出のままとした。(2017年8月15日)


  筺(こばこ)と形而上学


卒塔婆の間を
《存在》を考えながら歩いていると
墓地の中央に位置する
真新しい一本を軸にして
すべての卒塔婆が渦巻き状にうねり始め
鈍色の光を放つ
直方体の筺にと結晶しはじめたのである
私はその時
白く光る孟宗竹に掴まるのが
やっとであった。

未明の冷たさにまんじりともせず
《存在》を考えていた時
ふと脳裏を掠めた青い影を書き止めようと
鉛筆箱に手を伸ばすと
わなわなと音をたてながら
結晶する 結晶する
鉛色に重たい筺

その日以来
思考から抜け出た《存在》
イコール筺は
私を極度に苛立て
ついに筺の蓋をあけることに
私自身の《存在》意義を押しつけ始めたのである
そして私は
筺の中の原質イコール《存在》と
私の概念内の《存在》とが同じ
濃度になればその外形の一部をなす
筺の蓋は
ひとりでに開き
私の《存在》は明確になるとの
結論を出した赤い夏の一日が終わると
筺は
不気味に萎えて楕円形にかわり
その周囲には蠅が群がっていた
殺虫剤に汚れた手を蓋にかけると
いつの間にか直方体にかわっていた筺

霜が窓に磔にされた夜
喫茶店の扉を押し
まああるいテーブルの
そこにも出現した筺に対し
憑かれたように《存在》に関する
一方通行のダイアローグを繰り返すと
筺の鍵穴から冷ややかな囁きが
波紋のように
自己運動を始めたのである
『モウスコシダ
モウスコシシタラ
ボクミズカラ
フタヲアケル』
そこで突差に手を掛けると
いよいよ固く口を閉じた筺

その夜私は
ヒステリックな哄笑を繰り返した後
黄色いチョークで
筺にバッテンをつけ
ふくよかな恋人の胸に《存在》の
ノスタルジアを求めたのだ
嗚呼
アマリリス的まどろみの深淵
私の《造られた被支配者意識》は
一種の情念へと移行したのか
黄昏的意識の渦中
白昼夢的リアリティーの宇宙の縁で
爬虫類の腹部を引き裂く音をたてながら
蓋を開いた筺
しかしその悪魔的内部には
一回り小さな筺が
鋭く輝きながら鎮座し
《存在》の問いを待ちながら
ひっそりと微笑みかけていたのである。



  種子

紡錘形の雨
死んでいく呟き
瞳を突いて
尾骶骨の底からうねり出る疼きに
そっと触れる人差指
オキシフルの臭気がバスを停め
埼玉県大宮市の住宅街
一枚の風景画が燃え始める
早速
魚鱗やら恥毛やら乾パンの乾杯
飲み干す日々の響き
食道に差し込まれた火箸より
ぐっと冷えた濁酒
宴の後
バス停に注ぐ小便は
萎えた腎臓からはたはたと
日の丸のように落ちてくる
バラの棘の煎じ薬を
お袋の襦袢にくるんで
迎えにくることはないんだ親父
燃えながら続く螺旋階段までは
鱗を衡え泳いでいく
身を反らせた夜の陰部で
まどろみながら溶けていく
胃液の海へ
太陽虫の囁く死水の故郷へ
そして
苔むす恋人の乳房に埋まり
血まみれの空から降りてくる
銀針の光を殺しながら
吹き荒る風の中で
飛散した明日の種子を呼ぶ



  二月のめざめ

朝の光が
眠むる貝の横腹をえぐって
北国の時計台によじ登ると
化石化した木の葉のように固く
寝棺に押し込められていた僕の羞恥は
おずおずと咲き始める

屈折する夢と光の闇で
鋭角の風が
真赤な薔薇の首を切り
寓話的な死の床は
榛の実の砕ける眩惑と共に
墓碑ばかり輝く野へ
螺旋状に堕ちていく

振り向けば
両手を上げた僕の鳶色の脳髄目掛け
突き進んでくる最終列車
死んでいくのは
あどけない僕の過去と
小さくなるテールランプ

火口の淵に住む
石のむなしさで身をゆすり
くろぐろとあやうい夢の海辺で
青い空に絶叫を浴びせ
二月の銀針の冷気に刺されてめざめると
ビルディングの屋上から
血まみれの空から
ググッと近付いてくる



   〈家〉

徐々に大きくなる足音は
あなたに贈った赤い靴の響き
重い扉の前に立ち止まるあなたは
素早く団欒の匂いを扉の内に嗅ぎつけてしまったのだろうか
だがあなたよ
風の吹きまくる黄昏
時折り聞こえる物音は
あなたを決して待ってはいないのだ
それは
〈家〉から出ることのできぬ
傷ついた獣の叫び
すこしずつ毀れてゆく方解石の
冷たい響
且(ママ)つてわたしは
幾つもの空屋の
空疎な探索に疲れ
碧空を求めて出口を探したが
あなたが前にする扉は二度と開かなかった
それ故あなたよ
鈍色に輝く把手から手を離せ

「アナタニ アタシノ 意志ヲ マゲサセル
コトハ デキナイ アタシノ〈家〉 アナタ
ノ〈家〉

遠く雷の響
激しい獣の叫び

石膏の裸体を抱いて
わたしは今
一体どこを歩いているのだろう



  「斜々路」巻頭詩

  ーーーそれが又もや鈍色に輝く手錠であるとしても、僕にとっては
  極上の手錠でなければならないーーー   


まどろみの時を蹴って
ほのかにぬくもる湖の底を砕き
すでに朽ちかけた風車を回し
夜に封鎖された碧空を奪回するために
夕暮れの空を引き裂いて
どこまでも続く階段を建造する

ハンマーを打ちおろしながら
僕は
いつまでも笑い続け泣き続け
何もかも一人じめしていく

例えば
階段を構成する大理石の裂け目に
風媒花が真紅な花をつければ
切りきざみ
飲み下し
決して排泄せず
腹の狂い咲く刻を待つ
  ーーーかつて実感できぬ五番目の季節にまで積み上がる階段に、
  僕は〈斜々路〉の名を贈るーーー   



  化石化

開け放たれている窓辺に
塵埃が人知れずそそぐとき
幸福が写ってしまうから
落とすな 涙を フィルムに

誰にも知られず
風紋とともに
海辺に化石する意志は
朝食のサラダより鮮やかだが
すべての悲しみが
反り返った板のように傲慢なので
アタシは黙って家を出る

乳母車の破片を拾い集めたからといって
そそり立つ病葉に
身をすり寄せてはいけない
やさしさが心を占拠したら
海辺はずっと遠くなる
だからアタシはバスに乗る
炸裂する予感を
幾何学的に縁どるために

そして透明な溺死体アタシは
水平な時を抉って
あらゆる色彩のまっただなかへ
もんどりうって堕ちてゆく
海辺に化石する意志を
波頭のポーズで実現するために



  工作者達


工作者達の共有する
幻影の性が
拡大する空地で黒旗を振る

頭蓋形のステーションを結節点に
楕円状に連なる刻のレールを破壊し
震える肉と肉のあわいを
細長い塹壕として
白夜実現を謀り
夜と朝をつなぐ
三日月形の蒙渠を爆発する
 工作者達

〈工作者達のアジトを囲むのは
 今や影を失った獣達の叫びばかりだ〉


アジトでは
小さな円陣を組み
中央でわななき燃える孤独の焔に
鉄のザイルをかける工作者達
そして今
虚空への突撃を決意した工作者達は
のたうつ蛇の仕草で
彼らの掟を
バラ色の大地にきざみつける



  森と湖のメトード

少年の日
輝く蝶を追って
踏み迷った森が
おれの胸に住みついて久しい

そんなおれとの出合に
オフィス街の喫茶店で
君が初めて流れた潮の匂いに
おのれの領域を知ったその日

君の一番愛した北国の湖へ
身を投げた思い出を
そっと語ってくれた日から
おれの所有する森が
君の胸の湖を求めてざわめく

朝陽が
おれの胸にどっとおちてくる日など
おれはうずくまる以外の行為におもむけぬ

だからおれは
日没を待って
おれの血管を
君の湖に向けて切りひらく

血が川となり
君の湖にそそぎこむ光景を夢見ながら

だが君は
君の湖に沈んだまま助けられたに相違ない
青く澄んだ乳房が
さざ波を残して消え去るとき
おれの求める湖は
君の胸の奥深くにあったから

〈おれは君ではなく
     君の湖を求めている〉

だから今日おれは
するどく光るナイフを
君の涙にあてよう
切りひらく水滴のなかに
森と湖を結ぶメトードを探すために



  最後の揚棄のための雪礫

凍結せよ
切り倒された樹木に
弁証法などありはしないから
凍結せよ情念の城

す裸で震える星々を
雪の原に縛りつけて
ひたすら粧う論理の
あの絶対の暗闇を
ま昼間のように輝かせたからには
おれに否定すべき何ものがあるのか


だからおれは
固く握った雪礫を
すすりなく情念の城に向けて
数限りなく投げつける



  所有

獣達の手の中で
果実が身を震わせ
天空を駆ける白馬の首筋の
野イバラの花の形をした傷口に
そっと風が降りてゆく夜
そして
炸裂する花芯を
死者達がまさぐるとき
街をのみこむ風の
暗紫色の翼を
風見鶏の瞳がつらぬくように
すべての確かさの位置に瞳を置き
さらに
筺へと結晶せしめ
焔の驟雨を浴びせかけるのだ

おれにとって
筺の宇宙を
おれの宇宙へ完璧に導入する手段は
筺に
紅く燃える煉獄の砂岩を
踏みしだかせることだ

筺のすべてを獲得するために


筺の円環を
おれの円環にくみ尽くすために


そして そしておれは
おれの胸に降りつむ
死灰の底でとぐろ巻く
青き蛇の
充血した網膜上に
次第にせり上がってくる紅蓮の筺に
おれの筺に
筺のおれに

筺の筺に

狂おしくのたうちまわる



  謀叛の朝

肉の封鎖を破る欠落の河
皮膚からふきこぼれる千の稲穂
破礫を噛み
影を噛み
尾を噛む
青き蛇の完結なき完結へ
私の裸身が空を切るとき
連綿とdeathを投げつける歳月の意志に
しっと屹立するわたしは
攻めのぼる生涯に
銃殺されつづける目の氷結と
凹んだ胸部に燃える
蔓薔薇の痛点を私有し
朝焼けの家路から遠く
運河の亀裂にそって歩いている




  非望の庭園

  序 章

垂直におりてくるミサ曲は

十字架の傷を刻んで

そりかえった喜悦の中心に

燃える向日葵

烈日は彼岸花の茎を流れ

無明の風が叢を分けると

海峡の近くで

皀角子(さいかち)の実がかちかちと鳴っている



  非望の庭園


非望の庭園に
あなたと井戸を掘ろう
かかえきれぬ言葉の骸を捨てても
水音しない
あくまで深い井戸を掘り下げれば
僕達の握る
氷の手は燃えあがり
皮膚のあわいに
にがい果実がみのるのだ
その時僕達は
二つの独楽となって林をぬけ
まどろむ湖の縁を旋回し
水晶の針先で
鎮魂歌を食い破り
凍結した昼と夜の中空へはねあがる
あなたよ
僕達の非望の庭園に
初冬の銃口が狙いを定めるとき
僕達の底なし井戸を
魂のかたちに掘り下げよう



  欠落の河

時空をこえた傷口からか


あなたの瞳からか


砂礫の原を


幼年の性のままに


焔の中心に向い


焔の中心から離れて


さらさら


さらさらと流れる


欠落の河



  巻頭詩 序章


向日葵もえる悦楽の聖地に
青白いdeathの気圏から
ふいにおりてくるミサ曲は
肉身(にくしみ)の波頭に十字の傷をきざみ
烈日は彼岸花の茎をながれ
無明の風が叢をわけたところ
非在の血を浴びた詩行は
はげしく蒼空に屹立する



  とおい記憶のふかみから

飢餓線上のアリア
日々の楽譜を
愛欲に濡れた指がたどり
合掌の姿勢でめぐる祈りの丘に
せりあがる比喩抱く少年の裸身から
果実の香ただよい
我執に割れた傷口には
とおい記憶のふかみから
悲風にあおられこみあげてくる
まっ青な夕映えが
ひそかにのぞいている




  後記にかえて
   ザインへのセレナーデ
   「ながれへの試論」


ながれ ながれ ながれゆく季節に ながれぬ俺をながすながれ ながれぬ俺の体内をながれる紫陽花 ながれる玩具 ながれる乳房 ながれに浮かぶながれずに死んだ俺 ながれに聞こえるながれなかった俺のながれたいという叫び ながれのなかでながれをつかもうとするながれる俺の叫び ながれの叫び 叫びのながれ ながれに飛び込む俺 もぐる俺 祈る俺 血のながれ 言葉のながれ ながれ ながれ ながれて ながれずにながされながれて 海から 河から 母から 臍の緒喰いちぎりながれて ながされて喰いちぎる 過去からながれる ながれなかった ながれの記憶ながれて ながれまいとする俺をながそうとするながれぬ俺のながれぬ思惟 ながれぬ俺をながそうとする俺のながれ ながれる俺のながれをながすまいとする憤怒 ながれる俺をながすまいとするテーゼ 傾きつづけるテーゼ




  (賛美)


賛美

季節を終えた地平に
生きものの
温もりを残した
白いビルディング

隠されたままの意思にあれば
パズルのように投げ出された形象の
出逢いの繋ぎを追って
われらの歌声は
十字架に吊したはずの時を巡り
殺戮となにごともない日々との間を
絶え間なく舞い戻る

始まりの季節に向けて
既にその蔽いとて無い意思にあれば
我等の歌声は
繋ぎの鎖を解き
射る的を外させ続ける
投げ出したものへの凝視の願い

賛美



〈初出〉


筺と形而上学       『パプアの巣』5 1968?
種子           『白雉』31 1969年
二月のめざめ  
〈家〉          『白雉』32 1970年
「斜々路」巻頭詩     『斜々路』創刊号 1970年
化石化
工作者達
森と湖のメトード
最後の揚棄のための雪礫
所有 
謀叛の朝   『白雉』33 1971年
非望の庭園 序章  
非望の庭園  
欠落の河  
巻頭詩 序章 『斜々路』第三号 1972年
とおい記憶のふかみから
後記にかえて
 ザインへのセレナーデ
 「ながれへの試論」
(賛美)         未発表 2015年


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# by yassall | 2017-08-15 00:03 | 詩・詩人 | Comments(0)

ベルギー奇想の系譜展

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 10日、夜の待ち合わせまでの時間にBunkamuraで開催中の「ベルギー奇想の系譜」展を見に出かけて来た。結論からいうと、予想通り?期待はずれだった、というしかない。
 2001年に新宿の伊勢丹美術館で「ベルギーの巨匠5人展」が開催されている。アンソール、スピリアールト、ペルメーク、マグリット、デルヴォーを集めた。今回もアンソール、マグリット、デルヴォーが並べられていたが、作品の力が弱く、数も少なかった。現代作家の作品も展示されていたが、新しい表現をめざしているようでいて、深みには欠けていた。
 展覧会の主題そのものは面白いと思った。「奇想」をキーワードに、中世にまでさかのぼってフランドルからベルギーにいたるまでの美術を系譜立ててみよう、というところだろうか? だが、ボスにしても、ブリューゲルにしても、版画以外にはオリジナルはなく、オリジナルと亜流との力の差はこれほどなのか、と思いを新たにさせられるばかりだった。たとえ悪魔が描かれているとしても、ルーベンスまで「奇想」に位置づけようというのもいかがなものか、とも思った。
 なかではデルヴィル「レテ河の水を飲むダンテ」(1919)とサードレールの「フランドルの雪」(1928)が良いと思った。
 まあ、悪口をいうならアップしなければよいのに、というのももっともなのだが、いちおう日誌として。
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 大規模工事中ということもあるのだろうが、渋谷はますます雑然とした発展をとげているようだ。新宿の方がはるかに大人の街のように見えてくる。好きになれない。といいながら、Bunkamuraへ出かけたときはなぜかこのビルを撮りたくなる。


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# by yassall | 2017-08-12 14:19 | 日誌 | Comments(2)

仙台小旅行

 仙台へ行くことになったとき、ちょっとした感慨のようなものがあった。宮城高教組の司書の方々といっしょに研究活動をしていたことがあったのだ。4回ほど秋の教研集会におじゃましたが最後に伺ってかれこれ10年になる。
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【1日目】
 少し遅めに家を出たので仙台駅に到着したのが13:00少し前。いつもは用事のある西口にしか出たことがないのだが、翌日のために仙石線の乗り場を確かめたり、ロッカーの位置を確認したりと、土地鑑をつくりながら東口にも出てみる。東口もずいぶん発展している様子だった。
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 東西自由通路もこの賑わいである。
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 こちら側が西口。バスがひっきりなしに出入りしている。
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 デッキの上から青葉通りをのぞむ。大都会である。
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 宿は広瀬通りの地下鉄駅にほど近いところにとれた。チェックインは15:00だが、大きい荷物だけ預かってもらい、そのまま市内散策に出かけた。
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 広瀬通りを西に歩いて行くと桜岡公園に出る。広瀬川を見る、というのが目標のひとつだったのだが、公園からは見えない。南に突っ切って階段を下りていくと大橋につながっており、ようやく広瀬川が見える。
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 この広瀬川が仙台の人々の心の慰めとなって来たのだろう。
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 上流側である。
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 よく目を凝らすとあちこちに釣り人の姿がある。街中の川であるが水はいたってきれいだ。
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 大橋をさらに西へ進むと仙台城趾のある青葉山公園がある。
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 予定になかったのだがせっかくだから行ってみることにする。
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 大手門脇櫓。フレアーがかかってしまったが、一枚しか撮らなかったのでそのままアップする。城趾にはこの先を左折した坂道を上っていく。
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 最初から予定していたらシティループバスの乗車券を買っておいたのだが、結局徒歩で上ってしまった。けっこう汗をかくはめになった。
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 本丸への登り口には護国神社の石柱が立っている。そればかりか、奥に見える白い看板には「美しい日本の憲法を早急につくりましょう」などという掲示がある。実際は城趾全体が神社になっているというわけではないのだが、観光客向けにこのような政治的スローガンを、神社という宗教施設の名の下にかかげるのはふとどきだ、と不快な気分に襲われる。
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 かといって、ここで引き返すのもしゃくなので石段を登る。大広間の跡地である。入口すぐ左には首実検の間とある。ぶっそうである。
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 仙台城は天守閣を持たなかったという。本丸に立ってみると市内が一望でき、不要だったことがよく分かる。あまり興味がなかったが伊達政宗像をカメラにおさめる。
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 土井晩翠の胸像もあった。
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 帰路は博物館側へ出る別ルートをとる。こちらの野面積みの石垣の方が築城時のものに近いのだろう。
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 博物館の近くまで出ると魯迅の石碑が見つかった。
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 魯迅が日本に留学していたころ、仙台医学専門学校に在籍していたことに因んでいるのだろう。このような碑を見つけると先ほどの不快感も解消する。
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 さて、仙台散策のもうひとつの目標は定禅寺通りを歩く、だった。路線バスか何かがあるのだろうが、なにぶん不案内なので徒歩で向かうことにする。広瀬通りの一本北側である。
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 彫刻の通りということだが、あまり数は多くない。探し方が悪かったのだろうが、作品名も作者名も記載がなかった。
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 それはともかく、木蔭に入るとほんとうに涼しくて、またたく間に汗が引いていった。しばし、ベンチに腰を下ろし、文庫本を繰った。
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 待ち合わせのため18:00には仙台駅にもどる必要があった。勾当台公園駅まで出て地下鉄に乗る。勾当台公園という名前は記憶のどこかにあった。帰宅してから昔の写真を調べてみたら以前にも通りかかったことがあった。なかなか瀟洒な公園だった。もう少し足をのばせば良かったかも知れない。
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【2日目】
 2日目は本来の目的、全国大会へ出場した新座柳瀬高校の応援が優先である。大トリをつとめるという柳瀬の晴れの舞台を見届けたあと、仙石線で松島海岸に向かった。帰路は17:00頃の切符を取っておいたので、往復の所要時間を除くと2時間半ほどの滞在である。
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 松島遊覧船は以前に一度乗ったことがあるので、海は五大堂からのぞんだだけ。前日とはうって変わって曇り空であるので海も島影もあまり美しくない。
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 瑞巌寺は伊達家の菩提寺である。以前は大改修中だったり、時間がなかったりで本堂付近まで見られなかった。せっかくなので今度こそ、と意気込んでいたのだが、参道の両脇はフェンスで覆われていた。何事かと案内板をみると、東日本大震災で塩害等の被害を受けた杉林の再生工事がおこなわれているとのことだった。ここでも復興の営みが続いているのである。
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 この岩壁に穿たれた洞に置かれた諸仏も以前は間近に見られたのだが。
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 「平成の大修理」は来年3月まで。一部は公開が始まっている。本堂付近は苔の色もあざやかに復旧してきている。
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 本堂の中は撮影禁止だったが、桃山様式の襖絵などはみごとだった。
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 こけら葺きの修理も終わり、仮の門が撤去されるばかりになった山門。以前はこの前でUターンしたのだった。
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 本堂脇の庫裡。資料館も併設されている。両方を見学して短い観光旅行を終えた。

 TX1


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# by yassall | 2017-08-11 18:33 | 風景 | Comments(2)

みやぎ総文2017演劇部門で仙台へ

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 8月1日~3日、第41回全国高等学校総合文化祭が仙台で開催された。演劇部門の会場は仙台銀行ホールイズミティ21、地下鉄南北線の終点泉中央駅にある。
 関東ブロック新潟会場に応援に出かけていたnatsuさんから、新座柳瀬高校と秩父農工科学高校が2校ながら全国大会への出場を決めたとのメールを受け取ったのは昨年12月の沖縄でだった。よし、新潟には行けなかったが夏の宮城には行こう、とそのとき心は決まったが、あれから半年以上が経過したのである。
 この間、卒業生と新入生とのキャストの入れ替えもあり、モチベーションの維持など、出場校としての苦心は並々ではなかっただろう。何しろ演劇ってやつは稽古に稽古を重ねながら、幕が開いたその舞台で初めてある空間が開示され、一つの時間が展開されていくようでなければならないのだから。
 秩父農工科学高校は1日目、新座柳瀬高校は3日目の上演というプログラムになった。natsuさんとTさんは1日から仙台入りしたが、私は2日の昼すぎから。新座柳瀬高校の応援に徹するということで最終日のみの観劇とした。natsuさんTさんとは2日の晩に食事を共にしようという約束になっていたので、1日2日の様子はお二人からうかがった。
 最終日の上演は2校。1校目が北海道北見緑陵高校。北海道97校の代表ということになる。生徒減の中で成立が難しくなっている文化部の奮闘記、といったような内容で、「皆でやるから楽しい」という中で一人部員の放送部の生徒が芝居を引っ張っていく。作りは少々荒っぽかったが、会場からの笑いもよく取り、大いに湧かせていた。
 さて、そういうことで新座柳瀬高校は大とりをつとめることになった。会場はすでに温まっている。2ベル、アナウンス、客電落ち、音効スタートも順調。緞帳が上がって、さてどんな芝居が始まるのか、客席の期待が高まっているのが伝わって来る。
 気負いすぎることもなく、かといって舞台に負けることもなく、生き生きと演じられたのではないだろうか? いわゆるザ・高校演劇とは明らかに異なる路線だから、最初のうちこそ客席にとまどいのようなものも感じられたが、会場に流れる空気のようなものをつかんでからは客を芝居に引きこむことに成功していたし、客もそれを楽しんでいた。細かい反省点はいろいろあるのだろうが、部員たちも悔いなく演じ切れたと思っているに違いない。大会の最後をしめくくるという重責も果たし、幕が下りた後はさぞかしほっとしたことだろう。
 午後はワークショップが開かれたあと2時間ほど講評があって、それから成績発表となる。それまでは待てないので、終演後は早々に会場をあとにした。観光も計画していたので仙石線の時間に間に合わせたかったのある。
 仙台からの帰路の新幹線で事務局長のMさんから審査結果のメールをいただいた。

 最優秀賞  兵庫県立東播磨高校
 優秀賞   埼玉県立秩父農工科学高校
       茨城県立日立第一高校
       沖縄県立向陽高校

 秩父農工科学高校は国立劇場公演に出場する。昨年の芸術総合高校に続いて、埼玉は2年連続して東京公演に選出されるという快挙となった。秩父農工科学高校と新座柳瀬高校は県中央発表会と関ブロ新潟会場で交代しながら1・2位を競ってきたから、こうなると2校同時出場となれたらという思いも残るが、そうもいかないのだろう。秩父農工科学高校はコイケユタカさんになってから2回目の全国大会(もっと行っていたらごめんなさい!)。また一歩階段を上った。
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 仙台駅はさすがに東北の雄という構えと賑わいだった。折から仙台七夕まつりの飾り付けが施されていた。仙台観光の記録は写真の整理が出来てから。




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# by yassall | 2017-08-05 15:02 | 高校演劇 | Comments(2)

谷川健一『日本の神々』岩波新書

  この本について書いておこうと思ったのは、次のような一節と出会ったからである。

  イザナキ・キザナミの二神を同母兄妹と明確に規定せず、また神罰による大洪水の記述も省略した記紀の創世神話は、人類の「原罪」の発生を説明する場所を失った。ではどうして「原罪」が必要か。それがなくては人間社会の「不条理」の解釈がつかないからである。人間が罪を犯さなかった原始の楽園、つまり高所からの失墜感が、社会の矛盾、葛藤、疎外についてのもっとも切実な解釈を提供する。そしてその「落差」はみじめな状態を克服しようとする人間の衝動の発条の役を果たすのである。
  日本神話の特色は、洪水神話の前半を欠落させたために、はるかな高みから真逆さまに地面に墜落するときの目もくらむような戦慄感のないことである。
 しかし人間社会の混乱、無秩序、破壊の「原因」をどこかに求めねばならぬ。それは次のアマテラスとスサノオの関係に先送りされた。折口信夫は、原罪観念の責任者をスサノオに帰している。
  創世神話のもたらす最大の刺戟のひとつは、楽園時代にたいする郷愁であるが、日本の神話では「大洪水」以前の社会にあるのではなく、むしろスサノオが追放された「根の国」、彼のしきりに求めた「妣の国」という「原郷」にある。

  ノアの箱船の逸話はチグリス・ユーフラテス川の氾濫に起源をもち、各地に伝播しながら『旧約聖書』にとりこまれた、というような話を聞いたことがある。いずれにしても、ローカルな世界に生まれた特殊なエピソードであると考えて来た。
  ところが谷川によると、洪水神話は東南アジア、中国、台湾、琉球などに広く分布しており、奄美や八重山では大津波に襲われ、たまたま山に登って助かった兄妹によって国づくりがされた、というような話が伝わっているというのである。谷川は「そこには人類が不合理で、条理にもとる関係から出発したという無意識の主張」の存在が認められるとしている。
  その後に引用文が続くのであるが、もしかすると神話学ではごく普通の解釈であるのかも知れないが、そのようなことは私には考えつきもしなかったことなので、驚きもしたし、まだ輪郭はあいまいながら、これまで抱いてきた観念に風穴を開けられたような気がしたのだった。

  民俗学に夢中になったことはない。独特の用語や方法論があるはずで、きっと私には読み込めていない箇所も多々あるのだろう。読み始めたきっかけは日本会議をはじめ、どうも胡散臭い「日本固有」の文化論、そしてその中心に「日本は神の国」論としての「神道」があるような気がして、これらと対抗するために日本の神々についてきちんと知っておく必要があると思ったからである。
  民俗学の方法論のひとつはフィールドワークにあると思っている。この本でも日本各地(ときによって中国・朝鮮や東南アジア)から採取した記録が列記されている。その中から日本の神についての概念を抽出していくのは容易ではないが、なるほどと思ったことがひとつある。
  各地の神社の由来をたずねてみると、どんな小さな神社にも記紀の皇統譜に連なるような神々が祭神として祭られている。さて、村々の神社というのはその土地の氏神であったり、産土の神であったり、せいぜいが鎮守の神であったはずで、国つ神の威光がそれほど津々浦々に及んでいたのだろうかと不思議に思ってきた。
   ※氏神というと祖霊ということになる。谷川は本居宣長の「可畏きもの」としての神、人格を持たない精霊を含めて広く「神」を考えている。
 どうやら天皇の支配を全国に及ぼすために神社の序列化がなされたり、神社側も社格を高め、かつ利益にあずかるため、すすんで祭神に迎えたというような歴史があったようなのである。
 祭神の改変は明治維新の際にも大規模におこなわれた。一例として、江戸庶民の信仰を集めてきた神田明神に対し、明治政府は平将門を末社に移し替え、代わりに少彦名命の分霊を迎えるという措置をとった。ところが町民たちは末社の方ばかりを参拝し、本社の祭礼には参加しなくなったという経緯があり、神官もやむなく将門神社の扁額を掲げるようにしたというのである。(少し愉快なはなしである。)
 関東に鹿島神宮、香取神宮がある。「神宮」と名乗れる神社も数限られていようが、その理由もなんとなく分かった。鹿島、香取は蝦夷征伐に功績のあった氏族なのである。そういえば鹿島神宮、香取神宮はとくに武門による信仰があつい神社であった。

  谷川健一『日本の神々』岩波新書(1999)

 〈もう一冊〉
  井上寛司『「神道」の虚像と実像』講談社現代新書(2011)

  最初に書店に求めにいったのはこちらの方だった。ジュンク堂でも在庫がなく、amazonで取り寄せた。日本の神祇信仰の中で「神社」という常設の神殿が作られたのは、古代における律令体制の確立の過程で仏教寺院に対抗するためであったという。実際、再三にわたって各地に造営を促すような命令が下されたという。国分寺の造営も並行してすすめられた。中国文化の圧倒的な影響から日本の統一国家化がすすむわけだが、そこにはすでにしてナショナリズムの萌芽もあったというわけだ。井上はそこに神仏習合の第一段階をみている。
  戦前から「国家神道」を批判した柳田国男を高く評価しながら、「日本固有」の神道にも鋭く疑問をつきつける。多分にロマン主義が感じられる谷川とも違って、歴史学者としての検証にもとづく批判精神が伝わって来る。



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# by yassall | 2017-07-11 19:55 | | Comments(0)

山下雅美「斜々路」巻頭詩

  山下雅美は武蔵大学文芸部の先輩である。皆からは雅美ちゃんと親しみを込めて呼ばれていたが、私はその当時と同じく山下さんと呼ばせてもらう。
  入学と同時に入部したとき、山下さんは4年生。したがって学生時代のつきあいは1年しかないが、その後も親しく交遊させていただいた。このシリーズでは伊東静雄、西脇順三郎、森川義信の項でYさんとしてしばしば登場している。
  その山下さんが6月6日に急逝された。奥様から知らせをいただいたのが10日後の16日、葬儀一切は済ませたが納骨までに期間があるので、よかったらお別れに来てくれとのことだった。7月4日、ご自宅のある鎌倉まで出かけて来た。形見にということで蔵書から何冊かをいただいてきた。連絡を下さった奥様には感謝するばかりである。
  下は山下さんとSさんとの二人誌『斜々路』創刊号の巻頭におかれた作品である。なぜ『斜々路』が創刊されることになったかはSさんの巻頭言の方が詳しい。60年代の「全共闘運動」への向かい方をめぐって、大学を去ると同時に文芸部にも決別を告げたSさんを、山下さんが半ば引き留めるかたちで二人誌を始めたのではないだろうか?
  『斜々路』は当時刊行されていた『詩学』(詩学社)の「詩誌月評」で取り上げられた。評者・花田英三氏から「『斜々路』の船出に期待する」として高い評価を受けている。1970年3月号。私の入学は4月であったが、まだバックナンバーが入手できた。いまも手元にある。

      ---それが又もや鈍色に輝く手錠であるとしても、僕にとっては
     極上の手錠でなければならない---

   まどろみの時を蹴って
   ほのかにぬくもる湖の底を砕き
   すでに朽ちかけた風車を回し
   夜に封鎖された碧空を奪回するために
   夕暮れの空を引き裂いて
   どこまでも続く階段を建造する

   ハンマーを打ちおろしながら
   僕は
   いつまでも笑い続け泣き続け
   何もかも一人じめしていく

   例えば
   階段を構成する大理石の裂け目に
   風媒花が真紅な花をつければ
   切りきざみ
   飲み下し
   決して排泄せず
   腹の狂い咲く刻を待つ
      ---かつて実感できぬ五番目の季節にまで積み上がる階段に、
    僕は〈斜々路〉の名を贈る---

  内容とするところは創刊の辞である。山下さんの在学中は、Sさんは大学を去ったのちもときどき部室に顔を出されていた。北海道のご出身であることなども伺った。そのSさんの巻頭言は先述したように多分に政治的なメッセージを含んだ宣言文である。これに対し、その創刊の意思表示ですら詩として表現するしかなかったところで、やはり山下さんは詩人であったと思うのだ。

  山下さんは24歳でご結婚。若きころ、しきりに「詩を書いて暮らしたい」と漏らしていらしたとのことだ。もちろん、奥様への甘えの気持ちからの言葉だったのだろう。
  再びお会いするようになったのが3年ほど前のことだった。その後、私の方は父の具合が悪くなったり、見送った後の虚脱感があったり、山下さんの方もお仕事を再開させたりで、また1年ほど会わないでいる期間があった。そろそろ、またいっしょに一献傾けたいなと思っていた矢先だった。
  あるとき、また書き始めるかな、とおっしゃったことがあった。下は「詩と云えるか否か それもいいかと」との添え書きとともに送られて来たメールにあった一篇である。このようなかたちで公表されることが本意とは違っているかも知れないが、追悼の意をこめて紹介する。山下さんは洗礼を受けていらしたのである。

   賛美

   季節を終えた地平に
   生きものの
   温もりを残した
   白いビルディング


   隠されたままの意思にあれば
   パズルのように投げ出された形象の
   出逢いの繋ぎを追って
   われらの歌声は
   十字架に吊したはずの時を巡り
   殺戮となにごともない日々との間を
   絶え間なく舞い戻る


   始まりの季節に向けて
   既にその蔽いとて無い意思にあれば
   我等の歌声は
   繋ぎの鎖を解き
   射る的を外させ続ける
   投げ出したものへの凝視の願い

   賛美

  山下雅美、享年68歳。あまりに突然の死を惜しんであまりある。


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# by yassall | 2017-07-10 20:24 | 詩・詩人 | Comments(0)

白山神社の紫陽花

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 20日、紫陽花を撮りに白山神社へ出かけて来た。紫陽花は開花期間の長い花だが、やはり季節が深まると枯れた花が多くなる。はじまりの頃が撮りごろだと思うのだ。
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 白山神社が紫陽花の名所だと知った。はて、どうやって行けばいいのだろうと調べてみると、何のことはない、三田線の白山で降りてすぐが参道なのである。昔、東洋大の司書講習に1年通ったのに、こんな場所があるとは気がつかなかった。まあ、夜間講習だったから行って帰るだけだったが。
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 この季節、紫陽花はどこでも咲いている。ロケーションを選択することでモチベーションを上げようというのである。
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 この日はGM5を持ち出した。町場の散策なので軽快さを求めてだ。小石川植物園でも使用したばかりだったのに、なぜか半押しシャッターが利かなくなった。
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 アイセンサーAFをoffにしてみたり、電池を一度抜いて電源を入れ直してみたりしたが、復旧しない。モニターでみるとピントは合っているようなのでそのまま撮影を続けていると、何かの拍子にリセットされたのか、突然復活した。
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 修理への持ち込みを覚悟していたのに、原因不明のまま復旧されてもかえって不安である。修理を依頼しても症状がなければそのまま返って来るだけだからだ。
 家に帰ってからも、同様の症状が出ないか身近において試してみるが、その後は平気なようだ。デジタル化して精密機械という度合が高まっていることを実感する。
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 白山神社はこじんまりとしているが気持ちの良い場所だった。孫文の碑が建っていたので何事かと説明板を読むと、孫文が日本に亡命中、宮崎滔天にかくまわれていた時期があり、その滔天の家が近所であったという縁らしい。二人してこの神社へやってきて石に腰かけ、中国と日本の未来について語り合ったというようなエピソードがあったのだそうだ。
 つい最近、ジュンク堂で浦辺登の『玄洋社とは何か』(弦書房)をみつけ、読んでいる最中である。玄洋社のルーツである筑前勤王党のことなども書かれていて、なかなか興味深い。滔天は玄洋社と関わりが深かったからこの本にも名前が出てくる。

 GM5+12-60mm




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# by yassall | 2017-06-25 17:32 | 散歩 | Comments(2)

木下通子『読みたい心に火をつけろ! 学校図書館大活用術』岩波ジュニア新書

 木下通子さんは埼玉県の高校図書館の司書である。この6月、岩波ジュニア新書から本を出された。これまでも共著では何冊か学校図書館に関する本を世に出しているが、今回は岩波の編集部から「今までの実践を、まとめてみませんか?」と声がかかり、上梓にいたったとのことである。
 木下さんとは新任司書として岩槻商業高校へ赴任したころからの知り合いである。以来、何校かを異動して現在は春日部女子高校で主任司書をつとめている。新任のころからエネルギッシュで、学校ばかりでなく、各種の研究会や地域にも飛び込んで精力的に活動してきた。私とはいっしょに高校図書館研究会の副会長をつとめたこともある。いまや高校図書館研究会でも、学校図書館問題研究会でもリーダー的な存在である。
 そんなご縁で、本書でも紹介されている埼玉県高校図書館フェスティバルの企画にさそわれ、お手伝いしたことなどは記憶に新しい。私の定年退職後はめったにお会いすることもなくなったが、facebookではつながっているので、近況についてはよく存じ上げていた。
 この本の出版にいたるヒストリーも承知していたので、書店に出たらすぐにでも駆けつけようと思っていたのだが、昨日、岩波の封筒に入った本書が送られてきた。さっそく御礼のメールを差し上げたところ、「埼玉から全国に、学校図書館の輪を広げていきたいです!」という返信が返ってきた。その返信の素早さもなのだが、いかにも木下さんらしい文面だな、と感じた。
 埼玉県の司書採用試験の再開のために高校図書館フェスティバルを企画し、各方面に働きかけ、国会議員へのロビー活動もおこない、実現にこぎつけた。この本の執筆を引き受けたのも自分の司書としての生き方をふりかえるためだけではなく、全国的にはまだまだ司書も不在の学校図書館の現状を打開したいとの願いからだろう。
 そんなわけで、私も私のためだけに贈られた本だと思わず、一人でも多くの人たちに手にとってもらいたい、読んでもらいたいとの願いをこめて紹介する。

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# by yassall | 2017-06-24 18:54 | | Comments(0)

コピスみよし2017/第16回高校演劇フェスティバル 勝手に名場面集!

  6月18日、コピスみよし2017/第16回高校演劇フェスティバルが開催された。正確な来場者数は第4回実行委員会での発表を待たなければならないが、朝の一本目からほぼ満席という状況からして、例年を上回る盛況であったことは確実である。成功を喜びたいし、会館スタッフ、実行委員会の皆さんの労を多としたい。
  今年も写真記録班を担当。今年はKさんがFUJIのXシリーズ2台を引っさげて撮影に加わってくれた。どんな絵が出来上がってくるか楽しみである。私の方は今まであまり使ったことのないAFCを試してみたりしたが、結果としてはいつもとあまり変わらない仕上がりだった。各校に納得してもらえるショットが撮れたかどうかはおぼつかないが、各校の許可を得て、「勝手に名場面集」として何枚かをアップする。
  さて、ここ数年「勝手に名場面集」に「やぶにらみ観劇記」を添えている。今年も6校が出場したが、演目をみるとザ高校演劇あり、不条理劇あり、コメディあり、ファンタジーありと、各校の個性を存分に生かしたプログラムになっている。何とも多彩で、バラエティに富んでいて、楽しみが倍加することだなあ、と思っていたし、実際その通りだった。
  しかし、数日が経過し、さて「観劇記」を書こうという段になって、今年の6校の芝居が何やら不思議な因子で関連づけられ、系統立てられているような気がしてならなくなったのである。もちろん、それこそ私の勝手な思い込みで、いわば妄想のようなものであるのだが、いちど捕らわれるとなかなか抜け出し難いのである。何だか判じ物めいて恐縮なのだが、まずは各論に入る前にそのことを書いてみたい。
  ※
  最初に朝霞西高校による『ある日、ぼくらは夢の中で出会う』を置いてみる。新任刑事のカトウはTVの刑事ドラマにあこがれてこの世界に飛び込んで来た。しかし、その「夢」は現実の固い壁の前に粉みじんに砕かれる。そこまでは一般社会でも起こり得る当たり前の成り行きなのだが、その現実との格闘は少しもカトウを大人へと成長させはしない。むしろベテラン(?)刑事たち=現実の胡散臭さばかりがあからさまになっていく。カトウの心の中に生まれるのは失望と反感のみである。本来なら自分の目標となるべき先輩刑事たちを射殺することでカトウは自らの未来を閉ざしてしまう。否、それはすでに閉ざされている未来にケリをつけただけかも知れない。若者の「夢」の不可能性というマークをつけてみる。
  坂戸高校の『修学旅行』と東京農大三高の『翔べ!原子力ロボむつ』には若者たちの未来をふさぐものの正体というマークがつく。
  坂戸高校『修学旅行』の主人公である高校生たちは、まだ自らの「夢」=目標に対してすら無自覚な者たちだろう。ソフトボールに、新体操に、漫画に、それが自分たちの将来に繋がるかどうかなどということは考えもせずに、ただ毎日の高校生活に打ち込み、青春を謳歌している。修学旅行中の平和教育も生徒たちにとっては余所事でしかない。だが、その高校生たちも過去の歴史から自由であることはできず、現代という時代との関連の中で生きるしかないという事実からは逃れようもない。その影はいたるところで顔を出すのだが、正座を命じられた高校生たちが始める古今東西ゲーム中にいよいよ本体をあらわす。順番に国の名前をあげていく途中で、生徒の一人が「私たち、明日どうなるんだろう?」と突然つぶやく。それは他の全員を不安にさせる。「明日があるさ!」と他の一人が声をあげるとようやく元気づくが、どこか空元気で何の保証も根拠もないことを皆知っている。ゲームが再開されるが、列挙される国名は内戦や紛争をかかえた国ばかりである。沖縄は世界の紛争でしばしば米軍の出撃基地となっている。平和はみせかけで、いつか壊滅的な危機が襲来するのではないか、という不安は拭いがたい。
  東京農大三高『翔べ!原子力ロボむつ』では二つの「夢」が描かれる。カズキは町長となって「町を再興させたい」という夢をみる。その夢の実現のため、高レベル放射性廃棄物を無害化させるというプロジェクト「むつ」を誘致するが、町長としてその完成を見とどけるため自ら冷凍睡眠に入る。だが、何度目覚めても「むつ」は完成せず、何度かの氷河期を経て、5万年後には人類はとうに滅亡し、「原子力ロボむつ」も放射能の封じ込めもできないまでに破損してしまっている。その「むつ」もまた夢をみる。「人類の役に立ちたい」「アトムのように太陽に飛び込んで消滅してしまいたい」という夢である。だが、その夢は果たされない。人類はすでに大量の放射性廃棄物を抱えこんでしまっている。それなのに世界では大量の核兵器と多数の原子力発電所が保有されている。3.11後の世界の中で、「原子力ロボむつ」は警告の域を出て、人類の未来をふさぐ壁として立ちはだかるものの正体を指し示している。
  ※
  柄谷行人は現代社会が直面する課題は、①戦争、②環境破壊、③経済的格差だという。同様のことは他の多くの人も指摘しているが、なかなか脱出口が見いだせない。朝霞高校の『酔・待・草』もそうした閉塞状況を表現しようとした劇ではなかっただろうか? 『酔・待・草』については朝霞高校が私の古巣であること、地区発表会の上演後、オリジナル性の問題が話題となったことから、私なりに原作にあたったり、いろいろ調べごとをして考えたことがある。『酔・待・草』の初演は1986年、旧ソ連でチェルノブイリ原発事故が起こった年である。これは偶然ではなく、原作ではブッチとサンダンスの会話の中に「チェルノブイリはどうなった?」というセリフがあるように、原作がどこかでチェルノブイリを意識して書かれたことは間違いないと思う。このセリフは朝霞版ではカットされていたのだが(それはそれでいいのだが)、2011年後の現在、芝居はブッチのセリフ「デ・ジャ・ビュ。…デ・ビュ・ジャの反対。きっと夢を見たんですよ。正夢ってヤツを。」さながらに不思議な既視感をもって眼前に立ち現れてくる。規制線で立ち入りを制限され、肉親の遺体とも対面できないこと、事件の解明のために派遣されてきた刑事たちも全く手をつけようとしない(出来ない)でいること、子ども達が大人を見つけては石を投げつけるという逆襲に出ていること、などを考え合わせると、この一本の木の立つ田舎の一本道という場が私にはフクシマのように思えて来たのである。最後にブッチとサンダンスはボリビアへと旅立って行く。そのボリビアで何が待っているか、1969年公開の映画「明日に向かって撃て」を見ている我々は知っているのである。
  ※
  そうした閉塞状況からの出口を模索したのが星野高校の『リトルセブンの冒険』と新座柳瀬高校の『Love&Chance!』であったように思う。
  星野高校『リトルセブンの冒険』は「白雪姫」後日譚というファンタジー仕立てになっている。「白雪姫」で母親の王妃が倒された後、かえって鏡の魔力が高まり、制御不可能になってしまった、というのである。(どこか日本の現状と似ている気がしないでもない。)死んだ王妃の娘レッドローズはその鏡の雫を持ち出して新しい女王クリスタニアのもとから森へ逃れてきた。小人たちはレッドローズを助けようと立ち上がるのだが、なかなか気持ちが一つにならない。中でもフレイムとリキッドの二人は女王側について、かつての仲間と敵対する。魔法の鏡の魔力を制御するのに、女王側のミラード侯爵の魔力の方に期待してのことだった。しかし、その二人も仲間の危難をみて一族意識をとりもどし、再び仲間と結束する。たわいもないといえばたわいもなく、ただハラハラドキドキを楽しめばいいというお芝居ではあるのだろうが、より強まった危機に対する認識の共有、分断を乗り越える力、何より強大な敵に立ち向かっていく勇気といったものが提示されている。
  ハラハラドキドキを楽しむということなら新座柳瀬高校の『Love&Chance!』も同様である。夢物語は夢物語として楽しむべきだが、なぜ人間は「夢」を必要とするのかについても考えてみたい。
  この作品については、原題が「愛と偶然の戯れ」であったことを知って、次のような解釈が成り立つのではないか、と書いたことがある。

 「偶然の戯れ」とは「運命のいたずら」ということではないのか? 人間がいかに「知恵」をめぐらせたところで、かえってその「知恵」のために窮地に追い込まれ、思いもよらなかった運命に翻弄されてしまう。喜劇の背景に潜んでいるのはそのようなアイロニーである、と思ったのだ。そう考えると、オルゴン伯爵の占めるポジションは興味深い。オルゴンだけは最初からすべてを知っている。いってみれば人々の「運命」をつかさどる神の位置にいるのである。だが、その神でさえもその力でドラントとシルヴィアを結びつけることは出来ない。二人が結ばれるのはあくまで自らの「愛」に忠実であろうとした人間の営みなのである。稲葉智己の芝居にはヒューマニズムが底流に流れている、と考える所以である。

  マリヴォーが原作を書いたのは18世紀のこと。フランス革命にはまだ50年を待たなければならないが、ヨーロッパはすでにルネサンスの大きなうねりを経過している。「文芸復興」というより「人間復興」、人間復興こそが現代の閉塞状況を打ち破るための道標となり、人類の未来を切り開いていく原動力となるのではないか?
  ※
  少しばかり大仰な物言いになってしまったが、私としては今回も大いに想像力と思考回路を刺激され、錆び付きかけている感性と思考脳を多少なりとも活性化させてもらった。これらは私個人の内部に起こったことがらだが、それも演劇の有する力だと考えたい。
  ここから各論に入るのだが、今度はいいことばかりは書けないかも知れない。だからといって、1本の芝居を舞台に乗せるまでの労苦と情熱に対するリスペクトを欠いているつもりは少しもないことを予め断っておく。

県立坂戸高校『修学旅行』作・畑澤聖悟

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  何度見てもよく書かれた台本であると感じいってしまう。教師の視点と、生徒の視点とが共にあり、少しばかり危うい校内恋愛まで飛び出してくる。ああ、こんな日常があるなあ、という実感と、展開の思いがけなさが併存している。戦争と平和がテーマであるのは間違いないが、思うようには生徒に伝わっていない(きちんと受けとめている生徒もいるが)のは、教師側の平和教育に対するとりくみのどこかが間違っているのだろう。それでいて、宿の一室はいつしか戦場さながらの態になっていく様子が実に面白おかしく描かれている。
  いつも感心するのだが、坂戸高校の演劇部員はそうした背景としてのテーマ、芝居のしかけ、発せられるセリフの意味をきちんと理解してキャラクターづくりをしている。何度目かの観劇になる私の方が、かえって新しい発見をさせられたりするのだ。
  あえてコメントするならば、教師の前ではよい子を演じきり、クラスメイトの前ではわがままぶりを発揮する生徒会長役の生徒の二面性がもっと強調されてもいいのではないか、と思った。この生徒が台風の目となり、班の中に対立が生まれていく。他の生徒と同列になってしまわないことが大事だと思った。地だから仕方がないが、まだいい子過ぎた。
  台本は現代性を失っていないと思っているが、部屋は和風で(そうでないと枕投げは始まらない)、男子生徒は大広間で雑魚寝ということになっている。一昔前の修学旅行スタイルである。照明だけ現代的なリモコンだったり、壁際に並べられた旅行カバンが今風のスーツケースだったりが少しそぐわない気もした。カイトを呼んでくるように頼むときの「大広間云々」のセリフはカットしてもいいのではと思ったが、一部だけを変更すると全体のバランスが狂ってくるだろうか? 古今東西ゲームであげられる紛争地の国名も、現代であればもっと緊急な事態にある国が他にあるから、何に気づかせようとしているのか直感的には落ちてこない。時代をとらえた作品を時代が移っても演じ続けていく難しさを感じるところである。
  写真は班長が修学旅行最後の夜に楽しい思い出を作ろうと皆を説得しているところ。だが、どうも心がひとつにならず、皆が皆、てんでんばらばらである。もう1枚は正座させられるハメにはなったが、さまざまな誤解が解け、古今東西ゲームを続ける班員。皆いい表情をしている。
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朝霞高校『酔・待・草』作・竹内銃一郎

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  クライマックスに差しかかるところでカスミに単サスを当てたのはいいが、他の役者たちの前明かりを欠いてしまったのはかなりの打撃だった。前日のリハで照明Cue確認のとき、舞台上に役者を立たせなかったのがミスの原因である。(5月16日の出演校打ち合わせ会で配布されたプリントには「キャストに衣装を着せて、実際に立たせてみないと明かりは作れませんので準備をしておきましょう」と書かれている。)Cue確認とは明かりづくりであり、提出したCueシートの通りになっているかどうかだけでは不十分なのである。6年ぶりのコピス出場で、過去の経験が失われてしまったことによる初歩的なミスであったが、6年ぶりであったからよけいに残念だった。
  本番でも開演前からガチガチで、なかなか芝居が温まらなかった。そういうわけで決して成功とはいえなかったが、もと居た学校だけにこれまで辛口にならざるを得なかった朝霞高校の出場を、今回ばかりは応援したい気持ちでいたし、それは変わらないのである。
  2年前の地区発表会で高泉淳子の『ライフレッスン』を上演したとき、久しぶりに真っ直ぐに演劇にとり組んでいる姿をみたと思った。今回はその方向性にあると感じたし、舞台美術等の作り込みもはるかに向上している。照明の失敗も地区発表会から演出を再考し、役者の動きを変えたことが遠因になっている。お客に見てもらったときが最終形であるから、そんなことは何の言い訳にもならないが、最後まで芝居をよくしようとした結果だったと考えたい。3年生が中心だった『ライフレッスン』のときと比べると、ともかくも人数ギリギリを出演させた今回の方が見劣りすることは確かだ。だが、その分、皆で励まし合ったり、フォローし合ったりしながら稽古してきた様子は伝わって来た。
  今回のコピス出場をぜひとも今後の部活動に生かして欲しい。受けねらいだけの、お手軽で安直な芝居づくりには流れて欲しくない。3年間しかない演劇部生活で、もっと深いところで演劇を掘り下げていって欲しい。そしていつかリベンジを果たして欲しい。
(原作に改変を加えること是非、あるいはオリジナルの尊重の問題については私なりに考えたこともある。一般論としてもあるし、この作品についてはどうだったのか、ということもあるだろう。ただ、1953年発表の『ゴドーを待ちながら』を下敷きに、ヴラジーミルとエストラゴンを1969年公開の『明日に向かって撃て』のブッチとサンダンスに置き換え、1986年に初演された本作を2017年に上演しようというとき、ギリギリのところではあったが、このような演じ方があってもいいのではないかと思った。牧歌性は失われ、個々人はいっそう分断されている。私は田舎の一本道というこの場が不法投棄された廃棄物で覆われていてもいいとさえ思った。まあ、実際に演出を任されたら、やはり広漠たる空間であるべきだ、と思い直しただろうが。)
  写真は木の下で眠るように横たわるカスミと第一発見者のカオル先生。芝居の始まりである。もう1枚はボリビアに出発しようとする直前のブッチとサンダンス。ボリビアで何が待ち受けているかは前述した通りである。
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新座柳瀬高校『Love&Chance!』原作・ピエール・ド・マリヴォー 翻案・稲葉智己

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  シルヴィアとリゼット、そしてルイーズが新キャストである。シルヴィアのじゃじゃ馬ぶりが少しやさしい伯爵令嬢になってしまったり、替え玉にさせられたリゼットのアクの強さが薄まってしまったり、というのが最初の印象だったが、なかなかどうして立派な出来栄えで少しも不自然さがなかった。とくにリゼットやルイーズは1年生のはずである。驚異的な仕上がりの早さだ。セリフの駆け引きや芝居のテンポも狂いなく、このままでも上演可能という感想を持ったが、全国大会までの1ヶ月半、まだまだ作り込んで行くことだろう。
  そういうわけだから、柳瀬については何もいうことはないのだが、ますます磨きをかけて、仙台でも大いに観客をつかみ、楽しませ、黄色い歓声を上げさせて欲しい。
  写真はお互いに正体を明らかにし、晴れて結ばれようとするドラントとシルヴィア。やはり絵になっている。もう1枚はアルルキャンとオルゴンの掛け合い。この二人も大いに客を湧かせた。
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朝霞西高校『ある日、ぼくらは夢の中で出会う』作・高橋いさを

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  地区発表会のときと比較すると数段良くなったと思った。芝居づくりは丁寧で、一人一人の役者も自分の見せ場のようなものを心得ながら演技していると思った。だが、この台本は丁寧に作ろうとすればするほど、訳が分からず、客を置いていく結果になりはしないだろうか?
  とはいえ、どうしたらいいのかは私にも分からない。演劇部顧問に成り立てのころ、部員が「これをやりたいです」と初めて持って来た台本がこれだったという話を以前にも書いた。それ以来、折にふれて考えてみることがあるが分からない。
  転換勝負の芝居だ、ということが一つあるだろう。(そこで舞台装置も簡素で単純にせざるを得ないから、それらの助けを得ることもかなわない。)スピード命にしたとしても、刑事と誘拐犯との入れ替わりにはきちんとアクセントをつけていかないと、後半でめまぐるしく交替する場面で客を引っ張っていけない。
  それは誰でもいうことだろうが、私はもう一つ、一対三という構図をどう作っていくかが決め手になるのではないかと考えている。この芝居の対立軸は刑事対誘拐犯ではない。ベテラン(?)刑事・犯罪者たちと新米刑事・犯罪者なのである。新米からみたベテラン達の胡散臭さ、嘘っぽさ、いいかげんさ、それでいて頑強(犯人からの電話を聞きわけるのだから)な経験という壁に守られていること、それらに対するカトウの驚き、怒り、失望といったものが、それぞれに本当(「本当」の「嘘っぽさ」というのも変な言い方だが)でないと、客の笑いも共感も得ることが出来なかっただろう。
  写真は刑事たちが作戦を開始するシーン。もう1枚はカトウのモノローグ。ただ一人の三年女子が演じた。彼女のための演目だったのだろう。
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星野高校『リトルセブンの冒険』作・中島かずき

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  ともかく大勢が出演する、ビジュアルである、ファンタジーもの(そうでない年もあるが)である、という、いかにも星野高校の本領発揮という芝居だった。
  原作はもっと上演時間が長いに違いない。それを1時間に合うようにカットしていくから、どうしても前半はストーリーを追うだけになってしまう。それでも、つまみ食いをしているうちに何が何だか分からなくなってしまう失敗も多々ある中、物語の骨格というのか、設定がつかめてからはけっこう芝居に入っていけた。
  ビジュアル的にはクリスタニア女王と道化師コンパクトが優れていると思った。衣装も一番手間をかけたのではないだろうか? コンパクトは原作ではもっと出番があったのではないかと思った。少しもの足りない。
  演技的には悪役側ではミラード侯爵が声もよく出ていて達者だと思った。リトルセブン側ではリーダー的な存在であるひねくれ者のサンがはしこいキャラクターをよく出していた。続くのはフレイムだろうか? 最初は女王側についていたのだが、その理由を語る口調にも説得力があり、再び仲間のもとに帰ったあとも振る舞いが凛々しかった。自分たちも楽しみ、客も楽しませた。
  写真はリトルセブンが勢揃いしたところ。先ほど、女王と道化師がビジュアル的に優れていたと書いたので、星野だけ特別にもう1枚。
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  最後の1枚はレッドローズが最後の難敵ミラード侯爵を倒さんとするところ。こうした照明効果も演劇の見どころのひとつではある。けっこう好きだ。
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東京農大第三高校『翔べ!原子力ロボむつ』作・畑澤聖悟

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  農大三高の『ロボむつ』も今回で4回目の観劇となる。その4回の中で一番良かったと思った。それだけ農大三高演劇部の諸君がこの台本を大切にし、またコピス公演を大事なものと考えていたということではないだろうか? 
  自分たちにとってはすでに完成され、手慣れた芝居であったと思うのだが、いっそうの進化があった。初めて見た芝居であるかのように、セリフや演技が新鮮に感じられ、心に届いてきた。キャストの一人一人の輪郭が鮮明になって、キャラクターが立ち上がってきた。
  そういうわけで農大三高についても、もう何も書くことがない。そこで、前文の続きのようなことを書いてみたい。
   ※
  前文では、人類はもう引き返しようもないところに差しかかってしまったのではないか、というような悲観的なことを書いた。だが、本当は絶望感や虚無感にひたっている暇すらないのだ、と思うのだ。
  コピスみよし高校演劇フェスティバルの翌日、6月19日の朝刊で「韓国 原発新設を白紙化 文大統領宣言 寿命も延長せず」との見出しで、隣国である韓国が脱原発に向けて大きく舵を切ったということが報道されていた。実際には韓国では24基の原発が稼働中だそうで、現在の日本よりはるかに多い。しかし、一度は「40年」と定めた寿命をなし崩し的に延長し、世論を無視して次々に再稼働を決め、海外輸出まですすめようとしている国とどちらに未来があるか考えてしまう。
  私が高校から大学のころは韓国は軍事独裁政権の国だった。朴前大統領の父親である朴正煕は親日政策をとり、60年代に韓国の工業化を進めた。ずいぶん日本の資本がいったはずである。(現在の韓国における反日世論の一部にはその影響もあるのではないかと思っている。)
  また、歴史的に朝鮮半島は三つの国に分かれ、必ずしも国民はひとつに統合されていない。軍事独裁政権を打ち倒すには巨大なエネルギーが必要だったはずで、右に左に、その揺れ幅もまだまだ大きい。
  そんなこともあり、まだまだ予断を許さない状況ではあると思うが、未来に対する希望の光を点そうとする人々がすぐ隣にいることを私たちは心強く思わなくてはならないと思った。
  ※
  写真はオープニング。これも農大三高ならではだ。もう1枚はカズキとノゾミの出会いのシーン。ノゾミはカズキの初恋の相手と瓜二つなのだ。この二人の出会いと別れも切ない。
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 来年の第17回高校演劇フェスティバルは6月17日(日)と聞いた。皆で楽しみにしたい。では、本年はこれまで!


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# by yassall | 2017-06-23 17:23 | 高校演劇 | Comments(3)